愛しさと刹那さと(仮題)

舞濱りん

前編

 ――第十八回シチズンフェスティバル。
   ステージパフォーマンス出演者募集――

 地域情報誌に、秋に開催される市民まつりの案内にそう記載されている。
 その出演者募集というのは、立ち並ぶテントブースの中に設置された野外ステージで、地元のフラダンスやバンドなどの団体が、それぞれのパフォーマンスを披露するものであった。
 町では頻繁にそのような催しがあり、それが官と民を結びつけ、街の活性化に繋がり、好循環をもたらしている。
 特に音楽には力を入れており、プロアマ問わず、市民に活動の場として提供していた。
 
 真鍋瞳(まなべひとみ)は、その募集要項を食い入るように見ていた。

 ……ライブ。

 そのイベントに足を運んだことはなく、スマートフォンを手にし、昨年の様子を検索する。
 多くの動画が見つかり、地元のケーブルテレビで紹介されているものを再生させると、素人レベルではない演奏が始まり、はっとする。
 血が騒ぎだすのを感じた。

 ……なかなかいいじゃない。

 ドラムが響く。
 それに促されているかのようなヴォーカルの歌声に、ぶるりと震えがくる。
 そして、会場からの拍手を浴びて浮かべる歓喜の表情に、固唾を呑んだ。

 胸が高鳴る。

 かつて自分が浴びた喝采が甦るのだった。

 思わず部屋に置いてあるギタースタンドからオベーションのギターを取り出し、チューニングをする。
 音楽は常にそばにあった。たとえステージがどんなに遠くなろうとも。
 音楽を手放せなかった。なぜならば、

 ――それが貴方に通じる道……。

 そう思っていたからである。

 駅の構内などで歌っているパフォーマーを見れば、自分もやってみようかと何度も思った。
 しかし、どんなに小さくともステージには違いなく、緊張を強いられ、尻込みした。そして、いつも後ろで弾いていた姿を思い浮かべた。

 ――貴方のギターは特別……。

 いつも魔法にかけられていると思っていた。
 歌声に重なる確かな音色は、すっぽりと包み込まれる抱擁そのものだった。

「なあ、瞳。そろそろ一緒に暮らさないか」

 いつもあの人がそう言うのを聞き流していたのは、何度も聴きたい愛の言葉だったからで、プロポーズだとわかっていたが、わざと軽く流していた。

「だめよ、皆に気を遣わせてしまうでしょ?」
「関係ないだろ」

 ずっと一緒にライブハウスで演奏していけると思っていた。そのまま月日を重ねていくものと思いこんでいた。
 あの人の才能はそれに留まらないものだとわかっていつつも。

「瞳」
「ん? なに。トーマ」
「僕さ」
「うん」
「他でヘルプ頼まれたから、来週からちょっと休む」
「え? そうなの? どうしよう」

 メジャーで活躍するユニットのメンバー入りを果たしていて、それをずっと告げられずにいたと言われた。だが、他のメンバーは皆知っていたことだった。
 よくある話である。
 どこにでもある話ではあった。
 飛躍するチャンスがあるならばそれに行くべきで、躊躇する理由はない。
 それは各々が掴むものであり、誰かが引き上げてくれるものではなく、それぞれの運と実力のみにだけ訪れるものである。
 ただ、それを秘匿される謂れはないはずだった。

「どうして内証にしていたの?」
「………」
「何も隠すことなんてないじゃない」
「……なかなか言い出せなかった」
「だからどうして」
「君とは距離を置きたくないと思った。だが、そう考えると身動きが取れなくなって」
「大きなチャンスじゃない。私に遠慮する必要なんてないわよ」
「僕は、君とずっと音楽をやっていきたい。君の歌を聴き続けたい」
「……、そんなこと言わないでよ」
「君の声に僕の音を重ねていきたい」
「やめて」
「僕は君と離れたくない」
「やめてよ」
「僕から離れないでくれ」
「何を言っているの? トーマが離れていくんでしょ?」
「僕のそばにいてほしい」
「そ、そんなの、ずるい」
「狡くても何でもいい。離れたくないんだ」
「卑怯よ」
「卑怯者だと言われてもいい。とにかく……」
 憤りを押さえられなくなり、左の頬を思い切り叩いた。
「私にどうしろというの?」
「僕から離れないでほしい。頼む」
「トーマは、もう、私と一緒にステージに立てないのでしょう?」
「……おそらく制約を受けると思う」
 羨望の思いが湧き上がった。
「私はどうやって歌えばいいの?」
「ステージでなくとも歌える」
「どこでよ!」
「……」
「まさかカラオケとか?」
「……」
「誰もいないところで? 公園とか? ねえ、どこよ、馬鹿にしないでよ!」
「………」
「私にステージに立つなというの?」
「そんなことは言っていないよ。どんどん立てばいいと思う。他のいいミュージシャンとセッションすれば勉強になるし、刺激を受けるよ」
 上からものを言われたような気がして、屈辱を感じた。
「ならば、貴方はいらない!」
「………」
 湧き出てきた嫉妬の感情が抑えきれなかったのである。

