寂しいよ

生きて行くのは大変だという話です。
負の人生の人でも言い分・言い訳はあってそういう人の一箇所を切り出して書きたかったのですが、ちょっと違うものになりました。
こちらの作品は他サイトと重複投稿しています。

 某ネットカフェ。3月末。午後10時。所持金880円。
 (僕には家族がいない)
 どうしてこうなったんだろう。人生は残酷だ。
 明日のあてが無い。仕事が貰えなかった。この狭い部屋が僕と社会を切り離す。社会と関わらなくても生きて行けると思わせる。お金があればの話しだけど。
 そもそも僕がこの町に来たのは3年前。現在40歳位かな。もう何年も誰にも祝われていないし、自分だけで誕生日を祝うことも無いのではっきりとは判らなくなっている。
 結局夜になると孤独から何度も反復してしまう僕の人生。人生は残酷だ。なにがいけなかったんだろう。

 今から7年前僕は東北の小さな町に住んでいた。その時の僕には妻と小学校4年生になる娘がいた。
 当時家電メーカーの下請工場で働いていた僕は家電製品全般の売り上げ低迷で工場閉鎖・解雇となった。
 誰が悪いわけじゃない。しょうがない事だった。
 しかし妻子ある以上無職でいる訳にはいかない。僕は派遣に登録し、少しでも収入が良い所へと、愛知県の方に出稼ぎに行った。派遣会社の寮に入るのだから無論妻子は残してだ。
 引かれる物が無いので派遣の給料も順調だと結構良い額になって、妻に17万程毎月生活費を送ることが出来た。最初の頃は良かった。
 しかしその工場での仕事が一段落すると、仕事の日数もめっきり減って行った。生活費を送らなくてはならない僕は仕事のある地域へと名古屋・静岡と工場を転々とした。そして仕送り額は15万、13万、10万と減らしていかざるおえなかった。その間妻も子供が学校に行ってる時間を利用し、パートを始めた。
 今思うとあの頃は夫婦共、家族で頑張ってなんとか生きていこうとしていたのだ。
 僕は結局派遣で出ていた4年間の内に家アパートには8回程休みを利用し帰った。僕が帰る度に妻と子供は近くの駅まで出迎え、豪華の食事を用意し、それはそれは僕を大切に扱い、僕にとっては忘れられない幸せな時間だった。この家族を守る為に僕は頑張らなければと毎回強く思ったものだ。
 そして最後に帰った時で正直僕の時間は止まっている。
 それ以降の妻の顔も体も、娘の笑顔も成長も僕は知らない。
 僕にとっての家族も時間も3年前で止まったままなのだ。

 今から3年前、派遣の仕事も空きが多くなり、僕は派遣切りを受け東京へと出て行った。東京なら何か仕事に就いて質素に暮らせば家族で一緒に暮らす事も出来るんじゃないかと、甘い事も考えていた。
 そしてそれは本当に甘い考えだった。当時37歳位の住所を持たない僕を正社員で雇ってくれる会社は小さな工場でも見つからなかった。結局当面コンビニのバイトをしながらネットカフェで暮らすことにした。それでお金を貯めてアパートを借りようと思ったのだ。
 妻子への仕送りは派遣時代の蓄えを切り崩し4ヶ月程、6~7万毎月送るのが精一杯で、仕送り出来なくなってから徐々に僕は妻に連絡をとらなくなった。当時妻の声を携帯で聞くのが怖かった。お金を送れないと言うのが嫌だった。妻子が当時どうやって生活しているのか考えるのも嫌だった。
 僕は駄目人間だったのだ。自分の家族を人並みにしてあげる事も出来ない役立たずだったのだ。
 仕送りをしなくなって3ヶ月もすると妻からも一切電話は来なくなった。僕は更にその2ヶ月前から連絡していない。携帯電話の利用料請求は妻宛に届いており、携帯が利用出来なくなる事はなかったので、妻はきっとパートの数なり時間なりを増やして頑張っていたのだろう。僕にとって仕事を得る為に携帯はは必需品だったのでこれはありがたかった。

 そして今から1年半程前。
 久し振りに妻からの電話がかかって来た。しかし僕はとらなかった。
 僕が電話に出ないと妻は昼夜を問わず46時中電話をかけて来た。
 子供に何かあったのか?お金の話か?
 どちらにしろ僕には何も出来ない。バイト(毎日働いてる訳ではないし、仕事もない)の稼ぎは日々の生活で消え、アパートを借りる事も出来ず、今もネットカフェでなんとか生活してるのだから。
 しかしいつまでも出ない訳にもいかず、恐る恐る最終的に妻の電話に出た。
 用件は簡単なものだった。
 「もう帰ってこないで」
 つまるところパート先で知り合った男性と現在同棲している。娘は高校生になり高校の寮に入っているし、彼の事も了解している。生活も問題ないのでとにかく帰って来ないでもらいたいという事だった。そして落ち着いたらまた連絡して2人で東京に行くのでその時は離婚届にサインして欲しいと。
 僕が文句を言う理由はなかった。誰が悪い訳じゃない。誰も悪くない。
 だからこの件はすんなりと了承して電話を切った。
 暫くして涙が出て来た。
 家族を失った。ひとりぼっちになった。
 僕の中の支えの糸がプチンと切れた。
 僕の今までの人生はなんだったのか?妻との甘い日々は?子供が出来て家族になって皆で笑ったあの日々は?
 僕は全てを失った。帰る場所も家族も。
 僕はひとりぼっちだ。
 そう思うと涙が止まらなかった。

 現在 
 ネットカフェを出て、所持金880円。
 今日仕事が無いとこれだけで暮らさなければならない。
 230円払って切符を買う。桜中央駅から電車に乗る。日雇いの募集に並ぶ為だ。
 晴れた良い天気だ。日差しが窓から車内に入り暖かい。もうすぐ春なのだ。
 全財産の入った手提げバッグを持ち椅子に座る。周りを見ると家族連れが多い。
 今日は土曜か日曜なのか?
 曜日の感覚もはっきりしない。あの日から今日まで何一つ変わらず今日を生きるだけで精一杯だ。
 人間はどんなつらいことがあっても、きっと生きて行けるんだ。
 家族を失い、ひとりぼっちになっても、自殺しようとは思わなかった。
 ただ、生きている。
 「でも、寂しいよぉ」
 向かいの席の母娘を眺めながらつい声が出た。

                    おわり  

寂しいよ

読んで頂き有難うございました。

寂しいよ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-11

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