社畜オブザデッド

社畜たちは、今夜も寝ないで楽しい仕事。
人生いつでもデスマーチ。
会社の外では何やら異変。
でもそんなの関係ねぇ!!


                          起きなさい……

                       


                          起きなさい……



   
                        私の可愛い社畜や……








「…………」

 重たい瞼を開けた。
 眩しい光……視界がかすむ。
 誰かが目の前にいる……だがよく見えない。
 これは……メガネをかけてないからだ。


「メガネメガネ……」

「ほら、ここだ」

 そういって、その人物はメガネを手渡した。
 よく聞きなれた声……俺は、渡されたメガネをかけた。

「……おはようございます、チーフ」

「おう、おはよう」

 目の前にいたのは田村河内……俺の直属の上司だった。

「ぐっすり寝たか? いい夢見れたかよ?」

「……いま、何時です?」

 体を起こす……頭が痛い。

「いま? えーと……10時だ」

「……朝の?」

「いや、夜の」

「……何月何日です?」

「7月30日だよ、何言ってんだ、お前は?」

「……寝たのが、7月30日の午後6時だから」

「4時間寝たわけだな、元気いっぱいだろ?」

「……そうですね」

 おそらく、この1週間で一番長い睡眠時間だった。

「それで、なんです? 企画ならもう完成しましたよね?」

 2週間も会社に泊まり込んで仕事をしていた。
 それがようやく4時間前に終わり、そのまま倒れ込むようにここで寝たのだ。
 ちなみに、こことは第一会議室だ。
 企画が上がると同時に床に倒れ込んだため、いままでこの部屋を占領していたらしい。

「うん……まぁ、そうなんだけどな……」

「……あぁ、なるほど」
 
 もうみんな帰ったから、お前も帰れ、そう言いたいんだな。

「すみません……家に帰って寝ます……」
 
 少しは体力も回復した。
 これならなんとか自宅までは帰れそうだ。
 だが、なぜか田村河内はそんな俺のことを、生暖かい瞳で見つめていた。

「それがな、ちょっとだけな、事情が変わったんだ」

 その声は、妙に優しい声色だった。


「……ちょっと?」

「そう、ちょっと」

 あぁ、これはダメだ、いかんパターンだ。
 絶対に、碌でもないことを言い出す時の流れだ。

「すみませんが、自分、急ぎますんで」

「そう言うなって、ちょっとだけ……ちょっとだけ困ったことになったんだよ」

「……本当に、ちょっとですか?」

「うん」

 絶対嘘だ、眼が嘘ついてる。

「本当の本当に?」

「……すまん、嘘だ。だいぶ変わった」

「ですよね」

 ほら、見たことか。
 こいつは息をするように嘘をつく男だ。


「まぁ、なんだ。とりあえず、こっちに来てくれ」

「はぁ……」

 行きたくないなぁ……。
 でも、行くしかないんだよなぁ……。







 連れて行かれたのは第二会議室だった。
 部屋の作りはさっきと同じ。
 備え付けてある設備も全く同じ。
 だが、たった一つだけ、さっきと異なる点があった。


「これだ」

 そう、それは田村河内アゴで示した物体。
 部屋の隅に置かれた固まりが2つ。
 ボロい布きれがかぶせられた、ナニカ……。


「……何だっていうんです?」

「……まぁ、見てみろ」

「……爆弾でも入ってるんです?」

「いいから、布を取ってみろ……そっとだぞ?」

 なんだってんだ。
 まさか、死体でも入ってるわけであるまいし。
 俺は注意深く、ゆっくりと布を持ち上げた。





           そこには、苦悶の表情を浮かべた野々山がいた。







 野々山竜一郎……我が同僚であり、何かというと感動体質ですぐに泣く面倒な奴。
 そして、いま目の前にいるその野々山は。
 死んでいるっていうか……。
 うん……やっぱり何度見ても。


 ……死んでいる。
 ほんとうにありがとうございました。


 俺はそっと布をかぶせた。


「……もう一眠りします」

「ダメだ」

「でも、チーフ……なんか、幻覚が視えるんです」

「残念だが、これは幻覚ではない。現実だ」

「またまた、御冗談を(笑)」

 だが、田村河内の顔はまじめだった。
 マジかよ……。

「……なぜ、こんなことに?」
 
 まさか、こいつが殺ったのか?
「いや、それがな……さっきロッカールームでこいつのロッカーを調べ……いや、定期点検していたんだが」

「待ってください」

「いや、待たん」

「待てって言ってんだろ」

「待たないもん!!」

 耳をふさいでイヤイヤしている。
 こいつ、マジキモい。

「初耳ですよ、定期点検って! なに無断で人のロッカー開けてんですか!?」

「えぇい、うるさい!? たかが平社員の分際で!!」

 おぉっと!? 今度は逆切れだよ!!
 両手を上げて威嚇してくるっ!!
 全然、怖くないぞっ!!
 
