~時の足跡~ 6章~10章

6章 ~逃避~


サチは仕事を終えて部屋へ帰ると、いつものように窓からの景色を画き始めてた、
その後ろ姿がなぜか絵になって、サチの未来の姿を描いてみたらそれが頭に中で現実化したように浮かんできた、
そしたらつい可笑しくなって笑みが零れた。

そんなうちの笑みに気づいたのか、サチが、
「どうしたの急に笑ったりして~?わたし何か可笑しかった~?」って少し不機嫌な顔になってた、
聞こえてしまった笑いに、慌てて口を押さえながら、
「違うの、サチを笑ったんじゃないのよ~?色んな事想像してたら可笑しくなってつい、ごめんね?サチが可笑しかった訳じゃないの
だから気にしないで書くの続けて?」って言うとサチは、「あっそうなんだ!」そう言ってサチはまた絵に夢中になってた。

そっけない返事で、そっぽ向いてしまったサチ、でもそんなサチは、出会った頃のままで変わらない、
初めて出会った頃のサチは、いつでも何か考え事しているかと思うと一人画きものに夢中になってた誰かに話しかけることも
無かったように思う、でもいつだって笑顔は絶やさなかった誰にでも、そんなサチがうちには少し羨ましい気もしてた、
あの日から・・・、
窓から心地いい風が吹いて、窓に顔を乗り出してうちは空を眺めてた、その時だったサチから、
「ねえ~よかったら一緒に、山に行ってみない?」って初めて声を掛けられて、思いがけない誘いに、思わずサチの手を取って
「ええ、ほんと~?嬉しい~でもあたしでいいの~?」って聞くとサチは、
「もちろんよ!行ってくれるの?よかった~それじゃ~行こう~、ね?」そう言って喜んでた、
その時までうちには、友達と呼べる人なんていなかった、学校に行き出したって言ってもお兄ちゃんはあまりいい顔なんて
してくれなかったし、登校出来るのなんて少なかったから、話し相手を見つける事も知らずにいたように思う、
だからあの時はサチからの誘いはなにより嬉しくて好く覚えてる、

学校の帰りに二人で山の奥まで歩いて、森のような山の奥にある大木がやっと見えてきた時、サチはうちの手を取って、
「行こう~カナ?」ってサチに言われて、うちが「うん!」て言ったら二人走り出してた、
やっと辿りついた時サチは、うちの顔を見て、
「これからも友達だよねカナ?よろしくね?」って、うちのこと友達って言って手を握ってくれた、
その言葉に、思わずうちは大きく頷いて、
「うん、ありがと?あたしこそよろしく?」って、言いながらふたり手を握り締めて飛び跳ねて笑いだしてた、
それからのサチは仲良くしてるアヤにうちを引き合わせてくれて、気がついたらいつの間にか三人が何をするのも一緒にいたように思う、

今思うとあの頃からサチは絵を描きはじめたのかな、いつも小脇にノートを抱えてた、
サチが何処に行っても立ち止ると長かったように思う、でもアヤはそんなサチの傍から離れようとはしなかった、

アヤにとってサチは一番の友達だったのかもしれない、そんな二人はいつでも一緒だった、その頃からかな~うちにとっては、
みんなで山に登るのが唯一の楽しみになってた

サチは山へ行くと木に登ったまま中々降りて来ない事がよくあった、声をかけても中々返事が返ってこなくて焦れた事も、
そんなサチにアヤはよくサチに文句言いだして、あげく言い合いになってた、それでもすぐに収まって笑いあって仲良くなって、
気がつくとサチはまた何かに夢中になって・・、サチは自分が思うままに思った事を言葉にして伝えてたなって、今なら分かる、

サチはあの時のサチのまま今も変わらない、底抜けな明るさで笑いかけてくれたサチの笑顔も、うちに友達だって言ってくれた事。
不意に思いだしたサチと遊んでた頃の思い出、いつまでもサチと手を繋いでいたいって思う、(ずっと友達だよね・・)
そんな事考えながらいたら、これから先の事が頭を過ぎって不安に胸が痛くなった。

日毎に寒さも増してきた此処最近は、中々部屋の中の気温も上がってくれなくて冷え冷えとした部屋の中、二人で一緒に毛布に包まりながら
寒さをしのいでた、いつもなら窓を開けてスケッチしてるサチも寒さには勝てなくて毛布に包まったままだった、そんな時サチが、

「ねえ~カナ、やっぱり毛布だけじゃ寒いよね~?なんかこのままだと冬越せない気がするんだけど~そう思わない?」って聞かれて

「ああうん~、そうだよね、寒いのはちょっと辛いね~!ストーブでもあるといいんだけど・・」って言ったらサチが、

「そう、そうよ~だからさ~ねえ、今度のお休み、ストーブ見つけに行かない?」そう言って毛布から飛び出してきて
うちの顔を覗きこんで手を握り締めてた、うちは身動きできずサチの勢いに負けて、
「ああ~いいよ?そうだね~そうしよっか~ね?」て言うとサチは
「好かった~よし!決りだね」そう言って嬉しそうにまた毛布に潜り込んでた、
うちは呆気にとられたけど、サチの思いつきも悪くないかなって思えたら、毛布の中で笑がこみ上げるのを堪えてた。

やっと迎えた休日、サチと隣街へと繰り出した、街はそんなに大きくはないけど、それなりに揃ってて、サチと二人色々見て楽しんだ、
時々サチはふいに立ち止って、
「ねえねえ、カナ~これかわいい~ねえ~二人でお揃いの買わない?ねえねえ、いいと思わない?」
そう言っては、一軒に留まらず見るものに時間がかかってしまった、それからやっと探し回って少し小さいけど二人にはちょうどいい
ストーブを見つけた、その時ほっとしたのかサチが、
「やっと暖かい部屋で過ごせるね?」そう言ってサチの顔から満面の笑みが零れてた。

それから買い物を済ませて寮へと向かった。
その頃にはすっかり陽も沈み掛けて、吐く息も白く目立って、うち達は少し足早になって歩き出してやっと寮を前にした時、
ふと見えた先に思いもしなかったお兄ちゃんの姿が見えた。

うちは足がすくんで動けなくなってしまったら、サチが
「カナ?どうしたの?大丈夫~?」サチに聞かれてうちは、今まで迷ってきた想いが弾けたようで、
「あ~うん、サチ?あのね、あたしここを出て行こうと思う・・」

「ええ!カナ~?そんな急に、どうして~!」そう言いかけてサチは黙ってしまった、うちは

「ごめんね、でも思いつきで言ってる訳じゃないの、ずっと考えてた、でも今、ここにお兄ちゃんが来たの見て決心がついたの、ごめんサチ・・」
って言うとサチはお兄ちゃんに気づいて驚いたようで黙りこんでしまった
うち達は木の影に隠れて、草の上に素割り込んで待った、ただお兄ちゃんが帰るのを・・・。

やっと部屋へ帰ってきた時には、身体中が冷えてきって、うちが震えていたらサチは、買ってきたストーブを
取りだして部屋を暖めてくれた、部屋が温かくなった頃に、サチは、「カナ~わたしも一緒に出る!」って言った、

うちは驚きと戸惑いが交差して、
「サチ~それは駄目だよ、サチは目的があってここへ来たんでしょ?サチとずっと居られないのは辛いけど、あたしの為にサチと
出る事なんて出来ないよ!ごめん」って言ったらサチは、
「分かった!だけど今すぐじゃないよね?」ってサチは目に涙を溜めてうちの手を握り締めた、
そんなサチにこれ以上何も言えなくて、うちはただ頷くしかなかった。

でもその夜、中々眠れなくて、まだ寝静まった夜明けに、次第に開けてく空を眺めながら、まだ迷ってる、サチにはまだ居るって頷いて
しまったけど、どうしても不安が拭い切れなかった、
まだ眠っていてるサチを見てるとずっと一緒にいたいって思う、でもこのまま居たら別れがもっと辛くなる、そんな気がして、
迷って考えて、色々考えてく内に、やっぱりサチには黙って出て行くと決めた、
それからは、考える事を辞めて荷物をまとめそっと部屋を出た、でもサチの想いを考えると気持ちが折れてしまいそうな気がして
うちはサチに手紙を残した・・。

サチはいつだってあたしのこと心配してくれて、サチと居た一年は楽しかったよ幸せだった、ありがとう・・・、
サチに面と向かって言えそうにないから、だからこのまま黙って行くね、ごめんね、
いままでありがとうサチ、ずっと友達でいようね、絶対また会いに行くから、だからさよならは言わない事にするね、
サチの夢、叶う事願ってます。    大好きなサチへ・・。


うちは朝一番の電車に乗り込んだ、
何度もサチの顔が頭をかすめて、窓から差し込んでくる朝焼けがいつになく目に浸みて涙が零れた。

( サチ~ごめんね、それから今までありがとう・・・。)

7章 ~戸惑い~


冷たい風が、頬をすり抜けて、泣いてるって気づいたら、もう振り向くことも出来なかった、いつだって
うちの味方でいてくれたサチに、別れも告げずに、朝の電車に乗り込んだ、電車の窓から差し込む朝焼けが眩しくて、
ただ通り過ぎて行く景色を眺めた・・、いつか笑って逢いに行けるって信じてる、きっと逢いに行くから、募る思いに、
うちは涙が溢れそうになって、泣きたくなるのを空を仰いで堪えた・・・。

行く宛なんて無い、ただ遠くへ、そう思った、走り出した電車は、三時間かけて見知らぬ街、終着駅に着いた・・、
街に出ると、行き交う人は、まばらだけど、サチと居た町に比べたら、幾つもの店が連なって、旅館が何軒か目についた、
駅前はいくらか広くて、所々置かれたベンチには、男女のカップルが坐っておしゃべりしてる、

行くあてが決ってる訳でもないうちは、とりあえず、空いてたベンチに腰を下ろした・・、
まずは、居場所を探すしかないって思いながら、街を眺めてたら、不安と心細さが入り混じりだして、ため息が漏れた・・、
そんなうちの隣に、男の人が腰を下ろすと、うちに声をかけてきた・・、

「あの~失礼だけど君~、見たところ、この街の人じゃないですよね~?もしかして仕事を探しに来たのかな~?あの、どう?
好かったら、うちで働いてみませんか?」って聞かれてうちは、気持ちが少し揺らいだ・・、
行く宛のないうちにとって何よりの誘いだったから、でも、
「あ~はい、でも近くに友達が居ますから・・」って言ってしまった、すると彼は、

「あ~そうですか~?あっ突然に声をかけて、怪しまないでくださいね?私、この街で旅館を営んでるものなんですけど、
今人手不足なもので、いろんな方に声をかけているんです、でも中々来て貰えなくてね・・」って言った、
うちは、少し気になって、
「あの~、旅館ってこの近くなんですか~?」って聞いたら、彼は笑顔を見せて、

「あっはい~、この先にある煙突が立つ旅館なんですけど、店の名前は「雅」って言います、来て貰えれば、すぐ分かりますよ?
是非来て見てください・・」て、店の名前まで教えてくれた、(まだ行くっていってないんだけど~)って思った、でも、

「あっはい、あの、今すぐには、行けませんけど、後で寄らせて貰いますね、いいですか~?」って言ったら彼は満面の笑みを浮かべて、
「ほんとですか~?願っても無いです、是非いらしてください、私、佐川と言います、それで~貴方のお名前、宜しかったら、
教えて貰ってもいいですか?」って聞かれて、咄嗟にほんとの名前を言いそうになったけど・・、うちは、

「あたし、亜紀です、杉本亜紀って言います・・」って作った名前を名乗った、すると彼は、

「ありがとうございます、杉本さんですね?分かりました、来られた時は、私の名前を言って貰えれば分かりますので、店のものには
伝えておきます、是非来てください、でわお待ちしてます・・」そう言ってお辞儀をすると、行ってしまった・・。

これでほんとに好かったのか、少し不安は残ったけど、でもお財布の中身も残り少なくて行くあても無いのだから、これでいいんだって、
今はそう自分に言い聞かせた・・。

それから、うちは少し街の中を歩いて見る事にした、少しでもこの街を知っておきたかったから、
空はもうすっかり陽が落ちて、街には明かりが灯り始めた、その頃になると、行き交う人も増えてきて、良く見て行くと、
この街のいたるところに旅館が、幾つもあってうちは驚いた、その時思ったのは佐川さんの旅館、こんなに旅館が立ち並んで居るから、
人手不足になるのも仕方ないのかなって、何となく理解出来たように思えた・・。

一通りの街を見終えた後、佐川さんの旅館を尋ねることにして、教えてくれた煙突のある場所へと向かった・・、
そして辿りついた旅館を目の前にしてうちは、驚いた・・、想像してた以上に遥かに大きな旅館・・(うそ・・どうして・・)って思った、
うちには、どう見ても不釣り合いだって思えたら足がすくんでた、来て好かったのかなって、動けずにいたら、そんなうちに気づいたのか
旅館の人が出てきてしまった、(あぁ~どうしよう・・)って思ってたら、

「あの~あなた、もしかして佐川さんが言ってた方かしら?杉本さん?」って聞かれて、「あ~、はい・・」って言い終わらない内に、
「そうっあっちょっと待ってて、呼んで来るから、ね?中に入ってて~」
って言って急ぎ足で中へ入ってしまった。(中に入っててって言われても・・)そう思いながら・・、

うちは自分の胸の鼓動が頭の中まで鳴り響いて、思わず息を止めた、それからしばらくして、旅館の方から佐川さんの声が聞こえてきた、
佐川さんは、
「あ~杉本さん?来てくれたんですね~?良く来てくれました~!実を言うとほんとに来て貰えるか少し不安だったんですよ、
でも好かった~、さあ、どうぞ?」って言われて中へ案内された・・、
そして部屋に通されて、椅子に坐るように勧められて、うちが言われるままに坐ると佐川さんは、
「杉本さんは、住み込みできますか?出来れば住み込みで働いて貰えると助かるんですけど、この仕事は・・」独り一気に話しを進めた・・、
うちは、(まだ働くって言ってないのに・・)って内心ぼやいた・・。

そんなうちの心の内に気づいたのかのように、佐川さんは・・、
「あ~すみません、独り話し勧めてしまって、どうですか、この仕事やってみませんか?住むところは、すぐ用意できますよ?
是非働いて貰えると、私も助かるんです、どうです?」

そう言ってうちの顔を覗き込んできた、うちは
「あの~あたし、こういう仕事は初めてなんですけど・・」って言ったら、「大丈夫ですよ!」って言いて、軽く押しのけられた・・、
そんな佐川さんに押しに押されて、返す言葉も無くして、働く事に決った・・。

その後、もう決ってたかのように佐川さんの行動は早かった、うちは早速と言われて寮に案内されて、旅館の裏に建つアパートの
一階の一室を与えて貰うことになった。
成り行きで来てしまったけど、こんなに早く居場所が決って、自分でも驚きと少し不安が入り混じって、決った今になって戸惑ってた。

これから住む事になった部屋は、六っ畳一間・・、うちの荷物と言えば・・・、取りあえずの物だけ詰め込んできたバック一つだけ、
中に入ってるものと言えば、サチがうちにって自分の服の中から、うちに合う物って選んで譲ってくれた、ズボンにセーター、
それから、自分で働いて初めてのお給料で買った、サチとお揃いのシャツと、ジャケット、それはうちにとっての宝物、それくらいかな、
そんなうちにとっては六畳一間の部屋も広すぎる気がする・・。

翌朝からうちは働き始めた、何も分からないまま始めた旅館の仕事は、うちにゆとりを与えてはくれなかった・・、
お客の接待と、食事の配膳まで、うちにはゆとり一つ持てない、それでも、気が抜けなくて、こなしていくのに必死になってた・・。

無我夢中で働きだして、一周間が過ぎた頃、うちは同じ働く仲居さんの一人から声を掛けられた、
「ねえ~?貴方、亜紀さん?あたし春って言うの、宜しくね?春って呼んで貰って構わないから、春と亜紀、なんかいいわね~、季節想わせて
いいじゃない?ね~?貴方、この仕事は初めてって聞いてたけど、結構、筋がいいわよ~?頑張ってね?分からない事があったら、
なんでも聞いて?仲良くやりましょうよ?ね~亜紀さん?!」って言われた、

突然で驚いたけど、馴染めそうな人で、うちは、
「はい!ありがとうございます、宜しくお願いします・・」って頭をさげたら、春さんに、

「そんなに改まった挨拶はいいのよ~?春って呼んでよ、ね?あまり根詰めて頑張らなくていいのよ~?亜紀さんなら大丈夫だからさ?
気楽にやっていこうよ?ね!」って言って、仕事に戻って行った・・、

春さんとの出会いは、今まで張り詰めてた気持ちを和らげてくれて、気が楽になれた、それからのうちは、春さんの下で仕事を覚えた・・、
お客の接待から、配膳の仕方まで、うちに丁寧に教えてくれた、
春さんは、いつもニコニコ相手をしてくれて、此処へ来てからの初めての友達ができた気がして、嬉しくなった・・。

一か月が過ぎて、うちが一通り覚えた頃に、春さんが、
「亜紀ちゃんは覚えが早くて助かるわ~それにもう独りでも十分大丈夫ね?亜紀ちゃんこの調子で頑張って?無理はしなくていいからさ、
頼むわよ?・・」って言いながら笑顔を見せてた・・、

そう言ってくれた春さんが、一周間が過ぎた頃から、何処にも姿を見せ無くなってた、それでもそのうちに顔を見せてくれると信じてた、
だから毎日のように、春さんの姿を探した、諦められなかった・・、此処に来てからの初めてできた友達だったから・・・、
でもある日、店の仲居さん同士の話しの中で、うちは聞いた・・、

春さんが辞めてしまってた事・・、随分前から辞めるのは決ってたって事も・・、うちは何も知らずに来た・・、まだいっぱい教えてほしかった・・、
色んな話しも、したかった、うちに気さくに話してくれて、笑い合って、他の人と違って、仲間はずれにはしなかった春さん・・・、
気づいたら、又うちは独りになってた・・、

独りは慣れてるつもりだった、部屋に帰って独りになったら、涙が溢れてた、春さんに、ありがとうも言ってないのに・・、
ずっと一緒に居られるって、やって行けるって思ってたのに・・、何処か遣り切れない想いは苦しくて、
部屋の窓から空を見上げて、(春さ~ん!今までありがと~)って心に叫んだ、そしたら、また涙が零れてた・・。

8章 ~雨宿り~


ふわふわと舞い落ちる雪は、いつの間にか街の景色を白一色に染めて、街の明かりは積もる雪を宝石のように輝かせた。

あれから三ヶ月が過ぎて・・、
うちは春さんの居ない寂しさを、夢中に働く事で紛らわせた、今は寂しさを仕事の忙しさに、楽しさを見つけてた・・・、
そう気づいたら、春さんに出会えたこと、うちの心の宝物になれたように思えた・・・。

今日は、お客の出入りが多くて、いつになく忙しさを増した、うちは夕食のお膳を客間へと運ぶのに追われて、
やっと最後になった客間へ食事を持って部屋の前まで行き声を掛けた、

「お食事をお持ちしました~」って言って声をかけて食事を運び入れ「お待たせしました~。」って言って、ふと顔を上げて見た、
するとそこに、知らない男の人と寄り添って話してるお母さんの姿が目に映った、(どうして此処にお母さんが・・)
うちは動揺を押さえながら逃げたい気持ちを必死に堪えてなんとか言葉を紡いだ「ごゆっくり!」そう言って部屋を出た・・・、

