椎茸アレルギー

椎茸アレルギー

何を隠そう私は椎茸アレルギーだ。
椎茸は大好き。
大好きなのにアレルギーなんてあり得る?

光が見えない

盲目の闇の中。繰り返す呪文のように、刹那のちょっと手前彼の鼓動から光が見えた瞬間。

「ちょっと待って」

永遠に思えた快楽が現実に私を引き戻す。

「イキそうだから」

恍惚と鳴るあの海への誘いをひとつ見送ると
また静けさを取り戻す波打ち際の白い波。
ここまでだったら一人でも来れるのに。


さっき私は二回イカされた。一度目は指で。二度目は唇で。
だけど求めているのはもっと深い海の向こう。
海岸沿い階段を駆け下りただけまだそこへ辿り着いた訳ではない。

「少し休む?」

苦し紛れの言い訳に呆れながら、わずかに残る優しさを持ち寄れば

「疲れてるからごめん」

何一つ受け入れられず崩れ落ちる砂の城。

「じゃもうやめる?」

またしても未遂に終わる自己満足的な結合に弄ばれたままの私が業を煮やせば、

「つか。もう十分良かったでしょ」

無機質な言葉にまた胸が締め付けられる。

いつだってこいつはそうだ。自分勝手な都合ばかり。ギリギリの所まで私を連れてきて突き放す。疲れているのは私だって同じ。それなら最初から何もしなければいい。

「じゃさ。今度はそっちがしてよ」

でた。結局は私を満足させられない自分が許せないんでしょ。
言葉が喉をついて出そうになるのを抑えて睨みつけると、ヘラヘラと背を向けて目を瞑る。別に喧嘩してまでしたい訳じゃない。勝手に始めて勝手に中断して勝手に終わらせる、その感覚がどうしても私には理解出来ないのだ。おまけに自分だけ納得をしてひと息ついたのかと思うと、のうのうと携帯をいじりだす気配りのなさ。子供かよ。諦めに似た感情に唇をギュッと噛み締めると怒りよりも先に悲しみが込み上げてくる。もう何をしても無駄なのかもしれない。ゆっくりと膝を立てて見下すとびっくりするくらい無防備な奴の背中。

「じゃ今度は私が上になる。寝て。仰向け。」

眠れる森の蛞蝓王子

さっきまで天井ばかりを見ていたから悲観的な気持ちにばかりなっていたのかもしれない。部屋の隅々まで行き渡る暗闇に目を慣らして目を凝らすと、やっと見えて来る本当の世界。そもそも感情なんて物はこの世界に色を添える為に存在していて、本来はあるべき姿で存在する透明な空気みたいなもの。例えそれを自ら意志を持って壊そうとも、守り抜こうとも、誰にとやかく言われる必要もなく私の自由で、侑斗がそれを望む限りそれは愛としてそこに存在していて、私はそれを分け与える事を止める訳にはいかないのだ。
侑斗にとって本当に自分が必要なのかどうかわからない。ただ愛される事に貪欲で愛する事に屈折してしまった不器用なこの男は、まるで子供みたいでとても可愛いと思う。

「どうした?」

ふと視線を上げると侑斗とじっと私を見ている。

ばれたかな?怒ってるのばれた?

気を取り直してレミがゆっくりと姿勢を正すと、相変わらず警戒を示さない体勢のまま侑斗がこちらを見上げている。

「早く舐めてよ」

侑斗の催促に促されながらレミが視線を下にすると、さっきより少し大きくなったそれが立体的に横たわっている。

大丈夫。まだ何も気付いていない。

さっきまでの態度とはあからさまに違う侑斗の態度に目を細めながらも、ニヤニヤとまとわりつく侑斗の右手がレミの乳房に触れると想像していたよりも高い侑斗の体温。レミはすっかり凍え切って感覚がなくなってしまった自分の心を入れ替える為にパラパラと顔に纏わりつく髪を一つにまとめると、魂のぬけた人形の様に横たわったままの侑斗の体にキスをして確かめてみる。濡れた唇が身体に触れる度ピクピクと反応を始める電波塔の様な侑斗の身体。そしてレミが侑斗の先端部分を優しく唇で包み込みながら舌先を上下させると侑斗の身体が少しずつ強張っていくのが唇に伝わる。

ここまで冷たくあしらっているのに、何とも思わないなんてどうかと思うけど…。

無造作に舌先を転がしながら徐々に暖まってゆく頭の中で、無神経で人に気を使う事が出来ない侑斗の自己中心的な性格を「人を疑う事さえも知らない素直な性格」という解釈にすり替えてみると、思っていたよりは憎らしく感じない侑斗という存在。今となってはもう過去になってしまったけれど、髪を撫でている侑斗の指先に少し前までは間違いなくあったはずの優しさを投影させてみると、走馬灯の様に愛おしい気持ちが蘇って来る。

まだしたいと思ってもらえるだけでもいいのかな?

繰り返されるSEXの形の中でレミが見出した自分の価値。それはレミが自分自身のプライドを守る為だけの都合いい言い訳であって、この男にまた一つ誤魔化されているだけの事なのかもしれないけれど。
レミは今まで侑斗に費やして来た時間を振り返りながらも、いつの日も満たされる事のなかった侑斗とのSEXになぜ自分がこんなにも依存してしまっているのか今もまだ分からずにいた。単にしたいだけ快楽の為だけのSEXならば、自分で自分の気持ちを騙し切る事さえ出来れば何でもない事なのかもしれない。ただ独りよがりでマスタベーションの延長の様な侑斗のSEXの自信をへし折らない為に付いた嘘はいったい誰の為に付いた嘘なのだろうか?何処までも漠然と答えの出せない疑問に大きなハテナマークを掲げると、労わりの気持ちよりも諦めの感情が際立ってしまう。
レミはそんな自分の考えを悟られたくなくて、なるべく感情的にならないようにそっと侑斗の唇に触れてみると、キスを避けるその侑斗からの拒絶に心をまた痛めてしまう。

薄暗い照明を浴びながらただ繰り返すだけの営みに降り出した雨の音がパラパラと窓を叩いて、ふと視界を上げると鏡の中に自分の姿が映っている。そして鏡に映る自分をぼんやりと眺めていると、なんだか自分自身か別人に思えてとても不思議な気持ちになってゆく。

なんだか私娼婦になったみたい。

カラフルな世界とは真逆で感情のないこの世界。普段誰にも見せる事のない裸の自分が今、服を着ていない男にまたがってすべてをさらけ出している。どうしても受け入れ難い事実に心を閉ざすとすべてが不自然に見えて目の前に広がる世界そのものが、まるでバーチャルサウンドノベルのゲームの様に架空の世界の出来事の様に思えてしまう。SEXという方法でしか前に進めないように設定された今という現実も自分もすべて実際には実在しない夢の出来事なのかもしれない。
レミはつい行き過ぎてしまう妄想にウンザリとしながらも、そのくせSEXで自分をひれ伏させて欲しいという願望に囚われ続けている頭をどうしてもリセットさせたくて鏡から視界を逸らすと、半強制的に進行して行くこのゲームの展開に自分の気持ちを最優先させてみる。

ゆっくりと頭を下にして温くなった愛を注ぎ込むのは私。
グッタリと身体を楽にしてすべてを委ねるのは不能になった可哀相な戦士。
なんだかそれは私の味がして不思議な感じがしたけど、やがて息を吹き返すその命は必ず私に力を与えてくれるだろう。

てか。一生で何回するのかな?

ぽっこりと浮き出てきた血管を眺めながら、今まで自分を通過してきた男達の数を数えてみる。全く違う事を考えながらだって普通に出来るくらい沢山して来たけど男の人がされるのってどんな感じ?そんな事を考えながら、また1人の男を無口にさせている自分自身が鏡に映ると今度は自分が凄く誇らしげに思えてくる。

しょっぱい。

カウパーはしょっぱい。
なんだ。もう気持ち良くなってるんじゃん。

「ちょっと待って。」

レミは唇を止めて立ち上がるとテレビから発せらるカラフルな電光をたよりにキッチンまで足を進める。そして冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出すと口一杯に広がる侑斗の体液を一緒に飲み込んでから氷を一粒口に放り込む。無機質な青白い光に照らされた私のいない世界。ただぼんやりと侑斗が横たわっているベッドを見ていると、ひんやりとした冷気が身体を包んで気持ちいい。

「もう終わり?」

半分起き上がって何かする気など到底ある訳もないのに、いちいち指図したがる侑斗の言葉。勿論そんなもの無視をして再び侑斗が横たわっているベッドに腰を下ろすと、大きくなったままペニスと小さくなった氷とをそのまま一緒に口に含んでみる。

「冷たっ!」

一回ビクっとなって一瞬縮み上がる。特に意味はない。遊んでいるだけ。

なんだ。あんまり冷たいのとか関係ないんだ。
だけど、さっきまでずっと普通だったのに、どうしてこんなにすぐ、大きくなるんだろう?

ニヤリと男を見下すようなレミの怠慢に一度は睨みつけたものの、物怖じしない様子で見上げている侑斗の茶色の瞳。そして溶けた氷とカウパーが混ざってヌルヌルとしている口の中でヌメヌメとした生き物が再び膨張を始めると、あのオクラを食べた時のような不思議な食感にボンヤリとイメージが浮かびあがる。

大きくなったり、小さくなったり、長くなったり、短くなったり、ナイーブでしょっぱくてキモ可愛い生き物なーんだ。
つか。そのまんまじゃん。やっぱり、蛞蝓みたいに塩をかけたら死ぬのかな?乾いた場所では生きられないとか同じだしなんか笑える。

サバサバとした気持ちになって唇を止めるとあっと言う間に瀕死状態に至る可哀想な生き物。そして蘇生を試みるようにもう一度喉の奥の方まで飲み込むようにしてやると、今度はいっきに成長して喉の奥にまで攻撃を仕掛けてくる。

なんかコイツ。男そのものより単純だから好きかも。

濃厚になってゆく味覚の変化に侑斗の器量を把握すると、隠れた才能の片鱗を現し始めるのはレミの技巧。これかすぐに本番を迎えるシナリオ通りの茶番劇に心の準備を整えると、連鎖的に反応を示すよく出来た自分の体の作りに感動さえも覚えてしまう。

もう出来るかも。

ジンジンと熱を持つレミのそこから溢れ出すふしだらな液体が、肌を伝って太ももまで到達するのを感じ取ると、侑斗の人差し指が既にその中に差し込まれている事をはっきりと実感できる。
そしてフワリと宙に浮くような快楽に身をよじりながら、腰を前後させると絡みついた舌先に熱い吐息を感じる。

「してもいい?」

レミの催促に黙ったままの侑斗がゆっくりレミの身体から離れると侑斗を下に馬乗りになるレミ。そして自分の入り口を指先で開口させながら侑斗のペニスに擦り付けると混ざり合った粘膜が糸を引いている。

「気持ちいい?」

グリグリと擦り付けるように何度も何度もすると我慢ができなくなって声が出てしまうらしい。

「あっ。ちょっとヤバいかも」

早くも白旗をあげようとする侑斗の拒絶にレミが腰を浮かせると、今度は浅く上下させる様に浮遊させる。だんだん大きくなって行く感覚に決して自分を見失わないように身体の外側だけを開放して、グンと突き上げる侑斗からの重い差し込みに同じだけの力で答えてみせる。そしてそのギリギリの感覚を保つように、今度はこちらから更に奥で留めて腰をカクカクとさせるとやると侑斗の身体がまた硬直をはじめる。

これが気持ちいいんだ。

眉をしかめてぐっと堪えているのを見ればよくわかる。だからレミはそれをひたすら続ける。首を横に振ったって絶対に容赦はしない。そして限界が近ずく度、強くなる侑斗からの下半身からの硬直にレミが身体を預けると、今度はレミを下に返して反旗を翻す。そして更に深く突き上げる強い波動に壊れそうになりながら、しっかり侑斗を受け止めれば、後はもう重力に逆らうこと無く落ちていくだけ落ちて、燃え尽きるだけだ。

