あけびちゃん

タクロウデイズ

「あけびちゃんって知ってる?」
「え? なにそれ。また変な都市伝説?」
「違う違う、これはどこかの学校で本当にあった怖い話なんだって」
「前もそんなこと言ってわたしを驚かせようとしてたよね。どうせそれもただの噂話なんでしょ?」
「それがどうも本当の話らしいんだよね。ほらこの間あったじゃない二組のあの子。どうやらあけびちゃんを呼んじゃったらしくってさ」
「え……それってけっこうヤバイ話じゃない」
「うん。身近であんなことがあったら信憑性高いよね。あ、でも、ちゃんとした方法で呼べば大丈夫なんだって」
「ちゃんとした方法? どんな?」
「あけびちゃんを呼ぶには色んな方法があるらしいんだけど、一番確実なのが……」

1.あけびちゃんを呼ぶには、手足のついた人形とこっくりさんで使うような五十音の書かれた紙と十円玉を用意する。時間は夕方、人数は必ず三人以上でやること。人形があけびちゃんの器になるため、人の形をしているものであればどんなものでも可。

2.紙の上に人形と十円玉を乗せて、人差し指で十円玉を押さえながら、『あけびちゃんあけびちゃん、一緒に遊びましょう』と語りかける。すると、十円玉が『はい』のところに動く。

3.何して遊ぶ? とあけびちゃんに尋ねると『かくれんぼ』と必ず答える。その後に誰が鬼になる? と尋ねると『わたし』と答えるので、用意した人形をその場に残し全員で隠れる。

4.百数えたら人形の置いてある場所に全員で戻り『あけびちゃんみぃつけた』と宣言する。

5.最後に人形と紙を一緒に燃やしておしまい。

「それだけ? 人形相手にかくれんぼしておしまい?」
「そう思うでしょ。私も話聞いたときそれだけ? って思ったんだけど、あけびちゃんを呼ぶときに絶対にやっちゃいけないことがあるんだって」
「やっちゃいけないこと?」
「うん、必ずやっちゃいけないことは『名前を言ってはいけない』『肩を叩かれても振り向いてはいけない』『必ずあけびちゃんを見つけなければいけない』この三つは必ず守らないといけないの。でもね、これを守らないと必ず来るんだって」
「……なにが?」
「あけびちゃんが……殺しに来るんだって」


どうしてこんなことになったのだろう。
わたしは屋上のフェンスの向こう側でそんなことを思っていた。
真下から吹き上げてくる風がびゅうびゅうと頬や髪をかすめ、風に煽られたスカートがふわりと揺れた。
夕焼けが空を真っ赤に染めていた。ここもじきに暗闇へと包まれるだろう。
ぎぃ、と防火扉の軋む音。誰もいないのに。それ自体が生きているようにゆらゆらと動いていた。
ああ、わかってる。
彼女が──そこにいる。
「遅かったね」
親しげな友人に話しかけるように言う。もちろん、相手からの返答なんてない。
彼女が待っているのは私の言葉なんかじゃない。
ハヤクオイデヨ。
手招きするように彼女がニタリと笑った。
せっかちだなぁ。まぁいい。そう思うのもあとわずかだ。
足元に広がるのは紺と紅の混じった不思議な風景。
あと一歩踏み出せばそこにもうひとつの朱が交じる。
踏み出せ。
耳元で囁く悪魔の吐息。けれど今のわたしにとってそれは救いの手のように思えた。
そうだね。もう終わりにしよう。
みんないなくなった。もうここにはわたしの居場所なんてない。
だからここにいる意味もない。
「じゃあね」
それをきっかけにわたしは一歩を踏み出す。
体全体に浮遊感を感じながら落ちていく。
フェンスの淵で彼女が笑っていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
そんなことを思いながらわたしは、グチャッという音を残して意識を閉じた。


「ねぇ、あけびちゃんって知ってる?」
友人のさやかがその話を持ってきたのは、わたしが昼食代わりに飲もうとしていた野菜ジュースのプルタブを持ち上げた時だった。
「あけびちゃん? 誰それ」
わたしが訝しげな顔をしていると、眼前に突き出されたモノを見てさらに顔を曇らせることになった。
突き出されたものは携帯の画面だった。内容は『恐怖、身も凍る都市伝説』なんていう、胡散臭い内容がぎっしり詰まった、読者が実体験や噂話を投稿するいかにもさやかが好きそうなサイトだった。
「またそんなの見て。何が面白いの?」
わたしはうんざりとした声を上げる。
さやかはいつもこうなのだ。女子高生なのに流行りのメイクだとかファッションにはあまり目を向けず、友人のわたしがうんざりするくらいこういったものに目がない。
「えー、面白いじゃん。それに都市伝説ってなんかワクワクしない? 口裂け女に、人面犬、宇宙人なんかもロマンチックだよね」
さやかが目を輝かせる。都市伝説にワクワクって……そんなものだろうか。わたしにはわからない。まぁわかりたくもないが。
開けっ放しにしていたジュースを一口。トマトの酸味が強い。初めて飲んでみた銘柄だったが、失敗したかもしれない。
それっきり飲むのをやめた野菜ジュースを机の端に押しやると、机に突っ伏した。
「ちょっとアキ、あたしの話聞いてる?」
眠り込むことでさやかの話を聞かないようにしていたけど、そんなことはお構いなしにさやかは話を続けようとする。恨めしそうに腕の隙間から目をのぞかせると、間近にさやかの顔があった。
くっきりとした目鼻立ちに色白の肌。黙っていれば彼氏の一人くらいすぐに出来そうだけど、こういう性格からか未だにその気配はない。
わたしがゆっくりと体を起こすと、話を聞いてくれると判断したのか、よりいっそう目を輝かせる。もちろんそんなつもりはない。
「そんな話ならわたしはお断り。どこかよそへ行ってくれない?」
「そんなこと言わないでよ。友人でしょ?」
しっしと追い払うように手を振る。けれどさやかは諦めない。こうなると話を聞かなくなるのはさやかの悪い癖だ。
あんまり抵抗しても効果がないのを知っているわたしは、話を聞いているふりをして適当にあしらうことにした。
「それでなにちゃんだっけ?」
「あけびちゃんだよ、あけびちゃん」
あけびちゃん……聞きなれない単語にわたしはますます眉をひそめる。


