そら空 最終
時計は、午前5時50分を指していた。
いつもより早く目覚めた愛輝は、意味もなくカーテンを開けた。
外はまだ薄暗く、山の方がうっすら赤くなってきていた。
「学校に行くのは、・・・今日が最後。」
ぽつりと、つぶやく。未だに、ふわふわした気分だった。
が、愛輝の部屋の片隅が、見るたびにそれをハッキリさせる。青いスーツケースと、明日着ていく服がつまれていた。
自分で、選んだ。
もう、発作で苦しまないですむように。周りに迷惑をかけないで済むように。
アメリカに行く。行って、手術を受けて病気を治す。
《後悔は、しない。》
「あぎぃぃぃー!!」
泣きながら飛びついてきてくれる友達。
「がっ・・・頑張っ・・・でね!??ぜっだい・・・絶対っ・・・しゅじゅづ成功ずるがらっ!!!!」
その言葉が嘘ではないと、愛輝は信じていた。
《みんな、大切な友達なの。やっとできた、本当の・・・》
心から、笑って言った。
「ありがとう!!」
愛輝にとって日本での最後の授業は、数学だった。
特別なことをしようか、と先生から言われたが、愛輝は普通の授業で終わりたかった。
相変わらず静かな図書室。
窓から入ってくる日差しが暖かかった。
回りを確認して、愛輝はあの本を手に取った。
《・・・これ・・・!》
一番新しいページを見て、目が熱くなる。
《私、ちゃんと役に立ててたんだ・・・》
嬉しくて、何度も読み返した。
下の方に、恥ずかしげに書かれた小さな文字を見つけた。
一瞬で、顔が赤くなる。
えんぴつで、
【ありがとうございました】
と、書き込み、その下に1人に宛てて返事を書いた。
先生方に挨拶をして、最後に学校の中を散歩した。
まだ行った事がなかった教室や場所がたくさんあることに少し悲しくなったが、≪できなかったこと≫のうちの一つとして目に焼き付けた。
《よくなったら、また別の場所で――――――》
実現 するんだ。
そう心に決めた。
愛輝は普段は体調がいいため、普通にアメリカへ行くことになっている。
薬をのみ、発作が起きないように願って、飛行機に乗り込む。
しばらくして飛行機が離陸体制に入った。
アナウンスが流れ、少し揺れて、一瞬体が軽くなる。
あっという間に町が小さくなっていき、雲に隠れた。
隣に座っていた母親は、パスポートなどをしきりに確認していた。
愛輝は小さな窓から外をのぞく。
時折、雲の隙間から高速の灯りやマンションの灯りが遠くに見えた。
海の上に入ってからは真っ暗になったが。
初めての海外ということもあって、アメリカ人のキャビンアテンダントさんに緊張したりほしいものを言い間違えたりしたが、発作はおきず、無事に着いた。
入国審査で、どうしてアメリカへ来たのか、という質問をされ、愛輝は、病気の手術です、とたどたどしい英語で答えた。
成功することを祈ります、と返してくれた。
「Thanks.」
そう言って通過した。
空港の外にでると、青空が迎えてくれた。
愛輝は日本がまだ夜なのを思い出して、不思議な気持ちになった。
《でも、空は繋がってるんだよね。》
「愛輝、行くわよ。」
タクシーに乗り込みながら、母親が呼んでいる。
「うん。」
息を大きく吸って、駆け出した。
「あら?」
図書室の掃除をしていた人物は、本棚の隅に隠すように置かれている 灰色の箱に入った本を見つけた。
「懐かしいわね~・・・まだあったのね。」
微笑みながら、その本を抜き取る。
一番新しいページには、さまざまな字で、一人の少女を応援する言葉が書かれていた。
「青春ねぇ」
最後の行を見ながら、その人物はつぶやいた。
【あなたなら大丈夫!!きっとうまくいくから、頑張って。そして元気になって、≪できなかったこと≫も存分に楽しんで!!!】
【先輩のおかげで学校に来れるようになりました。今度は私に先輩を応援させてください。】
【方程式の解き方や友達との悩み事のとき、いつもありがとうございました。元気になって日本に帰って来てください!】
【先輩にはたくさんの勇気をもらいました。だから、もう少しだけ頑張ってみようと思います。先輩も頑張ってください】
【あなたのおかげで自信が持てました。こんなにたくさんの人を元気にできたんだから、きっと手術も成功すると思います!!】
【ずっと、待ってる。 崎原 亜樹】
【皆さんありがとうございました】
【崎原君、ありがとう。お願いします。 先原 愛輝】
そら空 最終
終わりました。