12、ボウイが絆?

rococo

12、初心が遠くなる

 12、初心が遠くなる    


 夕方六時。デスクの脇に置かれた何本かのデモのCDを見て裕一は軽い頭痛を覚えていた。以前に比べればこうして送られて来る音源も少なくなった。この時代には当然の話でもある。労力をかけるならネットの方がより多くの人の目にふれる。しかも反応がリアルタイムで見える。送ってはみたもののその後どうなってしまったのかわからないまま時間だけが過ぎて行くよりはるかに現実的だ。そして原石を探す方も何度もライブハウスに足を運び、自分の耳と感を信じるなどというやり方にはもはや限界を感じている。


労力と時間と経費をかけたわりに成功はまれだ。となればネットの力も無視はできない。もちろんレコード会社もプロダクションも何もしてないわけではない。新しい風を音楽界に送りこもうとイベントを企画してみたりはする。でも結局のところそれらは話題を呼び人は集まるものの宣伝の色ばかりが年々濃くなるばかりだった。そんな業界の事情といまやジャンルを問わず飽和状態にある音楽の現実の中で裕一は行き詰まり、悩んでいた。


(文化も芸術も電化製品と同じ様に限界か?形があろうとなかろうと人間の考え出すものはいつか終わりが来るということか?――ビートルズは世界を飲みこんだ。ボブ・ディランは自分の生き方のスタイルにこだわる事を若者に見せた。そしてボウイは常識とそうでないものの堺がいかに不透明なものかを教えてくれた。で、今は何がある?新しいものなどあるだろうか?)
裕一はだるそうに立つと帰り仕度をはじめた。
(ああ、もう今日はいい。すべて明日だ。デモを聞くのも考えるのも。)


その時だった。
「おい、裕一。今日付きえよ。どうせ暇だろう?」
先輩の小野だった。大学で三年先輩だった小野は職場でもなにかと裕一を気にかけていてくれた。
「まあ――。」
裕一のいつものぼやけた返事。小野はにやっと笑う。
「予想通りの返事だな。用でもある?」
「別にそういうわけじゃあ――。」
小野はもう一度薄笑いを浮かべて大きく頷いた。
「よし。じゃあ付き合えよ。」


それで話は決まりだ。もともと断る事が苦手な裕一はどうしても相手のペースに引き込まれる。そんな性格に何度うんざりした事か。でも結局問題にならない限り小さなプライドはかえって面倒だと感じていた。ただ近頃その思いに疑問がわいていた。このままではただいい人というだけで一生何事もなく、平凡に、いつの間にか人生を閉じてしまうのではないかと。やはり息ずいている人間ならば譲れない熱い思いがあるべきなのではないかと。


 二人は会社のある赤坂から池袋へと向かった。
「ライブですか?」
「うん。最近はあまり行ってないけどな。」
「――僕もそうなんです、実は。」
裕一はすまなさそうにポツリと言った。入社してから四、五年まではよく足を運んだものだった。

ライブハウスには本気で夢を追う者と、その一方でもう半ばあきらめかけていながら引くに引けず夢にぶらさがっているものが入り乱れている。どんな気持ちを胸に秘めていようと日常の生活の中にはない熱気がそこにはあった。その中から本気と、将来性と、人の心を掴んで離さない個性を持ち合わせた人材を見つけ出す。そして共に夢を追いかけ、成長し、いずれ世界にはばたく。それが裕一の願う夢だった。だけどその願いは何度も裏切られ、いつしか裕一の足もライブハウスから遠のいていた。


池袋の駅前を通り抜けて狭い路地のビルの地下にそのライブハウスはあった。重いドアを開けると小さな箱からいきなり耳をつんざく音が襲って来る。中には日常の孤独から逃げて来たのか、それともまだ名も知られていない彼らの音楽に夢を託しているのか若者達が寄り添っている。慣れ親しんだ空気。裕一は妙に懐かしい気がしていた。


(爆音と、肩が触れ合う程の他人との距離。夢を見守るものと夢を追う人の重なりそうで実は相反する両者の一体感。ここには夢と現実が同居している。)
裕一はおそらく世間のほとんどの人が見る事のないこの世界の中に自分の夢があった事を思いだした。
(でも今だに俺は何もつかんでない。夢を見ることはいつだって多くはばかげた幻想だ。他の道を歩けばもっと楽しい未来が待っているかもしれない。それでも追う奴がたまにいる。夢と現実の選択にいくども迷いながらもあきらめない奴。もし叶わなければ時間を無駄に費やしたただのばかで終わるのに。――ただ、夢は追い続けなければ絶対叶わない。どちらにしても難しい選択だ。続けるのもあきらめるのも。)
 