その場から小走りに廊下をぬけてから歩きだしたら、うちは男の人と居たお母さんを思い出してた、
そしたらうちの中でずっと聞き流してきたお父さんが言ってた(母さんには男がいるんだよ、)ってあの言葉を想いだした、
そしたらもう次第に頭の中が真っ白になって頭を抱えて座り込んでた、

そんな時、
「あの~どうかしたんですか~?」って突然、声を掛けられて、うちは飛び上がりそうになるのを抑えながら振り向くと、
うちの傍でお手伝いさんが心配そうに、
「大丈夫ですか~?」ってうちの顔を覗きこんできた、そんな彼女に、

「あ~ありがとう、少し気分が悪くて、あっあの~すみません、少し休めば大丈夫だと思うんですけど、最後のお客なんですけど
後をお願いできませんか?」って聞いてみた、すると彼女は、
「あっはい、わかりました、いいですよ?」そう言って気持ちよく引き受けてくれた、うちは、

「ありがとうございます、すみませんがお願いします」って言って頭を下げてから彼女と別れて、うちは休憩の間へと向かった・・、
休憩の間には、幾つかのテーブルが並んで置かれてる小部屋、誰もいないのを確かめてから奥の椅子に腰かけた、

(お母さんはうちに気付いた~?気付いてたらどうしよう~)遣り切れない思いが入り混じってうちは時間の経つのも忘れた、

そんな時、入口の方から足音が聞こえてきて振り向くと、うちと変わってくれた彼女が入ってきた、
彼女はうちの傍へ駈けよって来ると
「あの~大丈夫ですか~?終わりましたよ~でもあのお客さんと何かあったんですか?」って聞かれて少し驚いた、

「何も、初対面なのに、こんな勝手なお願いしてしまって、ほんとにすみませんでした・・」って謝ると彼女は、

「いえ、いいんです、具合が悪い時はお互い様ですから気にしないでください、ただ少し気になって、あ、あのお客さんの事なんですけど、
わたしがお膳を下げに入った時、貴方の事だと思うんですけど、すごい顔で唐突に名前とか何時から居るのとか聞いてきたんですよ~、
わたし、何て言っていいのか困ってしまって、でもわたし嫌なお客だなって思ってあの、誤魔化してしまったんです、
良かったのか分かりませんが、それでその事、伝えた方がいいかと思ったので来たんですけど、あの~もし気を悪くさせてたらごめんなさい、
身体お大事になさってくださいね?それじゃ~わたしはこれで!」そう言って彼女は頭を下げた、

その時知った、お母さんがうちに気づいてたってこと、それだけでもう何も言葉に出来なくて手が震え出してた、その時彼女が、

「あの~わたし余計な事言言いました~?でもあのお客さんですけど明日の朝には帰るみたいですよ~?だから、あの~気にしないでください、
すみませんでした、わたし綾って言います、また困った時はいつでも声をかけてください、おだいじに!」
って言った、うちは、
「あっあの~綾さん?迷惑かけてしまってほんとにごめんなさい、あたし亜紀って言います、色々ありがとうございました、
こちらこそよろしくお願いします!」って言うと彼女は、少し笑顔を見せて、
「いえそんなこと~宜しく!それじゃ~亜紀さん?わたしはこれで!」そう言って綾さんは出て行った。

うちは綾さんの後ろ姿を見送ってたら、綾の名前に故郷に居るアヤのことを想い重ねてしまってた、でも一人になってしまったら、
お母さんの顔が浮かんできて、頭を振って寮へと戻った。

翌朝、お母さんは綾さんの言うように朝食を済ませて、何事も無く帰って行った、それは好かった事だって思う、でもお母さんがこのまま
うちを見逃してくれるなんてどうしても思えなくて、帰ってしまってからも不安は消えなかった。

それから一周間、不安を抱えたまま迎えた休日、
そんな今朝、早くから目が覚めて窓の外を覗いて見たら、ふわふわと雪が舞いはじめてた、ひとり過ごす部屋は少し寂しすぎて、
うちは窓から空に向けて両手をのばして、掌に雪をすくってみた、でも掌の中ですぐに溶けてしまう雪に何処か寂しさがこみ上げてきたら、
あの日見たお母さんのあの光景が浮かんできて、思わず窓を閉めて座り込んだ・・・、

そんな時、突然ドアを叩く音がして、うちは慌ててドアを開けたら、少し困ったような表情で綾さんが立ってた、
綾さんはうちの顔を見るなり、
「あっ亜紀さん!良かった~亜紀さんの部屋ここだと聞いて、あのごめんなさい、せっかくのお休みに!あの、この間のお客さんのことで・・」
って言葉を詰まらせてた、
「えっそのお客さんって、あの、どうかしたんですか?」って聞くと綾さんは、

「今来てるんです、わたしの思い違いでなければやっぱり亜紀さんの事じゃないかと、ごめんなさい、失礼な事言ってるのは分かってます、
ただ、そのお客さん会わせてと言い張ってわめきだしたので客間に通しました、それでわたし確かめてからと思ったので、すみません」
そう言って頭をさげた、
「いえいいんです、綾さんの所為じゃないですから、ほんと、迷惑かけてすみません、あたし行きますから、綾さんは仕事に戻ってください、
後はあたしが、どうもありがとうございました」って言ったら綾さんは
「あ~はい、分かりました、すみませんが宜しくお願いします、それじゃ」そう言って、頭を下げて去って行った、

うちは分かってたように思う、お母さんはいつかまた来るような気がして、何時だって不安は付きまとってた、だから驚かない・・・、
うちは覚悟を決めてお母さんの居る部屋へ向かった、

部屋へ行くとお母さんは、出されたお茶に手もつけず座り込んでた、うちは「お母さん・・」って声をかけた・・、
するとお母さんはうちの顔を見るなり、
「あ~カナちゃん!やっぱり~カナちゃんだった!あたしの眼は確かだったよ、少し痩せたかね~!でももう立派な女だ、
あたしも嬉しいよ!」って言うと、人が変わったようにお母さんは、
「さあ~帰るよ?みんな心配してるんだから!さっさとしなさい!」そう言って怒鳴った、

「お母さん、ちょっと待って!あたしの話し聞いて?お母さんはあたしがなぜ家を出たのか知ってるの~?お父さんのことも、お父さんが
あたしに何しようとしてたのかも、お母さん知っててあたしに帰れって言うの?ねえ~お母さん?」
でもお母さんは、うちの言葉には耳をかさなかった、ただうちを睨み付けて、

「うちの娘になったんだよ、親の言う事は聞くもんだろ!ほらさっさとしなさい!」って言うといきなり殴って腕を掴むと引きずりながら
「帰るんだよ!娘になったからには、我がままは許さないんだからね、ほら帰るんだよ!」そう言って今度は平手が飛んできた・・、

「どうして~?お母さん聞いて~?あたしは~」「痛い!止めて~お願いだから聞いてよお母さん~?」って叫んだ、でも
お母さんはうちが言い反すたび、髪を引きずってようしゃなくうちの頬を打った、

もう返す言葉も失ってしまったら、痛さも泣く事も、うちには恐怖でしかなくて、怖くなった・・・、
その恐怖に押しつぶされそうになった時、うちは咄嗟にお母さんの手を振り切って、無我夢中で庭から外へと飛び出してた・・、

雪降る中を、後ろを振り向くのも怖くてうちは走って走って、お母さんから逃げたい一心で走ってた・・、
次第に足も手も冷たさを感じられなくなったら、つまずいて道端に倒れ込んでしまった、ふと顔をあげて辺りを見渡した時、
気づいたらうちは来た事も無い駅の前に居た、引き返す事もできなくて、何処だか知らない駅の前で見つけたベンチに座り込んだ、

寒さも通り越して、何も考えられないうちの頭の中は真っ白だった、人の行き交う駅前の人達は、うちを横目に通り過ぎて行った・・・、
降り止まない雪はうちの座る周りにも積りだして、どれくらいの時間が過ぎたんだろう、うちは灰色に曇った空を眺めた・・・、

そんな時、こんなうちの前に男の人が声を掛けてきた・・、
「どうした~?何かあったのか~?俺ここの近くで店開いてるんだけど、よかったら少しうちの店で雨宿りしていかないか~?
まだ雪も止みそうもないしさ!」そう言ってうちに傘をさし出した。

うちは返事ができなかった、どしたらいいか分からないままに顔を上げたら、差し出された傘にうちは涙が零れてた・・・、
そんなうちに「行こう~な?」って言って差し伸べてくれた手・・・、
うちは、その手を握って立ち上がると、うちの肩に残った雪を掃い落してくれて差しだしてくれた傘、誰とも知らない人、でも
何処か癒してくれそうで、暖かい、そう思うだけで、何も言葉に出来ないまま、彼に抱えられるように歩き出した、

その彼に付いて辿り着いた場所は小さな飲食店、店の前で立ち止ると彼は
「ここだよ~入んな?見た目は古い店だけど、飯は自慢じゃないが旨いんだよ?」そう言って店の中へ入るとうちにタオルを渡して、
「拭いたほうがいい!今何か変えの服持って来るからさ、座ってな?」そう言って店の奥へ入って行った。

うちは言われるままに拭き終わってからカウンターの椅子に腰掛けた、それからしばらくすると彼が小脇に服を抱えて戻って来て、
うちの前に来ると、
「はいこれ!男物だけど着れると思うよ!あ~そこの部屋使っていいからさ~着替えてきなよ?このままじゃ風邪ひちゃうからさ、な?」
って言ってうちは服を渡された。かと思うと彼が、
「覗いたりしないから、心配しなくていいよ!」そう言われてうちは言われるまま部屋へと入って、渡された服に着替えた・・、
少しダボダボで袖も丈も長くて、なんだか身体のほうが縮んだような気分になった。

彼はうちが着替えて戻るとうちを上から下まで眺めて、
「うん!いいんじゃないかな!俺の見立ても悪くないな・・」そう言っておにぎりを出してくれた。

「これ食べて元気出しな?嫌な事もこれ食べてさ、吹き飛ばしちゃえよ!な?自慢じゃないけど俺のおにぎりは、結構旨いんだよ?」
って言って笑みを見せた、

うちが着替えている間に作ってくれてたんだって分かる、うちは勧められるままにおにぎりをひとつ取った・・、
(暖かい・・)そう思いながら食べたら「本当だ~!美味しい~」って思わずうちは微笑んでた、そんなうちを見てた彼が、
「やっと笑ったね、良かった!」そう言って微笑んでた、その時うちは(どんな顔してたんだろう~?)って思ったら言葉に詰まった。

こんなに暖かいおにぎりは、初めてだった・・・、
お兄ちゃんにもお母さんにも作って貰ったことなかったなって、思い出してたらなんだか悲しくて涙が止まらずに堪えきれず泣きだしてた、
ふいに気づいた時、彼が居ること思い出して、突っ伏したまま顔が上げられなくなってしまった、すると彼はクスクスと笑い出して、
なんだか恥ずかしさに堪えきれず「笑っちゃダメ~!」って思わず叫んでしまった、するとうちの声に驚いてた彼は、うちの顔を見て
また笑い出してた、なんだかうちまでがつられるように恥ずかしさも忘れていつの間にか笑ってた。

9章 ~出会い~


いつの間にか、うちは彼から笑顔をもらってた。

「そういえば、君の名前聞いてなかったね?あぁ俺ヒデって言うんだ、よろしくな?で~君の名前、聞いてもいいかな?
良かったら、教えてくれる?」って唐突に聞かれて、
「あ~あの、あたしは亜紀です、でも・・」って言いかけて留まった、うちはもう振り返りたくなかったから言うのをやめた・・・、

するとうちの名前を聞いて、ヒデさんは、
「亜紀ちゃん、か~いいね!素敵な名前だ!改めて亜紀ちゃん?宜しくな?」そう言って微笑んだ、

(でも、もし本当の名前聞いてたら、ヒデさん何て言ったのかな?)って思ったりして・・・。
そんなうちは、「・・・はい」って答えるしかできなかった、

それからしばらく二人の間に沈黙が流れてしまったら、ヒデさんが、
「この店さ~、俺の親父がやってたんだよ、けど親父、事故で逝っちまってさ~お袋と二人で何とか切り盛りして、なんとか
店も繁盛し出してたんだ、けどお袋が倒れちまって、今は俺一人だ、参っちゃうよな~あっごめん!初対面なのにこんな話
関係なかったな、悪い、忘れてくれ・・・」そう言って苦笑いするヒデさんは、少し寂しそうな顔してた。

でも、そんなヒデさん見てる内にアンちゃんの事思い出してた、どこか似てるのかなって、性格とかまだ分かんないけど、
どこか底知れない大らかな雰囲気を持ってて、(居心地いいな~)ってそれにヒデさんの一途な処とか、って思う、

ってそんな思い巡らせていたらいつの間にか、うちは黙りこんでた、そんなうちにヒデさんが、
「どうした~?俺、気を悪くさせちゃったかな?ごめん、気がきかなくてさ・・」って誤解されてしまった、

「あっそんなことない、ヒデさんの所為じゃ無いんです、ごめんなさいあたし、初対面なのに色々して貰ってて何も・・」って
言葉が続かない、ヒデさんの気持ちが嬉しかった、だから本当は暖かいおにぎりありがとうって、言いたかったのに、でも言えなくて
ただやっと言えたのは「すみません・・・」だけ、でもヒデさんは、

「そんなこと気にしなくていいよ!俺が勝手に気になったからなんだし、だから亜紀ちゃんが気にする事ないんだよ、でも聞いても
いいか?亜紀ちゃん何があったの?俺さ~今日、お袋が入院してる病院の帰りだったんだけど、俺、お袋の事と店の事で頭一杯でさ~
考えながら歩いてたんだ~、その時亜紀ちゃん見かけて、俺なんかお袋とダブっちゃってさ~、そしたらほっとけなくなったって言うかさ」

そう言ってヒデさんは頭をかきながら苦笑いしてた、そんなヒデさんの気持ちが嬉しかったから、
「あの~あたし家出してこの街に来ました、でも・・」って言いかけて言葉に詰まった、
だってまた泣き出してしまいそうだったから、堪えるのが精一杯だったから、言えなかった、するとヒデさんは、

「ありがと亜紀ちゃん?いいんだよ、嫌なこと聞いちゃって悪かったな!でも俺は亜紀ちゃんに出会えて良かったよ!俺、亜紀ちゃんに
会って元気貰えた気がしてるんだ、ありがとな?」って言ったと思ったら、急に慌てたように
「あっでも誤解しないでくれよ?変な意味じゃないからさ~、所で亜紀ちゃん家は何処?」って聞かれてその言葉に、うちは思いだした、
旅館から飛び出してきたことに・・、(戻らなくちゃ!)ってそう思った、その時同時にお母さんの顔も思いだして、思わず両手で顔を覆った、
するとヒデさんに、
「亜紀ちゃん~?どうした大丈夫か~?」って声をかけられて、
「あっはい、あ、すみません、あのヒデさん?あたし帰ります、あたし戻らなくちゃ!ごめんなさい、あたし思い出したんです、だからあの~
後で又来ます!いいですか?」って言ったら、ヒデさんは戸惑った顔をして、
「ああ~いいよ!別に俺の事は気にすることないよ!けどほんとに大丈夫なのか?」って聞いた、

「はい!ありがとございます、それじゃまた後で!すみません」って言って、うちは店を飛び出した、でも来た道が分からない、仕方なく
迷いに迷いながらも雪道をひたすら歩いた、まだ雪は降り止まなくて行く道を遮ってた、気づいたらうちは、裸足のままだってこと、今になって
気がついた、そんな自分の姿にお母さんを思い出させた、(まだお母さんは居るのかな・・)そう考えるだけで心が折れそうで、そしたら
寒さのせいなのかも、分からない震えがきて、怖さが歩く足を重くさせてた、怖い、居たらどうしよう、そう思いながらいたら、次第に
もうあの旅館には居られないってそう思いはじめてた・・。

やっと旅館が見えてきた時、もう居られない、このまま居ても店に迷惑掛けるだけだって思えたら、うちは辞める事を決めた、
そう気持ちが決ったら旅館に行く前にうちは、寮に戻って荷物をまとめてた、そして迷いを振り切って佐川さんの元へ急いだ・・、
旅館の中へ入るのは怖かった、でも、もう終りにする、そう自分に言い聞かせて、忙しそうにしてる佐川さんに声をかけた・・・、

「あの~佐川さん?あ、忙しいのにすみません」って言うと佐川さんはうちの顔を見て、

「あれ?亜紀さん?どうしたんです?何かご用ですか?」って言って少し驚いてた、うちは少したじろぎそうになる自分を抑えながら、

「すみません忙しいのに、あの~あたし辞めさせて貰いに来ました、勝手言って申し訳ないんですけど・・」って言うと佐川さんは、

「えっ!どうしたんです?何かあったんですか?店の人たちと何か問題でも?あるなら話してください、今、亜紀さんに辞められると
うちも困るんですよ、もし不満とかあるなら遠慮せず言ってくれていいんですよ?」
そう言いながらも佐川さんは納得できない様子で困惑してた、
そんな佐川さん見てて、佐川さんがまだ、お母さんの事は知らないんだって思えてきて、内心胸を撫で下ろしてた、

「いえ、そんなんじゃ、皆さん凄く好くしてくれて感謝してます」って言うと、佐川さんは、

「君はすごく頑張ってくれて助かっているんですよ?お客からも評判も良くてほんと何か不満とか困った事があるなら話してみてくださいよ?
私も出来る限り力になります、だからもう少し頑張ってみて貰えないですか?」って言った、

そこまで言ってくれるのは凄く嬉しくて心苦しい、でももう、うちには佐川さんの優しさには応えられない、だって、
(此処に居ることお母さんに知れちゃったし、だからもう居られないよ、それにもう引き返せない・・・)だから、
「いえ!本当にすみません、もう決めたことなので・・」ってうちは頭を下げた、佐川さんは、困ったような表情で少しの沈黙の後に、

「そう~残念だね~、そこまで亜紀さんの決心が固まってるなら仕方ないですね、分かりました、それじゃちょっと、待ってて貰えますか?
すぐ終わりますから・・・」そう言って隣の部屋へ行き4~5分経った頃に戻って来て、うちの前まで来ると、

「はいこれ!お給料ですお疲れさまでした、でももし気が変わったらいつでも来てください、いつでも歓迎しますよ?それじゃ~
身体には気をつけてね?お元気で、今日までご苦労様でした」
その言葉にうちは胸が苦しくて、胸が詰まってきたら思わず涙が零れてた、うちは慌てて涙を拭ってしまったら佐川さんに、

「どんな辛い事があったのかは聞きませんが、これから先も色んな辛い事があるかもしれない、でも負けないで下さいね?
応援してますから、でも亜紀さんなら大丈夫、頑張ってください?」そう言ってうちの肩を叩いた、
嬉しかった、その言葉は何よりもうちの励みになって響いてた、
「はい、すみません、お世話になりました、本当に今までありがとうございました」ってうちは頭を下げて部屋を出た。

慣れない仕事場で知り合った綾さんにも、うちは言葉が見つからなくて黙って行くことにした・・・
本当は旅館に戻るのが怖かっただけかもしれない・・、
(ごめんなさい綾さん、迷惑かけっぱなしで、このま何も言わずに、ごめんね、でもまた会える時が来たら・・きっと)

