れんたろうず プロローグ
(やべぇな。緊張してきた…)
河合蓮太は右手で胸を抑える。
知らない土地に一人、大学生活のために地元から離れて一人暮らしを始めて、乗ったことのない地下鉄で案内看板を何度も確認して乗って、これで本当に辿りつくのか、実は逆に走ってるのでは? などと不安にかられたまま、ここ入学式のための会場である市の体育館についた。
同年代であろう男女の同じスーツ姿を見ては安心してくる。蓮太はフーッと安堵感にとらわれたまま体育館の中に入ろうとするが、サークルとか部活の勧誘の先輩の数がものすごい。まるでテレビで見たことのあるマスコミのようだ。なんとか押しのけて受付まで行き、
(で、ここからどこに行けばいいんだ?)
どこに自分の席があるのか探さなければならないという状況になった。
(えーと、24段目の右から…15番目ってどこだよ…)
仕方なく前から数えることに。そして横から数えることに。
やっとみつけた自分の場所。とりあえず落ち着こうと席に座る。
あとは時計と睨めっこだ。携帯をいじりたいところだが電池がきれてかかっているし、ボーッとするのも嫌いではない。ただわかっていることはこの中に自分の知り合いという人物はいないということだ。
(友達とかどうやって作るんだ? 自分から「友達になってください」とか声かけるのか? それとも声をかけられるのを待ったほうがいいのか? さっき勧誘が色々あったが、そういうのに入ったほうがいいのか? バイトしないといけないしどうするのが一番なのか)
下を向いてそんなことを考えていたら、
「ねぇ君。悪いんだけど、そこ、あたしの席なんだけど」
思わず頭を上げ、声の主を見上げる。
もちろんスーツで(といっても下はスカートだけど)、茶髪の髪が肩まで届く少し目つきが悪い女の人だった。
「え? 席?」
「そう。そこ、あたしの席」
受付でもらったパンフレットを再確認する。前から24。ここはあっている。そして右から1…2…3…。
あっているではないか。
「俺、ここで合ってるんだけど。ほら、よく見たら背もたれに番号ふってるし」
「…ちょっと待って」
女は自分のパンフレットをパラパラとめくり、
「…隣だったわ」
と、乱暴に座る。
(…おいおい。一言謝ったっていいじゃねぇの?…まあいい。初日から喧嘩なんかしたくない。この入学式が終わるまでの我慢すればいいだけの話だろ?)
でも、名前が気になったので再度パンフレットを確認。この女は片桐千歳というらしい。
(地元の子か…。なんかホームグラウンドって感じだなぁ…)
何故か自分はアウェイになってる気がした。
「態度でけぇなこいつ。名前くらい確認してやるかって考え?」
その片桐とかいう奴が話しかけてきた。なんだよこいつエスパーかよ。
「まあそんなところだなぁ。大学生活最初に声をかけられた奴がひっでぇ奴ってことで一生忘れられない思い出になるかもしれないからな。そのとき名前なんだっけじゃすまないときもあるだろ?」
言い返してやった。
「ふーん。ま、いいけど。言っておくけど最低一年は同じクラスなんだからね。嫌いでもいいけどそういうのは内心に留めておいた方が良いかと思うよ」
「同じクラス?」
「よく見なさいよ。一番上。クラス名があるでしょ。二年からは個人でクラスというかゼミを希望できるけど一年の時は強制なんだから。カリキュラム少しは読みなさいよ。で、君、名前は?」
「河合」
「下の名前聞いてんの」
「蓮太」
「蓮太…多分覚えておくわ。あたし人の名前覚えるの苦手だから」
「じゃあ聞くなよ」
「あんたから見たら最初に声かけられたかもしれないけど、あたしから見たら声かけた人なんだからね。一生忘れないかもしれないでしょ」
「というか、何でいちいち喧嘩腰で話しかけてくるんだ?」
「いや、これが普通なんだけど…」
「おまえは毎回初対面にでも喧嘩腰で話てるのか…」
「だから普通なんだよ。別に喧嘩したいわけじゃない。これでも心の中では間違ってごめんねって思ってるんだし。ただ、そういうのが苦手なのよ。高校のときの先生にも十分注意しろと言われてたんだけど、ま、悪かったわ。不快に思ってたらごめん」
これが漫画とかアニメで見たツンデレとかいうやつなのか? よく見たら綺麗な顔出しなんだが、言葉が乱暴すぎるってことで全てを台無しにしている感じがした。
ただ、
(意外といい奴かもしれん)
とも、思った。あ、また上から目線になってしまった。これは注意しろと俺も先生に言われてたな。
(とまあ、そんなことしてたら時間か)
始業式が始まった。
起立して、礼をしてまた着席。ステージの上には偉そうな人が沢山座っている。
「理事長の挨拶」
司会のおじさんが言うと、
(おいおい、大丈夫かよ…)
理事長と思われる人はものすごく高齢で杖をついて一生懸命歩いてきた。
転ばないか心配になってくるときに
「じじぃ、プルプルしてるぞ。大丈夫か!?」
どこからそんな野次とも思える声がしたっていうか、真後ろかよ。
振り向いた先にはいかにもチャラチャラしてそうな金髪の男。ヘラヘラしている。
片桐といいこいつといいまともな奴はいないのかと思ったが、ここは我慢。
そう決めて再び前を向こうとするが、
「なあ、あのじいさんプルプルしてるから助けに行こうぜ!」
俺に話しかけやがった! さっきよりは小声だが十分周りには聞こえている。
「助けに行くって…おとなしく座ってろ。というか、話なんかしてたら怒られるぞ」
「大丈夫だ。まだプルプルしてる」
「だからプルプルとか言うな。確かにプルプルしてるけど」
「そうか。じゃあ少し我慢するが、でも話して戻るときも多分プルプルしながら歩くぞ。ありゃ結構無理して歩いてるぞ。どうして誰も助けようとしないんだ? 車椅子でもいいじゃないか。転んで怪我したらそっちこそ大変じゃないか。そう思わんか?」
「確かにそうだが俺たちがわざわざ出しゃばってすることでもないだろう。というかどうするんだ? 二人で脇抱えて歩くのか? 前代未聞の珍事になるぞ?」
「なるほど。貴様は目立つ行動はしたくない。もし何かがあったら誰かがなんとかしてくれる。そういう他力本願ってとらえていいか?」
「…かまわん。ただ、見守ることも重要だと俺は言いたい」
というか、貴様とかいうなよと思った。俺もさっき「おまえ」と言ってしまったが。
「静と動って感じだな俺たち」
「…何を意味わからんことを」
そんな話をしていたら片桐が俺に「うるさい。あたしまで巻き込まれる」と睨んできたので前を向くことに。それから後ろの奴の話はなかった。そして幸いなことに理事長は無事に話を終え、無事に席に戻った。
その後は校歌だの優等生の話、在校生の話などあったが全く聞いていない。ただ、
(大学ってこんなのなのか?)
そればっかし考えていた。
全ての課程を終え解散になった。
(さて、帰りにコンビニでも寄ってアルバイト情報誌でも買って帰るか)
席をたち、皆が向かう出口に自分も向かうことにしたが、
「帰り、軽くごはんでもどう?」
片桐はまだ座ったまま話かけてきた。
こういっては何だがこれまで女性と付き合ったことがない。食事すらしたことがない。
どうするか考えていると、
「よし。三人で行こう」
後ろの男が話に割り込んできた。
「あんたなんか誘ってないんだけど」
片桐が断りを入れるが
「そう言うなって。折角何かの縁がめぐり合ったんだ。飯くらいいいだろ?」
こいつに何を言っても無駄だと先程の俺との会話で悟ったらしい片桐は、
「蓮太。あんたはどうするの? 行かないならここで解散にするけど?」
決定権を俺に預けたか。
そうなってはどうしようもない。
「行くか。ただ、俺、どこに何があるかわからないから片桐が決めてくれ。俺は何でもいい」
「近くのファミレスにするつもりだけどっていうか、片桐ってやめて。千歳でいい。あまり苗字で呼ばれるの好きじゃないの」
(珍しい奴だな)
「よし。じゃ、仲良し三人組でファミレスに行こうぜ」
(いつから仲良し三人組になったんだ?)
「というか、西村君。あんたの奢りだからね」
「なんでだよ! というか、れんたろうは名前で何で俺は君付けなの?」
「別に友達だと思ってないし」
「…質問だが、二人は前からの知り合いで?」
「さっき知り合ったばっかりよ」
「…れんたろうは友達で、俺は知り合いっていう感じ?」
「…そんな感じかね」
「なんで?」
「あたしあんた嫌いだし」
「ちょ。俺、別に嫌われることしてないだろ」
「あんたうるさいのよ。あんな場面でとんでもないこと言うし。あたしからみたら、理事長が倒れたらあんたのせいにするつもりだったわ」
「えー。それが減点かよ」
「しかも100点減点ね」
「まじか。れんたろう。なんか千歳に言ってやってくれないか?」
俺に話をふってきたので、
「仕方がない。あきらめろ。それにしても千歳…いつの間に名前知ったんだ?」
そっちの方が気になっていた。
「さっき前後左右の人の名前くらいは見た。あたし名前覚えるの苦手って言ったでしょ。一応覚えようって努力はしてるのよ。というか、西村君。彼の名前は蓮太なんだけど?」
「そうなのか。ま、いいじゃないか。れんたろうで」
さっきはありとあらゆる可能性を考える繊細な奴かと思っていたが、結構適当な奴だなと思った。
なんか個性が強すぎる奴と知り合ってしまったなと思った。ま、今に始まったことではないが。
「ま、とにかく行こうよ。ここで立ち話もなんだし。近いから結構込んでるかも」
父さん、母さん。俺、変な奴らと友達になっちまったかもしんない。
そうメールでも送っておくかと思いつつ、俺は二人の後を追いかけたのであった。
れんたろうず プロローグ