やっと本気になってくれた?
侑斗が上になる時は本気のサイン。

仕留めた獲物を分け与えるように恥じらいに本性を隠した自分を差し出すと、いとも簡単に遂げられる結合。そして抜くだけの男が抜かせるだけの女の中に入って来ると、マニュアル通りの融合に感化してゆく。レミは大袈裟なくらい感じて、過剰に激情してみせる。更に激しく連打させる単純さ加減といい、そのワンパターンなやり方といい、チョロい。絶対に言葉にはしないけど本当にチョロい。
深く深く何度も汗で身体を滑らせながら、カタカタと部屋が震えてゼンマイ仕掛けのオモチャみたいに痛いくらい突かれながら、抱かれると身体よりもココロがイキそうになるけど、レミは絶対にイカなかった。相手のペースに合わせて自らの腰をうねらせるだけ。

どのくらい続けたのか全く覚えていない。
そして高熱に魘された後のような長い沈黙に覚醒した心が目をさますと、バタリとうつ伏せたままの侑斗はもう動かなくなる。
レミの身体に注がれた白い液体。
数億万の命の残骸を眺めならがらレミは絶対的な勝利を確信するのだ。

王子様は眠りにつきましたとさ。半分笑って半分泣いて永遠にサヨナラ。
こいつはキスじゃ目覚めない、下半身に脳みそがある蛞蝓王子。


深い深い眠りの中。悔しいくらいの安らかな侑斗の寝顔。ただぼんやりとやり遂げた満足感に浸って世界に佇むとまだ不完全に濡れたままの陰口がジンジンと脈打っている。レミは1人自分の指先で小さな絶頂を迎えると、きゅっと萎縮する膣の気持ち良さに息を潜める。そして悲しみの呪縛から解き放たれた様に、直視出来なかった悲しみが星になって溢れ落ちると世界がやっと真実を語り始める。

「上手い」とか「下手」とか「合う」とか「合わない」とか、そうゆう問題じゃない。私は君とSEXがしたいんよ。



盲目のまま光を求める私だけの孤独。
夜の海は本当に真っ黒で怖い。
光へ向かえば必ず辿りつく闇の果て。
短い切なさは泡の様に消えてなくなるけれど…
殺してしまおうとは思わない。
生かしたままどこへ連れて行こうか?
悪魔の誘惑に自らを戒め
私は諦めに似た快楽に溺れる。
悲しくなんかない。
ただ光が見えないだけ。
細い糸を手繰り寄せる。
それだけなんだから。

未亡人


「ねぇ。ねぇ起きて!時間だよ。大丈夫?」

慌てふためいた様子で服を着る侑斗の背中を見送りながら、脱ぎ捨てたシャツに袖を通すと、「そんなに急いで帰らなくてもいいのに」という想いにまた気持ちが重くなってしまう。
脱ぎ捨てたままの下着をつけて、時計を見上げるともう午前三時。テレビから聞こえるカラーバーのテストコールが今日一日の終了を告げるのと同時に今日1日の始まりを告げている。

「今度何時会える?」

侑斗からの問いかけに『次なんかあるわけない。』とシカトを決め込むと静まり返った部屋の中に重苦しい空気が流れてゆく。

今、私達に許されているのはSEXを終えた後に訪れるこの僅かな時間だけ。普段街を堂々と肩を並べて歩くことが出来ない2人にとって、唯一自由でいられるこの時は大切な時間だったはずなのに。レミは刻々と近づいてくる別れの瞬間を引伸ばす為に、侑斗の背中をぎゅっと抱きしめてると、さっき触れあった時よりも遠く感じる距離が切ない。

「いつなら平気?」

繰り返し問いかけて来る侑斗の言葉に頷きながら、仕方なく手帳のスケジュールを確認すると幾度も延期されてきた約束に、引き伸ばされてきたレミの予定が修正液で直されている。
それは決して自分の手を汚さずに徐々に距離を置いて女に別れを悟らせるプロの男のやり方で、レミはどうしても侑斗の言葉一つ一つに疑いの目を向けてしまう。

私の事などもう愛していないのに、どうして次の約束が必要なのだろう?

常日頃から疑問に思う所ではあったけど、多忙な侑斗にとって私との密会は一体どういった位置付けにあるのだろうか?都合のいい女?それとも上手く切る事の出来ない都合の悪い女?結局今となってはそのどちらかにすぎないかもしれないけれど。最近の様子を見る限り後者の方に心変わりをしたのかもしれない。
つぎはぎだらけの言い訳に宙に浮いたまま守られる事のない約束がまたレミを疑い深くしてしまう。

「いつなら平気って忙しいのはそっちだし、連絡してくるのしたい時だけでしょ。」

自分の言葉に棘はあっただろうか?
レミはつい口走ってしまった言葉に息を飲むと、少し考えた後さして気に留めない侑斗を様子を伺ってみる。

「今週は忙しいから来週かな」

「私が合わせるから何時でもいいよ」

フォローを入れたつもりがまた侑斗のペースにはめられてしまう。

「じゃ来週。週末連絡するから」

あらかじめ用意されていたかのようなセリフで守るつもりのない約束をいちいちしたがる侑斗の気持ちはわからないけれど。
半分嬉しいような悲しいようなそんな気持ちで久しぶりの再会に手を振れば、まるで牢獄の扉の様に軋んで重い重低音が部屋に鳴り響いて、もう二度と振り返る事のない後ろ姿が暗闇に消えてゆく。
どうして私達はこんな風になってしまったのだろう?
少し前までは抱きしめ合ってなかなか離れることなんか出来なかったのに、やっぱり男ってそうゆう生き物なんだろうか?
ゆっくりと扉を閉めて真っ白な壁を見つめると、もう二度開く事のないドアの向こう側に絶対に自分が知る余地のない侑斗の本当の世界がある事を深く悟ってしまう。
不公平と言う概念に捻じ曲がってしまった自分の考え方は絶対に間違っていると理解しながらも、愛や綺麗事で私を翻弄して自らの力では補いきれない程の愛情を強要する侑斗の恋愛感に寄り添うと、大きな犠牲をともなって台無しにしてしまった平穏な日々。マザーコンプレックスのように潔癖すぎる繊細さで正論を語るくせに、まるで何もなかったかのように家族の元へ帰っていく理不尽な後ろ姿を見送ると、怒りの矛先を本人ではなく侑斗の一番大切な者に向けるざるを得ない環境を作り上げてしまっている侑斗の不甲斐なさに呆れ果ててしまう。

「それならもっと上手に利用してくれたら私だって割り切る事が出来るのに」

私を完璧に騙しきれない侑斗の詰めの甘さに原因があるとしても、今以上深い関係になれないのはそもそも最初からわかりきっていた事。そんな事よりもその時に感じた気持ちがもう消えて、今私という存在を重荷に感じているのなら、ただ単純に侑斗が私にこの不純な恋愛を覚悟を強要したあの日の様に、同じだけの覚悟を持ってピリオドを打つのが筋ではないだろうか?
以前よりも私らしく強く生きていけている私がここにいるのはなぜか?今まで誰にも心を見せる事がなかった私が侑斗の為にここまで出来たのはなぜか?その私が波風の吹かない平凡な日々に今更帰りたいとは絶対に思わないのだから。もうやりっぱなしなど通用しない。

レミは自分が意固地になってしまうのは負けず嫌いな自分の性格のせいなのかもしれないと反省しながらも、今日を最後に不要になってしまうハンディマッサージャーやローション。そして何度も何度も私という入れ物に差し込まれる度に私の粘液に絡みついていた左薬指の月桂樹の誓いにただ一度たりとも罪悪感を感じさせる事のなかった侑斗の考え方が如何しても気掛かりでならなかった。侑斗はきっと自分という存在がなんでも許してもらえる存在だと勘違いしているのかもしれない。一体侑斗の理想は何処に向かっているのだろうか?怒りの気持ちと半分開き直った気持ちが混ぜこぜになって、その思いを粉砕するかの様に一気に窓を開け放つと、生温い6月のベタベタと湿度を持った南向きの風が吹き混んで、この部屋の空間を一層鬱陶しいものにしてしまう。
ウンウンと唸りを上げる換気扇の前。ちっとも美味しく感じないメンソールを一口吸い込んで吐き出すと、その考えを打ち消すようにもみ消したセーラムの甘い香。いっぱいになった灰皿の吸い殻とティッシュに包まった侑斗の残骸をビニール袋に捨てて、黄色いブロッコリーの花をそこに供えると、まるでやもめの様な女がただ一人今日も超越しきれなかった負の免罪を償うのだ。

きっと侑斗のような男が、侑斗が自ら憎んで止まない母親のような女を作り上げてしまうのだろう。そしてまたその男を作り出すのが、私を捨てた父親と同じように自由気ままな恋愛感を持つ男を愛してしまう、侑斗の母親のような私という女。
負の連鎖に翻弄された私達に未来などある訳がない。

ただそんな事御構い無しに出逢ってしまう悲しい運命の中。今はまだ何も知らずに幸せな毎日を過ごしている無知で大切で可哀相な侑斗の家族は、何時迄も蚊帳の外で、世間体では無く、他人事では無く、自らの秤で侑斗の罪を測る時、どんな感情を持って許す事が出来るのだろうか?

そんな事私にはもう関係無い事なのかもしれないけれど。

女だけ許されなくて男だけ許される糞みたいな掟に被虐された、物凄く汚くて正しいの私の考え方。だからこそ私は自分自身を犠牲にしてまで潔白で居たいとは絶対に思わないのだ。
白か黒か。それは間違いなく両者真っ黒なのだから。
あいつが帰った後私は空っぽで何一つ手につかなくなる。
だからもう終わりにしよう。何時だってそう決心するのだけど…

HIRO

ヒロと初めて出会ったのはどれ位前の事だろう。
思い起こせばもう十年以上もの月日が経過してしまったのかもしれない。それは花も草も土も水も月さえも凍りつくような寒い冬の夜の出来事。ヒロは私の目の前に現れた。


「鍋やってるから今すぐ!おいで!」

突然の友人からの誘いの電話に暇を持て余していたレミは財布片手に部屋を飛び出すと、マフラーをグルグル巻きにして豪徳寺まで自転車を走らせていた。
真夜中の世田谷通りは風が冷たくてフードを被っていてもキンキンと耳朶が痛いくらい。誰一人すれ違う事のないゴーストタウンの様な年末年始の商店街を抜けて、途中ポツリと灯りを灯しているコンビニで自転車の籠いっぱい缶ビールを買い込むと、真っ白い息を吐きながらモクモクと水蒸気を上げる機関車みたいにレミが銀河を駆け抜けてゆく。

世田谷区下高井戸にある香織の女子社員寮は、駅から少し離れた住宅街にあるマンションを借り上げた学生寮の様な造りだった。自転車を玄関先に止めてからオートロックのあるインターホンに部屋番号を入力すると、部屋の白く曇った窓ガラスに落ちた水滴が街頭の光にキラキラと反射してイルミネーションのような色彩が真冬の空気の透明度を表している。
携帯を取り出そうと手袋を外してポケットに手を入れると

「遅いよー。入って入って。」

インターフォンの篭った香織の声が住宅街に響き渡る。そして全面ガラス張りの自動ドアがガーっと両側に開くと、ふんわりと暖かい空気がレミを包み込んで真夜中の来客であるレミを歓迎してくれた。年末年始の帰省中でシンと静まり返る玄関スペースには大きな靴箱に二足の靴が収納されていて、玄関のタイルには何足かのスニーカーが脱ぎ捨てられている。

男?