佐川さんの部屋から振り向くのが怖くて、うちは脇見もせずに外へとかけだしてた、いつの間にか雪は止んで雲に切れ間が見えた、
それでも吹き抜ける風は冷たくて身体の心までが凍えてしまいそうで、うちは上着の襟を立てた、
(また出直しになっちゃったな~)って思いながら空見上げたら、気持ちが折れてしまいそうになって、つい立ち止ってしまった・・・、
その時向かう先にヒデさんの顔が浮かんで、うちは急ぎ足でヒデさんの店に向かった、ヒデさんにちゃんとお礼が言いたかったから・・。


やっと店の前まで来ると「臨時休業」って書かれた張り紙がしてあった、
最初に来た時から張り紙があったのかなんて覚えていなくて(ヒデさんお店閉めちゃうのかな・・・)って思いながら
気になって店の戸を開けた、

「ごめんくださ~い?」って店の中へ入った・・、でも返事がなくてヒデさんは姿も見せなくて今度は、
「ヒデさ~ん!」「ヒデさ~ん!」って大声を張り上げた。
すると、二階の方からドタドタと音がして
「なななんだ!どうしたんだ?」って血相かいて飛び出して出て来たヒデさん、

でもそんなヒデさんの姿がうちには別人に見えて思わず「泥棒~!」って叫んでしまった、するとヒデさんは、ホウキを手にして
「えっ!どこどこ!」って言いながら、二人で顔を見合わせたら、「はあ~?」「ええ~?」の叫びが一斉に店中に響いた。
二人事態を理解し合った時には、ホットしたのと同じくらい可笑しくて大笑いしてしまった。
ヒデさんは、
「まったく~だれが泥棒だよ!本気で泥棒に入られたかと思ったじゃないかよ~!しょうがないな、まったくさ~」
そう言って頭をかきながら苦笑いしてた。

「ごめんなさい!出て来たヒデさん別人に見えて怖かったから、それに呼んでも返事がなくて、てっきり泥棒だと、本当ごめんなさい!」
って言うとヒデさんは

「俺、そんなに怖い顔してたのか?、まあいいや、仮に泥棒に入られても家に取られるもんなんて無いからな、気にしなくていいよ?
驚いただけだからさ、気にするな、な?」そう言って笑って見せた。

(ありがとう!ヒデさん?)って言いたかったけど言えなくてうちは下を向くしかできなかった。
でもヒデさんと居たらどこかくつろいでる自分がいる・・・。

10章 ~居場所~


あんなに降りだしてた雪は、何時の間にか晴れて、空には雲の隙間から青い空が覗いてた・・・、

もう大丈夫だって思ってた、やっと続けていけるってそう思えた旅館の仕事もうちは辞めた、
お母さんがまた連れ戻しに来るような気がして耐えられそうになかった、でもそれはうちが臆病なだけだって思う、
それでも旅館に迷惑がかかるのは避けられそうになかったから、これでいい、これで良かったんだって今はそう思ってる、
また居場所をなくしてしまったけど、でも決めた事だから後悔はしたくない、後戻りはしないと決めたから・・。

お礼が言いたくてヒデさんに会いに店を訪ねて来た、はずだった、それなのに・・・、
ヒデさんにまた迷惑かけちゃった(少し情けないよね・・)そう思うとうちは気持ちが落ち込んでた・・・、

その時、あの貼り紙の事を思い出して・・、
「あの~ヒデさん?この店閉めちゃうんですか~?表に臨時休業って貼ってあったけど?」
って聞いてみた、するとヒデさんは、
「あ~いや~まだ決めたわけじゃないんだ、ただ今はちょっとやる気出なくてさ、それに今なんかその気になれなくてな、まっ
とりあえず2~3日お休みにしたんだ、まあいつまでも休んでは居られないから、しばらくだけな、これで飯食ってるしね?
ところで亜紀ちゃんは、もう用は済ませて来たの?」

「あっはい!すみませんでした!あっそれであの、お世話になったのでお礼って思ってたんですけど、あたし思いつかなくて、あの~
これ、今のあたしにはこんな物しか無くて、お礼の代わりにはならないと思いますけど、貰っていただけますか~?これ、
故郷の裏山にある大木から取った草花で、あたしがお守りにしてた物なんですけど、あたしはこれに随分助けられました、だからあの
ヒデさんも守ってくれるんじゃないかって思って、すみません大した事できなくて、あっでも落ち着いたらきっと・・」
ってそう言いかけてたら、急に身体がふわふわしてきて自分でも分からない内に目の前が真っ白になってきたら意識が飛んでた。

なぜかうちは雪の降る中でひとりうずくまって、気づくとどうしてこんなとこに居るんだろうって思いながら・・、
訳の分からないまま見渡してたら、何処からかお父さんの声が聞こえてきた、「カナ~!カナ~!」・・、

声は次第に大きくなってきて、(見つかっちゃうどうしよう・・)って考えるだけで怖くて、見つかりたくないそう思ったら
うちは雪降る中を必死で走り出した、何処を走っているのか分からないけどうちは走った・・、
すると突然、お母さんが眼の前に立ってた、うちは思わず「嫌だ~」って泣き叫んで塞込んでしまったら、

何処からか声が聞こえてきて、その声がヒデさんだって気づいた時うちは眼が覚めた、
困惑しながら、周りを見渡すと隣にヒデさんが居て、うちは布団の中にいた、(ええ~どうしちゃったの、でも頭が重い・・)
うちは焦って起き上がろうとしたら身体が思うように動けなくてふらついてた、するとヒデさんに、

「無理に起きなくていいよ、寝てな?・・」って言われてうちは、また横になった・・・、
そんなうちの額に手あてながら覗きこんできたヒデさんが、

「大丈夫か?無理しなくていいから寝てな?こんなに熱あったなんてな?驚いたよ~、あの時からだったんだろうけど俺、
気づかなくて、でももう大丈夫だ、俺に気兼ねしなくていいからさ?無理しないでゆっくり休みな?後で温かいもんでも持って来るよ、な?
あぁそだ!お守り、どんな贈り物より嬉しかったよ!俺大事にするよありがとな?・・」そう言って手を振って部屋を出ていってしまった。

思いがけないヒデさんの優しさは、また迷惑かけてしまった自分の弱さを気づかされたようで、(どうしてうちはこうなっちゃうの・・・)
情けなくて、悲しくなった、
しばらくするとヒデさんはお盆を抱えて部屋に来ると、
「亜紀ちゃん?どう~起きられるかな~?俺特性の雑炊作ったんだけど食べてくれるか~元気出るからさ?」
って言って差し出された、
「あ~すみません・・」って言うと、ヒデさんは、
「亜紀ちゃん?何処か行くのか~?見たとこ身支度してあったけど、あっま~これは俺の余計なお節介かもしれないんだけどさ~、
亜紀ちゃんが行って来たとこって、もしよかったら聞かせてくれないかな?」って聞かれた、

