探偵は静かに笑う
都内の古びた朝顔のグリーンカーテンで窓が覆われた、木造建築のカフェにテーブル席に男はいた。客はその男一人だけ。
歳は三十前後で、二枚目だが髪はボサボサした寝癖が目立ち、無地の白いティーシャツにスウェットを身にまとっている。身なりさえ整えれば男前だろう。
静まり返った店内で、男はかれこ五時間もお代わり無料のコーヒーを飲み続けていた。飲み続けていれば飽きるものなので男は少しづつ砂糖やミルクの量を変えてみたり飽きない工夫を凝らしたりしていた。そこまでして店を出たくない理由とは何なのか。
スキンヘッドの筋肉質の店長はコーヒしか頼まないものだから不機嫌な顔つきで椅子に座り新聞を広げている。
「すいません。お代わりください」
男は手を小さくあげて店員を呼ぶと、店長はさらに不機嫌そうな顔をして立ち上がり、男を一瞥して空になったコーヒカップを運んだ。
その時だった、「チャリン」とカフェの入店音のベルが静まり返った店に鳴り響いた。
二人は入り口をちらりと見た。
そこには小綺麗なシワひとつないスーツにを身に纏い、オールバックで綺麗に髪はまとめられている好青年がいた。店内にいた男とは対照的である。
スーツの好青年は店内にいた男を見た。
「明戸さん!ここにいたんすね!めちゃくちゃ探しましたよ、こっちの苦労も考えてください。」
明戸はまずい、と言わんばかりの顔をして目をそらした。明戸が帰りたくない理由は青年にあった。
「俺はここのコーヒーを閉店時間まで飲み続ける、だから今日は帰れ。今日は仕事なしだ」
その言葉を聞いて青年は呆れ混じりの大きなため息をついて、明戸の前に座る。
青年はメニュー表を開いて、しばらく悩んではモンブランとコーヒーを注文した。
「明戸さん、今日の依頼の浮気調査が面倒で逃げましたよね!僕一人で色々と大変だったんですよ!」
「いや、違うぞ。小川、お前一人でこなせる依頼だと思ったから任せたんだ」
「任された覚えはありません!」
店長は二人分コーヒーとモンブランを出すと、小川に早くこいつを連れ出してくれと言わんばかりに睨んだ。小川は申し訳なさそうに頭を下げる。
明戸はそんなことを気にせずにミルクと砂糖を入れている。
「今日は仕事の依頼者と報告があるので、事務所に来なきゃまずいですよ」
「だってよ、いつも浮気調査やペット探しばっかじゃん。どうせ今日の依頼もそうなんだろ…探偵になれば推理小説みたいに事件を解決できると思ってたのによ」
明戸は求めていた。どこか日常とは言えない非日常を。普遍的な日常は退屈すぎたのだった。しかし探偵業を始めても日常は一歩たりとも非日常へと動かなかった。
小川はモンブランを食い終えてゆっくりとコーヒーを飲み干すと満足そうな顔をした。どうやら小川の口に合ったようだ。
「ここなかなか美味しいですね」
小川はコーヒをもう一杯をもらおうとしたが、不機嫌にこちらを睨んでいる店長を見て、頼むのをやめた。
「明戸さん…この店に何をやらかしたんですか?店長めちゃくちゃ怒ってますよ」
小川は小声で明智に言った。
「何もしていない、ただここでコーヒーをが五時間ほど拝借しただけだよ」
探偵は静かに笑う