想造のベルセルク 04

いよいよ、森の主の元へ─。

クラフティング・ファンタジー第四弾。

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 04 森の主─リザードマン─


 森の深部。正確には森の中枢である巨木。
 そこにそれは潜んでいた。時折現れる生贄を食わされるために。
 そして、それは再び訪れた機会を待ち遠しく首を伸ばしていた。
 『愚かな奴よ……』
 今度現れたら問いただし、結果によっては、葬り去るのみ。
 その化け物、トカゲの獣リザードマンは静かな怒りの炎を燃やしていた。
 


                                              *



 「貴様ら! さっさと起きろ!」
 早朝、桐谷の太い声が俺達の眠気を吹き飛ばした。桐谷は俺達の個室─正確には牢獄─の目の前に居る。
 眠い目をこすりながら俺たちはだるい体を起こした。
 「……はいはい、起きますよ」
 「……眠い」
 真二、綾が寝ぼけた声で口を開いた。昨夜は夜がふける直前に寝たため、非常に眠い。正直、もう少し寝ていたい。
 「よろこべ。今日、貴様らをこの世界から解放してやる」
 桐谷は相変わらずだった。その言葉を聞いた俺は桐谷を睨んだ。
 「解放、ね……。虐殺の間違いじゃないのか?」
 俺の言葉を聞いて顔をしかめた桐谷は鼻を鳴らしてその場を離れた。昨夜の小林との一件から桐谷は機嫌が悪そうだった。
 綾と真二は未だ夢現と言った感じで、眠気と必死に戦っている。
 ほほえましい光景だが、俺は二人から視線を離し、優の姿を探した。昨夜遅くまでどうすればこの集団を抜け出すことができるかを話し合い、気が付けば寝ていたため、彼女が心配になった。
 俺は立ち上がってあたりを見渡すと、すぐ側で猫のように丸まって寝ている優を発見した。
 「すぅー……。すぅー……」
 規則正しい寝息が聞こえ、俺は思わず微笑んだ。
 (こうしてみると、寝顔は可愛いんだな……)
 俺が今までみた優の表情はとても固いものだった。死が間近にある集団で過ごしていればそうなってしまうだろう。
 子どものように優しい表情で寝ている優を見ていると、これから自分に危機が迫るというのに安心する。だが、別の問題があった。
 「え?」
 目の前で寝ている優は裸に近い状態だった。乳首はギリギリ見えていないが、あと数ミリでもズレ落ちてしまえば、完全に見えてしまう。
 下半身もひどいものだった。下着は穿いているものの、大胆に見えていた。可愛らしいピンクの下着に俺の目は釘付けになっていた。
 昨夜の無表情な時とは違い、可愛らしい寝顔で寝ている半裸の女性を見ると、赤面せざるを得ない。
 しかも、男としても部分が反応し始めている。
 「んっ……」
 だが、そこで優が寝返りをうち、彼女の乳首が露わになった。
 (やばい!)
 俺はすぐに優から目を離そうとしたが、隣に来てはいけない人が来てしまった。
 「へぇ……。零夜ってこんな趣味あったんだ。女の子の裸をこっそり覗くなんてね……」
 綾が剣呑な表情で俺を見ていた。額に変な汗が滲んできた。
 「ご、誤解だ。お、俺は優の様子を見ようとしていただけだ!」
 「やっぱり覗いていたんだ!」
 綾は腕を組みながら俺を睨みつけた。腕を組んだことによって綾の胸が強調され、俺の鼓動は更に加速した。
 服に隠れていたためよく見えなかったが、綾もなかなかの容姿をしている。胸は優よりも大きく、くびれもしっかりしている。
 「どこ見てんのよ?」
 「……綾の胸」
 俺は何故か正直に言ってしまった。その後に待っているものは考えるまでもない。
 「いでででで!」
 綾に耳をおもいっきり抓られた。
 「反省しなさい!」
 綾は真っ赤な顔で叫んだ。
 「はい! 反省します!」
 「ん。よろしい」
 すると綾は俺の耳から手をどけ、真二を起こしに行った。片耳がジンジンするが、お陰で目が覚めた。
 「う……。んっ」
 俺達のやりとりで目が覚めたのか、優がもぞもぞっと動いた。
