英雄ですから
目覚めると、部屋の中はすでに薄暗かった。
日々血なまぐさい戦いに身を投じているからか、汗のニオイと腐臭が混じりあったこの空間にもいい加減慣れてしまった。綺麗好きな仲間に言わせれば、「近づくだけでニオイが伝染る」らしいが、俺からすればそんなことはどうでもいい。これは今まで戦い抜いた――生き抜いた、俺の勲章でもあるからだ。
魔物たちの猛攻から世界を守るべく立ち上がり、早数年が過ぎた。
志をともにする仲間もでき、今のところ、俺の冒険は順風満帆といったところだ。
だが油断はしない。王国の姫を救い、英雄と呼ばれるようになった現在も、星の数ほどの魔物が今も誰かを襲っているのだ。傷つけているのだ。だからこそ、英雄たるこの俺は、今日も剣を振るう。
起き上がると、部屋の扉の下から、二つ折りにされた一片の紙切れが差し入れられているのに気づく。この部屋にはポストがないため、こうしたのだろう。その紙切れを引き抜き、広げてみると、それは手紙だった。
『元気にしていますか。お父さん、お母さんは元気です。ちゃんとご飯は食べていますか。朝起きて、夜寝ていますか。昼夜が逆転した生活を送っていると、体の調子が悪くなります。規則正しい生活習慣を心がけてくださいね。たまにはこちらにも顔を出して、元気な顔を見せてください。忙しいとは思うけど、みんなあなたに久しぶりに会いたいねって話しているんですよ。それではまた、お手紙書きます』
それは母からの手紙だった。昔から変わらない、丸みを帯びた独特の字体。そうか、両親は今も、無事に過ごせているんだな――そう思うと、自然と口元が緩んだ。
平穏な暮らしから抜け出し、もうどのくらい経ったのだろうか。
だが、まだだ。世界を救うまで、俺の旅は終わらない。なにより――
「今さらのこのこ出ていけるかよっ」
手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てる。投げたそれはゴミ箱を大きく外れ、食べ終わったカップ麺の容器にヒットした。
暗い部屋を振り返れば、点けっぱなしのパソコン。表示されているのはネットゲームの美少女キャラクター。レベルはマックス。誰もが俺を、英雄と呼ぶ。
「俺は世界を救わなきゃいけないんだ……あ、日付変わったら新イベント始まるな……」
そして俺は今日も、新たな冒険を求め、旅に出る。
つまりは――ただのひきこもりだった。
「よっちゃん、手紙読んでくれた?」
ドアの向こうから母の声。俺は黙って、枕を投げつけた。
英雄ですから