昔、あけびちゃんという一人の女の子がいた。あけびちゃんは人と接することが苦手で、いつも持ち歩いている人形と話をしているような女の子だった。もちろんそんな性格のせいか、彼女の周囲にいる人たちは気味悪がって話しかけようとしなかった。
そんなある時だった。
「あけびちゃん、かくれんぼしない?」
「かくれんぼ?」
「そう、かくれんぼ。そのお人形さんも一緒に」
珍しくクラスメートの女の子が話しかけてきた。一緒にかくれんぼをして遊ぼうという誘いだった。あけびちゃんは人と接することが苦手だったが、人が嫌いなわけじゃなかった。思わぬ誘いに心から喜んだ。
「それじゃああけびちゃんが鬼ね。百数えたらみんなを見つけてね」
くすくすと笑うクラスメートたち。あけびちゃんは彼女たちが何を企んでいたのかなんて気づくはずもなく、素直に数を数えていた。
「いーち、にーい、さーん」
パタパタと駆けていく足音。
「しーい、ごーう、ろーく」
校内ではあけびちゃんの数を数える声だけが木霊する。
「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅーう、ひゃーく」
数を数え終わったあけびちゃんは、校内に隠れているはずの友達を探し始めた。
一人、二人、三人見つけたところであることに気がついた。
「わたしの人形は?」
「知らないよー」
「わたしもみてなーい」
「ほらほらあけびちゃん、鬼なんだからちゃんと見つけてあげないとかわいそうだよ」
「うん」
あけびちゃんは彼女たちの言葉に従って自分の人形を探し始めた。
『あの子バカみたい』
『見つかるはずなんてないのにね』
『人形相手にあそこまでやる?』
くすくすと笑うクラスメートたちの声も耳に入らない。
人形を隠したのはクラスメートの女の子達だった。
自分がとても大事にしている人形がなくなったことで、あけびちゃんは学校中を探し回った。日が落ちてクラスメートたちがいなくなっても、窓の外が真っ暗になっても探し続けた。
なのに人形は見つからなかった。なぜなら人形は学校に隠されていたのではなく、クラスメートの一人が家に持って帰ってしまっていたからだ。
そんなことを知らないあけびちゃんは探した。
教室中の机から掃除用具のロッカー、ゴミ箱の中まで。
見つからない。
教室の中にないとわかったら次は別の教室へ。そこになければまた別の教室へと。
見つからない。
すべての教室の中を探し終えると、今度は図書室や音楽室といった特殊教室を探し回った。
見つからない。
体育館。用具室。
見つからない。見つからない。
学校中のトイレ。
見つからない。見つからない。見つからない。
下駄箱の中。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
お母さんにもらった大事な人形なのに……。見つけなきゃ見つけなきゃ……。
あけびちゃんは探し続けた。絶対に見つかるはずのない人形を……。
翌朝、学校にやってきたクラスメートたちが見たのは、すっかり変わり果てた姿となったあけびちゃんの姿だった。
死因は転落死。階段から転げ落ちた拍子に、頭を打ってそのまま息絶えたらしい。物言わぬ亡骸となった彼女の顔は血と涙と吐瀉物にまみれ、あちこち探し回ったせいか体も服も汚れ、手の爪がはげて流れた血はすっかり固まっていた。
それでもあけびちゃんは人形を探そうとしていた。なぜなら、
『みつからない』
血文字で書かれたその言葉が何よりの証拠だった。
それ以来、夕方の学校でかくれんぼをすると、あけびちゃんが人形を探しにやってくるという。


「どう? これがあけびちゃんの都市伝説」
「なんていうか……よくある話だよね」
ひとしきり話し終えて満足そうなさやかに水を差すわけじゃないけど、わたしの感想からすればありきたりというのが素直な感想だった。
しかし……とも思う。
彼女からこんな話は度々聞くことはある。その大半はよくあるような、誰かが適当に言い出したような根も葉もない噂話ばかりだ。いつもだったらありがちな作り話だと笑い飛ばすのだけど、さやかから聞かされたあけびちゃんの話は妙に信憑性があった。
「相変わらずドライだね。もう少し怖がってくれた方がこっちとしては面白いんだけど」
「わたしはそんなの興味ないって言ってるでしょ。それに怖がらせるのが目的なんだったらエリあたりに聞かせればいいじゃない」
「わかってないなぁ。エリに話せばそりゃ怖がってくれるかもだけど、こうなんていうか、普段は怖がらない人を怖がらせるっていうところにロマンがあるんだよね。これあたしの自論」
「はいはい、あんたの自論はしょっちゅう聞いてるから。あ、そんなことよりも早くしないとお昼終わっちゃうよ」
「そうだった。それじゃあこの話の続きはまた今度」
軽く手を振って見送ると、さやかは自分のクラスへと戻っていった。
あけびちゃん……か……。
なんだか妙にもやもやした気分が残っていた。


