一夏の幽霊

残暑だって。秋のくせに。

三ヶ月間、僕はいました。

今年も夏が来たわけだ。
僕は夏至0時00分に、日本に目覚めた。セミも太陽も相変わらず元気みたいだった。前年度に比べて暑いだの、そうでないだのは、昨今の流行りみたいなもんだ。今年の夏も多分、暑くなったんだろうね。

「セミうぜええええええ」
若者がつぶやく。
「アブラゼミいるよ!捕まえよ!」
子供が笑う。
勘弁してやってはくれないか。(やっこ)さん、そんなに長くは生きられない奴らなんだ。
今日も土から出てきた奴さんたちは、7日間の限られた時間の中、叫びまくる。
「ぼくはここだぞ。帰ってきたぞ。今年も夏が・・・きたぞ」と。

夏休みっていうのが子供の間で毎年話題だ。
なんと40日も自由が与えられるんだ。いろんなことが起こる夏にだぜ?どうかしてるぜ大人たち。宿題っていう偽物の枷が腕や足につけられるんだけど、偽物は偽物なんで。そんなに効果はないです。
あんまりプールではしゃいじゃダメだよ?ハメを外しすぎちゃいけない。あ、ほら。言わんこっちゃない。目の前で一人が夏の餌食になる。
テレビはちゃんと教えてくれる。「気を付けないとこうなります」けどあんまり効果はない。みんな自分に降りかかる災難だとはこれっぽっちも思ってないからね。夏を知ってるようで夏に疎いんだ。子供っていうのは。

「こまめに水分補給しなさい」夏になったら全国で1000万言(こと)ほど耳にする。
普段だったら喉が渇いた瞬間水飲むんだけどね。普段だったら。そう、普段だったら。
体が砂漠みたいになってからじゃ遅いんだよね。それじゃ何も育たない。雑草も歩いて帰っちゃうんじゃないかな。

いろんな虫たちがいろんな場所から出てくるんだ。人間で言うなら夜の繁殖行為と一緒でさ。彼らもひと夏の栄光と未来永劫を夢見て頑張るわけさ。あー・・・できれば潰さないであげて。悪さをしたいわけじゃない。暑さで狂うのは人だけさ。
害虫だってほかの虫にとっては救世虫かもしれないわけだ。人の勝手で殺しちゃダメだよ。僕はそう思う。夏目線さ。気にするな。

今のは日の目の話でさ、実は月目の時間にも僕はいるんだ。
昼が風鈴なら、夜は鈴虫さ。耳を澄ませてごらん。これはね、彼らの愛の歌なんだよ。ちょっとおしゃれに言えばラブソングさ。綺麗なもんだろ?愛はいつだって綺麗なものなんだよ。真っ直ぐならね。

空に花を咲かせるのは人間の仕業だなぁ。でも僕といえばこれだって勝手に思ってるよ。みんなもそうだろ。綺麗なもんだよね。一瞬の感動と儚さ。今年の花火。みんなはどんな気持ちで見てたんだい?野暮だねって?夏ってそんなもんだろ?違うかい?

道路にセミが死んでいる。一匹また一匹。頑張ったよお疲れ。地面で必死に飛ぼうと藻掻く一匹が静かに息絶えた。うんうん。お疲れ様。

それが合図みたいに僕の終わりも見えてくる。楽しかった夏もそろそろ終わりだ。暑さでまいっただろうから、そろそろ冷やしてやらないとね。カッとなったら頭を冷やせって言うでしょ?だから冷やしといて。暑さでとろけちゃってるよ。脳みそも顔も。

僕は何も干渉できない。生きてるのか死んでいるのかも定かではない。でも確かに僕はいるんだ。いたんだよ。夏の下に。
ちゃんとまた来年帰ってくるから。それまで僕のことは忘れないで欲しい。

楽しかったよ夏。僕は夏のおばけさ。ヒュードロロン。
するりするりとすり抜け消えた。

一夏の幽霊

夏、でしたね。

一夏の幽霊

夏に生まれて夏に死ぬ。僕は夏の幽霊。幾千の夏の線さ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-28

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