うまい酒になる前の話

某サイトで制限時間三十分で書いた話です。半端だったので修正しています。
お題:記録にない独裁者 必須要素:ジーンズ でした。

 こんばんは、マスター。梅酒ロックで頼むよ。今日も熱かったね、ほんとに。
 ああ、やれやれ。ここは静かでいいね、薄暗くて落ち着く。内装もしゃれてて、俺にはもったいないぐらいだよ。
 こんなよれよれのジーンズなんか履いて申し訳ないね。もう自由の身だから、着るものにも頓着しなくてさ。せめて新しい服でも買わないと。
 お、ありがとう。お通しのチーズ、これ俺、好きなんだよな。いただくよ、たまには贅沢しないとな。
 よく冷えててうまいな。え、疲れた顔してどうしたかって。あまり気持ちのいい話じゃないよ。そりゃ俺は、話せばすっきりするけど。
 いいのかい、じゃあ会社勤めしてた時の話だけどよ。
 今はこんなだけどね、少し前まではバリッとスーツで決めてたんだよ。仕事が多くてね、体壊して辞めちまったとこだ。家で稼げる仕事やってるから、これで一生食ってくことになるだろうよ。少し鬱っぽくなってるから、これで休み休みやれば、元通りになれるかなって、な。
 もう今、流行のパワハラもいいとこよ。俺がちょっと気が優しいからって先輩、ストレスのはけ口にしてきてな。口を開けば誰かへの文句・悪口・嫌味・罵声しか言いやしねえ。七年我慢してたけどな、メールで絶縁状叩きつけて管理部門に言い含めて、やっととんずらしてきたとこよ。課長も逆らえなくて、やりたい放題もいいとこ。あれで課所の代表ってんだから、情けねぇったらないよな。
 具合悪くて辞めるって言ってるのに、仕事手伝えってうるせぇのなんの。最後にバイバイするときまで嫌味言ってきてな、もうあれ感覚麻痺してるぜ。自分がどんなこと言ってるかも分かってねぇんだろうな、あれで俺の十歳年上のお局ってんだから、年下のわがまま娘かよって気分だな。これから誰と結婚したって知らねぇがな、生まれる子どもが哀れで仕方ねぇよ。
 ああ、きっちり次のやつまで引継ぎしてきたぜ。頭くらくらして倒れるかと思ったがな、俺はやることはやったぜ。他のやつにはお礼も言ってきたしな。
 見事に雇用保険、特定だったぜ。見たとき笑っちまったよ、ああ法律から見てもそうなのかよってな。
 社内通報は逆に攻撃されるから使ってねぇよ、だから記録には残ってねぇ。でもな、みーんな知ってたぜ同じ課所のやつらは。記憶には残ってるさ。少し先輩は、居づらくなってるかもな。
 まあせっかくの酒がまずくなる話は、もうやめだ。気がスッとするいい話でもあったら聞かせてくれよ、マスター。

うまい酒になる前の話

うまい酒になる前の話

酒の味が失せるような事はあまり言いたくないよね、って話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-18

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