陰謀論者

「課長、秘密が守れますか?」
 個人的に相談があると言ってきた新入社員の野田にそう聞かれ、人事課長の奥山は心中やれやれと思った。だが、これくらいの無礼に一々腹を立てていては、人事課長など務まらない。
「心配しなくていいよ。わたしには守秘義務というものがある。それにこの相談室は防音で、話し声が漏れることもない。安心したまえ」
 なるべくゆっくり、落ち着いた声のトーンでそう答えたが、尚も野田は念を押してきた。
「絶対に、ですよね?」
 さすがに、奥山はムッとしたが、感情を押し殺した。
「もちろんだ」
 それでも、野田はキョロキョロと落ち着きなく周囲を見回してから、ささやくようにこう言った。
「ぼくの邪魔をする人間がいます」
「ほう。誰かね?」
「まだわかりません」
 想定外の答えに、奥山は思わず声が裏返ってしまった。
「え、わからないって、どういう意味?」 
「例えば、今日、ぼくが5階の書類保管庫に行こうとエレベーターを待っていると、地下1階で止まったまま、上がって来ませんでした。そこでしかたなく、5階まで階段で上がりました」
 何をバカなこと言ってるんだこいつは、という苛立ちを堪え、奥山は笑顔を作った。
「そりゃあ、まあ、そういうこともあるだろうさ」
「違います。誰かが意図的にエレベーターの開延長ボタンを押したんです」
「考えすぎだよ、考えすぎ。そんなことして、その誰かに何の得があるって言うんだ」
「ぼくがアゼル族の末裔と知って、ぼくの体力を奪おうとするガド族の陰謀なんですよ」
 どうだ、これでおまえもわかっただろうというドヤ顔の野田を見て、奥山は最初ポカンとしていたが、すぐに満面の笑みになった。
「そうかそうか、なるほど。体力を奪われたら大変だ。少し医務室に行って休みなさい」
「そうですね。このままでは、いざという時、戦いに不利になりますからね。わかりました。ご忠告ありがとうございます」
 晴々とした顔で出て行く野田を見送った奥山のところに、経理の吉村が相談があると言ってやって来た。
「課長、この会社にアゼル族の末裔がいます」
(おわり)

陰謀論者

陰謀論者

「課長、秘密が守れますか?」 個人的に相談があると言ってきた新入社員の野田にそう聞かれ、人事課長の奥山は心中やれやれと思った。だが、これくらいの無礼に一々腹を立てていては、人事課長など務まらない。「心配しなくていいよ。わたしには守秘義務…

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted