生えよ、翼!

 この作品をフレンドのキウィさんに、ささげます。

 僕の名前は桐生 初(きりゅう はじめ)、もしいじめる側の人間とそれを看過黙認する人間が普通でないとするならば、平凡なる高校一年生だ。
 酒井 友康(さかい ともやす)は僕と同クラスで、僕よりはるかに体が大きくて柔道部在籍。
 彼はもっぱら僕をいじめる事を生きがいにしている、と思われる。
 なぜなら毎日、僕が彼から何らかの肉体的攻撃を受けない日がないからだ。
 すれ違い様に肩をぶつけてくる。
 尻を蹴っ飛ばされる。
 頬をつねられる。
 軽く首を絞めてくる。
 腕をひねられる、などなど。
 そうされている間、僕は黙って歯を食いしばって耐えているしかないのだが、彼はそんな僕が面白いのかつまらないのか、最後にあざ笑いつつ、
「なんだその顔は? 悔しかったら強くなれ」
 と言い置いて去ってゆくのだった。
 ひどく義務的な職業意識しか持ち合わせていない担任と、忙しいが口癖の両親にどう相談しても解決の糸口すら見つからないだろう事は明らかで、僕はいつしか合法的に彼を殺す方法を考えるようになっていた。
 しかしどう刑法を読みかえしても、殺人が無罪になる理屈は載っていない。
 仮に僕が精神異常者にでもなれば話は別だけれども、こうして計画を練っている段階で正気であることは疑いもないのだ。

 ところが、ある日ネットを検索していると、呪い殺せば罪に問われない、なるブログを読んで後頭部がしびれた。
 つまるところ日本ではそうした呪術に科学的根拠が乏しいがゆえに、呪い殺しても法律では裁けないのである。(外国では処罰があるそうだが)
 僕はそれから何かに憑かれたみたいになって、その手の情報を集めまくったが、やはり法律の基にならないくらいだから、どれもうさんくさいものばかりだったし、丑の刻参りを例示するまでもなく、準備がめんどうなものが多かった。
 ただ呪いではないのだが僕の興味を惹く記事につきあたって、いわく、十三人でパーティーを開き最初に離席した者は一年以内に必ず死ぬ、というジンクスだ。
 なんでもイギリスの貴族三人がこの禁を破り予告通りに命を落としたという。
 偶然僕の誕生日が週末にせまっていた。
 僕は友達十一人プラス酒井にメールを送った。
 問題は酒井がこの誘いにのってくるかどうか、であった。
 なにしろイジメられている人間がイジメている人間を招待するのだから、不審に思われないわけがない。
 何かたくらんでいる、そう思われてもしかたない。
 事実そうなのだし。
 だが心配は杞憂で、メール返信はその日のうちに、ありがとうぜひ行かせてもらうよ、の丁寧な文面だったので、ちょっとこちらが面食らったくらいだ。

