#1 ニューハコダテ建設以降のほのかな相互的思慕と実存

not本筋、not完成
加筆する予定です

「ケイ」
僕の声に振り向いた彼女の、内臓から手足に至るまでの全身の八割が彼女ではないことを知っている。みんな知っているし、当たり前のこととして受け入れている。もっとも、この状況が当たり前になったのはつい数年前からで、じゃあそれ以前はどうだったかといえば、僕らは自分が腐って死んでいくというエキセントリックな体験の真っ最中だったから、異常の程度としては大差ない。とはいえこの場合の僕の「異常」の基準は肉体の腐敗ーー『大災厄』以前の価値観に依るので、人に言わせると「時代遅れ」なんだろう。
ケイが駆け寄ってきて、僕に笑いかけてくれる。
「おはようシク」
「おはよう」
シクと僕の名を呼ぶ彼女は背格好こそ二十半ばの僕と大差ないが、まだ十二、三の娘っ子である。全然そんな風には見えないんだけれど、その目、口元、顔の造りとしてはまさしく少女のそれなのだ。どうしてこんな不可思議な見てくれになっているかというと、
「外側も、替えたんだな」
僕の問いかけに頷くとき、笑顔がほんの一瞬曇ったのが気掛かりだった。やはり本人もまだ多少難儀してはいるようだ。
『代替移植』。
彼女の全身の八割が彼女のものではない、僕はそう述べたけれど、実際本当だ。観念的な表現でも悪魔憑きだとかのオカルト的な事象でもなく、文字通りの意味で。
ケイに生まれつき備わっていた器官のおよそ八割はとうに腐り落ちた。当然だが、身体の八割が腐ってしまえば人は死ぬ。だから彼女を死なせないために、代わりにドナークローンのそれが移植された。単純だ。
ケイは腐敗の進行が速いらしかった。彼女がかなり頻繁に移植手術を受けているのは知っていてが、今回は首から下を丸ごとクローンの胴体と交換したらしい。だから僕とさして差がないような背丈になってしまったのだ。僕はあまり背が高くないから、彼女が両脚を替えたときには既に身長を越されつつあったけれど、ついに抜かれてしまったようだった。いくらクローンの体格が男女兼用(ユニセックス)で中性的に修正されているとはいえ、この年の女の子には少々大きすぎるのではなかろうか。
「今朝も綺麗だね」
「ん」
「朝焼け」
「ん」
「もう、シクいつも上の空」
頬を膨らませる仕草に年相応さを感じる。僕はつい、適当に返事をしてしまう。コミュニケーションとしては最悪なんだろうが、この子相手だとうまく口が動かなくなるのは何故なのか。
ふと、僕が話しているケイはほんとにケイなのかな、と思う。脳味噌が残っていればケイなのか。からだに初め収まっていたものの八割が見知らぬ誰かのものと交換されても、彼女は彼女のままなんだろうか。どこかの時点でまったく別の誰かに取って代わられているんじゃないだろうか?僕にあいさつして、笑いかけて、僕のそっけない返事にむくれながらも身を寄せてくれる少女の何割が少女自身なのか?
そこで僕は、先月替えたばかりの眼球で自分の眼を覗きこむのだ。お前だって「ぼく」なのかよ、と。
僕には、二人がほんとうにシクとケイなのか、いつからかわからなくなっている。

#1 ニューハコダテ建設以降のほのかな相互的思慕と実存

#1 ニューハコダテ建設以降のほのかな相互的思慕と実存

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-17

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