女物とは思えない大きなスニーカーが目に入る。

マジかよ。と、靴を揃えて玄関を上がると一番手前にある大部屋から男女それぞれの笑い声が聞こえてくる。おそらくそこが今日のメイン会場らしい。

「おー。朝ちゃん来たかー」

高山の声に耳を疑う。

「げ。やっぱ男いるじゃん!しかも高山」

女友達の誘いだと勘違いしたレミは見事に隙だらけのノーメイク。しかも前髪丁髷のジャージ姿で、後悔後には絶たずとはよく言うけれど、年初めの初お目見合わせに幸先悪く最悪の面持ちで参加を余儀なくされる事なったのだ。

なんじゃこりゃ。

玄関横にある姿見の中の自分の姿に愕然としながら、仕方なくコートを脱いで小さくまとめると大部屋から迎えに来てくれた香織に手見上げのビールを手渡す。

「なんか盛り上がってるね。上」

一番の天敵である高山との対面を一秒でも長く引き延ばす為、出来るだけ小さな声で香織を招き寄せると、香織言わく丁度二階の部屋でもタコ焼きパーティーをしているらしく、時間稼ぎの為でもあるけれど、ついでだからちょっと顔だしてくれば?との事。

「じゃちょっと先顔出してくるわ。あのさ。ちょっと私化粧とか何もしてこなくてヤバすぎるからさ。香織の部屋のトイレ貸りてもいい?すぐ戻るから」

「そお?何時とかわんないけど」

色んな意味で失礼な香織の言葉に苦笑いしていると、不思議そうに笑かける香織。返事も待たず2階へ避難しようと手を振ると、パタパタと足音をさせながら高山が近ずいてくるのがわかる。

「すぐ戻るから!ごめん。」

ジリジリと歩みよる高山から逃れる為レミが足音を立てないよう階段を駆け上がると、二階廊下まで聞こえる高山の大きな話し声。そしてそこからじっと高山の様子を伺っている。

「危なかった。」

レミは高山が部屋に戻るのを確認するのと同時にそっと香織の部屋に避難する。そして窓ガラスに映りこんだ自分の無沙汰な醜態を再確認すると改めて胸を撫で下ろすのだった。
それにしても酷過ぎる…。別に高山がいるからレミが女でいなければいけない訳ではない。ただあえてそこに理由があるとすれば、高山がいるからこそ絶対に油断ならないのだ。
迫りくる危機を一つ突破したものの、もしも今日この無防備な醜態をさらけ出せばあの日の朝ちゃんは酷かったと、何時迄も突っ込まれるのは絶対に避けられない事。レミは泣きそうになりながら髪を解いてバスルームの灯りを灯すと一段と明白になった残念な自分の姿に喝を入れる。それに、そもそもは男がいて、自分が女である以上こんな格好のまま登場する訳にはいかないのだから。

和風家具で統一された寺子屋のような香織の部屋。この部屋は十帖ほどあるフローリングでトイレとは別に浴室が完備されている。
バスルームの扉を開けるとまだ使用したばかりなのかシャンプーのいい匂いがしていて、蛇口をひねる真っ白な湯気を立てた温水がレミの指先を温めてくれた。

さあ!どうしたものか⁈

刻々と近づいてくる敵との遭遇に備えて、まず化粧をしたいのだか、今日は何も持って来ていない。せめて前髪くらいはどうにかしたいものだけど。一度ぱっくりと開いてしまった前髪は、水で濡らしたくらいじゃ収まる訳がない。

両津勘吉。

頭に浮かぶ残念なイメージ。レミはそんな自分を払拭するように、鏡の中の自分自身と向き合いながら一度髪を湿らせると、ピッタリとおデコに張り付いてどうにもならない前髪をリセットさせてみる。そして徐ろにあたりを見回して丁度ポケットに入っていた錆びたヘアピンを見つけると、前髪を手ぐしで梳かしてから斜めに止める。うん。なんとかギリギリ誤魔化せる。ボサボサ女が脱ボサボサ女になるくらい。

化粧はないから仕方ないとして…

鏡のまえで試行錯誤しながらもそれなりに整った顔立ちは化粧なしでもまだまだ許される二十代のレミ。
つか顔なんとかしたってジャージだし意味ないかとか。別に男がいるといっても高山だしとか。深く考えることはないか。とかとかとかとかとか。悪戦苦闘を繰り返しながらも、さっきよりはマシになった自分自身を眺めてはもうその他は諦めるしかないなという結論に至る。そして合宿明けのようなレミがバスルームのドアを開けると、タイミングを見計らったかの様に一階から香織の声が聞こえる。

「早くおいでよー」

「今行くー」

全くこれだから女は面倒くさい。
男に生まれればこんな気遣いは要らかったのに…と今更ながら日々の努力を怠った自分を棚に上げて、ブツブツと悪態をつきながら部屋の明かりを落とすと

「朝ちゃーん」

今度は酔っぱらいの高山が私を呼んでいる。

今年は終わったな。高山の催促に階段を一気に駆け下りると、さっきまでなんの気にも止めていなかった玄関の自動ドアに何故か違和感を感じてしまう。

なんか違う?

階段の真下にあるランドリールームの手前は共同スペースになっていて、何脚かのソファとテーブルが置かれている。ここでもゆっくりとくつろぐ事が出来るらしく、これで電気水道ガス込みの月一万円の家賃なら、社員寮だとしてもいい会社だよなー。とつくづくこの会社の素晴らしさを再認識しながらもう一度玄関先に目をやると、さっき私がやって来たばかりの自動ドアを叩く音が聞こえる。

「すいませーん。」

「誰?」

突然声を掛けられてびくっとなりながら、様子を伺いつつ外を覗き込むと、両手に大きなビニール袋をぶら下げた大きな男がガラス張りの扉の前に立っている。
つか。マジ誰?
レミが凍りついたまま立ち尽くしていると

「ビールなくなっちゃったから俺買ってきたんすけどオートロック開かなくて…」

「あの。朝ちゃんさんっすか?」

「はい。」

ドア越しに呼び止められる恐怖とガラスに映る情けない自分の有様。さっき驚いた衝撃で前髪が全開していないかを気にかけつつ、どうしたもんか慌てていると丁度トイレから帰って来た高山が声を挙げる。

「おー!お疲れお疲れ!今ちょうど朝ちゃん来たとこだよ。つかヒロお前何やってんの?」

「開かないんだよね。」

どうやらオートロックの暗証番号を聞き忘れたらしく締め出しをくらっていたようだ。
やっと鍵を開けてもらえてホッとしたのか、玄関で躓いて、買物袋を撒き散らしては、大爆笑されているニット帽を深く被ったあやしげなその男。顔は暗くて良くわからなかったけど高山の言葉にその馬鹿でかい男がヒロだという事が理解できる。

「こんばんは」

真っ白息を吐きながら恥ずかしそうに笑うヒロ。
レミは突然の出来事に面食らったまま笑顔を作ると、ヒロも笑顔で帰してくれる。

これが始めてのヒロとの出会い。

「ま。早くこっち入れや。」

酔っ払っいの高山に急かされて挨拶もそこそこに共同スペースに戻ると、さっきの一連の出来事に周囲を沸かせながら缶チューハイやらビールやらをみんなに配るヒロという男。部屋には他にも女の子が二人男の人が一人いて、もう既にベロベロに酔っ払った状態で鍋を突いている。

「朝ちゃん。こいつがヒロで、こちら坂さんね。あとこの二人は香織の同期の清水と上原」

相変わらずテンションの高い高山に紹介されて初めましてと軽い挨拶をすると、良く冷えたビール片手に新年を祝う「あけおめ」に一同声をあげる。
テンション高!もう容姿なんて気にしないで飲むしかないな!っと負けじと一本一気に飲み干すとまだ暖まっていない体がしんしんと凍えだす。

「朝ちゃん。ヒロカッコいいでしょ」

とあぐらをかいてニヤニヤとしている高山。

「つか男いるなら言ってよ。もっとちゃんとして来たのに!」

と香織を問い詰めるとB型人間の香織が聞き流す。

「朝ちゃん。ヒロ別れたばっかだから慰めてやってよ」

酔っ払いの高山は手がつけられない。こいつイケメンなんよーとヒロにキスをしながら意味ありげにレミの方をチラチラと見ている。一方ヒロはというとビール片手に坂本とばかり話し混んでこちらには目もむけない。

「おい!ヒロ。朝ちゃんがみてるぞ」

お節介な高山にバーカと一括して、ヒロの方を見ると今度はヒロがレミに話しかけて来た。

「朝ちゃんさんは同じ会社の社員なんすか?」

「ううん。私はアルバイト。みんなより勤務年数長いけどねwww」

と社交辞令的な会話に高山の饒舌が加わって、それなりに話は盛り上りを見せている。ただなんとなく長続きしない会話にトイレに行って来るヒロが席を立つと

「つかなんで朝ちゃん今日ジャージ?」

高山の痛い突っ込みに挫けながら開き直るしかないレミが高山を睨みつける。

「なんだよー。ヒロ紹介しようと思って呼んだのに…」

急に真顔になる高山。

高山とレミは社員とアルバイトというより同期同然の友達に近い関係だ。レミがアルバイトを始めたばかりの頃、丁度新入社員で入社してきたのが高山で当時流行っていたケツメイシのTシャツが印象的だったこの男。そして今でも高山のムードメーカー的存在力に巻き込まれつつ、もうかれこれ五年以上仕事兼飲みの様な気楽さでレミはもの凄く高山に世話になっている。ただいい奴ではあるけれど飲むと酷くタチが悪いのだ。

「次ビールでいいすか?」

トイレから帰ってきたヒロがレミにおかわりのビールを持って来てくれた。

「ありがとう」

お礼を言うのと同時に大袈裟にヒロをガン見してみるレミ。

「!なんすか?急に!」

「ううん。別にー。」

レミがからかいついでにヒロをじっとヒロをみつめると高山が言うように確かに可愛い顔はしてる。だけどぶっちゃけ好きなタイプではない。ただ身体は嫌いではないなと少しエロい妄想をしては、おいおいと自分に突っ込みをいれてヒロからレミが飲み物を受け取ると、また高山が茶々を入れる。一方ヒロはというとまた坂と話しを始める。

「ちょっと!坂さんとばっかり話してないで私と話そう!」

少し酔いも回って何時ものペースを取り戻したレミは、当時誰も手も付けられないほどの強気で男勝りな女盛り。高山のおすすめならばと強引な手口でヒロを独占すると、真剣な眼差しで話し出す仕事の話や恋愛事情。そして高山とヒロとの関係。以外にヒロは自由奔放な性格でなんだか親近感が湧いた。
大きな身体の割りに少し子供じみた言動。
これがヒロの第一印象。

「じゃさ。 ヒロは年上の私とかどう思う?」

とジャージで酔っ払いのレミが単刀直入に切り出すと

「年上のお姉さんは好きです。」

と古風な言い回しで切り返してくるヒロ。

「年上がいいわけ?私みたいなのがいいわけ?」

負けじとリップサービスを振る舞うとペースの上がるアルコール摂取量にくわえて、絡み酒とも違う口説き酒に二人の会話も盛り上がる。

「お!いーねー君たち!つかなんで朝ちゃんジャージ?」

その会話を聞いていた高山が話しを更に盛り上げたのは言うまでもないが、ただそれ以上なんの事はなく、その話しはそこで終了してそれからお互いの将来についてあーでもない。こーでもない。と高山を交えて熱弁を繰り返しながら酔っ払いは酔っ払いらしくただ時間を忘れていくのだった。

「俺そろそろ帰るわ」

鍋もお酒も底をついた明け方頃。高山の突然の解散宣言にお開きとなった鍋会。

終電もなくタクシーで帰るには遠すぎるヒロの出張先のホテルまでの距離を考えると、始発までここで待つのがいいだの。このままここで泊まればいいだの。散々口論を繰り返した挙句、結局高山の強引な勧めでその日のヒロをレミがお持ち帰りする事になったのだ。後片付けもそこそこに立ち上がる高山が

