Believe。~夕焼け小焼けでサンタクロース~

Believe。~夕焼け小焼けでサンタクロース~

kikuna

優しい気持ちになれたらいいなと思い書きました。

①一人ぼっち

 ”カランコエクエプワフンワカフンワリプーワプワ”

 この意味が分からない言葉は、和馬(かずま)にとっては、大事な大事な魔法の言葉なのです。
 嫌なことがあると、この言葉を心の中で、何度も何度も繰り返し唱えれば、するとどうでしょう。さっきまでの気持ちはどこかへいってしまい、にっこり、笑顔が戻って来てくれるのです。

 和馬は、いつも一人ぼっち。
 夕映えが光る空を蹴飛ばすように、ブランコを揺らしていると、一人また一人家に帰って行きます。
 隣でブランコを揺らしていた男の子も、お父さんが迎えにやって来ました。
 嬉しそうに肩車され、公園を出て行きます。

 それを見るたび、和馬はいいなと思うのですが、でもそんなことは、絶対に言えません。言ってはいけないのです。

 和馬には二つ違いの弟がいます。
 弟は生まれつき体が弱く、病院にずっと入院しているのです。
 会いに行きたいのですが、何故かお母さんは許してくれません。
 お父さんは、和馬が三歳の時、遠い街へ家族を残して引っ越して行きました。
 家族のためにお仕事をしに行ったのよと、お母さんは和馬に話しました。
 ですから和馬はきっといつか、たくさんのお休みを取って、お父さんが帰って来てくれる日を楽しみに待ったのです。
 しかし、一年経っても二年経っても、お父さんは帰って来ませんでした。
 手紙もたくさん書きました。
 ですが、返事は一度も来たことがありません。
 最初は、いつ帰って来るのか訊いては駄々をこねていた和馬も、小学校に通うようになる頃には、口にしなくなったのです。
 それは訊いてはいけなことだと気が付いたからです。
 それからというもの、和馬は話すことが苦手になってしまったのです。
 ですから、学校でもだんまりです。
 誰が何を話しかけても、ものを言わない和馬ですから、当然友達はいません。
 克己(かずみ)や康太(こうた)みたいにサッカーが上手くありませんし、昌幸(まさゆき)や秀雄(ひでお)のように人を笑わせる才能もありません。勉強が出来れば少しは良いのかもしれませんが、和馬は計算をしていると、頭がくらくらして来てしまうのです。国語の時間は、まぶたが重くなってしまって、夢の中へ誘われてしまいます。音楽なんてもってのほか。話すのが苦手なのに、歌なんて歌えるはずがありません。歌のテストなんて、信じられません。体育は背中を丸めて、なるべく目立たたないようにするのが精いっぱいです。
 だけど、クラスで二番目に背が高い和馬。どうしても目立ってしまうのです。
 ドッヂボールは、一番最初にターゲットにさせられてしまいます。
 顔面にボールが飛んできて、目から火花が飛びます。
 それでも和馬は泣きません。
 ヘラヘラと笑って、外野に回ります。
 子供の世界は残酷なもの。
 そうなると、面白半分でいろいろなことを仕掛けるのです。
 
 学級員の知美ちゃんが、注意しても聞きません。
 それどころか言い争いが始まってしまいます。
 そんな声、聞きたくはないので和馬は耳を塞ぎ、あの言葉を唱えるのです。

②友達

 ある日、給食を残す子が多いと神崎先生が言い出しました。
 帰りの時間です。
 みんな早く帰りたいのに、神崎先生は難しい顔をして、みんなを見ています。
 
 神崎先生は、今年、先生になったばかりの新米さんです。何をするのにも一生懸命で、いろんなことをみんなに提案します。
 毎月、学級ソングを決め、帰りの時間に歌うことにしたのもその一つ。
 神崎先生のオルガンに合わせて、みんなで歌うのですが、和馬は口をパクパクさせるだけで歌いません。それを神崎先生に言いつけたのは、康太です。 
 神崎先生に怒らえた和馬は泣きたい気分でしたが、我慢我慢です。
 ”カンカラコエクエプワンワカフンワリカプーワプワ”
 
 シーンと静まりかえった教室で、話し合いは続けられていました。
 興味がない和馬は、外を眺めています。
 康太は早くサッカーがしたくて、落ち着きがありません。
 誰もが、早く良い意見をださないかなとこっそり、様子を伺っています。

 「好き嫌いは良くないので、少し頑張った方がいいと思います」
 そう言ったのは、知美です。
 「でもどうしても食べられない物だってあるわ」
 美奈代が言い返しました。
 「私も、アレルギー持っているし」
 恵子が言うと、それからは教室にいろんな意見が飛び交い、神崎先生がまとめました。
 アレルギーの子は、絶対に食べてはいけない。どうしてかと言う事を説明してから、食べずに嫌いと言っている子だけは、一口だけでもがんばってみる。ずっとは難しいので、一週間だけやってみることに決まり、やっとさよならです。
 
 克己と康太が一目散に、教室を出て行きました。
 和馬も背中を丸めて教室を出て行きます。
 「かず君、バーイ」
 大きな声で呼び止められた和馬、驚いて振り返ります。
 明日歩(あとむ)に大袈裟なくらい手を振られ、思わず和馬の顔がほころんでしまいます。

 誰にも相手にされていない和馬でしたが、明日歩だけは違いました。
 朝、教室に入って行くと、決まって、「イエ~」と言ってハイタッチをして来ます。
 最初の内は無理やりでしたが、今では自分で手を上げています。
 でもそれだけです。
 今だって笑って見せるだけで、教室を出てしまったのです。
 そんな和馬のことを、明日歩は怒ったりしません。
 「じゃあ明日」と言って、また手を振るのです。  

③特技

 翌日、康太に元気がありません。
 原因は、学級目標のせいです。
 康太は牛乳が大嫌い。
 昨日はサッカーがしたくて、そんなこと気にしてはいませんでしたが、学校に来る途中、敏彦たちに飲めんのかよとからかわれて、気が重くなってしまったのです。

 そして、やはり康太だけが教室の隅で一人、牛乳とにらめっこです。
 掃除を始めてもいいのか分からずに、一班の子達が困り果てています。

 「一口だけでも飲めない?」
 神崎先生も、気が気ではありません。校長先生から、やりすぎては元も子もありませんと、くぎを刺されています。あまり無理強いして、それで学校が嫌いになってしまっても困るからです。
 康太は負けず嫌いで、みんなに弱みを見せるのなんて絶対に嫌です。でも、どうしても牛乳だけは飲めません。
 いよいよ追いつめられてしまった康太は、半べそを掻きだしてしまいました。
 神崎先生が、仕方がないわねと言いかけた時です。
 窓から外を眺めていた和馬がつかつかと近寄って行ったかと思うと、康太の牛乳を全部飲み干してしまったのです。
 そしてニッコリして、「オレ、牛乳好きだから。明日から、康太の分、貰ってもいい」と神崎先生に訊きました。
 唖然としてしまった神崎先生でしたが、和馬が話してくれたことが嬉しくて、仕方がないわねと言って許してしまいました。
 これで康太は、無理して牛乳を飲むことをしなくて済むようになったのですが、泣いてしまったことが、余程恥ずかしかったのでしょう。お礼を言うどころか、舌打ちをして教室を出て行ってしまったのです。

 次の日から、和馬の周りに人が集まるようになりました。
 違うクラスの子も交じっています。
 和馬に牛乳を飲ませて、喜んでいるのです。
 一気に飲み干しては、ニッと笑うのを見て、手を叩いて喜んでくれるのが嬉しくって、和馬は何本も飲むのです。
 先生に見つかると怒られてしまうので、こっそり裏庭に出て、みんなで飲ませるのです。
 「かずくん、大丈夫?」
 いくら何でも酷いと思った明日歩が、和馬に訊きました。
 コクンと頷いて、ニッと歯を見せる和馬に、「でももうよしなよ」と言いましたが、答えはいつも同じです。
 「オレ、牛乳好きだから」
 お調子者の克己も、さすがに中心になってやらせている康太を注意しましたが、言うことを聞きません。
 それどころか、絶交されてしまいました。
 和馬は、本当に嫌がっていませんでした。
 遊び方はどうかと思いますが、こんな大勢の人に名前を呼んでもらったのは、初めてです。それに何も出来ないと思っていたのに、特技だと胸を張って言えることを一つ見つけたのですから、たとえどんなことがったって、止める気はありません。
 ついこの間まで、まともに口を利いてくれなかった康太が、肩を組んで嬉しそうに笑ってくれているのです。その他の子も同じです。
 和馬は勧められるまま、その日は10本飲みました。
 5時間目の授業が始まるチャイムが鳴り、みんなは教室に戻って行きます。
 和馬は一人、気持ち悪くなってその場に牛乳を吐いてしまいました。
 お腹も痛くなって、教室に戻ることが出来なくなってしまったから、さあ大変。
 
 

④真実

 翌日、康太に元気がありません。
 原因は、学級目標のせいです。
 康太は牛乳が大嫌い。
 昨日はサッカーがしたくて、そんなこと気にしてはいませんでしたが、学校に来る途中、敏彦たちに飲めんのかよとからかわれて、気が重くなってしまったのです。

 そして、やはり康太だけが教室の隅で一人、牛乳とにらめっこです。
 掃除を始めてもいいのか分からずに、一班の子達が困り果てています。

 「一口だけでも飲めない?」
 神崎先生も、気が気ではありません。校長先生から、やりすぎては元も子もありませんと、くぎを刺されています。あまり無理強いして、それで学校が嫌いになってしまっても困るからです。
 康太は負けず嫌いで、みんなに弱みを見せるのなんて絶対に嫌です。でも、どうしても牛乳だけは飲めません。
 いよいよ追いつめられてしまった康太は、半べそを掻きだしてしまいました。
 神崎先生が、仕方がないわねと言いかけた時です。
 窓から外を眺めていた和馬がつかつかと近寄って行ったかと思うと、康太の牛乳を全部飲み干してしまったのです。
 そしてニッコリして、「オレ、牛乳好きだから。明日から、康太の分、貰ってもいい」と神崎先生に訊きました。
 唖然としてしまった神崎先生でしたが、和馬が話してくれたことが嬉しくて、仕方がないわねと言って許してしまいました。
 これで康太は、無理して牛乳を飲むことをしなくて済むようになったのですが、泣いてしまったことが、余程恥ずかしかったのでしょう。お礼を言うどころか、舌打ちをして教室を出て行ってしまったのです。

 次の日から、和馬の周りに人が集まるようになりました。
 違うクラスの子も交じっています。
 和馬に牛乳を飲ませて、喜んでいるのです。
 一気に飲み干しては、ニッと笑うのを見て、手を叩いて喜んでくれるのが嬉しくって、和馬は何本も飲むのです。
 先生に見つかると怒られてしまうので、こっそり裏庭に出て、みんなで飲ませるのです。
 「かずくん、大丈夫?」
 いくら何でも酷いと思った明日歩が、和馬に訊きました。
 コクンと頷いて、ニッと歯を見せる和馬に、「でももうよしなよ」と言いましたが、答えはいつも同じです。
 「オレ、牛乳好きだから」
 お調子者の克己も、さすがに中心になってやらせている康太を注意しましたが、言うことを聞きません。
 それどころか、絶交されてしまいました。
 和馬は、本当に嫌がっていませんでした。
 遊び方はどうかと思いますが、こんな大勢の人に名前を呼んでもらったのは、初めてです。それに何も出来ないと思っていたのに、特技だと胸を張って言えることを一つ見つけたのですから、たとえどんなことがったって、止める気はありません。
 ついこの間まで、まともに口を利いてくれなかった康太が、肩を組んで嬉しそうに笑ってくれているのです。その他の子も同じです。
 和馬は勧められるまま、その日は10本飲みました。
 5時間目の授業が始まるチャイムが鳴り、みんなは教室に戻って行きます。
 和馬は一人、気持ち悪くなってその場に牛乳を吐いてしまいました。
 お腹も痛くなって、教室に戻ることが出来なくなってしまったから、さあ大変。
 
 

⑤願い事

 和馬は今まで、学校へ行きたくはないなと思っても、休んだことがありませんでした。
 しかし、今回ばかりは体が治っても学校へ行く気になれません。
 行きたくても、行けないのです。
 ランドセルを背負って玄関まで行くと、急にお腹が痛くなってしまうのです。
 お母さんが悲しむので、頑張って行こうと思うのですが、どんどんお腹が痛くなって気持ちまで悪くなってきてしまうのです。
 あの時と同じです。
 もうあんな思いは嫌なのです。
 
 病院へ運ばれて、どうしてこんなことになったのか、悲しいそうな目をしたお母さんが、和馬に聞きます。
 神崎先生と校長先生も来て、同じことを聞くのですが、和馬は何も話そうとはしませんでした。
 だって本当のことを話してしまえば、みんなが怒るだろうし、康太が困ってしまいまうと思ったからです。
 それだけは避けなくてはいけません。どんな形でも、和馬は学校に行くようになって、初めて楽しいと思えたのですから。それに、和馬には牛乳をたくさん飲まなければならない理由があったのです。 
 だから、口をぎゅっと結んで、あの言葉です。
 ”カランコエクエフンワカフンワリプーワプワ”

