偏愛アンコール
プロローグ
「凛子さん!!凛子さん!!」
男たちに体をはがいじめにされながら俺は必死に叫ぶ。
視線の先の凛子さんは絶望した表情で俺を無言で見つめている。
「いいから早く歩け!」
腕を掴んでいる男の1人が言った。
俺はただひたすら凛子さんの名を呼び続けた。
凛子さんは旦那に連れられ、俺の前から姿を消した。
自殺志願者の女
「ふざけているのかお前はっ!!」
ドンッと低く鈍い音が響き、俺はビクリと体を震わせた。
目の前で部長が机が割れるくらい強く叩いたからだ。
周りの同僚たちは俺と部長を遠巻きにして無言で黙々と仕事をしている。
なぜこんなにも部長はお怒りなのか。
理由は俺が遅刻をしたからである。
「申し訳ありません」
俺が頭を下げると、部長は腕組みをして俺から顔を背けた。
「お前、わかっていたよな?今日はクライアントのお偉いさんと会議だったということ」
「よく、存じておりました…」
遅刻の原因は俺のせいではない。
今朝の大雨のせいで電車運転見合わせとなったのだ。
きっと都内の会社の何百人というサラリーマンが遅刻したと思うが、運の悪いことに俺がプレゼンすることが決まっている会議に間に合わなかった。
文句を言うなら大雨に言ってくれと思うが、日本男児たるもの、謝るのが部長の導火線を避ける最短ルート。
さっきからペコペコしているというのに、部長の怒りはいっこうに収まらない。
まあ怒られるのは部長だからな。
「とにかく!次からは気をつけるように」
「はい。申し訳ありませんでした」
なにをだよ。台風の中走ってこいとでも?
俺はとりあえずもう一度頭を下げると、自分のデスクに戻った。
偏愛アンコール