練力師な男装少女の道

ローズ

小説家になろう、Arcadia mainで平行連載。

男装し、練力術を扱い軍人として生きる一人の少女、ジョー。彼女は能力さえあれば性別なんぞどうだって良い世界で生きながら女である自分を否定することにした、一人の少女である。

Joe(Josephine)Gardren

ジョー・ガードレンとは軍の宿舎の中、カーテンを乱暴な仕草で開けている長いブロンドヘアの人物だ。彼はベッドサイドテーブルから髪を結わえる紐をとり、手慣れた仕草で髪を結わえていく。彼はもう既に軍の制服に着替えており、ちょうど壁に寄りかかる杖に手を伸ばしていた。
杖、とは装備の一部でグリップの所、ちょうど銃で言えばトリガーがある所に隠し金具があり、それを解除すると細長い剣が出て来る。その剣とやらを剣らしく使う事はあまり無く、そして使うと言っても縄を切ったり木の皮を剥いだりするぐらいだ。
その杖。それは練力術に使う物で見かけ上は普通の杖と変わらない……というか練力は素手でも出来るのだが表面積が広い方が良いだけで特に特別な道具は必要がない。いっちゃえばその辺の木の枝でも縄でも代用可能だ。
ジョーは練力師と呼ばれる人で誰でも扱える練力を職業にした人間で、軍に所属している。歳は17で軍の中では若い方だが、特に珍しくもない存在である。
銃も十二分に発達しているこの世界で何故練力術なんてのが残っているか。それは練力術は力加減が効くからだ。銃みたいについウッカリ人を殺しちゃいましたみたいな事はない。生きて捕まえてくる必要がある人がいたら練力師にお鉢が回って来る事が多い。銃は便利だが不便だ。だが、確実に一発で人の動きを止められるため、何かあった時用に練力師も銃を持ちあるている……主に鈍器として使われてしまうのだが。
ジョーは準備を済ませ、サッサと部屋から出て行く。朝から集まりがある……多分また囚人共が近くの刑務所から脱走したのだろう。練力は誰でも出来るし、それは囚人だって例外じゃ無い。だからしょっちゅう脱走するのだ。囚人は。そして奴らを適当に回収するのが練力師の役目だ。
ジョーはアンバー色の瞳を細め、ドアノブをひねった。実は、と言ってはなんだが、彼は実は彼女だ。
ジョセフィーヌ・ガードレン、行きます。



ジョーの性別は女だ。生物学的にも書類的にも。だがそれを知っているのは身近な人では一人だけ……上官であるルイス・アレン・ケイブル少佐だ。彼はブルネットヘアに紫色の眼というどこの何人だという容姿をしているが、中身は真っ当な軍人だ。彼はジョーが男として軍人になりたいと言った時には眉をひそめ、本人が良いなら、というスタンスを取る事になった。別に練力師になる条件は女でもなんでも無く、軍に女は普通に存在するのだが、ジョーはあえて、男として過ごす事にしたのだ。特に深い意味は無い。ただの、自分への戒めだ。

ジョーは背中にだらりと垂れ下がるゆるいポニーテールを揺らし、廊下を歩く。今更女である事に未練なんて有るまい。そのくせ、この長い髪の毛をきれないのは、何故だろう。

Prisoners

練金師の一隊、ケイブル隊の大半が住まう宿舎の一階の大部屋でソフィア・ゴードンは相方の存在を待っていた。今回のミッションは二人一組で動く事になる可能性が高いので、何時もの人と組んでおけという話が隊に伝わっていた。
ソフィアは黒い髪に緑の眼を持つ少女で、相方であるジョーと同い年である。一緒に組む事になったのも同い年であるからだ。ジョー・ガードレン。若い割には驚く程優秀な練力師でマリーより1年前に入隊している。
ソフィアが物思いにふけった時、ソフィアの隣の席に滑り込むようにジョーが座った。後ろで一つにまとめたブロンドヘアを持つ、背の高めな青年が彼だ。男にしては細身だが、練力術を扱う事に体力は不問である。少しぐらい華奢でも、何も問題がない。
「遅かったわね、ジョー。」
「間に合ったから良いだろう。」
クールに、男にしては高く、女にしては低い声でジョーはソフィアに答える。ジョーはそのまま無言で何も書かれていない黒板を見つめる。
「今回は何だろうか。やはり囚人共かね。」
「そうじゃないですか?ってか、練力術を止める何かってないの?」
ソフィアが言うことは最もである。ジョーも想いを廻らせ、ため息を吐いた。
「練力術を止める事は無理だ。人は所詮ただの人間で練力術は世界の力を借りているだけ。人は自然には逆らえないし、練力術を封じる事も出来ない。」
「だよねー。分かってるけどさ。思っちゃうんだよね」
ソフィアも阿呆ではない。ちゃんと試験に合格していて練力術を封じる術が無いことなんて分かっている。練力術は側にあるものを使う。水があれば水を。土があれば土を。氷があれば氷を。風を。植物を。雨を。そしてそんな物は常に側にある。

ざわついていた部屋はルイス・アレン・ケイブル少佐が部屋に入ってくると、ピタリと止んだ。ジョーも硬い椅子の上で姿勢を正し、黒板がある部屋の正面を見据える。
ケイブル少佐は背が高く、比較的がっしりとした軍人らしい体格をしており、その彫りの深い顔は威厳を与えていた。比較的に普通な彼の風貌の中で異質なのはその紫色の瞳だ。黒魔術でも使いそうとでも言われる影響か、彼のブルネット色の髪はオールバックに固められており、彼自身も常ににこやかな表情を保っている。
彼は黒板の前に辿り着くと、何も書くことはなく、皆に向き直った。
「ええ、皆感付いているようだが、オールブルック刑務所から囚人が逃げた。数は40ぐらい。今も逃げ続けてるっぽいから参考にならねぇけどな。まぁ多分何時ものところ辺りにいる。」
何時もの所とは刑務所周辺の荒野である。元々は荒野では無く林だったらしいが練力師と囚人が戦闘を繰り返すうちに似非アフリカンサバンナ風に成り果ててしまった所だ。今囚人共はそこを必死に渡り、森か何かに逃げ込もうとしている所だろう。
「馬を使え!今回は量が多いし、数人手馴れががいるようだ!」
「ハイっ!」
ジョーはガタガタと立ち、ソフィアを連れ立ち出て行く。行き先は外だ。馬達はもうすでに用意されている可能性が高い。



車が発達した今でも馬の需要は不思議とあるものだ。車は早く頑丈だがあまり戦闘向きではないし、あの似非アフリカンサバンナのようなデコボコした所ではひどく不快だ。馬はスタミナ切れもあるし、本人の機嫌もあるが、小回りも利くし、比較的戦闘向きだ。それに車が入れない所にて移動手段を用意出来ると言うのはありがたい。
ジョーは外に出、辺りを見渡した。足は長いが背は低い鹿毛はもう厩務員の手によってすでに旅準備をしてあり、トレーラーの側で待っている。あの例の似非アフリカンサバンナはここから少し距離があり、馬で行くのには効率が悪い。なので馬達をトレーラーに詰め込み、近くまで連れて行くのだ。
ジョーが車に乗り込むと、すぐ隣にソフィアが乗り込んで来た。その容姿端麗な少女は制服の中に手を突っ込み、不安そうに杖と銃の位置を確認している。
「ソフィア、そう案ずるな。」
ジョーは窓の外をボンヤリと眺めながらソフィアに言った。ソフィアはその緑の瞳を少し細め、ジョーを見た。
「ジョーこそ、少しは確認したら?」
ジョーは溜息を吐き脇腹をポンポンと叩いた。その手のひらに明確に伝わる杖の感触を確認し、ジョーは少し頷いた。
「ちゃんとあるぞ。」
任務前にもかかわらず、緊張感のへったくれもないジョーを見、ソフィアは心配そうにため息を吐いた。冷静に考えてみればいいソフィアはジョー初めて会った時から今までに彼が軽症以上の怪我をしている所を見たことが無い。
「何でこんなに強いのか……あと運もいいのかしら?」
ソフィアはポツリといい、ジョーを見た。彼は不思議な人だ。高い実力と運。低すぎでも高すぎでも無い声に男にも女にも見える整った容姿と琥珀を埋め込んだような美しい瞳。石英が混ざる砂浜のような金色の髪と十分に高い背丈と良い性格。そして自身の本質をつかませず、飄々とした態度を貫くクールな青年。それが人々によるジョー・ガードレンのイメージだろう。



