十七歳隔離区域
十七歳の誕生日を迎えると送られる「更正隔離区域」。
そこは親も学校も教師もいない楽園(パラダイス)。
通称「十七歳隔離区域」。
入域することとなった主人公。その先に待ち受けているものとは…。
プロローグ
HAPPY BIRTHDAY !
そう祝いの言葉を述べながら、その軍人は卑しい笑みを浮かべた。
この国では十七歳になる誕生月から十八歳の誕生日を迎えるまでの一年間、「更正隔離区域」で過ごさなくてはならない。
そこは十七歳の人間しかおらず、一年間共同生活をすることによって社会的協調性や団結力を身につけるということが目的だそうだ。
「隔離区域」は以前この国の首都と呼ばれていた東京にある。建造物などはそのまま残されており、居住地は自由に決めてよい。ただし、隔離区域と言うだけあって、簡単には外に出ることは出来ない。東京23区はその他と完全なる隔絶をするため、五十メートルはあるであろう鉄筋とコンクリートで出来た分厚い壁に囲まれている。物資は定期的 に空から投下される。隔離区域では外界の情報はその一切を遮断されている。
とまぁ、大まかな概要はそんな感じだ。
15~16歳の少年少女の中では「そこ」はうるさい親も、邪魔くさい教師も、暇くさい授業もない楽園だと語られていた。
HAPPY BIRTHDAY!
そして、今日俺はめでたく隔離区域の居住者となるわけだ。
牢獄に囚われる憐れな羊たち
「君達はこれから隔離区域に行くわけだが、入る日にちが同じだけであって必ずしも出る日にちも同じというわけではない。この意味がわかるな?」
ーーーなるほどね。
入る日はその月に生まれた十六歳全員だが、出るときは自分が生まれた日ってことか…。
今月十七歳の誕生日を迎える事となる彼は、十六歳の群衆の中、その軍人の説明を心の中でそう咀嚼した。
背格好は170を少し上回るくらいか。身体つきは太すぎず、かといって細くもない。
ボサボサの髪型で、眠そうな目をしていることから「ズボラで面倒くさがり」といった印象を受ける。
「開放日にまたココに…もっとも、君たちが集合できるのはこの壁の向こう側だが…そこに集合してくれれば、認証後、隔離区域からの解放を許可する。日時は正午だ」
そんな彼の思考を知って知らずか、軍人は彼が心うちで、物事の整理がついたことを見計らったかのように、次なる声を上げた。
「そんなこと言われたって、こんなパラダイスみたいなトコから帰りたい奴いるのか?」
「だよなっ!!」
隣で、同じ隔離区域に入域する十六歳が笑いながらそんな話をしている。その時、彼はあることに気づいた。
(…1、2、…6、…11人?)
しかし、彼の違和感とは、別の疑問符を抱いた誰かが、軍人に問いかけた。
「もしその日に、集合できなかったらどうなるんですか?」
「その日より30日以内ならば毎日正午に解放をすることができるが、それ以降その者が現れなかった場合はコチラで処理をさせてもらう」
「処理って言うのは?」
「それは中にいる【先輩方】にでも訪ねるんだな」
彼は、妙に含みを持たせる軍人や入域に対してのさまざまなコトに違和感を覚えたが、それ以上の質問をするものは居なかった。彼自身、ズボラで面倒なことが苦手な人間だったので自分から質問をすることもなかった。
一通りの質疑応答が終わったと判断した軍人は、「それでは、一年間頑張りたまえ」と最後に付け加えると、その日常と隔離区域を分かつ、分厚いコンクリート壁に備え付けられた門のボタンを押した。
ズズズズズ…
重々しくゆっくりと開くその扉を見ながら、地獄の門はきっとこんな感じなんだろうな…と彼は思った。
入り口の扉の向こうがすぐに「隔離区域」というわけではないらしく、そこには12畳ほどの部屋があった。
「各自の持ち物をチェックをする! 許可が下りた者から順にそこに並んでいる服に着替え先に進むように!!」
さっきとは違う軍人がその一室には待機しており、そう指示出す。どちらかと言うと命令に近いその指示。そして、その軍人の後ろにはライフルを抱えた軍人がさらに10名。
警備の厳重さに彼は更なる違和感を覚えたが、先ほどとは打って変わって、この場所では質問することは許されず、そこでは受動的にその指示…いや「命令」に従うしかなかった。
なぜなら先ほど、食ってかかった十七歳の一人がライフルの柄で突かれ意識を失うという出来事があったからだ。
部屋に入れられた十七歳たちは、緊張感を漂わせ、ただただ軍人の指示に従っている。
彼はというと、特に何も持ち込む予定もなかったので、手ぶらだった為、すんなりと着替え組へ通された。もっとも更衣室などの個室がもうけられている訳ではなく、部屋の隅にもうけられた簡素な棚に着替えを置き換えるだけのプライバシーなどない場所だったが。
女性もいたが、全員がそこでの着替えを命じられていた。言い知れぬ緊張感と屈辱感からかすすり泣く声も聞こえる。
持ち物検査では、ほぼすべての物を持ち込むことが禁止されていた。
携帯電話をはじめ、ノートパソコン、家電、ゲーム、工具などもすべて没収されていた。
全員の着替えが終わるとさらに奥にある扉の前に通される。
「ここから先が隔離区域だ。それでは1年間がんばって共同生活を送り社会に出る為の協調性を学んでくれたまえ」
門に入る前と似た言葉をこの軍人も言放つ、きっとマニュアル化された消費されるだけの言葉なのだろう。その言葉に意味などなく、ただ感情なく言い放たれる無機質なエール。彼がそんなことを考えていると扉は完全に開ききっており、かつて「東京」と呼ばれた町が目の前に広がった。
かくして羊は狼に狩られる
隔離された街。
閉鎖された街。
若者だけの街。
十七歳の街。
正式名称は「更生協調訓練区域」。通称「十七歳隔離区域」。
彼らはその門をくぐり、ついにそこで18歳になるまでの一年間を過ごすこととなった。
「自由だーーーーっ!」
独りの十七歳の青年が高々と声を上げる。
「ひまくせーガッコもねぇ!」
「口うるせー親もいねー!」
それを引き金に十七歳たちは口々に喜びを漏らしはじめた。満面の笑みを浮かべ、喜びを全面に表し、歓喜の声を張り上げる。
夢にまで見た「パラダイス」に彼らはようやく辿り着いたのだ。
そんな歓喜する同世代を見ながら、彼は皆と同じように喜びを表現するでもなく、ふと空を見上げた。
隔離された閉鎖空間に広がる空。どこまでも高い空。
本当にここは自由なのだろうか? そんな哲学的な妄想を独りごちる。
そして、その疑問は予想もつかない形で、その解答を得ることとなる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーー!!」
今月十七歳となる女性が急に悲鳴を上げた。
よく見るとその隣で、倒れている男がいる。
なぜ倒れているのか最初は良くわからなかった。その男の服が赤く染まりだし、地面にまでその赤色が流れ出たところで、初めてそれが血であることに気づく。
よく見れば男の背中ににはナイフが刺さっていた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーー!!」
女性は叫び続けていた、そしてそれに連鎖反応を起こしたかのように他の十七歳の女性達も叫び声を上げる。
ゴッ。
叫び声の中に鈍い音が混じる。最初に悲鳴を上げた女性が今度は勢い良く倒れた。
「うるせーよ。」
その後ろにはここに入るまでには見ていない男が立っていた。そう…つまりは此処の「居住者」だ。
その時、初めて自分たちが囲まれていることに彼らは気づいた、囲んでいる人間たちは皆、赤のキャップやバンダナを頭に巻いている。
彼は、再び二人の「人」が横たわる方へと視線を戻した。
男の方はもう、身動き一つしていないが、女の方はまだ小刻みに痙攣を繰り返し、生きていることを確認できる。
「何? お前まだ一発で殺れねーの?」
「っせーな。小刀と違って釘バットは必殺がムズいんだ…よっ!」
言い終わると同時に赤いバンダナを巻いた男は、まるでそれが何かの合図であったかのように再び痙攣している女性の頭部にバットを振り下ろす。
ゴッ…。
二度目の鈍い音と共に、小刻みに痙攣していた女性の頭部から鮮血と脳漿があたりに四散した。
「おいおい! 貴重な女を殺すんじゃねーぞ! テメーも頭蓋砕かれてーのか?」
「すっ…すいませんでした!!」
一人の大柄な男がそう声を上げる。すると、さっきまでの態度が嘘のように萎縮するバンダナの男達。
おそらくはこの大柄な男がリーダー格なのだろう。
皆と同様に赤のバンダナを頭部に巻き、リーダーの証であろうか、左の二の腕にも赤い布を巻いていた。
180を有に超えるその男の体格は、テレビで見かける柔道の選手のようにがっしりとしたものであった。
太めのカーゴパンツに、Tシャツ姿のその男は、先ほど「入域」した十七歳たちを品定めするように見渡すと、口の端を釣り上げた。
「女は大事な財産だろーが、殺しちまったら楽しめねぇ」
「はい!!」
赤い集団が統率され、編隊を組む。
「新規入居者諸君! 隔離区域への入居、誠におめでとう!!