 しばらくして、優は少しだけ動くと、目を開いてゆっくりと起き上がった。
 「……んっ。お、おはようございます」
 優は半眼で俺に挨拶をした。
 「あ、あぁ、おはよう」
 俺はなるべく優の体を見ないようにして呟いた。だが、どうしても可愛らしい胸の突起物に目が行ってしまう。
 「優、服なんとかしてくれない?」
 俺は優と目を逸らしながら言った。すると、優は寝ぼけているのか、すぐ行動に移さない。
 「優、頼むから胸隠して!」
 優は寝ぼけた目で自分の胸元を見ながら呟いた。
 「へ? 私今そんな状態なんで─」
 だが、優は途中で言葉を失った。自分の視界に二つの膨らみと、ピンク色の先端部分が入ったせいだ。
 しばらく優は自分の胸の頂点を眺めていたが、突如顔を真っ赤にして服を直した。その動きは異状なほど速かった。
 「ご、ごめんなさい!」
 優は潤んだ瞳で俺に謝った。
 「いや、悪いのは俺だから……。ごめん」
 お互いに詫びた後に、優がゆっくりと口を開いた。
 「……さ、触ってないですよね?」
 「へ?」
 優は上目遣いで、目元に涙を貯めて、赤い顔で俺を睨んでいた。
 「触ってないですよね?」
 「さ、触ってない!」
 「本当ですか?」
 「本当だよ!」
 顔が熱い。
 そんなことを思いながらも、一度冷静になり、先程よりも声のトーンを下げて優に訊いた。
 「桐谷はどこに行ったかわかる?」
 優は黙って頭を振った。だが、その代わりに別の人物が答えた。 
 「桐谷さんなら、メンバーを起こしに行きましたよ……」
 レオナルドが肩をすくめながら呟いた。直後、複数の足音が耳に入ってきた。
 「貴様ら、出発の時間だ。ついてこい」
 眠そうなメンバーに気遣うことなく桐谷はさっさと行ってしまった。
 「あの野郎。一人で行きやがって……」
 真二が苛立った声を漏らした。だが、直後真二は俺の肩に手を置いてこう言った。 
 「朝からラッキースケベか? おめでとう」
 「何がだ!」
 俺は真二に叫びつつ桐谷達の後に続いた。他のメンバーは俺達を前へ促すように後ろから牽制していた。
 この状態で俺達は数十分の時間を掛けて、ある巨大樹の根本までやって来た。
 その場所は木漏れ日が少なく、視界が悪い。それほど巨大で葉が多い木なのだろう。
 「この木は、もしかして……」
 「あぁ、きっと昨日見た妙にでかい木だ」
 俺の呟きに真二が答えた。幹の太さは百メートルを裕に超えている。間近で見るとものすごい迫力だ。
 そして、その根本は何故か洞窟のように横穴がポッカリと開いていた。
 穴の向こう側は暗すぎて見えないが、俺はなにか嫌な予感を感じた。
 『─なにをしに来た?』
 すると、巨大樹の根本の横穴から低い声が響いてきた。
 人間の声ではない。
 「貴方様に献上したい者がいます」
 『ほう。汝は我に生贄を授けるというのか?』
 桐谷はその場に跪いて敬意を払った。献上したい者。つまり俺達の事だ。
 「はい。その者共も貴方様の生贄になることを喜んでおります」
 勝手なことを言う。俺達は桐谷の背中を射殺す気で睨んでいた。
 口だけは達者だ。
 だが、次の瞬間、予想外の返答が寄せられた。
 『要らぬ。もう飽きた。そもそも、自分の命をそのように考えるものはいない。汝はどう思っておるのだ?』
 「……どういうことでしょうか?」
 桐谷は顔をしかめてから問いただす。だが、次の瞬間、巨大樹の横穴から長大な爪が現れた。僅かな木漏れ日を反射させて銀色に光っていた。
 桐谷以外のメンバーが危機感を覚え、後ずさる。
 更に、爪はもう一つ現れ、メンバーの恐怖心は大きくなる。
 『汝はそやつらの気持ちを考えておるのか?』
 「はい。ですから、彼らも喜んでおります」
 桐谷はきっぱりとそう言った。
 「あの野郎……!」
 真二の顔が怒りで歪む。綾は対称的に不安な顔をしている。
