雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編】

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編】

~ たこ焼きとミサンガ ~

 
 
陸上大会予選の翌日。
 
いつもの部活後、アサヒとナツはどこか照れくさそうに部室を後にしていた。
 
 
 
夕焼けが差し込む廊下を靴箱に向けゆっくり進むふたりに、開け放した窓から
穏やかでやさしい風がよそぐ。

学年が違うふたりは離れた位置にある靴箱で外履きに履き替える。
先に行ってしまう訳などないのに、靴箱で遮られ互いの姿が見えなくなった途端
どこか慌てたように外履きに替えて、今まで履いていた内履きを乱暴にそこに押し込めた。

そして片足の爪先をトントンと打ち付けながら、小走りで昇降口に出てきた互いの姿に
顔を見合わせて、ぷっと笑った。
 
 
 
 『慌てなくても待ってるってー。』

 『慌ててんのは、先輩でしょー。』
 
 
 
ふたりの弾けるような笑い声が、昇降口の低い天井に跳ね返って踊った。
 
 
 
グラウンドを抜け、校舎脇を通り、ジャージ姿のふたりが肩を並べて帰る夕暮れ。

長身の影と、その頭ひとつ低いそれがアスファルトに伸びている。
アサヒの左手が、ジャージのポケットから出たり入ったりを繰り返す。
本当はすぐにでも手をつないで歩きたいけれど、まだ部員の目が届くグラウンドから
程近くのその距離に、一応、部長の威厳を保つため少しだけそれを我慢して歩く。

しかしあの校舎脇の角を曲がったら、迷わず手をとって歩こうとアサヒは思っていた。
 
 
すると、どこからともなくヒソヒソと悪意ある声が耳に流れてきた。
それは、アキではなく、ナツがアサヒの隣を歩く姿に対してのものだった。
 
 
 
 『なにあれ?』 『略奪~?』 『うわ、最悪じゃん』 『姉妹で泥沼じゃね~?』
 
 
 
聴こえたその声に、笑顔だったナツの顔が急に悲痛の色に曇って反射的に顔を伏せる。
咄嗟にほんの少し、アサヒから離れて距離をつくった小柄な影。

すると、ナツの肩掛けカバンをぐっと引っ張り寄せたアサヒ。 離れた距離が再び近付く。
 
 
 
 『なーんにも悪いことしてないよ~、俺ら。』
 
 
 
アサヒが俯くナツを覗き込み、やさしく言う。
 
 
 
 『俺らは、ちゃーんとケジメつけて、きちんと今、ふたりでいるんだぞ~?

  もし誰かになんか言われたら、すぐ俺に言うこと。 ・・・わかった~?』
 
 
 
頼もしいアサヒのまっすぐな言葉に、ナツがコクリ頷き再び笑顔を見せた。

そして、ナツの手をぎゅっと握るとイヒヒ。白い歯をこぼし笑って見せるアサヒ。
繋いだ手を高く前に後ろに振り上げて、ふたり、笑いながら歩いた。
 
 
 
 『せんぱーい・・・ 関節はーずーれーるぅーーー!!』
 
 
 
ふたりの笑い声は、悪意の呟きなんか簡単に蹴散らすほど、大きく愉しげに夕空に響いていた。
 
 
 
 
 
駅前のたこ焼き屋へ向かっていた、ふたり。

ロータリーでバスを待つ人の列の間をすり抜け、丁度一番混み合う駅前の道を
アサヒとナツ、しっかり手をつないで愉しげに進む。

駅地下にあるお目当ての店の少し軋む引き戸を開け、狭い店内に入ると目に入った
メニュー表を睨むように見つめたナツ。
一口にたこ焼きと言っても意外に種類が多いことに、どれにするか選びきれずに
真剣に悩んでいる。
 
 
 
 『腹減ったよなぁー・・・ 3種類くらい食えるかな?』
 
 
 