ここはパラダイスだ!一部の勝ち残った者にとってはな!
がんばって生き残りたまえ!!
それでは、〈レッドキャップス〉による新人歓迎会を執り行う!」
リーダー格の男の言葉と共に、雄叫びを上げながら一斉に襲いかかる〈レッドキャップス〉。そうして彼らは次々と「入域」したばかりの彼らに襲いかかる。それはもはや一方的な殺戮。男は殺され、女は剥かれて強姦される。まさに「地獄絵図」だった。
「くそっ…!」
彼はあたりを見回し、巧く襲撃を避け一番手薄なところを突き抜けた。途中、2、3人の襲撃にあったが彼の方が強さが勝っていた為、なんとか逃げ切ることに成功した。
心臓が張り裂けそうなほど全力で走った。振り返り追っ手がいないことを確認すると、彼は建物と建物の間にある狭い路地へ身を隠し、ようやく身体を休める場所にありついた。肩で呼吸をしている自身の身体を必死に整える。赤血球にありったけの酸素を載せて運ばせているような感じだ。
入域前に着替えさせられた「囚人服」は、はやくも汗でびっしょりだ。
初夏を迎えた七月の初め。いくら日差しがあると言ってもそれは天候の所為だけではない。
理不尽な暴力に対する恐怖と不可解な出来事に対する切迫感が、発汗となって彼の服を濡らした。
「ハァ…ハァ…ったく…いったい何だってんだ。彼奴ら…いかれてやがる。本当に人を殺しやがった…」
ようやく整いだした呼吸と共に彼は言葉を吐き出した。それは誰に対してともない、理不尽な出来事に対する吐露。
そんな悪態をつきながら、先刻の地獄絵図を頭の中でもう一度処理し直す。しかし、打ち出される結論は冷徹なもので、それは紛れもない「現実」であるということ。
あまりにも唐突で、あまりにも理不尽な「現実」。
それが現実であっても、彼の脳内はなぜそんな現実が起きたのか処理することが出来ない。
地面に滴り落ちる、自身の汗粒を見ながら、ようやく整いだした呼吸と共に、顔を上げようとしたその時だった。
彼が身を潜めた路地のさらに奥から声が響く。
「君…新人さん?」
不意に響いた声に彼は思わず身構える。
「おっと。ボクはレッドキャップスの人間じゃないから大丈夫! 平和主義者です!」
両手を上に掲げ降参のポーズ。その男はマンホールから上半身だけだしてそう語った。
マンホールから上半身を出し両手を上に降参のポーズを取っていた彼の導きから、彼はマンホールの奥にある水路の迷宮へと、足を進めた。
「あっ。自己紹介がまだだったね。ボクは技術屋の「ギー」。みんなそうやって呼んでるからギーって呼んでくれればいいよ」
「あぁ。俺は…」
「あ~! タンマ! タンマ!! 本名は明かさない方がいいよ! ボクがどうこうするわけじゃないけど…ここでは本名を知られるのは弱点でしかないんだ。本名がわかれば戸籍が調べられる。戸籍がわかれば、誕生日がわかるっしょ? そうなると、出てく前に狙われる可能性大だかんね」
「どういうことだ?」
男の言葉の意味が解らず彼は疑問符を投げかける。
「んじゃ、ついでにいろいろ説明すんね。隔離区域ではみんないくつかのグループを形成して共存生活を送ってるんだ。一人で生きてくには、ココはあまりにも危険が多いからね。んで、ボクが所属してるチームは「ノーネーム」。
名前なんてどうだっていいんだってさ。ウチのリーダー。
んで、さっき君たちを襲ったチームは「レッドキャップス」。ココのNo.1勢力の過激武闘派集団。他のチームのやつらも煙たがってるけど、武力じゃ勝てないからね。現状は泣き寝入り。
出たくても出れないんだよ…。彼奴等がいるから。出ようとすると殺されるんだ。『ここを出ようとする生意気な奴は死んじまえ』ってね。だから、自分の情報は極力他者には漏らさない。それがココで生きて行く一つの知恵かな。
…まぁ、ズラズラって一人でマシンガントークしちゃったけど、その他に何か聞きたいことは?」
「…ココはなんなんだ?」
最も知りたい疑問を、彼は簡潔な言葉にまとめ一言で、男に問いかけた。
暫くの沈黙。
「…地獄だよ」
今まで明るく語りかけていたギーの声が曇る。彼の質問に彼以上に簡潔な回答をしたギーのその言葉と言葉のトーンから、この場所がどんな現状なのかを、彼は直感的に理解した。
彼からしてみたら明るく子供っぽい印象を受けたギー。
身長も彼より頭一つ小さく、大きな瞳に眼鏡をかけたギーの姿に彼は、自分と同世代というよりは少し下に見えると感じていたが、この時はじめてギーを年配者に感じた。
「もうすぐ基地につくからね」
彼が脳内でそんな考察をしていると、ギーがもとの明るい声に戻ってそう先を指さした。
水路から少し開けたその場所は貯水庫のような空間になっていて、そこにはおおよそ生活に必要なものが全てそろっている。
「電気は生きてるのか…」
今まで歩いてきた水路は光源はありそうなものの、全て電気は着いていなかった。おそらくギーの案内なしでは、此処まで辿り着く事は不可能であっただろう。
そんな暗い水路の現状から、彼は隔離区域内の電力の供給は断たれている。そう思っていたのだ。
彼にとって、明るい地下空間が眼前に広がっていることは、驚嘆に値する現実だった。
「まさか! ここは自家発電! 電気系統はほとんどイカレちゃっててつかないよ。生きてるトコもないわけじゃないけど」
「…なるほどな…。だから「ギー」だったな。」
彼の言葉を、ギーは大きな身振りで否定する。
そして自慢げ発した自家発電という言葉に「ギー」の名前の由来を思い出す。
技術屋の「ギー」。
この空間は彼が作り上げた自信作なのだろう。
彼の言葉に、ギーは振り返り「そういうことっ!」と屈託の無い無邪気な笑みを浮かべた。
