幼なじみ


 私には幼なじみがひとりいる。名前は佳奈という。隣の家に住んでいて、毎朝一緒に登校し、放課後になれば一緒に部活へ行き、部活が終われば一緒に帰る。親が居ない日は一緒にご飯を食べて一緒に寝る。周りの友人からは二人が一緒に居ないところを想像するのが難しいと言われていた。

 それは中学生の頃までの話。当然のように同じ高校を受験、無事に合格して入学を控えた春休み、予習として高校から出ていた課題をやるために、彼女は私の部屋に来ていた。彼女は文系教科、私は理系教科が得意であったので勉強するときは互いに互いの苦手な教科を教えあうのが常であった。勉強の合間、これから始まる高校生活はどんなものだろうと二人で妄想を膨らませていた。「部活は何に入ろうか」、「授業にはついていけるだろうか」、最後は決まって「入ってみないと分からないけどね」、と言って終わるのだった。私はどうせこれからも同じように過ごすのだろうと思っていた。

 ところが実際に高校生活が始まってみるとクラスは別々になり、彼女は部活、私は予備校通いが忙しくなりこれまでのように一緒にいる時間が無くなった。彼女は陸上部に入ったようだった。元々運動が好きであるし、合っていたのだろう。

 彼女は一学期の間、お昼ごはんくらいは一緒に食べようと言って、昼休みに隣のクラスからわざわざ訪ねてきてくれていたけれど、一学期が終わり近づくにつれてその回数も減っていった。彼女は部活で出来た友達とよくつるむようになって昼ごはんを一緒に食べることもなくなった。

『今日は別の子と食べるからそっち行けない、ごめん。』

 そんなメッセージが届くこともなくなった頃には、衣替えなんてとっくに終わって、もう夏休みまであとわずかという時期になっていた。仕方ない、彼女には彼女の付き合いがあるのだから。そう考えられるようになった頃には私もようやく馴染んだクラスメイトと昼ごはんを食べる程には仲良くなっていた。

 休み時間に時折廊下で見かける彼女は部活で出来たという友達と笑いながら話していて、それを見ると胸の奥に鉛が沈んだような気がした。クラスメイトには同じ中学から来ているが者がいて、

「お前たち二人が一緒に過ごさなくなる日が来るとは思わなかった。」

と感慨深そうに言っていた。

「そう思う。」

 私は苦笑交じりにそう返すので精一杯だった。

 期末考査を終え結果が返されてようやく、初めて彼女と試験勉強をしなかったことに気がついた。

 夏休みに入ると、特にやることが無かった私は課題を早々に終えてしまい、毎日遅く起きては漫画や小説を読んだり、夕方になれば犬の散歩に行くという学生らしくもない無気力な日々を送っていた。

「あなたも佳奈ちゃんみたいに部活に入ればよかったのに。せっかくの夏休みなのに暇でしょう。」

 と呆れる母に私は

「佳奈は関係ないでしょう。」

 と返すだけだった。

 もう、長いこと彼女のことを見ていない。こんなことは生まれて初めてだ。


 8月の後半になると文化祭の準備が少しずつ始まるようになり、私のクラスでも出し物をするというので、学校に出て行くことが多くなった。彼女といえば夏休みも相変わらず部活に励んでいるようだった。夏休みが明けると授業が始まり文化祭の準備は放課後にやるようになったため放課後特に予定がない日には居残って作業に参加することが多くなった。

 ある日、そろそろ帰ろうと昇降口に降りて行くとちょうど彼女も帰ろうとしているところだった。階段から彼女を眺めているとこちらに気づいたようで目が合い、自然と一緒に帰ることになった。

 外に出ると辺りはほとんど暗くなっていて、どこからか鈴虫の鳴き声が聞こえる。久しぶりに話す相手とはどんな話をすればいいのか分からず、前はどんなことを話していたのだっけと必死に思い出そうとする。思い出そうとするほど、なぜだか悲しいような悔しいような気持ちがわいてきて私の口はますます硬く閉じてしまった。