この日は五バンドが予定されていた。小野の目当ては三番目だという。どこで得た情報かは知らないが小野がわざわざ足を運ぶのだからかなり期待度が高いのだろうか。それににしては聞いたことのないバンド名だ。二組目の最後の曲が終わり場内に明かりがつく。暫くするとステージでは目当てのバンドの音合わせが始まった。この生の音が音楽好きにはたまらない。何故か心が躍る興奮を覚える。周囲を見るとグラスを手にした人や、タバコを吸いながら語り合う人達のざわめきで包まれていた。


ふっと明かりが消えバンドの演奏が始まった。女性ボーカルを置いてギター、ベース、キーボードそしてドラム。確かにこれだけそろえばそれなりに音の厚みはでる。このライブハウスではある程度知られているのか周りの反応はそこそこ。でも裕一には正直なにも響かなかった。それどころか幻滅に近い。
(なんなんだ、これは!いったい何がしたいんだ。受けのいいダンスミュージックをちりばめただけじゃないか。それにあのボーカルのどぎつさは何を考えているのか?――レディー・ガガかマドンナでも真似ているつもりか?)
裕一は隣で手を振り上げ叫ぶ若者をしらじらと見ていた。


(おいおい、あんた達は本当にこんなんでいいのか?これに満足なのか?それとも俺が歳をとりすぎたのか?
いくらなんでもそれはないだろう。これが日本の今の若ものの音楽のレベルか?――音楽であろうと絵であろうとなくてはならないもがある。力強さ、希望、優しさ、悲しみ、時にはかなさ。どれ程激しいハードロックと言われるものにも後世に残るものにはそういったデリケートな主張があった。でもこれははっきり言って騒々しいだけじゃないか。ただ騒ぎたいだけか?それもありか?――いや、ひどすぎる。)
小野の方を見るとおそらく裕一と似た感情を持ったのか、もう行こうという合図を目で送ってきた。


 間もなくしてふたりは静かな闇の中に立っていた。ここにはまったく違う世界が存在していた。重いドアひとつがふたつの世界を作っている。少しの間黙って歩いていた小野が裕一に聞いた。
「どうだった、あれは?」
「どうもこうもひどい。物真似ならいいけど。個性と言われるものはどこにも見当たらない。つまらないですね。」
裕一が珍しくきっぱりと断定した。小野が一瞬足を止めて横目でちらっと裕一を見た。
「そうか・・・俺もそう思った。」


 小野は大学時代から裕一に何かを感じていた。優しくていい人、でも個性が今一つという人が多い中できっと小野だけは裕一に期待を感じていた。長い人生の中でそういう人に巡り合うのは何度もない。それだけにこれは裕一の幸運のひとつに間違いない。
(こいつは今が変わり時かもしれない。お人好しで、そつなく仕事をこなすだけの男では終わらないだろう。そんなつまらない奴じゃない。――俺のかいかぶりか?いや、多分俺の目に狂いはない。)


 ふたりは軽い失望を抱え駅までの道を急いで歩いていた。駅に着くと小野がほっとした顔をみせた。その顔があまりに子供っぽく見えて思わず裕一は笑ってしまった。まるで小さい子供が暗闇から必死に逃げ、ようやく母の姿を見つけた様な顔だった。裕一が不思議そうに見ると小野が少しはにかんで言った。

「いや、なんかさ俺昔から池袋っていう街が苦手でさ。どうしてなのかわからないけど。可笑しいよな。ごちゃごちゃしてるのは渋谷も新宿も一緒なのに。何故か早く他に行かなくちゃって思うんだよ。変だな。」
「言われてみるとそういうのってありますよ。僕は横浜がだめで。目的がなければまず行こうとは思わないし、万一行っても用が済んだら一目散に帰りますね。・・・別に嫌いとかそういうわけじゃないんです。でも必ず頭が痛くなるし。相性が悪いんですかね。」


「なるほど。街との相性か――それってあるかもな。・・・ところで三茶との相性はどう?」

「三軒茶屋ですか?」

「そう。」

「あまり行かないし。でもどちらかと言うと好きな方かな。」

「よかった。じゃあこれから行こう。おもしろい店があるんだ。」

「おもしろい?――どんな意味で?」
小野は一瞬悪魔的な笑みを見せる。

「悪いけどお前の想像ははずれだ。可愛い子も、綺麗なお姉さんも寄ってこない。」
裕一はその方がありがたいと思った。近頃の気分はそんなもので舞い上がる程単純ではないのだから。

「実は俺も二度しか行った事がないんだけど。かなり珍しい店なんだ。とにかくいろんな楽器がおいてある。しかも誰もがそれで演奏ができる。当然お客は音楽好きが多い。そんなわけで毎日素人ばかりのセッションが繰り広げられている。これがなかなかなんだ。」

「へえー。おもしろそうですね。」

「だろ?よし、行こう。」

12、ボウイが絆?

12、ボウイが絆?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-28

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