逃げるな臆病者

そこまで過激で残酷な表現を使うつもりはありませんが、暴力等精神的にきつい描写があるかもしれませんので、ご注意ください。

ちょっと待て、クズ

 待ち合わせ場所のコーヒーショップに立ち寄った時点で、時間にはまだ大分余裕があった。カウンターでコーヒーを受け取り、長テーブルの一席に向かう。目の前はガラス張りになっていて、道を行き交う人々がよく見えた。この席なら栞もすぐに見つけられるだろ、と待ち合わせしている幼馴染が見つけやすい位置に座る。鞄から本を取り出して、ブックマーカーの挟まっているページを開いた。本の内容は小学生でも読めるような児童文学で、 私の読む本は大抵この程度の小説である。本は別に好きじゃない。ただのカモフラージュ。自分をまともな人間に見せるための道具だ。
 後ろに座っているカップルが騒がしくなっていくのに比例して、読書をする集中力は奪われていく。小説の主人公がいじめられっ子であることが既に腹立たしいのに、後ろが騒がしくなってしまい、私の意識は完全にカップルの会話に持っていかれてしまった。

「エリカって誰よ。あたし他の女と2人っきりで会わないでって言ったよね?」
「俺が誰と会おうが俺の勝手だろ。お前に関係なくね?」
「……うちら付き合ってんじゃん。彼女が嫌って言ってんだからやめてよ!」
「へぇ、俺らって付き合ってたんだ。初めて知ったわ」

 おいおい、どういうことだそれは。衝撃的な会話に飲みかけていたコーヒーを吹きそうになった。公共の場でこんなにえげつない会話する男女っているんだな。修羅場ってやつだ。いいぞー、もっとやれ。というか、男が最低なのか女がキチガイなのか気になってきた。野次馬根性丸出しでソワソワしてると、スマホの待ち受けに着信の通知が出ていた。栞からだ。

「はーい、もしもし」
「もしもし? 今着いたけどどこにいんの?」

 どうやら私に気付かなかったらしい。簡単に場所を説明して、電話を切る。広い店内を見渡すと、後ろにいる女の方と目が合ってしまった。何故か睨んできた女に呆然としてると、舌打ちをされた。……は?

「見てんじゃねーよ」

 私に向けて言ってんのかこの女? 目が合っただけだろうが調子乗ってんじゃねーぞ、ブス。頭に血が上って立ち上がろうとした瞬間、誰かが私の前に立ちはだかった。

「目ぇ据わってるけど大丈夫なのかな?」

 私を窘めるようにそう言う栞は口端を上げてるけど、目が笑っていなかった。あ、怒られる。そう思って席に座り直した。栞も私の隣に座って、熱くなっていた頭が冷静になる。危なかった。今栞が来なかったらあの女に掴みかかっていた。自分の短気さが嫌になる。まあケンカ売ってきたのはあっちだけど。

「何してんのあんたは。ヤンキーじゃないんだからすぐカッカしないの」

 小声でそう話しかけてくる栞は完全に私を責めていて、納得がいかず口を開く。

「だって目が合っただけで舌打ちとかありえなくない? ほんと調子乗んなブス」
「だからやめなって。聞こえるだろうが。大体私が来なかったらあんた確実に手ぇ出してたでしょ。はぁ……ほんとクズ」
「そこまで言う? ひどすぎるわ」

 栞は私に対して容赦ない。だけどいつも正しいことを言ってるから、私はあまり強く出れない。その話題はそこで途切れて、私たちはコーヒーを飲みほすとさっさと店を後にした。最後に後ろの男女をチラ見すると、今度は男の方と目が合った。何故か微笑まれた。うわ、かるっそー。きっと男の方がクズなんだろうと結論付けて、思いっきり顔を顰めてやった。



 月曜日は何でこうも気怠いんだろうか。しかも移動教室の授業で怠さがピークに来ていた。友達とダラダラと廊下を歩いてると、他クラスの男共に話しかけられた。何で今。授業遅れるだろうが。

「千絵機嫌悪くね?」
「あーね。ほんと月曜怠いわ」
「土日何してたんだよ」
「遊んでたよ。そう、日曜栞と待ち合わせしてたんだけど、まじむかつく女がいてさー」
「お前常にむかついてね?ちょっとは堪えろよ」
「いやいや待って。聞いて。今回は普通に誰でもむかつくから」
「千絵とりあえずいこーよ。遅れるじゃん」

 そう促されて時計を見ると、結構時間が無かったので仕方なくじゃーねと別れる。別れ際に頭を触られそうになり、髪をぐしゃぐしゃにしてくるタイプの奴だったので避けると、誰かにぶつかってしまった。

「あ、すんません…… あ?」

 見覚えのある顔に驚いて凝視してしまった。相手も驚いたように目を丸くしている。間違いない。コーヒーショップのクズ男である。

「あ、あん時のプッツン女。」
「は? ……はぁ!?」
「千絵なにキレてんの!? ごめんね、芦田君!」

 友達に「ほら行くよ!」と腕を引っ張られて歩き出す。いやいやいや、アイツなんなの!? プッツンしてたのはテメーの女だろうが! 沸々と湧く怒りを舌打ちで誤魔化した。後で友達に聞いたところ、あの男は芦田というらしい。かなりモテるらしい。友達がキャッキャ言っててイラッときた。



 「ちょっとしーちゃん聞いてよ!」そう言い栞のクラスの教室に入ると、心底うざそうな顔をされた。その反応はあんまりだろう。

「また千絵来たのー? ほんと栞のこと好きだね」
「うん、愛してる」
「うっざ。なに。あんたクラスに友達いないの?」
「冷た! 友達いるけどしーちゃんに話があったの!」
「あーもううるさい。早めに帰ってほしい」
「ひどくない? え? 機嫌悪い感じ?」
「早く話せよもー。うるさいなー」
「日曜にコーヒーショップにいた男が学校にいたんだけど!」
「は? 芦田のこと?」
「え、まてまて。しーちゃん知ってたの?」
「知ってるも何も同じクラスだけど。」

 栞が指差した方を見ると、そこにはあの男が座っていた。……嘘でしょ。

「は? 何それ。世間せま。しーちゃん仲良いの?」
「普通に話すよ。同じクラスだし。で、芦田が何?」
「いやさっき廊下で会ってプッツン女って言われてさ…… それだけなんだけど」
「プッツン女……! 笑える!」

 いや何も笑えないんですけど。むしろキレたんですけど。

「いやーまじでおもしろい。あんたヤンキー卒業しきれてないんだよ。ほんと自覚した方がいいよ、プッツン女」
「プッツン女って言わないでくれる」

 栞は気に入ったようで珍しく爆笑していた。私そんなにヤンキーっぽいか? 入学してから喋ると馬鹿っぽいとは言われても、ヤンキーとは言われたことないんだけど。ちょっと気にし始めたところで、芦田が近づいてきた。通路を塞いでいたため避けてやると、何故か私の横に立ち止まった。

「なあ、お前名前なんて言うの?」
「は? 名前? 渥美千絵」
「元ヤンなんだ?」

 げ、聞いてたのかコイツ。口籠っていると芦田は笑い始めた。感じ悪いな。

「お前面白そうだな。構ってやってもいいよ?」

 「何を言ってるんだこいつは」と本気で思った。モテまくるとつけあがるの典型的な例がこの男なのかもしれない。

「いや結構です、ほんと、友人関係には困ってないんで」

 そう言い捨てて私は自教室に逃げた。後で栞に「他クラスの空気悪くしといてなにさっさと逃げてんの? 」と本気で怒られた。そんなもん知るか。

逃げるな臆病者

逃げるな臆病者

元ヤン女子とクズ男子が織りなすほの暗くもキラキラとした青春劇。 コンプレックスとジレンマ、依存と自立、信頼できる人の存在の有難み、幼さ故の傷つけ合い、プライドや意地を捨て気持ちを伝えること、高校生ならではの恥ずかしい全力、傷ついててもぶつかる勇気、立ち直る強さ――そんなものをテーマにしています。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-07-30

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