あれから家に帰ってもずっと、さやかから聞かされた話が気になって仕方がなかった。
適当に晩御飯を済ませると、向かったのは部屋のパソコンだった。
起動してから検索エンジンを開く。打ち込むワードは『都市伝説』『あけびちゃん』『人形』この三つだ。
検索をかけるとあけびちゃんに関する話は結構多かった。中でも興味を惹かれたのは、あけびちゃんを呼び出す方法と書かれたものだった。内容から察すると、ひとりかくれんぼとこっくりさんを合わせたような儀式を行うのが一般的らしい。これも数多くの説があるみたいだけど、そちらの方にはあまり興味を示さなかった。ページを進めていくと実際にやってみた結果、何も起きなかったという意見から、やっている最中に不思議な出来事が起きたなど、意見も様々だった。いかにも都市伝説らしいといえば都市伝説らしい。
カチカチとマウスをクリックしていく。ふと、あるページで目が止まった。
「あけびちゃんが……殺しに来る?」
自分の口から出た言葉のはずなのに、どこかしら冗談のような響きが混じっていた。
それはあけびちゃんの儀式を行った人が書いている日記だった。日付は数ヶ月前。つい最近まで更新されていたらしい。日記に書かれていた内容はこうだ。


○月×日 曇り
ある日、わたしは噂のあけびちゃんを実行することにした。この儀式を行うには必ず三人以上という条件がついているため、友人のA子、B美(仮名)をつれて近くの廃校へと忍び込んだ(あけびちゃんを行う上で場所は決められてはいないが、学校でやるのが一番成功率が高いらしい)。
廃校の中に忍び込むことに成功したわたしたちは、その中からある教室をあけびちゃんを呼び出す儀式の場所として選んだ。
儀式で使うものは人形、五十音の書かれた紙(こっくりさんを呼び出す際に使うものと同じもの)、十円玉、この三つだ。
時刻は夕方頃を選んだ。少しでも成功率を上げるためだ。
教室の中に入ったわたしたちは適当に場所を開けると、机の上に用意した人形と紙を置いた(無造作に置かれた机や椅子が、元はちゃんとした学校だったことをうかがわせて、異様に雰囲気が出ていた)。
呼び出し方については、一番成功例が多い方法で行った(別リンク参照)。
ちなみにあけびちゃんを呼び出す上で絶対にやってはいけないことがある。それが、
『名前を言ってはいけない』
『肩を叩かれても振り向いてはいけない』
『必ずあけびちゃんを見つけなければいけない』
この三つだ(もしこれを見ている人がやるならば必ず守ってほしい)。
あけびちゃんを呼び出し、わたしたちは人形をその場に残して隠れることにした(儀式の最中、ずっとA子が恐怖に震えていたけどそれはまた別の話)。
百数えて人形の置いてある教室に戻ってきたら、そこには……人形は当然のように置いてあった。
なーんだ、という安堵感と失望感を感じながら儀式を終えるために『あけびちゃんみぃつけた』と宣言してその日の儀式は終わった。


○月△日 雨
あれからなんにも起きないまま数日が経った。結局、噂話だったのかと諦めていたわたしの元に、一緒に廃校へ忍び込んだB美から電話があった。携帯の通話ボタンを押すと、電話の向こうから聞こえてきたB美の声はいつもと違っていた。彼女が言うにはここ数日A子と連絡が取れないのだという。たまたまじゃないかと言うと、自宅にも帰っておらず、バイト先にも来ていないとのこと。さすがに何かあると判断したわたしは、B美との話も手短に、すぐさまA子の携帯へと電話をかけた。いつもなら数コールしたら出るはずなのに、いくら待っても出る気配がない。
呼び出し音が二十を越えたあたりで諦めようかと思った時だった。
『……もしもし』
そう言ったA子の声はとてもやつれているように聞こえた。
単刀直入に何があったのか、要件だけを尋ねるとA子は怯えた声で話してくれた。
「あけびちゃんが……あけびちゃんが……わたしを探しに来る……」
A子が言うには、あの儀式を行った日から毎日のように携帯にあけびちゃんから電話がかかってくるそうなのだ。そのせいで自宅にも帰れず、バイト先にも行くことが出来ず、どこにいるのか教えてくれなかったが、一人で隠れているらしい。あけびちゃんからかかってくる電話の内容は『必ずみつけるから』たったそれだけ。最初ただのいたずらだと思って聞いていたが、いたずらにしては随分と度が過ぎているようにも思える。それに、わたしたちがあけびちゃんの儀式を行ったことを知っているのは、あの場所にいた三人だけ。そのうちわたしは除外するとしても、B美が犯人だとは思えない。
では誰が?
答えは出ないままその日は、二、三言話したところでA子との通話を終えた。


○月□日 雨
A子が死んだ。
A子が発見されたのはA子が住む自宅のすぐそばの川でだった。
冷たくなったA子と再開したわたしたちは、A子の顔を見て恐怖に震えることになった。
A子は何かに怯えているような顔で息を引き取っていたからだ。
警察の人から話を聞くと、A子が発見されたのは□日の深夜、死亡推定時刻は△日頃だということだった。
△日はわたしがA子と話をしていた日だ。つまり、A子はわたしと話をした後で死んだことになる。
警察はその日は雨で見通しが悪く、誤って橋から転落した事故死だと断定していたが、わたしにはそれが偶然起きたものではないと思ってる。なぜならA子はあけびちゃんが探しに来ると言っていたからだ。


○月○日 晴れ
A子の葬儀が終わってからしばらくしてB美から話があると呼び出しを受けた。A子の葬儀以来B美とは疎遠になってせいか、久しぶりにかかってきた友人からの電話に、わたしは心を弾ませた。
指定された場所に向かうとそこは人の多いカフェだった。内心で珍しいなという印象を受けた。なぜなら、B美は人の多いところが苦手で、あまり外に出歩くことのない性格の人間だったから、どうしてこんな人の多いところにわざわざ呼び出すのか、それが不思議だった。
それでもA子のことがあって以来、しばらくふさぎこんでいたわたしにとって、B美との会話は傷ついた心を癒すのにぴったりだった。お互いにA子のことには触れず、ここしばらくあったことを話していた。久しぶりに安らいだ時間だった。
けれど一つだけ気になったことがあった。それはわたしと話をしている間ずっとB美はあたりをキョロキョロとしていたことだ。わたしがどうしたの? と尋ねると、なんでもないと笑ってみせたB美だったけど、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。きっとB美もA子が突然死んだことでショックだったのだろう。
でも……なぜだろう、誰かがこっちを見ているような視線を感じる……。


×月○日 曇り
B美から突然電話があった。わたしが電話を取るとB美は息を切らしていた。電波が悪いのか、途切れ途切れの声は何か焦っているようにさえ聞こえた。
もしもしと尋ねても、電話の向こうから聞こえてくるのは、B美の激しい息遣いと、時折聞こえるザザ……ザー……という不快なノイズ音だった。
『……聞こえる……? わ……たし……B美……もし……聞こ……ら……その……聞いてて……わ…………は……もだめ……みたい…………気をつけて……あけび……が…………くる……』
そうして彼女からの電話は切れた。ツーツーという虚しい電子音が後に残るだけで、その後、何度かけても繋がらなかった。


□月△日 雨
こうやって日記を書くのも何日ぶりだろうか。思い出すのもおっくうになる。
あのあとB美も死んだ。トラックに跳ねられての即死だったそうだ。B美の葬儀には怖くて行っていない。
人から聞いた話だと、B美はトラックに跳ねられる寸前まで、必死に何かから逃げていたそうだ。何度も後ろを振り返りながら。そして道路を走っているトラックに吸い込まれるようにしてそのまま……。
B美の残した言葉。
あけびがくる……。
もしかしたら次は……。


□月□日 雨
もう終わりだ。
わたしの体中を恐怖と不安が埋め尽くしていく。
A子が死んで、B美まで死んだ。残るのはわたしだけだ。
あけびちゃんはわたしを探している。
わたしを殺すために。
ああ、また電話が鳴っている。発信者は……あけびちゃんだ。
きっとわたしはもうニゲラレナイ。


□月×日 雨
とうとうあけびちゃんが来た。
わたしを殺しに。
なぜわかるかって?
だって……いまそこにあけびちゃんが──。


日記はそこで途切れていた。
すべての日記を読み終わったわたしの胸に去来したのは、そら寒いまとわりつく様な空気だった。
そこからいくつかのページを探ってみたが、彼女がその後どうなったのか知ることは出来なかった。
「あけびちゃんが殺しに来る」
まるで現実感のない出来事にわたしは、肺に溜まっていた空気を吐き出すことでしか、この暗い気持ちを晴らすことは出来なかった。


「……これで準備は出来たね。でも、本当にいいの?」
そう言い始めたのはなぜか、わたしでもエリでもなくさやかだった。
「いいの? って……いいも悪いも、あんたが言いだしたんでしょ」
「う、うん……一応、確認だけって思って。あ、あのさ、わたしはいいんだけど、エリはその……いいの?」
「…………」
さやかの問いかけにエリは無言で頷いた。
「オッケーってことみたいよ」
わたしが代わりに言うと、さやかもどうやら観念したようだ。なにかを諦めたように、大きなため息をついていた。
わたしたちが取り囲んでいる机の上には、こっくりさんで使う紙と手足のついた人形、それと念の為にとさやかが用意した盛り塩があった。
つまりはそういうことだった。
わたしたちはあけびちゃんを呼び出そうとしていた。それが何を意味するかわからないわけじゃない。そもそもこの話を言いだしたのはさやかだ。興味本位で言い出すのは自由だけど、直前で怖くなってけれど引っ込みがつかなくなったのだろう。さっきから震えてるのが目に見えてわかる。
それにしても意外だったのはエリのほうだった。こういった話になるとすぐに耳を塞いでしまうほど怖い話が苦手なはずなのに、今はさやかとは対照的に落ち着いた様子で儀式に使う紙と人形を見つめていた。友達づきあいを優先してくれるのはいいことだけど、時には断ることだって大事なことだと思う。
さやかの指示でわたしたちは十円玉の上に人差し指を置いた。
『あけびちゃんが殺しに来る』
どくん、と心臓の音が大きくはねた。
大丈夫、あれはただの噂だ。
じっとりと背中に汗がつたった。さやかが目線だけで合図を送ってきた。
「それじゃあ言うよ。せーの」
『あけびちゃんあけびちゃん、一緒に遊びましょう』
しん、と空気が静まり返った気がした。窓から差し込む夕焼けが教室の中を照らしている。
なにも起きない……?
そう思った時だった。
──!!
すすっと十円玉が静かに動き出した。
『はい』
あけびちゃんからの返事だ。
とっさに二人の顔をうかがう。二人とも驚いているようだった。じゃあこれは本当にあけびちゃんが……?
目線だけで確認しながら次の手順に移る。確かこのあとは、
『あけびちゃんあけびちゃん、何をして遊びますか?』
十円玉が動く。
『か』
『く』
『れ』
『ん』
『ぼ』
十円玉が指し示した言葉をつなぎ合わせる。浮かび上がった言葉は『かくれんぼ』だった。
「……本当だったんだ」
「……しっ。静かにして」
エリが呟くと、さやかがそれを制した。けれどエリが言わなければわたしが言っていたと思う。わたしは口にこそ出さなかったものの、ここまで話に聞いたとおりの状況に緊張を隠せなかった。
最後の質問。
『誰が鬼になる?』
十円玉が動く。
『わ』
『た』
『し』
その場にいたみんながゴクリと息を飲んだ。
「これでいいんだよね?」
エリが尋ねる。
「うん。ここからは人形を残してわたしたちが隠れる。説明したとおり全員で隠れて、百数えたらここに戻ってくる。いいね?」
さやかの問いかけにわたしとエリが頷く。
「それじゃあ、あけびちゃんあけびちゃん、わたしたちが隠れるから百数えたら見つけてね」
もちろん人形は何も言わない。さすがに『はい』なんてしゃべったら発狂しそうになりそうだ。
わたしたちはもう一度目線で合図を送ると、それぞれ儀式をやる前に決めた場所に隠れることにした。