「あ、あの、あたし旅館の仕事してたんですけど、色々事情があって辞めてきたんです、だからこれから他所の街に行こうと思って、
ただ行く前にヒデさんにはお礼が言いたくて来たんですけど、でもまた迷惑かけちゃって、本当あたし、ヒデさんには、何から何まで
迷惑のかけっぱなしで、ほんとすみません!」って頭をさげて謝った、

こんな筈じゃなかったって思うだけで、こんな自分が情けなく思えてしかたなかった。するとヒデさんは
「そんなこと気にしなくていいよ!それより行くと来ないならって言うか決めてないなら亜紀ちゃんが好かったらだけど~、
俺の店で働く気ないか?他所ほどいい手当ては出せないけどさ~住むとこなら部屋は空いてるし、俺、男だけど亜紀ちゃんには、けして
間違った事はしない、誓ってもいい、だからどうかな?俺を信じてくれるならだけどさ」そう言ってうちの顔を覗き込んできた、

うちには、すごく嬉しい誘いだった、行くあてなんてないから、だから、
「あのあたしなんかでいいんですか?本当あたしでもいいんですか?こんなあたしでもお役にたてるのなら、お願いします・・」
って頭をさげたら、ヒデさんは、
「亜紀ちゃんだから頼んでるんだよ、亜紀ちゃんが来てくれたら俺は大助かりだ、こっちこそお願いするよ」そう言って喜んでくれた、
助けられたのはうちの方なのに、ヒデさんの喜んでくれる顔がうちには、どこか心苦しかった、
それでもヒデさんは、
「ありがとな~亜紀ちゃん?それじゃあ~まずはしっかり身体治さないとな?亜紀ちゃんが元気になってからでいいよ?お店の手伝いは
元気になったら頼むからさ!それまではゆっくり休んでくれ・・な?あ~好かった」そう言って笑顔を見せてた、

「はい!ありがとうございます、よろしくお願いします・・」って言うとヒデさんは「そんなの俺の言う事だよ?ありがと亜紀ちゃん?」
こうしてうちは、これから見つけに行くはずだった居場所まで与えてもらった。

そして一週間が経った頃、やっと店に出ることが叶った、
本当はもうすっかり体調は良かった、でもヒデさんは許してくれなくて、うちは何もさせてもらえずヒデさんのお世話になるしかなかった、
(ちょっと辛かったかな?でもやっとお返しが出来るかな・・)

こうしてうちは店の二階にある三部屋の内の、窓に面した部屋を与えてもらった、ヒデさんは色々教えてくれた、
お料理もお客さんの入って来る時間帯とか接待までも、でもお料理のほうは中々上手くいかなくてうちは苦戦の連続だった・・・。
そんなうちをヒデさんは、
「少しづつでいいんだ、大丈夫!焦らず覚えたらいいよ?」って言ってくれた、
そう言われてもうちは少しでも手助けになりたくて、ヒデさんの見よう見真似しながら必死になってた、それからのうちは、
次第に料理が楽しくて、いつの間にか作ることが少し好きになってた(でも少しじゃダメなのかな?)


それから一月が過ぎた頃、うちもお惣菜くらいは何とか作れるまでになった、はずなんだけどヒデさんは
「ん~まだもう少しかな?」とか言って旨いとは言ってくれなくて、ちょっと悔しくて、どうしてもヒデさんに旨いって言ってほしくて、
うちは今まで以上に必死になった。

常連のお客さんは来る人がみんないい人ばかりで、すぐに打ち解けられた、そしてうちの名前まで覚えたお客さんまで増えて、
なんだか嬉しくなってついはしゃいだら、ヒデさんに大笑いされてしまった、
(あ~ぁそんなに笑わなくてもいいのに・・)って思いながら、でもうちにとってはささやかな喜びだった・・。

こうしてお客も増えて店も順調に乗りだして来た頃に、ヒデさんが
「亜紀ちゃんがきてからお客も増えて助かったよ、それに亜紀ちゃんは上達も早いしな?けどあまり無理だけはしないでくれよ~な?」

そう言って気遣ってくれたヒデさんが、突然、
「それでさ~明日はお店、お休みする事にした!」って言い出した、うちは驚いて

「え~どうして?又急にそんなこと~!」って言うとヒデさんは、
「亜紀ちゃん、この店に働きだしてから、俺の事気にしてくれてか休む事しないだろう?分かってるんだ俺、ほんと亜紀ちゃんには
感謝してるありがとな?だからさ?明日は休みにする!んでもって明日は~、亜紀ちゃんの為に俺とデートするんだ!な?」

そう言ってウインクしてみせた。
うちはヒデさんのウインクが、なんだかすごく可笑しくて堪えきれずに噴きだして笑ってしまったら、
ヒデさんまでが、吊られたように笑い出してた。

(でも、うちの為にデートって・・なんか変だよ?)うちは少しだけ気が抜けて・・
「そんな簡単に決めちゃっていいんですか?お役に立ててるならあたしは嬉しい、だからあたしのことなら大丈夫ですよ~?」
って言うと、ヒデさんは

「心配いらないよ亜紀ちゃんのおかげで店も機動に乗れたんだ、だから、亜紀ちゃんの気持ちは嬉しいけど気にしなくていい、
俺の気持ちだから、素直に受けてくれ!な?」って笑って見せた、

でもまだ、たいしたことなんてしてない、そう思うとなんだか心苦しい気もしてた、でもヒデさんの気持ちは何より嬉しくて、
「あたしそんなに役に立てたなんて思えないけど、でもヒデさんの気持ち凄く嬉しいです、ありがとうございます!だからお言葉に甘えて
お伴させていただきます!」って言うとヒデさんは、

「なんだよ~お伴はないだろう~?それじゃ~俺の立つ瀬ないだろうが~!」って言ったヒデさんは、
うちの顔を見ながら噴き出して、うちはそんなヒデさんが可笑しくて、二人顔を見合わせてまた、笑い出してた、

今うちは幸せだった、ヒデさんに巡り合えたこと、
そしてうちの居場所をくれたヒデさんに心から感謝した、この幸せがいつまでも続くように、うちは願った。

~時の足跡~ 6章~10章

~時の足跡~ 6章~10章

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-01

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 6章 ~逃避~
  2. 7章 ~戸惑い~
  3. 8章 ~雨宿り~
  4. 9章 ~出会い~
  5. 10章 ~居場所~