 どんなに聞かれても話す気はありません。
 本当なら、にこにこして学校に行って、康太を安心させてあげたいのですが、あの時の痛みが蘇ってきて、和馬を苦しめるのです。

 お母さんも、行けると訊くだけでそれ以上は何も言いません。
 お母さんの頭の中は、弟のことでいっぱいなのです。
 仕方がありません。
 和馬のことが心配でも、お母さんは仕事に行かなくてはいけません。弟の病院にもです。

 玄関の前、にっこりとお母さんの言いつけを聞いて、手を振る和馬。そのまま商店街へ出かけて行きます。
 毎年、この時期になると商店街の隅っこに笹が飾られるのです。
 色とりどりの折り紙が一緒に置かれ、それにお願い事を書いてぶら下げて良いことになっています。
 和馬はずっとここに、同じ願い事をしているのです。

 書き終えた短冊を、なるべく目立たない場所に結ぼうとしている和馬は声を掛けられて、驚いてしまいました。
 お父さんと一緒の明日歩です。
 平日のこんな時間に、まさか明日歩に会うとは思わなかった和馬は、慌てて駆け出しました。
 
 ひらりと落ちた短冊を拾った明日歩は、一緒に居た父親を見上げます。

 風邪をひいてしまった明日歩は、病院に行く途中だったのです。

 そしてずっと胸につっかえていたことを、洗いざらい父親に話したのです。
 
 黙って最後まで話を聞いた父親は、コツンと明日歩の頭を軽く一つ拳骨で叩き、微笑みました。
 
 和馬が落として行った短冊を高い場所にぶら下げた父親が、胸を一つ叩き、任しなさいと言いました。
 
 熱で顔を赤くした明日歩も、うんと頷いたのでした。

 

⑥七夕

 七夕の日、明日歩はまだ学校へ行けない和馬を誘いに家に行きました。
 呼び鈴を鳴らしても、なかなか出て来てはくれない和馬を、お父さんから借りた携帯電話をかけて呼び出します。
 思った通りです。
 和馬はしばらくしてから、はいと言って電話に出てくれました。
 明日歩は、玄関のドアを叩きながら、家の前に居ることを伝えたのです。
 すると、鍵が開く音がして、和馬が顔を覗かせます。
 「一緒に、花火をしよう」
 そう言って明日歩が、和馬の手を引っ張りました。
 花火をするには、まだまだ早い時間です。
 どうして明日歩がこんな時間に居るのか、不思議な和馬はきょとんとしたままです。

 でも、その理由はすぐに分かりました。
 時々咳き込む明日歩を見て、和馬は心配顔で見ます。
 「オレ、風邪ひいちゃって、もう三日も学校へ行ってないんだ」
 そう言われてみれば、さっき引っ張られた手が熱かった気がします。
 「遊んでいて、大丈夫なの?」
 和馬が、かすれた声で訊きました。
 「ダメかも。オレ、超具合悪い」
 それを聞かされた和馬は、固まってしまいました。
 エヘヘヘと笑った明日歩が、和馬の手を取って走り始めたのは、その時でした。

 明日歩は足が速い子。
 ついて行くのがやっとの和馬でしたが、いつの間にか楽しくなって笑みがこぼれます。
 「はい、終点」
 公園に着くと、明日歩はそう言って和馬の手を放しました。
 「あのさ、オレ、ずっと、かず君に謝りたかったんだ」
 何の話でしょう。
 和馬が、目を見開きます。
 「もっと強く、康太を注意すれば良かった。先生に本当のこと、まだ言えてないんだ。本当に本当にごめんね」
 熱が上がって来てしまったらしく、赤い顔をしてとても息が苦しそうに言う明日歩を見て、和馬は胸が熱くなりました。
 「いいよ」
 そう言って、和馬は満面の笑みを作ります。
 「あのさ、誘っておいて悪いけど、オレ、また熱が出て来ちゃったみたい。帰ってもいいかな」
 「うん、いいよ。そうした方がいいよ」
 小さな声でしたが、はっきりと言った和馬が、また笑顔を見せます。
 「お詫びのしるしに、これ、あげる」
 和馬は首を傾げました。
 お祭りとかでよく売っている、七色に光る笛です。
 「吹いてごらんよ。変なおじさんが来るから」
 ますます分からなくなった和馬は、きょとんとしたまま明日歩を見つめます。
 「今日だけ、父ちゃん貸してあげる。ちょっと変わっているけど、結構面白いから。あと、本人にはオレが正体ばらしたこと、内緒な。案外こういうのに、こだわる人だから」
 なかなか笛を吹こうとしない和馬に代わり、明日歩が力いっぱい笛を吹きました。
 何かの合図なのでしょうか。
 明日歩がニッと笑って、笛を和馬に戻しました。
 そして、手を振って帰って行って行きます。
 