「朝ちゃんと帰るのかー。よかっだなー。ヒロー。エロいなー。」と

腕で涙を拭う様な仕草をしてまたニヤニヤと茶化している。

「じゃお幸せにー。」

とマイペースな香織までレミとヒロをホールまで見送ると、ぼちぼちと自分の部屋に帰り出した寮の住人と何故か帰らない坂と高山。

ああ。そうゆう事か。となんとなく納得してヒロの服を引っ張ると、最後まで見送りもしない高山に大きな声で挨拶をして玄関を出る。

外に出ると凍えるような真冬の空気に酔いが醒めてしまいそうになる。まさか今日のこの後の出来事が私の運命を変えてしまうような大恋愛に発展する事になるなんてきっと誰も想像していない。二人っきりになった私達は特別何を語る事もなくなんとなく手を繋いだり、コンビニに歯ブラシを買いに立ち寄ったり、自動販売機で、買い忘れたお茶を買ったり。タクシーに乗る事の出来る大通りまで歩いて、レミのマンションまでの三十分間。すっかり醒めてしまった酔いに、置き去りにして来てしまった自転車を気にかけつつ、明日の朝どうするかを話し合いながら2人はお互いの距離を縮めていった。
そしてまだ暗い夜明け前に経堂にあるレミのマンションまで辿り着くと、階段を三階まで上がってやっと帰る事の出来るレミの小さな部屋にヒロがやって来たのだ。

三歳年下のヒロは一通り部屋を見渡して、遠慮気味に靴をそろえてからお邪魔しますとソファに腰を降ろすと、ニット帽をまだ深く被ったまま携帯を何度もカパカパしたりしている。(当時はカパカパが最先端)

その当時レミのマンションには雑種のシェパード(サンディ)が同居していて、ちょっとだけオシッコさせて来るとヒロを部屋に残したままにすると

「あんな酔っ払った後でSEX出来るのかな?」

とまだお互い何も知らない不安定な感覚に想像を働かせるレミ。マンションの周りを一回りする簡単な用事だけの短い散歩を済ませてレミが部屋に帰ると、ヒロが驚いたようにソファに立ちあがっている。

「どうしたの?」

「デカイね!」

あまりのサンディの大きさにびびったヒロ。
お前もデカイよ。とはまでは言わなかったけど、もう少しで天井まで届きそうなヒロを見上げて笑い転げた。

「大丈夫だよ」

サンディの頭を撫でながらヒロに右手を差し出させると、ふんふんと匂いをかん尻尾を降ってくれるサンディ。最初はかなり構えていたヒロだったけど、見た目よりも優しいサンディの性格に触れてから、お互いに打ち解け合うようにじゃれあうと間も無く、徐々にヒロもサンディも本来の姿を見せ初めだしてくれた。

ベッドに寝そべって手を握るとなんだか恋人同士みたいで暖かい。

「シャワー浴びる?」

終電がないからウチに泊まると言う軽いノリを口実にまんまと騙されたフリをしてやって来たはずのヒロが、今はサンディと一緒に嬉しそうに尻尾を振りながらレミの言葉に顔を赤らめている。お互い久しぶりのSEXを楽しむだけなんだからそんなつもりじゃないのに!みたいな演出はいらないよ。という軽いツッコミを入れながらもキスをすると恥ずかしくて、目をキラキラさせながら一目散にバスルームに向かう後ろ姿を見送ると、なんだかレミも嬉しい気持ちになって何時もよりも可愛らしい下着を用意した。
それからベッドを整えたレミがヒロと交代でシャワーを浴び終えるとすぐにでも行為に移れるようワンピースのパジャマに着替えると、ヒロのいるベッドへと向かう。

「つか!やる気満々じゃん」

まさかとは思ったけどヒロは全裸のままベッドに埋もれていたのだ。

「今日会ったばっかりなのにいいのかな?」

小心者なくせにやってる事は大胆だなとニヤニヤしながら

「じゃやめる?」

と言い返すとすかさず「じゃなんで裸なのよ」と突っ込み返してくるヒロの素直な性格。

なんかいいかもしれない。と、直感的にわかる予感にしたがって行為に至れば尚、サンディに足を舐められてビックリしたヒロが飛び上がるような珍事件に遭遇しようとも、けして笑いに劣る事のない真面目なSEX。
結論から言うとしたらお互い好きになってしまったといえば間違いではないのだけど、予想外の展開に付き合う事になった私達は東京と福岡県という遠距離恋愛に挑むことになったのだ。そして私達はその境遇に怯む事なく数ヶ月の間同じ時間を過ごし、普通の恋人同士みたいにデートをしたり。食事をしたり買い物に行ったり。時には二時間もかけて彼の出張先の成田から世田谷まで通いつめたり、キスもSEXも数えきれないくらい沢山した。
ただすぐに喧嘩別れをして、春を待たずに終わってしまった冬限定の様な短い恋だったけれど。ヒロという存在は短期間だったのにも関わらずあっと言う間にレミの心と身体に浸透して想像以上に深く根付いてしまっていたのだった。
そして今も尚、レミの心を掴んで離さない事実と、彼はもうここには存在すらしないというどうにもならない真実が頭の片隅に混在して、レミをここに留まらせている。

会いたいな。もしヒロがまだ生きていたなら…

そんな事を考えながら、一度決めたらテコでも動かない頑固な性格のヒロが再び自分を求めてくれただろうかという疑問に首を傾げると、そもそも他の男達をヒロと置き換えて心の溝を埋めようとも、いつまでも過去に囚われつづけている今の自分をヒロが受け入れてくれる理由が何一つ見つからないのだ。

悲しい訳じゃない。ただもう一度話しがしたい。

そう思うと永遠に叶える事の出来ない願いは大きくなるばかりで、せめて夢の中で会えたらと何度も空を見上げて眠りについたり。たった一枚だけの写真を引き出しの奥から引っ張り出したりしまい込んだり。満たされない夜にはまだ辛うじて覚えている身体の感覚に一人身を委ねる事だってある。


どうして私はあの時この手を離してしまったのだろう。
あの日間違いなくヒロはそこにいたのに。

深海


玄関のドアを閉めた時それはキスから始まる。

服を脱ぐ時間なんてないくらい
ココロと身体が一体になったみたいに
唇から繁殖した植物が私の血管を占拠して
私を私でなくしてしまう。

指が私に触れると溢れ出す粘液が
強く彼の指先に絡みついて離さない。

そして彼の一部が私に触れるたび
粘液に私の身体を濡らして
溜息に縺れる足元

マーキングみたい。
もう私はヒロ以外誰のものでもないんだ。

黙ったまま抱き上げられて
シーツの海へ飛び込むと
言葉は何一つなく
ただ嵐のように呼吸は乱れ

小さな私のそれがだんだん大きく膨らむと
彼の身体に浸透してゆく赤い欲望

ヒロは自由を嫌う
だから自由なヒロをもっと見てみたい。



下着の上から触られるとどうしてこんなに興奮するのだろう。ジットリと湿り気を持ったナイロンの生地の上から、爪の先でカリカリとクリトリスを刺激されるとどうしても身体がビクッと反応してしまう。
それから私の匂いのついた下着の上をクンクンとヒロの鼻先がくすぐるように通過すると、今度は足の付け根からショーツの隙間をすり抜けてヒロの指先がそこに入ってくる。
ヌルヌルとした膣口近くを迂回すように円を描くやり方に息を止めながら小陰唇を窄めると、濡れて滑りやすくなった襞があっと言う間にヒロの指を飲み込んで、膣の柔らかいもっと奥の方。けして到達出来ない子宮の内郭が収縮を始める。

「お願いもっと奥の方」

一度指を引き抜いて粘液が纏わり付いたその指をヒロが口に含見ながら、もう一度その指を開いた膣口に差し込むと一度だけ指を返す。

「気持ちいい?」

黙り込む私をじっと見ながらただそれをくりかえすヒロ。

「気持ち良いっていってみ」

今度は浅く差し込んだ指先の関節を上下させながら同じ場所を突き続けると、ぷっくりと膨らんだその場所からどんどん潮が満てくる。

「どうしたの?」

何度も同じその場所を強く連打されるとなんだか膀胱が刺激されて激しい尿意に襲われる。

「なんかオシッコ漏れそう…」

まだ感点まで到達しないもどかしさにウズウズしながら、失禁してしまいそうな感覚に腰を上げると、ヒロの指がもっと奥の子宮口にあたって気持ちいい。

「じゃさもっとどうして欲しいか言って」

耳元で囁くように言葉責めを始めるヒロの首にしがみ付いて

「ここもして」

自らの指で剥いた陰核を差し出すとヒロが差し込んだままの指を引き抜いて、剥き出しになったそれの先端部分に指を移動させる。

「ここがいいの?」

まだカサカサした指先の刺激が強すぎて最初は痛いくらいだけど、次第に快楽に変わるはずの危ない感覚に身体を反らせると、今度は下にゆっくりスライドするようにヒロが頭を下げて舌先でそこを刺激する。

「そこ駄目」

下着を全部剥がされて丸見えになった私の真っ赤なペニス。そこにまとわりつくヒロの唾液がヌルヌルと気持ち良くて一分二分三分…。もうどの位され続けているかわからない。ただどうにもならない快楽に尿意さえもわすれてしまう。

「なんで逃げるの?」

「イっちゃうから口でするのもう辞めて」

今にも到達しそうな小さい波から逃げたくて、イヤイヤをするように身体をかえすとヒロが私の両脚を掴んで

「駄目我慢して」

私の願いを却下する。

強引過ぎるヒロのやり方だからこそこんなに感じてしまうのか、私の身体がヒロなしでは居られなくなってしまったのかわからない。だけど。グッと太腿の付け根を押さえこんだまま唇で吸い込む様に舌を左右に転すのと同時に、指で何度も上部を深く突かれると、どうして私はこんなに淫らになってしまったのだろうと鎮座してしまいたくなるくらい乱れてしまう。

「どうしたの?そんなに気持ちいい?」

更に激しく突きあげるたびヒロの腕が激しく動いて開いた足の筋肉が強張ばっていく。

それは破裂しそうな水風船のついた蛇口に、手を添えないで水を注ぐような危険な遊び。そして限界を迎えた水圧に耐えきれなくなる瞬間、指をそこから引き抜くと栓が抜けたように一気に吹き上げる大量の潮。

「あーあ。お前漏らしたの?」

どーすんだよこれ。とシーツを返しながら、ニヤニヤとまたそこを弄りだすヒロの意地悪なその態度。
私の身体はもう快楽なしでは生きていけないのかもしれない。そんな事をかんがえながら肌を伝う液体をティッシュで拭き取ると、まだ満たされきれないむき出しのままの本能が糸を引いてる。ヒロに抱かれたいと強く願えば願う程、比例する淫らな願望とがごちゃまぜになって私はもう方法を選ぶ事が出来なくなる。

「ね。今度はオモチャでして」

「なんだ。お前これじゃないと満足出来ないの?」

「駄目?」

「そんなの絶対駄目」

拒絶されるとまた濡れてしまう私の変態性。大きくなってしまった私のソレは真っ赤に腫れた扁桃腺みたいに熟れて熱い。

「お願いしてよ」

「エロいなお前」

そんな事言ったってもうどうにでもして欲しいのだ。操るはずが操られる。サディストの中のマゾヒスト。
見下される度にその想いはどんどん強くなってゆく。

「そんなの絶対駄目だよ」

言葉とは裏腹な彼の優しさを知っているからこそ言えるワガママなのかもしれないなとヒロの存在にひれ伏しながら、もう一度同じお願いをすると、今度はヒロが私の唇を塞ぎ、冷たくなった私の手を握るとその手をそっと私のそこへ誘導する。

「自分でしろよ」

これが彼のサディズム。
耳元で囁く吐息が熱くてせつない。

機械仕掛けのネズミが動き出きだすとぶーんという無機質な時間が暫く続いて

「自分で剥いてしなよ。両手使って。」

もういやらしくなってしまった私には抵抗するなんて絶対に出来ない。

オナニーを見られる恥じらいに自尊心が汚れる毎に高まる興奮のベクトル。小指くらいに大きくなったクリトリスの皮膚を捲りあげるとやっと姿を現わす私の小さなペニス。そこにそっとローターを当てると頭の中から血液がどんどんそこに集中してしていくのを感じる。

何度も何度も寄せては返す波に彷徨いながら、今にも訪れそうな絶頂をジッと堪えて我を忘れると声にならない声が溢れる。

ここから脳内破壊が始まるのだ。

「なんか今日凄いよ」

ローターのレベルを最大に上げるヒロの視線から決して目を離さないように両脚を全開させて、完全にめくれ上がってしまったクリトリス先端にローターを強く当てると、痛いくらい張り裂けそうな気持ち良さに、鬱血してだんだんと抑えきれなくなる血流。今にも爆発しそうな程腫れ上がった丸見えのそこをじっと見られている恥かしさに、さらなる深みへの進入を求め始めると、私は自らを戒める行為さえも方法の一つと認識してしまう。