 どうして自分にはチャンスがない?
 どうして自分の道は広がらない?
 どうしてトーマには特別な才能がある?

「貴方なんかいらない」

 ぽろぽろと涙が零れ落ちていった。

「貴方なんていらないのよ!!」

 
 後悔という言葉がどういう意味か思い知るほどに言ってはいけないことを言ったのだと後から悔やんだが、取り戻すすべがなかった。
 それからというもの、歌を歌おうとしても声が掠れてしまい、次第に歌うことが苦痛になり、アルバイト生活はやめて、地元の企業に就職し、歌は会社の飲み会で披露するくらいのものだった。
 それで日々は過ぎていった。
 幾年とも日々は過ぎていったのだった。
 その間には、何人もの男性に口説かれ、結婚を申し込まれて交際もしたが、いずれも長くは続かなかった。
 そして、数年前から住み始めた今の街が気に入り、休日は市内で過ごすようになった。

 ……ライブ。

 ギターを置き、パソコンに向かい、出演申込書をダウンロードする。
 急き立てられるように項目に入力し、プリントアウトする。

 持ち時間20分。
 一回限りのステージ。
 自分の歌を聴いたことがない不特定の路上の観客。

 ……歌いたい……。

 そう思ったら、全身から震えがくる。

 歌いたい。

 叫び出したいほどの欲求が襲う。頭の中で音が鳴り出す。リズムが溢れてくる。
 狂おしいほどの思いが駆け抜ける。 

 私は歌いたい――!


 *****


「皆さんにお知らせします。わたくし真鍋瞳は、10月の町のイベントで歌うことになりましたー! 15年ぶりのステージで、今からドキドキです。一曲は新曲を歌うつもりですが、なかなかできあがらなくて焦っています。皆さんに無事成功したよ、と報告できるよう頑張ります!」

 フェイスブックにそう書き込み、自分を鼓舞する。
 投稿すると、すぐに「いいね!」の反響があった。続々とコメントも入ってくる。

「やったね! ヒトミの歌、また聴きたかったよ! 聴きにいくよ!」「聴きに行きます。応援してるよ」「頑張れー」

 昔のバンド仲間からは「良かったら手伝いましょうか」というコメントもついた。
 皆の応援を得て、力が漲ってくる。
 一ヶ月以上先のことではあったが、すでに緊張を強いられていた。
 少しの応援で心強くなる。
 シンセサイザーで音を作りながら20分以内での曲の構成を考えていたが、ラストに何を持ってくるのか決めかねていた。
 作ったばかりの新曲では盛り上がらない気がしたのだ。
 そんな中、フェイスブックで皆がシェアしてくれていることが知らせとして届き、心が弾んでいく。

 ……うん。いいステージにしよう。

 譜面を持つ指が震えて、苦笑する。
 すると、スマートフォンに再びフェイスブックから知らせが届く。

 友達申請だった。

 ―― TOHMA.M ――

 え?

 まさか……。

 慌ててページを覗きにいくと、ギターを弾いている写真が載っており、あまり変わっていないトーマの姿だった。

「う…うそ……」

 身体がかっと熱くなる。
 忘れようと必死に自分を押さえ、その後の動向は追わなかった。
 忘れることなどできるはずもなかったのに忘れようとした。
 会いたくて会いたくて、気が狂いそうだった。
 自分が言ったことを撤回したくて、トーマの自宅に行き、何度も呼び鈴を押そうと思った。
 本当は自分がどうしたいのか知りすぎるほど知ることとなった。
 離れたくないといったトーマの言葉が耳から離れず、衝動に突き動かされ、心が悲鳴をあげ、その胸に飛び込みたくて、身体が引き裂かれていくような痛みと苦しみに心から血が流れているのだと思った。

「ト……」

 画面に映るその姿を指でなぞる。
 十五年……。
 トーマ以外の人に恋をできなかった。

「ふふふ……」

 写真を見ただけで、どうしようもない思いが自分を取り巻く。
 込み上げる涙を堪えて、友達承認のボタンをクリックする。
 首を左右に振る。

 ……きっと結婚して子供がいるわよ。 

 自分のページをシェアしてくれた人が昔のバンド仲間だとわかった。 
 その繋がりからきっと懐かしさに友達を申請してくれたのだと自分に言い聞かせる。

 それでも速さを増す鼓動を静められない。

 承認したことでオンライン表示になり、今、オンラインであることが分かる。

 ……繋がっている……。

 するとメッセージボックスが開いた。

「瞳。お久しぶり」

 その表示された言葉に心臓が射抜かれたようになる。
 スマートフォンを握る指が震えてしまうため、パソコンを立ち上げる。
 なかなかインターネットが接続できずにフェイスブック画面にならない。
 苛立ってくる。

「友達承認ありがとう。あまりに嬉しくてついメッセージを書いてしまった」

 早く、早く……。

 ようやくフェイスブック画面になり、メッセージボックスに返信を書き出す。

「こちらこそありがとうございます。お久しぶりです」

 それだけ書いて、胸を押さえる。
 いきなりチャットを始めるとは想像していなかっただけに、心の準備ができていなくてドギマギしてしまう。どうしていいのかわからない。

「ごめんね、突然に」
「ううん。嬉しかったです」
 パニックになりそうになりながらも素直にそう書けた。
「10月のステージ、面白そうだね」
「うん。全然歌ってなかったから今から緊張しています」
「そうか」
「うん」
 沈黙する。   
 その先が続かなかった。
 何を話題にするべきなのか、わからなかったのだった。
「あのさ」
 トーマが沈黙を破るように書いた。
「はい」
「メールアドレス教えてくれないかな」
「え? あ、はい」
 Gメールアドレスを表示する。
「ありがとう。じゃあ、ここにメールするね」
「はい。では」
 それでトーマはオフラインになった。
 あまりに呆気ない終わり方だったが、心臓は暴走を続けていた。
 パソコンの電源を切り、脱力する。
 味気ない文字での会話。
 それでもトーマと繋がっていると思うと、時間が遡っていくようだった。
 
 ……元気にやっているのかな。

 聞きたいこと、話したいことは山ほどあるはずなのに、何一つ聞くことができなかった。
 けれどもーー。
 嬉しさに踊りだしたくなる。
 
 ……トーマ。

 すると、メールが届いた。

「先ほどはいきなりメッセージを送ってごめん。しかもまともに話せなくて。
 瞳と話していると思ったら、舞い上がってしまって何を話せばいいのかわからなくなったよ。
 10月のステージで歌う曲が決まっていないのなら、曲を送りたいんだけど、どうかな。
 それを言いたかったんだ。
 では、返事を待っているよ」

 何も思考できなくなるが、とりあえず了承の返事をすると、すぐ返信があった。
 
「返事ありがとう。では早速、メロディのみのファイルと歌詞のファイルを送るよ。アレンジはこれから作るから、まずは聴いてみてください」

 一度大きく深呼吸してから、その添付されているファイルを開けた。

 タイトル「Eternally」

 刺激的な題名である。
 日本語にするとなんだろうと考える。
 永遠に、では無粋な気がして、何がいいだろうと思いつつ、歌詞に目を向ける。

 ――哀しみが紛れるくらい啼き続けてよ。
 ――命削り啼く蝉時雨で哀しみを洗い流してよ。

 どきりとした。

 ――肌を焼く夏の日差し 記憶を呼び覚ますの。
 ――遠い街の空の下 二人で流した涙と汗の匂い。

 記憶が甦っていく。
 過ごした日々。
 トーマの匂い。

 ――愛しさも刹那さも もう一度分かち合えるのなら。

 ずしりとその言葉がのしかかる。

 ――揺れる光の真ん中に 消したくない永遠の願い。

 心臓に何か突き刺さっているかのような痛みを感じた。

 ――眠れない夜もある。
 ――そのときは思い描くのよ。
 ――響け。あの日と同じメロディ、消えないように。
 ――永遠に響け。
 ――届かない想い込め、祈るように唄い続ける。

 まるで自分の今までをそのまま歌詞にされているかのようである。   

 ――愛しさも刹那さも もう一度分かち合えるのなら。

 ――終焉を恐れないで、前を向いて歩くの。

 ……トーマ。

 メールが再び届く。

「僕たちは一緒にいるべきじゃないのかな」
 
 その一言の短いメールだった。 

 


 
 
 
  
 



 

後編

「トーマさん。あの……、みんな心配しています」

 ドラムのタツヤが言いにくそうに言った。
 時間の問題だった。

「心配しなくても大丈夫。さあ、今晩も頑張りましょう」

 襟に指をやり、衣装の確認をする。

 皆に気づかれているとはわかっていた。
 しかし、それがなければステージ上で演奏できない自分をどうすることもできなくなっていた。

 ……こんなはずではなかった。
 こんなことになるとは思ってもみなかった。
 そう思っても詮のないことだったが、自己弁護するようにその理由を探る。

 ポップスの人気バンドでの日々が、自分を狂わすことになったのだと自分に言い訳をしていく。売れるということがどれほど人を狂わすかと。
 
 ――もしかしたら自分の音楽も認められるのではないか。

 多忙の中にありながらも、その欲に取り憑かれていった。
 だが、自分の作った曲が新曲として発表されることは一度もなかった。
 しかし、欲というものは自分で抑えられるものではなく、それを抑えようとすれば逃避に走る以外ない。
 手っ取り早いのが、女だった。
 惚れなければそれ以上に楽しいものはなく、ステージの後のなかなか静まらない性欲を満たすには必要なものだった。

 惚れなければいい。
 そう思っていた。

 女に惚れるということがどういうことかよくわかっていたからだ。

 思い出さないようにしていても浮かんできてしまう顔。
 大きな瞳を輝かせて、楽しそうに歌う姿。

 そして、最も魅力的なのは、倍音の含まれた低音が響く神が与えた声――。

 あの声には魂を揺さぶられる。
 あの声に音を重ねていたときの喜びが、自分にとっていかにかけがいのないものだったのか、失ってからわかった。
 忘れたくとも忘れられない。

 自分は何を失い、何を手にして、何を求めていくのか。

 魂を削るように、その問いの答えを模索しつつ、失ったからこそ意味を見い出そうと、自分の音楽には真摯に向き合ってきた。
 決して後悔してはいけないと挑戦してきたのであった。

 ポップスを離れて自分のバンドを結成することの恐怖さえ乗り越え、華やかなスポットライトを二度と浴びることがないかもしれないという不安を打ち消すように、曲を作った。

 ギターで勝負していきたい。

 僕のギターを、僕の音楽を、聴いて欲しい――!


「トーマさん。今晩はチケットソールドアウトだそうですよ」

 タツヤがはにかむような笑顔で言った。

「そうでしたか。では恥じない演奏をしなくては」 

 自分のバンドを作り、ライブから再び始めた。
 最高のベーシスト、ドラマー、ピアニストが集まってきてくれた。
 ポップスを離れ、ヴォーカルのいないジャズの世界での真価を問うと言わんばかりの聴き手を唸らせるには、一ステージ一ステージどれも最高の演奏でなければならず、常に上を目指し続けてきた。
 自分よりも上を行く弾き手の胸を借り、上達することを目指した。

 もっとうまくなる。

 もっと響かせる。

 もっと聴かせる。

 僕の音楽を――。

 だが、しかし、自分のパフォーマンスレベルが上がっても、「売れる」ということとは別だった。
 レコーディングの話はあっても、それがバンドの皆の懐を暖かくすることには結びつかず、それが焦りに繋がっていった。
 焦ることは禁物だとわかっていながらも、もっとライトの当たる場所に行きたいと望んだ。
 それが真に認められることだと。
 売れなくては意味がないと。
 すると、いつしかライブがこなすだけのものとなった。
 焦ってはいけないと思うと余計に泥沼に入っていくのだった。
 聴きに来てくれる観客に感謝しつつも、このステージの意味は何だろうと思うようになってしまった。

 そして、ライブの後にいつも待っている女のひとりに囁かれたのだった。

「これって最高なのよ。イライラも解消できるし、すっごくすっきりするの」

 最初は好奇心だった。
 ライブで高揚できない自分にとって、これ以上ない誘惑だったのだ。
 そして、

 ……常習するまで時間はかからなかった。


「トーマさん!」「トーマさん!!」

 皆が自分を呼ぶ声は聞いているが、そこがどこなのかわからなかった。

「トーマさん! 今、救急車が来ますから!」

 いや、だめだ。
 病院はだめだ。
 やめてくれ。
 
 何が起きているのかわからなかった。
 自分はステージにいるはずだった。
 いや、無事に終わらせた。
 アンコールの曲も演奏した。
 その後、その後どうなった?
 