⑦夕焼け

 一人取り残された和馬は、ブランコに座りました。
 漕ぐ気にはなれません。
 ぼんやりと、黄金色になり始めた空を見上げ、フーとため息を吐きます。
 なぜか、急に悲しくなって来てしまったのです。
 「カンカラコエクエフンワカフンワリプーワプワ」
 和馬は、声に出して言ってみました。
 それでも涙が出て来そうになり、もう一度、今度は大きな声で言ってみます。
 
 「ウホホホ。なかなかといい呪文じゃのぅ」
 不意に後ろから言われた和馬の肩が、びくっと動きました。
 「ウホホホ。少し早いが、メリークリスマス」
 早いどころじゃありません。かなり間違っています。
 振り返った和馬は、それでも涙をポロポロ流し、サンタの顔を見上げました。
 長いひげを生やしたサンタが笑って、和馬を抱きしめます。
 「きみかね、私をずっと待っていてくれたのは」
 コクンと和馬が頷きます。
 そうです。毎年、商店街の短冊にサンタが来てくれるように、和馬はお願いしていたのです。

 和馬はどうしても、サンタにお願いしたいことがあったのです。

 サンタは優しく和馬の背中を押し、ブランコを動かし始めました。
 ブランコの軋む音が、辺りに響き渡って行きます。
 「どうしてきみは、私に会いたかったのかね?」
 サンタの質問に、和馬は躊躇いました。

 ん? と首を傾げたサンタが、ブランコを止め、真正面に回り首を傾げて見せます。
 
 和馬は、お菓子やおもちゃんなどいりません。みんなが夢中になっているゲームだって欲しいと思ったことなんて、一度もありませんでした。
 欲しいのは、お父さんです。

 お父さんが家を出て行く時、和馬は必死でそれを止めました。
 冬の寒い日です。
 商店街にクリスマスツリーが飾られ、クリスマスソングが流されていました。
 駅まで追いかけて行って、改札を抜けようとするお父さんの背中にしがみつき、そして必死で聞いたのです。
 「いつ、帰って来るの?」
 お父さんは、何も答えてはくれませんでした。
 和馬は必死で考えました。何を聞いたらお父さんが答えてくれるのかをです。幼い和馬に、父親を引き留める術が分からないのです。それでもこの手を放してしまったら、終わりだと言う事は、分ります。
 そして聞いたのです。
 「どうしたら、どうしたらサンタさんに会える?」
 泣きじゃくって止める和馬の質問に、戸惑うように父親は少し考えて言いました。
 「和馬が泣かないで、いい子で待っていれば、きっと会いに来てくれると思うよ」
 「本当に?」
 「ああ本当だ。だから泣かないで、母さんと仲良くするんだぞ」
 そう言って、お父さんは振り返ることなく改札の向こう側に消えて行ってしまいました。
 サンタクロースなら、和馬の願いを叶えてくれるはずです。お母さんが読んでくれたサンタクロースの絵本は、どれも子供の味方です。泣かないで、良い子でさえいれば、きっと会えるはずです。
 でも、どうやってお願いして良いのか分かりませんでした。 
 和馬の家に、サンタはいつも来てはくれません。
 アパートで、煙突がないせいです。おねしょをしてしまったからです。お母さんの言うことを聞かなかったからです。理由はいろいろあります。でも一番の理由は、クリスマスの日はサンタさんが大忙しだからです。なかなか回りきれないのです。
 それでも、どうしても会いたいと話す和馬に、サンタが姿を見せてはいけないという決まりがあると教えたのは、近所のおばさんでした。

 がっかりしたものの、和馬はそれでもサンタに会うことを諦めらることはできませんでした。

 そんなある日のことです。
 母親と商店街に買い物へ行った和馬は、短冊の存在を知ったのです。
 
 夏なら、もしかしたら会いに来る時間がるのではと考えが浮かんだ和馬は、目を輝かせました。
 字などろくすっぽ書けませんでしたが、サンタの絵を書けば大丈夫。だって、サンタは子供の味方なのですから。

⑧シャボン玉

 お父さんに戻って来て欲しいなんて、言ってはいけないことだと、和馬は充分に知っているし、それが無理な話だというのも分かっています。でも、毎日疲れた顔をしているお母さんを見るたび、お父さんさえいてくれたら、もっと楽が出来るのに、と思ってしまうのです。本当は和馬が支えられたらいいのですが、クラスで二番目に背が高くても、ちっとも役に立ちません。
 それでも、もっともっと大きくなれば、もしかしたら、大人に間違えてくれるかもしれません。そしたら、仕事をして、お母さんを楽させてあげられます。その為に、和馬は牛乳をたくさん飲む必要があるのです。

 それにしてもこのサンタ、なんだかヘンテコです。
 プレゼントの袋の代わりに、ステッキを持ち、その先から花を咲かせるのです。
 トナカイの代わりに、リヤカーです。
 そのリヤカーには、マシンガンのようなものが乗せられていて、サンタは付けられているハンドルを、嬉しそうに回し始めます。
 すると、どうでしょう。
 空一面にたくさんのシャボン玉です。
 赤く染まり始めた空に浮かびあがったシャボンを見上げ、ワーっと声を上げて喜ぶ和馬を見て、サンタはピョンピョン跳ね手を叩き喜びます。これではサンタと言うよりも、ピエロです。
 明日歩から貰った笛の先にシャボン液をつけ、二人でせーいので、一緒にフーッと吹いてシャボン玉を飛ばします。
 どこから持って来たのでしょう。大きな輪っかで作ったシャボン玉で和馬を閉じ込めたサンタは、得意ポーズを取ります。
 それを指一本で弾き、和馬もお返しに胸を張って見せます。
 もうおかしくて仕方がありません。
 和馬はゲラゲラと声を上げて笑ってしまいました。サンタのマジックはまだまだ続きます。
 コインを移動させたり、帽子の中からハトが飛び出して来たのは、もうびっくりです。
 本当に楽しくて、泣きたい気分はもうどこにもありません。
 急に屈んだサンタが、和馬を掬い上げました。
 肩車です。
 公園を、ウホホホと一周してから、サンタは言いました。
 「お父さんを戻す魔法は、私には分かりません。なぜなら、私はサンタの見習いだからです」
 どうして、そのことを知っているのでしょう。
 そっと地面に降ろされた和馬は、驚きです。
 サンタは嬉しそうにウィンクです。
 「ウホホホ。でもいいアイディアが、一つあります。今日だけ、私がきみのお父さんになるっていうのはどうです」
 でもそれでは、お母さんはちっとも楽にはなりません。
 さっきまではしゃぎ声を上げていた和馬は、シュンとなってしまいました。
 「どうしました?」
 俯く和馬の目から、ボタボタと涙が落ちて行きます。

 サンタに顔を覗き込まれた和馬は、しゃくりあげながら言います。
 「それじゃ、今すぐオレを大人にしてください」
 流石に返答に困ったサンタは、和馬をベンチに誘い、二人で並んですわりました。
 サンタは、夕暮れて行く空を見上げました。
 「どうしてそんなに、きみは先を急ぐのかね?」
 鼻をグスグスいわせながら、和馬は俯いたままです。
 空が暗くなり始めた頃、ようやく和馬は口を開きました。
 とぎれとぎれに、時間をかけてです。
 家を出て行く時、父親が言った言葉や、病気で会えない弟の話。そしてお母さんの話です。
 最後には特別だと言って、サンタに魔法の言葉も教えたのです。 

 サンタは黙ったまま、耳を傾けます。
 星が姿を現した空を見上げたまま、サンタは大丈夫と和馬の頭を撫でて言いました。
 ようやっと顔を上げた和馬に、サンタは微笑みます。
 「今日は七夕じゃ。一年に一度、大事な人に会える大事な日。きみのその優しさは、きっとお母さんに届いているから。今は無理でも、少しずつ少しずつ大きくなって行けば良いんだ。焦る必要なんてないさ。きみがいるだけで、きっと、お母さんは強くなれているはずだから。きみはね、気が付いていないだろうけど、しっかりお母さんに魔法をかけているんだよ」
 「本当?」
 「本当さ」
 サンタはそう言って、和馬の鼻を指で抓みました。

 水を張ったバケツの前、サンタが和馬の持つ花火に火をつけます。
 お父さんが出て行ってしまってから、和馬は花火などしたことがありませんでした。
 シュッと音を立てて、火を噴きだす花火が、少し怖かったのですが、サンタが一緒に握ってくれていたので大丈夫。
 パチパチと花を咲かせる花火で、転化した仕掛け花火が赤や青の火の玉を打ち上げて行きます。
 線香花火をしいると、遠くのほうで鈴の音が聞こえてきました。
 サンタが、肩を窄め、和馬を見ます。
 それだけで何を意味しているのか、和馬には分かりました。
 お別れの時間です。

 「和馬」
 不意に名前を呼ばれ、和馬は振り返りました。
 「お母さん」
 両手を広げたお母さんです。
 和馬は嬉しさで、飛んでいきます。
 シャンシャンと鈴の音を残して、サンタの姿はもうどこにもありません。あのリヤカーもです。
 和馬と母親は顔を見合わせ笑い合います。
 二人して花火の後片付けをして、手を繋いで帰って行きました。
 
 ”カランコエクエプワフンワカフンワリプーワプワ”
 木の陰に隠れていたサンタは呟きました。

⑨魔法

 「父さん」
 心配で様子を見に来た、母親と明日歩です。
 「上手くいったようですね」
 そんな母親の言葉に、二人が去って行った方を目を細め見ながら、サンタは頷きました。
 「でも、ここまでしなくたって良かったんじゃない?」
 明日歩の鋭い突っ込みに、サンタが笑います。
 「たまたま知り合いに特殊メークできる奴がいたから、一度やってみたかったんだ。忘年会の余興で使った手品道具が、こんな所で役立つとはな。持つべきものは友達だな。本当、なかじぃには頭が上がらんな」
 「島根さんにもでしょ」
 「お礼、しなくちゃな。ああでもやっぱ、夏にサンタはきついな。もう汗びっしょりだ。帰ったらシャワー浴びて、ビール飲むぞ。明日歩、お前、熱大丈夫なのか?」
 「父さんが心配で、下がっちゃったよ」
 「何で心配なんだよ」
 「そんな父さんだからでしょ」
 親子三人並んで公園を後にします。
 サンタはもう一度振り返りました。
  
 ”カランコエクエフンワカフンワリプーワプワ”
 もう一度心の中で、呟いてみます。

 駅前で、泣きじゃくる男の子の頭を撫で、この言葉を教えたのは、紛れもなく明日歩の父親です。
 仕事帰り、母親の手を振り払い、改札口の前を動こうとしない少年に、優しく声を掛けたのです。
 「おじちゃん、ここだけの話なんだけどね、実はヒーローなんだ」
 驚いたように見上げた和馬に、にっこり微笑んで頷きました。
 そんな言葉、簡単に信じるほど、和馬もバカではありません。
 「嘘だ」
 言い返す和馬に、ハンカチ手品を見せてやり、この魔法の言葉を教えたのです。
 「これは元気が出るおまじない。さあ顔を上げて、今日から君がお母さんを守るヒーローなんだから」
 和馬は大きく頷き、母親の元へ戻っていきました。

 公園で、何度か一緒になった顔見知りです。
 遠くで会釈する和馬の母親に、明日歩の父親は深く頭を下げました。

 「父さん」
 「ん?」
 「ありがとう」
 「どういたしまして」
 父親は、明日歩の頭を撫でてやりました。
 
 どうやら、季節外れのサンタクロースからのプレゼントは、母親の元にも届いたようです。
 星が瞬く空を見上げ、上手くいくと良いなと、父親は願うのでした。

⑩勇気

 和馬は、翌日から元気よく登校してきました。
 明日歩は、和馬より一日遅れの登校開始です。
 クラスは相変わらずバカなことを言っている昌幸の周りに人が集まり、秀雄が変な顔をして、笑わせています。
 克己はサッカー選手の話で盛り上がり、教室に入って来た和馬に、おはようと最初に声をかけてきたのは、康太でした。
 気まずそうな顔をする康太に、和馬は満面の笑みを向けました。
 本当のことは、秘密のままです。
 「牛乳は、自分の分だけ飲みなさい」
 朝、出かける時にお母さんに言われた和馬は、ラジャと、敬礼してから登校してきました。
 神崎先生も長かった髪を切って、前より張り切っているように見えます。
 話すのはまだ苦手な和馬ですが、一言、二言、会話をするようになり、みんなが喜んで話し掛けます。
 給食の時間です。
 康太が牛乳を一口飲んで、和馬にピースサインです。
 和馬が学校に来れなくなってしまった間、康太の居場所はなくなってしまっていました。
 誰かが特別、何かを言ったわけでも、されたわけでもありません。それでもみんなの視線が刺さる感じがして、仕方がなかったのです。辛くて悲しくて苦しくて、こんな思いは嫌だと思いました。
 そんな時です。
 明日歩が言ったのです。
 「オレ、かず君に会って、謝って来る」
 「どうして明日歩が謝んだよ」
 「だって、オレも共犯者だから」
 目を大きくする康太に、明日歩は謝りました。
 理由なんて分かりません。
 「オレ、もっとちゃんと、康太を止めれば良かったって思ってさ」
 そう言って、満面の笑顔です。
 「ああ言えて良かった。すっきりした」
 明日歩は、そう言いながら克己たちの話に加わって行きます。
 ちっぽけな勇気だけど、康太も振り絞ってみようと思ったのです。
 放課後、自分で謝りに行った康太を、神崎先生は目を真っ赤にして、抱きしめました。
 神崎先生は、康太が自分の口から話してくれるのを、ずっと待っていてくれたそうです。

 そしてもう一つ、勇気を振り絞らなければならない時です。

 もの凄い顔をした康太を見て、和馬が笑います。
 「かずくん、あのさ、あのね……、ごめんなさい」
 やっと言えました。
 「いいよ」
 にっと笑って言う和馬を見て、康太は嬉しくなって、もう一口牛乳を飲んで、また変顔です。
 
 嫌なことがあったら、あの魔法の言葉を唱えればいい。
 ”カランコエクエフンワカフンワリプーワプワ”
 

⑪勇気

 夏休み最初の日曜日、明日歩の家に、和馬とお母さんがやって来ました。
 引っ越しの挨拶に来たのです。
 和馬と明日歩は公園で遊んでくると言って、走って行ってしまいました。康太や克己たちと、そこで合流することになっています。
 最後に遊ぶ約束をしてあったのです。
 
 和馬のお母さんは、明日歩の父親にお礼してもしきれないと言って、涙を浮かべます。
 七夕の日、和馬の話を聞けるように、電話をつなげておいてあげたのです。
 和馬には、弟なんていません。
 お母さんのお腹にいる時に、死んでしまったのです。
 ちゃんと説明をしたつもりだったのですが、寂しさを紛らわすために、自分で話しを変えてしまったのでしょう。
 もう少し、和馬といる時間を増やせるように、母親は自分の親元へ戻ることを決めたのです。
 折角、友達が出来たのにと言って、和馬にはだいぶ泣かれてしまったと話す母親に、明日歩の父親は、大丈夫ですよと言ってあげました。
 和馬には、魔法の言葉があります。母さんを守りたいという意志があります。
 
 そして二人して、公園へ子どもたちを迎えに行きました。
 汗だくになって、遊んでいる子供たちへ声を掛けました。
 アイスを配り、みんなで食べてお別れです。
 明日の朝いちばんの新幹線で、二人は引越しです。
 
 女の子たちは、目に涙を浮かべて用意してきたお別れの品々を渡し、男の子はふざけながらですが、ぶっきら棒に思い思いのものを渡して行きます。
 和馬の目にいっぱいに涙です。

 明日歩の父親の方を見た和馬が、ニッと歯を見せました。
 和馬からのお別れのプレゼントは歌です。
 とても小さな声でしたが、クラスでみんなと一緒に歌った歌です。
 大合唱になったビリーブが、夏空に響き渡って、さっきまでふざけていた男の子たちの目にも、涙です。
 歌い終わった和馬は、ニッと笑って、とっておきのあの魔法の言葉をみんなに教えてあげました。
 「カランコエプワフンワカフンワリプーワプワ」 
 この言葉があれば大丈夫。勇気100倍です。

 「サヨナラサンカクまた来てシカク、カンカラコエクエプワフンワカフンワリプーワプワ。畜生、忘れんじゃねーぞ。絶対にまた会うんだからな」
 康太が叫びました。

 和馬はもう一人ぼっちなんかじゃありません。
 
 赤く染まった空の下、また会う約束です。

 涙を拭って、和馬もそれに答えます。

 「カンカラコエクエフンワカフンワリプーワプワ」
 
 今日からはみんなと繋ぐ、大切な魔法の言葉。
 「カンカラコエクエフンワカフンワリプーワプワ。また会おうね」
 いつまでもいつまでも、和馬はみんなに大きく手を振り続けたのでした。
 (おわり)

Believe。~夕焼け小焼けでサンタクロース~

この作品は、オリジナル小説サイト『遥か彼方のきみへ』にて、掲載されているものです。

Believe。~夕焼け小焼けでサンタクロース~

クラスでいつも一人ぼっちの和馬を、明日歩は何とかしてあげたいのですが、どうしていいのか分からないまま、ついに事件が起こってしまうのです。 事件がきっかけで学校へ行けなくなってしまった和馬のため、明日歩は父親に相談し、願いを叶えることに。 夕焼け空の下、季節外れのサンタが届けるプレゼントは、ちょっぴり切なく優しい気持ちになれるものだった。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-04

Copyrighted
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Copyrighted
  1. ①一人ぼっち
  2. ②友達
  3. ③特技
  4. ④真実
  5. ⑤願い事
  6. ⑥七夕
  7. ⑦夕焼け
  8. ⑧シャボン玉
  9. ⑨魔法
  10. ⑩勇気
  11. ⑪勇気