すーちーちゃん(7)
七 秋祭りの十月
「ドンドン、ドンドン」「チンチン、チンチン」
太鼓と鉦の音がどこからか聞こえる。秋のお祭りだ。朝早くから、祭りの担当の大人たちや子どもたちが軽トラックに乗り込んで、近所の大きな家や電気店、自転車屋、コンビニ、スーパーなどの前で、獅子舞を踊り、太鼓を叩き、鉦を鳴らしている。その音がだんだんと近づいてくる。神社だ。あたしの家の近くの神社だ。すーちーちゃんの家だ。あたしは靴を履くと、玄関を飛び出した。
「さやか、どこへ行くの?」
台所の方で、お母さんの声がした。あたしは玄関を開けたまま、
「ちょっと、神社」と答えた。
神社の境内の前では、軽トラックが止まり、太鼓が鳴り始め、獅子舞が踊りだした。その獅子舞を観客が一重、二重と輪で取り囲む。
あたしは、大人と大人の間の隙間から獅子舞の踊りを覗く。なんだか、興奮する。思わず、一緒に踊りだしたくなる。ふと、見ると、獅子舞と一緒に踊っている子どもがいる。竜太郎君だ。
「こら、邪魔しちゃだめでしょ」
「いたたたた」
すーちーちゃんが竜太郎君の耳を引っ張って、輪の中から連れだした。
「いいよ、いいよ」
「踊ればいいんだ」
おじさんたちが促した。竜太郎君は勝ち誇った顔で、再び、輪の中に入っていく。獅子舞と一緒に踊る。
「あんたたちも一緒に踊ったら」
獅子舞のおじさんたちが、あたしとすーちーちゃんに声を掛けてくれた。
「ええ、あたしたちですか」
あたしとすーちーちゃんがお互いに顔を見合す。
「あたしは、ちょっと・・・」と答えようとしたら、
「ええ、踊ります」と、すーちーちゃんの声がして、「踊ろう」とあたしの手を掴むと輪の中に入った。
「負けないぞ」と、竜太郎君が声を上げた。
「どうせやるなら、獅子舞がいいだろう」
「もうひとつあっただろう」と、おじさんたちが獅子舞を貸してくれた。その獅子舞に、あたしとすーちーちゃんと竜太郎君が入る。
「僕が、一番前だい」
竜太郎君が獅子のお面を持とうとした。
「あんたは、ちっちゃいから、ダメ」と言って、すーちーちゃんが先頭に立つ。
「チェッ」と言いながら、「じゃあ、尻尾がいい」と一番後ろにはいった。残ったのが真ん中。あたしがそこに入る。本当なら、獅子舞は二人だけど、あたしたちは小学生なので、三人ですることにした。
「じゃあ、いくぞ」
おじさんたちが笛や太鼓を鳴らし始めた。あたしは、すーちーちゃんの腰に手を添えて、すーちーちゃんの動きに合わせる。竜太郎君も、あたしの腰に手を添えているが、時々、飛び跳ねているみたいだ。獅子の中は、真っ暗で、何も見えない。ただ、すーちーちゃんの動きに合わせるだけだ。外から見ているのと、実際に踊るのは違う。
息が激しくなってきた。足がもつれる。もう、何時間も踊っているみたいだ。この踊りは永久に続くのか。最初、腰を曲げていたが、すーちーちゃんの腰を持つ位置が高くなっていく。あたしの背筋がまっすぐになった。
この状態は、すーちーちゃんが地上から浮かんでいることになる。そんな馬鹿な。でも、すーちーちゃんの腰の位置は、あたしの顔の前だ。中が暗くてよく見えないけれど、すーちーちゃんが浮かんでいるか、それとも、すーちーちゃんの足が伸びただけなのか。いや、よく見ると、すーちーちゃんの足が浮かんでいる。あたしの頭の中も真っ暗になった。ようやく笛や太鼓が鳴り終わった。拍手喝さいだ。あたしは疲れ果てて、その場で蹲った。
「大丈夫?」明るくなった。獅子舞の布が外された。すーちーちゃんの顔が見えた。
「よかったぞ」
「獅子が空を舞うとは思わなかった」
「あんな芸当、どうやってできるんだ」
と、次々と.大人たちから驚きとお誉め言葉を頂いた。
「喉が渇いたろう。ジュースでも飲みな」
獅子舞のおじさんのうちの一人が、三本、ジュースとお菓子を渡してくれた。
「わーい」竜太郎君が無邪気に喜んでいる。 あたしたちは、神社の裏側に置いてあるベンチに座った。
「楽しかったね」
すーちーちゃんは上機嫌だ。
「ジュースやお菓子をくれるんだったら、毎日でも踊るよ」
竜太郎君がジュースを飲みながら、お菓子をほおばる。あたしは、疑問点を口にした。
「おじさんたちが、獅子が宙に浮いていたって、本当?」
「ねえちゃん、羽を使って飛んでいたんだよ」
竜太郎君が答える。
「ボコ」
「イテ」
すーちーちゃんが竜太郎君の頭を殴る。
「そんなこと、出来るわけがないじゃないの。適当にジャンプしていただけよ。そんなことより、このお菓子美味しいね」
すーちーちゃんも、竜太郎君と同様に、ジュースを飲みながら、お菓子を食べている。すーちーちゃんは、本当に不思議な子だ。竜太郎君もだけど。姉弟だから当たり前か。
すーちーちゃん(7)