回想

回想

「おばあちゃん、おばあちゃんの昔話聞かせて?」

今年高校生になる孫娘が私の隣に座り、無邪気な笑顔を見せる。

私は孫娘の頭を撫でながら、微笑み静かに話し出した。

これはおばあちゃんが、まだあなたくらいだった時のお話でね…。

私は小学校では何事もなく静かに過ごしていたんだけど、
中学生になってちょっと浮かれちゃったから、友達とたくさん喧嘩しちゃったの。
高校生になったら友達と仲良く、喧嘩しないようにしようって思ってたんだけど、そういう訳にもいかなくてね。
部活の仲間ともクラスの友達とも何回か喧嘩しちゃったり、仲違いしちゃったりして…。
その頃になると、小学生の頃の大人しかった私はどこかにいっちゃって、いつも誰といてもひとりぼっちな様な気がして、だんだん周りの人たちを信じられなくなっちゃったの。

そんな毎日を繰り返しながら過ごしていたとき…、そうあの日は友達が言った何気無い言葉にすごく傷ついて、心が痛かったの。
でも、顔に出しちゃったらその友達が気にしちゃうでしょう?
だから泣きそうなのを我慢して笑ってたの。
頭の中も心の中も、ぐちゃぐちゃだった。
そんな時にね、私の後ろから小さな声が聞こえたの。

「そんなに気にしなくていいと思うよ。大丈夫。気持ちは痛いほど僕に伝わってるから。」

振り返ったそこには男の子がいたのね。
ただ一言、その小さな声で私はどれほど安心感を覚えたか…
その時にね、自分はひとりぼっちじゃないって思えるようになったの。

その男の子はね、その後も私が声に出さない気持ちや考えをまるで心を覗いているかのようにわかってくれて、悩み事もたくさん聴いてくれて、苦しい時も楽しい時もそばにいてくれて、私はその男の子が大好きになったの。
笑った顔も困った顔も眠たそうな顔も、全部…大好きだった。
その男の子の前なら、小学校の時の大人しかった、弱い自分を見せられたのね。

でも、ずっと気になってたことがあったの。
その男の子はね、自分の気持ちをあまり表現しなかったの。
私ばかり素直になって、助けてもらって支えてもらって…
そんな風に頼ってばかりで申し訳なくて、でもその男の子が大切だったから、できる限り一緒に居たかったの。

私はその気持ちを、始めは恋だと勘違いしちゃったのね。
すごく悩んで、ずっと彼のことばかり考えて、それでも答えは出なかった。

そんな時、彼が私に冷たくなったの。
私は、ついに嫌われちゃったか…って毎日毎晩泣いたの。

私はね中学生の時に、友達だと思ってた子たちに裏切られて、たくさん虐められたの。
それがトラウマになっていたから、また裏切られてしまうんじゃないかって思って…
それからずっと「もう素直になんてならない」「誰のことも信じない」って言ってたのね。
すごく苦しかったし、ずっとため息ばかりついてた。

そんなある日ね、ふと気付いたの。
「この好きだという感情は恋じゃない、恋愛感情じゃない」って。
私は、その男の子と「ただ一緒に居る」ことができたら満足だったの。
ただ隣に居ることができたら、それで十分仕合わせだった。
中学生の時のトラウマのせいで、人と人とのカタチの無い繋がりを信じられずにいたから、きっとその男の子との曖昧な繋がりが怖くて不安だったの。
何か離れられないような繋がりを作ろうって無意識に思っていたのだと気付いた。

あとね、もう一つ。
一度仲良くなった友人が自分から離れて行っちゃうのが寂しかったから、何とかして繋ぎとめようとしたの。

その男の子に対する好きだという気持ちにも、その男の子の笑顔を守りたい気持ちにも、その男の子を愛おしく思う気持ちにも、何一つ嘘はなかった。
あったのは、大切な友人を心から信じられなくなっていた私の弱さだった。

本当に後悔したわ。
あの時どうして彼に好きだと、恋愛感情があると言ってしまったのだろうって。

彼は気づいていたのよ。
私たちの関係を恋にしてしまうと、お互いに苦しくなってしまうことも、
この素晴らしい出会いが全て水の泡になってしまうことも…
私はその彼の優しさに気付けなかった。
最初からずっと、彼は言ってくれていたのにね。
「僕たちは一生の仲になれるかもしれないね」って。

私は彼に対する申し訳ない気持ちと、それ以上の感謝の気持ちをまだ伝えられないでいるの。
大事なことだから、ちゃんと言わなくちゃいけないのにね。
伝えたらどうなってしまうんだろう、彼はどう思い、私に何と言うのだろう。
そんなことを考えてしまって、上手に伝えられなかった。

ただ、彼に「ありがとう」と。
ただひとこと「あなたが大切です」って言えばいいだけなのにね。

だからね、まだ彼に伝えたいこともたくさんあったの。
もっとたくさんの時間を、大切な友人である彼と過ごしたいって思ってた。

彼が今、私をどう思ってるかなんてわからない。
もしかしたら嫌われているかもしれない。
こうして彼のお話をしていることも、彼にとっては嫌なことなのかもしれない。
そんな不安もたくさんあったけどね。

「結局おばあちゃんは、その男の子に気持ちを伝えられたの?」

きらきらとした、どこか心配そうな眼差しが私を見つめる。

さぁ…どうだろうねぇ。
伝わってるといいんだけどね…
なんて言ったって、彼は気持ちを素直に言わないからね。
本当は、ちゃんと彼に伝わっているのかもしれないけれど。

それでもいつか彼なら、私に素直な気持ちを聴かせてくれるって信じてるからね。


「その男の子は、今…どこにいるの?」

彼は今…

私が答えようと口を開いたとき、

「ただいま」

扉の開く音が聞こえた–––––。

回想

いつもありがとう。

回想

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-21

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