夏の風景

暑いなぁ
そうだそもそも夏であった。
そんな基本的なことも忘れるわたしであるが忘れないことがひとつあった。あの女性と共にみた風景である。
わたしとその女性は仲が良かった。仲が良かっただけである。周りの人は信じてはくれなかったけれど。とりあえず本人たちが仲が良いだけの関係だと言っているのだからせめてここでは信じて欲しい。
必ず夏に彼女はふらっと現れた。出会い方は忘れた。お互い名前も知らない。でも彼女は夏が大好きだった。そしてわたしは夏が嫌いだった。だからわたしは彼女を「ナツさん」と呼んでいたし、彼女はわたしを「フユさん」と呼ぶようになった。安直だ、なんて言わないでほしい。仕方ないじゃないか、わたしには他人に名前をつけるなんてこと、したことが無いのだから。
彼女は毎年夏に現れた。わたしの家の近くの小川に。
「冷たくて気持ちが良いですね」
彼女は最初、確かこう言った。
わたしはそうですね、と無感情的に返した。これで会話は終わりだと、思ったから。でも何故かこの後も会話が続いた。内容は忘れた。最初に言ったように、わたしは何も覚えていない。でも。でも、去年の夏、彼女はわたしを連れて海に行きたいと言った。わたしは何故か了承して、海に行ったのだ。それは覚えている。青過ぎる空を反射させた海と、その境を飛ぶ、真白なカモメ。真白なワンピース。わたしはその時溜め息を漏らした。今思い出しても溜め息が出る。
なぁ、ナツさん。何故今年は姿を見せないの。お陰で夏という季節が巡って来ていることに気付かなかったじゃないか。
ナツさん、わたしは忘れっぽいんだ。貴女の顔が思い出せないような気がする。だからどうか姿を見せて。
なぁ、ナツさん、

夏の風景

夏の風景

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted