納涼にどうぞ

貴方が意識すればそこに現れてきます。

私の身に起きた出来事を話すことで、この猛暑の日々のひとときを少しでも涼しくできたら良いのですが、残念ながら私にはそこまでの高等な口述は備えていません。
 ですが、語る最中で幾分か、あなた自身が身を以て体験できうる可能性がある方法を述べていきたいと思います。


 ―13階の建物でした。


 お盆も近くなったこの時分。特に舞い降りてくる頻度が上がるのでしょう。日常の節々にちょっとしたところにいつもより垣間見えてしまいます。
 お盆というのも不思議なもので、なぜ猛暑の時期にあるのでしょうね。昔の人々は分かってらっしゃった。その起源を遡れば、何かヒントが掴めるのかもしれませんが、それは後日にまた。


 ―そこはホテルの階段のようでした。


 夏になると、やはりお祭りに始まり、海や渓谷の水場や森林での風涼み。そしてお化け屋敷に足がいってしまうのもまた人情というものです。
 風鈴の涼やかな音が綺麗に隠してしまいます。昔から溺れそうも無いところで水難事故が起きれば、謎めいたことが囁かれていました。夜の川には近づくな、カッパに引き込まれるぞということもその一つでしょう。
 お祭りは、淡く怪しい月明かりと提灯に囲まれた出店が並ぶ神社で、浴衣が行き交う。神社というものは「鎮守の森(御嶽)」として全体が森に覆われてあるものです。だから、提灯の明かりから神社の影へゆけば、しんと静まり返った暗闇が広がります。そこで神隠しも珍しくない。


 ―僕は駆け上がりながら、助けようと急いでいました。


 お祭りはたいていお盆と重なります。年に一度ご先祖様が郷土に帰ってくるというのですから。しかし良い霊ばかりが集まるわけではありませんよね。そこには悪戯好きならまだしも、怨念や恨みを抱いたままの悪霊もいます。


 ―友達の泊まっている部屋に向かって。


 丑三つ時。この刻が一番集まるのはご存知の通り。
 もしあなたがクーラーも要らずに冷やしたいのなら、どうぞ。
 あなたの慣れ親しむ日常生活のなかで、ここでこんなことが起きたら恐ろしいと思うことは何ですか?


 ―その部屋は使ってはならないと暗黙の了解として知られていたのです。


 今あなたが思い浮かべたこと、それを持っていてください。
 夜中のトイレですか。お風呂ですか。部屋の片隅のテレビですか。今このときの背後ですか。寝床の枠の外側からですか。それともよく通る道ですか・・・。


 ―僕は思い出していました。「あなたが思い浮かべた事で一時でもそれを望み、丑三つ時にそれを行えば何かしらが起きる」と言われたことを。


 あなたが思い浮かべた情景を持ったまま、いいえ忘れても構いませんが、日常の生活を普通に過ごしてください。そのような時はすんなりと事は運びます。道を進もうが、信号に一度もかからずにすんなりと足を運べるように。


 ―彼は信じない性格でした。だからこちらの鼻をへし折ってやろうと行動に移したのです。ホテルの従業員はその部屋の事を知っていたのに、他の部屋はすべて埋まっているからと、すんなりその部屋の鍵を渡したそうです。


 「リング」が流行りました。井戸からテレビから這い出てくる貞子が、色んなところで話題になり使われました。俯いた顔に長い黒髪が垂れ下がり、覗き見える蒼白な皮膚。干涸びたような細い指の手を掲げてゆっくり迫りくる姿が印象的でした。


 ―もう時刻は丑三つ時。僕は阻止しようとする側のせいか、エレベーターがなかなか降りてこなかった。だから待ちきれずに階段を駆け上がってきた。けれどなぜか息もあがらず全く疲れも感じていませんでした。


 貞子にしても「呪怨」にしても、目は底なしのように真っ暗だった気がします。流れ目が、襲うときになると見開かれ、蒼白な肌がその漆黒の目をより際立たせていました。張り付いた長い黒髪とその目が呼応してたように思います。


 ―彼が泊まっている例の部屋の前につきました。13035番。特にこの部屋で囁かれていたことは、浴室が関係していました。ホテルという事もあり、体を流すのも遅い時刻になる。そこで事が起きるという伝えでした。


 ホラー映画などは一回はその現場などを主人公が見てしまうのです。正体は分からずとも至極近いところで免れたり、身近な人が巻き込まれて、消息がつかなかったりと。


 ―僕はドアベルを鳴らすことも省き、取ってに手をかけました。彼は独り住まいの部屋ではいつも鍵をかけているのに、すっと扉を開ける事ができました。部屋の明かりは間接照明以外、扉近くの浴室から淡く漏れているだけしかありません。僕はおそるおそる浴室の戸を静かに開けました。ユニットタイプの狭いものだとばかり思っていましたが、脱衣場と湯船に別れていました。


 そして最後はその正体と対峙してしまいます。なぜか人は恐ろしいものと分かっていても何かに惹き付けられるかのように追ってしまうんです。主人公は命からがら逃れますが、結局解決にはいたらない。その余韻がホラーの醍醐味の一つでしょう。


 ―脱衣場には彼の服が、そしてガラス戸の向こうからは、シャワーと流れる水の音が聞こえる。少しだけ開け中を覗き確かめるも、湯気で全く視界が利かない。山中の深い霧に覆われているかのように、空間がよく掴めない。するとざばぁっと湯船からたち上がる音が微かに聞こえ、少し安心しました。彼はただ湯船に使って見えなかっただけなのだと。

 けれどだんだん見えてきた人影に違和感を感じました。そんなに距離があるのかと思うほど、影は次第に大きくなっても、いっこうにそのものが見えない。近づいている感じがしなかったのです。僕はとっさに脱衣所の壁の隅に、へばりつくように身を潜めてました。なぜだかははっきりしないけれど、そうせざるを得なかった。

 ほんの数秒が何十分にも感じられた。少しだけ開かれたガラス戸からは、湯気がゆっくりと立ちこめてきていた。その霧のような湯気から、すうっと白い手が格子を掴むように忍び出てきました。僕は息もわすれ、強く壁に背を当て続けました。その次には長い黒髪が肌に張り付いた蒼白な肌の顔が蛇のように現れました。

 その流れ目の瞳は、黒髪よりも漆黒で、ゆっくりと僕を捉えました・・・。


 そうホラーというものは、求心力だと思います。あなたが望んで丑三つ時にテレビを眺めれば、砂嵐になって何かが起きるかもしれない。シャンプーや洗顔のときいないと確信できますか。寝床の外側に手足を出せば厭な感じが起きた事はありませんか。誰もいない部屋に、ふと注意を向ければ振り向きたくないのはどうしてでしょうか。
 お盆は、その造影をより強く反映する事ができる、反映されてしてしまう時期なんでしょう。



 ※しかし居ないはずの面影は追うことは止めてください。無いはずの空間が生まれ、そこに導かれ、引きずり込まれますから。それがよく知った街中でも。

納涼にどうぞ

納涼にどうぞ

真夏。 涼しさを求めていろんな方法が探される。その一つにホラーがある。 それをお話しすることで、納涼になれば幸いです。 そう語り口が進みます。 その合間に、”僕”の体験談がとぎれとぎれにはさんで進んでいきます。 よく出るというホテルへ、友人は周りの鼻を折ってやろうと出向いてしまったのです。 阻止するために”僕”は階段を走り、そのホテルの部屋へと向かいます。そして向かった浴室にで、”僕”は体験してしまいます。 ホラーという求心力を人は覗いてしまうのです。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-21

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