それに釣られて彼も思わず笑みを零す。その時、彼は隔離区域に来て初めて笑ったのかもしれない。
羊飼いの聖女
「服はその辺にあるから適当なやつ着て。さっきの話の続きになるけど…」
「シリアルナンバーだろ? この服のシリアルから個人判別をされる可能性がある。」
ギーの言葉を待たず、彼は何故服を着替えなければいけないのか、自らが推測した答えを述べた。
入域の際に着替えさせられた「囚人服」にはシリアルナンバーはそれぞれ印字されている。
それを何らかのカタチで利用すると、恐らくは個人の情報を開示することが可能となるのだろう。
彼はそんな隔離区域のルールを推測し、言葉にする。
その発言に、ギーは目を丸くした後、微笑み賞賛した。
「キミ、頭いいね。ココで生きてくセンスあるかもよ。
でも、出てくときにはそれ着てかなきゃ通してもらえないから、無くさないでよ」
「軍隊もこれで個体の識別をしてるってことか。」
ギーの言葉から、それ以上の情報を把握する彼に、ギーは再び目を丸くする。
「…いいセンスしてるよ…。りっちゃんも喜ぶだろうな。久々の当たりかも。」
そういってギーはまた子供のように笑った。
「あら。ギー戻ってたの? 今回の新人くんは彼だけ?」
不意に後ろから声が響く。
振り向くと、そこには一人の女性がいた。
ジーンズにパーカーといった出で立ちで、女性らしくファッションを楽しむというよりは、機能性を重視した姿。
肩に掛かる程度の髪の毛は六対四で別けられて前髪もない。化粧っ気もないその姿だが、それでも長いまつげ、肉厚な唇は、美しいという表現の部類である女性である事を感じさせる。
そして、意志の強そうな瞳を持った彼女は、大きな麻袋を引きずりながら二人の方へと歩み寄ると、彼を見つめた。
「最近、レッドキャップスが幅利かせてるからね~。なかなかルーキーの確保難しいんだよ。今回なんて下手すれば彼だけかもよ? レッドキャップスから逃げ出せたの」
ギーは両手を振り上げ降参のポーズを取ってそう愚痴を溢した。
「ふーん…。じゃあ期待のルーキーになってくれるかな?」
そんな、確率の少ない生存競争を、最初の難関をくぐり抜けてきた彼を彼女はそう言いながら、まるで品定めをするかのように見る。
「それよか、それが今回の収穫? 少なくね?」
ギーは彼女が引きずる麻袋を指差し不服そうな声を上げる。
「ツーがもう一袋分もってくるわよ。大人数だと狙われやすいからこのくらいが限界かもね。」
「仕方ないか…まぁ、二袋あれば2週間は食いつなげるっしょ?」
そこまでの会話を聴いて、麻袋の中身が「食料」であることに彼は気づいた。これがこのチームの当面の生命線となるのだろう。
「ツーは食料庫と他の仲間のとこにいってるから。今回の集合は夜の9時よ。…キミ、早速だけどちょっと付き合ってもらえる?」
そういうと、彼女は彼に道を則す。
「ギー…」
彼女に則された道を進みながら振り返り、珍しく彼が話しかける。
「彼女がりっちゃん?」
彼の問いかけに、ギーは三たび目を丸くする。
「…よくわかったね」
チーム「ノーネーム」のリーダーだからりっちゃん。
ギーの話しを聞いた時に、感じていた「ノーネーム」のコードネームの仕組み。
ちゃん付けという部分に、不可さを覚えたが、彼女の姿を見て合点がいった。
偉ぶるでもないその立ち振る舞い。ギーが対等な身分で話しかけている。そして女性。
彼は思考を咀嚼し整理を済ませある種、確信を持ってそう口に出した。
そして、結果それは的中することとなり、ギーを驚嘆させる。
「フフ…。久々の当たりかもね。」
その様子を見ながら、 リーダーは満足そうに微笑みを浮かべていた。
ノーネームのリーダーに連れられ、彼とギーは地下水路から、さらに地下へと続く道を進む。
「…この道…整備されてないな…掘ったのか?」
地面がむき出しになった壁面を撫でながら、彼はそう問いかけた。
「えぇ…。昔この辺をテリトリーにしてた「土竜(もぐら)」って呼ばれてたチームが作った穴みたいよ」
彼の問いにリーダーが答える。
「…で、その土竜族は?」
「集団自殺したわ。」
「…そっ。」
彼は、そう素っ気なく応えながら頭の中で隔離区域という世界を推測する。
確かにここは楽園だったのだろう…。そう、例えば物資が残っていたころは…。しかし物資がなくなり、空輸に頼るようになる。
するとどうだろう…制御の効かない十七歳は取り合い、もみ合いそして抗争になる…。そして誰かが誰かを殺した。
楽園が崩壊したのは恐らくそんな些細なことがきっかけだったのだろう。
そして、力が支配し、力を得るために群れをなす…。まるで動物だ。理性の欠片さえない…。
耐えられないやつは自分からリタイアするしかないのだ…。ここの一年はきっと、とてつもなく長いのだろう…。
そんな推測を終えるころ、大きな地下通路に出た。
「メトロ…? まさか生きてるのか?」
彼が声が少しだけ抑揚していたのが解る。そこは東京の地下。蜘蛛の巣の様に張り巡らされたメトロの成れの果てだ。
「まさか…。先に進んでも隔離区域の境界線はコンクリートで塞がれてるわよ…。試しに掘ってみる? うまくいけば一年いなくても出れるかもよ?」
リーダーが彼をからかうように言った。
「やったところで絶望するだけなんだろ? でなきゃとっくに誰かがやっている」
実際その通りであった。
土竜が掘り進めた境界線の壁は途中で分厚い鉄板に当たる。土竜達はそれでもあきらめず掘り進めようとしたが、隔離区域の乏しい物資では限界があり、やがて彼らは発狂した。
「ふふ…。キミ本当に当たりかもね…」
無機質に、そして正確に推測する彼に、リーダーが満足そうに笑った。
「おっ! 見えてきたよ」
彼女の微笑みが合図であったかのように、ギーが声を上げて指を差す。
指し示した先は地下鉄の配電室に繋がる扉。
「この先に、キミに会わせたい人がいるの…」
そう言ってリーダーは扉を開けた。
ギギギッ。と油の切れた音を立てて開くその扉。
少し不快そうに顔を歪めながら、彼はその先を覗き込んだ。
ガレキのキリスト
メトロの配電室。
その扉を開け、飛び込んで来た景色は、彼が思い描いた風景とは異なっていた。
その一室に機械はなく、閑散と広がる空間。
幾人もの人がフードをかぶりロウソクを手に持つ。
その前には堆(うずたか)く積み上げられた機械の山。この一室に隙間なくあったはずの機械類は皆そこに積み上げられていた。
機械の山の頂上にはコンクリートを太い鎖で縛り上げた十字架。白骨化した死体がくくりつけられている。
「えっと…ここ何?」
さすがに彼もその異様な雰囲気にあっけにとられる。
「あぁ! ノーネームのリーダーじゃないですか…。お久しぶりです。そうですか、今日は新入居者の日でしたか…」
自分達の存在に気づいた中央にいた一人の男がこちらに歩みを進めて来る。他の者達はそれに興味も示さず、俯いてただ、ただ呪詛のように何かを呟いていた。
「今回は彼一人だけどね。最近はレッドキャプスの勢いが増しててルーキーがなかなか残らないのよ…」
「そうですか…。外界のことはほとんど解りませんが…嘆かわしいことです」
男はそういいながら祈りのポーズをとる。
「ねぇ…りっちゃん…んで、ここいったい何なのよ?」
当たり前のように続く会話に、その先の意図が見いだせず、彼は痺れを切らし割って入る。
「彼はここの教祖様。みんなには「牧師」って言われてるわ」
「はじめまして、今日ここまで来る間、大変だったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。ここには安息があります。自給自足の生活も送れるようになったので、物資の心配もいりません。貧しい生活には違いありませんが、安らぎがある世界ですよ」
牧師と紹介された男が、優しく微笑みと言葉を投げかけところで、ようやく彼は事の状況を理解する。
「…つまりそういうこと?」
「そっ。そういうこと」
牧師の自己紹介を聞き流しながら、彼はリーダーとそんな主語のないやり取りを続ける。
「大丈夫ですよ。皆、最初はここに戸惑う…仕方ありません。これが神が我々に与えた試練なのです。まずは我らが神から洗礼を受けましょう。そしてあなたの新しい名前…エンジェルネームを受けるのです…」
「いや…俺、そーゆーのはちょっと…」
彼は苦笑いを浮かべ両手で降参のポーズを作る。
「恐れなくていいのです。神託はそんな難しものでは…」
「だーかーらー…」
牧師の言葉を遮るように彼が声を強めて、言葉を発した。
「ちゃんと全部言わないとわかんない? お宅の立場が危うくなると思うけど…?」
うつむきながらも目線だけを牧師に向ける。その口調は穏やかだが眼光の鋭さは先のそれよりも増していた。
「ど…どういう事ですかね…。君の言ってる意味がわかりませんが…」
牧師はとぼけてみせるが、その動揺は隠しきれていない。
すると彼は十字架に掲げられた白骨死体を指差した。
「…あれ。」
「御神体が何か?」
「…あんたの知り合いでしょ?」
「!!」
一瞬で、牧師の顔が強ばる。
「…頭蓋の陥没骨折。あれは外傷だよ。あんたがここの教祖ならあの死体がどうして撲殺されたか知ってる筈だ。…まぁ、俺にはどうでもいい事だけどね。もともと宗教には興味ないし、あんたにとやかく問いつめる筋合いも無いけど…俺個人の感覚から言わしてもらえば、人殺しの教祖様にはついていけませんってワケ。OK?」
そういうと、彼は教祖の肩を叩き踵を返す。
「りっちゃん。ギー。もういいだろ? 行こう」
彼がリーダーとギーにそう則す。
「…ここを出ていっても何も変わりやしない…私たちが正しいのだ…。ここは地獄…仮に外へ出れたとしてもそこも地獄でしかない…」
彼の背中に、牧師が絞り出すようにそう言い捨てる。
「…その可能性は俺も考えてた」
彼は歩みを止め、しかし振り返らずに牧師の言葉にそう応える。
「ここは全て観られているんだよ! 我々の自由は地下しかないんだ!!」
牧師が今までの平静が嘘のように取り乱し、声を荒げる。
「ちょっと…どういうこと?」
リーダーも何のことかわからないと言った様子だ。
辺りの「信者」たちもざわめきはじめる。おそらくその事実まで至ったものはここには牧師しかいないのだろう。
しかし、そんな牧師の話を平然と受け止める者もいた…彼だ。
「りっちゃんがここに来たとき、一緒に入った誕生月が同じ人間って何人だったか覚えてる?」
リーダーの質問に彼は質問で返す。
「…どうだろう…。二十人は居なかったと思うわ」
リーダーは自分の質問に答えてもらえないことへの不満を漏らす訳でもなく、彼の問いかけに記憶を辿るようにアゴに人差し指を添えたなら、そう答えた。
「俺の時は十一人だった…」
彼の考察がはじまる。
少し垂れ目の穏やかな顔立ち。
どちらかと言えば体育系というよも文科系な容姿。
つかみ所のない飄々とした雰囲気を持つ、つい先ほど「入居」したばかりの十七歳。
あたりには、およそ二重人ほどの先輩方がいる中、彼はその中心にいた。
「俺が入った時の人数は十一人」
彼の考察がはじまる。
「…十一人って数字…どう思う? 単純におかしくない? 日本の全人口で、いくら十六歳に限定したって、同じ誕生月の人間が十一人ってそんなわけないでしょ?
