ENDLESS MYTH第2話−1
第2話
1
この先輩をジェフ・アーガーは好きにはなれず、いつもの朝の挨拶の後の小言が矢のように突き刺さり、彼が店頭に並べる商品は、いつものように素早く、すぐに裏へ戻りたい気持ちでせいていた。それがまた先輩の皮肉を引き出す。
「もっと丁寧にならべなさい。商品に傷がついたら、責任をもって取れるの? 何年になるんだか、仕事も覚えないで、いっちょ前に遅刻してきて」
遅刻は2週間前の話だ。ステーションへの定期シャトルが気流の影響で遅れたせいであり、よくある事象なのだが、先輩との日頃からの確執から、未だに言われ続けていた。
宇宙食のクッキーを元とし、ミルククリームを挟んだ名物として日本のメーカーが発売した土産物を並べ終えると、すぐに先輩の嫌味を払うように、明白な不愉快を顔にのせ、ドアを開け、右に行けば倉庫の通路を左へ折れ、事務室に入って行った。
荒くドアを開けたところに居合わせたチーフは、また朝から、といった感じに顔をしかめた。
「お客の前では笑顔でおねがいしますよ」
前々からあるトラブルだけに、大事にならないことも、2人との面談で理解していたからこそ、敢えて口を挟まずにいた。
窓際から宇宙空間を見つめると、眼下一面に青い地球が広がっている。太平洋上空にステーションが達していたから、鮮やかなブルーが眼に鮮やかであった。
「もう耐えられないかもしれません」
普段から愚痴や弱音を口にして、相談をしていたチーフだからこそ、この中年男性には本音を口にできた。
ステーションで販売員を募集しているという広告に飛びつき、宇宙へかねてから出たいと望みを胸としていたジェフは、これはと喜んで飛びついた。雇用形態としては、短期だが、ステーション職員としての採用も視野に入った雇用であった。イギリスの大学を卒業した後の展望を考えていなかった彼は、これを進むべき道だ、と頑張っていた。
しかし人間関係は甘くなく、胃の痛みを
伴うものとなっていた。
「君の気持ちも分かるが、向こうの言い分も分かるんだよ。彼の方は南アフリカの貧しい地区の出身で、学びたくても学べず、大学も行けなかったからな。だから君に嫉妬する部分もあるんじゃないかな?」
「冗談じゃありませんよ。僕の家だってけして裕福じゃないんです。奨学金をこれから返済していかなくちゃならないんです」
広大なレムリア大陸の南部を覆う強大な雲は、彼の今の心すらも呑み込んでしまいそうに大きく、どことなく不吉に見下ろせた。
憤怒の中にも彼には雲がやけに印象深く、瞼の裏に焼き付いたのだった。
「配置換えはできないんですか? バイトの身分でなんですけど、先輩とうまくやっていく自信は、正直ありません」
チーフは困惑を眉に乗せた。大学を卒業するかしないかの若造に、配置換えまで口にされるのは、アジア系の中年男にとって、不愉快の神経を逆なでされるような気分であった。が、口にすることもなくチーフは作り笑顔でその場を理性で押さえ込んだ。
「わたしに人事権はないけれど、君と彼のシフトをぶつからないようにはできるが、あまり期待しないでくれ。君より彼の方が仕事が長いのは事実だし、これからも人間関係でのトラブルはきっとあるだろうから、ここで学ぶのも1つだとわたしは思うがね」
忠告を最後に置いたチーフの顔には、気づくと険しさが滲んでいた。
腑に落ちない様子で一応は理解した様相をていしたジェフはしかし、不満と不愉快しか舌先には触れなかった。
先輩が待つ販売所へジェフは重い脚を進める。まるで根が生えたように彼には感じられた。いっそこの場でバイトを投げ出したい気分になり、また自らが社会人としてこれからの人生、歩んでいけるのかという漠然たる不安も、心に爪を立てていた。それが増して彼の足取りを鈍足にした。
「時間は待ってくれないぞ。しっかり働いてくれ」
少し口調に棘が入り始めたチーフの大きめの声に背中を叩かれ、事務所のドアに手を掛けた。
刹那、足下から唸りような地響きが彼の背骨を伝い、脳天へ抜け出ていった。
ステーション自体が激しく左右に揺らめいた。
取っ手に思わず身体の重心を置き、バランスを取ろうとするジェフ。
右斜め後ろでは、デスクの椅子から身体を中空へ放り投げられ、小さな弧を描き、分厚い窓ガラスへ身体を叩き付けられるチーフの姿が見えた。
地震!
ENDLESS MYTH第2話ー2へ続く。
ENDLESS MYTH第2話−1