 自分はどうなってしまったのだ――!


 *****

 懲役2年、執行猶予3年。

 音楽を続ける道は絶たれ、砂を噛んでいるような無味乾燥の日々を過ごし、自分は何のために生きているのかわからなくなっていた。
 更生病院では楽器に触れさせてもらえず、あまりに餓えて狂気に駆られ、ギターを持ってきてくれと叫ぶ度に鎮静剤で眠らされた。

 ギターを弾けない人生などいらない。
 ギターを取り上げないでくれ。
 頼むからギターを弾かせてくれ――!

 声を嗄らしながらそう叫び続けた。

 しかし、医者は、頑としてそれを聞き届けなかった。
 そして、音楽活動をすることが薬に近づく要因になりうるという洗脳をしていったのだった。

 音楽が、自分にとって、毒であると。


 退院し、自宅療養しているところのタツヤが見舞いに来てくれた。
 潮が引くように消えていく交友関係の中で、タツヤは変わらずに接してくれていた。

「トーマさん。もしかして、前に、オスカーとかいうバンドにいました?」
「え? ああ、そうだね。いたね」

 瞳がいたバンド。

「僕のドラム仲間がそこのメンバーだったって」
「そうなの?」
「最近までそれを隠していて、でも、トーマさんと連絡取りたいって言われて」
「へえ……」
「トーマさん、フェイスブックやりませんか?」
「フェイスブック?」
「ええ。最近みんなやっているんですよ。結構宣伝にもなるし。僕もライブ情報とか載せているんです。ファンの人がコメントしてくれると嬉しくて」
 頭をかきながら照れくさそうにそう言った。
「ふうん」
「で、その人もフェイスブックやっているんですよ。便利ですよ」

 どきりとした。

「そ、そう」

 もしかしたら、瞳もやっているかもしれない。

「そうだね、やってみようかな」
「ええ。是非! じゃあ、一番に友達にしてくださいね!」
「ははは。了解」

 そして、その投稿がタイムラインで流れてきたのだった。

「皆さんにお知らせします。わたくし真鍋瞳は、10月の町のイベントで歌うことになりましたー! 15年ぶりのステージで、今からドキドキです。一曲は新曲を歌うつもりですが、なかなかできあがらなくて焦っています。皆さんに無事成功したよ、と報告できるよう頑張ります!」

 画面に釘付けになった。
 
 15年ぶりの?

 まさか、あれから歌っていなかった?

 瞳の歌声が頭の中で鳴り出す。

 すると、メロディが浮かんでくる。

 稲妻が走ったような衝撃を感じた。

 ……なんだ、これは……?

 夕立のような……。

 夕立……。

 瞳が夕立の中、走ってくる……。

 最後に見た瞳の悲しい顔が浮かんでくる。

 ――哀しみをかき消すように降り出した夕立。
 ――一瞬でアスファルトを黒く覆い染めてしまう。

 瞳。

 ……瞳。

 ――肌を焼く夏の日差し。
 ――記憶を呼び覚ますの。
 ――遠い街の空の下。
 ――二人で感じた温度と肌の匂い。

 歌になっていく。

 ――愛しさも刹那さも、もう一度分かち合えるのなら……。

 慌ててクローゼットにしまいこんだギターケースを取り出す。

 相棒のオベーションアダマスが「待っていた」と喜んでいるように感じた。

 もう一度、瞳の声に重ねたい。

 居てもたってもいられなく、瞳に友達申請をする。

 お願いだ。

 断らないでくれ。

 瞳。

 瞳。

 瞳ーー!



 ー了ー

  
  

 

  
   

愛しさと刹那さと(仮題)

愛しさと刹那さと(仮題)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 前編
  2. 後編