教室から一歩出ると放課後だというのにすっかり静まり返っていた。いつもなら運動部の何を言ってるのかわからないかけ声や、吹奏楽部の間の抜けたラッパの
音がしているのに、その全てがないだけで普段見慣れているはずの景色が全然違うものに見えた。
窓からはあかね色の夕日が差し込んでいて、きっとこのことがなければ感傷に浸りたくなるぐらいきれいだった。
確かわたしは三階の図書室に隠れる予定になってたっけ。
さやかは自分の教室がある二階から、一階の玄関で隠れることになっていて、エリはもうちょっと離れた階段の踊り場に身を潜めていた。
それにしても、この年になってかくれんぼをやるなんて思ってもみなかった。小さい頃だったらよくやってたことだけど、あらためてやるとワクワクというか、人形相手になにをやってるんだろう、なんて現実を思い返しそうになる。
『あけびちゃんが殺しに来る』
図書室へと向かう道すがら、ネットで見たあけびちゃんの話が脳裏をよぎった。
あけびちゃんからは誰もニゲラレナイ。
……まさかね。
いくらなんでも考えすぎだ。人形が人を殺しに来るなんて、今どき安っぽいホラー映画でも流行らない。それに教室に戻って人形があればそれでおしまいだ。そしたらあれはただの噂だったんだって笑い話になる。さっさと終わらせて帰ろう。けれどそう思えば思うほどわたしの足は自然と早くなっていた。
たどり着いた図書室もやっぱり誰もいなかった。
ドアに鍵がかかっていないことを確認すると、音を立てないように中に入る。いくらなんでもこんな時間まで残っているのがバレたら、別の意味で面倒なことになる。
適当に空いてるイスに腰をかけるとそのまま数を数え始めた。
「いーち、にーい、さーん」
なにやってるんだろわたし……。
一人で数を数えているとなんだかむなしくなってきた。女子高生がこんな誰もいない部屋で数を数えてるなんて、それこそ学校の七不思議になってもおかしくない。それどころか、友達から心配されてしまうレベルだ。でもいいや。今は何も考えないでいよう。
「さんじゅういーち、さんじゅうにーい、さんじゅうさーん」
お腹すいたなぁ……今日は駅前でハンバーガーでも食べて帰ろうかな。あ、でもおこづかいそんなにないんだった……。
「ろくじゅうなーな、ろくじゅうはーち、ろくじゅうきゅーう」
それにしても静か……こんなのでなにか起きるのかな……。
「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅーう、ひゃーくっと」
よし、これで数は数え終わった。あとは教室に戻ってさやかたちと人形を見つけて終わりだ。
図書室を出たわたしは足早に教室に戻ると、そこでおかしなことに気づいた。
「あれ……なんで……」
机の上にはこっくりさんで使う紙と十円玉しか残されていなかった。
あわてて廊下に出ている教室のプレートを確認する。間違いない、ここはさやかの教室で人形が置いてあったのもこの教室だ。
なのに、ここにあるはずの人形が……ない。
「人形が動いてる……?」
口をついて出た言葉は誰に向けたものでもない。自分自身に向けたものだ。もちろん自分で言った言葉のはずなのにそれをバカバカしいと思う。
そう思うはずなのに、人形はない。
どうしよう……人形をみつけないと……。
そう思った時だった。
トントン、
「──!!」
不意に肩を叩かれた。恐る恐る振り向くと、そこには……、
「アキ、なにやってんの?」
そこにいたのはさやかとエリだった。
「さやか……エリ……」
二人の顔を見て安心したら体からふっと力が抜けた。
「ちょ、ちょっとアキ!?」
「大丈夫!?」
「う、うん……大丈夫……」
わたしは二人に支えられながらゆっくりと姿勢をただした。
「どうしたの? 顔真っ青だけど」
「うん……じつは人形が……」
わたしが指差すとさやかもエリも顔を引きつらせていた。
「人形がなくなってる……」
「だ、誰かが隠したんじゃ……」
「……誰も学校にいないのに誰が隠すのよ」
「そうだけど……」
わたしたちの中に重い沈黙がおとずれる。
「もうやめよう……なんか気分悪い」
沈黙を破ったのはエリだった。さやかが不安を隠すことなく言い返す。
「でも……人形をみつけないとあけびちゃんが……」
「きっとどこかに落ちてるんだよ。それにほら」
さっきまで明るかった外はすっかり暗くなっていて、教室の中までも覆いつくそうとしていた。
「もう暗いし、人形を探すんだったら明日でも探せるよ」
「さやか、わたしもエリの言うとおりだと思う」
「でも……」
「心配なのはわかるよ。でもあんなのただの噂話じゃない。なにも起きないって」
「そうだよね……うん、わかった」
二人がかりで渋るさやかを説得すると、ようやく納得してくれた。
「ねぇ、帰りに駅前でハンバーガーでも食べていかない? わたしお腹すいちゃった」
「賛成」
「……うん」
さやかはまだなくなった人形のことを気にしていたみたいだけど、強引に教室から連れ出すといつもどおりのさやかに戻っていた。