 『この森から抜け出すために汝は生贄を差し出してきた。だが、我が貴様の言うとおりにすると思うか? それと、汝を開放するつもりはない。そもそも生贄を渡されても意味は無いのだ。汝は一方的に契約をしたのだ。だが、我は同意していない。つまり、元から契約などなかったのだ。もう、終わりにしようではないか。最期に一つだけ汝に教えてやろう。この森は、この巨大樹の根本にある地下通路からしか出られないのだ』
 直後、地面が大きく揺れた。
 「なんだ?」
 これにはさすがの桐谷も狼狽えた。
 巨大樹の横穴からは土埃が舞い上がり、彼の不安要素を煽った。
 「桐谷さん! 避難してください!」
 金田が桐谷に言った。桐谷はその指示に従い、後方へ退いた。
 だが、再び地面が揺れた。そして……。
 『最期の生贄は汝だ。喜ぶがいい』
 地面から先ほどの爪が現れ、桐谷に襲いかかった。海面に浮かぶサメの背びれのように巨大な爪は地面を抉りながら接近してきた。
 「なんだ?」
 俺は目の前の光景に息を呑んだ。恐らく、森の主は地中を移動している。そして、そんな相手に俺達は何もできない。
 そして、先ほどの会話から予測すると、桐谷は殺される。
 「俺達も距離を置くぞ!」
 俺は真二と綾に向けて指示をした。直後、俺達は五十メートルほど離れた場所まで移動した。だが、その途中、大地を揺るがす振動が伝わってきた。
 嫌な予感がして俺は振り向いた。
 そこには絶望があった。
 地面から上半身を露わにした巨大なトカゲの右足の爪に人が刺さっていた。
 桐谷だ。胴体を貫かれ、血を吹き出す桐谷は動かなかった。
 「き、桐谷さん?」
 優が座り込んで呻き声を上げた。他のメンバーも驚愕と恐怖に支配されているようだった。
 『そこにいるのは汝の仲間か?』
 森の主は誇ったように呟いた。直後、桐谷の体を真上に放り投げた。
 上昇した桐谷の体は力なく落下を始め、森の主の口の中に吸い込まれていった。 
 その瞬間、森の主が鋭い牙のある口を閉じた。大量の血液が辺り一面に吹き乱れ、その場に居るものに恐怖と絶望を与えた。
 『我が名はリザードマン』
 リザードマン。ゲームやファンタジーによく登場する架空の獣人。一言でいえはトカゲ男。そんなものを目の当たりにしているにも拘らず、三人のメンバーが 武器を用いて森の主─リザードマン─に斬りかかった。 
 しかし……。
 『我に危害を加える者には、容赦はせぬぞ!』
 リザードマンは下半身を地中から出した。リザードマンの尻尾は棒ヤスリのようになっており、それに攻撃されればひとたまりもないだろう。
 だが、恐怖心によって行動を起こした金田、ヘンリー、高橋らはそんなことも露知らずに、雄叫びとともに突っ込んでいった。
 『─邪魔だ、失せろ』
 リザードマンは一瞬で横に回転した。直後、尻尾が三人の人間を肉片へと変えた。飛び散る血を浴びながらリザードマンは誇らしげに雄叫びを上げた。
 「金田さん、ヘンリー、高橋さんが一瞬で……」
 その光景を見ていた結城が蒼白な顔で絶望していた。レオナルドに至っては言葉をなくしていた。
 『汝らは我を攻撃した。故に、汝らを攻撃対象とみなす』
 先ほど切り込んでいった三人のせいで、俺達は危険な目に合うだろう。俺は殺気がほとばしる戦場を呆然と眺めていた。
残ったメンバーは優、レオナルド、ワシリー、結城のみ。凶悪だった殺人集団は瞬時に管部を失い、崩壊へと進んでいったのだ。



                                              *



 地上に居る限り、リザードマンは攻撃を繰り返す。その巨体さ故に攻撃範囲が広く、躱すことすら不可能と判断した俺達は一旦木の枝に上り、作戦を企て、確認を行っているところだった。
 「……いいか、常に飛行しなければ殺されると思えよ?」
 会議の進行役を務めるのは真二とレオナルド。意見を提案するのが俺と綾と結城。偵察と意見をまとめるのが優とワシリー。
 「この森は暗いから飛行は危険だ。どうする?」
 俺は安全の面で質問をした。下手に飛行して木々に激突するようならやめた方がいい。
 「その心配は要らない。辺り一面の木の根元に照明灯を設置する。それでなんとかなるだろう」