オールブルック刑務所から5キロ離れた地点にて、ジョーとソフィアは降ろされた。目を細めその似非アフリカンサバンナを見渡せば囚人らしき人影が身を屈めながら必死に走る姿が見える。
ジョーは自らの馬、レフに跨り、制服の前を開けた。コートの内側の左側にある杖と右側にある銃を取り出しやすいようにである。そして囚人を運ぶ用の馬もレフに結びつける。
ソフィアもそうしたのを見、ジョーはレフの脇腹を蹴った。
「ソフィア。行くぞ」
「うん!」


暫く適当に進んだ所、射程範囲内に人影が入り込んだ。三人の囚人で今、ジョー達に気がついた。ジョーは、レフの脇腹を乱暴に蹴り、彼らに向かう。ソフィアもそれに習った。
三人の囚人はちりじりに逃げた。一人は右へ。一人は左へ。そしてもう一人は真っ直ぐ向こうへ。ジョーは少しかがみ、取り出した杖の先を地面に掠らせた。そしてそのままの勢いで彼女は土を一部、棒のように持ち上げ、真っ直ぐ走っていった囚人にむかって投げる。
ヘッドショット。倒れこんだ囚人を見、ジョーは手綱を強引に左に持って行き、叫んだ。
「ソフィア!お前は左に行った囚人を捕まえろ!俺は右に行ったやつを片付ける!」
「いえっさ!」
ジョーは馬の尻を杖で小突き、右に走って行った囚人を追わせる。足が速く、ジグザグに走る彼にジョーは先ほどの囚人に御見舞いした土棍棒を投げつけたか、うまく避けられた。
(絶対こいつ、ベテランだ)
なんのって脱走のだ。ジョーはレフの脇腹を蹴り飛ばし、急かし、再び土を投げつける。今度は足に当たり、囚人が転ぶ。
再び土を投げたところ、彼の手によってそれは打ち砕かれた。
練力者か。おそらく彼が刑務所の壁に穴を開ける係か何かだったのだろう。ジョーは馬の勢いのまま、立ち上がろうとする囚人の隣に乗り付けた。囚人は強引にレフの手綱を掴もうとし、ジョーの杖によってその手を叩き落とされる。
その後すぐさまジョーが下馬し、囚人に手錠をつける。が、すぐそれは切られた。
「そんなに簡単には捕まれねーー…」
彼の言葉はジョーが拳銃を彼の頭に振り下ろし、昏睡させた為、途中で終わった。ジョーは囚人を運ぶため彼の身体を強引に持ち上げ、囚人用の馬に乗せ括り付ける。
(俺が男ならもう少し簡単に乗せられるんだろうな。)
ジョーはレフに飛び乗り、囚人を乗せた馬を引っ張って行く。真っ直ぐ走って行った囚人殿の回収、そしてソフィアの様子を見に行く為だ。


ジョーはあの土棍棒もどきで倒れさせた囚人を置いて来た場所に時期に辿り着いたが、彼はもう居なかった。きちんと埋もれさせるか昏睡させている時間を取っておけば良かったとジョーは反省し、ソフィアが行ったであろう方向にレフの歩を進めさせる。
ちょっとした丘の向こうにソフィアの馬、シルヴィがいる。持ち主は側で杖を振り回しながら囚人2人と交戦している。あの左のほうに走って行った囚人と真っ直ぐ走って行った方の囚人の二人のようだ。
(杖の中の隠し刀を使え)
ジョーは馬を急かし、杖で直接囚人を一人殴り、そしてその勢いのままもう一人を倒す。雑魚だ。2人いてもソフィアの実力なら難なく倒せたはずだ。ジョーは手綱を乱暴に引きレフを止める。彼女はそのまま、地面にへたり込むソフィアを見下ろし、口を開く。


「何をやっているんだ?」
ジョーのその冷たい瞳はソフィアにとっていつもの暖かみのある琥珀色では無く、冷たい、精密な硝子細工に見えた。ソフィアはその瞳の下で俯き、口を開く。
「すみません」
ジョーは馬から降り、乱暴に囚人に手錠を付けて行く。彼女は多少苛立ちまじりにに口を開いた。
「危なくなったら剣を使え。」
ジョーは自らの杖を取り出し見せ、中指で金具を解除する。グリップから下がズレ、スルリと落ち、鞘だった杖の中から細長い剣が姿を現した。
「あと銃もあるんだぞ。阿呆。あの状況なら自衛が成立するし練力術のみを頼りにするなら」
「……ごめんなさい」
「謝るな。さっさと連中を車に乗せに行くぞ。」
ジョーは剣の鞘を拾い、元どおりに杖にする。彼女はもう一人の囚人を馬に乗せ、そしてレフに跨った。
「行くぞ、ソフィア。」
「……はい。」


ソフィアはあの時、囚人Aに馬から引きずり降ろされたため地面にいたそう。もう一人の囚人も混ざり、二人相手に苦戦していたが剣を使おうと思わなかった……というより半分パニックになっていて忘れていたそう。その事をジョーにいうと、彼は溜息を吐き、乱雑に髪を掻いた。
「馬鹿か貴様は。」
「ごめん。」
「お前が怪我していたらごめんで済む問題では無かったのだぞ。」
ジョーは手綱を引き、ソフィアに向かい合った。
「お前になんかあったら俺の責任だぞ。そして」
レフが一歩、ソフィアに近付いた。
「俺になんかあってもお前の責任だ。」
ジョーが手綱を引き、再び前を向く。彼女のかかとがレフの脇腹を掠め、レフは道路に向かって歩み出した。

とある日

ジョーはその日、夕食後、黒い私服姿で宿舎を歩いていた。目指すは一階にある多目的室の一つであり、ケイブル少佐が待つ部屋でもある。ジョーは杖を持っていたが、特に不自然なことでは無いので他の仲間達に注意されずに多目的室のドアに辿り着いた。
ドアを普通に開け、入り、閉めたジョーは部屋に放置されている椅子にのんびりと座るケイブルの姿を認めた。彼女はそのまま彼に歩み寄り、そばの椅子を引き座りこむ。
「ガードレン、元気かー?」
「はい」
ケイブルはそのままへらりとした調子でその辺の机の中に手を突っ込み、封筒を取り出した。彼は封を乱暴に破り、中から紙を取り出した。
「ほい。今日はコレ。」
その紙に乗るのは人の顔写真とプロフィール。そして今夜どこで何をしているのか。
「こやつを?」
「ああ。ちなみに今晩、俺は別ミッションな。」
要人暗殺に裏工作、その他もろとも。それがジョーの裏の仕事だ。その仕事は上層部からリレー方式で、ケイブル少佐を通りて伝えられて来る。ジョーは与えられた仕事に目を通し、嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しそうに笑うな。普段笑わねーくせに」
ケイブルが若干困ったようにその妖しげな紫の瞳を細め、言った。ジョーは書類をケイブルに突き返し、口を開く。
「場所は覚えたので早急にと取り掛からせてもらいます」
「怖いぐらい冷静だな、お前。昔は……」
「ケイブル少佐。昔の事は良いでしょう。手袋を」
手袋とは裏任務の際、身につける黒い手袋の事だ。ケイブルはポケットの中から黒い手袋を取り出したが、ジョーに渡さずに持っている。
「そうか?じゃぁ髪を」
「軍に入った時に切りました。そしてめんどくさいので」
「そうか?ガードレンはマメな方……」
「ケイブル少佐」
冷たく、抑揚の無い声とともみ硝子細工のような冷たい目は細められ、口角が上がった。彼女は冷たい微笑みを浮かべながら、口を開いた。
「少佐。手袋を」
ケイブルは息を吐き、手に持っていた黒い、肘まである黒手袋をジョーに渡した。ジョーは無言で受け取り、部屋の奥の、外に向かう扉に向かい始めた。そんな彼女をケイブルは呼び止めた。
「それはそうと、私はもうすぐ昇格する。」
先程と打って変わった冷静な静かな声。彼の一人称の変更と共に、ジョーは少し瞳を細め、ケイブルの方へ振り返り、彼を見た。
「そうですか。」
「ああ。君のおかげだろうよ」
「まぁ、少しは?」
「いや、かなりの貢献度だよ」
ジョーが軍隊に練力師として入った際、ケイブルは小さな班を受け持つだけの軍人だった。彼の若さからすればごく自然な事であったが、彼の小さな班にジョーが入り、裏の事も手伝い始めてから、全てが変わった。
超スピード昇格だ。ジョーの実力だけではなく、ケイブルが本気を出し始めたことでもある。ケイブルはそれまで特に本気を出していなかったらしい。舐めていたわけでもサボっていたわけでも無いが、ただ、本気は出していなかった。が、そこにジョーが来た。旧知の少女が男に変装し、人をぶった切る覚悟でやって来た。
本人曰く、なんか燃えたらしい。
ケイブルは仕事をしながら裏仕事を一部彼女に回し、そして功績を挙げ続け、成功への道を歩んでいる。

『すまないな、こんな事をさせてしまって』
『いえ。』
『けれど不快だろ?」
『滅相も無い。』

もう行って良いとケイブルが手を振ると、ジョーは今度こそ、部屋の奥の隠し扉へと向かった。彼女は杖で扉を小突き、開けて通って行く。
ケイブルは息を吐き、手を黒手袋に通した。銃と杖を確認し、微笑む。
さぁ、仕事の時間だ。



あの囚人の件があった翌日は休みで、カイル・タッカーは街へとブラブラと出かけていた。その時偶然したのが同僚で後輩のジョーだ。
彼はカイルと目が合うと、機嫌よくこちらに向かい、口を開く。
「カイル、こんにちはー。」
「よぉ。お前はなんでここに?」
「特に理由なんて」
「えーもしかしてソフィアちゃんが落ち込んでたからなんか買ってやるのかと思ったけれど、違うの?」
「違います。」
カイルは適当にクールな後輩を弄る予定だったが、明確で嘘のない否定がすぐに来た。ジョーはそのままふわり、と屋台が並ぶ通りの雑踏を歩み出す。彼は足元の地面を変形させ、そして突出させる。彼はその高い位置から辺りを見渡し、特にめぼしいものが無かったのか地面を元に戻した。彼の頭がいつもの高さーーカイルの口元辺りーーに戻って来たのを見、カイルは口を開いた。
「なにしていたんだ?」
「……なんか面白そうなもの、無いかなと。」
ジョーは道の右により、前に急いだ。彼が杖を左手に持ち、少し警戒したように辺りを見渡した、その時。
「ゴラァ何盗んでるんだクソガキィ」
「黙れクソババァ」
「誰がババァだとゴラァ!」
人波の中、器用に、誰にも掴まれることなく駆け抜けてきた薄汚い少年を捕まえたのは、丁度、分かっていたかのようにそこに居たジョーだった。彼は少年の汚れた服を掴み、持ち上げている。その少年が持つのは果物と菓子、胃薬とどこで盗んできたのか、立派な財布だった。
「話せ、クソ野郎!」
「盗みは犯罪だ。」
ジョーに掴まれたまま、空中でジタバタ暴れる物盗りの少年をジョーは見、カイルに向かって口を開いた。同時に、屋台のおばさんがこちらに向かって来るのをジョーは視界の端で捉えている。
「カイル。少年が持っている奴を取って。」
カイルは少年の手から盗まれた物を取り、薄汚い少年に尋ねた。
「名前は?」
「離せ!離したら言ってやらない事もない。」
少年は、プイと顔を背け、そう言った。ジョーは彼の言葉に、屋台の集まりから背を向ける。
「貴様の名前に興味は特に無い。警備兵の詰め所に共に来てもらうぞ。カイル。これは俺一人で片付けられるので、休日を満喫したければ、どうぞ。」
ジョーの言葉にカイルは首を振った。
「そう厳しくしなくてもいいだろう、ジョー。ちょっと盗んだだけだし、これぐらい俺でも払えるし、許してやりなよ、少年を。」
「そんな事しないで下さい、カイル。だいたい、果実、菓子、胃薬、財布。どこがチョットですか。そんな事やったらこやつはますますつけあがる。」
「いや、ジョー。なんか事情がありそうだし」
「その事情は俺には関係ない。」
ジョーは少年を引きずり、歩き出す。カイルが慌てて二人を追う。ジョーがクールな人間だとは知っていたが、こんなに冷たげな人間だとは思っていなかったカイルは若干焦りながら二人に追いついた。カイルは少年と目を合わせ、問うた。
「少年。なんで盗んだのかな?」
「かーちゃんが病気で働けないからさ。とーちゃんは死んどるし。」
「ほらぁ」
「だからなんだ?どんな理由でも犯罪は正当化出来ない(昨日1人殺している自分が言うのもなんだが)」
「いや、そーだけれど。てかちょっと厳しすぎないかジョー?なんかこの子に怨みあるのか?」
「無いよそんなもの。」
そんなうちに詰め所に着いたジョーは少年とカイルの止める声と共に少年ををそこに詰め込む事になるのだった。


少年を警備兵の元に預け、ジョーとカイルは軍の宿舎へと向かっていた。ジョーは地面を操作し、突出させ、まるで平行代でも歩く様に歩いていた。彼女の足に合わせるように地面は盛り上がり、そして彼女の足が離れると地面は元に戻っていく。
「見た感じ、あの少年はお説教で済みそうね。何度目かのは知らないけれど。」
「ま、子供だからね」
カイルは普通に地面を歩きジョーを少し見上げる形で話した。ジョーはカイルの方を見ておらず、突然歩を止めた。
「アイツ、笑っていた。盗んで走っている時。楽しそうに。」
彼女の足元で地面が元に戻り始め、ジョーはそのまま地面に降り立った。彼女は瞳の奥にあの時のあの少年の事を思い出しながら口を再び開く。
「親が病気とか、ほんの建前だ。いや、元々はそれが理由だったかも知れないが、物を盗むスリルが忘れられなくなったんだろう。」
「いや、アイツ子供だぞ」
「子供だから、こそ。面白いゲームみたいな感じでしょう。捕まったらお説教だけれど捕まらなければOK。」
「いやOKじゃねぇし」
「そのうちOKじゃ無くなる。今はそうじゃなくてもな。」
ジョーはどこか楽しげに、そして少し悲しげにそういい、カイルの方に振り返った。彼は足元の地面を操作し、そのままカイルからかなりのスピードど遠ざかる。
「じゃぁ、俺、これから用事あるんすで、!」という声とともに。
そういえば、あいつは笑っていた。口角を上げて、めったに笑わない彼が。その少年を捕まえ、強引に出張所まで引っ張っていくとき。
それが彼の異質さである事に、残念ながら頭が強いとは言えないカイルは気がつかなかった。