それに、あの厳重体制。最初は入居前に騒動を起こすヤツがいるから、その鎮圧の為とも思ったけど…物々しすぎるんだよね。
つまり、軍人たちは中の様子を把握していて、レッドキャップスみたいなやつらの暴動に対処するための人員ってことになる」
彼の順序立てた説明にあたりのどよめきが増す。
「んで、こっからは完全に推測になるんだけど…選抜された十七歳がどんな人間なのか? って部分。
断言してもいいけど、自分…もしくは、ここにいる人間の両親のどちらか、あるいは血縁に近しい人間が刑法に触れたことのある人間だよ」
「!!」
さすがに、この言葉には全員が顔をこわばらせた。ざわめき始めた室内が一瞬で凍り付き静まり返る。
リーダーもギーも、そして牧師もその言葉に思い当たる節のある顔をしていた。
「意図的に作られた閉鎖空間。秩序の無い状態からスタートさせその経過を外から見る…多分隔離壁にカメラでもついてんじゃないかなぁ。衛星で見ているってのもあるかもだけど。
んで、ある時牧師様はその監視されている事実を知ってしまう。…だろ?」
牧師の顔はもはや血の気が完全にひいて青ざめていた。
きっかけは些細なことだった。空輸される食料は勢力の強いグループに奪われ、力の弱い者達はなかなかそれを得る事はできない。牧師と磔の彼は二人だけで行動していた。物資も底を尽きそうなある日、磔の彼は一人飢えから残りの食料に手を出してしまう。気づいた牧師と口論となり、そしてそれはエスカレートして、揉み合いになり、そして牧師は護身用に持ち歩いていた鉄パイプで彼を殴った。
鈍い音。
ひしゃけた彼の顔。
手に伝わる言葉にできない感触。
それを思い出し震える腕を必死に押さえ牧師は声を絞り出す。
「お前はいったい何者なんだ…!!」
牧師の声が静まり返った、かつては配電室であった「教会」に響く。
「あんたと同じ犯罪者。もしくは…その息子だよ。」
彼はさらりと受け流すようにそう答える。
「…ねぇ…。解決できていない問題が一つあるわ…」
リーダーが会話が途切れたのを見計らって割って入った。
「犯罪者の子供を隔離して何をしようって言うの? この隔離区域の目的って一体なんなの?」
リーダーの問い、ギーもそれが知りたかったかのような眼差しを彼に送る。
彼は頭を掻きながらやや面倒臭そうに答え出す。
「うーん。カードは結構見えてると思うけどね。「犯罪者の子供」「認証番号」「監視」「隔離」「無秩序空間」必然的とも言える「抗争」と「殺人」。外から見てる理由なんて限られてるくない?」
「まさか…!! 「観戦」してるとでも言うの!?」
「りっちゃん、惜しい! その選択肢は俺も考えたけど一番しっくりくる答えは多分「観察」。
例えば人殺しの子供は秩序のない空間に放置した場合、やはり人を殺すのか? ってね。
犯罪遺伝子の研究でもしてるんじゃないかなぁ。
だから、ここで暴れてたヤツ等は多分、「そと」に出ても自由はないだろうね。
下手すりゃ脳みそスライスされて標本になってるかも…。そー考えると怖い。怖い。」
本心からとはとても思えない、恐怖のジェスチャー。しかしそんな彼の態度とは裏腹に周囲に与えた衝撃は相当なものであった。
あたりを沈黙が支配する…そこに漂うのは愕然とする虚脱感…。
「…って…くれ。」
牧師の口がかすかに動く。
「ここから出て行ってくれ…。君は危険すぎる!」
彼を見る牧師には明らかな恐怖が浮かび上がっていた。
「言われなくても出て行くよ。もともとここに留まる気は無いって言ったっしょ? 俺はアンタみたいに未来のない人間じゃないからね…。
行こ。りっちゃん。ギー。」
そう二人を即し、彼らは「教会」を後にした。
しばらく歩くと牧師の叫び声とも笑い声とも取れる形容しがたいうめき声が教会から響いていた。
リーダーもギーも振り返り配電室の扉を見やる。
ただ一人、彼だけは振り返ることなく、もと来た暗いアナグラを歩き進んでいた。
Real
ショートボブの髪を揺らして、片手で起用に煙草を一本ケースから取り出す。もう片方の手には年期の入ったジッポ。
手慣れた手つきで火を灯すと、煙を燻らせながら彼女は微笑みを浮かべた。
配電室の教会の帰り道。土竜の作った地下道の三人。暗がりに彼女のジッポが灯す明かりが揺らめく。
「なんか…りっちゃん機嫌いいね」
彼がのんびりした口調でそうつぶやく。
「嬉しいんだよ! キミ大当たりって感じだしっ」
彼の言葉に、ギーが笑顔でそう答えた。
「りっちゃんはまず、ルーキーが来るとあそこに案内するんだ。この隔離区域から逃げるのに宗教は持って来いだからね。
それでもあそこに残らない人間をチームに招き入れるんだよ」
「んじゃ俺は合格?」
「合格どころか…」
その先をギーは言わなかったが、満足そうな笑顔がすべてを語っていた。
「ねぇ。キミ」
先頭を歩いていたリーダーが不意に振り向きそう声をかける。
「ここでの呼び名…なんなの?」
「んー。特に決めてないから。りっちゃんが好きなように呼んでくれればいいよ。ゲス野郎とか短小とか…。あっ、やっぱり短小はちょっと嫌かな?」
だらだらと歩きながら、自虐的な冗談をポーカーフェイスでつぶやく彼。
「私が名付けていいの?」
クスクスと彼の自虐的なジョークに笑いながらリーダーはそう質問をなげかける。
「どーぞ。どーぞ。」
抑揚のない返答。彼自体は呼び名とか固有名詞といった類いに興味がないのか、見るからに適当にリーダーの質問対して許可の返答をする。
しばらく煙草を弄びながら、目を泳がせて思惑するリーダー。そして流し目で彼の方を見やり微笑んだ。
「Real」
ポツリと彼女はそう言葉を紡ぐ。
「…ここには真実なんて無かったから。でもキミは今日、私たちにひとつ真実をくれた…だから「Real」」
リーダーはそう彼の名前を名付けると、指で挟んだ煙草の先を見ながら目を細める。煙草の先から一本の細い線のように立ち昇る煙は、上に昇れば昇るほど、やがて肌も認識しないような微弱な風に吹かれ形を崩しその姿を変えて行く。それは何もかもが平穏であった外の暮らしから、渾沌と無秩序でしかないこの隔離区域に移された自分達の境遇を移し出しているようにも思えた。
「Real」
リーダーは煙草の先から彼へと目線を移しもう一度そう呟く。
ギーが吹き出しそうになる笑いを堪える。喉の奥から出そうになる「ダサっ」の言葉を飲み込んでいた。
彼は照れくさそうに頭を掻きながらリーダーに歩み寄る。
「一本貰っていい?」
リーダーからタバコを貰い、火を灯して貰う。ゆっくりと燻らせながら一歩二歩と先を歩み始めた。
「お気に召さなかったかしら?」
腰に手を当てたご立腹のポーズ。リーダーの不機嫌そうな質問。
隣のギーは、だって「Real」はダサいっしょ? と咽の置くから飛び出しそうになるのを必死でこらえながら、たった今Realと名付けられた彼が返答に困っているというこの状態を楽しんでいた。
「…いや」
タバコをもう一度吸い込み…そして吐き出す。
「いいんじゃない? Real」
彼はそう返答をすると、ゆっくりとこちらを振り向き笑った。
13番目のユダ
ノーネームのホームに戻った頃には、合っているかどうかも解らないが一応、時を刻んでいる壁掛けの時計は八時過ぎを指し示していた。
「9時には集会だから。場所はギーに聞いて。Realの紹介もあるからサボらないでちゃんと来なさいよ」
どうやら一連の行動でリーダーは、Realの人物像を正確に把握したようだ。
さすがはリーダーとして、チームを統率するだけのことはある。
Realはそう心でつぶやき、思わず苦笑いを浮かべた。
「私は、ちょっと見回りに行ってくるわ。レッドキャップスもそろそろ落ち着いたころだと思うし、他のルーキーも生きてるかもしれないからね」
「りっちゃん…気をつけてよ。あそこは…」
「わかってるわ。危険なのは百も承知よ。無理はしないから大丈夫。それじゃ、9時にね!」
ギーの忠告に手を振りリーダーは去る。
心配そうな視線をリーダーの姿が見えなくなるまで送り続けたギーは、ふと隣にいるRealに目をやり現実に戻ったように話しかける。
「そういえばさ!」
そう切り出された会話は何処か余所余所しい。
お互いの手の内を見せない表面上だけの当たり障りの無い会話。取り留めもない他愛無い会話を交わす二人。
そんな会話でも、手持ち無沙汰な二人の時間を消費するには十分だったらしく、気がつけば時刻は九時を迎える十分程前。
時計に目をやり、ギーが言葉を発する。
「そろそろ行こうか」
「…ん」
Realの気のない返事。
リーダーの見立て通り、彼は大勢の人間と群れることは苦手だった。できれば自分を自分と認識する事の出来る人間は少ない方がいい。そう思っていた。そうやって生きていた。
「りっちゃん…怒ると怖いんだよ」
「…わかったよ」
ギーの催促にようやく重い腰を上げる。
「なぁ…。ギー?」
「ん?」
歩きながら不意にRealが話しかける。
「ノーネームは全部で何人いるんだ?」
「Realを入れて13人」
彼の質問に、さらりと答えるギー。
その言葉に、彼は暫く間を置きポツリと呟く。
「…俺は13番目か…。ユダ(裏切り者)のポジションだな」
「え?」
Realの言葉にギーが歩みを止め、Realを見やった。
「…冗談だよ。行こう。案内してくれ」
ギーの肩をポンっと叩く。
「…あぁ…」
ギーは一抹の不安に襲われていた。何気ない冗談。確かにRealには深い意味を持たない言葉だったのかもしれない。しかし、Realは普通とは違った。ここに来て数時間の人間が全てのカラクリを言い当て、リーダーからの信頼を得た。
実際、ギー自身もRealには可能性を…泡沫の期待を持っていた。いや、いつの間にか持たされていた。
ーーー本当に冗談だったのだろうか?