 しばらく威嚇のポーズをとっていたが。

「はぁはぁ……」

 日ごろの運動不足がたたってるのか、すぐに息切れした。

「き、気にするな……そういう……伝統なんだ、会社の。というか……重要なのはそこじゃない」

「いや、重要とかそういう問題では……」

 田村河内は改めて、布をかぶせられた野々山の死体を足で小突いた。
 罰当たりなやつめ……。

「とにかくだ! ロッカーを開けるとだな、中にこいつが入ってたんだ……OK?」

「……わかりました……いや、わかりません……わかりたくありません」

「なにが、だ?」

「なんで、野々山の死体がここにあるのかってことですよ。これ、事件ですよね? 刑事事件ですよね?」

「気が付いたか。さすが新垣、やるな」

 なにいってんだ、こいつ?
 すると突然、田村河内が一枚の紙切れを差し出した。

「これを見ろ」

 ずいっ、と紙を広げて見せてくる。

「ロッカーの中で、こいつが握りしめていたんだ」

「……企画……変更の要請?」

 紙切れは、どうやらがファックスで送られてきた書類のようだった。

「……企画変更? ですか」

「そうだ、問題は……日付だ」

 発注は……1週間前の日付。
 そして期限は7月の……今日だった。


「…………無茶な」

「いやぁ、野々山のやつ、1週間も前から来てたこの書類をなぜか隠してやがったみたいでな」

「無茶です」

「落ち着けよ」

「無茶です」

「黙れよ」

 黙った。
 目がマジだったから。

 俺は、改めて書類の内容をザッと読んでみた。
 参加予定だったタレントやアイドルが次々に急病になり、撮影ができないということらしい。
 そして、代わりの出演者を見繕っておいたので、それにあわせて企画を変えろということだった。

「それで先方から、ついさっき電話が来たんだよ」

「無茶です」

「俺も突然のことで意味が分からなくてな」

「無茶です」

「そしたら野々山に送った企画変更のことだって言うから」

「む「黙れよ」」

「…………」

「よし……それでな、先方に対してなんて答えたと思う?」

「……なんです?」

「『あぁ、はいはい、あの件ですね。問題ありませんよ』って、言っといたよ」

「      」

 開いた口がふさがらない。
 田村河内は、そんな俺の顎をそっと持ち上げて、閉じた。

「それでな、先方さん、明日始発で取りに来るそうだ」

「……何回言ったかわかりませんけどね……無茶です」

「無理ではないさ、取りに来るまでまだ時間がある」

「ないですよ、時間」

「7時間もある」

「7時間しかない、でしょう」

 ここまで1か月かかったんだぞ。
 7時間で何ができるってんだ。


「なせば成る、とにかく明日の朝までに企画をでっちあ……完成させるんだ。明日の朝まで他の社員は出社してこない。いましかないんだ」

 ニヤリと笑った。
 いや、なんでそんなにドヤ顏なんだ。

「というか……それ以前に、もっと大きな疑問が」

「なんだよ」

「なんで野々山の死体、ここに置いてあるんです?」

「バカかお前は、アタマを使えよ」

 キンタマ握りつぶしてやろうかしら、こいつ……。

「死体があったなんてことになったら、警察来ちゃうだろうが」

「そらそうですね」

「そしたら第一発見者の俺とか、お前も含めたほかの社員・関係者にも事情聴取が来るだろ」

「当然ですね」

「仕事ができないじゃん」

「……そうですね」

「だから、なかったことにする」

「え?」

「……え? って、なんだよ?」

「え? なにそれ、こわい」

 言ってる意味がわかんない。
 なかったことにするって……。
 すると、田村河内も俺の混乱した顔に、ようやくなにか気づいたようだった。

「あ、あぁっ! もしかして誤解してる!? なにも死体をなかったことにしようってわけじゃないぞ?」

「……はい」

「発見したのが早すぎたんだよ」

「……うん?」

「ちゃんと企画書を先方に渡したら、警察に言うよ」

「……え? なにそれ、こわい」

 やっぱり何言ってんのかわかんない。

「だから、通報したら仕事が」

「……いや、そうではなくて……あぁ、もういいです」

「納得した?」

「納得はしてませんけど、理解はしました」

 こいつの脳味噌がおかしいことは、理解した。

「……ただ……それでも、やっぱり無茶でしょう」

「何とかなるさ」

「いや、無茶ですって」

「何とかなるさ」

 何を根拠に言ってんだ、こいつ。

「安心しろ、なにもお前と俺の二人でやるわけじゃない」

「いや、そういう問題では…………誰か他にもいるんですか?」
 
 この地獄に付き合わされる犠牲者が。

「もちろんだ……というか、もうすでに待ってる」

「どこで?」

「ここだよ」

 そういって指差した先。
 そういえば……布は一つではなかった。

「ほら、布とってみ?」

「…………」

 取りたくないけども……。

 そっと毛布をはがしてみると……そこには一匹の憐れな子羊が、床に仰向けでぶっ倒れていた。
 子保方……俺の同僚。
 不健康な薄白い肌、ガリガリに痩せた体。
 それは、まるで、死体のようで……。

「おい、起きろ! 子保方! 起きるんだ!」

 情け容赦ない田村河内の声が会議室に響いた。

「…………」

「ほら、よろこべ。新垣が手伝ってくれるって来てくれたぞ」

「…………」

「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」

 ゲシゲシと子保方を蹴りまわす。

「起きるんだ起きるんだ起きるんだ起きるんだ起きるんだ」

「あ……あぁ……世界が揺れる……終わる……」

「おう、起きたか、ほら立てよ」

 子保方はプルプルと震えながら上体を起こした。
 唇が真っ青だ。
 眼は充血して真っ赤だ。
 瞳の焦点が合っていない……。

「おう、たっぷり寝て、体力満タンだろ?」

「ヴぁ……ヴぁい……」

 これは……もうダメかもわからんな……。

社畜オブザデッド

続きはサークル「Moriyappoi」が各イベントで販売する完成版でお楽しみください。
完成版はPCノベルゲームです。
本作はその導入部分の小説版です。

社畜オブザデッド

社畜たちは、今夜も寝ないで楽しい仕事。 人生いつでもデスマーチ。 会社の外では何やら異変。 でもそんなの関係ねぇ!!

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-08-09

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