異世界のチャーリー
非凡に生活していると、冒険活劇のような経験に憧れるものです。
平和に過ごしている方が良いのか、破天荒な状況の方が良いのか・・・ 後者の方が、サバイバル的には、強くなるような感はありますが・・・
結果が良ければ、少々『 キケン 』な方が、退屈はしないでしょう。 まあ、都合の良い話ですけどね。
さて、ひと時ですが、あなたをファンタジーの世界へお連れしましょう。 ちなみに、SFではありませんよ? この辺り、しっかりと区別させて頂きます。 最近、SFとファンタジーを混同させている風潮がありますので・・・
それでは、どうぞ☆
1、晴天の霹靂
試験は、最悪だった・・・
クラスの悪友 飯田が自信満々に言い放った推察通り、図形問題にヤマを張ったのが間違いだった。
学校からの帰り道、学校近くを流れる川の土手道を、トボトボと歩く僕。 半ば、放心状態である。
( そもそも、y軸や曲線やらで囲まれた面積を求めて、将来、ナンの役に立つんだ? ∫なんて、クソくらえだ! )
ナンか、ムカついて来た。大声を張り上げたくなるような心境だ。
・・・でも、ヤメた。 そんなコトしても、何の意味も無い。
時は、5月。
土手道に生えている木々は、一斉に、緑の新芽を伸ばし始めている。 生命力溢れる新緑とは対照的に、僕の心は、メッチャ落ち込んでいた・・・
『 ドカッ! 』
突然、何かが、僕の顔にぶつかって来た。
「 ぶっ・・? 」
その物体は、意外に大きく、思わず両手で抱えた僕は、そのまま尻もちを突いた。
「 ・・な、何だっ? お、重てえぇ~・・・! 」
何かが、僕の上に乗っている。 両手には、プニプニとした感触。
「 ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 」
・・・それは、女の子だった。
( なぜ、女の子が、僕の顔に激突して来る? さっきの、プニプニした感触は、ドコの部分だ? )
・・・んなコタぁ、この際、問題じゃない。
全く、状況が把握出来ない、僕。 あっけに取られていると、女の子は僕の上から降り、お辞儀をして挨拶した。
「 初めまして、サーラと申します。 これから宜しくお願い致します 」
ナニが、これから・・・?
ますます、ワケが分からない僕。 ぽか~んとしていると、サーラと名乗る女の子は言った。
「 突然で、驚かれましたでしょう? 」
・・・驚かないヤツ、いるのか?
「 あたしって、ホラ、おっちょこちょいじゃないですかぁ~ 」
知らんわ。
「 侍従のメイスンなんか、呆れちゃって~・・ えへへっ・・? 」
そいつも、知らん。 勝手に世界を語るな。 しかも、何気に茶目っ気を出しおって・・・
女の子は、ボートネックのような薄地の白いシャツを着ていた。 綿素材のようなベージュ色のミニスカートに、ヒールの付いた白いサンダル。 髪は茶色で、背中まであり、薄い紫色のリボンで縛っている。 身長は、160くらいだろうか。 年齢は、僕より若そうだ。首から、銀色のペンダントのようなものを掛けている。
僕は、尋ねた。
「 ドコから来たの? 何か、空から落ちて来たようなカンジだったケド? 」
僕は、空を見上げた。 初夏の青い空。 遥か上空を、飛行機が飛んでいる・・・
サーラと言う女の子は、頭をかきながら答えた。
「 時空を越えるのって、苦手なんです、私。 この前なんか、ジュラ紀まで行っちゃって・・・ 」
「 ・・・・・ 」
可哀想に、こんな若い身空で精神異常をきたしているなんて・・・ 見れば、結構に可愛いじゃないか。 つぶらな瞳も、愛らしいし。 きっと、どこかの病院から抜け出して来たのだろう。 交番に連れて行かなきゃ。 確か、駅の方にあったハズ・・・
サーラは続けた。
「 私、今、精霊術士の資格を取る為の試験中なんです。 第3課題に、異次元の世界へワープして、そこに住む住民の方の希望を叶える課題があるんです 」
「 ・・・・・ 」
「 コレが合格すれば、精霊術士3級がもらえるんですっ! 」
・・ふ~ん、そうなんだ。 良かったね。 ・・僕、もうアッチ行って、いい?
両手を胸で組み、ワクワクしながら語るサーラ。 希望に燃え、キラキラする瞳は充分に魅力的ではあるが、どうやら、深入りしない方が良さそうである。
僕は言った。
「 大変なんだね。 じゃ、そ~いうコトで・・・ 」
右手を軽~く上げ、会釈をしてその場を立ち去ろうとする、僕。
サーラは言った。
「 ああ~ん、ダメですよぉ~! まだ、何も希望を叶えてませんからぁ~! 」
要らん、っちゅうに! ヘンに、希望とやらを分けてもらって、後で代金などを請求されたら、たまったモンじゃない。
無視して立ち去ろうとしたが、彼女は、僕の腕にしがみ付くと、嘆願するような目で言った。
「 お願いです、希望を叶えさせて下さ~い。 ねっ? イイでしょ? ちょっとだけ、ねっ? 」
・・・その『 ちょっとだけ 』って、ナニ?
僕は、可愛らしいサーラの表情に、妙にドキドキした。
( か、可愛い・・・! )
本当は、知性的美人がタイプの僕だったが、このサーラのルックスは、かなりイイ線いっている。 頭がイカレていなければ、間違い無くアイドルとしてやっていける事だろう。 渋谷辺りを歩いていれば、確実にスカウトが来そうである。 ・・・ま、脳みそスポンジ状態の、イカレたアイドルも実際、かなりいるが・・・
「 よ・・ よし。 じゃあ・・ 少しだけ、付き合ってやるよ 」
彼女の、屈託の無い無邪気な表情に、僕は、少し負けた感じでそう言った。
「 ホントっ? きゃあ~、嬉しいっ! 私、頑張るからね! 」
ピョンピョンと飛び跳ね、嬉しそうに言うサーラ。 早速、スカートのポケットから、ナニやら図形が描かれた紙を取り出す。 大きな丸い円が何重にも描かれてあり、その中に、見た事も無い文字が描いてあった。 魔法陣のようなものなのだろうか? 首尾は、上々のようである。 これは、完璧にイカレきっとる・・・! 小物にこだわるのは、オタクの証拠だ。 きっとこの後、魔法の呪文なんぞを唱え出すに違いない。
首から掛けていたペンダントを取り、その円の中心に置くサーラ。 僕の想像通り、何やら、呪文のようなものを唱え出した。
「 ルーミタラミク、ルーミタラミク、エンシャラ、アーコリャ、ドッコイ、ホーレンキョー 」
はっ倒すぞ、コラ・・! それが、まじないか? あ~こりゃ・どっこい、とか言わなかったか? 今。 思いっきり、うさんくさいな・・・
しばらくすると、ペンダントが振動し、やがて熱せられたように赤くなって来た。
僕は、目を見張った。
「 おお~・・ これは、ウマくデキてるな~! タネを明かしてくれよ 」
サーラは、両手を上げ、空に向かって言った。
「 全霊なる主よ! これに、出でませ~! 」
ぼわ~ん、とペンダントから白い煙が立ち昇った。 よく見ると、煙の中に、白い衣をまとった、小さな老人が立っている。 身長は、約20センチくらいだ。 グニャグニャに曲がった杖を突き、視線が定まらないような、見開かれた両目。 だらしなく開けられた口・・・ 随分と、貧相な主である。 しかも、小っせえぇ~・・・!
サーラは、ミニチュア老人に対し、うやうやしくお辞儀をしながら言った。
「 主よ、この者の希望を叶えたまえ 」
ミニチュア老人は、僕の方を見ると、左手を上げ『 コイ、コイ 』をした。 近くに来い、と言う事らしい。 しゃがみ込んで、ミニチュア老人をのぞき込む、僕。
・・・よく出来ている。電池で動くのだろうか・・・?
フィギア老人は、僕の顔をじっと見つめ、口をクチャクチャさせると、ぶうぅ~っ、と放屁した。
「 ・・・・・ 」
踏み潰してやろうか? コイツ。 ヒトの顔を見ながら屁をするとは、オモチャのくせに、イイ度胸だ。 ケンカ売ってんのか?
やがて、フィギア老人は、杖で僕の方を指し、目を閉じて、ナニやら唱え始めた。
「 精霊が、唱え始めたわ。 いよいよね! 」
ワクワクした顔の、サーラ。 その前に僕・・ まだ何にも、希望を言っていないんだけど・・・?
フィギア老人の、口が止まった。
「 ・・・・・ 」
しばらくの沈黙。
「 ・・・・・ 」
顔を近付けると、寝息が聞こえる。 フィギア老人は、立ったまま寝ていた。
「 ぜ・・ 全霊なる主よ、目覚め給え! 全霊なる主よっ・・! 」
慌てて、声を掛けるサーラ。 しかし、フィギア老人は反応しない。 ・・多分、電池切れなんじゃないのか?
僕は、指先でフィギア老人のおでこを、ピシッと弾いた。 びっくりしたように目を覚ます、フィギア老人。 結構、面白い。
杖の先から、ぽんっと、直径10センチくらいの白い球体を出した。 次から次へと、よくモノが出て来るな・・・!
フィギア老人は、煙と共に、姿を消した。
サーラは、球体を手に取るとペンダントを首に掛け、円を描いた紙をたたんでポケットにしまう。
「 ・・・終わり? 」
もうちょっと、見ていたかった気もするのだが・・・
サーラは、両手に乗せた球体を、僕の目の前に出した。 特大の、ゆで卵みたいだ。 食べたら、美味しいのだろうか?
「 この中に、あなたの希望が入っています。 でも、割ってはいけません。 自然に割れるのを待つのです 」
・・・10年待て、なんて言うんじゃないだろうな?
特大ゆで卵を、訝しげに見ながら、僕は尋ねた。
「 いつ、割れるんだ? 」
「 明日かもしれません。 明後日かも・・・ 」
「 割れずに腐って、異臭を放つようには、ならないだろうな? 」
「 多分・・ ないと思います 」
・・・多分って、ナンだ? 多分って。
サーラは、説明した。
「 あなたが、希望を唱えた時、割れるんです 」
なるほど。 希望を唱えないヤツなんて、いないからな。 こうなりたいとか、あんなん出来たらイイな、とか。 だとしたら、慎重に唱えなくては・・・! ナニがいいかな? 絶世の美女を、彼女にしてもらおうかな? いやいや、そんなコトより、お金だ! 10億くらいあれば一生、遊んで暮らせるぞ・・・!
事態を全く信じていないにも関わらず、勝手に想像を膨らまし、ニヤつく、僕。 結構、面白い事になって来た。 試験結果に落ち込んでいた僕にとって、これは、この上ないアミューズメントだ。 本当かどうかは分からないが、試してみる価値はありそうである。 凹んでいた僕の心は、イッキに復活した。
サーラは言った。
「 希望が叶えられるまで、私は、あなたを観察させて頂きます 」
「 どうぞ、どうぞ。 1分で終わるから。 さぁ~て、ナニにするかな? 」
その時、チリンチリン、と自転車のベルが後から聞こえた。
「 何してるの? 三原クン 」
同じクラスの、高科みずき・・・!
頭脳明晰、学園一の才女である。 特に、英語は抜群だ。 何せ、父親は外務省の官僚である。 進学先の志望校は、津田女子。 ノンフレームのメガネを掛けているが、知的な雰囲気の彼女には、お似合いだ。 肩下まであるストレートの髪・・・ 前髪は、目の辺りで切り揃え、毛先は、シャギーっぽくナチュラルに仕上げてある。 自然で、かつ、清楚な感じの高科・・・ 知的雰囲気と相まって、まさに、僕好み。 実は、密かに片思いを募らせている相手である。
「 高科・・・! 」
憧れの君の登場に、僕の胸は、にわかにドキドキし始めた。
自転車を止め、初夏の風にそよぐ髪を、右手で押さえながら高科は言った。
「 三原クン、テスト、どうだった? 」
「 ダメだよ。 ヤマが外れちまってさ 」
( サーラは、ドコ行った・・・? )
僕は、高科に気付かれないよう、辺りに目を配った。 どこに消えたのか、サーラの姿は無い。 まあ、その方が、余計な説明をしなくて済む。 高科と、話しが出来るチャンスだし・・・!
僕は続けた。
「 高科の方は、バッチリだったんだろ? また今回も、学年首位をキープか・・ いいなぁ~ 」
高科は、苦笑しながら答えた。
「 そうでもないわよ? 化学なんか、記号を、3つも間違えちゃった。 あたし、暗記するの苦手なのよ 」
20問あった中で、3つですか? 凄いね~、僕なんか、3つしか分からなかったよ? 酸素と、二酸化炭素と、鉄。
「 ところで、土手に座り込んで、ナニしてたの? 」
・・・ヤバイ。 どうやって、この場の説明をしようか・・・
僕は、テキトーかました。
「 え? あ、いや・・ ネズミがいてさ。 ホラ、ここに穴があるだろ? ここに、逃げ込んだんだ 」
とっさに、足元に開いていた小さな穴を指しながら、僕は言った。 多分、雨水の浸食で開いた穴だろう。 とても、ネズミの穴倉とは思えない。 しかも、底が見えてるし・・・
だが、高科は、意外にも興味あり気に反応し、答えた。
「 へえぇ~? 野ネズミ、いるんだ。 もう、初夏だもんね。 活発に動き出したのかしら。ネズミは、基本的には、夜行性なんだけどね 」
思わず、黄色い声を発しながら飛び退けるのかと思っていたが、高科は平気らしい。
僕は、意外そうに言った。
「 ネズミ、平気? 何か、詳しそうだね 」
高科は、笑いながら答えた。
「 あたし、ハムスター飼ってるの。 カワイイわよ~? ゴールデンって言う種類の子でね。チャーリーって名前。 男の子なの 」
僕には、ネズミとハムスターの違いが分からない。 ちなみに、モルモットとの違いも分からない。
( 確か、ヌートリアってのは、ネズミよりかはデカイ動物のはずだったよな・・・? )
大小の違いでしか分からないとは少々、情けないが、この程度の知識レベルの高校生は、いくらでもいるだろう。 しかし、小動物を可愛がる高科の姿は、想像するにも微笑ましい。 僕は、彼女の優しさに、改めてホレ直した。
高科が、気付いたように言った。
「 ・・あ、今日は、チャーリーのエサを買って帰らなくちゃ。 忘れる所だったわ。 有難うね、三原クン! じゃ・・・ 」
自転車のペダルに足を掛け、僕に微笑む、高科。
「 お、おう・・ また明日な 」
もっと話していたかったが、仕方が無い。
僕は、土手を自転車で走って行く、高科の背中に揺れる髪を見つめながら、ひとり言を呟いた。
「 チャーリーに、なりてえなぁ~・・・ 」
『 パカッ・・! 』
2、ここはドコ? 僕は誰・・・?
目が覚めた。
何か、カンナくずのようなものが、床一面に敷き詰めてあるのが目に映った。 銀色の鉄格子の向こうには、勉強机。 薄いブルーの、ストライプ模様のカバーを掛けたシングルベッドがある。
「 ・・・・・ 」
参考書や問題集、百科事典が並ぶ本棚に、小さなクローゼット・・・ 僕は、10センチくらいの大きさの、陶器で出来た車の中で、うつ伏せになって寝ていた。
「 ・・・? 」
ここは、ドコだ?
顔を上げ、鼻をヒクヒクさせる。 女子ばかりいる商業科のクラスのような、甘ったるいニオイがする。
眠いので、再び顔を下ろし、辺りをうかがった。 すぐ脇には、大きな水車のような丸い形をした構造物。 樹脂で出来ているようだ。 どうやら、遊具のようだが、こんなんで幼児が遊んだら、壊れて危ないんじゃないのか?
再び、鉄格子の向こうに目をやる。
6畳くらいの部屋だ。 窓側には、鏡の付いた、小ぶりのドレッサーがあった。 薄いピンクのドライヤーが置いてある。
どうやらここは、女性の部屋らしい。 僕は、何でこんな所にいるのだろう? しかも、寝てるし・・・
頭の左脇辺りが、かゆくなった。 左足で、ポリポリとかく。
「 ・・・・・ 」
何で、左足なんだ?
ふと、顎の下に入れていた右腕を出す。
「 ・・・・・ 」
細く、小さな腕。 ピンク色の地肌に、指先には、長い爪が生えている。
「 ・・・・・ 」
両手で、顔を撫でる。 ふさふさとした軟らかい体毛が、びっしりと生えていた。 舌で、口の中を確認すると、ミョーに長い前歯がある。
「 ・・・・・ 」
楽天家の僕も、さすがに、この異常事態にアセった。 何か知らないが、得体の知れないモンに、僕の体は変化している・・! しかも、それは恐ろしく小さいらしい。 鉄格子のように見えていたモノは、鉄格子(ある意味、正解)ではなく、飼育カゴのケージだ。
「 ど・・ どうなってんだっ? 一体、ナニが起きたんだっ? 」
言葉を発してみたが、僕の耳には、チー・チーとしか聞こえない。 慌てて、陶器製の車の中から飛び出し、ケージに取り付く。 意味も無く、それをよじ登り、スルスルと降り、今度は、床に敷き詰められたカンナくずのようなものの中に鼻先を突っ込み、ニオイを嗅ぐ。
「 ・・メシのニオイだっ・・! 」
ナゼかは知らないが、そう直感した。
( 食わねば! 食わねば! メシ食いたいっ、食いたいよぅ~! )
事態を把握する方が先決なのは分かっているが、僕の頭の中は、食事をしなくてはならないという考えで一杯になった。 そんなに空腹ではなかったが、とにかく食いたい。 メシは、あるうちに食っておかねば・・・! そんな心境が、僕の脳裏を占拠する。
「 どこだっ? メシはどこだっ? 」
ワラを鼻先でかき分け、ニオイの方へと進む。 やがて、先ほど見た樹脂製の遊具の脇に、30センチ( 僕から見た寸法 )くらいの物体を発見。
「 タネだ! ヒマワリのタネだぁっ! 」
そんなモン、食いたくないっ! でも、ナゼか、すんげ~ウマそうである。
本能の赴くまま、タネを拾い、例の長い前歯でカリカリとかじる。
( ・・・あああ~~・・ホッとする。 ヒマワリのタネをかじると、すんげ~、ホッとするぅ~・・・! )
奥歯の両横に、大きな袋のようなスペースがあった。 そこに、かじったヒマワリのタネを詰め込む。
( 後で、じっくりと食べるんだ。 えへへっ・・! おいしいぞぉ~? )
そんなん、したくないっ。 だいたい、キモチ悪ィ! でも、そうしたい・・・
僕は、必死で、ヒマワリのタネをかじった。 誰か・・ 誰か、止めてくれぇ~・・・!
タネを全部かじり、頬袋を膨らませた僕は、遊具を見上げた。 鼻をヒクヒクさせる。 メシのニオイは、しなかった。
「 どっか、メシを探しに行かなくちゃ。 ココには、何も無い 」
遊具に前足を掛け、乗る。 ホイールのように、少し遊具が廻った。 数歩、歩く。 ・・また、廻った。 イッキに走り出す。 勢い良く、ホイールは回り出した。
「 おおっ・・ おお~っ! 走っている! 走っているぞぉ~! 」
猛スピードの、ジョギングマシーンのようだ。 僕は、取り憑かれたように、物凄い勢いで、同じ所を走った。
「 ・・ず、随分、走ったぞ! ハア、ハア・・ ここまで走れば・・ ナニか、メシがあるかもしれない! 」
あるワケねえだろっ! 同じトコだぞ、たわけが!
分かってはいるが、僕は、大いに満足した。 ホイールから降り、早速、鼻をヒクヒクさせて、辺りのニオイを嗅ぐ。
・・・メシのニオイは、しなかった(当たり前)。
「 ダメだ。 もっと走って、もっと遠くへ行かねば・・! 」
再び、ホイールに乗り、猛然とダッシュする、僕。
ああ・・ 僕、バカみたい。 でも、凄く満足なの・・・ こんなに走ったんだもん・・・!
ホイールから降り、一息つく。
「 ハア、ハア・・! よし、これだけ走れば・・ きっと何か、メシがあるぞ! 」
・・ねえっちゅうに! 分からんか、僕! ナニをやっとるんだ!
すっごい満足したが、メシは、ドコにも無かった(当たり前)。
「 喉が渇いたな・・・ 」
ふと、陶器製の車の向こう側に、濡れた棒が吊るしてあるのが見えた。 棒の先には、美味しそうな水が、雫を作っている。
「 水だ、水だあ~♪ 」
早速、棒に取り付き、後足で立ち上がると、その棒の先にある雫を舐めた。 どういう構造になっているのか知らないが、雫を舐めると、また雫が垂れて来る。
「 おお、凄いぞ! ココに来れば、水が飲める! 走った甲斐があったと言うモンだ 」
・・・多分、最初からソコにあったとは思うが、僕は、走ってココに辿り付いたという達成感に酔っていた。 とにかく、走れば、メシがあったり水が飲めたりするのだ。
僕は楽しくなった。 とりあえず、先程、頬袋に詰めたヒマワリちゃんを食べよう♪ 幸せだぁ~・・・!
陶器製の車の中に戻り、『 お弁当 』を食べ始める、僕。 冷静になって考えてみる。
( どう見ても俺は、人間じゃない。 ネズミになっちまったらしい。 何でだ? そもそも、最初からネズミだったのか? ヒマワリのタネ、すんげ~美味しいし・・・ )
カリカリと、タネの実を食べながら思案を続ける。 また、頭の右後ろ辺りがかゆくなり、右足でポリポリとかく。
物凄い、フツーの動作・・・ 何の違和感も無い。
僕は体が硬く、床に座ったまま膝を浮かせずに、自分のつま先を触る事が出来なかった。ところが、今の動作はどうだ。 足で、頭の後ろ・・ ほとんど背中に近いトコをかいたぞ? 上海雑技団も、真っ青じゃねえか。 そんな動作、僕の体では、絶対に無理だ。 椎間板ヘルニアになるか、骨折する。
( ・・俺は、ネズミなんだ・・! )
何で、そうなったのかは分からないが、とにかく、ネズミだ。
それにしては、きれいな体毛だ。 全身は、真っ白。 背中から腰の辺りにかけて、薄い茶色の斑模様だ。 以前、ドブネズミを見かけた事があるが、もっとグレーで、しかも1色だった記憶がある。
人間だった記憶がある以上、やはり僕は、元、人間だったらしい。
「 寝る前は、どんなんだったけ・・・? 」
僕は、タネをかじりながら、寝る前の記憶を探した。 そもそも、寝た記憶が無い。 と、言う事は・・ 起きていたまま、ネズミになったのか?
「 ・・・・・ 」
思い出せない。
「 もういっぺん・・ 走るか? 」
何か、メッチャ、スカッとしそうだが、ヤメておこう。 腹が減るかもしれんし・・・
頬袋からタネを取り出し、食べ続ける、僕。 状況が把握出来ず、不安ではあるが、食べていると安心する。
( ああ、美味しいなぁ・・! 楽しいなぁ~・・! )
僕は、すっごい、シアワセな気分になった。 とりあえず、もう一眠りするか? この陶器製の車、居心地イイし。
僕は、車の『ボンネット』部分から頭を出したまま、ウトウトし始めた。
( もしかしたら、今度、目覚めたら人間に戻ってるかもな )
ノー天気な性格は、ネズミになっても変わっていないらしい。 ・・いや、より強化されたように思える。
トン、トン・・と、誰かの足音が聞こえた。 階段を登って来るような足音だ。 ココは、2階だったのか?
僕は顔を上げ、鼻をヒクヒクさせた。
( ご主人様だ・・! 僕を可愛がってくれる、ご主人様が帰って来たんだっ! )
僕は、本能的にそう感じた。
ゴハンだ! ゴハンを、持って来てくれたんだっ! わぁい、わぁいっ♪
僕は陶器製の車を飛び出し、また、意味も無くケージに取り付いた。 ガジガジとケージを噛み、鼻をヒクヒクさせる。 ついでにホイールに飛び乗り、思いっきり走る。
「 うおおおおおおお~~~~~~っ! 」
嬉しくて仕方が無い。 タネ、タネ! 早く、タネちょうだいっ! タネぇ~~~~っ!
やがて、ドアが開かれ、誰かが部屋に入って来た。
「あらあら、チャーリー。 そんなに走り回って・・ おなか、減ったのね? ごめんね、今あげるからね 」
・・・それは、高科だった。
3、小さな世界
僕は、しばらく呆然とした。
憧れの君、高科がいる・・・!
どうやら、学校の帰りらしい。 濃紺のセーラー服を着ている。 僕の通う学校の制服だ。
( 今、チャーリーって、言ったな・・ 高科が、飼っているとか言っていた、ハムスターの名前だ。 ・・ってコトは、俺は、ハムスターになっちまったのか? )
相変わらず、ネズミとハムスターの違いは分からないが、ハムスターの方が可愛らしくて良い。 ネズミに比べて、尻尾が無い事だけは、自分の体を見て分かったが・・・
「 おいで、チャーリー♪ 」
高科が、ケージの天井にあるフタを開けて言った。
( 何か、恥ずかしいな・・・ )
モジモジする、僕。 高科が、右手を僕の前に差し入れて来た。
( ソコに、乗れってか? )
軟らかそうな、高科の掌。 こんなUPで見るのは、初めてだ。 緊張する・・・!
高科の掌に乗ってみた。
・・・温かい・・・
鼻をヒクヒクさせ、ニオイを嗅ぐ。 何とも言えない、幸せの香りがした。
今、僕は・・ あの、憧れの、高科の掌に乗っている・・・! おそらく、こんな経験、人間だったら出来なかっただろう。 ハムスター万歳!
高科が、僕を掌に乗せ、外へ出してくれた。 顔を近付け、僕を見る。 メガネ越しに見える、高科の大きな瞳。 ひええ~・・! キスしてるみたいだ~・・!
僕は、感激で、小さくプルプルと震えた。 高科が、左手の中指の先で、僕の頭から背中に掛けて、優しく撫でる。 左手で、そっと僕の体を掴むと、右手の掌から持ち上げ、更に、顔に近付けた。 高科の、サラサラの前髪が、僕の鼻先に柳の枝のように被さって来た。
・・・すんげ~、いいニオイがする。
僕は、高科のメガネに前足を掛け、鼻をヒクヒクさせながら、高科の前髪を噛んだ。
「 あはは! ダメよ、チャーリーったらぁ~ 」
前髪にぶら下がった僕を、高科は、楽しそうに振った。 ツルン、と高科の髪は、僕の前歯の間を通り抜け、僕は、高科の右胸辺りに落ちた。 彼女の、制服の胸ポケットに前足を引っ掛け、バタつく僕。
「 何やってんの、チャーリーったら~♪ おてんばさんね、もう~ 」
でも、嬉しそうな高科。 右手で、僕をそっと押さえ、ニコニコしながら、僕を見ている。
・・・ああ・・ 高科と、こんなにスキンシップ出来るなんて・・・!
僕は、天にも登る気持ちになった。 かすかにコロンが香る高科の制服にしがみ付き、幸せ絶頂である。
「 ごはん、いらないの? チャーリー 」
高科は、買って来たらしい僕のエサが入った袋を、サブバッグの中から取り出して言った。 すんげ~欲しいが、今の状態のままの方が、僕的にはシアワセだ。
高科は、僕を胸に抱くようにして、そのまま、傍らにあったベッドに仰向けに寝転んだ。これで、高科の体から落ちる心配は無い。 高科も、僕を自由にさせたいたいのか、押さえていた右手を放す。 自由になった僕は、早速、高科の胸の上を散策してみた。
ああ、憧れの高科の胸の上・・・! 何か、すんげ~デカイ布があるんだけど・・・?
( あ、スカーフか・・・ )
制服のスカーフらしい。 こんなデカイ布、見た事無い。 しぼんだ、巨大気球のようだ。
バカでかい布をかき分けると、センターラインのような、白いラインが3本あった。 制服の襟にある、白いラインらしい。 縫い目がハッキリと見える。 こうして近くで見ると、不思議なものだ・・・
やがて、金属で出来た、巨大な円盤状の物体を発見。 何と、校章だ。 こんな形をしていたのか。 僕は、入学式以来、付けた事が無い。
鼻をヒクヒクさせながら、先に進む。
これまた、特大英文文字のイニシャルが現れた。 制服の胸当ての所にあるイニシャルだ。僕から見ると、畳1畳分くらいある。
・・・高科の、ナマ胸(やらしい表現。ちなみに、鎖骨の部分)が出て来た・・・!
近寄って鼻をヒクヒクさせ、ニオイを嗅ぐ。
ああ・・憧れの高科の、甘美な香り・・・
高まる興奮を押さえ、僕は、すべすべした白い肌の上を歩いてみた。
「 きゃはは! くすぐったぁ~い、チャーリー♪ 」
高科の手が、僕を捕まえる。 両手で掴まれ、高科の顔の上で宙吊り。 そのまま高科は、僕を右の首筋辺りに押し付け、頬擦りしながら言った。
「 可愛い、チャーリー・・! 大好きよ 」
僕も、大好きです。 もっと遊んで。
高科の手をすり抜け、首筋から襟口に頭を突っ込み、モゾモゾと、もがく。 ナゼかは知らないが、こういう狭くて暖かいトコに、ミョーに関心がある。
「 きゃはは! チャーリー、くすぐったいってば! きゃはははっ! いやぁ~ん ♪ 」
嬉しそうに笑う、高科。 高科の左手が僕の体を掴み、また、彼女の顔の前に宙吊りにされる。
「 ホントこの子は、狭いトコ、好きなのね? 」
・・・すんません、本能なモンで。 すんげ~、いいニオイしたし・・・!
「 ごはんだよぉ~? 」
高科は、買って来た僕のエサが入った袋を開封し、中身を1つ摘むと、僕の顔の前に出して見せた。
わぁお! ヒマワリのタネだぁ~! 欲しい、欲しい、それ欲しいぃ~~~~っ!
高科の左手で宙吊りにされたまま、僕は前足をバタつかせ、目の前に差し出されたタネを取ろうとして必死になった。
「 はい、チャーリー。 よく噛んで食べるのよ? 」
はぁ~~い ♪
高科からもらったタネに噛り付く、僕。 カリカリカリカリ・・・・・ ああ~、幸せだぁ~・・・!
高科は、上半身を起き上がらせ、僕を膝の上に置いた。 両手でタネを掴み、背中を丸めてかじりまくる僕。 濃紺の、制服のスカートの上に、かじったタネのかけらが、ポロポロと落ちる。
( 高科、怒るかな? )
ふと、高科を見上げる。 ニコニコしながら、僕を見ている高科。
「 美味しい? チャーリー 」
うん! サイコーっす!
「 まだ、イッパイあるからね。 ほぉ~ら・・・! 」
そう言いながら僕の横に、タネを3~4個、置く。 ヒマワリの他に、色んなタネが混じっている。 どれも、ウマそうだ。
わぁい、わぁいっ ♪ もう僕、頬袋、いっぱいに詰め込んじゃうもんね! カリカリカリカリ・・・・・
高科の膝の上で、僕は、夢中になってタネをかじった。
「 みずき~? ちょっと下りて来てぇ~ 」
階下から、母親のような声が、高科を呼んだ。
「 なあに~? ちょっと待って~ 」
高科は、タネをかじり続ける僕を摘み上げ、ケージに戻した。 ついでに、4~5個のタネを入れる。 トントンと足音を立てながら、高科は、下へと降りて行った。
タネをかじりつつ、鼻をヒクヒクさせる、僕。
( ・・このニオイは? )
何か、ドコかで嗅いだ覚えのあるニオイが・・・
ふと、ケージの外を見ると、サーラがいた。 じっと僕を見つめている。
「 サーラ・・! 」
「 気分は、いかがでしょうか? 」
ニコニコしながら言う、サーラ。 僕は、ケージに取り付くと、意味も無く、それをよじ登りながら言った。
「 そうか・・! さては、お前だな? 俺を、こんな姿にしたのはっ! 」
「 だって、あなた様が希望したんじゃありませんか。 チャーリーになりたいって 」
「 ・・・・・ 」
僕は、上ったケージをスルスルと降下しながら言った。
「 もしかして、タマゴ・・ 割れたのか・・・? 」
「 ええ、そりゃもうあなた、見事にパックリと 」
両手を広げながら答える、サーラ。
・・・やってもうた・・・!
こんなんで、貴重なタマゴを割ってしまったようだ。 タマゴは、本当に希望を叶えるタマゴだったのだ・・・!
僕は、呆然とした。 確かに、貴重な体験をさせてもらった。 しかし、一生このままは、ヤダ。 絶対に、ヤダ! マジ、ヒマワリのタネは旨いが、それ以前の問題である。
僕は言った。
「 そろそろ、元に戻してくんない? 」
「 ・・と、申されますと? 」
「 いや、だからさ・・ もう、元に戻りたいんだよ。 今、ちょうど高科、いないしさ。 な? 」
サーラは、困った顔をして言った。
「 え~? 元に戻す方法は、精霊術士2級を取らないと、教えてもらえないんですぅ~ 」
ヤリっぱなしかよ、おいっ! フツーは、戻し方も一緒に習わんか? お前らンとこ、えれ~無責任な世界だな!
僕は、ホイールに乗ると、思っきしダッシュをしながら叫んだ。
「 そんなん、ヒド過ぎるじゃないか! どうしてくれンだ、おいっ! このまま俺は、ネズミのままかッ? 」
「 ネズミじゃありません。 ハムスターです 」
「 そんなモン、一緒だわっ! タネをかじるトコなんざ、大した違い、無いだろうが! 」
ホイールから飛び下り、もう1度ケージに取り付くと、また意味も無く、よじ登る。 そして、スルスルと降りながら叫んだ。
「 とにかく、元に戻せえぇ~! 」
陶器製の車に潜り込み、鼻をヒクヒクさせながら、僕は訴える。
「 これは、希望でも何でもない! ただの、願望だ! 」
「 あ、カワイイですね~、そのカッコ 」
ノンキに、サーラは言った。 僕は、キレた。 ホイールに乗り、猛然とダッシュをする。
「 うおおおおおおお、アっタマ来たああぁ~~~っ! てンめええええぇ~~~っ! 」
「 凄い、凄い ♪ もの凄く速く、回ってますよぉ~? 」
「 ンだと、コラァァァァ~~~っ! どうだ、てめえええ~~~~っ! 」
更に、加速する僕。 ああ、やっぱり僕って、アホなのね・・ ナニやってんのか、意味分からんし。
ハアハア言いながら、僕は、ホイールを降りた。 高科が置いて行ってくれた、タネをかじる。
サーラが言った。
「 美味しいですか? 」
「 うん・・・ 」
4、どうにでもしやがれ・・・!
高科が戻って来た。
例によって、サーラは姿を消す。 便利なヤツだ。
高科は、ケージの中の僕を見て言った。
「 美味しい? チャーリー 」
陶器製の車の中で、タネを無心でかじり続けている僕。 高科は、クスッと笑うと、制服のスカーフを、シュルッと抜いた。
「 ・・・・・ 」
タネをかじりながら、高科を凝視する僕。 高科は、両手の袖口と、胸当てのホックを外し、脇のファスナーを上げると、制服を脱ぎ始めた。
「 ・・・・・ 」
こっ、これは・・・!
左腰のフックを外し、スカートを下げる。
( あわ、あわ、あわ・・・! )
見てはいけない、という心理と、頂きま~す! という心理が葛藤し、わずかに後者が勝つ。 僕の目は、キャミソール姿の高科に、クギ付けになった。 おそらく、愛らしい僕の黒目は、ヒクヒクと痙攣している事だろう。 多分、涙目になっているかもしれない。
キャミソールの裾から、わずかにのぞく、高科の薄いブルーのパンツ・・・!
・・・ハ・・ハハ、ハムスター、万歳・・・!
キャミソールを脱ぐ、高科。 ベッドの上にあったトレーナーを取る為、向こう向きになったので、魅惑の胸は拝謁賜る事は出来なかったが、きゃしゃな背中とブラのヒモは、僕の想像意欲をかき立てるのに、充分なインパクトがあった。
くいっと、くびれた腰。 意外にも、むっちりしたオシリに、薄いブルーのボーダーパンツ・・・!
僕は、タネをかじる事すら忘れ、高科のあられもない姿に目を奪われていた。
( さ・・ さすが、俺がホレた女だぜ。 心臓、ハレツしそうだ )
やがて高科は、手に取った白いトレーナーを着ると、デニムのミニスカートを履いた。私服姿の高科は、初めて見る。結構、かわいい・・・
トレーナーの中に入っていた髪を、両手の甲で、ついっと後に振るように出す。 メガネを外すと、つるをたたみ、机の上に置いた。
・・・そう。 高科は、メガネを外すと、美人なのだ。 もっとも、メガネもよく似合っているのだが、外すと、とても大人びた顔立ちになる。 一度、昼の休憩時間の時だったか、メガネを外し、ハンカチでレンズを拭いていた高科を見た事がある。 その時から、僕の胸は、ときめくようになったのだ。
クラスの誰も知らない、高科の素顔・・・
今日は、オマケに、その魅力的な肢体をも見れた。 実に、満足である。 ヒマワリのタネも、美味しいし。
着替えを済ませ、また高科が、僕の入っているケージの前まで来た。
「 眠い? チャーリー 」
・・ンな訳、ねえっす。 目、ギンギンに覚めてます。
鼻をヒクヒクさせ、高科を見る僕。 高科は、ニコニコしながら天井のフタを開け、言った。
「 遊ぼ 」
はぁ~い ♪
今度は、躊躇する事無く、高科の掌に乗る。 高科は、僕をケージから出すと、優しく両手で掴み、僕の背中辺りのフサフサな体毛に、頬擦りした。
ああ~、高科・・・! 何て、いいニオイなんだ。 くそう、コレが人間の姿だったらなぁ~・・・!
高科は、またベッドに仰向けに寝転がると、僕を、胸の上で解放した。 右の人指し指で、僕の鼻先を突付く。 僕は、後ろ足で立ち上がり、前足で高科の指先を抱えた。 上下に指を振る、高科。 僕の体も、上下に揺れる。 高科が、クスッと笑った。 今度は、僕の右前足を人差し指と親指で掴み、軽く揺する。 僕は、左前足で、高科の親指を抱き抱え、その指先を軽く噛んだ。
「 あはは、チャーリー。 あたしの指は、食べられないよ? 」
何度も場所を替え、軽く高科の指先を噛む、僕。 高科の、よく手入れされた健康的なピンクのツメ・・・
僕は、鼻をヒクヒクさせながら、近くにある中指・薬指にじゃれ付いた。 高科は、ニコニコしながら、胸の上で僕を遊ばせている。
・・・幸せな、ひと時・・・
気兼ね無く、こうして高科と遊んでいられるのなら、ネズミ・・ じゃない、ハムスターでもイイかな? 試験勉強、しなくても済むし。
やがて、横になっていた高科は、いつの間にかウトウトし始めた。 きっと、試験勉強の疲れが出たのだろう。
僕は、高科の胸の上で、後ろ足で立ち上がると、彼女の寝顔を眺めた。
やや、右に傾けた顔、上品な口元・・柔らかそうな唇・・・
( きっ・・ キキキ、キス、したろかな・・・? )
小動物のクセに、大それた発案である。 ・・・でも、ヤメておいた。 何か、卑怯な行動だと思えたからだ。 ナリは違っても、僕はオス・・ じゃない、男だ。 正々堂々と、正面から告って、お互いに認めた上で『 経験 』したい。
僕は、『 行動 』を中止し、高科の胸の上にうずくまった。
ふと、横を見ると、半円形の小高い丘があった。
( 見晴らしが、良いかもな )
丘に、よじ登る。 頂上に着いた僕は、また後ろ足で立ち上がり、周りを見渡した。
・・・サーラが、いた。
「 おっぱいの頂上に乗って、何してるんですかぁ~? 」
何っ・・? ココは、高科のチチの上だったんかっ? すんげ~、柔らかいじゃねえか。
僕は言った。
「 勝手に出て来たりすんじゃねえよ、お前! 高科が起きたら、どうすんだよ! 」
「 今、時空を止めています。 動けるのは私たちだけですから、心配いりません 」
・・・便利に、してんじゃねえかよ。 大した芸当だな。 どうやるんだ、それ。 ちょっと教えろや。
サーラは続けた。
「 今、教官に相談して来たんですが、少々、困ったコトになっちゃって・・・ 」
僕の方が、もっと困っとる。見て分からんか? お前。
僕は言った。
「 何だ? 時空が捻れて、帰れなくなっちまったとか? 」
「 そんなの、大したコトじゃないんですけど・・・ 」
・・・そうなの? 僕、メッチャ、大変だと思うんだけど? キミ、ホント、危機感ないね。
サーラは答えた。
「 実は、私の国で、クーデターが起きちゃいまして・・・ えへへっ! 参りましたよね、ホント 」
・・・お前、他人事か? それ、ものすげ~大変な事だと思うぞ?
サーラは続けた。
「 貴族院の長老、レスター議長が、私兵の軍を蜂起させ、皇帝陛下を軟禁しちゃったんです 」
・・・ふ~ん。それ、ドコの映画の話し? 監督は? 邦画だったらイイのに。 最近の邦画は、つまらん。 もっと企業が資金提供して、クドカン辺りに監督させえ。
僕は、話半分で答えた。
「 よく分からんが・・ ソレと、僕の事態収拾と、どう関係すんの? 」
サーラが言った。
「 試験は、中止。 受験者は、すみやかに帰投せよ、って指令なんです 」
「フザけんなッ! このまま、ヤリっ放しかよ!」
僕は、両前足でトレーナーの生地を引っ張り、ゆさゆさと揺すりながら叫んだ。 高科の小高い胸が、ぽよんぽよん、と揺れる。
サーラは言った。
「 とにかく・・ 私では、元に戻せないんです。 申し訳ありませんが 」
「 誰か、出来るヤツを連れて来いよ! これじゃ、希望を叶えたとは言えないぞ? 俺は、元に戻る事を希望してんだからな 」
「 う~ん・・・ 2級を持っている先輩たちは、もう国に帰っちゃったし・・ 1級精霊士になった先輩たちは、皆、王宮に仕えてますし・・・ 王宮は、今や、レスター議長の私兵長、ハインリッヒ将軍の部下たちが占拠しているんです。 とてもじゃないですが、近付けません 」
僕は提案した。
「 サーラの教官、てのは、出来んのか? 」
「 デボラ教官ですか? 」
・・・知らんっつ~の。
「 そうだよ。 その・・ デブか、イバラか知らんが、そいつなら出来んだろが? 何てったって、教官なんだからさ 」
「 デボラ教官は、学科担当なんです。 実技は、全く出来ません。 前に、惑星を1個、破壊しちゃって・・・ 」
・・・ナンで、そんなマヌケが、試験を牛耳っとる? しかも、惑星を破壊した、ってのは、どういうこっちゃ? お前らの国、メッチャンコだな。
サーラが、気付いたように言った。
「 ・・あ、衛兵連隊の隊長だった、クインシーなら出来るかも! 確か、1級を持っていたはずです 」
「 衛兵連隊って、王宮にいるんじゃないの? レクスター教授・・じゃない、レスター議長とやらの兵隊たちに、幽閉されてるんじゃないのか? 」
「 クインシーは、定年で今年、退職したんです。 城下の下町に住んでいます 」
・・・ボケて、使いモンにならないかもな。
サーラが言った。
「 私と一緒に、来て頂けますか? 直接、クインシーに会って頂いた方が良さそうだし・・・ 」
う~ん・・・ どうも、サーラの国ってのが、イマイチ不安だ。 でも、このまま戻って来なかったら、僕は間違いなく、一生このままだ。 あても無く、待ち続けるよりは、精神的にもマシなのかもしれない。
僕は尋ねた。
「 後で、旅費を請求されるんじゃないだろうな? 」
「 ワリカンにしましょうか? 」
やっぱ、取るつもりだったんかい、てめえっ! 病人のフトンを剥ぐような請求だぞ、コラ!
サーラが弁解する。
「 時空を越えるのって、教官の助けがいるんです。 1回、5ペインも、お金が掛かるんですよぉ~・・・! 」
そんな通貨単位、知らんわ。 タイ語で『 ペイン 』は、『 高い(料金が) 』だが・・・
ともかく僕は、サーラと国とやらへ、同行する事にしたのだった。
5、異国の地にて
薄暗い部屋だ・・・
年代のかかっていそうな、木製の大きな執務机がある。 机の上には、火の灯るランプ。見た事も無い文字が、いっぱい書いてある紙がランプの横に置いてあり、皮製で、鍵の付いたブッ太い辞書のような本などが、幾つも重ねて積み上げてある。
黒い鳥の羽が付いたペン、インク壺、虫眼鏡・・・
ガラスの入った格子窓の外は、夜のようだ。 太った三日月が見える。
「 ・・・・・ 」
僕は、辺りを見渡した。
およそ、20畳くらいの、割と広い部屋だ。 木の板で出来た壁には、肖像画が何枚も掛けてあった。 中世ヨーロッパの貴族たちが着ていたような衣装をまとい、皆、ヒゲを生やしている。 バッハか、ヘンデルのような、白いクリクリの髪だ。
机の正面の壁には、祭壇が設けられており、林立する幾つもの細長いロウソクには、火がついていた。
ふと、周りの床を見ると、サーラが持っていた魔法円のような図が描いてある。 僕は、その中心にいた。
鼻を、ヒクヒクさせる。エサのニオイはしなかった・・・
突然、ぼわん、と煙が立ち込めた。
「 ・・な、何だ? 何が始まるんだ? 」
僕が、怯えて体をプルプル震わせていると、煙の中からサーラが現れた。
「 ゲホ、ゲホッ! ゲホンッ! 何回やっても、この煙には慣れないわ、もう~・・! ゲホン! 」
程なく、部屋の隅にあったドアから、男が入って来た。 ローマ法王が着ているような司祭服をまとい、サンダル履き。 ちょっと肥満体の男だ。 年齢は、30代くらいだろうか。
男は言った。
「 やあ、サーラ、お帰り。 大変だったね 」
「 デボラ先生。 ただ今、戻りました 」
コイツが、惑星をフッ飛ばしたゴキゲン教官か・・・
デボラが、サーラに尋ねる。
「 で、そのワガママな人間は、どうしたのかね? 」
・・・僕の事か? ドコが、ワガママなんだよ、てめえ・・・!
サーラが答える。
「 一緒に、お連れして参りました。 ソコに、いらっしゃいます 」
床を指差す、サーラ。 デボラは、床を見たが、僕には気付かないようだ。
「 え? ドコかね? 」
「 そこです、ほら 」
腰をかがめ、やっと僕の姿を確認したデボラ。
彼は言った。
「 何と、ネズミかっ・・? 」
ハムスターだよ、てめえ・・! 間違えんな。 しかも、ゴールデンな。 よく分からんケド・・・
僕は、後ろ足で立ち上がり、鼻をヒクヒクさせた。
腰をかがめたまま、デボラは言った。
「 しかしまあ、ネズミとは・・・ キミも、物好きだねえ~・・・! 」
ハムスターだっちゅうに! それに、どうしても、なりたくてなったんじゃねえっ。 事の経緯を、ちゃんと把握しとんのか? オッさん。
デボラは続けた。
「 しかも、尻尾が無い・・・ 何とも、妙なネズミだな 」
ハムスターだっちゅうとんじゃ、コラ! 足の指、かじったろか? 図鑑(小学館)で調べて、勉強せえ。
サーラは、僕を抱き上げると言った。
「 ちょっとした手違いで、こうなっちゃったんです。 てへへっ・・? 」
サーラは、頭をかいた。
・・・カワイイから、許す。 でも、元に戻してくれなかったら、かじったる・・・!
デボラは、机の上にあった資料みたいなものをパラパラとめくり、言った。
「 まあ、今回は非常事態だ。 試験は中止だから、君の成績にキズがつく事はない。 だが、これからどうするね? しばらくは、収まりそうに無いぞ? 」
「 クインシーの所に参ります。 この方を、元に戻してもらって、異次元にお返ししなくちゃ 」
うん、うん・・! サーラちゃん、よく分かっていらっしゃるね。 僕、安心しちゃったよ。 頬袋の中のタネ、食べるね ♪
サーラは、肩に僕を乗せると、祭壇の所へ行き、ロウソクの火を吹き消した。
デボラが言った。
「 そうか・・ では、気を付けてな、サーラ。 町には、ハインリッヒの手下共が、顔を利かせている。 お父上様の事もあるし・・・ 心配だ 」
サーラは、少し笑顔を作りながら答えた。
「 大丈夫です、デボラ先生。 イザとなったら、クインシーに、何とかしてもらいますから 」
・・・サーラちゃん、そのクインシーとか言うオッさん、ホントに大丈夫なの? ご隠居様だろ? くわぁ~っはっはっはっは! とか、笑ってばっかりで、全然、役に立たないんじゃないの? 僕的には、サーラが出した精霊のジイさんみたいなイメージなんだケド・・・
しかし、今の所、そのご隠居様を頼るしかなさそうである。 ボケボケになっちまって、呪文を忘れていたら、どうしようか・・・
僕は、段々と不安になって来た。
「 早く行こう、サーラ 」
僕が、そう言うと、デボラは、びっくりしたような顔をしながら言った。
「 何と! 喋るのか? このネズミは! 」
ハムスターだ、っちゅうとんじゃ! このクソたわけがっ! あとで、かじったるからなっ? 覚えとけ!
夜の下町は、ごった返していた。
足早に通り過ぎる、頭巾を被った婦人。 猛烈なスピードで、人ごみの中を走り抜ける、荷車。 泣き叫ぶ、子供・・・
赤レンガや白い漆喰(しっくい)のようなもので壁を固め、粗雑な作りの瓦を屋根に乗せた、民家と思われる家々が軒を連ねる下町は、細く暗い路地裏まで人が溢れ、心配顔な住民たちが右往左往していた・・・
「 ロッシュの方が、燃えてるぞ! 」
「 レスター様の兵隊たちが、教会を襲ったそうだ! 」
口々に叫びながら、狭い路地裏を、男たちが走り抜けて行く。 飛び交う情報に、住民たちは、尚更に表情を険しくした。
軒先の縁台に、パンのようなものを並べて売っていた商店の店主らしき男が、商品を片付け始める。 果実らしき実を並べていた隣の店も、木戸を閉め始めた。 穀物のようなものが入った大きな網カゴを抱え、頭に頭巾を被った中年の女性が、慌ててレンガ作りのような建物の中に入って行く。 粗末な衣服を着た男は、子供たちを家に招き入れ、木の扉に、かんぬきを掛けた。
僕は、道行くサーラの肩に掴まりながら、そんな情景を眺めていた。
「 ・・何か、大変そうだね・・! 」
サーラの耳元で、僕は言った。
「 事態は、思ったより深刻なようです、チャーリー様・・! 一刻も早く、クインシーの所へ参りましょう 」
・・・チャーリーじゃねえって。 僕には、三原と言う・・
その時、突然、前方で騒ぎが起こった。 馬のような動物に乗って、甲冑を着た兵士らしき数人の姿が見える。
サーラが言った。
「 ハインリッヒの手下共です・・! チャーリー様、私の、髪の中に隠れて下さい 」
だから、チャーリーじゃねえって・・ ええい、この際、後回しだ。
僕は、長いサーラの髪の中に隠れ、様子をうかがった。
「 緊急事態である! 兵糧を貸し受ける! 即刻に、食料を差し出すように! 」
馬のような動物に乗った指揮官らしい男が、民衆に向かって叫んでいる。 しかし、『 借りて 』いるのではなく、明らかに略奪しているようだ。 木戸を破壊した民家から、次々と食料を強奪している。 家の主は、槍を持った兵士に小突き回されているようだ。 幼児が、火が付いたように泣きわめいている・・・!
サーラは、その騒ぎを避けるように、近くにあった路地へ入った。 足早に、狭い路地を抜け、少し広い通りに出る。 立ち並ぶ家々の向こう側の夜空が、赤く染まっている。 ・・・煙のニオイだ。 どこかで、鐘楼の鐘のような音が打ち鳴らされている。
これは、マジでヤバそうだぞ・・・? もしかして僕は、とんでもない世界に連れて来られたのでは・・? 僕、無事に帰れるの? とりあえず、ヒマワリのタネ、食べよう・・・
「 サーラ様、サーラ様・・・! 」
路地裏を走り抜けるサーラに、太った中年の女性が、小さなガラス窓を開けて声を掛けた。
「 メラニーおばさん・・・! 」
サーラが答えると、女性は入り口のかんぬきを抜き、扉を開いて外へ出て来た。 暗い路地に、室内の明かりが黄色く映る・・・
女性は、長い金髪を真ん中で分けて、後で縛り、大きな丸襟のシャツに、青いギンガムチェックのボレロのような服を着ていた。
サーラに、メラニーと呼ばれた女性は、辺りの様子をキョロキョロとうかがいながらサーラに近寄ると、心配そうに言った。
「 今日、試験だったんですよね? 大変な事になってしまって・・ 案じておりました。 ご無事に、お戻りになられたんですね? 良かった・・! 」
「 ディックとポーラは、大丈夫? 」
サーラが言うと、家の中から、小さな男の子と女の子が駆け寄って来た。
「 サーラ様! 僕ら、大丈夫だよ? 」
男の子が言うと、続けて、女の子が尋ねた。
「 異次元のお国のお話し、聞かせて! サーラ様ぁ~! 」
メラニーと言う女性が、子供たちをたしなめる。
「 また、今度だよ・・! 今は、それどころじゃないんだから 」
不満そうな、子供たち。
「 ちぇっ、つまんないの~ 」
「 また今度ね。 良い子にしていなきゃ、ダメよ? 」
子供たちの頭を撫で、苦笑いするサーラ。
メラニーが言った。
「 ・・サーラ様、これからどちらへ? 」
「 クインシーの所に参ります 」
「 おお、クインシー様の下へ・・! それがよろしゅうございます。 クインシー様なら、良い知恵をお持ちでしょう。 お気を付けて 」
メラニーと別れたサーラは、再び暗い路地裏を、足早に歩き出した。
( ・・何か、変だぞ? )
僕は、先程のメラニーとか言うおばさんの言動が気になった。 単なる知人などと言う間柄では、なさそうだ。 メラニーは、サーラに対して敬語を使っていた。 それも、近所付き合いのあるような間柄、という感じでもない。 一目、置いているような・・・ クインシーとか言う退役軍人も、ワケありな存在であるような喋り方してたし・・・
僕は、隠れていたサーラの髪を掻き分け、頭を出すと尋ねた。
「 今の人、誰? 」
サーラは、辺りの状況をうかがいつつ、小走りに路地を抜けながら答えた。
「 クインシーの部下だった衛兵連隊軍曹、オルレアンのお母さんです。 今は、オルレアンも皇帝陛下と共々、王宮に幽閉されているのでしょう・・・ 」
軍曹の母親が、何で、サーラに敬語を?
どうも少々、謎めいて来たサーラの正体・・・ ただの『 精霊術士候補生 』では、なさそうである・・・
サーラは、元衛兵隊 隊士で、『 クインシー 』とか言う退役軍人の家へと急いだ。
6、クインシー
町外れの運河沿いの一角に、クインシーと言う退役軍人の家はあった。
赤レンガ造りの建物で、運河側の路地に沿い、細長い建物だ。 玄関らしき扉が幾つもあり、どうやら長屋のようである。 何家族かが住み込んでいるらしく、各、扉の横に張られたロープには、洗いざらしの男女の服、子供の服などが、取り込みを忘れたかのように干してあった。
建物のすぐ前には運河があり、いかだのような、平らな艀(はしけ)が、幾つも係留されている。 漁船だろうか。 ディンギーのような、小さな帆掛け船も係留されていた。 かすかに潮の香りがするところから推察するに、海が近いのだろう。
サーラは、そのレンガ造り建物の、1番端の扉を叩いた。
「 クインシー、クインシー・・! 私よ、サーラよ・・! 」
ほどなく、玄関の扉横にあった小さな窓の明かりが揺れ、ドアのかんぬきを抜く音が聞こえた。
「 サーラ様・・・! 」
フードの付いた黒い衣をまとった老人が、細く扉を開け、サーラを確認すると、更に広く扉を開けた。 チャキンと、金属製の音がした。 剣を、鞘に収めたような音である。 ナンか、ヤバそうな雰囲気だ・・・!
室内にぶら下げてあるランプの明かりが逆光となり、老人の顔は良く見えない。 髪は抜け落ち、後頭部と、もみ上げからつながるヒゲを、モジャモジャに生やしているようだ。鼻ヒゲも長く、口元が見えない。
「 さあ、どうぞ。 お入り下さい。 ・・・その方は? 」
老人は、サーラの髪に隠れている僕を察知したらしい。 しかも、『 方 』とは・・・? 姿を見ていないのに、人と判断しているのか?
サーラが答える。
「 私の、お客人です。 試験の途中で、アクシデントが・・・ 」
老人は、じっとサーラを見つめた。 何か、サーラの心を読んでいるようだ。
老人は言った。
「 ・・なるほど、戻し方か。 ・・とりあえず、中へ 」
僕は、サーラの髪から出て、老人と対面した。
「 ほう、これはまた、かわいい動物じゃ 」
老人が、目を細めて微笑む。
サーラが紹介した。
「 チャーリー様です 」
・・・あの~・・ 違うんですけど。 僕は、三原って言って・・
部屋には、もう1人、男がいた。 暖炉の脇にある粗末なソファーに座っていたが、サーラを見ると立ち上がり、うやうやしく、お辞儀をしながら言った。
「 サーラ様、お帰りなさいませ。 案じておりました。 ご無事で何よりです 」
かなり、体格の大きな男である。 短く刈り込んだ髪には少し白髪があり、木綿のような生地の、茶色の服を着込んでいた。 一面に、紋章のような柄が刺繍されたマントのような黒い羽織を肩掛けしている。 どことなく、ブキミな雰囲気のする男だ。
お辞儀を返した彼のマントの腰辺りから、カシャ、と金属音がした。
( ナニか、持ってるな・・・! さっきのジイさんと同じだ )
サーラが言った。
「 メイスン・・! 心配掛けてごめんなさい 」
「 サーラ様の心配は、もう、しない事に致します。 キリがありませんので 」
苦笑いする、大男。
( メイスン・・・? 侍従とか言ってたヤツなのか? )
僕は、初めてサーラと遭遇した時に聞いた名前を思い出した。
メイスンが、サーラを暖炉の方へとエスコートする。 彼のマントがはだけ、腰に下げていたものがランプの光に反射し、銀色に鈍く光った。
・・・やはり剣だ。
フェンシングの剣より幅太で、日本刀のような反りは無い。 鞘には、見事な装飾が彫られていた。
クインシーが、暖炉に掛けてあったヤカンのような鉄器を外し、壁に造り付けてあった棚からカップを1つ取る。 そのカップに、鉄器の中の液体を注いだ。 お茶のような飲み物らしい。
「 ありがとう、クインシー 」
受け取ったカップを手に、メイスンが暖炉脇に出してくれた木のイスに座りながら、サーラは言った。 メイスンも、先程まで座っていたソファー(よく見ると、バネが飛び出ている)に座った。
クインシーが、窓側にあった執務机のイスに腰掛け、言った。
「 今の所、ハインリッヒは、皇帝陛下には手出しをしていないようじゃ・・・ 民に人気のあったアリウス陛下じゃからな。 レスターも、そこの所は踏まえておるはずじゃ 」
メイスンが尋ねる。
「 クインシー殿、先程の問の続きです・・ なぜ、レスター卿は、反乱などを? 貴族院と王朝は、ライメル王朝建立以来、数百年において対立はして来ましたが、アリウス陛下は、議会平和にも尽力を尽くされました。 近年の皇帝では、現在が一番、平和だと思っておりましたのに 」
クインシーが答える。
「 ハインリッヒは、野心家じゃ。 元々は、トルメキア王国に近いエルゴー地方の、貧しい小さな一国の出。 家は公爵だが、諸侯同様、没落しつつある。 過ぎ去りし繁栄謳歌の生活復興を願うハインリッヒには、家を救済する為に、膨大な資金が要るのじゃ・・ レスター卿の財産に、目が眩んでおるのじゃろう。 良家の出のレスターには、ハインリッヒの策略は理解出来ん 」
メイスンは言った。
「 つまり、レスター卿は、ハインリッヒに乗せられていると? 」
「 まあ、そんなところじゃ・・・ 」
ハゲ頭に右手をやり、困ったような表情で擦るクインシー。
メイスンが提案する。
「 では・・ 金で済むことならば、ハインリッヒに領地をくれてやればいかがでしょうか? 王家の谷のカスター廟修復を、彼に請け負わせてやるとか 」
頬杖をつきながら、クインシーは答えた。
「 もう、謀反を起こしてしまったのじゃ。 今更、後戻りは出来まい。 かくなる上は、評議会委員が召集され、ハインリッヒを討つ戦いが始まろう・・・! 」
「 しかし、それではレスター卿を討つ事と同じです。 貴族院を敵に廻してしまう事になるのでは? ヘタをすると、250年続いた内戦状態に逆戻りです 」
・・・あの~、皆さん。 僕のコトを忘れてません? 僕、早く元に戻してもらって、帰りたいんだケド・・・?
サーラが言った。
「 こんな時、メシアがいてくれたらなぁ・・・! 」
クインシーが頬杖をしたまま、窪んだ目のみを動かし、サーラを見て言った。
「 聖なる救世主の伝説か? あれは、創り話しだと言う話じゃ。 確かに『 聖なる剣 』は王宮に保管されておるが、触れる事が出来る者には、王家の血を引く男子、という資格がある。しかも、精霊術1級を心得た者にしか、封印は解けん 」
メイスンが言った。
「 封印された剣を抜く事が出来るのは、聖なる救世主であると言う、言い伝えですね? 私も、精霊術を学んだ時に、教官から教わりました。 確か、18歳以下の精霊術士に限られていたはず・・・ 1級を取る頃には、皆、とうに20歳を迎えます。 現実的には、無理な話しです。 幼い頃から、よほどの才覚を持っていない限り 」
窪んだ目の視線をメイスンに戻し、頬杖をついたままのクインシーは言った。
「 その通りじゃ。 衛兵連隊史上、最年少で1級を取得したワシじゃが・・ その時、既に21歳じゃった。 メシヤが出現するなんてのは、夢の話しよ 」
ふう~っと、ため息を尽く、クインシー。
サーラは言った。
「 剣を抜くと、『 聖なる剣 』は光り輝くそうよ。 見てみたい・・・! 剣を抜く事が出来たメシヤには、誰にも逆らえない。 神の使いでもあるメシヤの発言は、神の言葉・・・! 今だったら、きっと、この騒乱を治めてくれるはずだもん 」
クインシーが、言った。
「 確かに、その通りになるやもしれん。 じゃが・・ 現実は、そうウマくは、行かんモンじゃ 」
メイスンがソファーから立ち上がり、言った。
「 とりあえず、評議会に働きかけましょう。 急進派を押さえ、ハインリッヒとの話し合いの場を持つように説得しなくては 」
「 そうじゃな・・・ しかし、ワシのような老いぼれに、血気盛んな連中が耳を貸すかのう? 」
頬杖を離し、ギシギシっとイスの背に、もたれ掛かりながらクインシーは言った。
サーラが、両拳を胸に作りながら言った。
「 こんな時だからこそ、耳を傾けると思うわ。 クインシーは、伝説の精霊術士なんだもん! 皇帝陛下から直々に聖剣を賜った、名誉ある衛兵連隊長なのよ? 」
クインシーは、黒い衣の裾を開き、腰に下げていた剣を見ながら言った。
「 ふ・・・ 昔の話じゃ。 アリウス皇帝陛下も、覚えていなさるかのう 」
剣の鞘に、そっと手を触れるクインシー。 メイスンと同じような見事な装飾の剣である。 しかし、鞘の装飾は金色で、いかにもワケありな逸品のような雰囲気をかもし出している。 柄の先には、宝石のような、光る物が埋め込んであった。
シャリン、と、剣を抜くクインシー。 ランプの光に照らされ、冷たく光る諸刃・・・
もちろん、武器としての使い道もあるようだが、どうも、術に使う道具・・ いや、精霊術士の誇りとしての要素が強いようだ。
刃を裏返し、その曇り無き諸刃を、じっと見つめるクインシー。 何やら、ブツブツと呪文らしき言葉を唱え始めた。
「 ハッ! 」
剣を一振りする。 ピュンッ!、という風切り音と共に、剣先から青白い火花が散り、床に跳ね返る。
・・・中々、面白い芸当だ。 なあ、ジイさん・・ 僕の世界に来て、一稼ぎしないか?
7、招かざる客
クインシーとか言う老人に、僕は言った。
「 お取り込み中、失礼しますが、僕を早く、元に戻して頂けませんか? 」
忘れていた、と言うような表情のクインシー。 ちらっと、メイスンに目をやる。 了解したような目をしてメイスンが立ち上がり、サーラの肩に乗っている僕に近付いて来た。デカイ手で、むんずと僕を掴むメイスン。 おい、もっと優しく掴めよ・・!
僕を床に置いた。 ・・そのまま、踏むなよ? てめえ。
メイスンは、剣を抜くと、ブツブツと何やら呪文を唱え始めた。 剣を顔の前に立て、目を瞑っている。
「 ハッ・・! 」
短い掛け声と共に、剣を振り下ろす。 一瞬、青白い光が剣先から放たれたかと思うと、僕の体に当たり、小さな光となって周囲に飛び散った。
「 ・・・・・ 」
視界が、急に高くなった。 僕の目線の、やや下にサーラの顔がある。
顔を下に向け、自分の体を見る。 ・・・学生服だ! 両手を見る。 ・・フツーの人間の手だ! 両手を両頬に当てる。 ・・ 毛が無い! 元に、戻ったんだっ! 鏡、無いか? 鏡・・!
辺りをキョロキョロ見渡す僕の心情を察したのか、サーラは、棚に立ててあった小さな鏡を手に取ると、僕の方に向けた。
・・・ヒビの入った鏡に映る、懐かしの僕の顔・・・!
「 戻った! やった、元に戻った! 」
僕は、有頂天になった。 やっと、人間の姿に戻れたのだ。 僕は、ホッとした。 これで、あとは帰るだけだ。 5ペインだか、10ペインだか知らんが、ナンボでも払うぞ。 早いトコ、ずらかろう・・・!
クインシーが、僕を見て言った。
「 ・・ほう。 それは、異国の世界の着物ですかな? 変わった着物じゃな 」
僕は答えた。
「 学生服だよ。 俺の住んでいる国じゃ、学生は皆、コレを着るんだ 」
ブレザーの制服の方が多くなったかもしれないが、それを説明するのが面倒臭いので、僕は、そう答えた。
メイスンが言った。
「 今、確かに、貴方様の姿を元にお戻ししましたが、術は、完全には解けていません 」
・・・は? ど~ゆ~コト?
訝しがる僕に、メイスンは続けた。
「 サーラ様が術を掛けたのは、貴方様の世界での事・・ つまり、本来ならば、まず貴方様の世界に戻り、そこで解術しなくてはならないと言う事です 」
僕は言った。
「 と言う事は、このまま、僕の世界に戻っても、また、ハムスターになっちゃう・・ ってコト? 」
「 ハム・・ スター、と言うのですかな? 先程の小動物は。 その通りです 」
「 ・・・・・ 」
う~ん・・ 解けたようで、解けていないってコトか。 釈然と、せんな・・・ いつ、それをやってくれるのだろうか?
恨めしそうな目で、メイスンを見つめる、僕。 メイスンは、僕の表情を読んだのか、言った。
「 しばらくは、そのままで、ご勘弁願いましょう。 こちらの事情は、ご理解頂けていると思いますが 」
剣を収める、メイスン。
サーラが言った。
「 しばらく、私の家でお待ち下さい、チャーリー様 」
だから、その名前、違うって・・ もう、いいや。どうでも良くなって来ちゃったよ、僕・・・
メイスンが、クインシーに言った。
「 では、クインシー殿、参りましょう 」
メイスンに、声を掛けられたクインシーだが、彼は、じっと僕を見つめている。
・・・ナニ? 僕の顔に、何か付いてる・・・?
僕を見据えたまま、執務机から、ゆっくりと立ち上がるクインシー。
やがて、クインシーは言った。
「 メイスン・・・ 妙案が浮かんだ・・・ ちと、相談事じゃ。 奥の部屋へ、来てくれるか? サーラ様もじゃ。 ・・チャーリー殿、しばし待たれよ 」
意味ありげな表情の、クインシー。 ハムスターに戻して、王宮に潜入させようってんじゃねえだろうな? 向こうにだって、精霊術士はいるんだろ? すぐに、見破られるんじゃないの?
執務机の後にあったドアを開け、メイスンとサーラは、クインシーに続いて入って行った。
ううむ・・・ どうにも、厄介な事になりつつあるようだ。 クーデターと言う事らしいから、そんなに簡単に事が済むとは思えない。 しばらくは、この世界にいなきゃいけないようだ・・・
アッチ(僕の世界)では、どうなっているのだろうか? 愛しの高科は、自分の部屋で眠ったままなのだろうか。 ああ、逢いたい、高科・・・!
暖炉のある居間に、1人残された、僕。
先程、クインシーが、サーラに注いだ飲み物が気になり、鉄製のヤカンを暖炉から取ってみた。 上部にあったフタを開ける。 立ち上る湯気を嗅ぐ。 ・・・結構、香ばしい香りがする。これなら飲めるかも・・・
壁に造り付けてあった棚からカップを取り、注ぐ。 茶色の液体だ。 ヤカンを暖炉に戻し、もう一度、カップから立ち上る湯気の香りを嗅ぐ。
「 ・・イケそうだな 」
ズゾゾー、とすすってみた。
・・・すんげ~、ニガイ!
「 んはぁ~~~っ! ナンじゃ、こりゃ・・! にっが~~っ! 」
サーラたちの味覚神経は、どんなふうになっているのだろう。 とてもじゃないが、飲めたモンじゃない。
カップに残ったのを、どうしよう? 捨てるのも失礼だし・・ ヤカンに戻すか?
僕が悩んでいると、入り口の外が、にわかに騒がしくなった。 多数の人間が来たらしく、人の気配がする。
( 客かな? )
ガチャ、ガチャと、甲冑が触れ合うような音が聞こえる。 どうやら、兵士たちらしい。動物の鼻息のような声も聞こえた。 民家を襲撃して、食料を強奪していた兵たちの姿が思い出される。 僕は、緊張した。 確か、隊長と思われるヤツは、馬のような動物に乗っていた・・・ 外の、動物の息使いは、それと同じもののように思われる。
サーラたちは、王宮に関係する人物らしい。 クインシーは、元 衛兵の勇士だったらしいし・・ となれば、外にいる連中は、歓迎されない連中なのか?
( どうしよう・・ サーラたちを呼んで来ようか )
カップを持ったまま僕は、にわかに、アセり始めた。
やがて、扉が激しく、乱暴に打ち鳴らされる。
「 ここを開けろッ! クインシー・ド・レー! 用があるッ! 出でよ! 」
( クインシーを呼んでるぞ・・・! )
やはり、仲良く茶を飲みに来たような雰囲気ではない。 明らかに、敵意、剥き出しの口調である。
声の主は、更に叫んだ。
「 シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル! お前も、中にいよう? 大人しく出て来れば、危害は与えぬ! 」
・・・誰? それ。 すんげ~、長ったらしい名前だな。 サーラの事か?
他の者の声が、聞こえた。
「 隊長、破りますか? 」
「 いや、待て・・ マルタン・メイスンも、潜んでいるやもしれぬ。 いたとしたら、厄介だ 」
「 修道士くずれの精霊士など・・ 手勢では、こちらが有利ですぞ? 槍隊も、おりますゆえ 」
「 たわけ者。 メイスンを侮るな 」
・・・どうやら、開けてやった方が良さそうだ。 サーラたちは、奥の部屋にいる。 外で乱闘になるよか、狭い室内の方が、何かと都合が良いのかも知れない。 いずれにせよ、外の連中は、室内に入って来るだろう。 その時、居合わせた僕を、問答無用とばかりに、テキトーに槍で串刺しされてはたまらない。
僕は、扉のかんぬきを抜き、そっと扉を開けた。
「 ・・うおっ! クインシー・ド・レー! 大人しく・・ 」
扉近くにいた男が、物凄い形相で叫んだが、僕の顔を見て、出鼻を挫かれたように言葉を飲んだ。
「 ・・・いらしゃいませ・・・ えへへ・・・? 」
カップを持ったまま、か細く言う、僕。
「 だっ、誰だ、貴様っ・・! 」
ローマ帝国の兵士が被っていた、赤いモヒカンのような毛を立てた兜を被った男が言った。 馬のような動物にまたがっている。 周りにいる雑兵とは、明らかに違う豪華な甲冑を着込み、鼻下にヒゲを生やしていた。 30代くらいだろうか。育ちの良さそうな顔立ちをし、精悍な目つきだ。
その男の周りには、槍を構えた兵士たちが、扉を囲むようにして立っていた。 ゆらゆらと、月の光が反射する運河の水面をバックに、銀色に、鈍く反射する兵たちの甲冑。 一斉に、こちらに向けられた鋭利な槍の剣先に、月の光が一際、鋭く光っている・・・!
馬(みたいな動物)に乗った、ヒゲを生やした士官らしい男は、言った。
「 その方・・ 不可思議な衣を、着ておるな・・・! さては、修道士の連れ合いの者か? 名を、何と言う。 名乗れ 」
「 三原っす 」
「 ミハ・・ ラ・・・? さて、聞かぬ名だ。 貴様、クインシーの弟子か? 」
「 違います 」
男の横で、手綱を持っていた兵が言った。
「 マルタンの、連れ合いの者だろうっ? その、不可思議な衣・・ 修道士の者に、違いあるまいっ・・? 」
「 違います 」
士官の男が言った。
「 こやつ、妙に落ち着きおって・・・ 自信満々と見えるな。 ・・良かろう、術を使って混乱されても困る。 冷静に話し合おう。 我々は、貴族院議長レスター卿の衛士で、ハインリッヒ閣下の兵である。 私は、第1騎兵隊 隊長、アランソンだ。 今現在、王宮を占拠し、新たな統治を実現する為、治安維持に努めている最中である。 民衆を、暴徒と導く恐れのある人物を拿捕しておるのだ。 貴様は、ヤツラの仲間なのか? 」
「 違います 」
( コレしか、言えん・・・ )
「 元、衛兵連隊 隊長だったクインシー・ド・レーは、アリウス皇帝とも縁が深く、王宮とも、厚意にしていたと聞く。 逆賊にもなりかねんクインシーは、まずもって拿捕せねばならんのだ。 その方も、協力せよ。 よいな? ・・では聞くが、ここはクインシーの家ではないのか? 」
「 違います。 僕の家です 」
僕は、とっさに、テキトーかました。
士官は、困ったような顔をした。
「 むうう・・・ 情報が、混乱していたのか? 」
僕は、更に、テキトーかました。
「 父は、3年前に出稼ぎに行ったまま、帰って来ません。 母は、先月、ライ病(中世に流行った伝染病。ハンセン病の事)で死にました 」
ライ病、と言った途端、兵の多くが後退りをし、互いの顔を見合わせて、ボソボソと話し出した。
士官も、乗っていた馬(のような動物)を後退させつつ、言った。
「 よ、よろしい・・! 家から、出るでないっ! ・・では、シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメルと、その侍従、マルタン・メイスンも、知らぬと申すか? 」
「 誰っすか?、それ。 旅芸人の、一座の名前っすか? 面白いの? 5ペインで、観られる? 」
ぽけた~ん、とした表情で答える僕。
下士官は、乗っていた動物の首を返すと、ムチを入れながら兵に言った。
「 ムダ骨だ、引き上げるぞっ! ロベール! 兵たちの消毒をさせよ! 」
中世時代に猛威を振るった恐ろしい伝染病の名は、意外と効き目があったようだ。 同じような病が、こちらの世界でもあるらしい。 偶然だが、助かった・・・!
兵たちは、引き上げて行った。
8、ピュセル・サーラ
「 見事な、惑わしじゃ、チャーリー殿・・! 」
奥の部屋から、抜いていた剣を鞘に収めつつ、クインシーが出て来た。
「 恩に着ますぞ、チャーリー・ミハーラ殿 」
メイスンも、剣を収めながら言った。
君・・ 勝手に、人の名前を捏造せんでくれるか・・・? 修正すべく、発言しようと思ったが、面倒臭いのでヤメた。
「 とっさで、テキトーかましてやった。 うまくいって良かったよ。 ビビったぜ 」
ホッとした僕は、ず~っと、持っていたままだったカップを口に運び、思わず飲んだ。
「 うが、ごぼっ・・! にっ、にっがぁ~~~っ! ゴホ、ゴホっ! オエッ・・! 」
激しくムセる、僕。
サーラが言った。
「 精霊士の飲み物、コッヒーよ。 聖なる、飲み物なの 」
・・マジっすか? その、フザけた名前。
クインシーが、小窓のカーテンを少し開け、外の様子を窺いながら言った。
「 よし・・ 誰も、おらぬようじゃ。 行こうか、メイスン。 サーラ様も、来るのじゃ 」
・・・あの~、僕は・・・?
クインシーが、僕の方を振り返り、言った。
「 チャーリー殿・・ そなたは、この国を救う事になるやもしれぬ大切な方じゃ。 いずれ、大事を頼まなくてはなりますまい。 しばらくは、ここにいて下され。 じきに、迎えをよこします 」
「 ち・・ ちょっ・・! 大事って何だ? 僕は、一刻も早く元の世界に・・ 」
「 ゆくぞ、メイスン! 神のご加護があらん事を・・・! 」
黒いマントのような衣をひるがえし、クインシーは、闇の中へと出て行った。 続いてメイスンも、紋章の刺繍されたマントをひるがえし、さっそうと出て行く。
カッコええけど・・ お前ら、勝手に俺を巻き込むなっ! 俺は、帰りたいんじゃ、ボケ! チャーリー・ミハーラって、ナンじゃそら!
カップを持ったまま立ち尽くす僕に、サーラは言った。
「 チャーリー様、行って参ります・・! 」
「 ・・あ、ああ・・ 行っといで。気を付けてな 」
思わず、送り出してしまった僕。
サーラは、うやうやしく僕にお辞儀し、クインシー、メイスンの後を追って、足早に闇の中へと消えて行った。
「 ・・・・・ 」
無意識にカップを口に運び、何気に飲む。
「 うごあっぷ! ゴホ、ゴホっ・・! オエッ! オエエ~ッ! 」
・・・コイツは、捨てる! 持っているから、イカンのだ・・・!
僕は、カップの中のブキミな液体を、扉の外へ捨てた。
待っていろ、と言われても、ナニもする事がない。
僕は、しばらく暖炉の前に体育座りをして、チラチラと燃える火を眺めていた。
( 高科・・・ 今頃、何してるのかな? 帰りてえよぉ~・・・ )
ふと、暖炉脇を見ると、古ぼけた剣が立て掛けてあった。 いかにも中古で、使い古されたもののようだ。
「 ふ~ん・・ 剣かぁ・・・ 」
剣道は、中学の体育の授業で、やった事がある。 僕的には気に入っていて、ちょっと高い竹刀を自前で購入し、自宅にも置いてあった。 時々、気分転換に、素振りなどをしていたものだ。
僕は、立ち上がり、剣を取った。
ズシリとした重さ、角の磨り減った鞘・・ 結構、シブイ。
柄に手を掛け、ザリザリ・・ と、剣を抜いてみた。 あちこち、刃こぼれをしている。どうやら、練習用の剣のようだ。
鈍く光る抜き身を、高々と構えて、僕は悦に入った。
「 ・・・ふっ、今宵の小鉄は、一味、違おうぞ・・・! ええいっ、止めるな、みずき。行かねば・・ あ、行かねばぁ~、ならぬぅのだあアぁ~・・! 」
勝手に、高科を引き合いに出し、ほざく。
「 チャーリー様 」
イキナリ、後から声がした。 びっくりして、扉の方を振り返ると、そこには、麻のようなシャツを着た1人の男が立っていた。 気配を消して入り口から入って来たのだろうか・・・ だとしたら、この男も、クインシーやメイスンと同じように『 ただ者 』ではあるまい。
「 ・・だ・・ 誰? 」
僕が尋ねると、その男は、うやうやしくお辞儀をしながら答えた。
「 クインシー様に仰せつかり、参りました。 ルネと申します 」
歳は、20歳ぐらいだ。 長めの金髪に、鼻筋の通った、割とイケ面の男である。 履き古したようなベージュのズボンを履き、ショートブーツの革靴。 腰には、やはり剣を下げている。 しかし、クインシーや、メイスンたちが下げていたような剣ではなく、短い短剣のような剣だ。 鞘は無く、腰のベルトに付けた皮製のホルダーのようなものに入れて下げていた。
「 ルネ・・・ 」
僕は、例の剣を持ったまま、小さく彼の名を復唱した。
「 はい。 ルネ・ド・レーと申します 」
再び、小さくお辞儀しながら答える彼。 クインシーと、似たような名前だ。
彼は続けた。
「 異界との、交信の邪魔をして申し訳ありません。 お続け下さい 」
先程の、僕の戯言を、ホンキにしているようだ。 僕の事を、精霊士だと思ったのだろうか。 マジで信じさせると、後でバレた時に、紳士的なヤツの性格が豹変するかもしれん・・・
僕は言った。
「 いや、大した事じゃない。 独り言のようなもんだ。 気にしないでくれ 」
苦笑いしながら、剣を鞘に収める僕。
ルネと名乗った男は、窓の外の様子をうかがいながら言った。
「 異界からおいで頂いた精霊士の方には、初めてお会い致します。 かような事態になりまして、誠に申し訳ありません。 しばし、お待ち下さい 」
・・・やっぱし、カン違いしてんじゃん。 精霊士じゃないんだケド・・・?