 土曜日の午後、みんながやってきて、十二畳間の階下のリビングルームは人でいっぱいになった。
「ハッピーバースディ」
「お誕生日おめでとう」
 僕の所属する合唱部のメンバーがほとんど、しかも女性が十一人。
 僕には男性の友達がいない、けれども女生徒にはかなり人気があるらしい。
 それがまた女っ気のない酒井とか男子に嫌われる理由なんだろうけど、その酒井、まだ来ていない。
 やっぱ来ないよなぁ、と僕があきらめかけた頃玄関から奴の声。
 そいつは変声期を迎えた少年の割れてかすれた声そのままだった。
 よく言えばハスキーボイス、でも女生徒には嫌悪感が否めないようで、
「酒井? 桐生君、なんであんな奴招待したのよぉ」
 といきなりの抗議を受ける。
「あれで結構いいやつなんだよ」
 僕は呪いの儀式を疑われたくない一心で、そう弁解して、
「そうなの? ふう~ん」
まぁ納得してもらえたようだ。
 僕が彼から虐げられていることはクラスのみんな承知しているが、そいつは男子の間で仲良くふざけているんだな、と捉えられる向きもないことはないだろうから。
「よう、遅くなって悪いな」
 酒井は女だらけのパーティーにじゃっかん戸惑いを隠せなかったようだが、特に正装するでもなく、いやむしろTシャツとジーンズ姿で、それなりにめかしこんで来ていた女子達と比較するのもおこがましかった。
「これ、プレゼントだ」
 だが彼がぞんざいに僕に手渡したのは、市販の汎用A4封筒。
「あ、ありがとう」
 僕は意外な贈り物に驚きつつも、彼に着席を促した。
「大きなケーキだなぁ」
「みんなそろったから切るよ」
「いや、俺、甘いもの駄目なんだ」
 酒井ならそう言いかねなかった。
「そうなんだ?」
「いや、好きだけどさ。ダイエットしてるからさ」
 これには一同大爆笑。
「酒井君がダイエットなんて、好きな人でもいるの?」
 女子の一人が笑いながら質問。
「いや、そういうんじゃなくってさ。柔道って、ほら体重別だろう? 一階級上がると強さのレベルがぐんとあがるからさ、ウエィトしぼってんだ」
「なるほど、たいへんなんだね」
 聞いてみれば納得して、みんな笑ってしまったのを恥じた。
「で、着いたそうそうなんだけど、俺、試合があるから、これで」
 酒井はやおら立ち上がる。
 僕は酒井を最初に離席させようという計画を予定してあったのだが、それは全て無駄であった。
 というか、結果オーライというか。
「残念だね、じゃ、また学校で」
 僕は無論ひきとめはしない。
「おお。じゃあな」
 酒井は大股で、短い頭髪の生え際をかきむしりながら帰っていった。
「よかったぁ。あんな野性の熊に居座れたら息が詰まっちゃうところだったぁ」
「ほんと、ほんと」
 女子連はもう甘い物を自分たちの小皿に移して、早い者はもう一口味わっている。
 僕はその間酒井のプレゼントの封筒を無意識のうちに開封していたのだが、その中身が、絵であることに気づいて思わずひきずりだしてながめた。
 十一人の女性徒の視線がいっせいに僕に注がれる。
「なに、それ、絵? うわ、上手ぅ」
 そうなのだ、それは僕を描いたポートレイトで、生半でない出来の良い仕上がりである。
 これを酒井が描いたとは信じられない。
「柔道もするし、美術の才能もあるのね、酒井君は」
 みんなさっきまで彼を糞味噌にののしっていたのに、絵一枚で軽蔑が尊敬に変化したのだ。
 それは僕の心中も同様で、この肖像画を僕のために描いてくれたのだ、と思うとこみ上げてくる感情を抑えきれない。
「お礼を言ってくる」
 僕は酒井を追いかけることにした。
 彼は一年以内に死ぬ。
 ひょっとしたらこれきり会えなくなる可能性だってある。
 僕はせめて絵のお礼だけ伝えておこう、そう決心したのだった。

 五分も走らないで酒井の大柄な体を見つけられたのは幸い。
 学校に続く県道のだらだら坂を彼は歩いていて、僕の呼び声に気づいて立ち止まり、あろうことか手を振って応えた。
 心臓がときめいて、もし酒井が女性なら、これが恋ということもありえたかもしれない。
 ところで酒井は道の反対側の歩道にいて、僕は県道を渡る必要がある。
 だがここは車の交通量が多くなくて、かつ歩道橋や横断歩道は、百メートル程離れた場所の信号機まで行かないと、近くにない。
 誰もがそうするように、まどろっこしくって僕は車道に飛び出した。
 もちろん左右確認したさ。
 ところが大型トラックが通過して安全だと思ったら、その陰に隠れてオートバイが走行していたのを僕は知らなかった。
 ぶつかる!
 観念したところへ、衝撃が僕を突き飛ばす。
 僕は車道の中央の所まで転がって、後頭部を打撲したものか、そのまま気を失ってしまい、救急車のサイレンを聞いたような気もするが、その後の記憶が一切ない。

 病室の白い空間に僕は寝かされていて、目を覚ますと同時に、両親や仲のいい女性徒達の笑い顔、泣き顔、安堵した顔。
 メカとぶつかったはずの体はどこも痛みがなく、そいつは麻酔のおかげではなくて、後頭部の鈍い違和感を除けば、実際僕が病院にいなければならない理由が、自身どうしてもわからなかったくらいに快調だった。
 ただその場に酒井がいないことが、当然いなくても不自然でないにしても、変な気がして、
「酒井は? 柔道部の試合に間に合ったのかな?」
 と僕が尋ねると、誰もがそれぞれの口の中に見られたくない醜い部分があるかのように貝になる。
 僕が三度繰り返してやっと、母が沈痛な面持ちになって、
「酒井君ね、あんたを突き飛ばして、それからバイクにはねられて、今集中治療室で絶対安静なのよ」
 と僕の視線を避けるように言った。