「指もいれてよ」

ヒクヒクと微動してしまう身体の痙攣をどうにか抑えてこんで、私の指と膣との隙間に強引にヒロの二本の指を差し込むと交互に突き上げられる深い刺激に子宮の奥からどうにも出来ない快楽が込み上げてくる。

一瞬でも気を抜いたらイッテしまうでもまだイキたくない。

クチャクチャと混ぜられる音に悶絶しながらエスカレートするマスターベーションの様な性の形に跪くと、ついに私は我慢の限界に立たされるのだ。

「もう駄目。そっちでしてよ」

黙ったまま指先をとめたヒロの目をまともに見る事が出来ずにジックリと彼のペニスに魅入ると、こんな大きいの入るのかな?という疑問に待ちきれない興奮が抑え切れなくなってしまう。ヒロと早く一つになりたい願い。そう願えば願うほど、沢山の想いが混ざりあって無意識に唇がヒロのソレを含んでしまう。

ゆで卵。

頭に浮かぶ。

そして喉の奥に先端が当たると苦しくて、顎の筋肉が壊れてしまいそうになるくらい激しく頭を抑えられて突かれると胸がぎゅっと切なくなって、してあげたい気持ちに拍車がかかる。もっと気持ち良くなって欲しい。必死の想い舌先で愛撫する。でもヒロは口では決してイカない。それが悔しくて何度も何度も挑戦してきた。だけど。圧倒的に強すぎるヒロの性に初めての負けを認めたその時から私は完全なるヒロのオモチャになったのだ。

「もういいから。」

更に大きくなったヒロのそれを私から奪い去る力強い手のひら。ゆっくりと身体を起こし私の脚をしっかり押さえつけると、今度はヒロから焦らすように陰頭を小陰唇に擦り付けて入ってくる。
少しずつヒダを抜ける滑らかな感覚に深い余韻が脳天に鳥肌を立たせると、打ち上げられたボールのようなカーンと空高く突き抜ける不協和音に声が擦れる。

気持ちいい。それ以外本当に何もない。

されるがままの私は力なく天上を見上げて、永遠を夢見て空中を彷徨うとあてもなく長い旅の果てへ。きっとこの後私は奈落の果てへと突き落とされるのだろう。まだ止めないで欲しいと願っても突然終わりを告げられてしまえば、私は受け入れざるを得ないお預け状態なのだ。それは快楽で私を支配して、同時にまた快楽を取り上げる洗脳に近いやり方で、ヒロが永遠を止めると途轍もなく悲しみが込み上げてどうしようもなく腰が動いてしまう。

「どうしてやめるの?」

声をあげてヒロを求めると、黙ったまま腕を掴んで私を正座させる。

後ろからするの?

絶望と期待がいりまじってドキドキと胸が高なる。私は後ろからされると弱い。

「ケツ突き出して」

選択肢のない選択に少し足を開いて私を差し出すと大きな身体がしっかりと私を包み込み、それからヒロの細胞が私の中に入ってくる。もう絶対に逃れられない。
頭の芯から響き渡る金属音にキーンとなる鼓膜の奥から深い深い海へと誘う共鳴。重くのしかかるコールタールみたいにベットリと入り込んできた熱くて意地悪な生き物が何度も何度も扉を叩いて光を集めていく。

「自分でもして」

正座立ちの状態で後ろから突かれる征服的なやり方に強い興奮を覚えると無機質なローターの機械音にトランス状態に陥る思考。ヌルヌルと濡れてうまく捲りあげられない包皮をちぎれるほど捲り上げて、大きくなりすぎたてしまった陰核から直に伝わる地響きのような振動に身体を硬直させると私は私の限界へと挑むのだ。そして何度も何度も繰り返される儀式のような動きに身を委ねながら、ヒロの指先が硬くなった私の両方の乳房をグリンピースを転がすように回転させるとだんだん身体全身が性感帯になったみたいに乱れて大きな声が出てしまう。

「もう…駄目…いってもいい?」

言葉にならない声が溢れて。

「駄目」

「無理。がまん…出来ない…」

「まだだめ」

どこへ連れていくの?どこまで我慢すればいいの?涙が溢れだす。

ヒロと自分が一体になってしまったみたいに、何処にいるのかさえわからないまま、一層激しくなる鼓動に白濁していく視界。私おかしくなってしまうかもしれない。恐怖が私を支配する。

「いっていい?」

「駄目。」

言葉に身体がまた快感を覚える。

「まだだめ?」

「声出したら駄目。集中して。」

声を出せない限界が足元まで近ずくと、さらなる深みの色を見せるブルー。ヒロの呼吸が荒くなると腰の動きも激しくてこの体勢もキープする事さえ出来ない。

壊れる…。

お願い。もっと奥までついて。
身体が痺れてもう意識も遠い。

「イケよ」

耳元に聞こえるヒロの最後の言葉に光がチラつくと、キラキラキラキラ光が世界に煌めいて、真っ白になってゆく永遠みたいに長くて短い時間に身体全身の筋肉が一つの場所に向かって萎縮を始めると、子宮の奥がぎゅーっとなって光が闇を支配する。すべてを飲み込んでしまうチューブから見える一面のブルーに上下左右を見失いながら、光さえも届かない深い海のもっとずっと奥の方。絡みあった人形みたいに真っ白な肌で沈んでゆく。

凄すぎてヤバい。

グッタリとうなだれて足がガクガク震えて真っ直ぐ前を向いていられない程。全く使い物にならなくなってしまった身体を全部拭い捨てる事で、やっと永遠を手に入れたみたいに解放される無重力の浮遊感。それはずっとずっと長くて、もうもうこの世界などいらなくなってしまう。重なりあったシーツの上。墜落した紙飛行機みたいにふわふわしてなんだか幸福感でいっぱいで。終わってしまった悲しみがココロをついばんで。じんじんと脈打つ場所が本当の私の心臓みたいでなんだか凄く切ない。

暫くの間そこには何もない。

そして沈黙を破るように優しく私を連れ戻すのはいつもと変わらないヒロの声。ティッシュで私を綺麗にしながら何もなかったように話しかける笑顔。

「気持ち良かった?」

ヒロは優しい。私を認め私を知ってくれている。だから凄く好き。

「うん」

その後言葉はもう何もいらない。

終わった後必ずキスをして眠りにつくそれまでの間、呼吸を整えて喉を潤すとぐったりと二人天を見上げる。ただそれだけ。ただそれだけで心が満たされていく。


それはキスから始まる。キスが始まりの合図。
それが記憶の片隅にある今なおリアルに私を濡らす真実。
そして私がただ一人愛した男。

今でもきっと愛しているのに、私だけ置き去りなんてやっぱり自分勝手な男だったよね。
自分勝手な男が好きなのはお前のせいだ。

だけど今はもう何を言ったって返事はない。

それでもやっぱりまだしたいのは
もう二度と出来ないからなのかもしれないけれど。

使い捨て人生

「今何時?」

長い夢から目覚めた後の無力さに何もする気にもなれずに窓の外を見上げると、辺りはまだ真っ暗で朝の気配すら全くない。
早くから眠すぎたせいでこんな真夜中に目覚めてしまったのだろう。明からさまに先が思いやられる現実に重い身体を起こしながら時計の針に目を細めると短い針が十一時を指している。
こんな時間に起きちゃってどうしよう。
まだリアルに残っている夢の残骸に酔いしれながら寝返りを打つと、何時もと何一つ変わらないこの部屋の風景。やっぱり全部が夢だったのかと脳が認識すると体が活動を始め、同時に深い悲しみが込み上げてくる。

どうして何時も目覚めてしまうのだろう。二度と目覚めなければいいのに…

ネガティヴな思考に苛まされながら、動き出す時間にただ呼吸をして、何時までも終わらないノルマの様な毎日に流されて生きていくのは理不尽な事ばかり。
今流行りの引きこもりのような生活を初めてからもう一ヶ月が経とうとしている。強いて言えば、完全な引きこもりとまではいっていないけれど。ただ実際にその間、仕事で誰かと接する以外本当にレミは誰とも会っていないのだ。
このまま誰とも会わなくて済むのなら気が楽なのに。
と、ぶっきら棒になってもう一度寝返りを打つと、まだ連休には程遠い火曜日なのだという事を思い出してまた憂鬱になる。

「もう嫌になっちゃった。」

グゥーと背伸びをして携帯に手を伸ばす。それからひと通りゲームのログインをして、メールをチェックしてまた伸びをする。

「つまんないの。」

携帯のブルーライトが眩しくて、チカチカする目頭を擦りながら瞬きすると完全に目が冴えてしまう。

あいつ何してるんだろう。

ふと思い出したようについ最近の出来事を記憶の中で再生すると、あの懐かしくて憎たらしい感情が蘇る。OFFにした感情をONに切り替えるとこんなに人は変わるものなのかと戸惑いながらも、現在進行中の男の顔を思い出すとモノクロの世界からカラフルな世界にワープする私。
そして、それからないないない。と侑斗のデータが入っているファイルを削除する為にカーソルをゴミ箱へ移動させると、最後のEnterkeyを押せず指を止めたままの自分が頭を抱えている。

うーん。やっぱりどうにもならない事はどうにもならない。好きだとか嫌いだとかそうゆう問題じゃないんだよね。悪い所ばかり見ていると嫌な奴にしか思えないし、いい所を探したらそれなりに凄くいい所もある。

ただ絶対に会うと後悔するのだ。

あれだけ酷い態度であしらわれたのにも関わらず、いつまで経っても何も学ばない病的な依存的精神。そしてこの曖昧な関係にピリオドを打とうとしながらも、今。尚。最終的な決断にまで至らない優柔不断な自分の性格に、なんで後悔するような恋ばっかりしちゃうんだろ?妥協は恐ろしいなと肩を落して毛布に包まってぎゅっと目を閉じると豆電球の白い残像だけが瞼の奥に残る。

ブーンブーンブーン

携帯のバイブレーションが部屋に響く。
侑斗からの着信だ。

複雑な心境に心を取り乱しながら意を決して、蛍光灯のスイッチを入れると一気に現実味を増すワンルーム。ほつれた枕の隙間から逃げた羽毛がフワフワと舞い上がるのを手で捕まえながら空っぽのペットボトルをゴミ箱に捨てると、闇雲にメールボックスを開いてみる。

「今から行っていい?」

侑斗からのメッセージに返信を返す。

「今日はこの後予定あるから無理。」

即答。

「少し分かりやすい嘘だったかもしれない。」と衝動的な判断に後悔しながらも、今まで侑斗と過ごした一年を振り返れば決して良い恋愛だったとは言いえない不満だらけ日々。確かに自分一人だけの考えで侑斗の気持ちを片ずけてしまうのは間違いなのかもしれないけれど、今日はどうしても会いたくないし、するだけの為に来て欲しくないのだ。それにあれこれ考えるよりも早く送信済みのマークが表示されてしまえば。はい。おしまい。絶対に訂正なんて出来ないのだから。

ようするに侑斗は私としたいだけ。
それに私の代わりなんて沢山いるに決まってる。

レミは既読の二文字が表示されるのを待たずに携帯を閉じると水槽の中でブーンと耳鳴りを起こしているエアーポンプを覗き込んでみる。カラフルな魚が居なくなってしまってからずっと放置されたままの水槽には地味で華のないプレコとコリドラスが二匹。レミが近づいてコンコンとガラスを弾くと何時もと同じように口をパクパクとさせてくれる。