1日が終わり、シャワーを浴びるためジョーは服を脱ぎ始めていた。上の男物の服を脱ぎ、シャツを脱ぎ、そして胸のサラシに手をかけた。
普段は練力術でズレないように押さえているそれをスルスル外し、やや大ぶりの胸を露わにする。そしてズボンを脱ぎ、下着を脱ぎ、そしてそのままシャワーに入った。
軍の宿舎とは楽なものだ。食事も用意されればシャワーもある。仕事先も近い。一人暮らしの方が女バレする確率は低いのだが、年の関係でそう簡単にはいかないようだ。まぁ、それほど一人暮らしをしたいわけではないし、そもそも移動手段が無いし、節約出来る。そして、男として、気を引き締められる。女だとバレないようにと警戒することによってより男らしく、気が引き締まる。
ジョーは頭の中でそれらを組み立て、溜息を吐く。彼女は水を止め、タオルを手探りで取り出し、頭にかぶせる。一人暮らしはまだしなくて良い。ケイブル少佐からも止めておけよと、若い女の子一人暮らしはマズイと言われている。男装しているから問題無いはずだがな。
シャワーから出、すぐに胸にさらしを緩く巻き付ける。寝る前なのに胸にきつく布を巻く気は起きないが一応何か巻いておきたいのだ。練力術で固められたそれは緩く巻き付けられているにもかかわらず、ジョーの胸に張り付き、動かない。
ジョーは男物の寝間着着を着、ベッドに潜り込んだ。大股開いて座るのは慣れるのに時間がかかったなとどこかで思いながら、彼女は眠りに落ちた。

Thy took hostages

『ジョセフィーヌ』



『綺麗な髪をしているわね、ジョセフィーヌ』



『凄いじゃないか、ジョセフィーヌ』



『ジョセフィーヌ、それはダメよ!』


『ジョセフィーヌはお利口さんだね〜』


『逃げなさいジョセフィーヌ!』


『ジョセフィーヌ!!!」


『ジョセ』


『お母様!』



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このリーズトマー国の陸軍の宿舎にて朝食は給料から抜かれることは無く、無償で提供されている。質も悪くない。ジョーは起き、適当な私服に着替え、練力術でしゅるっとサラシを固定する。
朝ウッカリ寝坊しかけて急ぎ足に一階にある食堂に降りていくジョーは途中でソフィアと遭遇し、そのまま一緒に行く事になった。
「今日は訓練……ですよね」
「なにも無ければな。」
何も無ければ。練力師が必要になる騒ぎはそれなりの頻度で起こる。リーズトマーは比較的治安が良いらしいが、それは「比較的」に過ぎない。殺人はそれなりの頻度で起こるし、盗難やらは毎日のように起こる。一昨日の物盗りの少年の事件も、似たような事件のほんの一つに過ぎない。
ジョーは食堂に入ると、厨房の所からお盆に乗った料理を取り、何時もの一角に座る。すぐ隣にカイルが、そしてカイルの向かいにはレイヴン・ガロウェイが座った。サンディーブロンドの髪にブルーの瞳。若干チャラい印象の彼はパンを適当に食べながらカイルやジョーといつも話している。
「そういえばさ、なんで少佐の眼って紫なんだろ。」
「知らねーよ。変な薬品でも目に入ったんじゃね?あっ」
カイルは唐突に隣の席に座るジョーに目を向けた。彼はこの中で一番ケイブル少佐との付き合いが長いはずだ。
「なぁ、ジョー。なんで少佐の瞳が紫か知ってる?」
「しらん。ただ、生まれつきだそうです。遺伝子だのどうのこうのは俺には理解できない。」
「生まれつき?変な薬品が目に入ったとかじゃなくて?」
「目の色が変わるレベルだったら失明しているぞ」
「瞳に薬品を流し込んだとかじゃなくて?」
「なんでだよ」
「紫色の目になりたかったから」
「なんでだよ。本人困っているじゃないか。黒魔術使いそう言われて髪顔にかかっていると怪しく見えるから髪オールバックにして。」
「ええと、それは予想外の副作用だった?」
「そんな阿呆には瞳を紫にする何かを眼球に流し込む脳はないだろう」
ジョーはスープをすすりながらそう言った時、ジョーの左側に誰かが座り、口を開いた。
「俺はバカじゃないぞ」
「ケイブル少佐?!」
「わぁ!なんかすみません!」
「ははは。隣に失礼するぞ、ガードレン。」
ジョーは頭を揺らし、頷いた。彼女は隣に座る上官を見、思い出していた。
(もうすぐ昇進しそう、だったっけか?)
もうすぐとは何時だろう。まだ正式に発表はされていないようだし、本人も具体的な数値は言わなかった。
(あと三ヶ月とちょっとか?いや三ヶ月とそれ以下ちょっと?)


ケイブルの下での午前の訓練中。突然ケイブルが軍部からの誰かに呼び出されたと思ったら大急ぎで帰ってきた。彼は練力術の練習をしているグループの前に来、突然口を開く。
「ガードレン!タッカー!すぐに来い。」
「はいっ」
「はい!」
何があったのだろうか。カイルとジョーは目を見合わせ、駆け出した。


事はこうだ。このリーズトマー国の首都、ヴェルキィの中央銀行にて立てこもりが発生し、数人の手馴れらしき練力者がいるため一人二人、練力師の増援が欲しいと。もう既に他の兵が向かっているようだが、足りなかったのだろうか。
そんなわけでカイルとジョーはケイブルとともに現場へと向かっていた。ケイブルは真剣な表情で運転しており、カイルはどこか緊張した面持ちで窓の外を見ている。ジョーだけが適度な緊張感を持ちながらもリラックスしており、彼女は突然口を開いた。
「犯人は、どうするべきですか?」
「上からの命令では捕まえろ、出なければ殺せだ。何事も人質優先。人質が危ないと思ったら遠慮なく犯人に手をかけろ。」
「はい」
「へっ?」
カイルは困惑したような声を上げた。なんだ、と言うように彼の方を見たジョーに応えるように、カイルは言葉を続けた。
「俺納得できないですよ。人殺すなんて。たとえ悪い人でも、俺に人は殺せません」
「問題ない。」
ジョーはカイルの言葉に間髪入れずに言った。
「 お前が出来ないのなら俺が手をかける。それなら問題ないですよね、カイル」
「いや、そういう問題じゃ……ジョー!なんで、お前はそんな冷静なんだ?人だよ、人を殺すかも知れないんだぞ」
ケイブルは、ミラー越しにそっと様子を伺っている。彼は口出しする気は無いようだ。
「俺は軍人になった時点で覚悟している……お前は軍人をなんだと思っているのだ?軍に入った時点で人を人差し指一つで殺せる銃ものを貰っている。覚悟しておいてくださいよ。」
「いや、そんな簡単に割り切れるものじゃ……………だいたいお前はおかしい。この前の物盗りの少年でもそうだけれど、お前に可哀想だとか、大変だっただろうなろうなとか、そういう気持ちは存在しないのか?」
ジョーは一つため息を吐き、もう答える気がないのか、窓の外を見ている。カイルは軍に入って長くないが、それなりの現場を経験しているはずだし、今更こういう事を言い出すとはなんだろうか。思考しに沈み、答えないジョーの代わりにケイブルが口を開いた。
「タッカー落ち着け。人を殺しに行っているのでは無い。人を守るためだ。とある人を守るためには時には人の命を奪う事もしなければない。」
ケイブルはそこで口調を緩め、少し微笑み続けた。
「ガードレンには苦しい事をさせてしまった。まだ奴は若いのにさ。タッカーお前にも出来るだけさせたく無いが………時には仕方ない。それが軍人だ。タッカー」
「………そうですか。ってえ?」
カイルは何かに気が付いたように、声を上げた。気付きたくなかったものに気づいてしまったかのように。
「苦しい事をさせてしまったって、まさか、」
ジョーの方を向くと、彼はゆっくりと頷いた。
「ああ。俺は自分自身の手で人を殺めた事がある。」


中央銀行。そこは異様な空気に包まれていた。物々しい銃を持った男達と中にいる家族を案じてうろつく人々。中の状況はそれほど分からないらしい。わかっていることと言えば大量の人質がいる事と犯人は十数人と多い事……最も、中央銀行の規模からしてなんら不自然なことではないのだが。
要求はよくわからない。どうやら金がらみだが、その辺りは犯人勢が仲間割れしているよう。
ケイブルは辺りを見渡し、カイルに声をかけた。
「タッカー。お前が心配していたように人を殺すことにはならなそうだ。」
「まじっすか?!」
「そうですね。他に銃持っている人たくさんいますし」
「あ、なんかあったら誰かが誰か殺す事には変わりないんですね。」
ジョーはこくりと頷いた。士官学校時代からそれなりの修羅場を抜けてきていると噂の天才練力師は慌ただしい現場の雰囲気に呑まれずに居、落ち着いて状況を確認している。
「どうやら俺らの出番はなかなか無さそうだな。」
「あるとしたら突入ん時、出口を張るぐらいだろ。」
ジョーの声にケイブルは返し、カイルは少しばかり胸を撫で下ろした。その時、建物の中から交渉の為、入り込んでいた兵が走り出してきた。

「交渉決裂。要求は金。元練力師もいる。」兵は銀行から少し離れた所にて集められ、オールドレンからの話を聞いていた。
「要求の金とは、具体的には?」
「……税金減らせとか金払えとか税金減らせとか何もかも高すぎるから値下げしろとかあとは」
「いやもう良い。中の様子は?」
「緊迫してるといいますか、仲間割れしている言うか……。ロビーに集められた人質もかなり怯えています」
「そうか」
全体の指揮をとっているヴェルマン大佐はそう言い、一瞬言い淀んだ後、はっきりと言葉を紡いだ。
「突入するぞ!人質の命優先だが闇雲に犯人を殺さないように!人質共のトラウマになるぞ!」



ジョーは東側の窓から突入する組の最後尾に置かれた。先に入っていく兵の援護をするためらしい。ケイブルは正面扉から突入していく組の一人でカイルはジョーと同じく、突入組の最後尾に置かれているらしい。ジョーは緊張感を保ちながら、杖の握り具合を確認し、中指で簡単に金具を外し中の剣を取り出せるか試している。そんな彼女に突入する銃を持った兵の一人が話しかけてきた。
「ガードレン少尉。よろしく頼むぞ。俺は練力術とか使えないからな」
「はい。こちらこそよろしく願います。」

突入の合図は誰かが放った爆発音だ。窓や扉が叩き割られ、強引に開かされ、兵が入り込む。銀行内はめちゃくちゃで、中心に人質が集められている以外の家具は壊されていた。銃声が響き渡り、ジョーも床に落ちている何かの破片を練力術で勢い付けて敵に放つ。
「良いぞ良いぞ!」
床の破片が一点に集まっていき。人質の側にいたマスクをかぶった男らを叩き、人質らから離す。すぐにトドメとばかりに別の練力術の攻撃を放ち、昏睡させる。
「ケイブル少佐!」
ネイヴィー色の軍服に身を包んだ紫目の練力師がかすかに微笑み、再び、練力術による攻撃を繰り出した。



広い銀行のロビーに兵は散らばり、立てこもり犯の戦闘能力が高いのと人質が多いのとで戦いは直ぐには終わらなかった。平行線気味だが、徐々に兵士有利な空気に傾いてゆく。
ジョーは入った窓辺で犯人が逃げない様に防衛していた。近くに来た犯人は追い返し、近くに来た兵の援護をする。ちょうど、近くに誰も近くにいない時、それは起こった。
血走った目の練力者じゃない立てこもり犯が人質の頭に銃を突きつけ、ヨタヨタと兵が少ない、ジョーが守る窓に寄ってきたのだ。
「そこを通せ、じゃなければこの女の頭をぶち抜くぞ」
男の手は震え、銃もガチガチ言っている。安全装置は下りており、いつでも打てる。そのままで諦めた様子の女を引っ張り、男はさらに近づく。
危ない。ちょっとした事で奴は人質の脳天をぶち抜くだろう。ジョーは杖の金具を外した。
そのまま、ゆっくりと、警戒させないようにという動きで剣を男の喉元に当てる。男は固まった。銃を持つ手を震えさせながら。
危ない。練力術で頭を打ってもその時力が入って人質の頭を打ってしまう。この剣を使い男の手を切る予備動作をしたらこの男は確実に女の頭をぶち抜く。
(『人質優先』)
どう転んでも、女の頭は落ちて来る。だから、ジョーは自分が思った限りの正しい行為をした。
腕に力を入れて、血走った目の男の柔らかい喉元に押し付けている剣を、そのまま、そのまま、喉に押し付けて引いた。
剣が柔らかなものを切る感触がし、生暖かい血液が手袋をしていない手に付着した。
人質の恐れをなした悲鳴。
そして、ぐしゃりと倒れこむ男。
どっかからの驚いたような銃声
誰かの叫び
「ガードレン!」
(……これは、何人目だろうか)

Estitart

人が殺された時、その状況のために幾度準備していようと、いくら慣れていようと、人はそちらを見てしまう。その人々の視線がジョーに降りかかった瞬間を見逃さなかったのが立てこもり犯の練力者だった。彼は人がいない壁に駆け寄り、大穴を開ける。
「マズイっ!そっちは金庫だ!」
誰かがそう叫ぶ前に三人の立てこもり犯がそちらに向かい、穴から飛び出して行く。彼の後を唖然と見守りそうになり、ハッとした。
「ぼけっとするな!追え!」
ジョーは剣を杖の中に収納し、人々の視線から逃れるように床を操作し高速で穴に向かった。ケイブルもそのすぐ後に続く。
穴に続く穴。おそらく金庫に向かっているのだろう。が、幾度目かの壁には二つ穴が開いていた。
「?!金庫に行く穴と別ルートを通る穴か!」
先頭を走っていたケイブルとジョーが足を止めた為、後についてきていた兵も足を止めた。
「散らばれ!」


右の穴を通り、特に何もない部屋を穴を追って通っていたジョーは外に向かう、一つの大きな穴にたどり着き、足を止めた。
その時、別ルートを通ってたはずのケイブルが近くの穴から飛び出してきた。彼と一緒だった兵も同様。彼らもジョーと一緒だった兵もあたりをキョロキョロ見渡している。
「ここで合流したか。」
ケイブルはそう一人呟き、声を張り上げた。この中で彼が一番階級が高いはずだ。
「二人一組になって逃走中の犯人を探し出して引っ張って来い!」
「はいっ!」


そんな訳で兵は街に散らばった。ジョーはというとケイブルとともに街の裏通りを駆け抜けている。存在する数え切れないほどの裏通りや行き詰まり、怪しい店へとつながる小道などこのヴェルキィには隠れる場所かいくらでも存在する。
「ガードレン!今回はこれ以上殺すなよ!」
「わかってます。そもそも今回は人質がいません」
ジョーが古い犬小屋の名残のようなものを飛び越えた。
「あん時、人質を持った男を斬ったのは人質がいたからだと言う事は分かっている。が、なんで言葉で説得しようと思わなかったガードレン?」
(あ)
「申し訳ありません」
あの時、あの男を斬った時、説得しようとなんて頭に浮かばなかった。掠りもしなかった。たとえ思ったとしても説得しようとしたかはかなり疑問だが。
「今度は説得しようとしろよ」
「………はい!」
その時、ジョーは足を止めた。目の前には高い壁。行き止まりだとケイブルが呟き、目を細め壁をつぶさに観察する。
「練力術で作られている!」
「はい」
ジョーが壁に穴を開け、再び練力術の力を借りて走り出す。
「誰かココを通ったようですね」
「ああ。」
所々見えていた練力術の痕、そしてあのでかい人工的な行き詰まり。
「いつ通ったかは分からないが、注意して進むぞ、ガードレン」
「ハイッ」
おびえた様子の犬。珍しく小鳥や野良猫の群が見当たらない閑散とした裏通り。時折不自然に変形している地面。
ジョーは痕跡を辿って細い路地を右に曲がる。そこには人影があった。地面を変形させながら、必死に前に向かう体格の良い男性の。
「止まれ!」
「止まりなさい!」
彼は途端に振り向き、練力術で足元の地面をを突出させ、勢い付けて襲い掛かってきた。手には抜き身の太い剣。
彼の顔、彼の術、彼の剣。そのすべてにジョーは見覚えがあった。
(エスティタート先生?!)
不味い。物凄く不味い。
(いつの間に軍を出ていたんだこの男は)
練力術の天才と呼ばれ、この若さで士官学校練力科を卒業している彼女に練力術の基礎を仕込んだのは誰だっただろうか。
このエスティタート他ならない。
彼の存在に面食らったジョーは反応が一瞬遅れ、横に転がるように彼の攻撃を避ける。どうやら彼はジョーの正体に気がついていないようだ。
(前から奴は軍への不満を語ってはいたが!なぜ実際に軍を背いた?)
ジョーは杖を路地の壁につけ、壁の硬い素材を杖に纏わせる。杖は弱い材質でできているため、何か硬いものを纏わせた方が良いのだ。
ケイブルがジョーに加勢しようとした時、彼の背後から別の男が現れた。
「エスティタート!大丈夫か?!」
立てこもり犯が合流した形跡があったにもかかわらずエスティタートが一人だけだった時点で妙だと思っていた。
「挟み撃ちか!」
ジョーはケイブルの方に向かい、ケイブルもジョーの方に向かった。二人の背中が合わさる。
「不味いです。俺が相手している相手はエスティタートだ。覚えているな?」
「……はい!。じゃなくてそうだな。」


エスティタートはジョーに向かってその剣を思いっきり振り下す。追っ手の兵は敵だ。知り合いだろうか友人だろうが。ジョーはその重たい剣を杖でなんとか受け止め、バックステップで後ろに下がった。流石エスティタート。練力師のくせに剣ばかり使っていた意味の分からん男は再び剣を振り下ろす。
横にジョーはスムーズに避け、杖でエスティタートの脇腹を狙う。ここに来てジョーは初めてエスティタートが剣術をジョーに仕込んでいた事に本気で感謝していた。彼女は脇腹への長さが足りない杖をとっさに伸ばしたが、それはエスティタートによってはたき落とされた。
彼の爪先が硬い、舗装された地面にのめり込み、硬いコンクリートの塊を物凄い勢いでジョーに向かわせる。
(防御する時間がねぇ)
なんとか少し後ろに下がったが、コンクリートがジョーの上半身にぶつかる。胃から、肺から、空気が強引に叩き出されジョーの背中が壁にぶつかり、落ちる。
「ガードレン!」
ジョーは杖を地面に叩きつけ、地面を椅子のように持ち上げなんとかエスティタートを睨み返す。
「若い割には高い能力だな。まるで俺の弟子。」
(まるでじゃ無くて本人です)
喋ったらバレるかもしれない。いや、弟子の少女が男になっているとは思わないだろうか。ジョーの葛藤を知らずにエスティタートは、剣を振り上げ、口を開いた。
「アイツを、お前は殺した。」
(あっそ。先生の剣は何で出来ていた?)
振り下ろされる剣をジョーは杖で迎え討った。剣の分解。地から借りた力を強制的に元に戻す技だ。エスティタート先生の立派な剣を粉々にするのは残念な気がするが、仕方がない。
「お前ッ!」
ジョーは練力術で出来た椅子のような物に座ったまま怒りの声を上げたエスティタートを睨み返し、そしてチラリとケイブルの方に目をやった。
良い感じだ。ジョーはエスティタートに集中できるだろう。いつもより低い声を意識し、ジョーは口を開いた。
「なぜ立てこもりなどした。お前は確か元練力師だろ?」
「金がねえからだ。」
「 軍にいれば十分金は貰えたはずだが?」
「軍のやり方には懲り懲りだ。民から金を搾取し、そして黒い事に使う。お前みたいな若造には分かるまい」
「分かろうともしていないがな、俺は。知らぬ存ぜぬ関心あらず。それが一番だ。」
「お前みたいな奴が居るから腐るんだ、軍は。お前だってさっき人の喉切ってただろ」
「それが何か?悪人は斬られても文句なんて言えないですから。」
ジョーは椅子から立ち上がった。
「特に、殺された後は。あんたは殺さねーよ、あそこにいる上司から殺すな言われているのでね」
「お前、珍しい顔しているな。金髪にアンバー色の瞳。弟子そっくり。」
「さっきから弟子弟子煩い」
ジョーはポケットの中からロープを取り出し、エスティタートの手首にかけた。彼は抵抗しず、ため息を吐くだけだった。
「弟子似のやつに捕まるのも悪くないな」
「大人しく捕まって貰えるならこちらとしても随分楽だ。」
丁度ケイブルも終わらせたようで、二人して犯人を引っ張っていくことになるのだった。



立てこもり犯共は軍本部に連れて行かれたのち、一人一人椅子に縛って部屋の真ん中に放置された。牢屋に入れられる前にの仮処置で一人一人なのは互いが協力して逃げ出したりしないためだ。
その中の一人、エスティタートがいる部屋にジョーが入って来、部屋の真ん中で頭を垂れるエスティタートに声を掛ける。
「どうだエスティタート?元気か?」
「何の用だ」
「お上から様子を見て来いだとさ。大丈夫なら俺はさっさとスタコラするぞ」
ジョーがエスティタートに背を向け、ドアの方に向いた時、エスティタートが口を開いた。どこか確信しながらも、勇気を降りしぼり、肯定される事を願いながらも否定して欲しいと思いながら。
「あの……もしかして、ジョセフィーヌお嬢様ですよね?」
「…………だからなんだ?エスティタート。」
声を、何時ものに戻す。これ以上の細工はエスティタートの前では無意味だ。振り返るとエスティタートは泣いていた。涙が頬を伝い、彼の太ももを濡らす。
「お嬢様が生きてなさったなんて……あの時ヴァン・カニングハム家の屋敷からジョセフィーヌお嬢様の亡骸は見つかりませんでした……」
「チッ。泣きやめ、聞き取りづらい。」
「申し訳ございません。あの時から、私は信じていました。お嬢様が生きてなさると。」
「あっそ。」
ジョーは面倒くさそうにそう言い、エスティタートの紐を確認する。
「逃げ出そうとするなよ。」
「はい………あの、お嬢様と一緒にいた男……あれはルイスですか?」
「ああ。ルイスだ。。」
「…………なぜ、私には連絡して下さらなかったのですか?なぜ、ルイス?」
「そりゃ、奴が軍にいたからな。先生に連絡する要件は特になかった。」
「では、なぜ、男の格好を?」
「あん時、私が助かったのは私が女だったからだ。私以外、あいつはとっとと殺して、私を最後にとっておいた。全く、私をとっとと殺してくれれば良かったのに。みんなと一緒に!何故私だけが生きなければならなかったのか?それは私が女だったからだ!だから私は女を捨てた!そうすれば俺は殺してもらえるでしょ?女だからって見逃されたり後回しにはされないでしょう?」
「お嬢様、落ち着いてください!」
「ああ、そう、ねぇ、知っている?知っているよね?あの時家を襲撃して全員を虐殺した奴が一緒に死体として見つかった事。それ、殺したの、私なの!殺さずに待ってればあいつ、きっと私の事殺してくれただろうけれど、あん時は我慢出来ないで台所にあった包丁であいつの腹ぶっ刺した後、喉元を掻き斬ってやったのさ!」
ジョーはゲラゲラ笑いながら狂気的な笑みを浮かべ、血の跡が残る剣を振り回しながらエスティタートの周りをぐるぐる回りながらそう言った。
「じゃ、あんた大人しくしてなさいよ」
ジョーは突然元に戻り、そう言い、部屋から出て行き、エスティタートは彼女を唖然とした目で見送った。
(全く、誰にも聞かれてないといいけれど)

Girl:Josephine

その日の夜、ジョーは裏任務の依頼をケイブルから受け、こなす為にケイブルの家にいた。因みに軍に宿舎は寮じゃないので夜いなくても特に咎められはしないのでどっかで飲んだくれていようが娼館いようが彼女のところに泊まっていようが大丈夫だ。流石に何日も夜居ないのだったら「部屋を物置にすんなボケェ!」という具合に宿舎から追い出されるらしいが。

ジョーは黒いタンクトップにゆるいパンツという格好でリビングのソファにだらりと腰掛けいていた。紐が緩んだのかジョーの金色の髪がジョーの顔に少し掛かっていて、彼の顔を黄金で縁取っている。彼女は手持ち沙汰にハンドガンをいじり、銃弾を取り出し、そして再び込める。
「そういえば、ケイブル少佐。エスティタートの奴、俺の事分かっていたぞ。」
「へ?」
「ジョセフィーヌお嬢様、だとさ。全く、なんで分かったのか。」
ルイスは1人掛けのソファに横向きにだらりと座るジョーを見た。黒い男物のタンクトップに身を包み、ブロンドヘアを後ろで一つにゆるく結わえている彼女はぱっと見男にしか見えない……もっとも、女物を着せれば女に見えるのだろうが男物を着ている限り、彼が彼女だという事に普通は気付かないだろう。
「それはエスティタートさんの観察眼ではないでしょうか?」
「そういうものか?」
ジョーは表情を変えずに、顔にかかる髪を後ろに撫で付ける。ルイスは自分が敬語で話していた事に気がつき、少し驚いた。この少女に最後に敬語で話しかけたのはいつだったろうか?
「もし私が今のジョー様を見た所であのジョセフィーヌお嬢様だとは決して思わないでしょうし」
ジョセフィーヌお嬢様。可愛らしいと評判の少女でいつも清楚なワンピースを着ていて、その美しいブロンドヘアはヴァン・カニングハム夫人の自慢だった。彼女は優しく穏やかで素直な性格をしており、どんな人にも平等に接していた。そんな彼女は練力術の才能があり、幼少期から英才教育を受けていたらしいが練力師として軍に入るつもりは無く、人の役に立てたいと思っていた。
「(……どうしてこうなった」
「なんだ、ルイス?」
「なんでもありません。」
「そうか。あのエスティタート、私が裏で人を殺しているなんて知ったら卒倒しそうだわ。」
「私も卒倒するかと思いました」
「それは私が家(ヴァン・カニングハム一家)での虐殺事件の犯人を殺したって分かった時?」
「はい」
「その時のあなたの顔の色白さは忘れられないわ」
ジョーは何かを切り替えるように手を叩き、口を開いた。『彼』のアンバー色に瞳は何かを見据えるようにきらめき、彼の口元には笑みが浮かび上がった。
「ケイブル少佐、今夜の指示を。」



そんなわけでジョーは夜の街を屋根から屋根へと行く形で移動していた。柔らかく着地し、そして音を立てずにひっそりと走り、目的のポイントを目指す。
今宵のターゲットの部屋には二つ窓があり、それは彼の机から見て正面の所と右後ろの所にある。目指すのは右後ろの窓越しに彼の後頭部がはっきり見える屋根だ。
場所が近づくにつれジョーは小走りになり、そしてひっそりと歩いた。見えた。机に向かって黙々と作業する彼が。ジョーは銃を取り出し、狙いを定めた。
「ゴッチャgot you!」
銃声と窓ガラスが割れる音が響き渡り、ジョーは踵返し掘るの闇に溶けてゆく。



翌朝、ジョーは何事も無かったかのように食堂に現れた。いつも通りに所に腰をかけた時、ジョーの向かいの席に見慣れた黒髪の少女が腰かけた。
「 ソフィア」
「お、ジョー!」
見慣れたはずの少女の容姿に少しばかり違和感を覚え、そしてその違和感の正体にジョーは気がついた。
「?…… あれ、ソフィア。髪切った?ってか昨日まで前髪なかったよな?」
「あ、気がついた? 切ってみたの。」
眉とおでこの大半を隠す彼女の黒髪は綺麗だった彼女の容姿を可愛らしいに変化させていた。ジョーはふっと息を吐き、口を開いた。
「よく似合っているな、ソフィア。」
ジョーのその言葉にレイヴンは微笑み、ソフィアは俯き頬を少し染めた。ジョーはそのまま辺りを見渡し、レイヴンに声をかけた。
「そういえばカイルは?あの人見ないけれど?」
「ああ、あいつはお前が昨日人を殺したことにビビってるみたいだぞ。あの様子見て死んでも俺も人殺した事があるって言えなかった。」
「へぇ。いきなり俺が杖の中から剣を取り出してあいつの喉を掻ききることがあるわけないのに。」
ソフィアは無言で自分の両手を見つめた。
「まぁ、ジョー。昨日なお疲れさんって事でいい?」
「ああ。ありがとうございます。」
ソフィアは何気ない調子で会話を続ける二人を見、俯いた。練力師。それは人を殺さないで人を安全に簡単に取り押さえる兵の事。それなのに、練力師の二人は人を殺した事を何気なく話している。
レイヴンは相方が危なくなった時、パニックになって、怖いほどの冷静さで護身用の銃を取り出し奴のの脳天をぶち抜いたそう。
ジョーは昨日、人質を連れている男の喉元を杖の中の隠し刀で斬ったらしい。
「そう言えば昨日、任務に行く途中の車の中でカイル、ビビってた。初めて聞いたって。ありえなくね?」
「ありえねーな。そーゆー話を聞いた事無いってどんだけピュアっつーか運が良いってか運が悪いってか。」
「ソフィアぐらい最近入ってきた子なら納得できるんだけれど、カイルは先輩だぞ。俺の。」
「ジョー、お前はよく物騒ぎな奴とつるんでるだろ」
「ブラッドさん?あの人は俺が入隊した時、いきなり『ねーねー、人殺してみたい?』って半分酔っ払った状態で絡んできたぞ。その直後にケイブル少佐に大目玉食らっていたけどな。」
「新人にどーゆー絡み方しているわけ、あのブラッド。」
「そーゆー絡み。だから新人に接する事禁じられているわけ。なぁ、ソフィア。あんたは話した事ある?ブラッド・ハリー。通称ブラッディ・ハリーだ。」
Bloody Harry。色々とヤバイ香りがするゴツい男だ。そしてブラッディの名に恥じない常に返り血を浴びてそうな男で新人に謎絡みをすることで知られている
「ううん、私は話した事ない。この隊に入った時、あの人には近付かないようにって言われていたから。」
「正しい行動だな。それにブラッドさんは新人に近づく事を禁止されている。」
「全く、奴のせいで新人が何人辞めていったか。」