僕は言った。
「 あの・・ 僕は、単なる高校2年生だよ 」
( 高校2年って、分かるかな? )
ルネが答える。
「 ほう、高等2級をお持ちなのですか 」
・・・思いっきし、違うし。
ルネが、僕の持っていた剣を見ながら続けた。
「 異界の2級は、こちらでは1級に相当するようですね。 聖剣は、1級を取得した者でないと、帯刀を許されません 」
コレ・・ そこに置いてあったの。 僕のじゃ、ないんだけど・・・
やはり、完璧にカン違いされている。 何で、常に、ややこしい方向へ進んで行くんだ? もう、知らん・・・
僕は、先程、メイスンが座っていたソファーに腰掛け、剣を膝の上に置くと尋ねた。
「 ルネ・ド・レー・・ とか言ったね。 クインシーも正式には、クインシー・ド・レーなんだろ? 親戚かい? 」
外を、うかがうように見たまま、ルネは答えた。
「 はい。 私の、叔父にあたります 」
「 どれが、名字なの? 」
ルネは、僕の方を見ると答えた。
「 ルネが、名前です。 『 ド 』は息子、『 レー 』は家系です 」
なるほど。 レー家の息子、ルネ・・ か。
長くなればなるほど、色んな称号やら家系があると言う事だ。 貴族みたいだな。 ・・じゃ、あの長ったらしいサーラの名前は、何だ?
僕は、再び尋ねた。
「 サーラについて、知っているかい? 」
「 シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル様ですか? 」
・・・よく、いっぺんで言えるな。
「 そうそう。 その・・ シーザ・ピュ何とか、ってのだよ 」
ルネは答えた。
「 多くの民は、『 ピュセル・サーラ 』と呼びます 」
( 民だと・・・? )
やはり、貴族か何かの出身なのだろうか? 一平民では、なさそうだ。
ルネは続けた。
「 ピュセルは『 娘 』の意味です。 トゥルは、朝名の前に付ける称号のようなものです 」
クインシーとメイスンが話していた時に言っていた、ライメル王朝の事なのだろう。 現在の王朝名だ。 確か、皇帝はアリウスとか・・・ え? ちょっと待て、トゥル・ライメルで『 ライメル朝 』だろ? そこに、娘って事は・・・
ルネは続けた。
「 シーザは、『 王 』の意味です 」
「 ・・・・・ 」
ピュセルは、『 娘 』・・・ シーザ・ピュセルで、『 王女 』になる。 全部、合わせると、ライメル王朝の王女、サーラ・・ ってコトになるじゃないかっ・・! サーラは、アリウス皇帝の娘だってのかっ? 何で、こんな『 下町 』に出入りしてんだ? 母親が、召使だったりして・・・
物凄い展開に、しばし唖然とする、僕。
僕の表情に、ルネは言った。
「 ご存知なかったようですね。 ・・そうです。 サーラ様は、アリウス皇帝陛下の前后、ロレーヌ・サーラ皇后様の1人娘であらせられます 」
・・・ガーン! 貴族どころか、皇族のお嬢様だ・・! しかも、やっぱり皇帝陛下の娘・・ いや、姫と来た・・・!
開いた口が塞がらない、僕。
ルネは、尚も続ける。
「 サーラ様が、お生まれになった半年後、皇后様は、ご病気でお亡くなりになられました。後の皇后様・・ 現在の、リヒャルト・フェリス皇后様に、男子のお子が、お生まれになられた際、サーラ様は自ら、王宮を去られたのです 」
・・・どうやら、深い事情も交錯しているようだ。
( もし、サーラが王宮を去らず、皇族の大公家より、入り婿でも迎えたら・・・ サーラは、皇后になれる。王妃だ・・・! )
どうりで、あのメラニーとか言った女性の対応が、うやうやしかったハズである。
僕は、名前の意味を理解したところで、全ての全容が、把握出来たような気がした。 あの、メイスンは・・ おそらく、サーラが王宮を去る際に、不憫に思った皇帝が付けた侍従だ。 多分、皇族時代のサーラの周りに、何百人といたであろう教育係の長だ。 当然、精霊術にも、長けているはずである。
( そして、この反乱か。 コイツは、エライ事になって来たぞ・・・! 謀反を起こしたレスターにとって、王宮は制圧したものの、民衆に、未だ根強い人気がありそうなサーラと、その一部関係者は、目の上のタンコブだ。 幽閉を免れた皇帝派の頭に立ち、返り討ちに出て来る確立は、火を見るより明らかだと考えているんだろう。 だから、血眼になって探し回っているんだ・・・! )
その、お尋ね者ナンバー2の家にいる僕って、メッチャ、ヤバイんじゃないの? とりあえず、さっきは『 僕の家 』ってコトで、落ち着いたんだケド・・・
僕は、衝撃の事実と、現在の現状にかなりビビってたが、それを悟られないように、多少、テキトーをかませ( お得意 )言った。
「 ふと、導かれるように、この異界に立ち寄ったのだが、大変な時に来てしまったようだ 」
ルネは、また、うやうやしくお辞儀をしながら答えた。
「 大事が、チャーリー様を呼び寄せたのです。 わが祖国の為の大儀、心より御礼申し上げます 」
・・・ねえ、その『 大事 』ってナニ? クインシー爺さんたち、ナニを企んでるのかな? 教えて。ダメ? あっそう・・・
前途を表すかの如く、赤々と燃える暖炉の薪が、パシッと音を立てた・・・
9、ロワール橋にて
しばらくすると、メイスンに付き添われ、サーラが帰って来た。
「 お帰りなさい、ピュセル・サーラ! 」
ルネが、扉を開けながら、サーラたちを出迎える。
「 久し振りね、ルネ! 元気だった? 」
サーラが、嬉しそうに言った。
「 はい、おかげ様で 」
扉を閉め、かんぬきを掛けると、横にあった小窓から外をうかがいながら、ルネは答えた。 サーラは、ルネの、腰に下げた短刀を見つけたようだ。
「 まあ! 2級、合格したのね? ルネ! おめでとう! 」
ルネは、短刀に手を触れると、笑いながら答えた。
「 有難うございます。 ピュセル・サーラも、すぐに合格しますよ。 私とは、才能が違います。 クインシー様の特訓で、私などは、ようやく合格出来たのですから 」
「 私、イマイチなのよね・・・ 精霊たちとは、良くコンタクト出来るのだけど、中々、協力してもらえなくて・・・ 」
舌を出し、苦笑いするサーラ。
どうやら、サーラたちが駆使する『 力 』は、精霊と呼ばれる、様々な神のような者たちの力を借りて行われるものらしい。 精霊術士とは、それら小さな神々たちとコンタクトする能力に長け、神々たちの力を操る特殊技術を駆使する者の事を指すのだろう。 今のところ、まだまだ駆け出しのサーラには、あの、ミニチュア老人程度の下級精霊しか相手にしてもらえないわけだ。 どうりで、あのミニチュア老人・・ ヤル気、無さそう~だったもんな。 ・・・にしては、出したタマゴは、見事に威力を発揮しやがったが・・・ どうせなら、いっそ不良品だったら良かったのに。
メイスンが、僕に言った。
「 チャーリー殿、隠れ家を替えましょう。 私の家へ、ご案内致しますので、ご同行願えますか? 」
イヤだと言っても、連れて行くんだろ? まあ、先程の物騒な連中が、またやって来るかもしれないし、行くか・・・
「 分かった。 案内してくれ 」
そう言って膝の上に置いていた剣を取り、立ち上がると、メイスンが言った。
「 ・・ほう・・! これはまた、年季の入った聖剣・・・! 精霊術士だったとは、気付かなかった。 一度、お手合わせを願おうか 」
違う、っちゅ~に・・! そこんトコに、あったヤツだよ!
サーラも、驚いて言った。
「 ええっ? そうだったんですか? チャーリー様! 存じませんでした 」
これは、訂正せざるを得まい。
僕は答えた。
「 ち、違うよ・・! 学校で、剣道を習っててさ。 結構、好きだったんで、気になってさ。この剣は、ソコの暖炉脇にあったヤツだ 」
サーラが言った。
「 チャーリー様の世界では、皆、ケンドウという精霊術を習うのですか? 凄いですね! 今度、お見せ下さい 」
・・・激しく、カン違いをしとるがな。
メイスンが言った。
「 私とは、是非とも、お手合わせを・・・! 」
アンタも、強烈にカン違いしとるわっ! 違うっちゅう~の!
ルネが言った。
「 私は、少し拝見させて頂きました。 何やら、大そうに威厳ある呪文のように、お見受け致しました 」
浪花節が、呪文に聞こえたの・・・? もういいよ。 スキにして、みんな。 僕もう、どっかで寝たくなっちゃったよ・・・
どうにでもして下さい、という感情が沸き起こり、僕は、それ以上の陳述を避けた。
遠くで、梵鐘が鳴っている。
運河の向こう側・・ 民家の家々の後方には、薄くたなびく煙が見て取れた。 夜空をバックに、星をぼやかしながら、ゆったりと流れて行く・・・ 街は、先程よりは幾分、静かになったようだ。
時折り、民家の扉が開かれ、住民が外に出て来るが、その多くは辺りを見渡し、急ぐようにどこかへと走り去って行く。
メイスン、ルネに守られるようにして、僕とサーラは、夜の運河沿いを歩いた。
「 ロワール橋が、見えて来ました 」
メイスンが指差す前方に、赤レンガ造りの立派な橋が見える。 約、200メートルくらいの長さがあるだろうか。 カンテラを等間隔に下げ、チラチラ揺れる灯を水面に映す光景は、何とも美しい。 橋の中央には、見晴らしも設けてあるようだ。
メイスンが言った。
「 あれを、渡らねばなりません・・・! 橋のたもとに、衛兵がおります。 何くわぬ顔で、参りましょう。 ・・ルネ、イザとなったら、チャーリー殿を守れ。 私は、サーラ様をお助けする 」
「 分かりました・・! 」
唇を噛み、橋を睨む、ルネ。
メイスンが言ったように、数人の兵士の姿が確認出来る。 橋を渡る者を検閲しているようだ。
・・・すっげ~、不安なんだケド・・・!
クインシーの家から持って来た、例のボロ剣を握り締める僕。 柄を握る掌が、べっとりと汗ばんで来た・・・!
「 止まれ。 城下に、何用か 」
甲冑を着た兵士の1人が尋ねた。 先頭を歩いていたルネが応対する。
「 城下、シノン地区に住む、ルネと申します。 ロッシュが、大火で危ないので・・ 友人・知人を、私の家に案内するところです 」
「 シノン地区だとぅ~? 」
兵士は、じろりと僕らを見渡しながら言った。 傍らにいた、もう1人の兵士が、木の板に挟んだ何枚もの紙をめくり、言った。
「 シノン地区、ルネ・・ うむ、確かに住民だ。 通っていいぞ 」
( ・・ホッ・・! )
どうやら、イケそうだ。 だが、最初の兵士が、口を挟んだ。
「 ちょっと待て。 ・・おい、お前。 マントの中を見せろ 」
メイスンに向かって言う、兵士。 メイスンが答えた。
「 私の家も、シノンにある。 ・・貴様、無礼であろう? 相手の確認もせず、いきなり命令口調とは。 氏名・所属を申告せよ 」
貴様、と言われて一瞬、兵士は引いた。 暗くてよく分からなかったようだが、兵士は、メイスンが羽織っているマントの模様に気が付いたようだ。
「 ・・こっ、これは失礼いたしました・・・! ご無礼、何卒、平にご容赦を・・・! 」
メイスンのマントに、一面に刺繍してある模様・・ おそらく紋章だとは思うが、多分、王家に関係する家柄のものなのだろう。 それを、着用する事が出来る身分・・ つまり、一兵卒が気軽に声を掛ける事など、本来は絶対に出来ないと言う事実を示唆する。 他にも、数人の兵がいたが、一斉に敬礼をした。 緊張した表情で、微動だにしない。
「 今宵は、先を急ぐ。 命拾いしたな、貴様 」
不敵な笑いを浮かべ、兵たちの前を過ぎるメイスン。 先程の兵士の顔には、ミョーな脂汗が吹き出していた。
( どうやら、通してくれそうだ )
再び、ホッとする僕。 心臓に悪いぜ・・! こんなんだったら、もう一度、術を掛けてもらって、ハムスターになった方が良かったかも・・・
兵たちの前を通り過ぎ、数歩行ったところで、再び、呼び止められた。
「 お待ち下さい、皇家の方様・・! 」
立ち止まる、僕ら一行。 呼び止めたのは、他の兵たちとは違う、多少飾りが付いた甲冑を着た兵士だった。 どうやら下士官らしい。 分隊長、と言ったところだろうか・・ 暗くて分かり難いが、歳は30代くらいのようだ。
兵士は言った。
「 その紋章は、もしや、マルタン家のものでは・・・? 」
振り向かず、メイスンの右眉が、ピクリと動く。 兵士は、続けて言った。
「 失礼ながら、申し上げる。 ハインリッヒ閣下の兵にて、第2騎兵隊所属のピエール曹長です。 ・・マルタン家は、先の皇后、ロレーヌ・サーラ后のお父上であらせられたブルゴーニャの領主、ロレーヌ・ベルトラン大公に仕えた名家。 我々が拿捕しようとしているシーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメルとも関係が深い。 貴殿は、もしや・・ マルタン・メイスン・・ 」
ちいっ、と言う表情と共にマントをひるがえし、聖剣を抜くメイスン。 と、同時に、兵たちの方を振り返り、仁王立ちになった。
「 全霊なる精霊たちよ、我に、力を与え賜え・・! 」
抜き身の聖剣を額にかざし、祈るメイスン。
「 ・・や、ヤツがメイスンだっ! 」
「 うわ・・ じ、術を使おうとしているぞっ! 」
慌てふためく、兵たち。 一斉に、持っていた槍を構え、こちらに突撃しようとする。
ピエールとか言う曹長が、彼らを制した。
「 やめろッ! かなう相手ではないっ! 」
しかし、数人の兵たちは、ピエールの制止を無視し、突っ込んで来た。
「 ・・ハッ・・! 」
聖剣を振り下ろすメイスン。 ピュッ、と言う、短い風切り音。 聖剣の先から青白い光が、振り降ろされた聖剣の矛先をトレースするかの如く、激しく放電する。
「 うぎゃッ! 」
「 あぶぶッ・・! 」
感電したように、兵たちは仰け反り、一斉に橋の上に転がった。 ・・・パチッ、パチッ、とメイスンの聖剣の先から、青白い光が発光している。
あっという間に仲間を倒され、残ったピエール曹長と、1人の兵。
「 そ、曹長殿・・! ど・・ どど、どうすれば・・・? 」
槍を構えたまま怯える兵に、ピエールが諭すように言った。
「 見たか・・・? 聖剣を持った精霊術士には、充分に注意せねばならぬ。 やつら、神に近い存在なのだ 」
メイスンは、静かに、ピエールに言った。
「 貴殿・・・ 我々の事を、熟知しておるようだな。 見れば、それなりの年齢と推察する。王宮兵役も、初めてでは無いな? 以前は、どこの君主に仕えておったのだ? 」
ピエールと言う曹長は、答えた。
「 ・・・レミール領主・・ カレ・リッシュモン伯爵だ 」
「 リッシュモン卿の・・・ 」
メイスンは、聖剣を鞘に納めると続けた。
「 ピエールとか言ったな。 家は、どこだ? 」
「 ロ・・ ロゼールトールの、プーシェ・・・ 」
「 プーシェ家か・・・ 」
マントを直し、メイスンは続けた。
「 代々、カレ家に仕えた家だ。 カレ家は、レスター卿に滅ぼされたと聞く。 貴殿、かつての君主を滅ぼした宿敵に、よく仕えていられるな・・・ 貴殿の騎士道は、二枚舌か? 」
「 言うな、マルタン! 一族を、路頭に迷わす訳にはいかぬのだ・・! 代々、軍人家系として続いた、プーシェ家の生きる道なのだ・・・! 」
対峙するメイスンと、ピエール。
メイスンは、しばらく無言でピエールを見つめていたが、やがて呟くように言った。
「 貴殿とは、刃を交えたくは無い・・・ 」
ピエールが答える。
「 勝ち誇った言い方だな 」
「 ・・・・・ 」
メイスンは、じっとピエールを見つめていた。
10、『 ラ・フルール・リーフ 』
「 お尋ね者の、マルタン・メイスン! 貴殿を、見逃す訳には参らぬ! 大人しく、我々に従ってもらおうか! 」
メイスンとの対話を振り払うかの如く、腰に下げていた剣を抜きながら、声高に叫ぶピエール。
メイスンは、静かに言った。
「 私に、勝てる自信はあるのか? 」
「 ・・・・・ 」
決して、勝ち誇っている訳ではなさそうである・・・ それは、口調から察する事が出来る。 ピエールにも、メイスンの心情は理解出来ていると思われた。 だが、震える剣先をメイスンに向け、身構えながら、搾り出すような声でピエールは答えた。
「 やってみなければ、分からぬ・・・! 」
メイスンは、過去を詮索するように、遠くを見るめるような目をして言った。
「 かつての、我が領主 ロレーヌ公が病没された後・・ 権力争いで荒れた王宮を粛清する為、ロレーヌ・サーラ姫が、私費を投じて起こした戦いに、カレ家は呼応してくれた・・・ 当然、その軍の中には、プーシェ家もいたはずだ。 勿論、貴殿もな 」
ピエールは、瞼をピクリと動かし、言った。
「 ・・・そんな、古い話を持ち出してどうする? 」
メイスンは、声の表情を高めながら言った。
「 思い出すのだ、ピエール・ド・プーシェ・・! サーラ姫の旗の下、王宮を、腐った貴族院の手から開放した、あの聖戦の日々を! 全てが、輝いていた・・・! 崇高な志の下、新しき秩序を求め、共に戦ったではないか。 貴殿は、その盟友の紋章に、刃を向けると言うのか? 」
「 だっ・・ だまれ、マルタンッ・・! 」
更に震えを増す、ピエールの剣先。 額から汗が流れ、鼻先から雫となって落ちる。
メイスンを見据えながら、ピエールは言った。
「 もう、昔の話しなのだ・・・ マルタン・メイスン。 気高く、我々を導いて下さったサーラ様も・・ 我が領主、リッシュモン卿のカレ家も・・ 今はもう、無いのだ! 我が一族、プーシェは、レスター卿と共にある・・・! さあ、剣を抜け! 勝負致すッ! 」
・・・物凄い戦いになって来た。
よくは分からないが、この世界にも争いはあり、互いに骨肉の戦いをして来たようだ。儚きは、泡沫のように散ってゆく、名も無き戦士たち・・・ 主を失った家は、またたく間に滅ぼされて行く。 群雄割拠、下剋上・・・ いつの時代も、どこの世界も同じだ・・・
メイスンは、マントを広げた。 剣を抜くのか・・・? ピエールが、覚悟を決め、身構える。
やがてメイスンは、マントの裏地にある内ポケットから、1枚の布を出した。
「 ・・・・? 」
ピエールも、僕らも、メイスンの行動に注目する。
メイスンは、布を広げた。 どうやら、何かの旗のようだ。 それを広げ、ピエールに見せる。 目を見開き、驚いた表情のピエール。
「 ・・! そっ、それは・・! 」
メイスンが、微笑みながら言った。
「 覚えていてくれたか、ピエール・ド・プーシェ・・・! 」
ピエールは、小さく答えた。
「 ・・・ラ・フルール・・ リーフ・・・! 」
軍旗のようだが、意外に小さい。 細長く、先は2つに分かれている。 青地に、金色の剣。 花のような絵柄が3つ、白色で染め抜かれている。
じっと、メイスンのやや後で、事態を見守っていた僕ら。 僕の傍らにいたサーラが、思わず、小さく声を出した。
「 お母様の、御旗(みはた)・・・! 」
母親の旗?
僕には、何の事か分からない。
ピエールは言った。
「 そんな・・ 忘れかけていたモノを持ち出して、何のつもりだ・・・! 」
メイスンが答える。
「 忘れたとは、言わさんぞ? 現に今、貴殿は答えた。 ラ・フルール・リーフ、とな・・! 後に王妃となられた、ロレーヌ・サーラ姫の御旗だ。 一緒に、戦場を駆け巡った、希望の象徴、我々のシンボル・・ ラ・フルール・リーフだ・・! 」
「 そっ・・ それを、どけろッ・・! 決闘を申し込む! マルタン・メイスン! 」
ピエールが叫んだ。 メイスンは旗を掲げたまま、一際大きく、答えた。
「 貴殿は、この旗が王宮にひるがえった日の事を、忘れてはいまい! 我々の・・ 気高く、美しいサーラ様が、あの王宮の長い階段を登って行く様をっ・・! 何千、何万というこの旗が、王宮を埋め尽くし、ひるがえっていた・・ 我々の、崇高な勝利の日の様をっ・・! 」
「 ・・それを・・・ それを、どけるのだっ・・! マルタン・メイスン・・・! 」
搾り出すような声で、ピエールが言った。 一雫の涙が彼の頬を伝い、カンテラの光に反射して輝く・・・!
メイスンが言った。
「 この、ラ・フルール・リーフごと、私を切ってみよ! 私は、剣は抜かぬ。 盟友の貴殿とは、刃を交わす事は出来んのだ。 貴殿と争う理由は・・ 何もないのだ、ピエール・ド・プーシェ! 」
「 ・・それを・・・ それを、どけてくれ・・・! 」
ピエールの言葉には応じず、旗を掲げたまま、1歩、ピエールに歩み寄るメイスン。 徐々に、震えるピエールの剣先が下を向く。 メイスンは、尚も一歩、近付いた。
嗚咽にも似たような声で、ピエールが呻いた。
「 私は・・・ 私は・・・! 」
がくり、と膝を付いた、ピエール。 構えていた剣は、彼の手を離れ、足元の石畳の間に溜まった砂に、ドスッと突き刺ささった。
「 ・・・切れぬ・・! その旗は、切れぬ・・・! ああ、気高きサーラ様・・! 落ちぶれた、我が身をお許し下さい。 願わくば、あの日のように・・・ 私を・・ 私を、お導き下さい・・・! 」
両手をつき、嗚咽に咽る、ピエール。 槍を構えていた兵も、その鉾先を解いて下を向き、肩を震わせている。
メイスンは、ピエールに歩み寄ると、彼の前に片膝をついて、しゃがみ込んだ。 がっくりと、うな垂れているピエールのうなじに、旗を掛ける。
「 旗に触れるのだ。 戦士、ピエール・ド・プーシェ・・・ 貴殿には、触れる資格がある 」
男泣きに、顔をくしゃくしゃにしたピエールが顔を上げ、メイスンを見た。 小さく頷く、メイスン。
ピエールは、首に掛かっている旗に目をやり、震える右手で、そっと旗に触れて言った。
「 ・・ああ・・・ サーラ様・・・! 」
メイスンは、ピエールの肩に左手を置き、言った。
「 ・・・よくぞ、聞き分けてくれた。 礼を言うぞ、ピエール・ド・プーシェ 」
ピエールが、涙ながらに言った。
「 そこの・・ ロベルトにも、触れさせてやってはくれまいか? カレ家に仕えておった頃からの、私の副官なのだ。 サーラ様のお手を取り、戦場までの道程を、お送りした事もある 」
立ち尽くしていた兵士を見やる、メイスン。
「 無論だ。 ・・・ロベルト、来るが良い 」
メイスンに言われると、ロベルトと言う兵士は持っていた槍を放り出し、旗の元に駆け寄った。 ピエールの首に掛かっていた、旗の端を掴む。
「 サーラ様・・! お懐かしゅうございます・・・! 私に、道端に咲いていた、ユリの花を摘んで下さいました。 御旗の図柄と同じ、ユリの花・・・! 私は一生、あなた様を忘れる事はありません! 」
メイスンが言った。
「 旗は、それこそ何万とあったが、この旗は、サーラ様の陣中旗として、私が持っていたものだ。 常に、サーラ様と共にあった。 王宮に入られる際は、サーラ様、自らが掲げて、あの長い階段を登って行かれたのだ 」
「 ・・あの時の、御旗・・・! 」
ピエールとロベルトは、感慨深げである。
どうやら展開的には、無事に収まりそうな雰囲気だ
ピエールは、メイスンに言った。
「 決闘を申し込んでおきながら、自己的に放棄した私の償いは大きい・・・ 騎士道は、忘れてはおらぬ。 私への処分は貴殿に委ねるが、このロベルトには、何の落ち度も無い。 見逃してはくれぬか? 」
ロベルトは言った。
「 隊長・・ いや、曹長殿! 私は、どこまでもついて行きますぞ・・! カレ家無き今は、ピエール殿が、私の主。 これ以上、仕えるべき主を、私は失いたくありません! 」
ロベルトが、思わず口にした隊長、と言う呼称・・・ サーラの母親と共に、戦場を駆け巡っていた時、おそらくピエールは、プーシェ家の名誉と未来を一身に背負い、カレ家の兵を率いていた騎兵隊の一隊長だったのだろう。
メイスンが言った。
「 貴殿が仕えるべき主は、そこにおられる・・・! 」
僕らの方を見やる、メイスン。 ルネは、メイスンの言葉の意味を理解したように、サーラの手を取り、ピエールたちの前にエスコートした。
「 ・・この少女は? 」
ピエールが、ルネに尋ねた。 メイスンに目配せするルネ。 メイスンは、小さく頷くと答えた。
「 ・・うむ。 貴殿たちが探していた、幻の王女であらせられる 」
びっくりして、目が点になったような表情の、ピエールとロベルト。
「 ピ・・ ピュセル・サーラ・・! こ、この方が・・・! 」
旗を掴んだまま、ピエールが言った。
サーラは、左手を胸に当て、少し膝を曲げて、お辞儀をした。 多分、この国での、皇族の礼式挨拶なのだろう。 優雅だ・・・
「 初めまして、サーラです。 母様と共に戦って頂いた、勇敢な戦士の方々にお会い出来て、光栄です 」
慌てて右片膝をつき、右手を胸に当て、左手の拳を地面に付ける格好をするピエールとロベルト。 これもおそらく、皇族に接する時の、拝聴の体位なのだろう。 見ていると、サーラが凄く品位ある身分の者のように感じる。 実際、そうなのだろうが・・・
サーラが言った。
「 お顔を、お上げ下さい。 王宮を出た私は、今は、ただの平民です。 そのような、拝聴の仕切りは無用です 」
顔を上げたピエールが、再び、頭を垂れて言った。
「 何卒・・・ 何卒、このままでお許し下さい。 このままの方が・・ 私たちには、心地良いのです 」
「 そうですか。 少々、恥ずかしく思います・・・ 」
幾分、照れ気味なサーラ。
ピエールが、ゆっくりと顔を上げて言った。
「 シーザ・ピュセル・サーラ・・ トゥル・ライメル様・・・! あの・・ あのサーラ様の、お子・・・! ああ・・ お会いしとうございました。 私共、雑兵の検閲に発見される事など、あり得ないと思っておりました。 まさか・・ まさか私の管轄に、お出で頂くとは 」
メイスンが、小さく笑いながら言った。
「 裏を、かいたつもりだ 」
ピエールが、メイスンに尋ねる。
「 メイスン殿。 先程、貴殿は、仕えるべき主と申された。 サーラ様に、お仕えしろと申されるのか? 」
「 不服か? ピエール 」
信愛の情を表す呼称呼びに対し、メイスンも同じように、ピエール、とだけで応答した。
「 とんでもない。 再び、サーラ様と呼べる方に、お仕え出来るのだ。 こんな嬉しい事はない。 ただ・・・ 」
じっと、メイスンを見つめるピエール。 メイスンは、頷きながら答えた。
「 ・・そうだ。 我々は、王宮を奪還する。 アリウス陛下を、ご救出して差し上げるのだ 」
「 やはり、陛下の奪還を・・・! 」
メイスンは続けた。
「 貴殿には、主であるレスター卿を欺く事になるが・・・ 」
ピエールは答えた。
「 サーラ様が、お出であそばされる以上、私の主はサーラ様です。 アリウス皇帝陛下を、ご救出されると言う大義名分があるならば、尚更の事。 サーラ様の御旗を掲げ、戦えるのなら・・ 私にとって、これに勝るものはありません。 反逆者は、むしろレスター卿です 」
メイスンは、ニヤリと笑って答えた。
「 聞き分けが良過ぎて、怖いくらいだ、ピエール。 これも、ロレーヌ・サーラ后のお導きか 」
ピエールは、サーラの右手を、うやうやしく取ると、その甲にキスをした。
「 麗しき、我が王女、ピュセル・サーラ様・・・! お行き下さい。 我々は、あなた様について参ります・・・! 」
ロベルトも、同じようにサーラの手を取ると、キスをした。
「 お母上、ロレーヌ・サーラ后様と、お顔立ちが、とても良く似ておいでです。 聖旗 ラ・フルール・リーフの御旗の下、再び、正義の為に戦える事を誇りに思います 」
サーラは言った。
「 見ての通りの、小娘です。 皆様の、旗印になれるかどうか・・・ くれぐれも無茶をせず、私たちが動いたら、それに呼応して下さいませ 」
「 御意・・・! 」
頭を垂れる、ピエールとロベルト。
ルネが言った。
「 さあ、参りましょう、サーラ様。 倒れている兵共は、雷に打たれているだけです。 そろそろ、目を覚まします 」
頷く、サーラ。
僕らは、ロワール橋を渡った。
11、作戦
小高い丘の上に、城が見える。 カレンダーの写真なんかにある、ヨーロッパの風景・・・それに映っている城、そのものだ。
白レンガで積み上げられた高い城壁。 その城壁の角には、同じく、レンガで積み上げられた丸い円筒形の塔が林立している。 城壁の中は、どうなっているのかは分からないが、幾つもの塔の先端が見えるところから察するに、沢山の建物が建っているのだろう。
翌日、僕は、2階の小窓から見える城を眺めながら、パインのような果物を磨り潰したジュースを飲んでいた。
2階建ての民家・・・ すぐ下には、石畳の細い路地階段があり、緩やかにカーブしながら、上の方にある大通りへと続いている。 周りの民家は、全てレンガ造りだ。 ほとんどが、2階建て。 中には、3階建ての家屋もある。 密集して建っており、隣の建物との隙間は無い。 ヨーロッパの古い街並みのような感じだ。
それぞれの建物に小さな小窓が付いている。 洗濯物が干してある窓、プランターで花を育てている窓・・・ ここから見える風景は、平和そのものだ。 観光ガイドブックにある写真のような風景に、僕は、しばし見とれていた。 高科にも、見せてやりたい・・・
昨晩の騒ぎは沈静化し、街は、落ち着きを取り戻しつつあるようだった。
階下の石階段を、果物売りの男が登って来る。 ハンドボールくらいの大きさの、緑色の果実をザルに入れ、天秤棒に担いで登って来る。
( ルネだ・・・ )
果物売りを装い、城下の下見をしに行っていたのだ。
やがて、すぐ下の扉を開け、入って来た。 僕も、階段を降り、下へ行った。
「 ・・あ、チャーリー様。 ただ今、戻りました 」
「 お帰り、ルネ。 どうだった? 街の様子は 」
天秤棒を肩から下ろし、ルネは答えた。
「 想像していたより、静かですね。 排水溝の鉄柵は、錆びています。 1本、抜いてみました。 簡単に、手で抜けます。 3本抜けば、出入り出来るでしょう。 ・・・召し上がります? 」
ザルから取り出した緑色の果実を手に、ルネが尋ねた。
「 どんな味なんだ? 酸っぱいのかい? 」
「 甘いですよ 」
ルネは、暖炉脇にあった棚に刺してあるナイフを取り、2つに切った。 それを、更に2つに切り、中心部分にあったタネを取る。
( そう言えば、ヒマワリのタネ、旨かったな )
甘い香りが、部屋に漂う。 旨そうだ。 僕は、持っていたジュースの入ったカップを置くと、切り分けた実を受け取った。 一口、食べてみる。
・・・甘い。
メロンのような味だ。 コレは、イケる・・・!
「 お、ウマイじゃないか ♪ 」
僕は、ムシャムシャと食べた。
「 あら? パグの実を食べてるの? 美味しそうなニオイね! 」
隣の部屋から出て来たサーラが言った。
ルネが勧める。
「 どうぞ、サーラ様 」
「 有難う。 ・・うん、美味しいわ! もう1つ、貰っちゃおうかしら 」
一口食べて微笑み、切り残っている実を、1つ摘みながら言うサーラ。
僕らと接する時のサーラは、お茶目で無邪気だ。 昨晩のロワール橋での時とは、まるで別人のようである。 どちらが、本当のサーラなのだろうか。
やがて、階段脇の扉を開け、地下倉庫からメイスンが出て来た。 昨晩以来、姿を見ていなかったクインシーも一緒だ。 この城下には、下水道が完備され、各家々の下には、石組みの地下堀があるらしい。 網の目のように張り巡らされ、人目を避けて移動するには、事のほか便利、との話しだ。 クインシーとメイスンは、その地下堀から出て来たようである。 そんな『 抜け穴 』のような所を使い、ドコへ行っていたのだろうか。 相変わらず、アヤシゲな行動をしている2人だ。
クインシーが言った。
「 皆、揃っておるようじゃな。 ・・チャーリー殿、かような事態になり、誠に相済まぬ。ついては、我が祖国の秩序回復にあたり、お願いしたき儀があります 」
・・・来た。 ナニを、させる気なの? ジイさん。 僕は、フツーの高校生だ。 クーデターを収める力なんぞ、無いんだケド・・・?
改まって言うクインシーに、一抹の不安を覚える。
僕は、傍らにあった木のイスに座ると言った。
「 僕に、出来る事ですか? 」
「 多分・・・ 」
・・・多分? カンベンして下さい。
メイスンは、窓側にあった執務机のイスに座った。 サーラは、パグとか言う実を切り分け、メイスンの執務机の上に置く。 ルネが、パグの実を乗せた皿をクインシーにも渡したが、クインシーは、手を軽く振ってそれを遠慮し、暖炉脇にあった揺り椅子に腰を下ろすと続けた。
「 現在の状況を打破するには、サーラ様のおっしゃった『 メシヤ 』の存在が得策じゃ。ついては、チャーリー殿・・ その、メシヤを演じて頂きたい 」
は・・・? ナニ言ってんの? ジイ様。 僕、精霊士でも何でもないんだケド・・・?
固まって、無言でいる僕に、メイスンが言った。
「 チャーリー殿に、『 聖なる剣 』を抜いて頂きたいのです・・・! 」
・・・だから、フツーに無理だってば。
更に固まっている、僕。 昨夜、クインシーの家で、奥の部屋にこもり、密談していたのは、この事だったのだろうか。 ハムスターに戻して、王宮に潜入させるのかな? とは想像していたが、王宮に入るトコまでは同じでも、設定が激しく違う。
僕は言った。
「 ・・・出来ません。 無理っス 」
簡潔な答え。 シンプル・イズ・ザ・ベスト。 これ以外、ナニも言えない。
はたして、クインシーは答えた。
「 出来る 」
・・・ナンで、言い切る? アンタ、さっき『 多分 』って言ったろ? 根拠は、あるのか?
クインシーが言った。
「 根拠は、ありますぞ? チャーリー殿 」
うげ、心を読んでやがる・・・!
僕は言った。
「 伝説の精霊士ってのは、1級を持っていなくちゃならないんだろ? 僕には、無い。 それに、王家の血も引き継いでいなくてはならないって聞いたぞ? それも、僕には見当外れだ。 まあ唯一、該当する資格は18歳以下の男、ってコトだけだ 」
クインシーは、じっと僕を見据えながら言った。
「 チャーリー殿には、サーラ様の術が、未だ掛っておるのじゃ。 精霊の力を借りて術を掛ける場合、術を掛けた者の力が、色濃く反映されるもの・・・ つまり霊的には、チャーリー殿は、サーラ様に、限り無く近い血縁関係にあるワケじゃ 」
・・・なんと! 自然科学を超越した、驚くべき展開。 まさに、ファンタスティック・・・! 是非にも、DNAを見比べてみたいものだ。
僕は言った。
「 つまり・・・ 僕は、王家の血筋を引く男子に、限りなく近い存在・・ ってワケかい? 」
「 そうなるかの 」
・・・アンビリバボー・・・!
段々と、読めて来た。 王宮に乗り込み、『 聖なる剣 』を抜き、『 メシヤ 』を名乗り、『 神の言葉 』として現状の治安回復を、声高に叫べ・・ と、言う事だろう。
クインシーが言った。
「 良く、お分かりのようじゃな 」
・・・心を読むな、っつ~の・・・! やり難いわ。
僕は言った。
「 1つ、問題が・・ 」
「 封印解除は、この私がやりましょうぞ。 チャーリー殿は、その後、聖剣を抜いて下さればよいのじゃ 」
・・・心を読まないで下さい。
メイスンが言った。
「 現在のところ、聖剣に触れる事が出来ると推察されるのは、おそらく、チャーリー殿だけでありましょう。 他の者が触れると、雷に打たれてしまいます 」
ホントに、触った途端、ビリビリッて来ない? ヤだよ? 黒コゲになるのは・・・!
ルネが言った。
「 チャーリー殿は、2級をお持ちです。 クインシー様がついておいでなら、尚の事、大丈夫ですよ! 」
だから、持ってないっつ~の!
サーラが言った。
「 お願いします、チャーリー様・・・! 民は、平和を望んでいます。 心安らかに暮らして行ける平和な国を、チャーリー様のお力で、叶えてやって下さいまし・・・! お願いです 」
両手を組んで、ウルウルした目で嘆願する、サーラ。
・・・何か、サーラの目を見ていると、イケそうな気がして来た。 だけど・・・ やっぱ、怖えぇ~なぁ~・・・!
王宮には、レスターの私兵、ハインリッヒとか言う将軍の兵たちが、ウヨウヨといるはずだ。 おそらく、僕を援護してくれる手数は、今、ここにいるメンバーのみだろうと推察される。 サーラは、あくまで旗印だ。 戦力には程遠い。 昨晩、ロワール橋の上で出会い、サーラに忠誠を誓ってくれたピエールとロベルトを足しても、心もとない人数である。
メイスンが言った。
「 手数は、動き易いよう、ワザと少なく致します。 王宮に潜入するのは、チャーリー殿とクインシー殿、護衛としてルネが同行致しますが、3名のみです 」
し、死ぬう~~~っ! 絶対、死ぬう~~~っ! ヤダぁ~っ! 僕、槍や剣で串刺しにされ、死んじゃうんだぁ~っ! ヤダ、ヤダ、ヤダああぁ~~~っ! ハムスターになっちゃってもイイから、今すぐ、僕の世界に戻してくれえぇ~・・・!
訴えるような目で、クインシーを見つめる、僕。 しかし、クインシーは『 ダメです 』と言うような目つきで、僕を見つめていた・・・
メイスンは続けた。
「 サーラ様を押し立て、ラ・フール・リーフの御旗を掲げて、我々は堂々と、王宮の正面から参ります。 幻の王女・・ いや、王位継承を正統に継ぐサーラ・ライメル様が、メシヤを呼び寄せた、との話しを、声高に叫びながら・・・! 護衛は、ピエールたちを蜂起させます。 まあ、せいぜい1個中隊くらいですが、ハインリッヒの兵たちも、メシヤの出現の真意を確かめるべく、あまり表立って手荒なマネは出来ないはずです。 しかし、メシヤであるとするチャーリー殿が、目視確認出来た場合、どさくさに紛れて暗殺、と言う強硬手段に出て来るやもしれません 」
クインシーが言った。
「 チャーリー殿は、サーラ様たちが『 聖なる剣 』が保管してある『 鳳凰の間 』にご到着するまで、お姿は、お見せしない方が良いのじゃ。 密かに潜入し、合流する・・・ これしか、手は無い 」
・・・もう、勝手にして。 まな板の上のコイじゃん・・・
僕は、物騒な連中が、大挙してたむろする王宮へ潜入する事となった。 しかも、救世主『 メシヤ 』としてだ・・!
メッチャ、帰りてぇ~よぉ~、高科ぁ~~・・・!
12、ロレーヌの御旗
石灰岩かと思われる、白い石垣で組まれた小さな用水路脇に、衛兵の詰め所がある。 10メートル四方くらいの大きさの建物で、赤レンガ造りだ。 扉の無い入り口の両脇には、槍を立てて持った兵士が2人、直立不動で立っており、時々、道行く人々を監視しつつも、基本的にはヒマそうである。
「 なあ、おい。 体の調子はどうだ? お前 」
1人の兵士が、相棒の兵に尋ねる。
「 んん~~~~・・? どうってこたァねえが・・ 昨夜は、参ったな 」
首をコキコキと鳴らしながら答える、彼。
「 オレ、精霊士の雷に打たれたの、初めてだよ 」
「 オレだってそうさ。 ビリビリッ、としてさぁ~・・! アトのこたァ、なぁ~んも覚えてねえよ 」
「 そうそう、おっかねぇよなあ~・・! もう、コリゴリだ 」
「 ・・ん? 」
彼らの左方向から、2人連れがやって来た。 1人は、少女。 もう1人は、紋章を刺繍した黒いマントを着ている。
兵士たちの顔色が、すう~っと青くなった。
「 ・・・・・! 」
「 う、うげぇっ! や、や、ヤツだっ・・! 」
サーラとメイスンである。 真っ昼間、何の警戒も無く、堂々と歩いて来る。
兵士たちは、にわかにうろたえ始めた。
「 マママママママ、マ~、マ~・・ マルタン・メイスンだッ! ひ、ひええぇ~っ・・! マルタン・メイスンが、やって来るぅ~ッ! 」
「 ししししっ・・ 小隊長ぉ~っ! ヤ、ヤ・・ ヤツが来たっ! ヤツが来たあぁ~ッ! 」
詰め所の中に向かって、叫ぶ兵たち。 数人の兵たちが、槍や剣を手に、詰め所から飛び出して来た。 だが、立ち向かうと言うよりは、全員、逃げ腰である。
「 ま・・ また雷を呼ぶぞ! 」
「 そう何度も打たれたら、死んじまわぁ~・・・! 」
「 せ、聖剣を持った精霊士に、槍なんかで歯向かえるかよぉ~・・・! 」
段々と、兵たちに近付いて来る、サーラとメイスン。
「 し、小隊長ぉ~・・・! 」
「 うろたえるでない! 」
詰め所から出て来た小隊長・・・ ピエールである。
やがて、メイスンとサーラは、詰め所の前に着いた。 右膝をつき、拝聴の体位をするピエール。
「 ・・・? 」
「 ? 」
意味が分からない、兵たち。
ピエールは、頭を垂れたまま、兵たちに言った。
「 ・・貴様ら、頭が高い! 控えんかっ! 」
事情が分からないまま、とりあえず命令に従い、兵たちは、慌ててピエールと同じ体位を取った。
ピエールが、ゆっくりと頭を上げ、メイスンに言った。
「 いよいよですな、メイスン殿・・・! 」
メイスンが答える。
「 うむ。 手はずは、良いか? 」
「 はい。 ロベルトも手勢を引いて、ロワール橋にて合流する事になっております 」
「 よし。 では、参ろう。 神の、ご加護があらん事を・・・! 」
サーラの方を向き直り、ピエールは眼を輝かせながら言った。
「 麗しの、我らが王女ピュセル・サーラ様・・! 再び、我らをお導き下さいますよう 」
微笑みながら答える、サーラ。
「 参りましょう、同士、ピエール・ド・プーシェ様 」
兵たちは、会話を聞き、ざわつき始めた。
「 ・・ピ、ピュセル・サーラだとよっ・・・! 」
「 え? あの・・ 幻の王女の? お尋ね者じゃねえか 」
「 小隊長は、メイスンに従うらしいぞ 」
「 オレたち・・ どうなるんだ・・・? 」
ピエールは立ち上がると、兵たちの方を向き、言った。
「 者共、良く聞け! ここにおわす方は、シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル様である! 先の皇后、ロレーヌ・サーラ后様の、お子であらせられる。 我々は、王宮に幽閉されておられるアリウス皇帝陛下を救出せんと、ピュセル・サーラ様を押し立て、不法に政権を占拠しているレスター卿を討つ! 」
兵たちは、ざわめき立った。 まさに、寝耳に水の話しである。 互いに顔を合わせ、相談し始めた。
「 お、おい、エライ事になったぞ。 クーデターの、クーデターだ・・・! どうするよ、お前 」
「 確かに、今のままの新統治じゃ、心もとねえ気はするが・・ だからと言って、このまま小隊長に付いて行っても大丈夫なのか? 」
「 ううむ・・・ 坊ちゃん出のレスター卿は、信頼ねえしな。 いつまで持つか、分かんねえのは確かだが・・・ 」
「 聞いた話しだが、ハインリッヒは冷酷だって言うぜ? もしかしてオレら、用が済んだら、クビになるかもしれねえぞ? 」
戸惑う兵たちに、ピエールは続けた。
「 ピュセル・サーラ様は、その精霊力によって、メシヤ様を呼び寄せられた! 聖なる救世主である! 我々は、その警護の任を任されたのだ! 」
更に、ざわめく兵たち。
「 お、おいっ! 聞いたか? メシヤ様だってよ! 」
「 ホントかよ、おいっ・・・! 」
「 オレたち、そんな名誉な事、出来るんか? 一生に1度・・ いや、100年に1度、あるか無いかの事だぜ? 」
「 もしホントなら、末代までの名誉だ 」
「 小隊長、そのメシヤ様は・・ 今、どこに? 」
ピエールが答える。
「 今は、お姿を隠されておいでだ。 常に、ピュセル・サーラ様と共におられる! 」
完全なるフカシではあるが、伝説とも言われるメシヤである。 兵たちには、信憑性が感じられたようだ。 更には、幻の王女・・ その王女が呼び寄せたとする聖なる救世主の設定は、兵たちの心理に、かなりの洗脳性があったと推察された。
もう一押し・・ そう判断したピエールが叫ぶ。
「 アリウス皇帝陛下は、偉大なのだ! その足跡は、お前たちも見ていよう。 偉大なる皇帝陛下を差し置いて、邪道な手段による統治は、許される事ではないのだ! レスター卿の衛士である以前に、貴様らは、偉大なるアリウス皇帝陛下の、勇敢・忠義な兵士である事を再認識せよ! 」
騎士道にも通ずるこの言葉は、絶妙に、兵たちの心を掴んだ。 これから行われる行動は『 聖戦 』である・・・ そんな意味合いも、感じ取られる。
「 ・・そうだよな。 アリウス陛下は、オレら下々の事を、一番、気に掛けてくれていたもんな・・・ 」
「 平和だったしよ。 そもそも、何でレスター様は、暴動なんぞ起こしたんだ? 」
ピエールは、兵たちが持っていた槍を拾うと、メイスンの所へ来て言った。
「 御旗を・・・ 」
「 うむ 」
マントの中から、あの『 ラ・フルール・リーフ 』を出すメイスン。 ピエールは、その御旗を旗留めのフックに掛けると、兵士たちの前に、高々と掲げた。
晴れ渡った青空よりも、更にあお碧く染め抜かれた紺碧の地・・・ 穏やかな風にゆっくりとはためき、黄金の剣と白いユリの花が、眩しいくらいに誇らしげに輝いている。
ピエールは言った。
「 これを、見よっ! 先の皇后、ロレーヌ・サーラ王妃の聖なる御旗、ラ・フルール・リーフであるっ! 我々は、この旗を軍旗として掲げ、王宮に入るっ! 」
兵たちが、どよめく。
「 み、見ろっ・・! フルール・リーフだ! 聖なる御旗だぞっ・・! 」
「 うおっ! 青地に、剣とユリの花・・! 親父から聞いた事はあるが、見たのは初めてだ! 」
「 青は、王家の色だぞ? 別名、ロイヤル・ブルー・・ 気安く、使えるモンじゃねえ。 あれを、掲げて行けるのか? オレたち 」
「 おい、これは・・・ とんでもない名誉な事・・ なんじゃないのか? 聖なる御旗、フルール・リーフが、俺たちの軍旗なんだぞ・・? 」
ピエールが叫ぶ。
「 我々には、ピュセル・サーラ様がいらっしゃる! 無敵の精霊士、マルタン・メイスン殿も、加勢してくれている! 更には、メシヤ様・・ そして伝説の精霊士、クインシー・ド・レー殿も、王宮で合流する手はずとなっているのだ! アリウス皇帝陛下を、ご救出し、卑劣な輩を成敗する御印には、この御旗がある! 何の迷いが、あろうかっ! 今こそ、長年、陛下から賜ったご厚意に報いる時なのだっ! 」
衛兵である彼らにとって、今や伝説とも称されている、元 衛兵連隊長 クインシーの名は、一層に心を引き付けたようだ。
ピエールは、更に叫んだ。
「 正義は、我にありっ! 続け、我が精鋭たちよ! 」
「 うおおお~っ! 」
兵たちから、一斉に喚起の声が上がった。 一兵卒ながら、天下をひっくり返す『 聖職者 』の列に加わる事になった彼ら。 もう、皆の目に、迷いは無い。 志に燃え、生き生きと輝いている。
10人ほどの兵が、サーラを取り囲むようにして行軍を始めた。
「 ふ・・・ あの頃に、戻ったようだ・・・! 」
満足気に呟く、メイスン。
先頭を行くピエールが、剣をシャリン、と抜いて叫んだ。
「 全軍、抜刀ッ! サーラ様をお守りしつつ、王宮まで行軍する! 」
「 うおおお~っ! 」
シャリン、シャリンと、次々に剣を抜く兵たち。 道行く住民たちが、不思議そうに見ている。
ピエールは叫んだ。
「 民たちよ! ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せられた! これより、アリウス皇帝陛下を、お助けに参るッ! 」
住民たちは驚いた。
「 何っ? サーラ様が・・! 」
「 メシヤ様だって? 」
「 おい、行こうぜ! 世紀のお言葉が、聞かせてもらえるぞ! 」
数人の住民たちが、列の後から付いて来た。
やがて、ロワール橋が見えて来た。 橋のたもと辺りには、2~30人の兵が集結しているようだ。 ロベルトが引率して来た兵であろう。
抜刀して行軍して来る隊を見て、ロベルトの兵たちは、一様にうろたえ始めた。
「 ・・な、何だ、やつらは? 」
「 お、おい・・ 軍旗を見ろっ! ありゃ、フルール・リーフじゃないのか・・? 聖なる御旗だぞっ・・!? 」
「 な、何で、そんな御旗が・・・? 護衛されているのは・・ 少女か? 」
ロベルトの隊と合流する、ピエールの隊。 兵をかき分け、ロベルトがやって来た。
「 ピエール殿、いよいよですな! 」
紅潮した顔の、ロベルト。
「 うむ。 車の用意はしたか? 」
「 あれに 」
ロベルトが指差す方には、2頭の馬(のような動物)に引かれた、送迎用の車が用意されていた。 両開きのドアが付いた、白い車である。 窓にはレースのカーテンが付けられ、後部には、衛兵が乗れるようにステップがある。 貴族が使う車だ。
「 黒にするか、白にするか迷いましたが、御旗のユリの花にちなみ、白に致しました。 ピュセル・サーラ様、どうぞ 」
ロベルトが、ドアを開けながらサーラに言う。
サーラは、車を見上げながら言った。
「 こんな立派な車に、乗って行きたくありません。 私も、皆様と同じように、歩いて参ります 」
ピエールが言った。
「 それでは、私共の王女としての貫禄がございませぬ。 どうぞ、お乗り下さい 」
「 でも・・・ 」
尚も、遠慮するサーラに、メイスンが言った。
「 ハインリッヒの手下共が、襲って来るやもしれません。 お乗り頂いた方が、宜しいかと存じます。 せっかく、ロベルトが仕立てて参ったのです。 どうか、お乗り下さい 」
しぶしぶ、車に乗るサーラ。 御者の手綱は、ロベルトが持った。
ピエールが叫ぶ。
「 マルセル! ジャン! ステップに乗れ! 貴様ら、シャンとして構えとらんと、後で営倉にブチ込むぞ! 」
「 はっ! 」
「 やった! ピュセル・サーラ様の車の衛士をやったなんて、末代までの語り草だぜ! 」
ピエールに呼ばれた2人の兵士が、槍を構え、ステップに乗る。
窓から顔を出し、サーラが挨拶した。
「 石畳で、結構に揺れます。 車から落ちないよう、お気を付けて下さいね 」
「 ・・う、うははいっ! お、お心遣い、有難う存じます・・! 」
反対側の小窓も開け、もう1人の兵士にも挨拶する。
「 そちら様も、お気を付けて 」
「 は、ははひゃい・・! 」
思いがけずに声を掛けられたからか、兵士たちは声を裏返し、慌てて答えた。
ピエールが、号令を掛ける。
「 全軍、進軍ッ! 」
ロベルトの隊は、イマイチ、事態が飲み込めていないようだ。 ピエールの隊の連中に、話し掛けて来る。
「 お、おい・・ アリウス皇帝陛下を、お助けするって聞いてるんだが・・・ 」
「 何で、フルール・リーフを掲げてんだ? いいのか? 勝手に使っちゃ、ヤバイ旗だぞ・・・! 」
ピエール隊の兵士たちが答えた。
「 バカ! てめえ、今、車に乗った方、知らねえのか? ピュセル・サーラ様だぞっ・・! 」
「 ロレーヌ・サーラ后様が、ご他界になられた今、この御旗を掲げられるのは、ピュセル・サーラ様だけだ! オレたちゃ、ライメル王朝の歴史に残る、この幻の御旗を、堂々と軍旗として掲げて行軍出来るんだぞ! こんな名誉な事があるか? 」
「 これはな、聖戦なんだ! オレたちゃ、聖戦に行くんだぞ・・! メシヤ様が、現れたんだ! ピュセル・サーラ様に、マルタン・メイスン、伝説の精霊士 クインシー・ド・レー、それに・・ この、幻の聖なる御旗『 ラ・フルール・リーフ 』だぜ? 従わない理由が、ドコにあんだよ。 てめえ、メシヤ様に逆らうんかっ? 」
一行は、40名ほどになり、王宮を目指して行軍を開始した。
13、作戦開始
「 メシヤ様が、現れた! 」
「 ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せられた! 」
「 何と、兵隊たちが、サーラ様を警護して行軍しているらしいぞ、おい! 」
ウワサは、またたく間に広がった。 見物に来る民衆、隊列に加わる市民・・ 城下は前夜に続き、再び、騒然とした雰囲気に包まれた。
「 サーラ様! サーラ様あ~! 」
「 メシヤ様の到来だ! サーラ様が、お呼びになられたのだぞっ! 」
「 ピュセル・サーラ様は、やはり我々、民の味方だ! さすが、ロレーヌ・サーラ后様の、お子であらせられる。 混乱の事態を、憂えいておいでなのだ! 」
やはり、サーラの人気は根強かった。 一目見ようと群集が押しかけ、行軍は、物凄い数に膨れ上がっていく。 王宮に通じる広い沿道は、押しかけた群集で身動きが取れない状態になった。
「 サーラ様! 神のご加護を! 」
「 アリウス陛下を、お助け下さい! サーラ様! 」
車に駆け寄る民衆を、排除する訳にもいかず、陣頭指揮を取るピエールは苦慮した。
車の横でサーラを護衛していたメイスンが、前の方にいるピエールに言った。
「 焦るな、ピエール! 少しずつ前進している! 民と兵が一体となったこの姿を、レスターたちに見せつけるのだ! 」
「 承知! 」
市民たちが持ち寄って来たユリの花で、車の中は一杯になった。 兵から兜を借りて被り、兵と肩車をして行進している市民もいる。
「 メシヤ様、万歳! アリウス陛下、万歳! 」
「 ピュセル・サーラ様、万歳! 」
排水路に架かる石橋の下で、僕は、民衆の声を聞いていた。
「 始まったようじゃな・・・ 」
クインシーが呟く。
頭の上に響く、数人の足音。
「 おい! あの、ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せたって、ホントかっ? 」
「 そうらしいぞ! 何と、兵隊たちがサーラ様を護衛してるって話しだ 」
「 何っ? 兵隊たちだとっ・・? どうなってんだ? サーラ様は、ご無事なのか? 」
「 とにかく、急げ! サーラ様の晴れ姿も見たいが、メシヤ様のお言葉も大切だ! 」
遠ざかる、足音。
僕は言った。
「 ・・・すっげ~罪悪感、あんだケド・・・ 」
横にいた、ルネが言った。
「 クインシー様の推測は、正しいと思います。 聖なる剣は、抜けますよ。 ご安心を 」
・・・いや、だからね・・ そこんトコじゃなくてさ、民衆を欺くってトコが・・・
クインシーが言った。
「 チャーリー殿、伝説は、そのほとんどが偽りと申す・・・ 今回の事も、そうそう行えるものでもない。 たまたま偶然が重なり、成し得れる事なのじゃ。 誰にも真相は図れぬ 」
( でもな~・・・ )
民衆を欺いている事には、違いはない。 僕には、釈然としなかった。
クインシーが、排水溝の錆びた鉄棒を抜きながら言った。
「 レスターの、浅はかな考え・・ ハインリッヒの野心・・ 共に、見過ごすワケには参らぬ。 誰かが何とかしなくては、この国は内部分裂をし、やがては、衰退の一途を辿る事じゃろうて。 誰の得にもならぬ事じゃ 」
傍らにいたルネも手伝い、排水路に流れ込む排水溝の、3本ほどの鉄棒を抜き、人が入れそうな隙間を作った。 少し、かがんで歩けるくらいの高さの排水溝だ。 先は、真っ暗闇である。
クインシーが、僕の方を振り向き、言った。
「 ・・まずは、正義なる心眼をお持ちのようじゃ。 チャーリー殿、惑わしでも、その意気は大切な事柄。 若いが、良いお方のようじゃのう・・・ 」
目を細め、少し微笑むクインシー。
僕は、苦笑いで返した。
ルネが、持っていたカンテラに灯をつける。 ぼうっと、薄明るく照らされる排水溝・・・カンテラの灯に、ゆらゆらと反射する汚水が流れる左側に、小さな歩道が設けられている。
ルネが言った。
「 この排水溝は、城を脱出する為の抜け道でもあります 」
なるほど。 イザと言う時は、この抜け道を使って、地下から城を脱出するのか・・・ 今は、それを逆に使うワケだ。
クインシーがルネからカンテラを借り受け、先に入る。
「 ルネ、後を警戒していてくれ。 さあ、チャーリー殿、参りましょうぞ・・! 」
クインシーに続いて、僕も排水溝へと足を踏み入れた。
揺れるカンテラに照らし出される、排水溝・・・ 突然の『 珍客 』に驚いて、ネズミが逃げ惑う。 時折り、顔に掛るクモの巣・・・
しばらく歩くと、コの字型の鉄を、壁に打ち込んだだけの階段があった。 上を見上げるが、真っ暗である。 カンテラの光が届く限り、暗闇に向かって階段が続いている。 闇の世界へと通じているようだ・・・ ルネの後を見やると、入って来た入り口が、遥か彼方にぼんやりと見える。
クインシーは、カンテラを、腰のベルトのフックに引っ掛けると、鉄棒の階段を登り始めた。
・・・引っこ抜けないだろうな? それ・・・
ルネが言った。
「 私の記憶では、30メートルほどの縦坑だったと思います 」
クインシーが、登りながら答えた。
「 老体には、苦しいのう・・・ 」
僕は、持っていたボロ剣のフックをズボンのベルト通しに引っ掛け、クインシーに続いて、階段を登った。 時々、特大のゲジゲジみたいな虫が、手の甲に這い上がって来る。 キモチ悪りィ・・・!
クインシーが、僕の手元を見て言った。
「 天日干しにして、磨り潰して飲むと、滋養に良いのじゃ 」
・・・要らんわ、そんなん・・・! まだ、コッヒーの方がマシだ。
やがて、カンテラの灯りに照らされ、頂上が見えて来た。 しかし、依然と闇の中のようである。 中2階のような構造だ。 汚水が流れていないだけ、マシかも・・・
辿り付いた『 頂上 』からは、更に上に向かい、石段が組まれていた。 人が1人、上がれるくらいの幅だ。 おそらく、長年、誰も使用した事が無いのだろう。 石段は、染み出す地下水で、ヌルヌルとしていた。
クインシーが言った。
「 城壁の、真下辺りじゃ・・・ 」
10メートルほど登ると、行き止まりである。 ・・と思ったが、鉄の扉があった。 縦1メートル、横80センチくらいの頑丈そうな扉だ。 どうやって開けるのだろう? 取っ手も、鍵穴も無い。
クインシーは、聖剣を抜くと、額に構え、何やら唱え出した。 なるほど、そう来るのか・・・
「 むんっ・・! 」
聖剣の鉾先を扉に向け、短い掛け声を掛けるクインシー。 ガガガ、ギイイ~イイ~・・と、ブッ太い蝶番から、パラパラと錆びを落としながら、扉は開いた。 精霊士が、鍵代わりなようだ。
ルネが言った。
「 ここから先は、私も、行った事がありません 」
3人がくぐると、扉は再び、重々しい音を出しながら、自動的に閉まった。 どういう構造になっているのかな? 恐るべし、異界の科学・・・!
再び、長い階段を登ると、通路が右に折れ、天上から日の光が入って来ているのが確認出来た。 クインシーが、僕らを制し、用心深く天井を見る。 鉄製の柵がはまっており、草が見える。
クインシーは、上を見上げながら僕らを手招きした。 壁に沿うようにして、『 天窓 』の下を通過する。
更に通路を進むと、もう1つ、『 天窓 』があった。 そこからは、城壁のようなレンガが見えた。 メイスンの家から見えた、城の城壁のような白いレンガだ。 ここも、注意深く通過する。
突き当たりの暗闇まで来ると、クインシーは、声を殺して言った。
「 城内に、入りましたぞ・・ ここから先は、大きな声は出さぬよう、心して下され 」
小さく頷く、僕とルネ。
カンテラを吹き消し、床に置くと、突き当りを左方向へと進むクインシー。 数メートル間隔で、上部に明かり採りのような小さな穴があり、差し込む外の光で、通路内は薄明るい。
やがて、また鉄の扉が現れた。 今度のは、先程のものより、少し大きいようだ。
「 ・・ふむ。 封印を変えたようじゃな。 水と土・・ それと、風の精霊か・・・ 」
扉の角に小さく、リレーフのような模様がある。 それを手で触れながら、呟くように言うクインシー。 扉の鉄枠は錆びているが、扉自体には、錆びは無い。 近年、掛け替えられたもののようである。
クインシーは、ルネを振り返り、言った。
「 ルネ、お前は、水と風の精霊の扱いに長けておる。 やってみるが良い 」
「 かしこまりました 」
腰のベルトに挿してあった短剣を抜き、扉の前に構えるルネ。 目を瞑り、何やらブツブツと呪文を唱えている。
「 ・・ハッ・・! 」
短い掛け声と共に、剣を振り下ろす。 ゴゴン、ギギギィ~~~・・・ と、重そうな扉が開き始めた。
クインシーが言った。
「 精霊が足りぬ。 風の精霊たちは、どうした 」
「 ・・ハッ・・! 」
再び、掛け声を出すルネ。 だが、扉は、数センチ開いただけである。
クインシーがレクチャーした。
「 水の精霊たちを、押しのけてはダメじゃ・・! 敬意を払いつつ、風の精霊たちに後押しをさせるのじゃ 」
自らの聖剣をかざし、ルネの術を援護するクインシー。 ギギギ、ガコン・・・! と、薄暗い通路に音が響き、扉は開かれた。
「 中々、良く使う。 だが、まだまだじゃな 」
苦笑いする、クインシー。
僕らは、先へと進んだ。
14、斜陽・抵抗・忠義
「 何事だ! 城下の民衆は、何を騒いでおるのかっ? 」
太った赤ら顔の男が、格子窓の外を見ながら言った。 広い、執務室のような部屋である。高い天井には、豪華な装飾が一面に凝らされ、床は大理石だ。 白い、しっくいの壁には、歴代の皇族らしき肖像画が掛けてある。
傍らにいた、執事と思われる白髪の男が答えた。
「 分かりません。 ハインリッヒに、状況を視察してくるよう、申し伝えましたが・・・ 」
太った男は、執務机の椅子に腰掛けると、白髪の男に言った。
「 どうもハインリッヒは、信用ならん。 勝手に、兵を挙げおって・・! ワシを、ダシに使っているような気がしてならん。 アリウス皇帝陛下には、ワシも、随分と厚意にして頂いておったのだぞ? これでは、恩を仇で返すような状況ではないか 」
ぶ厚い木製のドアが開けられ、衛兵が室内に入って来て言った。
「 レスター様、ハインリッヒ閣下が、お見えになられました 」
「 おお、早く報告をせい 」
衛兵がドアの横に立ち、敬礼する。 その前を、マントを羽織った将校が入って来た。 ヤセた頬に、ヒゲを生やし、鋭い眼光を放つ男だ。
太った男は、その将校の姿を見るなり、尋ねた。
「 ハインリッヒ! どうなっておるのだ、城下は? ここからでは、正門は見えぬ。 しかし、あの怒涛のような声・・ ただ事ではない! 」
将校は、レスターの前まで来るとお辞儀をし、言った。
「 どうやら、謀反の様子・・・ 」
「 何? 謀反だと? 」
「 いかにも。 拿捕を免れた旧皇族に関与する者共が、恐れ多くも、ロレーヌ様の御旗を掲げて押しかけている様子にて 」
「 ・・な、何っ・・? ロ、ロ・・ ロレーヌの御旗だとっ・・? そっ・・ それは、『 ラ・フルール・リーフ 』ではないのかっ? 」
「 いかにも、その様でありますな 」
レスターは、顔面蒼白になった。 椅子から立ち上がり、ハインリッヒを指差しながら言った。
「 ハ・・ ハ、ハ・・ ハインリッヒ! き、きっ・・貴様、何を他人事のように落ち着いておるのだっ! ロレーヌの御旗を掲げれるのは、ピュセル・サーラしかいないではないかっ! 」
レスターに対し、頭を下げたまま、無言のハインリッヒ。
白髪の男が、レスターに言った。
「 ピュセル・サーラが民衆を従えて登城して来る意味を、お前は理解しているのか? 」
頭を下げたまま、少し顔を白髪の男に回すと、ハインリッヒは、鋭い視線で彼を睨んだ。
レスターが言った。
「 我々、貴族院にとって、ブルゴーニャから発したロレーヌの一件は、触れたくも無い、苦い経緯がある・・! レミールのカレ・リッシュモン卿を筆頭に、南はローゼントール、西はレンヌ・・ 北は、セントミュールからイセーヌ川流域にまで至る周辺諸侯が賛同したあの戦いは、異常なほどの勢いがあった。 ロレーヌは、その中心にいた名家だぞっ・・! 云わば、総大将だ。 ・・その御旗が、今、再び揚げられた・・! これを、何とするっ・・? 」
頭を垂れたまま、ハインリッヒは、静かに補足した。
「 後の王妃になられましたな、ロレーヌ・サーラ様は・・・ 」
「 そっ・・ その娘が、母の御旗を掲げて来ようとしておるのだっ! また諸侯共も、立つやもしれぬ! うかうかしては、おれぬのだ! いいい・・ 一刻も早く、事態を収拾せいっ! 」
唾を飛ばしながら狼狽し、叫ぶレスター。
拳を握りつつ、表情は冷静に頭を垂れたまま、ハインリッヒは答えた。
「 そのつもりでしたが、ピュセル・サーラは、メシヤ様をお呼びになったようです 」
「 ななな、何とっ・・? メ、メシヤ様だとうっ・・! 」
呆然とした表情のレスター。 後の言葉が続かない。
ハインリッヒが頭を上げ、言った。
「 聖なる救世主 メシヤ様の到来を告げている以上、その真意・お言葉を拝聴せねば、民衆は、治まりますまい 」
「 ・・・・・ 」
「 かくなる上は、鳳凰の間まで通し、『 聖なる剣 』を抜いて頂こうかと存じます。 剣を抜く事が出来るかどうかで、真の救世主であるかどうかが、判断出来ましょう 」
「 ・・・・・ 」
ドサッと、椅子に座るレスター。 だらりと両手を下げ、放心状態である。
「 聖なる、救世主様が・・ 現れた・・・! ・・見ろ。 憂えいておいでなのだ・・・ やはり・・ このような形で、陛下を軽んじてはいけなかったのだ・・・! 」
レスターの虚脱状態を見て、苦虫を噛み潰したような表情のハインリッヒ。
「 レスター様。 ピュセル・サーラが呼んだのは、本当にメシヤ様かどうかは分かりませぬ。連中の、惑わしやもしれませぬゆえ 」
しかし、放心状態のレスターには、全く持って聞こえないようだ。 視点の定まらない目で、宙を見つめつつ、うわ言のように言った。
「 ・・・ピュセル・サーラが・・・ あの・・ あの、ブルゴーニャの・・ ロレーヌの血を継ぐ若姫が・・・ おおお・・ 蒼い御旗だ・・! 蒼い御旗が見えるぞ・・・! 」
ちいっ、と口を鳴らすハインリッヒ。 踵を返すと、ドアの方へ向かって歩き出し、立っていた衛兵に言った。
「 レスター様は、ご乱心である。 部屋に鍵を掛け、外にはお出しするな。 見張りを立てよ! 」
白髪の男が言った。
「 ハ、ハインリッヒ! まさか・・ 親方様を幽閉するのかっ? ならんっ! ならんぞ、そのような事! お前は・・ 」
白髪の男を睨み、脅すようにハインリッヒは言った。
「 貴殿も、私室に戻り、自重申し付ける。 何ならレスター卿と共に、この部屋で、静かに読書でも致すか? 」
「 ・・・・・ 」
マントをひるがえし、ハインリッヒは、部屋を出て行った。
軍靴を鳴らし、王宮の長い廊下を急ぐ、ハインリッヒ。
傍らを従属する兵が、心配そうに尋ねた。
「 閣下、い・・ いかが致しましょう? 城下の群集は、物凄い数に膨れ上がっております・・! 」
「 うろたえるな。 たかが平民・・ いくら集まった所で所詮、軍隊に敵うはずなど無いわ。 ・・それより、ピュセル・サーラが呼び寄せたとか言う、メシヤの方が重要だ。 姿は、発見出来んのか? 」
「 は、未だ・・・ おそらく、ピュセル・サーラが乗っている車に同乗しているものと思われますが、何せ、車の周りは、群集が取り囲んでおりますので 」
廊下を回り、回廊に入る。
ハインリッヒは尋ねた。
「 ピュセル・サーラを護衛している裏切りの兵共は、どこの隊か? 」
「 は。 確認したところ、第2騎兵隊所属の者たちかと 」
「 専任下士官は? 」
「 ピエール曹長です 」
「 ・・・プーシェの生き残りか。 拾ってやったものを、裏切りおって・・! さては、マルタン・メイスンに、そそのかされおったな 」
天井の高いホールに出た。 ハインリッヒの声が、壁面に反射してこだまする。
「 おそらく、メシヤとか名乗る者は、偽り者だ。 確認次第、矢を射よ! ピュセル・サーラは、生け捕りにするのだ。 民衆の目前で、偽りの下女・愚かな策士として裁いてくれるわ・・! 」
・・・僕は、その響く声を、ホールの真下の通路で聞いていた。
クインシーが、上を見上げながら、小さく言った。
「 どうやらハインリッヒは、チャーリー殿を抹殺するつもりじゃのう・・・ 」
あのな・・・ ノンビリと、他人事のように言ってんじゃねえよ、クインシー爺さん。
ルネが言った。
「 やはり、お姿を隠して頂いて正解でしたね 」
人の気配が無い事を確認し、クインシーは頭の上にあった鉄格子を持ち上げた。 辺りを見渡し、ホールに出る。
「 さ、ここからは、上を行きますぞ。 お早く 」
僕に続き、ルネもホールに出た。
・・・豪華なホールだ。
円形の高い天井には、モザイク壁画が、はめ込まれており、回廊が交差した、丁度、四つ角の交差点のような場所である。
クインシーが言った。
「 謁見の間じゃ。 外部からの訪問者は、一度、ここで衛兵の検閲を受けるのじゃ 」
観光案内はイイから、早くドコかへ隠れようぜ。 丸見えじゃん・・・!
クインシーが続ける。
「 まずは、幽閉されておる皇帝陛下のご様子を確認せねばならぬ。 おそらくは、王家の間じゃ・・・ 」
スタスタと回廊を歩き始める、クインシー。
何か・・ すっげ~、不安。 クインシー爺さん・・ フツーに、歩いてんじゃんよぉ~・・!
僕の心配を察したのか、ルネが言った。
「 王宮に入ってしまえば、衛兵は、数がおりません。 元々、ハインリッヒの率いる1個大隊のみの蜂起です。 そのほとんどは、城下警備。 王宮内にいるのは、せいぜい5~60人程度でしょうから 」
それでも、5~60人はいる。 そんなんが、一度に責めて来たら・・ 僕、死んじゃうよ・・!
腰にブラ下げていた、ボロ剣の柄を握り締める。 こんなんだったら、もっと剣道を習っておけば良かった。 後悔、先に立たず、である。
回廊の曲がり角から頭を少し出し、様子をうかがうクインシー。
後に控える僕らの方に頭を戻し、言った。
「 衛兵が、見張りで立っておる。 やはり、ここのようじゃ、チャーリー殿 」
・・・僕に、報告せんでもエエよ? 存分に、やって頂戴な。
クインシーは、聖剣をシャリン、と抜くと額に構え、何やら唱え出した。 多分、電撃を食らわすつもりなのだろう。
剣を額に構えたまま、回廊の真ん中に歩み出るクインシー。 何と、大胆な・・! 腕に自信がある人は、イイね・・!
衛兵は、クインシーに気付き、一度こちらを見たが、再び顔を前に戻した。 慌ててクインシーを見直し、叫んだ。
「 ・・だっ、誰だ、貴様っ! 」
「 ハッ! 」
聖剣を振り下ろす、クインシー。 刃先から青白い閃光が走り、一直線に、衛兵に向かって行く。
「 うあぶぶっ・・! 」
衛兵は、手足をバタつかせながら、ひっくり返った。
・・・ビリビリって、来たんだろなぁ~・・・! ヤだな~・・ 絶対、受けたくない。
僕らは、扉の前に小走りで近付いた。 扉の前に転がり、気を失っている衛兵・・・ 何か、コゲ臭い匂いがする・・・
扉には、特大の南京錠が掛けてあった。 これも、聖剣を振り下ろし、破壊。 クインシーは、扉を開けて室内に入った。
「 な、何者だっ! 貴様っ・・! 」
扉の近くにいた、豪華な甲冑を着込んだ高級将校らしき男が、クインシーに言った。 部屋の中には、10人ほどの人がいるようだ。 軍人に混じり、袖や襟にレースの付いた服を着た、貴族と思われる者や、ドレスをまとった貴婦人、子供もいる。 その内、部屋の奥にいた、恰幅の良い初老の男が言った。
「 クインシー・ド・レー! そなたかっ・・? 」
男は、侍従らしき者たちの手を振り解き、前に出て来た。 赤地に、金の刺繍をあしらった、丸首襟の衣を着ている。 指には、幾つもの豪華な指輪・・・ どうやら、この男性がアリウス皇帝らしい。
クインシーは、ロワール橋で、ピエールたちがしていたような体位を取り、床に傅いた。
「 ご無沙汰致しておりました、陛下 」
ルネも、同じように拝聴の体位を取る。 僕は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、剣をクルクル回していた・・ と言うのは冗談で、クインシーたちの格好を、見よう見真似で真似した。
アリウスは、大そう喜んだ様子で言った。
「 おう、おおう・・! 大儀であるぞ、クインシー・ド・レー! まさか、お前が駆けつけてくれようとは・・! 」
他の者たちにも、安堵の表情が見られる。
クインシーが言った。
「 私のような老いぼれを覚えておいで下さるとは、恐悦至極に存じまする 」
クインシーの前にしゃがみ込み、アリウスは答えた。
「 何を言う、クインシー・ド・レー! 余が、直々に、聖剣を授けたではないか。 忘れはせぬぞ? 忠義、大儀である 」
「 もったいない、お言葉・・・ 」
1人、凛とした顔立ちの貴婦人が、子供を連れて出て来た。
「 クインシー殿・・・! かような事態に、王宮を引退した、そなたが来てくれるなんて・・・ 何とお礼を申し上げたらよいか 」
クインシーは、頭を下げたまま答えた。
「 フェリス后様。 私は、王宮警護に、この身を捧げた男・・・ 例え、任を解かれようとも、陛下の一大事には、馳せ参じ参る所存。 何卒、過分なるお言葉は、もったいのうございまする 」
この女性が、現王妃、リヒャルト・フェリス皇后らしい。
彼女の手に引かれていた男の子が、クインシーに抱き付き、嬉しそうに言った。
「 久し振りだね、爺! あとで、剣術遊びしようよっ! ね? いいだろう? 」
4歳くらいの男の子だ。 明朗活発な性格らしい。 クインシーに抱き付き、キャッ、キャッと喜んでいる。
「 おおう、これは皇太子様。 大きくなられましたな 」
クインシーも、嬉しそうだ。
・・・ルネの話しでは、この子が生まれて、サーラは王宮を去ったと言う。 しかも、自らの意志で・・・
僕は、あどけない男の子の顔を見て、何となく、サーラの心情が理解出来た。 生まれた皇太子は、分別のありそうな男子だ。 皇后も、礼儀正しく、由緒ある気品がうかがえる・・・ おそらくサーラは、自身が女王となってこの国を統治するより、アリウスの直系の男子である、この皇太子に王位継承を譲ろうと考えたのだろう。
( サーラは、優しい娘だ・・・ )
僕は、そう思った。
15、我は、メシヤなり
クインシーは、抱えていた皇太子を放し、アリウスに言った。
「 おそれながら、陛下。 申し上げたき、儀がございます 」
「 おお、何なりと申してみよ 」
後に控えている僕らの方に、少し顔を向けながら、クインシーは言った。
「 これに控えますは、私の甥、ルネと申します 」
更に頭を下げる、ルネ。
「 そして・・・ こちらにおわす方は、聖なる救世主、メシヤ様にてございまする 」
「 ・・なっ、 何とっ? メシヤ様だとっ・・? 」
目が点になる、アリウス。
クインシーは続けた。
「 異界より、サーラ様のお導きで参られました。 御名を、チャーリー・ミハーラ様と申されます 」
・・・その名前、イヤ。
アリウスは、慌てて両膝を床につき、言った。
「 で、伝説の・・・ 伝説の救世主、メシヤ様っ・・! ま、まさか・・ 私の代にて、お目に掛る事が出来ようとはっ・・! こっ・・ これは、神のお導きかっ・・・! 」
クインシーも、僕の方に向き直り、拝聴の体位を取る。 アリウスが膝をついた為、その他の要人たちも全て、僕の前にひれ伏した。
・・・すっげ~、緊張する。 バレたら、どうすんの? コレ。
( ココで、なんぞ言わねばなるまい )
僕は、かしこまった体位のまま、『 らしく 』言った。
「 ピュセル・サーラ様に導かれ、この地に参った者にて・・・ はてさて、動乱とは神の領域以外、どこにでも巻き起こるもの。 悲しきは、人の性。 罪多きは、欲の深さ・・・ 」
ナニ言ってんのか、分からなくなって来た。 随分前に亡くなった説教好きのじっちゃんを真似て、のたまわってみたが、この辺で沈黙しよう・・・
アリウスは、感慨深げに言った。
「 おおお・・・ 身に染み入る、お言葉・・! 」
そう? だったら、じっちゃんは、救世主だったのかもしれんな。
クインシーは言った。
「 これから、鳳凰の間に参ります。 サーラ様も民を従え、そろそろ、ご到着かと存じます。民の前にて、メシヤ様には聖剣を抜いて頂き、世紀のお言葉を賜る所存でございます 」
アリウスは、両膝を床についたまま、両手をわなわなと振るわせながら言った。
「 おお・・・ 世紀のお言葉・・ 神のお言葉が、聞けるのか? 何という有り難い事・・! サーラも、何と言う大儀。 我が娘なれど、何と立派な事をしてくれた事か・・! 余は、嬉しい限りだ 」
フェリス皇后妃が言った。
「 サーラが、民たちと共に来るのですか? サーラは、元気にしておりますか? たまには、お父上様にお会いに来て頂きますよう、お伝え下さい 」
皇太子も言った。
「 僕、サーラ姉様と遊びたい! 爺、サーラ姉様のお家に、連れて行ってよ! 」
クインシーが、目を細めながら答えた。
「 事態が収拾した暁には、是非・・・ 」
アリウスが、しみじみと言った。
「 あれは、良い子だ。 今回も国を憂い、メシヤ様をお導きしてくれた・・・ しかも、民と共に、こちらへ向かっておるのか。 うむ、うむ・・ たくましくなったものだ。 民とも、仲良くやっておるようだな。 余は、安心したぞ 」
クインシーが、アリウスに言った。
「 メシヤ様のお言葉を、正式に神のお言葉として、皆々にお聞かせするべく、サーラ様は凱旋されるのです。 しばし、この部屋にてお待ち下さい。 メシヤ様からは、必ずや、正義のお言葉が賜れる事でしょう。 開放の時は、近こうございますゆえ 」
「 うむ、承知した。 クインシー・ド・レー、そなたに一任する。 メシヤ様を頼むぞ 」
アリウスに対し、一礼で答えるクインシー。
「 ここには、ルネを残しておきます。 ・・・では、チャーリー殿、参りましょう 」
一同が、うやうやしく頭を下げる中、僕とクインシーは、部屋を出た。
「 中々の『 お言葉 』でしたぞ? チャーリー殿 」
回廊を歩きながら、クインシーが言った。
「 途中から、ナニ言ってんだか分からなくなって来たよ。 ヤバかったぜ 」
「 民へのお言葉も、宜しく頼みますぞ? 」
・・・アンタ、成り行きとは言え、結構、ド素人に無茶させるね・・・? コレ、はっきり言って、偽証罪に相当すると思うんだが・・・?
