あなたの気持ち
出会い
「サクラッ!!コッチダヨ」
私のために覚えた片言の日本語を喋りながら、手招きしているシェリーの方に走っていく。でも、そのおかげで今では大の日本好きに。特に日本のアイドルにはまってしまって、年に一回はお気に入りのアイドルのコンサートに行くためにここニューヨークから観に行く。
『よかったね、間に合って』
シェリーは覚えたての日本語を使いたがるけど、私は基本は英語。5才の頃からこの街にいるせいか英語はぺらぺら。日本語の方が危うくなるときがある。
『もー、日本語で喋ってよ!せっかく勉強してるのに!!』
シェリーはここブラウンシャーク学園の日本語講座をとっていた。この学園には私みたいな日本人はもちろん、ロシアやヨーロッパなどからたくさんの人達が通う大学。私とシェリーは大学寮で暮らしていた。親は大学に入学する時に日本に戻った。田舎でのんびり暮らすために。私はこの街が好きだったのと、シェリーと離れたくなかったから、ここに残ることにした。
『まぁまぁ。ほら、マイクが出るよ』
マイクというのは、シェリーの恋人。金髪のふわふわの髪と大きくてくりくりしてる瞳。どこからどう見ても、チワワ。性格も人懐っこくて、誰にでもフレンドリー。誰からも可愛がられる。でも、シェリーが言うには、2人になると男らしくなるらしい。
んな彼がこれからライブをするのだ。マイクはボーカル。甘い歌声に誰もが酔いしれる。だから、凄くモテモテなのだけれど、当のマイクはシェリーにメロメロ。誰もが憧れるカップルだ。
今日は新しいメンバーが加わって初めてのライブ。なんでも最近転入してきた人らしい。その人は、ギターとボーカル。同い年らしいけど、会ったことはない。
マイクが言うには、かなりのイケメンらしい。
『皆さんこんばんわ~。今日は新しいメンバーを紹介します。洋輔でーすッ!!』
このバンドのリーダーでもあるマイクが毎回一人で最初に出てきて、挨拶する。
…洋輔?
日本人?
『あ、いい忘れてたけど、日本人なんだって。同じだね』
『そうなんだ…』
その洋輔という人は流暢な英語をすらすらと低くて艶のある声から出てきた。
マイクが言っていた通り、かなりのイケメンだ。いや、お世辞抜きで。こっちの人たちを見てきたら、日本人のイケメンなんて全然比にならないなんて少し思ってたけど、この人は違う。なんていうか…整い過ぎてる。怖いくらいに。
『それでは、聴いてください。』
いつの間にか歌う準備をしていたらしい。どうやら彼一人で歌うみたいだ。そして、歌い出した…。
『凄かったね!!』
今はマイクを待ってライブ会場の外で興奮覚めやまないシェリーが早口で捲し立てていた。今日はマイクも歌っていたのに、その事はどうでもいいらしい。でも、シェリーがこんなに興奮するのもわかる。それぐらい凄かった。声が…綺麗で。甘い声。ラブソングだったけど、あんな声に愛してるや好きだよなんて言われたら即死だろう。事実、彼が歌っている最中に倒れた女性がたくさんいた。これは明日からの学校生活ががらりと変わりそうだ。周りは彼の話題で持ちきりだろう。
『シェリー』
後ろから声がして、振り返る
そこには子犬さながら飼い主に会えて嬉しいのかしっぽを振って喜んでるマイクとその隣に取り巻きをたくさん引き連れている洋輔がいた。
『あ、桜もいたんだ~。元気?』
『うん、元気だよ。相変わらずかわいいね~』
『当たり前だよ』
このやり取りは定番。自分の可愛さを自覚してるところがさすがだ。
『こっちは、洋輔。桜と同じ日本人だよ。歌、上手かったでしょ?』
その本人の周りにいる女子達が見えてないのかなんなのか紹介し始めるマイクだけど、その取り巻き達がうるさくてよく聞こえない。それに、洋輔とか言う人は周りの女子がうっとおしいのか無表情。ピクリとも顔が動かない。
(生きてるのかな…)
そんなことを思ってしまうほどだった。
『じゃぁ、私とマイクはこれから夕飯食べてくるけど、桜はどうする?一緒に来る?』
誘いは嬉しいけど、この二年間で学んだのだ。この2人と食べに行くと、羨ましくなることを。こっちが恥ずかしくなるくらいラブラブなのだから。
『いや、私は帰るよ。明日も朝から授業だし。』
『そう?分かった。じゃあーねー』
そういいながら、2人は手を繋いで仲良く暗闇に消えていった。
…で。なんか凄く…視線を感じるんだけど。それもひとつや二つじゃない。これは…早く帰れってことなのかな…。言われなくても帰るけども…。
『そ、それじゃぁ…』
小声で言ってから、早足で寮に向かった。
徒歩5分くらいでつく。その間、さっきの人たちのことを考える。よくあの取り巻きたちは明らかに無視されても頑張るな…。だって洋輔って人、全然興味なさげだったし、目も…そう、目なんて冷たくて、あんな目に見つめられたら固まってしまうかもしれない。
まぁ、でも、もう会うことはないだろう。同じ授業になったとしても話すほどでもないし。てか、あんなにモテモテなんだから、少しくらいデレデレしてもいいんじゃない?って思ってしまう。露骨になるのも嫌だけど。