しかし、異変は翌日から始まった。
珍しく早く目が覚めた。携帯に表示されている時刻は六時。いつもだったらまだ夢の中にいる時間だ。
もう一度寝直そうか。そう思って布団をかけようとして……気づいた。
「メール?」
携帯の画面にはメール通知の表示が出ていた。差出人は見たことのないアドレスからだった。どうせスパムメールだろうと、メールを開いてわたしは凍りついた。
メールの件名にはこう書いてあった。
件名:かくれんぼ
震える指を抑えながら画面をスクロールしていく。書かれていた内容はたった一文。それでもわたしの心を打ち砕くには十分だった。
『必ずみつけるから』
わたしは持っていた携帯を放り投げていた。
そんな……だって……あれはただの噂話で……。
そうだ。あれはただの噂話だ。
こんなのただのイタズラにしかすぎない。
だったら……誰がこんなメールを……?
外は昨日の天気とはうってかわって大降りの雨が降っていた。


「ねぇアキ、エリ知らない?」
いつもと同じ昼休み、同じくいつもと同じようにわたしのクラスにやってきたさやかは、どこか落ち着きがなかった。ああ、落ち着きがないのはいつものことだけど、今のはちょっと違う。どこか不安そうにしているせいだ。
「エリがどうかしたの?」
「その……さ、今日エリ学校に来てないらしいんだよね」
「…………」
わたしの中に不安という名の暗雲が立ち込める。
「あたしあのあとエリに電話したんだよね。やっぱり心配だったから」
さやかの言うあのこととは、昨日わたしたちがやったあの儀式のことだ。わたしはいつも飲んでいる野菜ジュースを飲み干すと、さやかに向き直った。
「……それで」
「うん。あたしエリに電話したんだけどさ……エリの携帯つながらなかった」
「たまたまじゃない?」
「あたしだってそう思ったよ。でもさ、何回もかけたんだよ。なのにさ、何回かけても、電波の届かない所にあるか電源が入っていないってアナウンスしか聞こえてこないんだよ! もしかしたらこれってさ……」
「そんなわけないじゃない!」
思わず声を荒げていた。そんなわたしの様子にさやかだけじゃなく、クラス全員が驚いてこちらを見ていた。
「……ごめん」
「ううん、あたしも言っちゃいけないこと言った。ごめん」
二人して頭を下げる。でも、今大事なことはそれじゃない。
まさか本当にあけびちゃんが……。
「エリどうしちゃったんだろ……」
「わたしがかけてみようか?」
「だって、昨日何回もかけたんだよ。つながるはず……」
「もしかしたらつながるかもしれないじゃない。それにつながればエリが無事だってことがわかるし、わたしだって心配だから」
「そうだね」
わたしがさやかに言ったことはまるっきり嘘じゃない。わたしだってエリのことが心配だ。でもそれ以上に心配なのは、あの話が本当なのかどうかってことだ。
カバンから携帯を取り出すと、電話帳からエリの番号を呼び出した。通話ボタンを押すと聞こえてきたのは、無機質なアナウンスの声ではなく、呼び出し音だった。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、
「もしもし」
数度のコール音のあとようやくつながった。
わたしがさやかのほうを見ると、さやかも気づいたらしくほっとしていた。
「あ、もしもし、エリ? 今日学校休んだみたいだけどどうしたの?」
冷静を装って話しかけてみるけど、内心では心臓が飛び出しそうなくらい緊張していた。もしかしたらこの電話の向こうにいるのは、はたしてエリなんだろうか。
エリからの返答はない。代わりにざわざわとノイズ音が時折聞こえてくる。ちらっと盗み見たさやかの顔にも不安な色が浮かんでいた。
「もしもし? エリどうしたの?」
もう一度たずねる。すると、
『必ずみつけるから』
ブツッ、
それだけを残して電話は切れた。スピーカーから聞こえるのはツーツーという電子音だけだった。
「ねぇ、エリなんだって? アキ? アキってば!」
もうさやかの声も耳に届かない。
彼女は言った。
『必ずみつけるから』
きっともうエリは見つかってしまったのだろう。
次はだれの番?
さやか? それとも──。
バラバラと窓を叩きつける雨音がわたしの鼓動のように聞こえた。


その日は特別暑苦しいわけでもないのに、なかなか眠れなかった。理由はわかってる。
家に帰ってきてから知ったことだけど、エリは昨日からずっと家に帰っていないということだった。学校からの帰り道、駅前のハンバーガーショップによってから別れたのが七時過ぎだったから、すでに一日家に帰っていないことになる。
やっぱりエリは……。
すっくとベッドから起き上がるとぎしりと音を立てた。
朝から降り続いていた雨はまだ降っていた。このようすだと明日も雨だろう。
真っ暗に閉じた部屋の中はまるでわたしの心の中みたいだ。
けっしてやってはいけない遊び。わたしたちはその禁忌に触れた。その代償がこれか。
『必ずみつけるから』
あの声が耳から離れない。
もしみつかったらどうなるのだろう。あの人たちみたいにわたしも死んでしまうのだろうか。
不安に押しつぶされそうになる。
さやかはどうしてるんだろう。さやかも部屋の中で怯えてるのだろうか。
朝が遠い。一日が早く過ぎてほしかった。


