わたしはとてもめんどくさい

わたしはとてもめんどくさい

 最近たまに思うことなのだが、ひょっとするとわたしは避けられているのかもしれない。遠巻きにされているのかもしれない。
 この学校に入学して、わずか四ヶ月。高校生になったという自覚がようやく出てきたような気がしないでもない微妙なこの時期にして、何かの拍子にふとそんなことを思うようになったのだ。
 入学当初は誰だって、やっぱり周りは知らない人ばかりだから、早く仲良しグループを作ろうと――でも勇み足で変なグループに入っちゃうと後々大変だからちょっと様子を(うかが)おうと、じりじりとにじり寄るような、お互いを探りあうような暗黙の熱戦が繰り広げられ、だからわたしもその渦中(かちゅう)の人というか、いろんな人から声をかけられたりしたものだけど、二言三言話すと、相手は決まって困ったような顔をして去っていったのだった。
 ――あ、うん。もうわかったから。またね。
 そう言われはするものの、またねと言われてからこっち、誰もわたしと再び話そうとしなかった。
 気がつけばもう夏休みも残りわずかである。特にこれと言って予定もやりたいこともなかったので、暇つぶしがてら宿題に着手したら、八月の到来を待たずして終わってしまった。仲の良い友達どころか、友達カテゴリに分類できる人がひとりもいないわたしにとって、夏休みは寝て起きるを繰り返すだけの、なんとも味気ない長期休暇なのだった。
 そんな矢先である。母に呼ばれて部屋を出ると、なんとまあクラスメイトと名乗る少年からの電話だと言うではないか。わたしに電話だなんて、罰ゲームでも受けているのかな? などとひとしきり(いぶか)しんだのち、受話器を取って保留を解除した。
「もしもし、代わりました」
『あ、あのっ、俺、同じクラスの瀬戸川(せとがわ)っていいます』
「大変ね、瀬戸川くん。罰ゲームって、いわゆるイジメでしょう? 相手に屈しちゃだめよ。すぐご両親と先生に相談なさいな」
『え? あの、何を言ってるの?』
 ふむ、どうやら罰ゲームではないらしい。ではわたしに電話をかける理由は何だろう。何かしらのメリットがなければ、クラスで浮いている女子にこんな愚行は犯すまい。
 この場合、わたしがクラス内でソロであるという事実がおそらく鍵なのだろう。わたしにそれ以外の特徴はないと断言できる。無個性、無味無臭がわたしの売りなのだ。打たれるような杭など持ち合わせていない。
 話は()れるが、まったくの対極にありながら、ソロとソロリティはどうしてこれほど字面が似ているのだろうか。片やイタリア語、片やラテン語に由来しているとはいえ、片仮名で書いてしまえば大差ない。どちらにもソロの二文字が入るくせに、それぞれの意味がぼっちとグループでは、前者がひどくやるせないではないか。もちろん前者とは、言わずと知れたわたしである。
 そのソロが鍵ということは……そうか、わかったぞ。
 わたしの頭上で古めかしい豆電球がぴかりんと光る。フィラメントが見えるタイプのやつだ。
「瀬戸川くん。あなた、わたしからカツアゲしようという魂胆ね」
『えっ、ええっ?』
 驚いたように声を上げる瀬戸川くん。しかし、わたしにはすべてお見通しだ。
 ソロということは、わたしに仲間が――味方がいないということ。自分で言っていて情けなくもなるが、でもそういうことだ。わたしがひとりであれば、カツアゲしても応援は来ない。向こうの人数が増えるほど、わたしは反撃できなくなる。
 夏休みの開放感もあり、彼はきっと無計画におこづかいを使いきってしまったのだろう。アルバイトでもすればいいものを、こうして善良な一般人からお金を巻き上げることで残りの休みを乗り切ろうという心算は、これといって正義感の強いほうではないわたしにも許容できないものがある。というか、ターゲットが自分だからだろうけど。
「でもね、瀬戸川くん。わたしだってやられっぱなしではないということを肝に命じておくといいわ。肝試しで女子たちとキャッキャウフフして少しばかり鍛えられたかもしれない、その肝にね」
『ごめん、さっきから君が何を言っているのかわからないんだけど……』
「あなたが無情にもわたしからお金をむしり取ると言うのなら、わたしはあなたの自宅に五分置きに無言電話をかけるわ。そしてあなたの名を(かた)り、特上寿司を二十人前、出前させてやる」
『……あのさ、自分がされて嫌なことは他人(ひと)にもするなって教わらなかった?』
「ふむ、ソクラテスを引用するなんて、博識の不良もいるのね」
『いや、ソク……なんとかってのは知らないけど、学校で教わるでしょ、普通』
「ソクラテスを知らないの? あんなに有名な哲学者を? じゃあまさか、プラトンやアリストテレスも?」
『知らないよ!』
「ガ◯ダムAGE(エイジ)に置き換えると分かりやすいわよ」
『知らないってば!』
 瀬戸川くんのテンションがAGE×2(アゲアゲ)になってきたため、渋々ながら矛を収める。わたしだって空気くらい読めるのだ。……まあ読んだつもりの結果が、今の立ち位置なのだけれど。
 しかし、カツアゲも違うのか。とすると――
 その答に――最後の最後にたどり着いた、もっともありえない、でも可能性がないわけでもない答に、わたしはいささか身を強張(こわば)らせる。
「そうね……百パーセントありえなくても、残りの0パーセントにすべてを賭けてみるのもいいかもしれないわね」
『0に何をかけても0だろうに……』
 彼の言葉はひとまず聞き流しておいて、わたしは勝手に確信する。
 ずばり――瀬戸川くんはわたしに愛の告白をするため、電話をよこしたのだ。
 なぜもっと早く気づかなかったのだろう。気づいてあげられなかったのだろう。思い返せば最初からサインは出ていた。緊張した声で名乗る瀬戸川くん――それは、「好きです。付き合ってください。そしてあわよくば、いろいろさせてください」と言っているのと同義だ。肝試しで女子とキャッキャしながらも、頭の中はわたしとチュッチュすることでいっぱいだったのだろう。ソクラテスがなんぼのもんじゃい。
「ごめんなさい、瀬戸川くん。いろいろ言ったけど、全部流してちょうだい。水だけに」
『今までの会話のどこに、水って単語が出てきたのさ……』
 なるほど、今の言葉を直訳すると、『愛してるよベイビー』ということね。
 わかったわ、瀬戸川くん。いきなり深いお付き合いはできないかもしれないけれど、まずはお友達から――いえ、お友達よりちょっと進んだところから始めてみましょう。大丈夫。わたしは従順に、あなたに従うわ。あなたの望むとおりにしてあげる。わたしはとても寛容だから、朝のテレビ番組の星座占いでわたしの星座が下位グループにでも入らない限り、ブチギレたりしないわ。安心してちょうだい。
「いいわ。あなたの口から聞かせて」
 こんなビッグイベントがあるのなら、夏休みも存外悪いものではないわね。今日という日の記念に、ボイスレコーダーでも買っておけばよかったかしら。
 待つこと数秒。瀬戸川くんは、「あのさ」と切り出した。
『あのさ、あさっての中間登校日の集合場所、教室から視聴覚室に変更になったから』
「…………」
 それは。
 それは脳内翻訳(ほんやく)しようのない――連絡網だった。
 じゃあ次に回してね、と言って、瀬戸川くんは電話を切った。耳に当てたままの受話器から、ツー、ツー、と空虚なビジートーンが延々響く。その音に混じり、聞いたこともないソクラテスの声が、再びわたしに名言でもって語りかけるのだった。
 汝、己を知れ――と。

わたしはとてもめんどくさい

わたしはとてもめんどくさい

「百パーセントありえなくても、残りの0パーセントにすべてを賭けてみるのもいいかもしれないわね」

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-22

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