 僕はほどなく学校へ戻る。
 酒井はといえば意識が戻らずに植物状態だそうだ。
 ちなみに余命一年とは医師の言葉。
 ジンクスはやはり的確に実行されたのだ。
 なのに僕の心はちっとも晴れやかではない。
 酒井…君は、僕を助けようとしてくれたのに、僕はなんでそれを喜べるだろうか。
 さて僕の心が晴れやかでない理由はもうひとつある。
 他の男子達にイジメられるようになったのだ。
 今回のイジメっ子達は酒井君よりはるかに陰湿で、ここでいちいち書くことが嫌になるくらい内容がすさまじい。
 場所は決まって旧校舎最上階のトイレ。
 取り壊しが決まって誰も近寄らないので、彼らには好都合なのだろう。
「それにしても酒井の野郎、しぶてぇなぁ」
「ああ、まだ生きてるってよ」
「ざまぁねぇけどな。俺たちが手をだそうとしたらよぉ、こいつはオレの獲物だって、怒りやがってさ。まるで自分の女みたいな扱いだったぜ」
 イジメを受けながら彼らが話していることから想像して、どうやら酒井君がいたから、僕はこいつらにイジメられずにすんでいたらしい。
 酒井君は実は僕を守っていてくれたのだ。
 彼のセリフが耳に残る。
 強くなれ。
 うん、僕は強くなる、見ててくれ。

「弁護人、反対尋問を」
 裁判長が被告たち少年の弁護士に命じる。
 ここは名古屋地方裁判所小法廷。
 僕はイジメを受けていたことを警察に告発したのだ。
「さて、あなたは、イジメを受けていたと言いますが、その客観的証拠はありますか?」
「といいますと?」
「傷害を受けて、その医師の診断書とか、ですな」
「彼らは体に傷が残るようなイジメはしませんでしたから、ありません」
「なるほど。警察の聞き取り調査では、被告達少年があなたをイジメていたという証言は得られなかった、とか」
 そうなのだ、彼らはそこまで考えて僕をイジメていたのだ。
「そう聞いています」
「では、あなたが、失礼ですが、被告達少年にイジメられていたというのは、思春期によくある妄想ではありませんか?」
「残念ながら妄想ではありません」
「ほう? しかしながら、この場で客観的に証明できなければ、意味がありませんな」
「証拠なら、あります」
「?」
 被告側の弁護士はそんなこと聞いてないよ、みたいな不快な表情になる。
「僕がいつもイジメを受けていたトイレに隠しカメラを仕掛けておいたので、その映像記録を提出します」
 そうだ、いつも同じ場所で繰り返されたので、前もってカメラを仕掛けておく準備ができたのだった。
「ちょ、ちょっと待って。裁判長、休廷を申請します」
 もう弁護士はしどろもどろになって赤ら顔。
 僕の勝訴は時間の問題だった。

 鳥が空を飛べるようになったのは、長い長い年月をかけて、空を飛ぶ努力を続けてきたからに違いない。
 人間が空を自由に飛べるようになったのも、また同じ。
 翼もない人間が、どうして空を飛べる、とあきらめていたら、飛べなかっただろう。
 そして僕も飛べるようになったんだ。
 背中に勇気という見えない翼が生えて、飛べるようになったんだ。
 その勇気を与えてくれたのが、他ならぬ酒井君で、今では僕の大親友。
 え? 彼は余命一年の植物人間のはずだって?
 それが、どうも僕が毎日面会に行って、彼に語りかけているうちに、指先が反応するようになってきたんだ。
 僕の問いかけに指先を震わせて答えるようになってきたんだ。
 すなわち彼が思考しているという証で、これは奇跡としかいいようがない、と担当の医師も余命一年から、回復の可能性あり、と判断を緩和。
 いや、きっとそうなるよ。
 あの僕の誕生日、出席者は十三人じゃなかったんだから。
 僕は半人前だった、あの時点で。
 だから12・5人のパーティーだったのさ。

        了

 

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生えよ、翼!

生えよ、翼!

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-14

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