「自分の事ばっかりでごめんね。」

淀んだ水の中にいるような生活に心まで濁らせてしまった水のない箱の中の私。まるで今の私の生活を証明するかの様に青々と茂った水草が今までの時間の経過を表している。茶色く濁った水の中に手を突っ込んで水草を吸水口から退かすと再びカラカラと空回りを始めるモーター音。そして次第に循環を始める水の流れに身体を遊ばせる二匹に、申し訳程度のフィッシュフードをひと摘み水面に浮かべてやると、いい加減だった私の過去を精算したかように水しぶきをあげてそれを捕食してくれる。
美しい生き物は弱くて、醜い生き物は強い。
人間とは違う。人は醜いというだけで廃除されるんだよ。そんな事を考えながらブツブツと独り言を言うと、決して絶やす事の出来ない愛情の結晶のようなポンプの水泡がこの部屋の隅々まで行き渡って、まるで自分自身が小さな水槽の中にいる様な錯覚に陥ってしまう。

大丈夫。

あと何日か経ったら私はこの部屋を出て、また新しい生活に追われる事になるのだから。そうなれば侑斗もこの部屋に来る事もなくなるし、頻繁に会う理由だってなくなる。要するに私達はフェイドアウトする様な関係なのだから。
何一つかたずかない荷物やら書類やらに追われて日々は過ぎてゆくけど、ココロの中は冷静で思い残す事などなにもなく、寧ろこれから新しい出会いだって沢山あるはずと自らを上げて行くと溢れ出すのは楽しい思い出たちだけ。

何時だってそうだったよね私。

前の街に住んでいた私。その前の街に住んでいた私。何時までも使い捨て人生だなとは思うけど、今回も今迄と同じ様に何の問題もなくクリア出来るに決まってる。
レミはいつまでも同じ場所に留まる事の出来なかった自分の運命を振り返りながらも、何時の日も強く生き抜いて来れた自分の生き方に胸を張ると、自分の過去を拭い去る様に想い出だけを抱きしめてみる。
勿論大好きな場所だって沢山あるし、離ればなれになる人たちに明日会えなくなってしまうのは寂しい。緑にあふれた赤い滑り台のある公園や、コーヒー豆を挽く古い機械のある喫茶店。音響のよい昭和なスナックに、芸術家達が集まる手頃なフレンチレストラン。みんな今も大好きで大切だけど私がここを離れたからって、永遠にさよならって訳じゃない。

大丈夫大丈夫。

二回繰り返して声に出すとなんだか凄く安心出来る。


ブーンブーンブーン

「今なにしてるの?」

侑斗からのメッセージが届く。

まだ諦めていないんだ。だけど無視だけは絶対しないのがレミのポリシー。再び潜り込んだ毛布から手を伸ばして携帯を手に取ると、右手だけ生きているみたいにしっとりと冷たい。

「引っ越しの準備だよ!今迄ありがとう。」

「は?何それ?てかさ。来週だっけ?引っ越し。日にち決まったらおしえて!なんか手伝うよー。」

全く予想外な侑斗からのメッセージに毛布から半分顔を出したままの姿勢で固まってしまう。
こいつはまだこれからも続ける気だ。でも現実的にこいつとまだ繋がる必要があるのか?

考えて答えを探す。答えが出ない。

レミはベッドの中で半分化石になりかけていた両足に力を込めて立ち上がると換気扇のあるキッチンまで行って煙草に火をつけて考えてみる。

本当の気持ち。本当は自分はどうしたいんだろう?

音の大きさにくらべて余り換気には役には立たない換気扇の下で、白と紫の煙をくるくるとまわしながら何度も深く煙を吸い込むと数時間ぶりのニコチンがキツくて思わず噎せてしまう。そして自分はまだ侑斗の事が好きなのかもしれないという結論に至ると、また一人如何する事も出来ない現実に歩き出す気力さえも失ってしまう。このままこの関係を続けていたって結局は虚しくなるだけ…。ただどんなに上手な理屈を模索したって救いの方法などある訳がないのは重々承知の上で…。そう。結局は侑斗がレミを求める事が無くならない限り、レミの身体は必然的に侑斗を受け入れてしまうからだ。

ならどうする?

また少し考えて二本目のタバコに火をつける。睫毛の先に上がる副流煙の紫煙に思わず涙目になりながら、咄嗟に空になったままのティシュボックスに目をやると、つい最近の出来事がじっとりと蘇ってゆく。

それならもう一度して、もう二度と私としたくならなくなるようなやり方でSEXしてさよならしようか?そうすれば私も後腐れないし、スッキリ別れられるかもしれない。
かなり片寄った考え方で強引に自分自身を納得させようとすると、何とも言えない不快感だけ残ってまた迷走を始めてしまう頼りない決意。そして今からやってくる侑斗の存在に身体が反応を示し始めている事に気が付いてしまうと、やっぱり自分から切る事なんて出来るのだろうかと急に弱気になってしまう。

「俺は死なないから」

侑斗はそう言った。死ななくたってどこかへ行っちゃうじゃない。それが本音。言葉だけなら何とでも言える。言葉が足りなすぎると喧嘩になった事もあったけど、やっぱり私は言葉を信用出来ない。

とりあえずするか…。

熱くなる身体がウズウズと反応して頭で考えられなくなったからだ。

三本目のタバコに火をつけてすぐに消してメールを打つ。

「じゃ今すぐ来れる?その代わりすぐ来てしてよ。」

ある意味絶対に負けるばずのない賭けに出る。するとあり得ない位にすぐに返って来る決定的な五文字。

「今すぐ行く」

嬉しいような悲しいような気持ち。本当はしたいんじゃなくて会いたかっただけなのになんで「すぐ来てして」なんて打ったんだろう。

自分の心の弱さの象徴でもある自分の言葉の選択にガックリと肩を落としながらも、明白になってしまった「侑斗がこの家に訪れる理由」。なんだかそんな結論に居た堪れなくなって頭まで毛布をかぶってうずくまると蛍光灯の強い光に毛布のオレンジ色が透けて子宮の中にいるみたいに暖かい。
そう。何時だって身体は正直で行為そのものに反応するから信用できる。だけどココロはどうだろう。トクトクと小さな音を立ててながら私を継続させる為だけに流れ続ける真っ赤な血液。頭で考えるより心臓で記憶してもっと知りたいと加速を付けて触れ合おうとすれば、気持ちばかりが先走って、状況と上手く混ざりあっていかない。そしてそこにはどうしても一つにはなれない水と油のように、深い所で繋がっていけない悲しみがあって。だから私は身体で愛を求めるのに。わたしは可愛くない女だと思う。もしSEXだけでも良かったら続けよう。もしそれも駄目だったらさよならしよう。
頭の中だけで解決する矛盾を抱えながら辻褄の合わない辻褄合わせをすると、心臓らへんがグッと熱くなって、すべてを壊してしまいたくなる。

どうしたもんか…

時計の針はもうすぐ十二時をまわる。後三十分。三十分だけ眠ろう。その後の事はその後に考えればいい。レミはじっと目を閉じて暗闇に蠢くアメーバを追いかけている。

夢精


「それでは正解を発表しませーん。」

「続きまして次のクイズです!」

「素晴らしい苺のお酒ってなーに?」

いいちご?

閃いたようにドキドキと緊張しながらレミがを挙げると、ピンポーンとテーブルの上のフォグランプが点滅する。

「はーい。そこのお姉さま! こちらにどうぞ!」

ステージの上手中央。バニーガールのお姉さんに指名されて、スロープになっている客席通路カーペットを小走りに階段を駆け上ると、シャボン玉でいっぱいのファンタスティックなステージにレミは立っている。
もくもくと白煙を巻き上げるスモークの甘ったるい匂いに包まれながらレミが舞台上を見渡してみると上手には虫歯のコスプレをした若い男が一人。下手には白衣をきた小太りの男がぶっきら棒にペンライトを振っている。怪しげなミラーボールがクルクルまわって夜光虫のような光の粒が旋回する会場のど真ん中。スポットライトを浴びたレミの登場に、さっきまで耳を塞がないと居られないくらいだった客席からの歓声がピタリと止んで、ウサギやらクマやら宇宙人やら色々なコスプレをした観客の視線が一斉にレミに集中している。

これは夢?

明らかにヘンテコリンな場面設定に、きっとこれは夢なんだろうと会場を見渡してみると、さっき自分が座っていた客席に自分がいて、こちらに手を振っている。

やっぱ夢かぁ。

全くをもってあり得ない状況なのに、何故か普通にスルーしてしまう不思議な夢心地の中、鏡を除き込む感覚でレミからもう一人のレミに手を振ってみると、観客席にいるもう一人の自分の存在を遮るように大きなバルーンに乗って現れたもう一つのチープな特設ステージに意識が飛んでしまう。

「どうぞ!」

バニーガールにエスコートされてその特設ステージのセンターに立つと一礼するレミ。そしてバニーガールに言われるがままそのソファに腰をおろすと、なんだか目覚めてしまうのが名残おしくなってしまうくらい居心地が良くてリラックスしてしまう。

「ではお姉さん正解をどうぞ!」

「ええと。ちょっと待ってて下さい。実は今迷ってて。」

「何を迷っているのですか?」

淡々と進められるショーの進行に躊躇う事さえも出来ないほどテンポの良いバニーガールの司会進行。

「正解が正解とは限りません。
不正解が不正解とも限りませんけど」

またしてもバニーガールの謎めいた言葉に首を傾げると

「ちょっとお姉さま!挙動不振ですね!ドクターに診てもらいましょう!ドクター!ドクター!」

と心配そうにレミを見つめるバニーガール。

急遽、ステージに駆り出された下手の白衣の男がハアハアと荒い息をはきながらペンライトでレミの両目を診察すると、ポケットから取り出したキャンデーをバニーガールに渡して何かこそこそと耳打ちしている。
するとバニーガールが深刻そうな表情でレミを見るなり、そのキャンデーをレミに手渡す。

「お姉さま!大丈夫?あのね。心配はいらないわ。良かったわねー。あなたね。あれよ。どーにもならないやつ。あ。ゴメンなさいね。あれあれ。あのSEX依存性ってやつだって!だからすぐ楽にしてあげるから。あ。そのキャンディ食べちゃってね。うん。だから。今から十秒だけ我慢できる?そうすればすーぐよくなるから!ね。」

「は?」

全くの誤診に手渡された謎のキャンデー。何もかもが誤診で意味不明だけれども、耳を塞ぎたくなる程の大爆音にバニーガールとの会話がまた遮断されてしまうとまたもや会場の雰囲気に飲まれてしまう。

「もー。どっちなのよ!出来る?出来ない?」

「うーん。多分出来ると思います。」

イライラとオーバーアクションで進行を進めたいバニーガールに急かされて訳も分からずレミが適当に答えるとキャンディを食べろと言わんばかりのバニーガール。そしてレミがキャンディを口に放り込むと切り返しの早いバニーガールが会場に向かって更に大きな声を上げる。

「はーい。おまたせー。お姉さまはプランDだからー!みんなよろしくね〜」

おい。おい。プランDってなんだよー。と苦笑しながら、再び再開されるショーの迫力に負けたレミがキャンディを噛み砕くとアイドル歌手のコンサートグッズの様なYesとNo、それぞれの文字が描かれた団扇が会場でパタパタとはためいている。

「では後十秒差し上げますから。よーく考えちゃってくださいね!」

軽いハウリングを起こしながら始まりを告げるバニーガールの掛け声に更に盛り上がりを見せるコスプレ姿の男達。そしてバニーガールが虫歯男の虫歯部分に手を入れると、客席上手にある大型モニターに10の文字が点滅する。

どうしよ。あの焼酎って名前なんだっけ?
うる覚えの酒の名前を思い出しながら頭に浮かぶ「いいちご」と「いいちこ」の二つの四文字。そして何時迄もモジモジと空ばかり見ているレミに痺れをきらしたのか会場奥のニンジン男が声を抗える。

「言っちゃえよー」

「我慢なんかすんなー」

「早くやれやれー」

口火を切ったかのように四方八方から罵声が飛び交いはじめてしまう。「すいません」恐縮する様にレミが頭を下げると

「そんなのどーでもいいからはやくやらしてー」

とゼブラ男。そしてその言葉を皮切りに

「カルビ!カルビ!カルビ!カルビ!」

カルビコールの大合唱が始まってしまう。

なに?カルビって?私?
全く意味のわからないカルビコールに付け加えて

「カルビないわードンペリーヌだろー」

という野次にまた湧き上がる大爆笑。

好き勝手言いたい放題仕放題の観客にクイズに集中出来ないままのレミが顔を真っ赤にさせていると、バニーガールがハイハイと手を叩いて会場の雰囲気を沈める。

「では十秒以内に答えてくださーい」

指揮者の様に両手を高く振り上げるバニーガール。そしてせーのと音頭を取るように宙に大きな円を描くと、一同が声を揃えてカウントダウンを開始する。

10!9!8!7!

