グルタミン酸はやさしさでできている

みつりん

僕は、大人になったらしっかりとしたコシの強いこんぶになるのが夢でした。
「こんぶ」という名前はすごく強そうな響きがします。「わかめ」よりも強そうで漢らしい。「とろろ」というのはとても弱そうで、「とろろこんぶ」にするととても中途半端に感じます。
海の中にいた頃はだしこんぶになりたいと考えていました。
「だし」はわれわれこんぶの最大の武器です。いつも僕たちを見下しているカツオたちは、ポピュラーなだしとして自信を持っているのでしょうが、こんぶのほうが繊細な味だと自負しています。だしこんぶは、こんぶたちの憧れです。
今はなき僕の父は、いつも寝る前に話をしてくれました。
「俺たちこんぶは、メインディッシュになる機会が少ない。しかし、メインの食材を支える名サポーターとして、大事にされているんだ。カツオだしなんかはすごく強い風味がして、いい香りだがとても主張が強い。いつも自分が泳ぐことしか考えてないからだな。こんぶは素材の風味を失わずに引き立てることができるんだ。いいか、そういう思いやりはなくしたらだめだよ」
僕はそれを容易に理解することができました。海底から見ていると、カツオたちはいつも自分が前に泳ぐことしか考えていないようで、とても奔放。それは粗暴にも見えながらも憧れでもありました。
それに比べ、こんぶは小さな魚のすみかをつくったり、多少はえさになって食べられたりと、その自己犠牲こそがアイデンティティだと考える風潮があったからです。きっと、僕たちのだしからはやさしさがあふれるのだろうと思います。
父は、その後しばらくして海からあげられましたが、そのときとても幸せな表情をしていたのを覚えています。地上でのその後はわかりません。
海の中にいたころはいろんな可能性がありました。だしこんぶ、きざみこんぶ、酢こんぶ、とろろこんぶ、おぼろこんぶ。特に最近は塩こんぶになるのが流行りで、友人たちの多くが塩こんぶになっていったと耳にしました。塩こんぶは、近頃活躍の幅が広がっているので、なってよかったととても喜んでいたそうです。
僕はというと、海から出てすぐとろろこんぶの加工工場に入ってしまいました。だし昆布として運命を遂げるのだと思っていたので、あの時は自身の運命を呪いました。コシもなく、だしにもそれほど向いていない。とろろこんぶは、ごはんに巻いたり、おかずにちょっと添える程度の具として使われるようです。
少し似ていますが、おぼろこんぶの奴らは、僕たちとは差別化されて鼻を高くしています。とろろこんぶはまがいものだと、絶対ばかにしているように感じるのです。職人に削られるのと固められて工場でけずられるのと、味にそこまで差があるわけじゃないのに。ですが、おぼろこんぶのほうが美しいのは事実で、認めざるを得ません。
正直に言うと僕は、自分のこんぶとしての在り方にコンプレックスを感じています。本当はだしこんぶがよかったですし、おぼろこんぶだってカッコいいと思いますし。スーパーの棚の下段に陳列され、ほかのこんぶやカツオに見下ろされているということで、さらにコンプレックスを強く感じるようになりました。
 このまま売れないまま一生を終えるのか。本当にこんな奥のほうに陳列されたとろろこんぶを拾ってくれる人が現れるのか。
  これまでに数多くの心配をしてきましたが、結果的に今、こうして皿の上に載っているのだから、とろろこんぶになったことは後悔していません。
カツオのたたきに添えられることは珍しいそうですが、食べられている方は「意外とイケる」とご満悦。調理していただいた方は「そうでしょう」とうれしそうです。
まさか地上に来てまでカツオと会うとは思いませんでした。あこがれていたカツオとともに一つの料理をつくることができるのを幸せに思います。
名脇役は、コシがあるだけでは務まりません。ふわっとした「とろろ」だからこそ、やさしさでつつみこむことができるのです。

グルタミン酸はやさしさでできている

グルタミン酸はやさしさでできている

こんぶって意外といいやつなんじゃないか

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-SA
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