アサヒがナツに目を遣ると、『えー!ヤッター!!』 ナツが嬉しそうに頬を染めた。

3人座ればギューギュー詰めとなる狭いカウンターに、ふたり、並んで座る。
他に客はまだ居なかった。 ひとつだけ空いてる席にふたり分のカバンを置く。
互いのジャージの二の腕を触れ合わせ寄り添って座るのは、店の狭さだけが理由ではなさそうで。
 
 
オーソドックスなたこ焼きと、めんたいマヨ、そしてねぎたこ焼きを注文した。

ただ隣に並んで座っているだけで幸せそうなふたりの姿に、目を細めた店主が
『カップルにはおまけしてやるよ』 と、コーラをサービスしてくれた。
 
 
 
 『あざ~っす!』

 『あざ~っす!』
 
 
 
同時に言って、ふたり、嬉しそうに顔を見合わせ瓶コーラをカチリとぶつけ合い乾杯した。
 
 
 
 『チョォ~、美味しい!!』
 
 
 
ナツが熱々のたこ焼きに、はふはふ息を吹きかけて火傷しないよう注意しながら食べる。
そんなナツを目を細めて笑いながら、アサヒも爪楊枝ですくって食べた。
 
 
 
 『たこ焼き器ほしいなぁ~・・・ そしたら、たこパ出来るのに・・・。』
 
 
 
ナツが、たこ焼きをふ~ふ~冷ましながら言う。 『高いかなぁ・・・?』

すると、『俺、買おっかな~? 陸上部で集まって出来たらいいな~?』
アサヒがたこ焼きパーティーの案に乗った。
 
 
 
 『え?ほんと?? やりたいやりたい!』
 
 
 
話に夢中になったナツの注意力が散漫した爪楊枝から、たこ焼きがぽとりと
テーブルに落ちた。
 
 
 
 『アイツら、みんな来るかな?』
 
 
 
ナツの落としたたこ焼きを慌ててすくって『3秒・セーフ!』 と呟き、
アサヒがナツの口にそれを突っ込む。
 
 
 
 『ん~・・・ まぁ、全員は無理だとしても・・・

  来るんじゃないですか~? スミレちゃんとか、ノリ良いから来てくれそう!』
 
 
 
もぐもぐ食べながら、まだ ”たこパ計画話 ”に集中するナツは、今アサヒに
”あ~ん ”された事にも気付いていないようで。
 
 
 
 『・・・スミレちゃんて??』
 
 
 
そんなナツを横目で見てちょっと笑いながら、”スミレちゃん ”という聞き慣れない
固有名詞に首を傾げる。
 
 
 
 『ちょっ、ブチョー!! 新人マネちゃん、じゃないですかー!』
 
 
 『・・・あああ、モチヅキの弟子かー・・・ セトさんの事だろ?

  つか、下の名前スミレってゆーんだ? 知らなかったー・・・。』
 
 
 
基本的に誰のことも下の名前で呼ぶことがないアサヒ。
苗字を覚えていれば問題ないので、下の名前をイチイチ気にしたことが無かったのだ。
 
 
 
 『えー、今のはヒドイー! 

  ・・・もしかして、あたしの名前も知らないんじゃないでしょーね?』
 
 
  
すると、アサヒが一瞬動きを止めてまっすぐナツを見た。
そして、口許を緩めてククっと笑う。
 
 
 
 『え!!! まじスか・・・ まじめに、あたしの名前・・・。』
 
 
 
目を眇めて恨めしそうにそう言うナツに、アサヒが無言で指を伸ばす。
そして、ナツの唇に指先で触れるとそれを目の高さにかざした。
 
 
『ねぎ・・・ たこ焼き、の。』 ナツの口横についたそれを指先で摘んで見せる。
ナツが照れくさそうにペコリと会釈すると、アサヒがパクっと自分の口に放った。
 
 
 
 
 
 『ちょおおおおお!!! なななななんで・・・食べちゃうの・・・??』
 
 
 