一本道を先へと進むRealに一抹の不安を覚える。光源の無い道に、まるで闇に溶けて行くようなRealへの不安。
「ギー。はやく案内してくんないと行くの辞めちゃうよ?」
「あぁ! ごめん。ごめん! 今行くよ!!」
闇に溶けていくRealを見失わないようにギーは後を追いかけた。
「遅いぞ! 早く来いっ!」
集合場所に付くと、既に全員が集合している様子だった。
「…やべっ。りっちゃん怒ると恐いから急ごっ! Real」
そういってギーは小走りで皆の方へ駆け寄る。
Realはというと、自分のペースを崩さずゆっくりと歩いていた。
「………」
一人の男がRealの方へ歩み寄る。長身で筋肉質、眼光は鋭く威厳に満ちていた。
「…おい新入り。あんまりハネるなよ…。このチームにはチームのルールがある、従えないなら淘汰することになる」
「…あんたが「ツー」って人?」
「なぜ、そう思う?」
「ツーって名前から察するにノーネームのNo.2だから「ツー」でしょ? …んで、あんたこの中じゃ一番偉そうだったから」
「…いい目をしてるな…」
「そう? 垂れ目の糸目だから、目を褒められたことあんまりないけど?」
ーーー 飄々としているクセに物事の確信はついてきやがる…それでいてこの態度…どこまで本気で話しているのか…腹の底の知れないヤツだな…。
Realのつかみ所のない態度をツーは冷静にそう分析する。
「大丈夫だよ…」
Realが不意にツーの心を見透かしたかのようにそう言葉を発する。
「何が大丈夫なんだ?」
ツーもノーネームでNo.2のポジションを構えている人間だ。そう簡単には「底」は見せない。動じずそう質問する。
「…あんたのポジション…奪う気なんてないから」
「!!」
Realの言葉に不意に右の眉が釣り上がってしまったことが自分でもわかる。「…これは確信だ。…この男は危険すぎる!!」その思考と共に、ツーの目に殺気が篭る。
「はいはい。そこ! 会った傍からもめないで!」
一触即発の雰囲気。緊張感が当りを支配したその瞬間に、リーダーが二人に割って入る。
なるほど確かにリーダーだ。
そうして、その後は何の滞りもなく、集会が行われた。今回の食料調達のこと、領土と他チームの勢力について、そしてRealがチームに所属することになった紹介。
ただ、リーダーがRealに一言を求めた際、彼が「特に何もないです」とだけしか話さなかったことにツーのみならずチームの他の人間もRealに反感とまでは行かないにしろ、何かしらの違和感を感じていた。
そうして集会が終った後、来た道を引き返すギーとReal。
その道程の塞ぐように、射すような視線を放つツーがいた。
「足…はやいんスねぇ…」
ツーから向けられる敵意にも似た視線を受け流すし、Realはそう言葉を発する。
「リーダーは貴様のことを相当買っているみたいだがな…」
そうつぶやきながらツーはRealへと歩み寄る。
「…俺は貴様を危険因子だと判断する!」
Realに対峙するツー。再び一触即発の雰囲気が立ちこめる。ギーは言葉を発することも出来ずただ息を飲んだ。
「貴様は俺たちより遥かに「先」を見ている…。何を企んでいるんだ? このチームは…この秩序は…貴様に壊させる訳にはいかない!」
ツーからの宣戦布告とも取れる声明。
「…何もする気はないよ。ただ何事もなく、一年が過ぎれば無罪放免でしょ? 動かざること山の如しってね。…あ、ちょっと違うかな?」
「…貴様は「そこ」まで解っていながら、何もしないというのか? 「そこ」まで解っていながら蜂起しないと言うのかっ!?」
ツーにとっては予想外の答えだったのであろう。彼もNo.2を名のる人間だ、それなりに人を見る目はある。無論、洞察力もそれなりに備わっていると思っている。
人間は嘘をつけない生き物だ。嘘をつけば必ず眼球が左上に泳ぐ。しかし、Realはと言うと全く眼球運動すらなかった。ただこちらを見据え、「何も企みはない」そう言い放ったのだ。
さすがのツーも、彼の心の底が読めず声を荒げた。
「…脚光を浴びちゃうとね…上がっちゃうんだよ。俺、緊張しーだからね。」
ツーの咆哮にそう、薄笑いを浮かべるReal。
「…アンタの副官としてのポジションから来る気苦労には同情するよ、まぁ…せいぜい「バンガッテ」よ…。」
そう話に区切りをつけツーと別れようとする。
「まて…!」
ツーにとっては、納得が行く筈が無い。Realの肩をつかみ、こっちを向けと言わんばかりに力を込めた。
「…しつこい人だなぁ…。どうでもいいって言ってるっしょ?」
総毛立った。
Realから向けられたその視線は、先ほどまでのそれでは無かった。ツーほどの男が恐怖し総毛立つ程の感覚を覚える視線。
ーーーーー敵意でない殺意。
言葉を発せずにいるツーの手を振りほどきRealは再び歩き出す。
「………」
二人のやり取りを見ていたギーは思った。「Realはきっと嘘つきだ」と、脚光を浴びたくない? 今までの彼の台詞はどうっだった? メトロの教祖のところでも、先刻の集会にしても、そしてたった今この瞬間にさえ、彼が目立たない存在である筈が無かった。
「…俺は13番目か…。ユダ(裏切り者)のポジションだな。」
不意にRealの言葉が脳裏をよぎる。
そうして生まれた不安は、先刻抱いた一抹の不安よりも遥かに大きく、蜷局を巻いてギーの心を掻き乱す。
それは、不安の中に一抹の期待が含まれている故である事を、この時ギーはまだ理解していなかった。
暗がりの告白
カシャン… パチン。
カシャン… パチン。
ジッポを開閉する音。
Realの私室として空け渡された一室。
光は無い。
カシャン… パチン。
カシャン…
「………」
不意に手を止めると、その空間は瞬時に沈黙が支配する。
Realは部屋の片隅で壁にもたれ掛かるように座り、ジッポを弄ぶ動きを止めた。
それは、意味もなく弄ぶ動作よりも、優先したい作業が出来たためだ。
彼は手を止め、想いふける。
ここに来てから一日が過ぎた。
とても長い一日だった気がする…。
「ここから出て行ってくれ…。君は危険すぎる!」
牧師の怯えた瞳…。
「…俺は貴様を危険分子だと判断する!」
ツーの疑惑の眼差し…。
「それでは、〈レッドキャップス〉による新人歓迎会を執り行う!」
レッドキャップスのリーダーのイカレタ眼光。
「………」
ゆっくりと、この「現実」を振り返るReal。
「こんばんわ。起きてる?」
不意に話しかける女性の声…リーダーだ。
「こんな夜更けに夜這い?」
お互いシルエットでしか確認できないような暗がり。Realは冗談のようにそう返答する。
「まさか…。ここでSEXなんてしたら声聞かれちゃうもの。扉もないし。喘いだら筒抜けよ」
「…なんだ。期待してたのに…残念だな」