「最近、全然会わないね。」

「そうだね、佳奈は部活忙しいみたいだし私はいつもすぐ帰っちゃうからね。」

 と言うと彼女が少し困ったような顔をした。ちがう、こんな言い方、意地が悪すぎる。我ながらなんて捻くれているのだろう。

「私は部活の子たちとよく一緒にいるけれど、あなたは普段どうしてるの?」

 聞かれて私は答えられない。

「どうだったかな…。」

「頭が心配になるような返事ね。」

 彼女は呆れたように笑いながら、

「昔から私とばかり遊んでいたものね。あなたもそろそろ私以外の友達とも遊べるようにならないと。」

 彼女の何気ない言葉は鈍器となって私の頭を思い切り殴った。私は気がついてしまった。私は彼女がいればそれで良かったのだ。どうしてそんなことを言うの。その一言がどうしても言えなかった。そのあと何を話したかは全く記憶に無い。

 いつの間にか、家の前に着いていておやすみと言って別れた。自室でベッドに俯せていると携帯電話にメッセージが来ていた。

『さっきは言うのを忘れてしまったけど、文化祭は一緒に廻ろう。でも他に回る人がいたらそっち優先してね。』

 彼女は自分の知らないところで私を喜ばせているなんて考えもしないだろう。自分で勝手にそう思ったのに、私はますます悲しくなってしまった。ああ、被害妄想も甚だしい。い、い、よ、と三文字だけ打ち込んで送信しながら、やはり自分は捻くれていると思った。


 文化祭当日、約束通り一緒に廻っていた。途中彼女はなにかメッセージを確認しているようだった。

「ごめん、ちょっと待ってて。」

 と言い残すとどこかに消えてしまった。ぼーっと突っ立っているのもつまらなくて適当に歩きまわる。

『ちょっとふらふらしているね、用事が終わったら連絡をちょうだい』

 とメッセージを送る。

 人の波に少し疲れたからと校舎の外に出て体育館との連絡路の方へ歩いて行く。彼女の姿を見つけて声をかけようとすると彼女が一人ではないことに気づいた。男子生徒が一緒に居た。彼女と男子生徒が話す声が聴こえる。――が好きなんだ。彼女が告白されている。気づけば棒のように立ち尽くしていた。何もできずに彼女を見ていると彼女がこちらに気がついて、

「なんでここにいるの!?」

 と慌てたように声を上げる。その声にハッとして自分が固まっていたことに気づき、走りだした。とにかく逃げるように走ったが、運動がそこまで得意でない自分では彼女を撒くことはできず、捕まってしまった。

「ちょっと待ってよ。なんで逃げるの。」

 と彼女。私は

「告白されてたから、邪魔だと思って。」

「何を勘違いしてるかわからないけど、あれは協力して欲しいと言われていただけだよ。彼は栞…わたしがよく喋っている子のことが好きなのよ。」

 と彼女が言うので、私は恥ずかしさで黙ってしまった。彼女の顔を見ることができない。

「いつまでそうやって黙っているつもりなの。言わないとわからないでしょう。どうして逃げたりしたの。」

 私がいつまでも口を開かないので痺れを切らした彼女は埒が明かないと判断したのだろう。

「もういい、勝手にして。」

 苛立ちを含んだその声は私に私はますます小さくなった。彼女は背を向けどこかに行こうとしている。どうしよう、行かないでほしい、けれどどうする、すがりついて他の人を見ないでと言えばいいのだろうか、ああなんて女々しいのだろう。拳に力が入る。

「置いて行かないで」

 私がようやく振り絞って出した言葉はそれだった。私の声は蚊の泣くような小ささだったが彼女の耳に届いたようで、彼女は足を止めると震える声でこう言った。

「じゃあ、追いかけてきてよ。」

 彼女は走りだした。

 そんなに早く走られては追いつくものも追いつけないじゃないか。私は視線を上げ、彼女の背中を追った。

幼なじみ

「私」が女か男かはご想像にお任せします。
彼女視点の話も書いてみたいのですが、「私」の性別が決まってしまうので書けませんね。

幼なじみ

「私」は彼女と一緒にいるのが当たり前だと思っていた

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-09

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