何なのこれ⁈

6!5!4!

秒読みが始まるとコスプレイヤー達の一体感が半端ない。
ギラギラと目をギラつかせているうさぎやクマの着ぐるみの男達それぞれが個性的な声を張り上げながらショーを楽しんでいる。

3!2!1!ゼロー!

そして完全無音状態になるステージの中央でレミただ一人落とされたサスの強烈な光に目を瞑ると

「では解答をお願いしまーす」

バニーガールがレミにマイクを向ける。

「ええと…。」

どうしよう。多分「いいちこ」だけど苺とかけた、ダジャレクイズだから「いいちご」でいいよね…。

確信のない選択肢の中から今すぐに正解を選び出さなくてはいけないプレッシャーに嫌な汗がにじみだす。そして今更ギブアップなんて絶命に言い出せるばすのないこの状況にレミが覚悟を決めると、まるで目の前の獲物を見定める獣の様な男達の視線に、なんだか自分もその期待に答えなくてはならないような使命感に襲われてしまう。

レミはハイ。っと起立して見せると小さな声で曖昧に呟いてみる。

「いいちご?」

「聞えませんねー」

と虫歯男の高い声質にクスクスとまた笑いが沸き起こる。

「もっと大きな声でお願いしまーす」

と会場を宥めるバニーガールに促されて

「すみません。」

今度は勇気を振り絞って、

「いいちご!」

会場の隅々まで行き渡る程大きな声を張り上げたレミにシーンと静まり返る会場。それから暫くの間続くその静寂におしつぶされないように、目を閉じてバニーガールの答え合わせを待っていると、しつこいくらい長いドラムロールに、お決まりの演出にバニーガールが求愛のダンスの様な舞を踊る。そしてようやく鳴り止んだドラムロールにふぁんふぁんふぁんふぁんふぁ~んという効果音が響き渡ると、コスプレイヤー達が一斉に落胆する。

「それでは正解です。」

「正解は!!!発表しませーん」

は?なにそれ?
てか。正解は発表しませんって?ってどうゆう事?

バニーガールの珍解答に呆れ果てながらも、やっと緊張感から解放されたレミがソファにへたり込むレミ。するとデジャブの様にフラッシュバックする場面展開に、そっか。これは全部夢なんだ。だから話がかみ合わなくてもいいんだぁ。という安堵感に何故か納得させられてしまう。
それでも明らかに馬鹿にした様なショーの結末に客席からのブーイングは収まる様子はなく、投げ付けられたYESとNOの団扇が客席にヒラヒラと舞い上がるのをただ呆然と眺めているとバニーガールがそっとレミに耳打ちする。

「どう?ドキドキしたでしょ?」

微笑みかけるバニーガール。目元に光るスパンコールがとても綺麗で思わず見とれてしまう。それからホラと自分の頬の横で下の方を指差すバニーガールの笑顔につられて、丁度レミが座っている目の前、レオタードのハイレグ部分まで目線を降ろすと、尋常ではないくらいに盛り上がった股間の膨らみに釘付けになってしまう。

男?

二度見して言葉を失う。
そしてそんなレミの反応を試すかの様にレミの右手を掴んだバニーガールが、さっきよりも一段と大きくなった自分の股間の膨らみにその手を擦り付けるとブルッと一度だけ鳥肌を立たせてからレミに魔性の笑みを浮かべる。

「正解でも不正確でもないのにお姉さんは迷っちゃったから駄目!だから言ったじゃない!お姉さんは罰ゲームよ。」

突如告げられた罰ゲーム宣告に唖然としながらも、余りにも卑猥で強烈なカミングアウトに動揺を隠せないレミ。しかしそんなレミの存在など全く眼中にない様子でそそくさと舞台袖に引っ込んしまったバニーガールは「残念だったわね」っとレミにウィンクするなり白衣の男とイチャイチャし出してしまったのだ。そしてショーの進行もそのままにステージ上にただ一人取り残されてしまったレミに集中する観客達の大ブーイングについて、バニーガールは一体素人同然の自分にどうしろと言うのか?身勝手すぎるバニーガールのやり方といい、このショーのくだらなさといい、自分自身では如何する事も出来ない居心地の悪さにステージを後にしようとレミが観客通路の階段まで足を進めると、ちょうど誘導ランプの一番向こう側入口付近に最初に見つけた自分とは別のもう1人の自分を見つけてしまう。

何故かパジャマ姿の二人目の自分。そしてパジャマ姿のレミが自分に何か伝えようと必死に大きな声で叫んでいる。だけど雑音が多過ぎて聞こえない。

何?なんて言ってるの?

どんなに耳を傾けても、なんとなくしかわからないその言葉。合図地を打ちながら一文字ずつ真似て口にしてみる。

に。
げ。
て。

逃げてって?どうゆう事?

次から次へと訪れる予測不可能な出来事に翻弄されながらも、どうせ夢だし、大したことではないだろうと油断したのが大きな間違いだったと後々気が付く事になるのだか、何度聞き直してもやっぱり「逃げて」の以外には考えられないその言葉。ただステージを降りようとするにもレミの逃亡を阻止するかの様に群がった男達の勢いに逃亡を強行出来る訳もなく、行方を阻まれたレミがイライラとまたソファに腰を下ろすと、あの何とも言えない心地良さに、彼女からの忠告を忘れてしまう。
が、ホッとしたのも束の間。次の展開は衝撃的なもので、今度は突然自分が座っているソファの床が落下して、ツルツル滑るシャボン玉で一杯のマットレスプールに落とされてしまったのだ。

何?

頭を強く打った衝撃で幻覚をみているだけなのだろうか?盲ろうとする意識の中で立ち上がろうと膝を立てると

「それではやっちゃってくださーい!プランD!」

いつの間にかステージに登場していたバニーガールの掛け声に大爆音のデスソングが流れ、わぁーと盛り上がる会場の歓声に再びショーが始まってしまう。

「なに?なに?」

プールの中には、おデコにカルビと書かれた男が一人。おデコにドンペリーヌと書かれた男が一人。細マッチョと書かれた男計3人。ドス黒く鍛え上げらた肉体を露わに真っ白な歯を光らせた男達が雄叫びを上げながらレミに近ずいて来る。そしてあっという間にその男達に包囲されたレミが三人の手から逃れようとしゃがみ込むと、急にスローモーションで再生される視界の映像が別の誰かが見ている映像に切り替わってしまう。
「なに何なに?」さっき貰ったキャンディはきっと幻覚導入剤だったのだろう。マーブル状にグルグルと回る視界の中でステージ上で男達に囲まれた自分に視点を合わせると、男達に肩を抑え込まれ、服やら下着やらを一枚一枚脱がせられながら両足をパックリと開かせている。それは余りにも唐突過ぎて何が起きているのか理解する間もなく、見事な連携プレーによって素っ裸にされた自分が大型スクリーンに写し出されると、今行なわれようとしているshowの危うさに初めて危機感を覚えるのだった。

逃げてってそうゆう事だったんだ!

だけど今更逃げようなんてもう遅い。ショーの始まりを告げる大掛かりな演出に歓喜の叫び声が湧き上がると、完全アウェイな観客スタンドの中にただ一人立ち尽くすレミ。それはたった一人の小娘如きがどうこうしようったって如何する事今も出来るはずもなく、今まさに大衆の面前で自分自身の分身が見世物にされてしまう事は一目瞭然なのだから。

早く逃げて!

他人事とはいえ決して他人とは思えない彼女を目の前にハラハラと手に汗を握りれば、突然打ち上げられた花火の閃光に今度は意識がステージ上の自分に戻ってしまう。そして恥ずかしさよりも強く、その受け入れ難い恐怖にどうか夢から目覚めてしまいたいと全身に力を入れると、何故が思うように動かない手足。

私犯される?

声を出そうにも大爆音の中で自分だけ音量をOFFにしたみたいにレミの声は誰にも届く訳がなく、抵抗するにも全く身体が動かない。夢の中で走ろうとしても早く走れないあの感じ。しかも夢なのに目覚められないのだ。
そしてカルビがレミのあそこの中になにか青いカプセルを差し込むと、地響きのような男達の肉声が鼓膜の奥に広がってレミの身体を恐縮させてしまう。

「ちょっと待って」

朦朧とする頭の中でじっとりと広がってゆく絶望的な確信に身震いしながらも、かぁーっと熱くなる陰部に血液が集中していくのを感じるとさっき下に入れられたカプセルが、媚薬なのかもしれないという不安に心が支配されてしまう。そして予測通りにだんだんと崩壊してゆく理性の中で覚醒を始める究極の性の形に跪くと、レミはもう全てを受け入れるしか出来なくなってしまう。
カルビがレミの身体をソファに押さえつけて乳首を舐め回している間、もうすでに感じすぎてどうにもならないそこに指を差し込むドンペリーヌ。と、すかさずクチャクチャと音を立てながら一番感じやすい陰核を細マッチョが弄っている。三人同時に攻撃をされるともう何がなんだか、誰が誰で何をされているのかわからないけど、ビショビショでツルツル滑るソファの上で悶え苦しむ自分自身に興奮を抑えられないレミが声を抗えると会場のボルテージも最高潮に達し、レミの身体も淫らに感化してゆく。

やば。気持ちいい。
罰ゲームって言ってたけど全然罰ゲームじゃないじゃん。

生き絶え絶えになりながらスクリーンに映る自分の姿に羞恥しては求め再び同じ拷問を繰り返すショーとは言い切れない乱交の様な儀式に、今度はクルクルと回転盆が作動して、押さえつけらたままの自分の姿がが会場の中央に移動するのが中継されるとマスをかいたまま何十人もの男たちが一斉にこちらに駆け寄ってきてレミの身体を貪り尽くし始める。声を出そうにも音の届かない世界は自由で、大きく仰け反りながら拒んでも全く抵抗出来ずされるがまま。何度も大量の潮を噴き出しながら大きく肥大した陰核がピクピクと痙攣を起こしている。

「本日はご参加ありがとうございます。」

それから一礼して現れたバニーガールに見た事もないくらいの巨大なペニスを強引に口に突っ込まれるとスクリーンに映し出さた自分が恍惚の表情を浮かべている。

「これは正解でも不正確でもないあなたのへの答えです。」

「それでは正解を発表しませーん」

「お姉さんは迷っちゃったからダメー」

この言葉の合図にまた会場が一体となる。

もうダメかも知れない。死ぬ。。。

3人の男達に身体を強く押さえ付けられながら、絶え間なく遂行される淫乱マゾヒズムに粗末な痴態を曝け出すと、今度はみんなに挿入部分が見えるようにバニーガールの膝の上に座った状態で、グンと奥まで深く突いたり浅く突いたり。もうなにをされてもどうしようなく気持ち良くて、まるで脳味噌が混ぜられたプリンみたいに液状化してゆく。

「それでは皆さんもご一緒にどうぞ」

届かない心の叫びよりも強く。絶対に逃れられない人の定に洗脳を余儀なく洗脳されて行くふしだらな欲望。そして子宮の奥が大きく萎縮するのと同時に訪れる半永久的なポルチオ性感のオーガズムに世界がゆっくりと暗転すると、真空になった鼓膜のに聞こえる規則的な秒針のリズムに視界が白濁してゆく。

あれ?夢?