「残念な時、人はもっと残念そうに言うものよ。Real。…お部屋に招いてもらっていいかしら?」
「…どーぞ」
そんな、会話を交わしながらリーダーは彼の部屋に入る。
「…タバコ…吸わないの?」
部屋の中央にもうけられたソファーに腰掛けながらリーダーはRealにそう問う。
「ギーから貰ったこのライター。ガス…入ってないんだよね」
カシャン… ジュボッ。
リーダーが自分のジッポに火を灯す。
「こっちに来て吸ったら?」
炎に照らされる二人。
二人の顔が炎でかすかに照らされ…揺らぐ。
「…んじゃ、お言葉に甘えて…」
Realはゆっくりと腰を上げリーダーの隣に座り、掲げられた炎でタバコを燻らせた。
「…ツーともめたんですってね。」
「…まぁ、一方的にイチャモンつけられたってカンジ?」
「此処は秩序なんて無いケモノの巣窟だから…。ツーは秩序を生み出して此処にルールを確立させようとしているのよ…」
「そいつはご健勝なことで…」
「ツーはよくやってくれているわ…。私も彼には期待してる…。でもツーや他の連中がどう思っているのかは、わからないけど、私とギーはあなたもアテにしてるから」
彼女の言葉にRealは一瞬、返す言葉を見失う。
「…人がね…人らしくなるのって二十二を過ぎたあたりから…らしいよ?」
そうして、発された言葉は話しの流れからは異なる、揶揄されたような哲学。
彼は、人として確立出来ていない人間に期待しても何も得られるものはないと、そう言いたかったのだ。
そんなRealの遠回しな「辞退」の声明。それを読み取りリーダーは微笑する。
「あなたらしいわね…。楽しみにしているわ。あなたが此処にどんな答えを出すのか…。」
リーダーの台詞にRealがまた言葉を詰まらせた。
今度は先ほどよりも長い沈黙。
数秒の沈黙が辺りを支配する。
タバコをくゆらす二人。
ぼんやりとしたシルエットでしか相手を確認できないような空間。
吸い終えた煙草を揉み消してリーダーが沈黙を破る。
「…なんで私がこのチームのリーダーに成れたと思う?」
リーダーのRealを試すような問い。
彼女が自身を試しているという事はすぐに解った。しかしそれでも、話題を変えてもらった事の方がRealとしては有り難い。
Realは話題を変えてもらったこのチャンスを逃がさないようにゆっくりと思考と同時進行で言葉を紡ぐ。
「…まずこのチームの名前…だね。【ノーネーム】。これはりっちゃんがつけた名前じゃないでしょ? 大方、ある程度人数が揃った時に外部の人間が名付けた名前じゃないかな?
チームとしての総称なんて興味のなかった、りっちゃんはきっと「名前なんてどうだっていい」そう思ってつけなかった。
他の人間からは、りっちゃんのチームを呼ぶ為のニーズが出て来たんだけど、呼ぶ名を持たない。だから【ノーネーム】。
そこから推測するに、このチームは何かのきっかけで形成されたって言うよりは、何となく気付いたら人が集まってたんじゃないかな? …気付いたらりっちゃんを慕う人間が増えていた。りっちゃんが慕われているなら自然と神輿として担ぎ上げられるのはりっちゃんだ。…そんな感じなんじゃないの?」
「…チーム名だけでよくそこまで、推理できるわね。だいたいそんな感じよ。…でも、じゃあ何故私が担がれたのかな?」
「…人柄でしょ?」
Realはリーダーを覗き込むようにそう答える。
「フフ…。残念ながらそれは不正解。…正解はこれを持っていたからよ」
リーダーはおもむろに腰からあるものを取り出した…。拳銃だ。
「ここでの秩序が崩壊しそうになった時、みんなはどうしたと思う? …まず最初はそのまま放置されているスーパーの食料の取り合い。そしてレジ金の取り合い。生きる術の確保が起こったの。そこから乱闘が起こって【力】を持つものが支配する図式が出来上がって行った。
私が最初に行ったのは都警の物色。これがないかって探したの。自分の身を守るためだけにね。交番も探したわ…なんとか見つかったのはこれと、もう一つの計二丁だけ」
「じゃぁもう一丁は、ツーさんが持ってんの?」
「…いいえ。もう一つはレッドキャップスのヘッドが持っているの…。私たちは最初、行動を共にしていたのよ。意外でしょ?」
意外と言えば意外だった。それを聞いて「いつから?」とか「どうして別れてグループを持つことになった?」という疑問が湧いたが、それが直接リーダーの「素性」に繋がる質問になるので、Realは尋ねることが出来ずにいた。
三たび、沈黙が辺りを支配する。
「…私ね」
リーダーがまた、沈黙を破る。
「明日が解放日なんだ…」
突然の告白。
「何言ってんの!? …そんなことはココで言ったら駄目っしょ?」
さすがのRealも音量が少し上がる程、取り乱した。
「…チームのことはツーに頼んであるわ。Realとは馬が合わないだろうけど、存続するのか解散するのか、他のグループに吸収されるのかは彼次第。それとね、Realに頼みたいことがあるの」
「明日の護衛?」
「…そう。」
「これを知ってるのは?」
「あなたとツーだけ。ギーや他のみんなには伝えていないの」
「ってことはツーにも護衛を?」
「えぇ。うちのチームで戦闘要因っていったら彼くらいだもの」
「俺も非戦闘要因よ? どっちかって言ったら」
ゴト。
リーダーが拳銃をテーブルの上に置く。
「これで、Realも戦闘要因でしょ? あと、Realのブレインにも期待しているわ。このタイミングでRealに出会えた私はついてる。明日の正午…私がここから解放される可能性が少しでも上がるように助けて」
そう言うとリーダーは、Realの言葉を待たず席を立った。
「りっちゃん」
不意にRealが呼び止める。
「りっちゃんはここを出て大丈夫な人なの?」
それは、誰も殺めていないのか? という意味の問い。
ここがRealの想像通りの場所であるとしたら、ここは大きな実験施設。
犯罪の因子が遺伝するかという、とんでもない実験。
彼女が、ここで誰かを殺めていれば、そしてその事を「外の人間」が感知していたら。
彼女はここから脱出できたとしても、研究施設に拘束される事になるであろう。
そんな彼の心配を孕んだ問いかけに、彼女は自分の両手をヒラヒラと掲げる。
「…もちろん。私の手は綺麗なままよ」
そう言い残して部屋を出るリーダー。それを見送りながら二本目のタバコに手を伸ばす。
「あ…火が無いんだった。」
手持ち無沙汰となったRealはそう独り呟きながら拳銃を弄ぶ。
Cat & dog
頭を掻きながらもそもそと通路を徘徊する男…Realだ。
ーーー寝付けない。
そりゃ、あんなお願いされたら目も冴えるっつー話だよ。明日までの短時間でどれだけ手が打てる?どれだけの情報が得られる?