回廊を曲がり、階段を登る。
ふと、前を見ると、階段の踊り場に数人の影が・・・! 行く手を阻むように腕組みをし、中央には、仁王立ちにしている将校のような男。 傍らには、数人の兵を従えた下士官らしき男がいる。 この下士官には、見覚えがあるぞ? クインシーの家に、ガサ入れに来た騎兵隊の隊長だ。 名前は、確か、アランソンとか・・・
向こうも、僕に気付いたらしく、言った。
「 お前は・・・ クインシーの家にいた小僧・・! 」
彼の隣で腕組みをしていた将校らしい男は、ニヤリと笑って言った。
「 クインシー・ド・レー。 貴様も、落ちたものだな。 どこの小僧とも知れぬ者をメシヤに祭り上げ、我々を窮地に追い込もうと画策するとは 」
クインシーは、不敵に笑い、答えた。
「 はて。 何の事かのう、ハインリッヒ。 ここにおわすは、紛れもないメシヤ様。 疑うのであれば、聖剣を抜いて頂く様を見てもらえば、分かる事・・・ メシヤ様は、如何なる時も、お姿を、お変えになられる。 今は、小僧のお姿であられるがのう 」
「 ほざけッ、クインシー・ド・レー! 残念だが、メシヤは、鳳凰の間には現れぬ! 変わりに、ここで、ジジイとガキの死体がころがるのだっ! アランソン! 貴様は、ガキを始末せい! 」
剣を抜く、ハインリッヒ。
ひええっ! 来るぅ~・・・!
僕は、思わず剣を抜こうとした。 だが、ガジッと、刃こぼれが鞘に引っ掛かり、抜けない。
( くうう~っ! この、ボロ剣・・! )
少し剣を捻るようにしたら、10センチくらい抜けた。 だが、連中は、まだ襲って来ない。
「 お待ち下さい、閣下っ! 万が一、本物のメシヤ様だったら・・ 」
アランソンが、ハインリッヒに注進している。
「 ある訳が、無かろうが! ただの、ガキだッ! 何を恐れる事があるッ! 」
メシヤの出現を完全否定し、鬼のような形相で叫ぶハインリッヒ。 追い詰められた者は、常識もナニも無い。 己を誇示し、正当性の根拠に至るものを片端から拾い集め、こじつけ、画策・糾弾する。 今回、ハインリッヒには、メシヤを否定する要素は何も無い。 だから必死なのだ。 従って表情も、こんな風貌に変化するのだろう。
ハインリッヒは叫んだ。
「 オルレアンッ! 前へ出でよッ! 」
オルレアン・・・? 下町で会った、メラニーと言うおばさんの、息子の名だ。
数人の兵士の中から、1人の若者が前に出て来た。
「 クインシー殿・・! 」
「 オルレアン! 」
どうやら、クインシーとは顔見知りのようだ。
ハインリッヒは、オルレアンの首元に剣を突きつけ、言った。
「 貴様と、この兵とは、遠縁の血筋らしいな。 そこを1歩でも動いてみろ。 この者の首が飛ぶ・・! 」
卑怯な手だ・・! 騎士道にも反する。
「 おやめ下さい、閣下っ! 」
アランソンが、剣を持ったハインリッヒの腕に取り付いて言った。
「 うぬっ・・! アランソン、貴様・・ 逆らうかっ! 」
「 このような、お姿・・ 軍を率いる者に、相応しくありませぬ! 正々堂々と・・ 」
「 やかましいっ! 」
剣を振り回す、ハインリッヒ。 その刃先が、アランソンの左腕上腕部を切った。
「 くっ・・! 」
右手で負傷部を押さえ、痛みに耐えるアランソン。
「 隊長! 」
オルレアンが、アランソンに駆け寄る。
・・・突然、僕の視界が低くなった・・・!
目の前に、クインシーの足がある。 しかも、見上げるようにデカイ。 僕は、小さい頃に読んだガリバー旅行記を思い出した。
クインシーが、左足のフチを僕の体にそっと付け、そのまま、ヒョイと壁際へ振った。 壁の隅まで転がった僕。
( うわ、テメー・・! ナニしやがんでいっ! )
だが、僕は気付いた。 クインシーが、連中のイザコザの間に術を使い、僕を、ハムスターの姿に戻したのだ。
ハインリッヒは、半狂乱になって騒いでいる。
「 どいつもこいつも、裏切りおって! 貴様らは、どうなんだ! オレについて来るのか、それとも、詐欺師共と運命を共にするのか? ああっ? 返答せいッ! 」
オルレアンが、クインシーの方を向いて言った。
「 ・・・あ・・・ 」
「 ? 」
ハインリッヒも、クインシーを見やる。 ・・・とりあえず、連中には、僕の姿は見えなかった。
アランソンが、目を見開きながら言った。
「 小僧が・・ 少年が、いないっ・・・! 」
クインシーは、床に転がっていた僕のボロ剣を拾い、ため息を尽きながら言った。
「 やれやれ・・ お姿を、隠されておしまいになられたか 」
「 ・・な・・何とっ・・! 消えたっ・・! 少年が、消えてしまった! 」
アランソンが、驚愕の表情をしながら呟く。 オルレアンも言った。
「 やはり・・ 本物のメシヤ様だったんですね、隊長っ! 」
他の兵たちからも、どよめきと、恐れおののく、うめきのような声が聞かれる。 これには、さすがのハインリッヒも参った様子だ。 無言のまま、ワナワナと体を震わせている。
「 くっ・・! 」
さっと踵を返し、階段を登って逃走するハインリッヒ。 2人ほどの兵が、一瞬、彼と行動を共にすべく、逃げるような動きを見せたが、結局、兵たちは、誰も彼の後を追わなかった。
抜け掛かっていた僕のボロ剣を鞘に戻すと、うやうやしく掲げ、1歩、階段を登るクインシー。 それを見て、兵たちは1歩、後退する。 もう 1歩、1階を登ったクインシーは、静かに・・ だが、威厳に満ちた声で言った。
「 道を開けよ、無礼者・・! メシヤ様が通られる・・・! 」
その声に兵たちは、弾かれるように慌てて踊り場の隅まで後退すると、傅いた。
オルレアンに支えられながら、アランソンは頭を下げ、クインシーに言った。
「 従うべき主を、見失っておりました・・! 浅はかなる、我が身・御無礼・・ 何卒、平にご容赦を・・! 」
クインシーは、静かに言った。
「 目覚めたるは、喜びである。 開けたる未来・・ 汝、己以上の者に従うのじゃ 」
下げていた頭を、更に下げ、アランソンは答えた。
「 ・・は! 有り難き恩赦。 お言葉、肝に銘じ、精進致します・・! 」
ちらっと、壁際にいる僕を振り返るクインシー。
( ・・なるほど、そう言う事か )
僕は、ゴキブリのように壁際を移動し、アランソンたちが平伏して見ていないのを利用して、クインシーの足に取り付いた。 そのまま、体をよじ登る。 上着の袖からフードの後ろに回り、そのままクインシーの首筋から、モジャモジャのヒゲの中に潜り込んだ。
・・・あんまし、イイ匂いじゃない。高科ぁ~、愛しいよ~・・・!
16、降臨
鳳凰の間は、宮殿の最上階にあった。 およそ、6階建てくらいの高さだ。バルコニーがあり、王宮前の広場に面している。
外から群集の歓声が聞こえる。 サーラたちの到着も間近なようだ。 クインシーがバルコニーに出て、広場を見た。 僕も、クインシーのヒゲの間から顔を出し、見てみた。
・・・おおう・・・! 既に、何百人という群集が詰め掛けている。
階下には、バルコニーから続く長い石階段があり、階段を降りきった辺りでハインリッヒの兵たちが、必死に群集を押し戻そうとしている。 だが、膨れ上がった群集によって、逆に、階段下辺りまで押されつつあるようだ。
驚くべき事に、あの『 フルール・リーフ 』が、群衆の中に幾つもひるがえっている。おそらくは、家々に保管してあったものを持ち出して来たのだろう。 旗を掲げているのは、それなりの年配者たちのようだ。 多分、先の戦いに従事した者たちと推察される。
「 クインシー殿 」
後から、クインシーを呼ぶ声がした。 宝物殿のような立派な祭壇の奥から、古めかしい木の箱を持ち出して来たアランソン。 包帯を巻き、応急処置をした左腕が、痛々しい・・・
「 これが『 聖なる剣 』です。 王宮警備が長かった私ですが、剣の存在は知っていても、実際に、この箱に手を触れるのは初めてです 」
どうやら、この中に『 聖剣 』が保管されているようだ。
・・・触ったら、ビリビリって来ないだろうな・・・?
ココの世界の科学は、どうなっているのか、良く分からん。 クインシーを信じるしかない。
「 む・・? 」
何かを感じた、クインシー。 突然、何かから逃れるように床を転げまわる・・! 僕の、顔の目の前で、ピュン!、と風切り音がした。
「 ! 」
殺気を感じる・・!
数回体を捻り、その場を移動するクインシー。 さすが、伝説の精霊士と称されるだけある。 身のこなし方からは、寄る年波を全く感じさせない。
ヒュン、ヒュン、ピュン!、と、風切り音が追い掛けて来る。 誰かが、襲って来たのだ。しかも、この音は、真剣を振り回す音・・・!
風切り音から逃れたクインシーは、聖剣を抜き、構えた。
・・・襲って来たのは、ハインリッヒだった。 肩で息をし、まるで修羅のような形相だ・・・!
クインシーが、静かに言った。
「 乱心したか、ハインリッヒ。 この後に及んで、まだメシヤ様に逆らうとはな 」
剣先を震わせ、ハインリッヒが叫ぶ。
「 ぬかせっ、惑わし者めが! オレは、誰も信じぬ! 信じるは、己のこの剣だけだッ! 」
ゆっくりと、横に移動し、バルコニーを背にするクインシー。 太陽を・・ 明るい方を背にするのは、武術の基本だ。
クインシーが、小さく言った。
「 悲しいヤツよのう・・・ 」
「 やかましいっ! 貴様を叩っ切り、そのバルコニーから首を掲げてやるわッ! 謀反の首謀者としてな! 」
斬りかかる、ハインリッヒ。 クインシーは後に飛び退き、刃をかわす。 ハインリッヒが、尚も、斬り付ける。
・・・あんま、首辺りに、斬り付けるんじゃねえよ! 危ねえじゃねえか・・・!
バルコニー上に出た、2人。 術を使えば、造作も無いのだろうが、連続して斬り付けて来るハインリッヒに、クインシーは呪文を唱えるヒマがなさそうだ。 この辺りは、ハインリッヒの精霊士に対する戦術なのだろう。 しかし、クインシーは剣術の覚えもあるらしく、巧みにハインリッヒの刃をかわしている。
カイーン、キィーンと、交わる刃。 飛び散る火花・・ 息詰まる、決闘・・・!
宮殿前に詰め掛けた群衆も、バルコニー上で戦っている者がいる事に、気付いたようだ。指をさして、口々に、叫び始めた。
「 おい! 誰かが、決闘をしているぞっ! 」
「 王宮内でか? 一体、誰だ? 」
「 ・・ありゃ、クインシー様じゃねえか? もう1人は、レスター様の将軍だ 」
カイイ~ン! と、大きな音と共に、ハインリッヒの剣が折れ、刃が、バルコニーの石階段を落ちていった。 群集からは、おおお・・ と言う、どよめきが上がる。
折れた剣を、バルコニーの床に叩き付け、悔しがるハインリッヒ。
「 どうやら、決着がついたぞ! クインシー様が、勝ったようだ 」
「 さすが、伝説の精霊士だ。 老いても、剣さばきは見事だぜ 」
群集から、拍手が上がる。
剣を収め、クインシーは言った。
「 そこに座しておれ。 じき、メシヤ様が、おなりになられる 」
肩で息をしながら、憎悪の表情でクインシーを見つめるハインリッヒ・・・ しかし、ふうっと力を抜くと、その場に座り込んだ。 さすがに諦めたらしい。 力無く、バルコニーの床を、ボンヤリと見つめている。 僕は、そっとクインシーのヒゲの中を回り、首の後から外に出た。 そのまま、背中を伝い、床に下りる。 いよいよだ・・・!
やがて、後方の群集から歓声が沸き起こった。
「 む・・ 御着きになられたか・・・ 」
クインシーは、バルコニーから続く長い石階段の前に立ち、群集を見下ろした。 僕も、そっとバルコニーの欄干脇に行き、下を見る。
広場後方より、群集に囲まれ、白い車が広場に入って来た。 周りを取り囲み、警護しているメイスン・ピエール・ロベルトの姿が確認出来る。 群集に取り囲まれ、もみくちゃにされているようだ。
「 サーラ様、サーラ様ぁ~っ! 」
「 ピュセル・サーラ様、万歳! 」
口々に叫び、車に殺到する民たち。 やがて車の扉が開かれ、メイスンに手を引かれながらサーラが姿を表わすと、群集の興奮は最高潮に達した。 次々に、サーラに向けられ、投げ込まれるユリの花。 護衛していた兵士たちも、槍や剣を突き上げ、歓声を上げている。
メイスンが両手を上げ、集まった群衆に対し、静まるようなゼスチャーをした。 徐々に、群集の声は治まり、やがて、静けさが辺りに張り詰める。
いよいよ、メシヤの登場だ・・・! そんな期待感が、群集を支配する。
サーラが、凛とした声で発声した。
「 民たちよ! 偉大なるアリウス皇帝陛下を解放すべく、私はここに参りました! 」
ごおおーっ、と言うような、群集の声。
右手を軽く上げ、声を制する、サーラ。 群集の声が、引き潮のように静まる。
サーラは続けた。
「 アリウス皇帝陛下の解放を決意したのは、私だけの意志ではありません! メシヤ様の、お言葉を賜ったからなのです! 」
群集からは、再び、先程よりも大きな声が沸き起こる。
「 サーラ様、万歳! 」
「 メシヤ様、お導き下さい! 」
メシヤと言う言葉に、力無い視線で、サーラを見つめていたハインリッヒの眉が、ピクリと動く。
再び、軽く右手を上げ、群集の声を制しながら、サーラは言った。
「 偉大なる精霊士にて、聖なる救世主メシヤ様! ご降臨下さいませ・・! 」
両手を空に向け、祈るような表情のサーラ。 群集は、固唾を呑んで事態を見守った。
やがてサーラは、バルコニーを指差す。 群集の視線が、一斉にバルコニー上に注がれた。群集を押さえていたハインリッヒの兵たちも、見守っている。
その、視線の延長線上・・ 長い石階段の頂上に佇む、クインシー。 僕のボロ剣を出し、うやうやしく額に掲げた後、両膝をついて足元の石階段に置くと、傍らにいるハインリッヒに聞こえないように、欄干脇に潜んでいた僕に、小さく言った。
「 ・・いきますぞ、チャーリー殿・・! 」
何とでもしてくれ・・・
呪文を小さく唱える、クインシー。 次の瞬間、僕の視界が高くなった。 階下の群集たちが、狂気のように叫んでいる。
「 おおおっ! 現されたぞっ・・! 」
「 何という、不可思議な衣だ 」
「 あれが、メシヤ様か・・! 」
突然、ポンっと現れた僕に、群集たちは、かなり驚いたようだ。 最高のイリュージョンである。 やっぱ、クインシー爺さん・・ 僕の世界へ来て、一儲けしない?
僕は、広場に詰め掛けた物凄い数の群集を改めて目の当たりにし、かなりビビった。 当たり前の事だが、全員が、僕に注目している・・・! 一度に、こんな数の視線を集めた事は、生まれて初めてだ。 急速に胸の鼓動が高まり、心臓が破裂しそうである・・!
金縛りに遭ったように声を失い、唖然としている僕の目の前に、誰かが、影法師のように横から現れた。
( ハインリッヒ・・! )
放心状態のようになって座っていたが、僕の姿を見て、更に、無警戒で置いてあった剣を見とがめ、突如、逆襲に及んだのだ・・! 僕の足元に置いてあったボロ剣を掴み、叫んだ。
「 うつけ者が! 何が、メシヤだ! 成敗してくれるわっ! 」
( げええッ・・! )
予想だにしなかったハインリッヒの行動に、クインシーも、慌てて叫んだ。
「 なっ・・ 何をするか、ハインリッヒ! 」
ハインリッヒは、勝ち誇ったように、醜く歪んだ笑い顔で言った。
「 オレの勝ちだっ! 」
あまりの展開に声も無く、逃げ様にも、体が動かない僕。 ハインリッヒが、ボロ剣を抜く。 ・・が、抜けない。
「 ? 何だ? 抜けぬ・・! 」
また、刃こぼれが引っ掛かり、抜けないのだ。 何度も、執拗に引き抜こうとするハインリッヒ。 段々と、焦る表情・・! しかし、力任せに抜こうとすればするほど、刃は引っ掛かり、抜けない・・・!
事態を見守っていた群衆も、遠目に状況を理解したのか、ざわつき始めた。
固まったままの表情の僕は、そのまま、無表情にフカシた。
「 ・・・そなたには、抜けぬ。 邪悪な心では、剣は、言う事を聞き入れてはくれぬのだ 」
「 ・・・ 」
激上し、真っ赤になった顔で、僕を見つめるハインリッヒ。
僕は、勇気を出し、ゆっくりと石段を1段降りた。 剣を抜こうと構えたままの格好で、1段下がるハインリッヒ。 尚も1段降り、近付く僕。 ハインリッヒは、硬直した。 そのまま僕は、彼に近付き、ボロ剣の柄に手を掛けた・・! 固唾を呑んで見守るクインシーが、ゴクリと唾を飲み込む・・・
剣を、鞘ごと掴んだ、僕。
ハインリッヒは、子供のように怯え、震える手を剣から離した。 僕は、彼の顔の前に、剣を横向きにして持ち、気付かれないように、ちょっと捻りながら、ゆっくりと剣を抜いて見せた。
鈍く光る、抜き身・・・! その刃先の向こうには、血走った両目を見開き、怯えた表情で僕を見据えるハインリッヒの目・・!
狼狽し、ハインリッヒの体中が、ガタガタと振るえ始めた。
階下の群集から、大きなどよめきが沸き起こる。
「 おおお・・! 抜かれたぞっ! いとも簡単に・・! 」
「 メシヤ様の剣には、意志が宿っていらっしゃるのだ! 」
僕は、途中まで抜いた剣を、彼の目の前で勢い良く、バシンッ! と、鞘に収めた。 音に弾かれたように、ハインリッヒは、ビクッとし、やがて、ヘナヘナと石階段に座り込んでしまった。
17、聖なる光
アランソンとオルレアンが、ハインリッヒを拘束する。 全てを諦めたように、ハインリッヒは力無く両脇を抱えられ、バルコニーの奥へと引っ張られて行った。
クインシーは、大きなため息をつくと僕の脇に立ち、群集に手を振りながら小さく言った。
「 ・・見事じゃ、チャーリー殿・・! 貴殿は、本当に、救世主やもしれぬのう 」
群集からは、大きな歓声が沸き起こった。 救世主が手を振るのはおかしいので、僕は、にこやかな笑顔を作り、群集を見下ろしながら言った。
「 ・・・早く、幕を下ろそうぜ。 ナニが起きるか、分かったモンじゃない 」
「 御意 」
「 次は、何を? 」
「 サーラ様を、お呼び下され 」
「 了解 」
僕は、降りていた石段を登り、最上段に立つと再び、群集を振り返った。 大きく息を吸い、群集に呼び掛けるように発声した。
「 私を、異界より導いた、民の象徴『 ピュセル・サーラ 』、ここへ ! 」
群集の視線が、石階段下にいるサーラに、一斉に向けられた。 車の脇にいたサーラが、歩み出る。 メイスンが、槍に掲げた『 ラ・フルール・リーフ 』をサーラに渡すと、サーラは小さく頷き、槍を受け取った。 それを誇らしげに高々と掲げ、石段へと向かい始めた。
「 おお・・ 行かれるぞ・・! サーラ様が、メシヤ様の下へ行かれるぞっ・・! 」
「 サーラ様・・・! 」
群集からは、拍手が沸き起こった。
サーラは、メイスンを従え、長い石段を登り始めた。 他に、フルール・リーフを掲げている古参の者たちは、皆、涙に暮れているようだ。
「 ああ・・ サーラ様が、行かれる・・! あの日と同じだ・・! 我々の軍旗、フルール・リーフを掲げられた、気高くも美しい我々のサーラ様が・・ 再び、王宮の階段を登って行かれる・・! 奇跡の再来だっ・・・! 」
「 心が、洗われるようだ・・! 崇高な正義に燃えて戦った、あの頃に戻ったようだ・・・!ああ・・ 麗しのサーラ様・・・! 」
風に、緩やかになびく、ロイヤル・ブルーの御旗。 それをしっかりと掲げ、サーラが石階段を登って来る。 少し後には、メイスン。 そのまた少し後方には、衛士としてピエールとロベルトの姿が見える。
長い石階段を、半分ほど登った所に、左右に見晴らしが設けられていた。 そこで、ピエールとロベルトは、立ち止まった。 左右の見晴らしに立ち、先を行くサーラとメイスンを見送っている。 彼ら2人の手にも、フルール・リーフの掲げられた槍があった。 2人とも、顔をくしゃくしゃにして、涙に暮れているようだ。
石段を残す所、後少し・・・
メイスンは、そこで立ち止まり、石段に片膝をついて傅く。 後は、サーラ一人が登って来るようだ。
鳴り止まない拍手喝采の中、サーラは、僕より数段下まで登って来て、立ち止まった。クインシーがサーラに歩み寄り、御旗が掲げられた槍を受け取る。 サーラは、僕を見上げると、ロワール橋で見せたように、優雅にお辞儀をした後、傅いた。
クインシーは、御旗の付いた槍を片手に、僕の傍らに立つと、小さく言った。
「 サーラ様の頭に、お手お置き、何ぞ、一言・・・ 」
・・・何ぞ、かい・・・ 一曲、歌うか?
僕は、サーラに近寄り、頭を垂れる彼女の頭に、そっと手を置いた。 拍手に混じり、歓声が、徐々に沸き起こって来る。 それはやがて、城壁を振動させるかのような、大きな歓声に変わっていった。
サーラの頭から手を離し、群集を制するように、軽く手を上げる僕。 急速に、歓声は静まっていった。
・・・面白い・・・!
緊張が解け、僕は、のたまわった。
「 ピュセル・サーラ。 汝、汚れ無き心にて、我を導いた者なり。 願わくば、行く末、民たちと共に、その曇り無き眼で純朴を導き給え・・・ 」
また、ナニ言ってんのか、既に分からなくなって来た。 とりあえず、沈黙・・・
群集に、聞こえたかどうかは分からないが、プチ『 お言葉 』が、終了したと判断した群衆からは、再び、歓声が沸き起こった。
クインシーが、後方に控えていたアランソンとオルレアンに目配せする。 アランソンは、聖剣の納められた木箱を抱えて、バルコニーの最前列に出て来た。 群集の歓声が、どよめきにも似た声に変わる。
「 聖なる剣だ・・! 」
「 アレが、そうなのか 」
「 よぉ~く見ておけよ・・! この先、抜かれるのが拝めるのは、百年先かもしれねえからな 」
木箱のフタを開ける、アランソン。 オルレアンはフタを受け取ると、そのまま後退し、その場に傅いた。 アランソンは、開かれた木箱を両手に捧げ、僕の横に傅く。 静まる、群集。
・・・いよいよだ・・・! 黒コゲだけには、なりたくない。
聖剣は、クインシーが持っているような、鞘に金の飾り細工をあしらった、いかにもワケあり気な剣だ。 シルクのような、高級そうな布で内張りがしてある箱の中に鎮座していた・・・
僕は、ちらりと、クインシーを見やる。
『 大丈夫 』と、言うような表情で頷くクインシー。 この後に及んで、怖気付いてもムダであろう。
( ええい、ままよ・・! )
僕は、聖剣の柄を握った。
「 ・・・・・ 」
ビリビリッ、とは来なかった。 とりあえず、雷も落ちない。 クインシーの読みは、正解だったのだ。 助かった・・!
ズシリとした感触を手に、ホッとする僕。
( やったッ! 持てたぞッ・・! )
安堵した表情で、クインシーを見やる。 ふうう~~~・・ と、長いため息を尽くクインシー。
・・・その様子だと、アンタ、結構に不安だったのね・・・?
聖剣を縦に構え、群集に見せる。 おおお~~~・・ と、言うような歓声が起こった。
「 聖なる剣を、持たれたぞ・・! 」
「 異界におられる、王家の血筋の方、との証明だ。 やはり、ライメル朝は凄いぞ・・! 異界とも、つながりが、おありなのだ 」
歓喜する群集とは反対に、聖剣の姿を詳しく見た僕は、愕然とした。 何と、鞘からつながるフックのようなものが、柄にある穴に、鉄製と思われるリングで直結している・・!
( ・・・コレ、鞘を破壊しなきゃ、抜けないじゃん! )
クインシーは、何やらブツブツと唱え始めている。 もう、後は、クインシーに任せるしかない。
僕は、誇示するように、聖剣を構え続けた。
サーラの後で、傅いていたメイスンが、自分の聖剣を抜き、額に構える。 クインシーも、構えた。 アランソン、オルレアンは、自分たちもそうした方が良いと判断したのか、それに習った。 実際、この『 儀式 』の式次第など、誰も知らない事だ。 やったモン勝ちだろう。 いかにも、『 そうすべき 』と、言うような演出も兼ねている。 実際、術を行使するには、聖剣を構えなければならない。 特に、高度な術を試行する際には、尚更に必要なようである。 この場合、クインシーが術を行使するに、具合が良いと言う意味合いを含んでいる。
・・・とにかく、『 厳かな雰囲気 』は演出された。 群集の歓声が、徐々に治まっていく。 いよいよだ・・・!
クインシーが、声を上げて言った。
「 全霊なる、精霊の皆において、聖なる、戒めし者よ! 神の使いである証しを、聖なる剣を抜きせしめし、我らに見せよ! 」
・・・来たあぁーーーーっ!
抜けなかったら、シャレにならんぞ、クインシー爺さん・・! 何とか、トンズラこいて逃げれば、この場は良いかもしれんが、サーラの信頼は、地に落ちる。 おそらく、再生は不可能だろう。
『 イイのか? 』と言う表情で、僕はチラリと、クインシーに目配せした。 小さく頷く、クインシー。 既に、術は掛けたのだろうか・・・?
僕は、構えていた聖剣の鞘を、左手で掴み、剣を横にして、両手で持った。 いよいよ、『 聖なる剣 』を抜くのだ・・!
