三造士

個人と、集団の心理は不気味に変化してしまう

 あるところに善人が一人いました。その者は森の中で、ほかの生き物とすべてを隔てることなく分かち合いながら、共に生きていました。
 朝日が昇れば、鳥たちと一緒にお日様に挨拶をし、地面のくぼみの隙間から滴り落ちて流れるお水を、苔やカエルと分け合い、食べるための草花をシカとともに探して、そこに舞い踊る昆虫たちと会話をしながら、風が流れるままに過ごしていました。みなを囲む立派な樹木はいつも、夜の未知なる静けさから優しく守ってくれていました。
 その善人はそこで何不自由なく暮らし続けていました。けれど、ひとつだけ、気になることがありました。特に、新月の真っ暗な夜と満月で明るい夜の日に、それは大きくなって現れました。それがなんなのかわからずに、ずっといました。
 ある日、食べ物を探しに歩いていた時です。いつもとは違う場所に来ていたので、注意を深めていました。するとその善人と同じ姿かたちの者を見つけました。その善人は、注意しているにもかかわらず不思議に惹きつけられて、声をかけていました。
 それ以来その善人は、その者と寝食をともにしました。善人が二人になりました。日常がより一層楽しくなりました。例の気になることは、少し薄れ、一番大きく現れる日も、以前より大きく感じなくなっていました。
 話は尽きず、語り合い続けました。語る日々の中で、話が広がるように、二人の善人の生活範囲も広がりました。そうしていくうちに、一人、また一人と同じ姿かたちの者との出会いがあり、その度に生活範囲も広がっていきました。
 そのように出会った者たちは、みなそう望んでいたように必然と、善人と同じ場所に集い、生活をともにしました。それら各々は、違った魅力があり、やはりみな善人でした。それだけの善人が同じところに住むとなると、ある程度、森を切り開き、居住空間をつくる必要が生じました。そこで善人たちは当然、それを行いました。
 その際、少しばかり、ずっと同じところにいた他の生き物は驚き、嫌がり、去るものもありました。けど善人たちは、謝りながらもやめませんでした。このときにはもう既に、例の気にかかることは、ほとんど現れることがなくなっていました。それもあって、善人たちは以前より、夜が更けるのもそう恐れなくなりました。その居住空間ができ、そこに住む善人たちみなが慣れてきたころ、善人たちの間で話題に上がった思いが一つありました。
 主に食べ物なのですが、生活に必要なものが不足すると、この居住空間から出て探しにいかないといけません。かつては各々がそうしていたはずなのに、居住空間以外の樹木が生い茂る外の森が、不気味で恐ろしく感じる、との話題でした。
それは自然と、この居住空間をぐるりと囲む柵を建てようということになり、森とを隔てる柵が完成しました。
しかしそういった作業は、この居住空間の居心地が良いものだとみなが感じていた証でもありました。そのことによって、善人たちの結束はより強くなって、よりよい生活となっていきました。
 だから善人は昔覚えていた、例の気になることも、ほとんど忘れ去っていました。大きく現れていた二日の月夜ぐらいに、思いだし感傷に浸る程度でした。
 もうこの柵に囲まれた生活なら、何も気がかりなく過ごせると、そこに住む善人たちはみなそう思っていました。そうして善人たちはいつまでも、囲いの中で語り合いました。もうわざわざ外の森にまで行って、他の生き物と話すこともなくなりました。
 善人たちのそこでの営みは、順調に進んでいるようでした。食べ物などの取り分のこと、日常のちょっとした会話、各々が得意とする作り物の交換など、いろいろなことが回っていました。その回る歯車からは、時折、さびや欠け片などが落ちたりします。しかしその塵のように小さなどうでもいいものは、目も向けません。調整はいつだってしているのですし、塵は塵ですし、それに注意する暇なんてもってのほかで、善人たちは歯車がしっかり回っているかどうかしか、確認しませんでした。しかしその塵は、回転によって、宙に舞ってしっかりと、善人の身体の中に入り込んでいました。
 けれどもある一か所に住んでいる、善人だけは少し違いました。その善人の居住場所は森とすぐそばにあり、そのうえ他の善人たちの住居とやや離れたところで、つまり形上、追いやられたようになっていた善人です。そのせいか、未だに僅かながら他の生き物や森と話せました。だから少しその塵の積もったものにも目がいっていました。
そんな少し離れた善人にも、ある話が耳に入りました。なにやら、森に食べ物を捕りにいった善人が、ばったり知らぬ同じ姿かたちの者に出会ったらしいのです。そしてその善人は、その者をかつての自分たちと同じように誘ったのですが、なんと拒否されたとのことです。当然共にするという応えが返ってくると思っていたので、その者の言葉が信じがたく、その善人は、自分たちの居住空間がいかに良いかを教えたが、それでも、かたくなに拒否したそうです。その善人は、口を尖らせて帰ってきて、散々このことを言い触れ回ったので、このはずれの住居まで届いた次第です。
 それを聞いた善人たちは、その者は不気味で恐ろしい外の森が作り出したに違いない、樹木の怪物だ、といい「キジン」と呼ぶようになりました。
 そんな「キジン」騒動よりも、はるかにひどい騒動が、突然その空間を覆いました。酷い暴行が起きたそうです。それも先ほど騒いでいた善人が倒れこんだそうです。捕ってきた食べ物を分ける際に、「キジン」のことがあってか、それが定かではないですが、不当な仕訳をしたらしく、それが引き金で、受け取っていた他の善人が殴りにかかって晒しにして上げたのです。そして善人たちは、「悪人」と声高に連呼し続けています。
 それがひと段落すると、何事もなかったかのようにその人々は歯車を回すことを続け、もう人々の中には、しっかりと塵が膨らんで肥大していました。それは外見からしてもわかるほどに大きくなっていました。
 この社会のはずれに位置する、森とすぐそばにあるこの住居の善人は、あるものを残してここを去りました。それはのちに、文献や遺跡といわれる、《きじん》が託したメッセージとなり得るものです。

三造士

三造士

森の中に善人が一人いました。その時は、周りの草木や小動物などとも話せていました。 新月と満月のとき、善人は胸の内になにかもやもやを感じていました。 しかし善人は森の中で、同じ姿のものに出合い、どんどんと出会い、集落をつくります。そこに住んでいた生き物たちはびっくりしました。そうしてより良い生活のためにいろんなことをしていきます。塀をつくったり、もやもやが気にならなくなったことで夜遅くまで活動できるようになったりと。 ある善人がまた森で人に出合い自分たちの集落に誘ったが、断られたと騒ぎます。その人は森が作り出した「キジン」だと叫ばれるようになりました。 そして、食べ物の分け前で、トラブルが起き「悪人」がでました。 集落にいたある者―「キジン」は、一連の出来事を書いて集落を去ります。それはのちに文献になるものです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-20

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