無事に「此処」から出す…容易なことではない筈だ。入る時でさへあれだけ苦労したのだから…。
ぐるぐると止めども尽きない思考が脳内を張り巡らす。結論を出すにはその情報量はあまりにも少なく…その逆もまた然り。
完全に「詰み」の状態の思考を少しでも違う方向へ向けることが出来ないか。そんな心持ちで深夜の通路を徘徊していた。
ーーーてか…。
「俺にも…人間らしい感情って、ちゃんとあるんだな…」
思わず発してしまった言葉に、自嘲気味な笑みがこぼれる…。いや、笑ったのはそう結論づけた思考にだったのかもしれない。
そんな自問自答のような問答を繰り返しながら歩いていると、左手のフロアから明かりが漏れているのに気付く。
「…こんな時間にまだ起きてるヤツがいるのか…」
そう呟き、深く考えずRealはその明かりの漏れるフロアを覗きも込む。
「…深夜一時以降の外出は「ルール」によって禁止されている。貴様は今日来たばかりだと言うのにそんな簡単な「ルール」さへ、守ることが出来ないのか?」
ツーの部屋だった。あからさまに「覗いて失敗した」という顔をするReal。
「…なんのようだ?」
「…火…持ってない?」
少し間の抜けた、噛み合ないトーク。そして一瞬の間。
ツーは自室の机いっぱいに地図を広げていた。隔離区域の図面であることは見てすぐに解った。コンクリートの壁に囲まれた街。
「あぁ…明日のりっちゃん脱出の段取り?」
「やはり、もう一人は貴様だったのか」
「んで、ツーさんのプランは?
俺、ここに来たばっかだから脱出までの詳細な段取り把握してないんだよね。軍人のマニュアル通りの台詞聞いただけだし…」
「………」
「おせーて。俺も頼まれたからには、ちゃんとやりたいから」
「…解放の時刻は正午。貴様も解っているだろうが、新人の入居の前に解放者への開門が行われる」
「そうか…。まず解放が先ね…。んで、解放までの時間はどれくらい?」
「解放者確認の時間は正午から30分だ。それ以降は担当の軍人は再び壁の外に戻る」
「…なるほどね。」
唇を手でなぞりながら、思惑をしている素振りを見せるReal。ツーは次の台詞を黙って待っている。
「あのさ…」
Realが暫くの沈黙の後、言葉を紡いだ。
「ツーさんは火…持ってないの…?」
「………」
ほとほとコイツとは馬が合いそうにない。そんなことを思いながらツーは自室の棚からライターを取り出した。
煙草を燻らせながらゆっくりと考察を開始するReal。
「入居日は月に一回だったよね。確か…。ってことは今日が入居日だったから明日は入居者は出てこないのか…う~ん。例えばツーさんはどんな脱出プランを持ってるの?」
「…俺は過去に二度、外に出してやったことがある。その時と同じ方法でやっていく。経験はある…パニックにも極力ならずにやれる筈だ」
「うん…。で、その方法って?」
「ここから、地上に出る。」
ツーが地図の一ヶ所を指で指す。
「ここが「出口」から一番近い場所だ。幸い三方向を壁に囲まれているから、襲われても囲まれることはない。袋小路で狭い道だ。襲いかかって着ても一度に来れるのは、せいぜい二人くらいしか通れない道だ。それぐらいならなんとか出来る。行動開始時間は開門の10分前だ。それ以上遅いとトラブルに巻き込まれた時、脱出時間に間に合わない可能性が高い。ここからならトラブルが無ければ走って10分程度で開閉口に辿り着ける。はやすぎては襲われる可能性も上がるしな。時間的にはこのぐらいが限界だろう」
「今までその手法でトライした回数は?」
「…今回で6回目になる。」
「りっちゃんが成功してやっと、50%=50%かぁ…」
そう最後に言葉を発するとRealは考察に専念する方法を選んだ。
襲ってくる武闘派はレッドキャップスだけなのだろうか。…何度目と何度目に成功したのかは解らないがおそらくこの方法で脱出できたのは最初の2回だろう…。今回もそこから来る…そう 読まれていて間違いない筈だ。後は…脱出方法。
きっと、軍人が立っていてそいつに言えば脱出出来る。そういった類いの脱出では無いはずだ。それなら、出やすいし、レッドキャップスも手を出しにくい筈だ。そうなると脱出方法はおそらく、あの「囚人服」のIDと指紋、もしくは顔の照合。そこで承認されるまで時間を停めることになる。
ベストは見つからないように…だがそれが最も難しい方法と言えるな…。さて…どうしたものかな…。
「…何かイイ答えが思いついたか?」
ツーがRealが思考を終えたのを見計らって声をかける。
「う~ん。難しいね。犠牲を出していいって選択肢があればもうちょっと考えやすいんだけど。あっ、でもツーさんの作戦はとりあえずナシね」
「なっ…」
そう、ツーを切り捨てると再び考察に入る。
まず、揃えなきゃいけない情報は敵の正確な数。レッドキャップスだけが命を狙うのかどうかも明確にしておきたい。脱出のシステムも確認が必要だ。この辺はツーに聴けばどうにでもなる。
あとは…道具がどれくらい揃うかだな…。自分の考える方法で脱出させるなら道具が必須だ。いったいどれだけのものが揃うだろう。時間はどれくらいある?動けるところから動いてしらみつぶしに揃えれるものから揃えて行くしかないか…。ただ「アレ」だけはどうしても必要になるな。確実になんとかしないと…。
「…おい! 貴様! 黙っていないで理由を説明しろ! 俺のプランの何が駄目だというんだ!!」
思考を切った途端にツーの怒鳴り声が耳に入ってきた。きっとさっきからずっと同じような趣旨の言葉を吐き続けていたのだろう。
「…っさいなぁ。今考え事してたの。」
「…コイツ…」
ツーは「この男を理解することなんて多分一生かかっても無理だ」そう思った。しかし、彼は不思議にもその先の言い争いになることを避けたようにも思える。あれだけがなり声を上げていた彼が、Realが思考を停止するまで、今度は耐えたのだ。
Realに対する期待感からなのか特殊性からなのかはわからないが、ツーもまた、Realに何かしらの可能性を感じていたのかも知れない。
そう、それが例え無意識の感覚としても…。
「よし。」
Realが小さく頷いて顔をあげた。
十七歳隔離区域