 レオナルドが俺の問に答える。この素早いやりとりに俺は頼もしいと思った。
 『隠れているつもりか?』
 時折リザードマンの囁き声が耳に入るが、幸いな事に攻撃はしてこない。
 「よし、そろそろ奴も痺れを切らしそうだからここで終了する。みんな、作戦をちゃんと頭に叩き込んだか?」
 真二が皆の顔を見て問う。皆は覚悟を決めたような顔つきで頷いた。
 「みんな、これを耳に付けてくれ」
 俺はその時、あるものを皆に渡した。
 耳にかけるタイプのマイク内蔵イヤホンだ。
 「きっと肉声などは聞こえづらいから、これで全員に声が聞こえるようにした方がいいと思うんだ」
 俺は見本として右耳にそれを掛けてみた。皆もそれに習い、俺は全員が耳に掛けるのを待ち、内蔵されているマイクのスイッチを押した。
 「マイクチェック……。聞こえるか?」
 俺は全員に向けて問い詰めた。すると、返事はすぐ聞こえた。
 『聞こえます』
 その声は優の声だった。彼女の声は恐怖に支配されていないようで凛としていた。
 「了解。他のみんなは?」
 『異状なし』
 『聞こえる』
 『動作確認完了』
 『オッケー』
 『大丈夫だ』
 全員の確認を取り、俺は皆に説明した。
 「常に回線はオープンにしておいてくれ。いつでも状況を把握したい。回線がオープンになっている間、情報は全員で共有する」
 全員が頷き、俺は腹をくくった。イヤホンのサーバーの電源を一旦切り、口で皆に言った。
 「リザードマンは危険だ。俺達全員を“悪”だと考えている。その分攻撃も激しくなるだろう」
 皆の顔に緊張が走る。自分達に襲いかかるであろうリザードマンの脅威。それに怯えないものなど居るはずもない。
 もちろん、俺だって緊張している。ここで失敗してしまうと、なにもかもが終わってしまう。この世界から抜け出すことも、明日香のことも……。
 「でも、俺はあえて言う。恐怖に支配されるな」
 俺らしくない言葉を吐きながら自分の腹を括った。皆も力強く頷いた。
 「この窮地を乗り越えよう。行くぞ!」
 「おう!」
 「えぇ」
 「オーライ」
 「了解」
 「ラジャー」
 真二、綾、レオナルド、結城、ワシリーが答えた。優はまだ決心ができていないのか、少し戸惑っているように見えた。
 俺はそんな優を見守っていた。すると……。
 「……はい」
 優は小さく微笑んで答えた。これで全員の同意を得た。
 やることは唯一つ。逃げることの許されない戦いに赴くだけ。
 「では、各自配置に付け!」
 結城の号砲を合図に全員が散らばった。
 俺はサーバーをオンにし、通信を開始した。
 巨大樹を囲むように生えている大木に各々が配置した。
 「こちら平賀、配置場所に到着」
 『了解』
 俺は森の主に最も近い木の枝に留まり、様子をうかがっている。
 『こちら浅田、今から発光爆弾(フラッシュバン)を投げます。光りを直視しないように注意してください』
 『こちらレオナルド、了解した』
 『いいぞ。やっちまえ!』
 真二の言葉を合図に、隣の大木の枝に“CS(クリエイション・スパーク)”が迸った。綾が発光爆弾を出現させたのだろう。
 『─行きます! 目を閉じてください』
 綾がそう言った直後、俺は目を瞑った。数秒後、瞼の裏からでもわかるほどの強烈な光が瞬いた。
 『ぬおおおおおおおおおお!』
 森の主が呻き声を上げた。 
 この森は日光を遮断しているため、非常に暗い。そんな場所に住んでいる生物の目は、暗さに慣れるために瞳孔を大きくしている。そんな時に、強烈な光を見てしまえば瞳孔の面積の分、光を多く吸収してしまう。その結果、悪くて失明、良くて一時的な視覚異状に陥る。
 この場所は森の深部。従って、暗さは群を抜く。そのような場所で生息していた森の主リザードマンは突然の発光現象を直視してしまい、視界を奪われた。
 「発光現象の終了を確認。これより攻撃を開始する!」
 俺は腰にブースターを出現させて、枝を蹴った。
 落下と同時にブースターを噴かせてリザードマンとの距離を一気に縮める。
 すでに、照明灯は設置されており、飛行にそこまで支障はない。
 『了解。フェイズⅡへ移行』
 俺は結城の報告を聞いた直後、付着爆発弾入のマガジン二つとAK‐47の形をしたアサルトライフルを出現させた。そして、リザードマンとの距離が十メートルほどの場所で移動を中止し、空中で静止した。
 「銃撃隊、構え!」
 俺は腰のマガジンを一つ掴み、素早くアサルトライフルに詰め込み、コッキングレバーを引く。そして、速攻構えて待機した。
 「準備完了」
 『準備完了』
 『いつでも行けるぜ!』
 レオナルド、ワシリーが報告し、俺は早口に指示した。
 「射撃開始! 目標、リザードマンの脚部! 発射(ファイア)!」
 直後、トリガーを引き絞る。三方向から放たれ、リザードマンの足元に打ち込まれた付着爆発弾はいくつもの明るい火球を出現させた。
 レオナルドとワシリーには付着爆発弾を予め渡しておいた。使用方法は口答で説明したが、うまく理解してくれたようだ。
 『ぐお! 己(おのれ)!』
 同時に視界を失ったリザードマンが短く呻く。だが、そんなことでは攻撃は収まらない。三方向から迫る付着爆発弾がリザードマンを襲い続ける。
 だが、マガジンの弾が無くなり、俺がリロードしている最中にリザードマンが動いた。
 『あの野郎! 潜り始めたぞ!』
 ワシリーが焦った声を放つ。
 潜られては銃弾は意味をなくす。潜られる前に脚を使い物にならないようにさせるため、俺は素早くコッキングレバーを引いて狙いを定めてリザードマンを撃った。
 だが、リザードマンの方が早かった。俺が放った銃弾も虚しく、地面に火球の花を出現させただけだった。
 『どうする?』
 綾が心配そうな声で訊いてくるが、俺はまだ諦めていなかった。
 「任せろ」
 アサルトライフルを消失させ、空いた右手にグレネードを出現させて、俺は急降下した。
 目標はリザードマンが入り込んだ地面の穴。俺はそこにめがけてグレネードを投げ込む。
 グレネードは穴に入ると深いところまで転がっていった。
 (爆ぜろ!)
 頭のなかで爆破を命じて俺は再び上昇する。すると、地面が一気に崩壊した。同時に、大量の土砂が巻き上げられた。爆発の衝撃の影響だ。
 俺は巻き上げられた土砂や石を躱しながらリザードマンの反応を伺う。
 『ナイス!』
 結城の弾んだ声が耳に入る。
 流石に先ほどの攻撃はリザードマンに甚大なダメージを与えたはず。このまま攻撃を続ければ勝率は上がる。
 だが……。
 『なんだ?』
 ワシリーが不安そうな声を上げた。
 『どうした?』
 真二がワシリーに尋ねる。
 俺も気になっていた。暗くてよく見えないため、なにが起きたか分からない。
 『巨大樹に異常発生。木の皮が裂けてきています』
 『なに?』
 ワシリーの報告に眉をひそめるレオナルド。皮が裂けてきている?状況がいまいち理解できない。
 「もう少し様子を見ていてくれ」
 俺はブースターを制御してワシリーの場所に移動しようとした。だが……。
 『巨大樹から爪が出現! 奴です、リザードマ─』
 「っ!」
 突然、イヤホンにノイズが走り、顔をしかめた。まさか……。
 俺は巨木に視線を移した。すると、その向こう側に仄かに青白い光が舞っていた。
 『ワシリー!』
 耳を劈くような結城の悲鳴が聞こえた。同時に、木が軋む音が響き渡った。
 『銃撃隊、後退しろ!』
 真二の命令を聞いて俺は急旋回し、その場から離れた。
 ワシリーが死んだ。一人も犠牲者は出したくなかったのに。
 だが、ワシリーには申し訳ないが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
 『あいつは目をやられたんじゃないのか?』
 レオナルドが呻くが、俺も同じことを考えていた。
 失明したと思っていたが……。
 今連携が乱れた状況下で発光爆弾(フラッシュバン)を使うと危険だ。俺は綾ではなく、優に言った。
 「優。あの巨大樹を燃やすことは可能か?」
 『できます』
 「よし、頼んでいいか?」
 俺はここであえて命令はしなかった。桐谷のように命令するのはどうしてもできない。
