17、ボウイが絆?
17、麻奈、感じたない現実
17、麻奈、感じたくない現実
麻奈の部屋は三階にあった。エレベーターを出て長い廊下の一番奥。それだけの距離が重くて冷たい。たどり着いた部屋は思いでも、生活の匂いもなにもない箱。麻奈は鍵をこたつの上に投げ出し、コートも着たまま足を投げ出した。炬燵の布団を肩まですっぽりかけ、窓から見える向かいの小学校をぼんやりと眺める。ひとつ、ふたつ明かりのついた校舎の窓に人の姿が映った。
(普通に働き、普通に暮らす人か――ああ。わかってる。こんな小さな箱だって今の私は感謝するべきだという事は。でも・・・この現実を受け入れられない、今はまだ。こんな目に遭う程の事をした覚えはないもの。)
麻奈は頭痛薬を飲みにキッチンへと立った。なんて殺風景なキッチンだろうか。一つだけのカップ。もうろうとした頭の中についこの間まで暮らした家が浮かび上がる。あのティーカップや好きだったお皿。思い出は時に残酷だ。
(もう何も思い出せないくらい自分が壊れてしまえばいいのに。神様がいたとしても私についているのは苦しみをもたらす神だわ、きっと。)
麻奈は部屋に戻るとまたじっと窓の外を見つめていた。ふと気付くとこたつの上の携帯の着信音が鳴っていた。ボウイのジギースターダストがまだ誰かと繋がっている事を思い出させる様に。
「もしもし、かあさん。・・・大丈夫?」
「隆。うん、大丈夫。あなたは?」
「俺は平気だよ。体調は悪くない?」
「大丈夫。」
「今日会おうか?仕事の後だから少し遅いけど。」
「そうね。――会いたい。」
「十時頃でもいい?疲れない?」
「顔を見れば元気も出るから。修は?」
「あいつは今日は夜中までの仕事らしい。」
「そう。仕事じゃ仕方ないか・・・」
「どうせ何も食べてないんだろう。一緒に食べよう。」
「そうね。楽しみに待ってる。」
「じゃあまた後で連絡するからね。」
電話が切れて麻奈の心もピタッと止まった。
隆と修。ふたりの息子。もしかしたら彼らの存在だけが今の麻奈をこの世につなぎとめているのかもしれない。ただし若い息子の人生に不幸を感じている母親はいずれ重荷なることを麻奈はうすうす感じていた。
17、ボウイが絆?