「あんた大丈夫? 顔色悪いけど……」
朝になって母親に言われた言葉がそれだった。
無理もない。結局、あのあと一睡も出来なかった。目を閉じたらあけびちゃんが追ってくるような気がして、目を閉じることを体が拒否したからだ。
「もし体調が悪いんだったら学校休んだら?」
「うん……そうする」
いつもだったら無理してでも学校に行かせるはずの母親が、珍しく優しかった。それだけひどい顔をしていたのだろう。風邪をひいてるわけじゃなかったけど、どちらにしても学校へ行けるような気分じゃなかった。その日は一日休むことにした。
学校を休んだわたしを心配したさやかから電話がかかってきたのは昼ぐらいの頃だった。
「もしもしアキ? あんた大丈夫? あんたまで学校休んじゃったからもしかしてって思ってたけど、元気そうだね」
「おかげさまでね。それよりもごめんね心配かけちゃって」
「ううん、いいよ。アキが無事だってわかったんだし。それよりもさ、聞いた? エリのこと」
「……うん、昨日聞いた。今日は学校に来てる?」
「……来てないみたい。家の方にも連絡いってないって言ってたらしいし、やっぱりこれって……」
「考え過ぎだって。エリだって子供じゃないんだし、すぐに見つかるって」
「そうかな……そうだといいんだけど」 
それだけを言い残してさやかとの通話を終えた。
……やっぱり来てないんだ。
わたしは持っていた携帯をベッドの上に放り投げると、力なく体をベッドの上に倒した。
さやかは無事だった。もしかしたらエリのこともただの偶然かもしれない。
けれど、本当にそうなんだろうか?
「なんだか眠いな……」
そういえば昨日からずっと起きたままだったんだ。うっそうとした気持ちを抱えながら、目を閉じるとわたしの意識は睡魔に溶け込んでいった。


ピリリリリ、ピリリリリ、
薄ぼんやりとした意識の中で聞こえてきたのはその音だった。
ふっと目を開けると部屋にかかっている時計が目に入った。時刻は二十三時、すっかり夜になっていた。雨は降ってない。
ピリリリリ、ピリリリリ、
音は止むことなく鳴り続いている。
なんだろう……突然起こされたことによる不機嫌もあったけど、それよりもこの音だ。
音のするほうを見てみるとベッドの上に放り投げたままにしていた携帯が光っていた。
「さやか……?」
手に持った携帯に表示されていたのは、さやかからの着信だった。
わたしは反射的に通話ボタンを押していた。
「もしもし?」
「アキ……? よか……やっと……がった……」
携帯からはザザ、という耳ざわりなノイズ音が混じっていた。
「もしもしさやか? 今どこにいるの?」
「……わたし……いまがっこう……いる……」
「学校? なんで?」
「に……う……みつけ……と……だめ……あ……エリ…………たしの……ばんだから……はやくしないと……」
「ごめん、聞こえない。なんて言ったの?」
「……にんぎょう……さがさなきゃ……」
「人形? まさか……さやか!」
「……なに……これ……まさか……いや……いやぁぁぁぁぁ!!」
ガタン! ガタガタ、ゴツッ! 
「ねぇどうしたのさやか! さやか!?」
電話ごしに聞こえてきた聞きなれない物音に、わたしはここが自分の部屋だということも忘れて叫んでいた。
「さやか! ねぇなにか言ってよ! さやか!!」
わたしが何度も何度も電話の向こう側にいるはずの友人に呼びかけてみるが、さやかの声は聞こえない。
けれど、
ピチャ、ピチャ、
なにこの音……。
水の滴るような音。
そして、
『さやかちゃんみぃつけた』
ブツッ、ツーツー、電話が切れた。
なに? なにが起こったの!? 
わたしが放心していると、再び携帯が鳴った。今度はメールだ。
差出人は……さやかだ。

件名:かくれんぼ
本文:さやかちゃんはみつけたよ。つぎはあなたのばんだからね。

そして添えられていた写真には、頭から血を流して、目を見開いたまま死んでいるさやかの変わり果てた姿が──。
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
わたしは叫んでいた。
どうしようどうしたらいい? あけびちゃんがあけびちゃんが! さやかが! あけびちゃんに! あぁぁぁぁぁっ!!
つぎはわたしのばん。もうどこにもニゲラレナイ。
すでにわたしの心は限界だった。


その日一日はなにも頭に入ってこなかった。
いつもどおりの日常に、いつもどおりの風景。そのはずなのに今。目に見えているそれらすべてが映画のスクリーンに映っているように見えた。
朝学校に行くと、さやかが死んだことを知った。
死因は学校の階段から足を滑らせた結果、頭を強く打っての失血死だということだった。
しかし、死亡推定時刻をみると死んだとされるのは夜中の二十三時。つまり、わたしに電話をかけてきた時に死んだことは間違いない。けれど教師や噂好きのクラスメートたちは、さやかが死んだことよりも、こんな時間に学校にいたことのほうが不思議だと話していた。
さやかがいた階段は、きれいに掃除されていて、形だけの花束と笑っているさやかの写真がおいてあった。それを見ると、あらためてさやかが死んでしまったことを意識させた。
「さやか……」
今はもういない友人の名を呟く。もしあの時わたしが儀式を止めていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。もしあの時わたしがもう少し早くさやかからの着信に気づいていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。もしあの時……。
いくつものあの時を重ねても、さやかは帰ってこない。
さやかを殺したのはわたしだ。
だったらわたしも……。
『必ずみつけるから』
またあの言葉がよみがえる。
いいよ、みつけてごらん。
でもわたしはあんたの思い通りにはならない。