僕は、鞘のフックと、柄を直結しているブッ太い鉄のリングを見つめた。
( 抜けんわ・・! ぜって~、こんなん、抜けん! 物理的に無理だ・・! )
そう思いつつ、抜くしかない、僕。
目を瞑り、柄を握る右手に力を掛け、左右に引っ張るように、僕は『 聖なる剣 』を抜いた・・!
『 パシンッ! 』
音と共にリングが外れ、シャリン、と言う滑らかな音が、僕の耳に聞こえた。
( ぬ、抜けたっ・・? )
日に輝く、曇り無き刃。 あの、ブッ太い鉄製のリングが、『 C 』のように外れている・・!
「 おおお、抜かれた・・ 抜かれたぞっ・・! 」
「 メシヤ様だっ! 間違いなく、聖なる救世主様だっ! 」
「 メシヤ様、万歳ぁ~いッ! 」
群集から、雄叫びのような歓声が沸き起こる。
( ぬっ・・ 抜けたぁ~~~っ! 良かったぁ~、高科ぁ~・・・! )
次の瞬間、『 聖なる剣 』が輝き始めた。 青白い光を刃から放ち、やがてその光は、眩しいばかりの光の塊となった。 剣を持っている僕は、眩しくて直視出来ない。 僕は、怯む素振りを見せないよう、ビビりながらも『 聖なる剣 』を、群集に高々と立てて見せた。
・・・ハッキリ言って、怖い・・・!
花火をしていて、予想以上に火力がデカく、持っている手元まで火が迫って来る状況時に、心境は酷似している。 しかし、僕の心情とは裏腹に、狂喜乱舞する群集たち。
「 おおおっ! 聖なる光だっ! 」
「 素晴らしいっ! まるで、光の渦の中にいるようだ! 」
「 見られるオレたちは、世紀の瞬間に立ち会っているんだぞ! おおう・・ 何と言う、神々しい光・・! 」
僕の目の前で、傅いていたサーラも顔を上げ、『 世紀の光 』に感激している様子だ。 両手を胸で組み、感動の眼で、じっと見つめている。
やがて、アリウス皇帝たちもバルコニー脇まで出て来た。 群集の声を聞き、時機を判断したルネが連れて来たのだろう。
「 おおお・・! 聖なる剣が抜かれ、輝いておる! 伝説と同じだ! 我々は、世紀の瞬間に遭遇しておるのだ・・! 」
ワナワナと両手を胸の前で震わせ、アリウス皇帝は両膝をついた。 そのまま、ひれ伏す。その他、要人たちも皇帝にならい、跪いた。
「 なんて・・ 何て美しい光・・・! あれが、聖なる光なのですね 」
フェリス皇后も、感動に打ち震えているようだ。
・・・いつまで光ってんの? コレ・・・
聖なる剣を持ち続けながら、僕は思った。 最後に、イキナリ爆発でもしたら、シャレにもならない。 しかし、光は徐々に小さくなり、やがて、ボンヤリと発光している程度になった。
( そろそろ、のたまわる時かな? )
クインシーを見やる、僕。 小さく、クインシーは頷いて返した。
いよいよ、『 世紀のお言葉 』の時間だ。 え~、本日は晴天なり・・ から始めたら、イッキに暴動だな。 ・・・しかし、何て言って始めたら良いんだ?
( くそう・・! もう、どうにでもなれや! )
静まり返る城内・・・ 僕は、大きく息を吸うと、のたまわった。
18、世紀の言葉
「 全霊なる精霊の下において、天より遣わされた、大いなる意思を伝える! 」
僕は、フカシ100%、事実無根、天然由来成分なし、合成既成事実50%使用の、ワケ分からない『 原材料 』を基に、意気揚々と叫び始めた。
「 長らく、和平が続いたこの国において、騒乱せしめたるは、神の意志にもあらず。 統治は、ライメル朝にあり! 今すぐ、剣を収め、民らが安堵して暮らせるよう、治安回復を願うなり! 願わくば、アリウス・トゥル・ライメル! そなたに、全統治を一任する! 」
ごおお~っ、と言う、地響きにも似た群集の歓声が沸き起こった。
「 メシヤ様ぁ~! メシヤ様、万歳! 」
「 いいぞうっ! メシヤ様がアリウス陛下を、お認めになられた! 神の意思だ! 」
「 アリウス皇帝、万歳! 」
群集は、狂喜乱舞して喜んだ。 僕の言葉・・ 神の言葉を、大歓迎しているようである。
ひれ伏していたアリウス皇帝は、僕の言葉に、弾かれたように顔を上げたが、すぐにまた、ひれ伏した。
調子付いた僕は、民衆の声を制するように、軽く手を上げた。 歓声が、引き潮のように静まる。
・・・面白い・・・!
だが、ナニを言おう・・? ナニも考えず、雰囲気で手を上げてしまった。 流れ的には、もう一言、何かが欲しいところだが・・・
僕は、目の前で両手を胸で組み、ワクワクした目を輝かせているサーラを見やり、言った。
「 シーザ・ピュセル・サーラ・・ トロ・・ いや、トゥル・ライメル 」
途中、噛んだ。 いっぺんで、言えるかっつ~の。 こんな、長ったらしい名前・・!
「 そなたを、聖職者の列帳に加える。 以後、神と精霊を敬い、正しい精霊術士になられよ 」
再び、城壁を揺るがすような、群集の歓声。
サーラは、頭を垂れた。
僕は、群集の声に答えるように続けた。
「 マルタン・メイスンは、今後も、ピュセル・サーラの側を離れるでない! 警護隊としては、ピエール・ド・プーシェと、その副官、ロベルト。 そなたらに、その任の長を任せ、新たなる1個中隊をもって、ピュセル・サーラに仕えよ! 」
石段の途中で傅いたままのメイスンが、一度、僕の方を見る。 小さく笑うと、そのまま頭を垂れた。 見晴らしで立っていた、ピエールとロベルトたちは、クインシー辺りから、本当の事を知らされているはずだが、自分たちの名が呼ばれた事が意外だったのか、ぽか~んとしている。 しかし、体裁を繕う為、慌てて傅いた。
「 サーラ様が、聖列に加えられた! 」
「 我々のサーラ様が、晴れて再び、立派な地位に就かれた! 」
群集の熱気は、更に膨張し、最高潮に達した。 サッカーのサポーターも、ここまでは興奮しないだろう。
・・・もういいんじゃないか? この辺で、おいとまを・・・
そんな表情で、傍らにいるクインシーに目配せをする僕。 クインシーが、小さく頷いた。
「 聖なる剣を、お収め下さい 」
クインシーに言われるがままに、光り続ける聖剣を鞘に収める。 再び、パシンッ、と音がして、リングは鞘につながった。 解明出来んわ、ココの科学は・・・!
クインシーが、小さく言った。
「 民衆に、手を振って下され・・ 」
その後、ブツブツと何やら唱えている。 また、ハムスターに戻すのね? 今度は、蹴っ飛ばすなよ?
群集に向かって、軽く手を上げる僕。 次の瞬間、また視界が低くなり、クインシーの巨大な足が目の前に映った。
( やれやれ、また、爺さんのヒゲの中か・・・ あんま、イイ匂いがしないんだケドな、ココ )
クインシーの足を伝い、衣を引っ掴みながら駆け上がる。 僕は、もじゃもじゃのヒゲの中に、姿を隠した。
「 おお・・! 消えたぞっ! 」
「 異界へ戻られたのだ! 」
群集からは、ため息にも似た、どよめきが起こった・・・
その後、アリウス皇帝の粋な計らいで、広場に集まった民衆に対し、祝いの酒とパンが配られた。 皇帝自身も広場に降り、大勢の民と触れ合う。 皇帝が民衆と交わるのは、異例の交流だろう。 広場は夜遅くまで賑わった。
失脚したハインリッヒは、国家反逆罪に問われ、地位・領主は剥奪。 街から離れた、山奥の屋敷へと軟禁される事になった。
王宮を占拠していた兵には、武装解除が言い渡され、城は、平静と秩序を取り戻した・・・
「 チャーリー様。 この度は、本当にお世話になりました 」
爽やかな朝の光が部屋に降り注ぐ中、こざっぱりとした淡いブルーの衣を着たサーラが、紅茶のような飲み物をカップに注ぎながら、僕に言った。
高い天井のある居間・・・ 広い王宮庭園の一角にある小さな館の1室だ。 元々は、現王妃フェリス后の離れ屋敷だったそうである。 木立に囲まれた静かな館だ。 今回、特別に、フェリス后からサーラの住居に、と譲り受けたのだ。
「 何とか、無事に切り抜けれて良かったよ。 うまくいったモンだ 」
ハーブのような香りがする飲み物をもらい、一口飲みながら、僕は答えた。
小鳥のさえずりが聞こえ、窓の外には、良く手入れされた芝が一面に見える。 所々に設置してある石膏の白い彫刻がお洒落だ。 噴水もあり、小さいながら池もある。 メイドの人数こそ少ないが、建物の軒を連ねた所にあるレンガ造りの建物には、ピエール隊長を始めとする、サーラの警護隊『 フルール衛兵隊 』兵舎もあり、心強い。
僕の『 テキトーお言葉 』が効力を発揮し、サーラは再び、王宮敷地に住む事となった。メイスンも、この屋敷に部屋を持つ事になったが、クインシーは相変わらず、あの長屋に住んでいる。 本人は、あそこが気に入っているようだ。
サーラは、ソファーに腰掛けると、言った。
「 ・・もう、お戻りになられるのですか? 」
カップを、傍らにあったテーブルに置きながら、僕は答えた。
「 そうだね・・・ 『 降臨の日 』以来、2日も、お邪魔しちゃったからね。 僕の顔を覚えている連中に見つかると、ちょっとヤバイ。 そろそろ、戻してくんない? 」
「 ヤダ 」
・・・はい?
「 冗談ですよ。 もうすぐ、クインシーがこちらに来ます。 ハム・・ ター、でしたっけ? 小ネズミに戻してもらったら、デボラ先生の所へ参りましょう 」
笑いながら答える、サーラ。
実際、僕も、戻りたくなくなっていた。 でも、高科には、会いたいし・・・ 複雑な気持ちだ。
サーラは、真顔になって続けた。
「 私は・・・ これから、何を目標として行けば良いのでしょうか? 」
今や、民の象徴となったサーラ。 僕が堂々と、『 民の象徴 』などと言いながらサーラを石段の上に呼び寄せた事もあり、『 幻の王女 』と、ささやかれていた程度のサーラの知名度は、今や、国民的周知に至るところまで認知されている。 ただの精霊士候補生、だけでは済まない様相を呈していた。
僕は答えた。
「 この国では、精霊士である事がステイタスだ。 まずは3級を取り、2級を取って・・ ゆくゆくは、クインシーやメイスンのような立派な精霊士になる事だね 」
「 その後は? 」
「 得た能力を持って、貧しい階級層の人たちを助ける手伝いをしなよ。 広場に集まってくれた人たち、見たろ? サーラを応援してくれる人たちは、この国の半分以上を占める平民たちだ。 その多くは、貧しい・・・ 」
頷く、サーラ。 僕は続けた。
「 彼らが、幸せに暮らして行ける手助けをしなくちゃ。 何てったってサーラは、『 民の象徴 』なんだぜ? 」
小さく笑うと、サーラは答えた。
「 チャーリー様って・・ ホントに、お優しいのですね 」
「 照れるじゃねえか、ヤメてくれよ 」
再び、カップを手に取り、一口飲む、僕。
サーラは言った。
「 チャーリー様の世界では、皆、そのようにお優しいのですか? 」
・・・全然、違うと思う。 コッチの世界の人間の方が、はるかに純粋なような気がする・・・
僕は言った。
「 どんな世界にだって、悪人はいるさ。 大切なのは、悪人を更生させる状況の確保と秩序だ。 悪人だって、優しい人たちばかりが周りにいたら、優しくもなるさ。 生まれた時からの悪人なんて、いないんだからね 」
サーラは、クスッと笑うと、軽くお辞儀をしながら言った。
「 私への『 お言葉 』ですね。 有難う存じます。 肝に銘じ、精進致します 」
・・・僕は、いつから哲学者になったのだろう。 試験のヤマが外れ、呆けていた、ただの高校生だったのに・・・ 高科の前で、こんなセリフの1つでも、言ってみたいものだ・・・
扉をノックして、ピエールが居間に入って来た。 新しく、しつらえた甲冑を着ている。胸の鎧の真ん中に、剣とユリの花の彫刻入りだ。 白いフチ取りがある鮮やかなロイヤルブルーのマントの背中には、フルールリーフが金糸で刺繍してあり、中々に、キリッとしてカッコいい。 ピエールの表情も、誇らしげである。
「 チャーリー様。 クインシー殿が、おいでになられました 」
ほどなく、クインシーが居間に入って来た。
「 サーラ様ご機嫌、麗しゅうございます。 チャーリー殿も、先日は有難う存じました。 ・・・ほう、インゲン虫の、煎じ茶の香り・・ ウマそうですな 」
な・・ なななな、何? その、インゲン虫って・・! ハーブティーじゃないの? コレ・・・!
サーラが、ニコニコして答えた。
「 1杯、いかが? クインシー。 庭先に、太ったインゲン虫がいてね。 昨日のうちに潰して、天日干しにしておいたの 」
・・・ねえ、教えて。 そのインゲン虫って、どんなカッコしてるの? 僕的には、カブトムシの幼虫のようなイメージが・・・
ビミョーに、心臓の鼓動が早くなる。 サーラに、得体の知れない生物の姿を問いただしたく、聞こうと思ったが、その声を、僕は飲み込んだ。
・・・やっぱ、イイわ。 知らない方が、精神的に安定するような気がする・・・!
僕は、じっと、カップの中に残った薄茶色の『 液体 』を眺めていた。
19、また、どこかで・・・
気が付くと、僕はテント地のような、大きな布の上で寝ていた。
「 ・・・? 」
ココは、ドコだ?
状況が分からず、辺りをキョロキョロとうかがう。 格好は・・ ハムスターのままだ。
鼻をヒクヒクさせる。
・・・高科のニオイがする・・・!
起き上がり、歩こうとしたら、テント地の端から足を踏み外した。
「 わっ・・!、と 」
3メートルほど( 僕から見た高さ )落下した。 落ちた所は、これまた、大きな布の上のようだ。 薄い、ブルーのストライプ入りの、大きな布である。
( ・・・? )
両脇は、生暖かく、すべすべした柔らかい壁だ。 右を見ると、側溝のように、ずっと続いている。 左を見ると、今、乗っていたテント地が屋根のようになり、薄暗くなっていた。 奥は、行き止まりのようである。
本能的に、薄暗い所にメッチャ関心がある僕。 暗がりに導かれるように、僕は左方向へと進んだ。 かなり温かい場所である。
「 高科のニオイがする・・! 」
段々と、奥に行くに従い、その愛しいニオイは強くなった。
行き止まりまで来ると、かなり暗い。
「 温かいトコだな。 高科のニオイも強いし、最高な場所だぜ 」
僕は、行き止まりの壁に取り付き、鼻をヒクヒクさせて、壁のニオイを嗅いだ。 壁は、布製で柔らかく、押すと、プニョプニョしている。
「 チャーリー様ぁ~? 」
サーラの声が、後ろの方からした。
「 おう、ここだ 」
振り返ると、テントの屋根から顔を半分出し、こちらをのぞき込んでいるサーラがいた。
「 スカートの中に入り込んで、ナニしてらっしゃるんですかぁ~? 」
・・なっ、なにぃっ? ココは、スカートの中だとうっ? だだだだっ・・ 誰ンだ? 誰のスカートの中だっ・・?
僕は、先程の、薄いブルーのストライプ模様の記憶に気が付いた。 ・・・高科の、ベッドカバーの模様に、似てないか・・・?
僕は、取り付いていたプニョプニョしている『 壁 』を見つめ、ゴクリと、ツバを飲み込んだ。
( ・・・コレは・・・ 高科の・・・ )
どっ・・どぅわあぁ~~~ッ!
僕は、慌ててサーラの方に駆け寄った。 サーラが、右手を僕の目の前に差し出す。 僕は一目散に、その手に乗った。 かがんでいた姿勢を伸ばしたサーラ。 僕は、おそるおそる、サーラの指の間から下を見てみた。
・・・高科が、スヤスヤと寝入っている。
みみみ、み~み~・・ 見てしまった・・! しかも、知らずとは言え、ニオイまで嗅いでしまった! オー・マイ・ガッ・・!
「 なな・・ な、な~な~・・ ナンちゅうトコへ戻すんじゃ、こら! 俺を、心臓マヒで殺す気かっ! 」
怒りつつも、心臓バクバクに嬉しい僕。
サーラが言った。
「 とりあえず、同じ所に戻って来るんです 」
・・・生暖かい、あの感触・・・
僕は、未だドキドキしながら答えた。
「 すんげ~、プニョプニョで・・ い、いや・・ そんなコタぁ、もういい! とにかく、元に戻ったんだな? 浦島太郎のように、時が変わってねえだろうな? 」
目の前で高科が寝ているんだから、それは、あり得ないだろう。
サーラは答えた。
「 全く同じ時です。 また、時空を止めてますので、動けるのは私たちだけです 」
・・・んじゃ、もういっぺん、スカートの中へ・・ って、俺はヘンタイか!
傍らには、クインシーもいた。
「 チャーリー殿。 この度は、誠にお世話になった。 何と、お礼を申し上げたらよいか 」
今時の、女の子の部屋に、その黒いフード付きの衣・・ すっげ~、違和感があんだケド・・・
僕は、サーラの掌に乗ったまま、後ろ足で立ち上がり、鼻をヒクヒクさせながら答えた。
「 ま、何とか、お役に立てて良かったよ。 いい経験したかもな 」
クインシーは微笑むと、無言で、僕に一礼した。
サーラが言った。
「 これで、お別れですね・・・ 何だか、寂しゅうございます 」
つまらなさそうな表情のサーラに、僕は答えた。
「 時々、遊びにおいでよ。 ただし、もう救世主は、コリゴリだからな? 」
ソレを聞いたサーラの表情が、ぱあっと明るくなる。
「 本当ですか? じゃ、時々、お邪魔致しますね! 」
「 誰にも、見つからないように来るんだぞ? それと、早く2級を取れ。 やりっ放しでは、かなわん 」
「 はいっ! 」
元気に答える、サーラ。
こうして見ていると、茶目っ気たっぷりのサーラが、本当のサーラなのだろう。 王宮は、息が詰まる・・・ 王女としての威光も発揮しなければならないだろうし、民の象徴として、その言動も考慮しなくてはならない。 民と交わるようになって、本来の性格を自由に表わすようになったのではないのだろうか。
少し、僕は、サーラに同情した。
たまには、息抜き出来る場所があってもいい。 それが、異界であれば、尚更、何の問題もないだろう。 たまにだったら、僕にとっても面白そうだ。
クインシーが言った。
「 2級をお取り頂く前に、サーラ様には、まずは、3級をお取り頂かない事にはのう 」
・・・ごもっともです。
やがて、クインシーが、聖剣を取り出し、抜いた・・・
「 何してるの? 三原クン 」
懐かしい声に、ハッと我に返った。 初夏の日差しが降り注ぐ、学校近くの土手に座り込んでいる僕。 学生服を着ている。
( また、場面が変わったが・・ この状況は、どっかであったぞ・・・? )
僕は、声の方を振り返った。
「 ・・・高科・・・! 」
自転車に乗った、高科がいた。 緩やかな風にそよぐ髪を右手で押さえながら、微笑む高科。 セーラー服を着ている。
( 戻ったんだ・・! 元の時間に戻ったんだ! )
僕は立ち上がり、言った。
「 高科ぁ~! 会いたかったよぉ~! 」
「 どうしたの? さっきまで、教室にいたでしょ? 」
明るい笑顔で答える高科。
「 ・・え? あ、いや、その・・ 」
しどろもどろになる、僕。
高科の、屈託の無い笑顔とシンクロし、僕の脳裏には、プニョプニョとした、あの感触と魅惑の映像が、鮮明に甦った。 急激に、どうきが激しくなり、ナニを言っていいのか分からなくなって来てしまった。
僕は、テキトー( お得意 )かました。
「 じ、実は、演劇に興味があってさ・・久し振りに再会した友人は、何て言うかな~、なんちって、ははは・・! 」
( どはぁ~~っ・・! サイテーなフリだ、こりゃ。オレの顔の、ドコが演劇なんだよ )
当然、呆れた顔をされると思ったが、意外にも、高科は小首を傾げ、少し考えてから答えた。
「 う~ん・・ どうなんだろ? やっぱり、まずは、驚いた表情から入るんじゃないかしら? 」
「 そそ、そう思うか? 」
「 うん。あたし、従兄弟が演劇をやっていてね。 よく、練習に付き合わされるの。 結構、真剣入っててね、こっちも吊られて、世界に入っちゃう。 三原クン、演劇に興味があったんだ。 意外だなぁ・・・ 」
「 ま、ま・・ まあね 」
頭をかき、テレる、僕。
( サーラは・・? そこらへんに、いるんじゃないだろな? )
それとなく、辺りを見渡す。とりあえず、サーラの姿は見えなかった。
どうやら僕は、過去の時間に戻ったらしい。しかも、この状況は、サーラに初めて出会った時の、あの日だ。 懐かしい、愛しの高科が目の前にいる。 ああ・・ 会いたかったよ、高科ぁ~・・・!
高科は言った。
「 来週の日曜、その従兄弟が所属する劇団の公演があるのよ? 三原クン、興味があるなら、一緒に行かない? 」
( う、うおっ! 行きますっ! 連れてってくれぇ~! プチデートみたいなモンじゃねえか! ぜってー、行くっ! )
叫び出しそうな心境を、ぐっと押さえ、僕は言った。
「 そそそそ、そうだな・・ おっ、おっ、面白そうだね。 い、い、行こうかな? 」
「 行こうよ、行こうよ! ねっ? 」
嬉しそうに言う、高科。
「 う、う・・ うん、行こうか 」
僕は、足元にあった穴に気が付いた。 何かが、動いた。 ・・どうやら、カエルのようだ。 僕は言った。
「 あ、ネズミ! 」
「 え? どこ、どこ? 」
高科が、興味津々でのぞき込む。この辺りの高科の行動は、やはり、異界へ行く前と同じだ。 ならば、大体の予想が立てられる。
僕は、カマを掛けるつもりで言った。
「 ネズミは、本来、夜行性なんだけどな・・・ 」
「 へえ~、三原クン、詳しいのね 」
「 ま、まあね。 実は、ハムスターを飼ってみたいんだ。 ゴールデンってヤツ。 色は、白くてさ・・ 背中から腰の辺りにかけて、薄い茶色の斑模様のヤツ・・! 」
高科は、目を丸くして答えた。
「 ・・あたし・・ 全く、同じのを飼っているのよ? ゴールデン! 名前は、チャーリーって言うの 」
僕は、トボケて言った。
「 へえ~、そうなんだ。 可愛いよな~? 」
同調し、高科は嬉しそうに答えた。
「 そうそうっ! もぉ~う、すっごい可愛いんだからぁ~! あ、エサを買っていかなくちゃ! 三原クン・・ 見に来る? 」
( 来たーッ! 待ってましたよッ! 行かないでか! )
僕は、飛び上がるような嬉しさを押さえ、平静を装いながら答えた。
「 う~ん、そ、そうだな。 いいい、い、行こうかな? 」
「 おいでよ、おいでよっ! チャーリー、すっごく可愛いのよっ? 」
僕の腕を引っ張り、嬉しそうな高科。 輝く高科の瞳に、僕は、サーラの澄んだ瞳を思い出した。
・・・城下に潜入したり、剣を持ったり・・・ あの、ドキドキの『 経験 』は、夢だったのだろうか? いや・・ 異界や、高科の部屋の記憶があるのだから、それは無いだろう。 僕の知らないドコかに、あの国はあり、サーラやクインシー、メイスンたちは暮らしているのだ。
無邪気に笑う高科の笑顔を見つめ、僕は思った。
( 平和に暮らすんだぞ、サーラ・・! )
頬を撫でる初夏の風に、僕は、サーラの髪の感触を感じた。
『 清楚な方ですね、チャーリー様 』
そんな、サーラの声が聞こえたような気がした。
( まあな・・・ )
誰ともなく、心で答える、僕。
高科の手入れされた髪に、初夏の眩しい日差しが、輪になって輝いていた・・・
〔異世界のチャーリー 完〕
この作品について、少し・・・
基本は、冒険活劇の構成ですが、後半、『旗』についてこだわってみました。
中世ヨーロッパでも、日本でも、旗は歴史上、重要な役割を持っています。 その多くは、家系を印したもの。ヨーロッパの場合、結婚などで家系がつながると、元々あった家紋に、新たに入った相手の家紋を加えていった歴史があります。 大きな盾の中に動物や植物・鍵などの静物、模様など、様々な家紋が描かれているのをよく目にします。 家系図のような役割も果たし、一目で、おおよその系図が分かるようになっています。 更には、本家筋・父親・母親などの旗があり、フランスなどのように、使用する色について、階級層に関わる規制があった国もありました。
日本では最近、『 日の丸 』についての風当たりが強いようですが、一国民が団結し、意思を共有出来る国旗は、あっても良いと私は思います。 日のについては、様々な意見があるかと思いますが、私はスキですね。 だって、シンプルですから。
作品では、混乱した政治不安の中、かつて、国を統一した際のシンボルとしてあった1枚の御旗を通し、崇高・純粋な意思を甦らすところに、ストーリーの基本構成を立てました。 ある意味、背景的なテーマですが、本当のテーマは、主人公の心情に迫る事。 読まれた方が、少しでも感情移入して頂けたら幸いです。
最近、アマチュア作家の方の作品には、テーマのない作品が多くなったように思います。
「こんなキャラ、出したい」、「こんなシーン、書きたい」、「こんな展開にしたい」
これは『願望』であり、テーマではないと思います。 テーマが存在するのであれば、一番に描きたいのはラストシーンのはず。 第50章・150章などと、異常に長い作品を良く見かけますが、おそらくテーマが無いか、希薄・・ もしくは、複数のテーマが存在するのでしょう。 ラストシーンが書けない理由は、そこにあります。 しかし、今時は、もっとラフに創作するのもアリなのかもしれませんね。
風景描写があり、状況描写で進み、心理描写で理解・納得する・・・ そして、適度なボリュームの会話文があれば、小説は誰にだって書けます。 その中に、訴えかけるテーマがあれば、魅力的な作品が出来上がる・・・ 私は、そう考えています。 あえてテーマがなくても良いのは、推理小説だったりして・・・
ついつい、いつも生徒に講義しているような内容になってしまいました。 エラソーな事を言っていても、人並み程度の文才の私では、メジャーデビューは遠いです。 凡人は凡人らしく、努力あるのみ。 原作は、いくらでも草稿出来るのですがね~・・・
また、お付き合い下さいね☆
夏川 俊
異世界のチャーリー
あまりに自由に創作が出来る『 ファンタジー 』。 それ故、あまり書きません。
この作品は、唯一、ファンタジーのカテゴリで創作したものです。 おそらく、今後も書かないかと・・・
知り合いからは、「 書け 」と言われますが、どうも・・ ね。
『 原作者 』志望なので、ストーリーは山ほどありますが、カタチにするには、まだまだ時期早々。
応援、宜しくお願い致します☆