 いや、正確にはしてはいけないのだ。考え過ぎかもしれないが、優に新たな束縛を与えてはいけない。
 『了解です』
 直後、俺の頭上を何発もの火矢が通過していった。そして、それは巨大樹に命中し、一気に火が燃え広がった。
 中にいるリザードマンはひとたまりもないだろう。だが、悲鳴は聞こえない。
 今度こそ殺れたと思ったが、そう簡単には事は進まない。
 『畜生! あの野郎思ったよりもしぶといぞ!』
 レオナルドが苛立ちの声を上げる。それは俺も同感だった。
 (俺達は奴を舐めていた。そして、犠牲者を出してしまった)
 心のなかで悔やんでいると、巨大樹の根本から奴が姿を現した。
 その直後、奴は身をかがめた後、地面を蹴ってジャンプした。脚力も尋常ではなく、十メートルは跳んでいた。そして、最初に俺が配置した木に乗り移った。
 俺は再度アサルトライフルと付着爆発弾を出現させ、奴に銃弾を撃ち込んだ。
 『まさか、爪を利用して木によじ登るつもりか?』
 真二の疑問はすぐさま証明された。奴は長大な爪を利用して木によじ登ったのだ。
 俺はアサルトライフルを消失させて代わりに近接武器を出現させた。
  ・片刃の双剣。重量は竹刀同等。
  ・材質はダイアモンド複合鋼。
  ・刀身を振動させることが可能。
  ・ブースターに鞘を装着。
  ・振動モードと通常モードへの移行は思考力で制御。
 腰に新たな重みが加わり、俺は一度近くの枝の上に乗った。
 「ブースター変えるか……」
 燃料の問題もあるため、換え時だろう。
 『なんだって?』
 「あ、悪ぃ。独り言だ」
 回線を開いていることを忘れおり、レオナルドの声によって気付かされた。
 腰のブースターを消失させ、双剣を鞘ごと持つ。瞬時に今まで通りに見えるブースターを腰に装着する。
 新規部品のマウントに双剣の鞘を突っ込む。これで準備よし。
 「さて、あのトカゲ野郎を切りに行きますか」
 『切りに行く? 本気なのか?』
 真二が俺に強く問う。
無理もない。奴は長大な爪と棒ヤスリのような尻尾を持っている。しかも、先ほどワシリーは接近されて死んだのだ。そんな状況に自ら飛び込もうとしている。
 自分でもわかっているが、かなり無謀だ。だが……。
 「でも、遠距離攻撃は通用しなかった。付着爆発弾だって命中はしていたものの、大したダメージを与えていない」
 『……確かにそうだが、接近戦を挑んで一度に三人も死んだだろ?』
 正論だ。だが、俺は桐谷のように可能性の話をした。 
 「あぁ、でもあの時は奴に攻撃を与えていない。もしかしたら奴は刃物に弱いのかもしれない。銃弾の先端は刃物ほど尖っていない。しかも、付着爆発弾は、先端のスイッチが作動した瞬間に爆発する。それじゃあ、奴の身体にめり込む前に爆発することになる。飛び散る銃弾の破片もそれほど効果は無い様に見える。だったら、鋭利な刃物で試してみようと思うんだ。尻尾の硬い部分以外なら、案外簡単に切断できるかもしれない。ブースターで回避だってできる。俺は一人でもやるつもりだ」
 『……』
 俺以外の全員が黙り込んだ。皆をどう思っているのだろうか?
 自殺行為に走るバカだと思うだろうが、俺はそんな事考えていない。
 「真二。チェンソースナイパーで援護してくれ。俺はまず厄介な奴の尻尾を根本から切り落とす」
 俺は返事を聞かないでブースターを噴かせた。双剣をブースターに掛けてあるため、少し速度は遅い。だが、ここからが勝負だ。
 『お、おい!』
 真二が慌てた声を漏らす。俺は聞き流して前進した。
 『よし、優。さっきみたいに弓は使えるか?』
 『はい。任せて下さい』
 結城と優が俺の案に賛同し、対策を練っていた。
 『私は圧縮空気であいつの動きを制御するわ』
 綾も賛同してくれた。俺はリザードマンとの距離を一気に縮めた。
 『死にに来たか……』
 リザードマンは俺の気配を察知し、鋭い爪を向けてきた。同時に巨木を後ろ足で蹴り、跳躍力を利用して俺に襲いかかってきた。
 予想通りだ。
 俺はブースターにあることを命じた。
 (出力レベル2へ移行!)
