30センチ

30センチ

ある朝目覚めたら左手の中指の爪が異常に伸びていた。
どういうことかイマイチ理解できないのだが、伸びていたものは伸びていた。
普通に爪が伸び過ぎていたくらいなら大して気にもしないのだが、今回は違う。左手の、中指の爪だけが伸びているのだ。それも30センチ近く。
とりあえず割れそうで怖いので爪切りで切ろうとしたのだが、どうにも安定しない。30センチ定規を2本指でつまんでみると意味がわかるだろう。爪の先端がふらふら揺れてしまってものすごく切りづらいのだ。
仕方なくハサミを取り出し、中ほどで切ってみた。
ハサミが折れた。
特に力を込めた訳ではない。ちょっと挟んで力を入れただけなのだが、ぱきーんという爽快な音と共に刃が折れた。
30センチの爪は傷一つない姿で俺の中指に屹立している。何だお前は。
ハサミの破片を右手で回収して不燃ゴミの袋に入れた。左手がちょっと重くて鬱陶しい。
とにかくこの爪をどうにかしなくては。このままでは会社にも行けない。
再度爪切りでの形成を試みる。爪がふらふらする問題は解決できていないものの、ようやく爪切りの刃の間に爪が入ってくれた。
ぐっと右手に力を込める。
切れない。
もっと力を込める。
切れない。
というか爪がぐにぐに曲がって痛い。
理由は簡単、若干我が家の爪切りが古いため切れ味が悪いのだ。基本的に力を込めれば切れるのでまだ買い換えなくてもいいと思っていたが、まさかこんなトラブルが発生しようとは。
爪が異常に長いというのは少し怖い。
爪が伸び過ぎた経験をもつ人間ならわかるだろう。ちょっとしたことで捲れそうになるのだ。30センチ近く(計ってみたら28.6センチだった)の長さになるとその不安も大きい。
この爪を早いところ切ってしまわねば朝ごはんも食べることができない。パンとか持ちにくいことこの上ない。
何か使える物はないか捜索した結果、幸運にもペンチが見つかった。これでパチンと切断してくれる。
ペンチを鷲掴みにし、左手の中指の爪にあてがう。さようなら異常事態。こんにちはいつもの爪。
ぱちんという音と共に爪とペンチが折れた。
冗談じゃない。まだ1センチ程も残っているというのにペンチが壊れるなんて。いや、そもそもペンチの刃は可動部から先がぽきっと折れて落ちるような物だっただろうか。そんなに伸びた爪は硬い物なのか。初めて見たのでよくわからない。
しかし危機は脱した。まだ1センチ程残っているとはいえ、爪は生活可能な長さになった。まっすぐ横に切断しただけなので四角く角があるが、問題ない。引っ掛けないよう気をつけて着替えに取り掛かる。
が、ワイシャツの袖に腕を通そうとしたとき悲劇が起きた。
びいっっという耳を塞ぎたくなるような音と共に脇から肘までワイシャツに裂け目が完成してしまった。なんてことしてくれる。
仕方なくゴミ袋に脱いだワイシャツを詰める。一枚1000円未満の安物とはいえ惜しいことをした。爪切りで形を整えるのが先決だったか。
が、爪切りが見当たらない。さっき使って何処に置いただろうか。なんとなしに一歩前へ出る。
何か踏んだ。爪切りだった。曲がった。
こればかりは爪の所為ではない。自戒の念を抱きつつ2年の歳月を共に過ごした爪切りに別れを告げ、爪のことは諦めて着替えを再開した。
が、ズボンを脱いだ後私は会社に電話をかけ、今日は休むと伝えた。

右足のすね毛が下半分だけ異常に伸びていた話は、また別の機会にしておこう。

30センチ

またアホな物を書き上げてしまい申し訳ございません。反省はしていません。by作者

30センチ

一般的な商社に勤める32歳独身、浅田雄一。好きな食べ物はゴーヤチャンプルー。平日は忙しく働き、有能な人材として上司からも部下からも信頼され、休日は適度に酒を嗜みながら趣味の読書をする。落ち着いた性格で顔立ちも整った彼は、馴染みの居酒屋の娘に密かな想いを寄せているもののその自覚はない。周りから見ればお似合いの二人で、仲の良い互いの両親もあわよくば結婚を…と願っているもののなかなか進展を見せない。そんな平凡な男にある日、次々と悲劇が襲いかかる…!

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-14

CC BY-NC-ND
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