Kyle and Brad

今日非番を取っているカイル・タッカーは宿舎には居たくなくて、街をうろうろしていた。宿舎の中には殺人しごとの話をしているたくさんの兵と昨日人を殺害していた友人、そんなところには到底いたくなかった。そんなカイルに、誰かが背後から飛びつき、カイルは転倒しかけ、慌てて立ち止まる。
その『誰か』は気にする様子も無く、カイルの前に回り込んだ。
寝癖がそのまんまのサンディーブロンドに明るい青い目とチャーミングなそばかす。ニカっと笑った彼は右手を上げ、口を開いた。
「よぉっ!」
「レイヴン?」
「 yes! 元気ないなー、カイル。ジョーも気にしていたぜ」
「ジョーの事は良いだろ」
「よくねーよ。お前バカか。休暇とって宿舎から逃げて。実家にでも行くつもりだったのか?」
「そ、そんなわけねーよ」
「棒読みだぞお前。」
そう言ったレイヴンはそのままカイルがどこにも行かないように彼の手を握った。そのことに気が付かないカイルはぎょっとしたように声を上げた。
「まさか、レイヴン。お前そういうケが?」
「ねぇよぉ"」
「?ぎゃァ、ブラッド、…………さん?」
「どやぼや?」
いきなりカイルに抱きつ、もとい締め上げ始めたのは立派な髭、熊のような体格と声、荒い黒髪をオールバックにした1人の大男、ブラッド・ハリーだった。
「ち、ちょっとブラッド、さん?!ちょ、くるじいです」
「このぐらいで根をあげるとは、修行が足りんな、坊や」
「ちょっと、ブラッドさん……カイルを離してやってください」
ブラッドの後ろから姿を現したのは現在進行形でカイルの悩みの種な青年、ジョー・ガードレンだった。彼の声でブラッドはカイルを解放し、ぐり、と微笑んだ。ぶっちゃけ怖い。頭から食われそうで。
「なんでみんなここに?」
今日は休暇では無かったはずだ。それなのに三人もここにいる。
「俺は隙間時間があったから」 とレイヴン。
「俺は昨日人を殺やったから、臨時非番もらえた。ケイブル少佐、最高。」
「我はサボりだ」
「ちょっと待ってブラッドさんおかしいでしょ。」
「……何時もの事だから良い……と本人が自称してました。」
ジョーがため息を吐くようにそう言うと、ブラッドがぎゃははははと笑う。熊の笑い声とは今夏感じなのだろうか。
「いいんだよ。ケイブルにはあと金を払っとくからさ」
その金がそのまま上の真っ黒なところへ賄賂として上がっているのは秘密だ。その事実にジョーは密かに苦笑いし、口を開く。
「上司を呼び捨てにしないでください、ブラッドさん。あと何かあの人に何かやりたいんだったら現物支給か何かにしておいてくれさい。」
「相変わらずジョーは厳しいなぁ、」
「厳しくねーよ!常識です!」
ガッはっっはっと笑うブラッドにジョーは再びため息を吐く。それを見、カイルが突っ込む
「ブラッドさん、サボらないです。あとお金って賄賂ですよ……ダメですよ!」
「いいじゃねぇか、タッカーは堅いなぁ。」
「堅くないです」
「まぁ、カイル。落ち着け。」
カイルは深呼吸を一つし、そしてそもそもの事を聞いていない事に気がついた。
「お前ら……目的はなんだ?」
ニヤリ、、と熊のような大男が口角を上げた時、カイルの体は乱暴に空中に持ち上げられた。羽でも持ち上げるように、楽々と。
「ちょ…ちょっと。」
「まずは人気のないところに行くぞ」
「へ?怪しい香りしかしませんけど?」
「じゃ、俺は戻るぞ」
「おいレイヴン?」
「俺も行くから安心しろ」
「なんで?、」


話を長々として、日が天から降り始めた頃、カイルは解放された。途中の屋台で買ったドリンクを飲みながら彼はジョーとブラッドと別ルートで宿舎に向かっている。
認めてくれた。良いと言ってくれた。人を殺せぬ自分を。どう考えても色々と甘すぎる自分を。練力師になったのもそれが軍人の中で一番殺人が少ないからだ。親に無理やり士官学校に突っ込まれた自分にあった唯一のオプションが練力科で、そのまま何と無く練力師になったのだ。練力士になった後も、必死に顔を背けた。人を殺す練力師がいることに対しても、そしてやがて自分が同じ運命を下るという事にも。
『大丈夫ですよ。汚れ仕事は俺らにどーんと任せてくれればいい!あんたは給料泥棒にならない程度に頑張れば良いんですよ!』
『そーだそーだ。俺らがぶっ殺す。お前は支援すりゃいいんだよ。人殺さなきゃいけねぇなんつールールはどこにもねえんだ。』
『………今日の朝、逃げ回ってばかりですみませんでした』
ジョーが、あの時に厳しくも優しい好青年が人を殺すのを見て、嫌になった。
人が死ぬのを見たのはあの時が初めてだった。なぜって?それまで自分が必死にその現場から情け無く逃げ回っていたから。そのことに気がついた瞬間、視界の端に映った朝飯を食べるジョーの手が、不意に赤黒い"なにか"に染まっているように見えた。


ジョセフィーヌは町外れの道を走っていた。特に目的もなく、ジョギングペースでだ。
リミッターが外れたのは何時だっただろうか。誰にでも有る、特に誰に教えられるでもなく存在する、人を殺してはいけないという概念のスイッチが。
昔は人を殺す事など考えられなかった。町外れの大きな館に沢山の動物とジョセフィーヌは住んでいて、とても人々を愛していた……はずだった。
優しくも厳しいお父様、常にジョセフィーヌら子供達にデレデレしていた優しいお母様、ツンとした態度をとりながらもどこか優しさを滲ませていた兄上様、動物と共に生きる事を目標としていたお兄様。それが全て壊れたあの時、ジョセフィーヌの中の何かも、共に壊れた。
どこにも怪我は無かった。けれど。

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『旦那様?旦那様!』
『御主人様!奥様まで』
『奥様、奥様!チッ、ジョセフィーヌお嬢様の御身体はまだ見つからぬか?』
『見つかりません!坊ちゃん、ウィリアムお坊ちゃん!」
『二代目〜!なぜ、……」
『ジョセフィーヌお嬢様!ジョセフィーヌお嬢様!私めの声が聞こえたら返事してください!どこですか、ジョセフィーヌお嬢様!』

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「おい、ガードレン!起きろ、ガードレン」
「……ん〜」
目を開けたジョーの視界に真っ先に飛び込んできたのは鮮やかな紫だった。視界がハッキリとすると、それは己の上官の瞳だとわかり、息を吐く。どうやら任務を終了させた後、彼の家で一休みをしていた時居眠りをしてしまったようだ。自分の警戒心の無さとトロさにジョーはため息を吐き、辺りを見渡した。
窓の外から照る淡い日の光。やけにふかふかな座っていたはずのソファー(だと自分は思っている)。なぜか横になっている自分。まさか。
「余りにも気持ち良さそうに眠っていたからな。寝坊癖があるのは相変わらずのようですな」
「申し訳ありません!」
上官の家のベットで眠ってしまうとはとんだ失態だ。
「誠に申し訳……」
「いや、いいよ。予備のベッドがあったからね」
「いや、ほんと。申し訳ありません。俺なんか床でいいですよ。床で。」
ジョーはベッドから転がり出ながらそう言い、伸びをする。あのカイルの一件があってから数日後、いきなり昔の夢を見た。昔寝ていたようなふかふかのベッドで眠ったからだろうか?
服は昨日のまま、緩められてもいず、肌に跡を残したかのように痛む。ジョーはベッドサイドに置いてあった靴を履き、頭を下げだ。
「申し訳ありません」
「いや、いいよ。お前をベッドに運んだの俺だし。……私こそすまない。君の服をどうすればいいか分からなくてね。」
「服?このままで良かったです。」
にしてもさらしを巻きっぱなしだったせいだろうか。妙に背中が凝っている。
「それはそうと、今何時です?」
「6時のはじめ。シャワー一つ浴びて行く時間ありますよ。」
「………そうですね。覗いたら殺しますよ、ケイブル少佐様。」


「では。今日は本当、失礼いたしました。ベッドも、シャワーも。」
「けれどお前、朝飯作ってくれたじゃねーか。旨かったぞ。」
「ありがとうございます。じゃぁ」
彼女はいそいそとルイス家のドアから飛び出していく。男子の制服を着、綺麗な金髪を束ねて。
あの金髪はジョセフィーヌお嬢様のお母様がたいそう気に入ってよく褒めていた。綺麗だね。綺麗だねと。それにお嬢様は頬を染め、嬉しそうに笑っていた。

今の彼女は、彼は笑わなくなった。人を殺ヤるとき、笑みを見せることはあるがそれ以外で彼女の笑みを見ることは本当に無い。

本当に。



変わってしまった。全てが。

練力師な男装少女の道

特になし

練力師な男装少女の道

男装し、練力術を扱い軍人として生きる一人の少女、ジョー。彼女は能力さえあれば性別なんぞどうだって良い世界で生きながら女である自分を否定することにした、一人の少女である。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-08-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. Joe(Josephine)Gardren
  2. Prisoners
  3. とある日
  4. Thy took hostages
  5. Estitart
  6. Girl:Josephine
  7. Kyle and Brad