 突如、ブースターの外装甲がスライドし、新たな噴射口─スラスター─が二つ現れた。左右両方でスライドさせたため、スラスターは四つ増え、出現したと同時にブースターの火が大きくなった。
 奴の爪はすでに俺の目の前まで突き出されていた。
 俺は頭のなかで上昇をイメージし、実行された。その結果、リザードマンの爪は空を切った。
 『なに?』
 俺が急上昇するとは考えていなかったのであろうリザードマンはバランスを崩し、無様に落下した。
 俺は横に回転して上昇をとめ、先ほどとは逆に降下し始めた。スラスターが増えたため、落下速度が一気に上昇している。
 リザードマンが地面に落ちた時、俺はすでに奴の真上にいた。のこぎりのような尻尾を確認し、両腰の双剣を鞘から勢い良く引き抜く。
 金属同士が擦れ合う不快音と火花を散らした。
 「おらああああああああ!」
 俺は速度を維持してリザードマンの尻尾の根元に双剣を叩き込んだ。振り下ろす際に振動モードに切り替えたため、リザードマンの尻尾は思いの外簡単に両断できた。
 『ぐおおおお!』
 リザードマンの呻き声を背に、俺は頭のなかでブースターを制御し、地面への激突を避け、そのまま低空飛行に入った。
 身体に尋常ではない負荷が加わるが、今は気にしている場合ではない。俺は歯を食いしばって耐え続けた。
 優の放った火矢で巨大樹が燃えているため、辺り一面はかなり明るい。これなら低空飛行をしても問題はない。
 『今だ!』
 レオナルドが叫んだと同時に三方向から矢が放たれた。標的はもちろんリザードマン。 
 それを見送った俺は一度地面に降り立った。矢はまっすぐリザードマンに刺さり、赤黒い血の粒を散らした。
 『ぬお……』
 「─やっぱり、奴は刃物に弱いんだ」
 『そうなったら、俺の出番だな!』
 真二が誇らしげに声を張る。すると、すぐにエンジン音が響き渡った。真二のチェンソーが起動したのだろう。
 俺は深呼吸した後、低空飛行でリザードマンに接近した。
 「俺は足を狙う。真二は奴の頭を、あとは各自任せる」
 ブースターの出力を最大にし、一気に加速する。血液が身体の後方に貯まるが気にしてはいられない。
 奴の目はどうなっているか未だ不明だが、反応できないほどの速度で攻撃を繰り返せば勝てる。
 真二の放ったチェンソーが奴の鼻を抉った。リザードマンは声を上げず、代わりに俺を視界にとらえていた。
 どうやら目は生きているようだ。俺はジグザグの軌道を描いてリザードマンに更に接近した。
 『させぬ』
 リザードマンは爪を横に薙いだ。だが、俺は体を横回りさせてそれをたやすく避けた。
 (こんなものなのか?)
 心のなかでリザードマンに向けていった俺は毒を吐いた。
 奴の爪を躱した後、一気に距離を詰めて俺はリザードマンのうしろの右足を切り落とした。だが、俺の動きは止まらない。 
 リザードマンの側面から攻撃したため、足を切った場合、胴体に激突してしまう。俺は紙一重で制御をかけて上昇し、一瞬だけブースターを停止させた。その後、ブースターの水力による慣性を利用し、前宙して胴体への衝突を回避した。直後、ブースターの火を噴かせて飛行を再開した。これはブースターがあってこそできる芸当だ。
 『許さん!』
 リザードマンは忌々しいものを見るような声で呟いた。だが、俺はそれを受け流し、うしろの左足にめがけて双剣を振り落とした。
 『ぬおお?』
 両後ろ足を切られたリザードマンは胴体を地面に付け、動きを止めた。
 「今だ! 総攻撃!」
 俺は全員に向けて叫んだ。すると、真二のチェンソースナイパーの攻撃や矢の雨が降り注いだ。
 俺はその場を一度去り、攻撃の行方を見守った。
 双剣を通常モードに切り替え、腰の鞘に収める。
 『お、(おのれ)!』
 リザードマンは為す術もなく、一方的に攻撃されていた。
 反撃の合間を与えず、矢とチェンソーの雨を浴びること数分。皮膚が爛れ、鱗がもげ、肉が抉れ、足を切られたリザードマンは、とうとうその場に倒れ伏した。
 『やったか?』
 レオナルドが早口に尋ねる。
 『待ってろ。いま見に行く』
 すると、結城が俺の横に降りてきた。
 「どうだ?」
 結城は無線越しではなく、生の声で俺に話しかけてきた。現在、彼の目は勝利を喜んでいいのか分からないと言ったところだ。
 「今のところ動きはない。だが、注意深く頼む。死んだフリかもしれないしな」
 「了解だ」
