雨と端数

ちょっとした不運が重なった物語

 目覚めが遅かったようだ。いつもは学校へ行く1時間前には目をさまし、支度が万全であるはずなのだが、この日は、寝坊してしまった。そして、追い打ちをかける様な愚図ついた天気。これは、教室まで送ってもらうしかないか。
 朝、目覚めたばかりで頭の回転も悪い中、自分より1時間早く起きている妻に教室まで車で送ってもらえるように頼む。
 「仕方ないなぁ」
 その一言で妻は教室まで自分を送る、タクシーの役目を負ってくれた。
 言葉は悪いものの、それ以外的確な言葉はない。もし、快く引き受けてくれたとして、「私もそこの近くに用事がある」と言われたとしよう。それでも、朝っぱら、午前8時半から開いている店も少なく、そんな時間から用事があるのは病院に用がある人だけだろう。
 なので、タクシーという言葉を使わせていただく。運賃は無料なのだけれど、そこは精一杯の愛情で払うとして……。
 我ながら、柄でもないことを考えるものだ。家庭ではクールにふるまっ……。
 それ以上の思考は停止させることにした。普段、気に留めずしている行為を、マジマジと考え見つめなおすと恥ずかしくもなり、坩堝に嵌りそうになる。
 そんなときは、手前で抜け出すのが一番の手だろう。
 そうこうしているうちに妻の支度も間に合い、30分の遅れも通常の自分の生活リズムへ修正し、妻の車で通っている教室へ時間内にルンルンとたどり着くことができた。
 車で送ってくれた妻に手を振り、去っていく車を見送り教室へと向かっていった。

 自分が通う学校は再就職支援のための学校で、そこでは通学しながら特定の資格を取れる程の講義を受けることができる。つい2ヶ月ほど、自分は5年間働いていた仕事をやめ、妻に「次の仕事、どうするの?」とは口に出さないものの、それなりの圧力を感じるため何かのきっかけに、と思いここの講義に応募し面接を経て通い始めた。
 今回は3ヶ月コースということもあり、内容を教えるペースは速かったものの、自分のスペックが良いためか(勘違い)、それほど授業に付いていけないということもなく、勉強は順調だった。
 そして今日は講義期間の半分辺りといったところ。通われている方も、若い人は25歳から50歳と幅広く、以前の仕事も様々な人が多く、話を聞くとそれぞれ思い当たることがあったみたいで、自分にとって良い知識となった。
 交友関係にも問題なく、時間は早々と過ぎていく日々。仕事をしていた時間とは大きく違い、何故か有意義にも感じられた。
 そう考えてしまうと、以前勤めていた会社が自分にとって小さく見えてしまうのだけど、そこで得られた経験、知識もまた別の事で生かされていくに違いない。
 ともあれ、「止まることなくチャレンジする」その精神を持って社会人生活の新たな一歩を進めるのだ、などと戯言を頭に浮かべつつ過ごすのだろう。
 実際、過ごしていたか。

 今日の講義もサクッと終わり帰路に着く。さて、自転車に乗って家へ颯爽と帰るのだ。
 外からは、朝から聞き覚えのある電波の悪いテレビのような、ザーザーといった音が聞こえる。教室の外から出ていなかったため頭から完全に忘れ去られていたが、今日は雨。
 チラッと見た天気予報でも午前午後、共に降水確率80%を超えていたのを思い出した。生憎、車で送ってもらったことをいいことに傘を自宅に忘れてしまった。そう、こんな日は「なんて日だ!」とでも言うのだろう。
 さて、そんなことはさておき携帯電話を取り出して妻に電話を掛けて迎えに来てもらおう。妻は現在スーパーのパートタイムでレジなどの仕事をしている。今日のシフトは運よく午前10時から午後3時頃であるため、いつも学校が終わる午後5時までには自宅へ帰っているだろう。
 で、電話電話と……。今日の不幸は朝寝坊から始まっていたのだろう。いつも携帯をいじる昼休みでは教室内での話が妙に弾み、一度も携帯に触れる機会はなかった。だからこそ、今の今まで学校に通う際使っているリュックに携帯は入れてあるものだと信じていた。だが、どこにも見当たらない。
 朝を思い出してみよう。目覚めてからドタバタと学校へ行く支度をし、慌てて妻に学校への送りを頼み、そして財布をリュックに入れ、そのまま妻の車でここに来て今に至る。うむ。この過程の中で、携帯に触れることは一度もなかったようだ。
 なら、前日の夜はどうだっただろうか。夜中の12時まで携帯アプリで遊んでいたのは鮮明に覚えている。パズ〇ラでダンジョンを周回してスキル上げ要因のモンスターを集めなくてはならず、モチベーションがある時にいっきにやってしまおう、と意気込んだ翌日がこれなのだから反省しなければならない。どこかの書籍にも書いてあったのだけど、精神科医の先生は男性について、「いつまでたっても心は子供であり続ける。」とあったのを引き合いに出し、正当性をだそうとするが、妻からしてみれば、いい歳にもなって……。というのが本音だろう。
 結局、携帯は昨晩アプリで遊び、自分の寝床の枕元で放置されたままであるところまでの想像はついた。
 となれば、ここ数年めっきり利用することのなくなった公衆電話を使い自宅へ連絡するしか方法はない。講義が行われる教室のあるビルの近くに、地方ならではの過疎化が進むショッピングモールがあり、そこなら公衆電話があるだろうと憶測で向かった。
 案の定、ショッピングモールの案内所らしき場所の隣に公衆電話が設置されていた。その横で、財布を取り出し電話を掛けるため財布の中から十円玉を探す。
 ツイテいない日というのはトコトンツイテいないものだ。財布の中身は野口さんが二枚と樋口さんが一枚。小銭は五円玉一つと、一円玉が三枚だった。
 五百円玉が一枚、若しくは百円玉が数枚あれば、自動販売機で缶ジュースを適当に一本買って十円玉を確保できるのだが、それは叶わない様だ。
 でも、千円札が一枚あるじゃないか。ただ、自分はそれを自動販売機に食わせる気持ちにはなれなかった。小銭が財布に群がることを良しとは思えなかったのだ。
 スーパーにでも行って小銭に変換するか。ショッピングモール内にあるスーパーへと足を運ぶ。勿論、レジで両替をしてもらう、なんてことはしない。大昔にレジのアルバイトをしている時、両替をしてくれと客とも知れぬじいさんに頼まれたことがあったが、面倒であるのと、持論なのだが、自力でどうにかなる事を業務外の事で他人に迷惑をかけることを良く思わなかった。プライベートでも仕事場でもそういう考えで自分は動いていた。
 なので、スーパーで妻と一緒に食べれるものを探して、そのおつりを公衆電話で使う方針にした。
 食べれるもの、といっても時間も夕暮れで夕食の時間も近いため軽く食べれるもの、且つ自分のへまではあるが、こういったことのために無駄な出費で多くお金を使いたくないため、安めのものを。
 お惣菜コーナーへと足を運ぶ。すると、はじめ目に飛び込んできたのはたこ焼きだった。値段も程よく軽食である。が、自分が食べたいという気がない。妻と一緒には建前であることを先に述べておく。遅かったとは思うが。
 その横に目を移すとたい焼きが置いてあった。三個入りで190と幾らかの値段。すぐにそれを買うことにした。お分かりの通り、食べたかったのだ(自分が)。それと500mlの飲み物を手に抱え、これで十円玉が手に入ると意気揚々にレジへと向かう。
 「297円です」
 (ん?なんだって?)そう心の中で叫びたかった。いや、計算するべきだったのだ、十円玉が幾つか帰ってくるように。その無計画さが現実にでて、こうしてへまにへまを重ねている。
 次の人が待っているのと、今更引き返すのが恥ずかしいという気持ちから仕方なく野口さんを差し出した。
 お釣りは700円。方針を、このお釣りを使って十円玉を確保する方向へ転換した。スーパーの隣には大抵パン屋さんがあるものだ。これは自分の経験上ではある。
 で、例のごとくここにも隣にパン屋さんがあるため、ここで十円玉のお釣りをもらえるよう頑張ることにした。この時点で、自販機で飲み物を買った方が安く済むこと、初めに掲げた無駄な出費は避けたいなどなどの気持は無くなっていた。
 店に置いてあるパンを眺めていると、とても美味しそうなレモンパイが置いてあるじゃないか。一目で胃はレモンパイを求めた。ただ、値段を見ると297円(税込)とある。罠だ。それを買うこと=無駄な出費に直結する。ここでへまは許されなかった。
 何か、調度いい都合にあった食べたいパンはないだろうかと、店内を物色する。だが、そんな条件のいいパンは見つからず、お腹の何か食べたい欲求を抑える我慢も限界に来ていた。
こうなったら……。
 人間、空腹には勝てない。この日はつくづくそのことを思い知らされる。思考は極端になり十円玉を確保する目標は頭から薄れ、とうとう適当に食べたいパンを買って運よく十円玉を集める行動に出た。ここで、前記述の「ツイテいない日はトコトンツイテいない」という言葉を引用させていただく。
 適当に選んだパンをトレイに乗せ、そのままレジへと出す。さぁ判定は?
「600円です」
 レジの女性は軽やかにそういった。
 今日は、そういう日なのだ。泣く泣く、さっきのお釣りの700円のうち600円を出しパンを買った。そして、店内隅にある飲食スペースでパンを食べ、お腹を満たすことにした。
 テーブル席でパンを頬張りながら、今日の出来事を思い返す。
 以外にも、後悔という思いは浮かばなかった。いや、後悔を通り過ぎてしまったのかもしれない。余りに自分が馬鹿なのと同時に、綺麗なこの小さな世界の理に妙に納得してしまったのかもしれない。
 公衆電話で自宅に電話を掛けるためだけに、随分と遠回りをしてしまった様だ。
 ふと笑いがこみ上げてくる。理由はわからないが、どこか面白い。それが有意義にも思えてくる事態。どこか頭が可笑しいのだろう。
 さっさと二つパンを平らげ、外の自動販売機へ向かい飲み物を買い一服する。
 そうして、やっと目当ての十円玉を二枚手に入れることができた。その十円玉を手に公衆電話のある場所まで戻り、自宅へと電話を掛けた。
 「プルルルルルルル。プルルルルルルル」
 そっと、ゆっくりと受話器を置く。

 ――――――――今日はそういう日なのだ。

 妻に迎えに来てもらうことを諦め、徒歩30分の自宅を目指し歩くことにした。急がずゆっくりと今日の、間抜けな出来事を噛み締めて。

雨と端数

雨と端数

外はあいにくの雨。そんな、優れない天気の日に主人公に小さい不幸(自業自得)がつぎつぎと襲う。そんな、のんびりとした話。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-17

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