寮は男女同じ建物で、右側が女子、左側が男子になっていて、エスカレーターが別々だが、誰でも行き来できる。日本じゃ考えられないけど。この学校の校長が面白い人で、若いうちはなんでもチャレンジ、失敗が当たり前ってことで恋愛も同じだ!ということで、寮を同じに、行き来できるようにしたらしい。まぁ、今のところなんも問題がないからずっと続いてるのかもしれない。
私の部屋は2階にある、二人部屋。でも、シェリーはほとんどマイクの部屋にいるから実質一人部屋。マイクは一人部屋なのだ。申請すれば誰でも一人部屋にできるけど、お金が高くなる。マイクは金持ちだから。あと、自動的に一人部屋なのが、男女の寮長。この二人は自動的に一人部屋になる。
「ふぅー…」
疲れた…。おそらく今日もシェリーは帰ってこない。久しぶりに大浴場にでも行こうか。部屋にもお風呂はあるけど、寮にも大きいお風呂がある。ばかでかいお風呂で泡風呂もある。温泉みたいな感じだ。ただ…混浴なのだ。さすがにこんな大きいお風呂、男男女別には作るお金がなかったのかもしれない。一応時間は分かれてるけど、みんな気にしてない。さすが外国人?なのだろうか。
時刻は9時。今日は学生がだいたい集まるのライブもあったから、まだみんな帰ってないのかもしれない。今がチャンスだ。ここの大学に入学してから今年で二年目。大浴場に入ったのは、一回しかない。そのときなんて、間一髪で男子に鉢合わせせずにすんだ。今日はそんなことがないように…。
「…誰もいない」
女子の更衣室には見たところ誰もいなかった。早く脱いでお湯に浸かろう。
ガラガラ…
お風呂にも誰もいないみたいだ。今日はついてたみたい。
「ふぅー」
やっぱり大きいお風呂は気持ちがいいわ~。眠っちゃいそう…。しばらく一番大きい浴槽に浸かってから、体を洗って、泡風呂に入った。
かれこれおそらく一時間近く入ってるけど、誰も来ない。これはもしかしたら、露天風呂にも入れるかも…。前回入った時はいけなかったから、早足に向かった。
「わぁー!」
友達から露天風呂はいいよーって言うのを聞いてはいたけど、こんなにとは思ってなかった。周りを森林が囲んでる。もう真っ暗で、あれだけど、昼間に入ったら、きっと綺麗だろうな…。早速中に入る。
「はぁー…気持ちぃ…」
貸切状態だし、こんなに大きいお風呂だし、静かだし…なんて贅沢なんだ。
「…あっ…んん…っ」
え?なに、この声は?自分の声じゃないのは確かだ。こんな…恥ずかしい声。もしかして…誰かいるの!?しかも…この聞こえる声からして…最中ッ!!??嘘でしょ!?だって、更衣室には他に服なんて見なかったはずなのに!!いや、そんなことよりもこんなところでそんなことしないで!!せめて部屋でやってよぉぉぉーーーッ!!動くに動けないじゃん…。
早く終わって…。
私はできるだけ音をたてないように入り口から離れたところに身を潜めた。露天風呂は中のお風呂よりも何倍も広い。だから、運が良ければ見つからないんだけど…。
「…あぁ…っ…」
え、なんかさっきよりも近くにかんじるんだけど…。そっと辺りを見渡すと…そこには、交尾中の男女姿が。
「…っ…!!」
声が出そうになるのをなんとかこらえる。目をそらしたいのに、衝撃的すぎて、そらせない。そこで分かったのは、男子の方がさっき紹介されたばかりの洋輔だった。そして、相手の女子は…私と同じ日本人の紗由理さん。年は1個上。めちゃめちゃ美人で優しくて入学したばかりの時、何度もお世話になって、今でも気にかけてくれていた。まさか…こんななところで、シテるなんて。しばらくすると、紗由理さんの方が先にお風呂から出ていった。私には気づかなかったみたいだ。
早く男子の方も出ていってほしいんだけど、なかなか動こうとしない。
(どうすればいいのぉぉぉーーッ!!)
ちらっと好奇心に負けて、男子の方を見る。相変わらず真っ暗な森林のほうをボーと見ている。さっきは少ししか顔を見れなかったけど、改めて見ると、マジで格好いい。濡れた黒髪を邪魔そうに後ろにかきあげる仕草、そのときに見える顔のわりにがっしりしてる腕、切れ長な瞳。なんだろう…心臓が痛い。直感的に早くこの場から去った方がいいと脳が告げているように感じた。
そろーっと静かに中を目指す。例え気づかれてもいい。そのときは振り返らずに早足で…もう会うことは…あるかもしれないけれど話すことはないだろうから。
あと、五メートル…四メートル…三メートル…もう少し…もう少し…
「おい。何逃げようとしてんの?」
久しぶりのきちんとした日本語。そして、低くて艶のある声。今ここにいる男の人。
(ヤバイ…気づかれた…ッ!!)
いや、大丈夫。振り返らずに早足に歩き続ければ問題ない。問題ないんだけれど…。
「…ッ!!??」
(嘘でしょ!?何で!??なんでこんなときにあんたらが入ってくんのよぉぉぉーーッ!!??)
露天風呂からかすかに聞こえる男の声。そう。私がモタモタしてるあいだに、男子学生達が中のお風呂に入ってきたのだ。もちろん更衣室にいくには中に入ってあの人たちの前を通らなければならない。これがシェリーとかだったら、普通にタオルを巻いて堂々ともしくはもうタオルなんて巻かずに歩いていくかも知れないけれど、私にはそんな真似できない。第一人に見せられる体じゃないし…。あー…なんで露天風呂なんて入ってしまったの?欲張らなければよかった…。
「感謝しろよ。」
「ひゃぁ…ッ!!」
あなたの気持ち