Holiday From Real

いや、まあ、なんつーかさ。
俺もだるかったわけよ。
会社でやらかしてクビになったばっかで、やる気も何も起きねえの。外は死ぬほど暑いし。
バイトすら探す気にもなれなくて、エアコンの効いた部屋の中でぼーっとしたんだ。
それはそれは快適だったよ。で、そのまま寝ちまったんだ。
電気代怖いよな。でもまあ、重要なところはそこじゃあねえんだ。
 
 
俺、夢を見てたんだよ。
あー、違う。そっちの夢じゃねえんだ。
そういう「目標」っていうほうの夢でもねえ。
俺が見たのは、寝てるときに見るほうの夢だ。
 
あー、それも違う。
そういうファンシーな感じの夢じゃあねえんだ。
俺が見たのは、悪夢。ナイトメアだ。
 
俺は昼間の、この町にいたんだ。
いつもの、俺の住むマンションが、スーパーが、ゲーセンがあるこの町だ。
でも、人間は誰もいない。
俺はそんな状態の町を、特に疑問も抱かずにふらついていたんだ。
なんでなのかは、まぁ、「夢の中だったから」って言うしかねえだろうな。
 
だが、なんとなく下のほうを見ていて、違和感を感じたんだよ。
俺の影のことだ。
ちょうど俺の足元に、俺と同じくらいの影が伸びている。
だが……なんかおかしいんだよ。
俺が動かしてもないのに、微妙に手が、足が、ぴくぴくと動いているんだ。
そう、まるで……動かし慣れていなくて、慎重になっているかのように。
なんなんだ、と思いながらも、放っておいて町を歩き始めることができたのは……やっぱり、「夢の中だったから」なんだろうよ。
 
町を当てもなく歩いていて、たまたま途中で同じ道を通ることになった時のことだ。
少し前に来たときと同じ、住宅街の一角にある、特に面白味のない道だ。
それなのになんだか、何かが足りない、そんな感覚に陥ったんだ。
何かがなくなっている。
さっき通った時にはあったはずの、何かが足りない。
何がない?
 
また、別の道をもう一度通ってみる。
そこでもまた、俺は同じ違和感を感じることになった。
 
で、よーく考えた俺は、あることを発見した。
足りなくなっていたのは、影だったんだ。
カーブミラーの、信号機の、マンションの影が、無くなってたんだよ。
 
俺は不安になった。
もしかしたら。
もしかしたら、俺の影も無くなってるんじゃないかって。
――普通そうは考えねえと思うか?んー、「夢だったから」っていうのもあるかもしれねえが、人間は当たり前の物がなくなるかもしれないとき、例えそれがどうでもいい物でも慌てるもんなんだぜ。
そこで、俺は振り向き、俺の影の確認をした。
 
だが、それは俺の予想を裏切っていた。……悪い意味でな。
いつの間にか縦も横も、俺の二倍になっているんだ。
そして、手も足も、俺のことを無視して勝手にうねうね動いている。
俺は気味が悪くなった。だが自分の影だ、逃げ出すことはできない。
どうすることもできないとわかっていても、俺は走り出した。
 
振り返るのが怖かった。背中の寒気がやばかった。
で、影は次第に巨大になっているようだった。
そこで俺は、勝手に予想を立てた。
あいつは、町の中の他の影を取り込んで、勝手に自分の物にしているんじゃねえか。
今こうして逃げ出している最中にも、カーブミラーの、信号機の、建物の影を取り込んでいるんじゃねえか。
 
そこまで辿り着いて、俺は立ち止まって後ろを見た。……見ちまった。
影は巨大になり、町を覆うほどになっていた。
影は……俺の形をしていたその巨大な影は、
首を、右腕を、左腕右足左足胴体をうねうねさせながら、にやり、と笑ったんだ。
そして、そいつは俺に向けて右腕を伸ばして――

 
 
……そこで、アラームの音が聞こえてようやく目を覚ました。
クビになる前の設定から変えるのをいっつも忘れてるんだよな。
俺はそこまで来てようやく、あの影から逃れられたことに気づいた。
背中の寒気も、たぶんエアコンのつけっ放しからだってこともわかった。
 
 
……で、俺は気づいたんだ。
こうやって、ぼーっと過ごしている現状が夢なんじゃねえかって。
巨大な影に追われて、必死に逃げているあっちが現実だ。
今は現実から遠く離れた、夢の中だ。巨大な影から逃げこんで辿り着いた、シェルターのようなものだ。
だがやっぱり、夢は短い。この預金通帳を見る限り、いつかあの影に呼び戻されるんだろうよ。
 
 
ま、そういうのはどーでもいいか。なんか変な話になっちまった。
何か、気分を変えてーな。そうだ、アイスでも食うか?
冷房の中でぼーっとしながら食うアイスは、最高にうまいぜ。

Holiday From Real

Holiday From Real

とある男が訪れた、ある「現実」の物語

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-18

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