そして放課後……。
夕暮れの日差しに照らされながらわたしは学校の屋上にいた。
どうしてこんなことになったのだろう。
わたしは屋上のフェンスの向こう側でそんなことを思っていた。
真下から吹き上げてくる風がびゅうびゅうと頬や髪をかすめ、風に煽られたスカートがふわりと揺れた。
ぎぃ、と防火扉の軋む音。誰もいないのに。それ自体が生きているようにゆらゆらと動いていた。
ああ、わかってる。
彼女が──そこにいる。
「遅かったね」
親しげな友人に話しかけるように言う。もちろん、相手からの返答なんてない。
彼女が待っているのは私の言葉なんかじゃない。
ハヤクオイデヨ。
手招きするように彼女がニタリと笑った。
せっかちだなぁ。まぁいい。そう思うのもあとわずかだ。
さやかも死んだ。エリもみつかってしまった。となると残るはわたしだけだ。
だけどわたしだけはみつかってやるものか。
足元に広がるのは紺と紅の混じった不思議な風景。
あと一歩踏み出せばそこにもうひとつの朱が交じる。
踏み出せ。
耳元で囁く悪魔の吐息。けれど今のわたしにとってそれは救いの手のように思えた。
そうだね。もう終わりにしよう。
みんないなくなった。もうここにはわたしの居場所なんてない。
だからここにいる意味もない。
だけどわたしは最後に言ってやりたかった。
「絶対にあんたにはみつからないから」
それをきっかけにわたしは一歩を踏み出す。
体全体に浮遊感を感じながら落ちていく。
フェンスの淵で彼女が笑っていた。
ごめんね。さやか、エリ。わたしもすぐに行くから。
それを最後にわたしは、グチャッという音とともに意識を閉じた。


「ずいぶんとあっけない最期だったね。もう少し頑張ってくれるかと思ってたのに」
“彼女”は屋上から“それ”を見ていた。“それ”はかつて自分の友人だったもので、今では潰れたトマトとなんら変わらない姿をしていた。
人が死ぬってこういう感じなんだ。“彼女”が“それ”に抱いた感想はそんなあっけないものだった。
そしてこうも思う。
「ま、さやかが死んだのは予想外だったけど、これでわたしの思惑どおりになったってことだよね」
夕焼けに照らされて“彼女”──エリがクスリと笑う。
「それにしても、あけびちゃんなんているわけないじゃない。あんなのわたしの作った噂話なのに」
エリは自分の作った噂話が予想以上の効果を持ったことに満足そうにしていた。
そう、すべてはエリの作った噂話だった。もともとエリは怖い話が嫌いではなかった。むしろ好きな方だった。そこで試しにと自分が考えた噂話を流してみたところ、それがたちまち広がってこの最悪な結果を招いたのだった。
しかし、エリの本当の目的はほかにあった。
「でもさアキ、あなたが悪いんだよ。あなたは覚えていないかもしれないけど、わたしずっとあなたのことが嫌いだった。覚えてる? 小学生の頃のこと。わたしあなたにいじめられてたんだよ? ずっとずっと学校に来るのが嫌だった。でもお父さんの都合で転校することになってやっと解放されたと思ってた。なのに……高校に入ってまたあなたの顔を見ることになって……わたしすごく辛かった。だから……」
そう言ってエリは持っていた人形を屋上から落とした。すでに息絶えた友人への花束がわりに。
「これでかくれんぼもおしまい。よかったね、無事にみつけられて」
もう一度屋上から“それ”を見下ろすと満足そうに笑った。
「さて、これで全部終わったし、今からどうしようかな。駅前のハンバーガーは食べ飽きたし、そろそろ家に帰らないとまずいよね。でもその前にこの間出来たカフェに行ってみようか。この時間だったら空いてるかな」
エリはフェンスから離れると学校へとつづく階段へと向かっていった。
しかし、
ピリリ、ピリリ、ピリリ、
エリの携帯が鳴った。
「ん? だれだろうこんな時間に」
エリが携帯を取り出す。そこに表示されていたのはメールが届いたという表示だった。
差出人は……アキ。
さっとエリの表情がこわばった。
なんで? なんでアキから……。
届いたメールを開いてみる。そこに書かれていたのは、

件名:かくれんぼ
本文:つぎはエリちゃんのばん

トントン、と肩を叩かれた。
まさか……そんな……だって、あれはわたしの作り話で……。
ゆっくりと後ろを振り返る。そして気づいた。
ああ、そうだ。そういえばあけびちゃんでやってはいけないことがあったんだっけ。
『名前を言ってはいけない』
『必ずあけびちゃんを見つけなければいけない』
そして、
「エリちゃんみぃつけた」
『肩を叩かれても振り向いてはいけない』
だったっけ。

あけびちゃん

あけびちゃん

何年か前に書いた短編です。都市伝説のひとりかくれんぼを題材にオリジナル要素を少し混ぜて書いたものです。 暑い夏に少しでも涼んでいただけたなら幸いです。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-08-04

Copyrighted
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