真っ赤な顔をしてパチパチと瞬きを繰り返し、アサヒの手を掴んだ。

『え? ・・・ダメだった??』 ナツがそこまで照れまくる理由が分からず
ぽかんとその顔を見ているアサヒ。
自分だって、さっきは ”あ~ん ”して食べたくせに。
 
 
狭いカウンターの下でジタバタと足をバタつかせるナツは、くすぐったい様な
恥ずかしくて堪らなそうな顔をして、小さな拳でアサヒの太ももをポコポコと
グーパンチする。

その過剰な反応が可笑しくてケラケラと笑いが止まらないアサヒ。
テーブルの下の、ナツの暴れる拳をやさしくにぎった。
 
 
 
 『なーにを、そんなに照れちゃってんだよ~?』
 
 
 
更に真っ赤になるナツを横目で見ながら、尚も笑いは鎮まることがなかった。
 
 
 
 
  (なんだよ、もう・・・ 可愛いなぁ・・・ 萌え死ぬっての。)
 
 
 
 
 『つか、ほんとにたこパやりたいな~』

『うんうん』 と、ナツがまだ少し照れくさそうに赤い頬で頷いた。
ふたり一緒にいると、次々と愉しい事、やりたい事、行きたい所が湯水の様に溢れだした。
それが嬉しくて嬉しくて、仕方なかった。
 
 
カウンターに頬杖をついて、嬉しさにどんどん緩んでゆく口許を両手で隠したナツ。
その右手首には、まだアサヒのミサンガが2本やさしく結わえられていた。
 
 
 
 
 
 
ナツは、後輩マネージャーのスミレから言われたことを思い出していた。

それは、ナツが2年生になり後輩部員が入部してすぐのことだった。
新しくマネージャーとして入部したスミレが、目をキラキラさせて指差す。
 
 
 
 『ナツ先輩~・・・ それ、編んだんですか~?』
 
 
 
スミレが言う ”それ ”とは、右手首に付けているミサンガのことのようだった。

一瞬自分の右手首に目を落とし、ちょっと嬉しそうに口許を緩めたナツ。
『ううん、貰ったの。』 あっさり否定したナツへ、スミレは両手を胸の前で合わせて
指をクロスさせると、なにやら興奮気味に言う。
 
 
  
 『すご~い!! プレゼントしてくれたんだ~? カレシさん、ですかぁ~?』
 
 
 
急にスミレの口から飛び出した ”カレシ ”というワードに、『ちがうちがう!!』
慌てて顔の前で大きく手をひらひら振って、全面否定した。
 
 
『えー・・・ だって、ソレ。 どう見ても手作りですよ~?』 スミレがクスクス笑う。
 
 
 
 『ミサンガって自分で編んで願いを込めるんですよ~

  そうゆう専用キットが売ってるんで・・・ 
 
 
  きっとソレくれた人、先輩のこと好きなんですね~・・・』
 
 
 
少女漫画のようにうっとりと目を細めて、可愛らしく小首を傾げているスミレ。

『ぇ・・・。』 その言葉に、真っ赤になって俯いたナツ。
右手首をそっとつかむと、今まで思ってもみなかった ”手作り ”という事実に
どうしようもなく胸が熱くなる。

ほんの少しだけ、チラっと目線を移動してアサヒを見た。
部員同士で楽しそうに笑っている横顔。
いつもの、あの、陽だまりのようなやさしい笑顔で。
 
 
宝物のように右手首を胸の前で包んでぎゅっと目をつぶると、高鳴る胸の鼓動が
手首を通しミサンガにまで伝わり、編み紐がやさしく震えるようだった。
 
 
それ以来、毎日毎日、ミサンガを眺めては頬を染めていたナツ。
 
 
 
 
 
 『アサヒ先輩・・・。』 

ナツがどこか照れくさそうに目線をはずし、並んでたこ焼きを食べるカウンター隣へ呼び掛ける。
 
 
『ん~?』 少し冷めた、ラス1のたこ焼きをぱくっと咥えたアサヒ。
もぐもぐとそれを噛みながら、ナツに目を向けた。
 
 
 
 『コレ・・・ ありがとうございます。』 
 
 
 
そう言うと、ナツはミサンガを目の高さに掲げた。

『・・・なに?今更。』 不思議そうに首を傾げるアサヒを、ナツがじっと見つめた。
 
 
 
 『・・・ちゃーんと言ってくれれば、

  あの時・・・ もっと、もーーーーっと、喜んだのにさー・・・』
 
 
 
そのナツの声色に、”買った ”のではなくて ”作った ”のがバレたことを悟ったアサヒ。
 
 
 
 『あー・・・ いや、ぁ。 うん・・・。』
 
 
 
片肘を付いて、照れくさそうにポリポリと頭を掻いた。 『つか・・・ いつ気付いたの?』
 
 
 
 『春ごろ・・・かな?

  スミレちゃんが・・・ ミサンガは自分で編んで願いを込めるんだって・・・。』
 
 
 『・・・あぁ、セト・マネか。 あいつ、ヨケーな事を・・・。』
 
 
 
ブツブツ文句を言っているアサヒ。 照れ隠しに、スミレに悪態をついている。
 
 
 
 『・・・作り方、教えてくれませんか?』
 
 
 
ナツが頬を緩める。 いまだ照れくさそうに口ごもるアサヒを愛しそうに見つめながら。
 
 
 
 『ん?ミサンガ?? ・・・なに?来年の大会用??』
 
 
 『いや、えーっと・・・ とにかく。作りたいんで・・・。』
 
 
 
『じゃぁ、たこ焼き食ったらキット売ってる店、すぐそこだから一緒に行っか~?』
アサヒの提案に『うんっ!』 ナツが嬉しそうに大きく頷いた。
 
 
 
 
 
相変わらず騒がしいその雑貨屋。
ガチャガチャと耳障りなBGMが流れ、統一性のない商品の配置が逆に面白い。

その入口棚に、ミサンガの手作りキットと、編み紐が並んでいる。
 
 
 
 『この編み紐には、色によって各々意味があるんだってさー・・・』
 
 
 
アサヒの説明に、ナツが嬉しそうにそれを眺める。
 
 
 
 『ちなみにお前のは・・・ 青と赤とオレンジにしたはず。

  スポーツ運とー・・・ 希望とか笑顔・・・ だったかな~?』
 
 
 
手に取って、ひとつずつ説明書きを読み込んでいるナツの真剣な横顔。
 
 
 
 『スポーツ運が・・・ 青、とー・・・赤か・・・。』
 
 
 
それを2セット掴んだ。
そして、
 
 
 
 『ぁ、これだ・・・。』
 
 
 
ピンク色の編み紐を掴むと、それも2セット、棚のフックからはずしたナツ。
ふと、アサヒがピンク色の説明書きに目を遣ると、そこには ”恋愛運UP ”とあった。
 
 
 
 『今度はあたしが編みますから・・・ ちゃんと付けて下さいね~!』
 
 
 
照れくさそうに肩をすくめ、3色の編み紐2セットを両手に掴んでレジに並ぶナツの
背中をアサヒは嬉しそうに目を細め眺めていた。
 
 
会計を済ませチョコチョコと小走りで駆け寄るナツに、アサヒが微笑む。
 
 
 
 『ねぇねぇ・・・ な~に、願掛けんの~ぉ?』
 
 
 
覗き込むように背中を丸め、ニヤニヤ笑っているアサヒに、ナツが肩をすくめて
ククク。小さく笑った。

そして、その問い掛けには返事をせずに、アサヒの大きな手を掴んで歩き出す。
 
 
 
 『なに願掛けんのか、きーてんだろー? ナツぅー・・・。』
 
 
 
呼ばれ慣れたはずの名前がやけにくすぐったくて、頬が熱くて、なのに夏の夜風は
まだまだ生ぬるくて、いつまで経ってもふたりの顔は赤いままだった。
 
 
 
                               【おわり】
 
 
 
 

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編】

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編】

『雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。』 の番外編です。 アサヒとナツ、約束のたこ焼きを食べに行く、笑い声あふれる放課後のひとこま。 本編【雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。】も、どうぞご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-24

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