16、ボウイが絆

16、誰かが記憶を呼び覚ます

16、誰かが記憶を呼び覚ます


 病院をでた麻奈と河野は宿泊所までの道をゆっくりと歩く。何か言葉をかけようとしても河野には気のきいたせりふが見つからない。
「具合は悪くないですか?」
そんな事しか言えない自分が腹立たしい。ゆっくり後ろを歩く麻奈を振り返り歩調を合わせた。そっと見た麻奈の顔がいつもより青白く、こけて見える。



(何故俺はこんな事をしているのだろう?)
確かにいつもの自分に比べてもやり過ぎているのは認識している。
(何故だろう――遠い記憶に残る母のせいだろうか。もちろん今の自分と麻奈さんはたいして歳は違わない。それでもあの頃がよみがえる。あの時俺は二十三、母は五十一歳だった。父が母を裏切り、二人きりの家族になった時当然俺は心を決めていた――母を支えていかなければと。でも仕事も始めたばかりの二十三歳の俺には母の悲しみが重かった。忙しさにかまけて母との時間を避けていた。そして・・・何もできないまま母は死んでいった。病気だったとは言え気付く事はできたはずなのに。その記憶が俺を動かしているのだろうか。――あの時は若すぎた。今ならば・・・。)



 もうすぐ宿泊所にたどり着く。河野は情けない顔を見せてぽつりと言った。
「なんか今日は余計な事をしてしまったようだ。」
「そんな事は。わざわざ病院まですみませんでした。」
そう言うと麻奈は静かに頭を下げ入り口へと歩き出す。その背中からは誰も寄せ付けない麻奈だけの世界が放たれていた。見送る河野が麻奈に呼びかけた。
「麻奈さん、――辛い時は連絡くださいね。必ず。」
麻奈は振り向くと軽く頷き、にこっと笑って見せた。その帰り道、河野から寂しい母の顔が消えなかった

16、ボウイが絆

16、ボウイが絆

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-11

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