恋心バーニング

恋心バーニング

「俺、青木さんに告白する!」
 山田がそう切り出したのは、彼につれられて入った定食屋でのことだった。
 それなりにおいしくて安いこの店は、一介の高校生であるおれたちにとても良心的だ。
「お前って青木さん好きだったんだ?」
 青木さんというのは、おれたちのクラスで一番かわいいと言われている女の子。おまけに品行方正で文武両道。男子の裏投票(男子の男子による男子のための投票)では毎回上位にランクインしていて、山田なんかには絶対手の届かない高嶺の花である。
 頬杖をついたまま訊いてやると、彼は「モチのロン!」と大仰に拳を握ってみせた。
「当たり前田のクラッカー! オフコース! オフロード!」
「言い回しが古いよ。てか、最後の意味わかんねーし」
「あ、オンロード!」
「オン、オフの問題じゃないだろ」
 そうなのだ。この山田という男、興奮するとたまに言葉がおかしくなるという重大なのか別にそうでもないのか微妙な欠点を持っているのだ。
 いや、今はそんなことより――
 山田の暑苦しい顔から視線を下げて、おれはテーブルに載せられた料理をしみじみと見つめた。
「あのさ、お前ほんとにそれ食べるのか?」
 うなぎに梅干、てんぷらに氷水。食べ合わせの悪いものをピンポイントで選ぶあたりがいかにもこいつらしいと思ったものだが、どうやらこの馬鹿は故意にこれらをチョイスしたらしい。
 その問いに山田は胸を張って、
「ピットイン!」
「オフロード走ってた車、ピットに入っちゃったっ?」
「タイヤ交換!」
「路面、荒れてるからねえ……って、そうじゃねーだろ」
 がっくりと肩を落とし、目の前の馬鹿にとりあえずつっこんでやる。やさしいなぁ、おれ。
「なんでまた、こんな食べ方するんだよ」
 訊いてやると、山田はふふんと笑い、「これは俺の験担ぎなんだ」なんて言ってきて。
「はあ? げんかつぎ?」
 わけのわからない単語に思わず聞き返してしまう。
「いいか。これらは見てのとおり食べ合わせの悪い料理だ。つまりは俺と青木さんに置き換えることができる。同時に食べることのできない、つまりは一緒にいることのできない関係。それを俺が平気な顔をして食べる。そうすることによって、俺は青木さんと一緒にいてもいいのだという確信が得られるわけだ」
 ……なるほど、馬鹿は馬鹿なりに考えているんだな。でも山田よ、それとこれとはまったく別問題だと思うぞ。
 おれの心のツッコミにはもちろん気づかないまま、山田は意気揚々と割り箸を割った。
「なあ、山田。ところでどうやって告る気なんだ?」
「心配するな。ちゃんと手紙を書いて用意してある」
「そうか。お前のことだから、てっきり校舎の屋上から愛を叫んだりするのかと思ったが」
「大丈夫だって。それはもう、一度失敗してるし」
「もうやったんだっ? 屋上からっ」
「ああ。あとで先生にこっぴどく叱られた。なんでだろうな」
 本気でわかっていないらしい。山田はしばらく首を傾げていたが、「そうだ」とおもむろに鞄を開けてごそごそやり始めた。
 取り出したのは一通の手紙だった。――どピンクの。
 いや、違う。よくよく観察すると、どうやらそれは元々ちがう色の封筒らしかった。ではなぜピンクなのかというと、封筒にハート型をした蛍光ピンクのシールが隙間なくびっしりと貼られていたからで。
「……お前、ひょっとしてそれを渡す気か?」
「三位入賞!」
「完走おめでとう! じゃなくて!」
 こんなどぎつい手紙をもらったら、おれなら即破り捨てるか見なかったふりをするだろう。
 おれは後ろ頭をぼりぼりかきながら、
「あのさ、山田。水を差すようで悪いんだが、もう少しゆっくりでいいんじゃないか?」
 教室でこいつと青木さんが話している姿なんて見たことがない。仲が悪いわけではなく単に接点がないだけなのだろうけど、つまり今のふたりはまったくの無関係ってことだ。それをいきなり告白して恋人になってくれって? 悪いとは言わないが、けして得策ではないはずだ。
「山田。お前の気持ちはわかる。だがな、まずは青木さんと話をすることから始めてみたほうがいいんじゃないか? こう、ゆっくりと時間をかけてだな、節度を持って接するんだ」
 諭すように言い聞かせるも、彼はにんまりと笑って、
「節度なら持ってるぞ、三個」
「三個っ?」
「実用、保存用、布教用だ」
 ……どうやらこいつは節度の意味がわかっていないらしかった。
 もうだめだ。お手上げ。好きにしてくれ。
 おれが片手で促すと、山田はものすごい勢いで目の前の料理をたいらげ始めた。これが恋の力ってやつか? 違うと信じたいんだが。
 あっという間にすべて片付けた彼はおもむろに立ち上がり、
「よし、これでわかったぜ!」
 青木さんと仲良くなれるってことがか?
 おれの問いかける視線に、山田は「行くべき場所がわかったんだ」と告げた。
 ああ、どこでも行ってこい。そして告ってくるがいい。
 しかし彼は下腹部をおさえ、青い顔でこう叫んだのだった。
「お医者さんに行ってくる!」
 ……どうやらやはり食べ合わせがよくなかったらしい。当然といえば当然か。
 あいつが出ていった店のドアをぼんやり眺めながら、「飯代置いていけよ」とか「店のトイレ使えよ」とかつっこみ忘れたなーなんて思って。
 とりあえず自分のアイスコーヒーをちるちるとすするのだった。

恋心バーニング

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「あとで先生にこっぴどく叱られた。なんでだろうな」

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-08

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