開放された欲望の終焉にグッタリとベッドにへたり込んだまま濡れた下着を確かめると、まだピクピクと萎縮を続ける膣の気持ち良さに自分は夢精したんだと気付く。

何これ。気持ち良すぎる。

ゆっくり腰を下ろしてヌルヌルになったそこに指を入れると、なんだかまだ足りなくてパクパクと魚の口みたいにペニスを求めている。頭も半分、身体も半分起きてるから夢精ってこんなに気持ち良いのかなぁ…。そんな事を考えながら指先を入れた状態で腰を動かすと、自分の中の指先がぎゅーと締め付けられて、それを更に上に突くとまだ凄く気持ち良い。
レミは時計を見上げる。
さっきから三十分しかたってないのにもう二回目。
したいことをする事にいつだって制限はない。だけど何度も何度も同じ事をするのは疲れるなと、冷静になってもう一度そこに触れてみると、何時迄も満たされない欲望にまたしたくなってしまう。
完全にタイミングを逃して聞きそびれてしまったあの正解のない答え。もしかしたらそれは不完全な性に燃え尽きた未完成のままの私の心の象徴なのかもしれない。そんな思いに駆られながらもまたウトウトと眠りに誘われれば、すべてはもういつの日か記憶の中に埋もれてしまう夢の後先。
心を亡くしてしまうくらいなら、いっそ全部壊してしまえばいい。いつだってそんな自分の生き方を信じて生きて行けるはずだったのに。

椎茸アレルギー


「おい!寝てるの?」

「お前鍵開けっぱなしでなにしてるの?」

見られた!

自分でしたまま寝てしまったようだ。

消えない夢の余韻もそのままに、無理矢理引き戻されてしまった悪夢の様な現実に瞼を開けるともう真夜中の一時過ぎ。まだ起きたばかりで上手く機能しない頭の中を整理しながら、携帯の画面を確かめてみると侑斗からの履歴表示で埋め尽くされている。
それからズカズカとリビングまで勝手に上がり込んだ侑斗が、何やら沢山買い込んだビニール袋を床に置いてジャンパーを脱ぎ捨てると、今もまだベッドに蹲ったままのレミに軽蔑の眼差しを向けている。

「メールしても既読にならないし、 電話しても出ないし。」

「ごめん。」

「てかお前また一人でやっただろ。」

何も言えない。

「なんだよ。俺来るの分かってて自分で やるなよ。」

チッと舌打ちして真顔になる。

傘もささずに歩いて来たのか服も髪も雨で濡れていて、靴下を脱ぎながら何時ものようにソファに寝そべる侑斗にタオルを手渡すと、ありがとうと受け取ったままの侑斗が無言でテレビの電源を入れる。
想像していたより普通の態度でいつもの定位置でくつろいでいる侑斗の姿。なんだ怒ってないんだ。こんなダラしない私でもやっぱりどうでもいいから全然気にならないんだなと少しだけ残念な気持ちになって、ビニール袋からビールを二本取り出すと残りを冷蔵庫にしまう。

「いつ来たの?」

「うん。今。」

「雨降ってるんだ。」

「途中で降ってきた。」

サラッと返された返事に会話が途切れるとなんとなく居心地が悪くて侑斗から視線を逸らすと、テレビから聞こえるランキング番組の第1位。やっぱり一位は吉祥寺かぁ。俺は住みたいなんて思わないけど、何がいいのかねなどと他愛も無い会話に相槌を打ちながら、侑斗がタバコに火をつけるのをじっと見つめていると無機質だった部屋全体にマルボロの匂いが広がってゆく。

「あのさ。今日この部屋で過ごすの最後だろ。だから今日は引っ越し前祝いしようかと思って」

なんだ。しに来たんじゃないの?それも口実?

何時ものように突拍子のない提案を聞き流しながらレミがソファの反対側に座ると、ナッツや乾き物スナック菓子すべてをテーブルに広げて強行される嬉しくない祝い事。堪らずレミが黙り込むと

「とりあえず飲むか!」

侑斗がビールのタブを開ける。

「つか今日この後予定あるって言ったじゃん」

「そんな事言ったっけ?」

「言った。」

予定なんてない。あったとしてもそんなのすっぽかせばいいだけ。しかもこんな時間に?でも言わない。

「じゃそれ行くな。」

自分勝手な発言。

「あのさ。お前俺の事避けてる?」

「そんな事ないよ。」

嘘ばっか。

「俺以外にも男いるの?」

いる訳ない。

「関係ないじゃん。早くしようよ。」

そんな事あんたには関係ない事!
今にも爆発してしまいそうな感情をぐっと堪えて侑斗を睨みつけると

「は?お前ふざけんなよ。とりあえず今日はしないから。」

今度は想像も出来ない言葉がレミを黙らせてしまう。
なんで?いつも通りに行かない進行に逃げ道を失うと今度は間が抜け過ぎてしまって返す言葉が見つからない。

温くなった缶ビールが汗をかいてテーブルの上に小さな水溜りを作っている。

「つかさ。毎回しなくたっていいんだよ。別にしたいから会ってる訳じゃないし」

繰り返される驚きに完全に言葉を失ってしまう。

「じゃさ。もうちょっとこっち来て。」

侑斗とレミを隔てている微妙な距離感。手を差し伸べられて、その手を掴むもうとする気持ちはあるけれど、身体と心が侑斗を警戒して上手く受け入れていかない。そんな気持ちを悟られたくなくて、また侑斗から逃げるように距離を取ると、それを却下するように侑斗がまたその手を引き寄せる。

「あのね。一回ちゃんと話さなきゃいけないと思ってさ。まじで、真剣な話。これからうちらどうする?」

そして急に真面目な話を始める侑斗にドキリとしながら、正確な答えを導き出そうと視線を逸らすと

「もう終わりにしたい?」

直に投げつけられた最後の切り札のような言葉に凍りついてしまう。
そんな事言われたってどうしたらいいのかなんてわからない。
今何か言葉にしなくては手遅れになってしまいそうな確信に怯えながらも、ただ何も言えないように唇を塞がれたままの状態で抱きしめられると、まだ濡れたままの侑斗のシャツが冷たくて、どうしてもこの腕を離せなくなってしまう。

「そもそもなんでお前が出て行くわけ?」

スタートを切ったのは侑斗の方。

「仕方ないじゃん。色々あるんでしょ」

それを壊したのは私。

「じゃ俺も出て行く。」

「は?何言ってるの?」

こんな状況を終わらせるのはそんなに難しい事じゃないのかもしれないけど、

「じゃ、そんなの放っといてずっとここにいればいいじゃん。」

どうにも出来ない事だって時にはある。

「そんなの絶対に無理。今更私にどうしろっていうのよ」

思わず感情的になってしまうレミの強い口調に押し黙ったままの侑斗が腕を緩めると、文句ばかりで何もしようともしてこなかった自分の無力さにまた心が負けそうになる。

「これからも会える?」

「わかんないけど。」

「わかんないって何?」

答えの出せない答えを急かされて答えるのはきっと計算のない言葉。

「私は会いたいよ」

レミは自分の言葉にビックリしてしまう。そしてその驚きを掻き消すように侑斗がレミの身体を引き寄せると、箍が外れたように求めあうそれぞれの想いに胸が潰れそうになる。

「もうやめない?」

「ん?何を?」

「考えるの。やっぱ考えたってわかんないから、もうちょっとこのままでいない?」

強く抱きしめられたせいで冷静な判断が出来なくなった訳じゃない。ただ今だけはこのままこうしていたくて。
手に入れられないものから目を背けてしまうのは弱さ故の過ち。繰り返し肌を重ねてしまう罪の重さから逃れる事は出来ないけれど、考える事をやめてただ感じたまま抱き締め合うと何一つ偽りのない侑斗の温もりが暖かくて、無条件にまた全てを受け入れてしまいたくなってしまう。それは何時の日にか強がる事でしか守れなくなってしまった自分自身の原点を侑斗の中に見ているような感覚で、もう二度と必要ないと捨ててしまった穏やかな感情がまだここにある事に気付かされると初めて侑斗の心に触れる気がした。

寂しかったの?

堕ちてゆく星の光を遮るように、その価値を競い合いながら築き上げて来た物はきっと理想とは程遠い幸せの形。今までずっと見ないようにしてきたけれど、まるで写し鏡のような侑斗の中にある切実な願いに耳を傾けると、決して自分には癒やしきれない孤独が押し寄せてレミの胸を締め付けていく。侑斗の中に共存している強さと繊細さを作り上げた心のルーツ。そしていつの日もちゃんとした意味を持ってレミに投げかけられて来た言葉の数々。どうして今までちゃんと理解してあげれなかったのだろう。
身体中に湧き上がる拒絶反応と戦いながら最後の最後まで消し去れない臆病な自分を解放すると、ただ純粋に愛されたいと一途に願っていた幼い頃の感情と、侑斗の心が重なってゆく。そして何故かいつもより小さく見えてしまう侑斗の背中にしっかりと腕を回して抱きしめると、小さな子供を慰めるような愛しさがこみ上げてくる。

「ゆきちゃん。」

「ん?なに?ゆきちゃんって。俺?」

「うん。小っちゃい頃ゆきちゃんって呼ばれてたでしょ。」

なんだそれ?

自分の発した言葉に吹き出しそうになりながら侑斗を見上げると、今となっては不似合いな呼び名とこの状況とが不釣り合いでなんだか笑えてしまう。
だけど馬鹿にした様に私を見つめている二つの瞳は間違いなくずっと昔のゆきちゃんと同じ瞳。
レミは緩くなったビールのタブを開けて一気にそれを飲み干すと、冷蔵庫からもう一本を取り出して侑斗に手渡す。
そしてシュワシュワと弾け飛ぶアルコールの酔いにまかせて侑斗の腕に指を絡めると、もう2度作り替える事の出来ないこの夜の結末に明日の自分を委ねてみる。

「あのさ。やっぱしたいんだけどだめ?」

初めて人の意見を無視する様なレミのハッキリとした意思表示に少し驚いた様子の侑斗。
それから強引過ぎる程明白なレミからの要求に、コントロールを失い始めた侑斗の本能がレミの身体を抱き上げると、言葉はもう何の意味も持たなくなる。

わかりやすい。こいつの下半身もやる気満々なのだ。

大人と子供のアンバランスさに戸惑いながら見つけだしたそのものの光。それを導きだして手を添えるのは、穏やかな母の愛ような捻くれた愛の形だけど。

「今度はちゃんとしてくれるの?」

私だって素直になれる。



椎茸は好き。でもアレルギーなの。

キノコは種類が沢山あるからどれも同じに見えるけど、椎茸だけはやっぱり格別。だからやめられない。

灰ばかりの空の下。二つの影が重なり合う時に見ている真実は、この部屋に誰かがいるという安心感と深海ではなく海水浴に向かうという可愛い絶望感。約束は出来ないけれど約束するのも悪くない。そんな気持ちで自分を開くとあっと言う間に潮が満ちて、全ての感情を連れ去って行ってくれる。
繰り返す輪廻の様に、人は訪れてしまう運命の瞬間を月の満ち欠けだけで知る事は出来ないけれど、導かれてゆくそのままに漕ぎ出せばきっと何時かたどり着けるあの海の果て。重くのしかかるコールタールの海の底で私は今、身体全部に回る毒を確かめながら生きているという事を実感している。



『椎茸アレルギー』終わり。

椎茸アレルギー

椎茸アレルギー

目を開ける。これは夢なのか?現実なのか?もしも夢であるのならば二度と目覚めないで欲しい。そんなレミの願いも虚しく辺りを見回すと何時もと同じ部屋の風景が広がっている。ただ呼吸をして、服を来て、ドアを開けて、空を見上げて…。あっと言う間に時間は過ぎて行ってしまうけれど…。レミは何時迄も忘れる事の出来ないヒロの面影を探して毎晩のように眠りに付くのだった。そして決して満たされる事のない心の隙間に入り込んで来た侑斗という存在にレミはまたもや自分を見失なってしまう。SEX依存性のように肌を重ね合わせる事でしか愛を感じ取れないレミが見つけ出した答え。それは自分自身の生き方を許す事だった。果てしなく続く海のように永遠に終わらない悲しみは深く。屈折した性の形にレミの身体はじっとりと感化されてゆく。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2015-08-14

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 1
  2. 光が見えない
  3. 眠れる森の蛞蝓王子
  4. 未亡人
  5. HIRO
  6. 深海
  7. 使い捨て人生
  8. 夢精
  9. 椎茸アレルギー