タイムメッセージ

「ありがとうございました。新婦のご友人による合唱でした。今一度、盛大な拍手をお願いします。さて、ここで新郎及川武雄さん、新婦陽子さんへのサプライズメッセージがございます。皆様、会場後方のスクリーンにご注目ください」
 司会者の言葉とともに会場が暗転し、スクリーンに人物が映し出された。それは十歳ぐらいのかわいらしい女の子だった。会場が少しざわついて、誰だろうというささやきが交わされた。新郎新婦も心当たりがないようで、互いに目で尋ねては首をふっている。
 スクリーンの女の子は、ちょっといたずらっぽく微笑んだ。
「あたしが誰だかわからなくて、みんな困っているんじゃないかな。あんまり焦らすのはかわいそうだから、自己紹介します。あたしの名前は及川ひなた、って言っても、わかんないわよね。だって、あたしはまだ生まれてないから。でも、ママは女の子が生まれたら『ひなた』っていう名前にするって決めてるよね。そう、あたしは今日結婚した二人の娘なの。どう、驚いた?」
 会場のあちこちから、そんな馬鹿な、信じられない、これも何かの余興だろうなどという声が聞こえた。一番驚いているのは新郎新婦で、ポカンと口を開けている。
「パパ、ママ、ビックリさせてゴメンね。ホントはこういうことをすると、パドラックス、あれ違うな、パ、ええと、パラ、ああ、パラドックスっていうものになるらしいの。でも、どうしてもパパとママの結婚式で言いたいことがあって、有名な博士にお願いしたの。そしたら、あたしがメッセージを言った後で、みんなの記憶を一定の期間だけ封印することができるんですって。あたしの十歳の誕生日、つまり、あたしにとっての今日までなんだけどね」
 会場は騒がしくなり、どうなってるんだ、本当の話なのかといった不安の声であふれた。ただ、司会者だけはすべての事情を知っているようで、「今しばらく、静粛にお願いします」と言っている。
「もしかして、みんな心配しているかもしれないけど、古井戸博士はまったく危険はないって言ってたから、大丈夫よ。ええと、それで、さっきも言ったように、今日はあたしの誕生日なんだけど、あたしの方からパパとママに言いたいことがあるの」
 その時、スポットライトが新郎新婦に当てられた。
「パパ、ママ、あたしを生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。それだけ、言いたかったの。あたしの十歳の誕生日に思い出してね」
 次の瞬間、会場は真っ暗になり、再び照明が点いた時には、今の一幕などなかったように披露宴は続けられた。

 それから、十数年の月日が流れた。
 自分の部屋でタイムメッセージを送り終わった女の子は、リビングに戻った。
 今しも離婚届にハンコを押そうとしていた両親は、ハッと何かを思い出したようにお互いを見つめ、それから泣いている女の子を見た。
「パパ、ママ、思い出してくれた?」
 最初は母親の目から涙があふれ、父親の目にも光るものがあらわれた。
 母親は立ち上がり、女の子を抱きしめた。
「ゴメンね、ひなた。いっしょに誕生日のお祝いをしようね」
(おわり)

タイムメッセージ

タイムメッセージ

「ありがとうございました。新婦のご友人による合唱でした。今一度、盛大な拍手をお願いします。さて、ここで新郎及川武雄さん、新婦陽子さんへのサプライズメッセージがございます。皆様、会場後方のスクリーンにご注目ください」 司会者の言葉とともに…

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-10

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