 俺達がいる場所からリザードマンとの距離が十数メートル。急に奴が攻撃してきても反応出来る範囲だ。
 結城は右手に剣を持ち、恐る恐るリザードマンに接近していった。俺も少しずつ結城の後を追った。
 『き、気をつけろよ……』
 真二の緊張した声がイヤホンから聞こえた。
 リザードマンとの距離が五メートルを切った位置で俺達は足を止めた。目の前のリザードマンは全身から血が滲んでおり、傷が至るところにあった。
 俺と結城は互いを見合って、更に接近した。
 だが、それでもリザードマンは動かない。これはもう、死んだと判断してもいいだろう。
 俺達はリザードマンに触れてみた。トカゲ特有の湿った鱗に悪寒を覚えた。
 気持ち悪い。その考えは結城も同様らしく、顔が引き攣っていた。
 「こちら結城。リザードマンの死亡を確認。作戦成功」
 『はぁ、終わった……』
 綾の安堵した声が耳に入った。俺と結城は互いに薄く笑い、リザードマンから離れた。
 『ご無事で』
 優も安堵したように優しい声音で言ってきた。
 俺は一度リザードマンに振り返ってみた。桐谷を殺し、他の三人を一瞬にして肉片にした奴はどんな気分であの四人を殺したのだろう。
 奴は桐谷を殺す前、汝を開放するつもりはない、と言った。
 まるで執念があるようだった。リザードマンが言うには、桐谷が強引に契約をしたようだった。その際に何かあったのだろうか。もしその仮説が正しければこんなに呆気無いとは思えない。
 『でも念のためその場で待機だ』
 結城が全員に向けて警戒を促した。俺も持ち場に戻ろうとしてリザードマンから視線を外した直後、また地面が揺れた。
 「まさか……」
 俺は即座にブースターの火を噴かせて真上に飛んだ。結城も地面の揺れに気付いたのか、同じように飛ぼうとした。だが……。
 『……我を見縊るでない!』
 地面から現れた奴が結城の真上に躍り出たのだ。
 『結城さん!』
 優の悲鳴が耳を刺す。
 このままだと彼は殺される。
 両腰の双剣を引き抜き、ブースターを駆使して奴に接近する。双剣を振動モードに移行し、奴までの距離が三メートルほどになり、双剣を振りかぶったが……。
 『─っ! 間に合わ─』
 ワシリーが死んだ時のようにイヤホンにノイズが走った。それに伴い、目の前に飛び散る赤い雫。目の前で宙に浮いていたリザードマンはすでに着地していた。つまり……。
 『結城!』
 レオナルドが彼の名を呼ぶが、当然のことながら返答はない。
 潰された。ついさっきまで話していた仲間が、こんな汚らわしい獣に殺されたのだ。
 だが、リザードマンは先ほどまでとは容姿が異なっていた。そのリザードマンという名の通り、後ろ足で立つ巨人の姿になっていた。
 「─ない」
 自分でもなにを言っているかもわからない暗い小さな声で呟いた。
 向こうの世界で不良どもに襲われている明日香が殺された時のように、心のなかで何かが弾け飛んだ。
 希望を絶望へと変化させるリザードマン。この脅威を排除しなければ皆死ぬ。全員殺されて意味を持たない青白い光となって消えて行く。そんなことは絶対にさせない!
 「許さない……! 殺す!」
 俺はブースターを最大出力にして急接近した。リザードマンもこちらに気がついたのか、振り返りざまに爪を振りかざした。
 『うるさいハエめ!』
 「黙れ!」
 俺は奴の爪が振り下ろされる前に、双剣を薙いでいた。切った部分は奴の爪の付け根。
 肉片とともに巨大な爪は回転しながらどこかへ飛んでいってしまった。
 『許さぬ』
 俺はリザードマンを睨みながらブースターを駆使して、飛行を続けた。もう作戦はない。このままこいつの鱗を、肉をそぎ落として、殺す。
 俺の心のなかで、怒りの炎が迸っていた。

想造のベルセルク 04

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。作者のnegimachine(ネギマシン)です。
今回は戦闘メインでしたが、如何でしたか?
戦闘シーンを描写するのはとても楽しいです。もしかしたら今後も戦闘シーンが増えるかもしれません。
次回は、戦いも大詰めです。次回もお楽しみに。

作者:negimachine

想造のベルセルク 04

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-29

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC