結ばれた世界

 
  一


その日の朝も、後藤和真(かずま)は自宅のマンションの一室でいつもどおりに目を覚ました。ずっと暮らしている馴染み深い自分の部屋である。そこには、本棚があり棚にはクラシックのCDや本があり、壁には見慣れているタレントのカレンダーがあった。しかしそんないつもと、まったく違わない日の目覚めなのに、なにか彼には違っているように感じられた。そこには、哀しいなにかの意志があった。哀しいなにかの感情があった。しかし朝、いつまでもベッドで横になっているわけにもいかない。
彼は起きると両親の居るリビングのほうへと歩いて行った。
 和真の家族構成は父と母と彼だけである。ずっと昔、和真がまだ小さいころは妹の樹(じゅ)理(り)が居た。しかし彼女はずいぶん前に交通事故で亡くなっている。だから彼は妹がもう居ないことにも、妹の部屋が物置になっていることにも、もうすっかり慣れているのだった。
 リビングに入ると父が新聞を読んでいた。母は料理をしていた。「おほよう」と二人に声を掛け、和真は、テーブルの前に設置してあるテレビに見入った。テレビでは、ニュースをやっていた。なんでも女子高生が飛び降り自殺をしたということらしい。テレビでは、そんな日常の(それは少し殺風景な日常かもしれないが)いつもの光景が繰り広げられていた。
「このニュース、家(うち)のすぐ近くじゃないか。嫌なニュースだねえ」そう父が言った。
「若い人は色々悩みもあるんでしょう。和真、あんたはそんなことになる前にちゃんとお母さんに、相談するのよ。なんでも悪いことを胸に抱えていちゃだめだからね」
「わかったよ」そう生返事をして彼は食卓に腰を掛けた。



 今日は2016年の4月4日である。いつもとまったく変わらない日だが、その日は少し雨が降っていた。高校生の和真は平日には勿論学校に行く。彼が通っているのは私立K高校で彼はそこの三年生なのだ。しかし登校する前に和真は、何かを感じていた。それはなんだったろうか。何か物悲しい存在の死であろうか。突然、荒野に置き去りにされた誰かの声だったろうか。和真には勿論、何か分からなかった。しかし彼はその日、学校に行くのがなんとなく億劫になっていた。
 しかし、それでも行かねばならない。彼は食事をすまし、制服に着替えると鞄を持ち、外へと出て行った。そうして外を歩いていると、一匹の犬に出会った。和真を見ると犬は吠えた。しかしそんなことには彼は動じずにいつもどおりの道を歩いて行った。
 和真の通うK高校は和真達の住む街から電車で一時間ほどの場所にある。男女共学で、伝統を誇る名門校である。敷地もわりと広く、五百人を超える生徒達と、教師達がこの高校に通っている。和真は電車のつり革につかまりながら、ふと妹の樹理のことを考えた。今頃、彼女は天国で(天国というものがあればだが)誰かと暮らしているのだろうか。自分もいずれ、あと五十年か六十年かすれば、樹理のあとを追うだろう。しかし五、六十年は気の遠くなるほど先である。そんなことを彼は電車の中で考えていた。
 学校に着くと彼はいつものように、自分のクラスに入り、自分の席についた。そうしていつも通り、朝のホームルームが始まった。退屈な授業に変わり映えのしない休み時間。それらが過ぎ、放課後になった。
放課後になり彼はいつもどおり、空き教室で受験勉強をし始めた。春の心地よい日である。それはいつから彼の日課になっていただろう。一年の時は、この空き教室で彼は本を読んでいた。二年の時も彼はそこで本を読んでいた。しかし三年になると事情が違った。みんないい大学に入るため受験勉強を始めたのだ。当然、和真もみんなに遅れないように、受験勉強をするしか無かった。
 空き教室で彼が勉強していたのには理由がある。一つには学校の図書室は勉強をする生徒でいっぱいだからである。もう一つには家に帰ると、ゲームや漫画の魅力があるためである。そんな理由で彼は放課後の教室で勉強をしていた。しかしその日はある変化があった。いつもどおり勉強していると、ある生徒達が教室に入ってきた。
「こんにちは、ちょっといいですか?」
そうその男の生徒は言った。隣には女生徒も居る。
「一緒に勉強していいですか?」そう彼女は言った。
「いいですよ」そう彼は言い、再び、勉強に戻った。ちょうど数学の二次関数の問題を彼は解いていた。そうしてそのまま、二、三十分が過ぎた。
「あの、一緒に勉強しませんか?三人で教え合った方が、もっと効果的に勉強できると思うんですが」そう彼女が言った。
「数学でもいいんだったらいいですよ。三年ですよね?」そう尋ねると、「そうです」と答えが返ってきた。
「僕は池田直樹といいます。彼女は清水理香です」
「そうですか。僕は和真、後藤和真です。三年同士だったら敬語じゃなくていいよね?」
そう和真は言って、その日は三人で勉強をすることになった。これが和真が直樹と理香に会った最初の日だった。

   二



 そういう風にして和真達三人は仲良くなった。最初、和真はてっきり直樹と理香は付き合っているのだと思った。そうでなければ高校生で男女二人で行動したりするはずがない。しかしそれは、理香の言葉を借りていえば、ただの「幼馴染」だった為だった。
 そんな風にして高校生活を和真は送り始めた。空き教室で三人で勉強をし雑談をするのが、彼らの日常になっていった。その内に和真は理香に惹かれていった。長い黒髪で黒い大きな目をした彼女に少しずつ和真は気持ちが動いていった。そうしてそんな日々が続いていた、ある日のことだった。
 それは土曜日の朝だった。和真は十時頃、目を覚ますと、理香からメールが来ているのに気付いた。
 その文面にはこう書いてあった。
「いきなりメールしてごめんね。良かったら明日の昼、一緒に隣町の遊園地に行かない?直樹には勿論内緒で。返信待ってます」
 そう彼女はメールをしてきた。和真にとっては当然嬉しいことである。あのかわいい理香が自分をデートに誘ってくれた。それで彼は有頂天になるのだった。そのメールを見たあと、彼は窓を開けて外の景色を見た。そこから見る空はどこまでも高く、きれいで和真を祝福しているかのようだった。
 そうして日曜が来た。和真は待ちきれない思いで約束の遊園地の前で三十分以上前から彼女を待っていた。その間もたくさんの人が遊園地に入ってくる。その中に一人、和真は奇妙な人を見つけた。雨も降っていないのに彼はレインコートを着ているのだ。そうして時折、和真の方をちらちらと見てくる。しかし和真はそれを無視した。これからの理香とのデートがあるいは台無しになるかもしれない。そう考え和真はそのレインコートの男を無視した。
 そうして理香がやって来た。彼女は、ブルーのセーターに灰色のズボンを穿いていた。
「ごめん。ちょっと待った?」そう彼女が言うと、「いや。いいんだ。まだ来たばかりだから」そう言って和真は彼女と遊園地に入ろうとした。しかしその時、理香はレインコートを着ている男を見て不快そうな表情を見せた。
「あの人が何か気になるの?さっきから時折こっちを見てくるんだ」
「あの人とは絶対、話したら駄目。きっと変質者よ、早く行こう」そう彼女は言って和真の手を握った。そうして二人は遊園地へと入って行った。遊園地ではじめ、和真はジェットコースターに乗りたいと思った。しかし彼は理香の反応を気にした。
「ジェットコースターには乗りたくないよね?」そう彼は言って、理香の反応を伺った。
「うん、別のにしよう。観覧車は?」
「それでいいよ。じゃあ行こう」
そう言って二人は観覧車に乗った。
「なんで僕をデートに誘ってくれたの?」
そう彼は観覧車で彼女に言った。
「そうね。あなたが可愛いからかな?直樹とは遊園地なんか行かないし、私ももう十七才の女の子だよ。デートくらい行っておかないと」そう彼女は言うのだった。
「それにしても、あのレインコートの人は・・・」
「それはもう言わないで」
そう彼女は珍しくきつい口調で言うのだった。
そうして、色々のアトラクションに乗り、夕暮れが訪れた。別れ際、理香は、
「これは、待っててくれたお礼」と言って和真にキスをした。彼は驚いた。理香はもっとつつましい女の子だと思っていたからだった。
がしかし勿論、悪い気はしなかった。それどころか、とても彼はうれしかった。
 そんな風にして高校生活が過ぎ、受験シーズンがやって来た。和真は第一志望のK大学に合格した。やがて直樹と理香からも連絡があって三人とも違う大学だが志望の大学に合格したことが分かった。そうしてその日の昼には三人で集まって小さなパーティーをやった。三人ともよくはしゃぎ笑った。そうしてその場で思わぬことが起こった。
「直樹、ずっと内緒にしてたけど実は私、和真と付き合っているんだ」そう理香は言った。
「へえ、そうなんだ。気付かなかったよ」
そう直樹は言って驚いた顔をした。和真はなぜ今、そんなことを理香が言い出したのかわからなかった。「付き合っていることを、直樹には内緒にしてほしい」そう言ってきたのは理香だったからだ。しかしそんな疑問を考える間もなくパーティーは続いた。そうして別れの時間になった。
「またこうして時々三人で集まれるといいな」そう直樹は言うのだった。
「そうだね。そうしよう」そう和真は言い、直樹と別れた。が理香とはそのあとも一緒に居た。
「大学違っても、私達付き合って、居られるよね?」そう彼女は不安そうに口にするのだった。
「大丈夫。僕は君を見捨てたりしないよ。僕にとって理香はお姫様だもの」そんな言葉を言うと、理香は一瞬、さみしそうな表情を見せた。そうして涙を流した。
「ごめんね。なんでもないの」
そう彼女は言って笑ってみせるのだった。
和真はなぜ彼女が泣いたのか聞き出したかった。しかし聞いても、「なんでもないの」と理香に言われるだけだった。そんな風にして和真は理香と青春を過ごしていた。しかしいつもひとつだけ気になることがあった。それは例のレインコートの男だった。そんな人物たちが和真の家の近くや理香とのデート先に出没するようになっていったのだった。男の時もあった。女の時もあった。それらの人物は誰一人として自分からは、和真に話しかけては来なかった。しかし彼らはいつも和真の方を見て、話したそうな素振りを見せるのだった。
 
 三


 しかし勿論和真は話さなかった。前に一度、レインコートを着た男に話さないように理香には言われていたが、和真はそんな人たちが自分と理香の幸福を壊しにきたように感じたからだった。
 そうして和真は理香と付き合い続け、大学の一年の時に二人は寝た。理香が初めてだったのが和真には嬉しかった。
 ある日のことだった。和真は理香と共に公園を散歩していた。春のことで、陽射しは暖かく、和真は幸福な気持ちで理香と一緒に歩いていた。
 彼はこうしているのが、夢のようだった。かわいい理香と付き合って、デートをしているのが、現実のように思われないのだった。
理香はかわいかった。性格も天使のそれのように和真には感じられるのだった。
 そうしてその日も彼らは居た。それは久々の出没だった。彼らは目印のように最近は黒い服をきるようになっていた。彼らは黒いジャンパーや黒いズボンを着るのだった。和真には悪質ないやがらせとしか思えなかった。しかし理香に相談すると、いつも「無視しよう」と言われるだけだった。
 そうして月日は流れ、理香も和真も直樹も大学を卒業し、和真と直樹は働きはじめた。理香は違った。彼女は和真と同棲をしていた。
ゆくゆくは二人とも、結婚するつもりだった。そうして周りもそうなるものと思っていた。
 そうして和真はごく一般的な商社のサラリーマンになった。そして二人とも二十五才の時、二人は結婚した。晴れやかな結婚式だった。ホテルの大きな会場で、同じ会社の人々や親たちや直樹が集まって、二人は結婚式をあげた。宣誓の言葉も二人は口にした。
「病める時も健やかなる時も貧しい時も豊かな時も永遠に愛すると誓います」
 二人ともそんな台詞を口にした。
 そうして新しい家で新たな生活が始まった。

 四


 和真は毎日、働きながら、理香との生活を楽しんでいた。しかし、結婚後、半年も経たないうちに和真は理香の態度にある種の違和感を感じるようになった。理香は休日の昼間、よくでかけるようになった。そうしてどこへ、行っていたの、と和真に聞かれても、ちょっと友達に会っていた、とか買わなくてはいけないものがあった、などと言ってはぐらかした。和真にはそれが、嘘となんとなく察しられるのだった。
「理香、約束するよ、僕はどんなことをしても君を守る。だから、何を隠しているかを言ってくれ」ある日、彼はそう言った。
「隠していることなんて何もない。ねえ、和真、この世にはたくさんの理(ことわり)があって人々は知らない方がいいことを知らずに生きているの。あなたもその一人、私には隠し事なんてないし、あってもあなたには解決できるものじゃない。あなたはまだあの頃のまま、高校生のままなのよね。でもね、私は違うの。私はもう立派な大人でたくさんの痛みを経験してきた。そんな私の気持ちがあなたにわかるはずはないの」そう理香は言うのだった。そうして理香は日に日によそよそしくなるのだった。
 そうしてある日のことだった。和真は家に帰ると、誰もそこにはいず、理香の置手紙が一枚、テーブルの上に乗っているいるのを見つけたのだった。そこにはこう書いてあった。
「どうしても言えない事情で私はあなたの元を去ります。決して後を追わないでください。これまでのあなたとの日々は楽しかった。それには素直にありがとうと言います。直樹にも、このことは知らせないで。離れていてもきっと私は大丈夫です。こころはずっと一緒にいます。
                 理香


 その手紙を見て、和真は激しいショックを受けた。そうしてなぜ彼女が出て行ったのか考えた。あの時にきつく、秘密を聞き出そうとしたのが、悪かったのか。とにかくこのままではいけない。理香を探しに行かなくては。そう思い、和真は夕暮れの街を外に出た。まだ近くに理香が居るかもしれない。しかしすべては無駄だった。彼は一人、家へと帰る道を歩いていた。その時に突然背中に激しい痛みが走った。なにか鋭利なものが自分の背中から刺され心臓にまで達していることがおぼろげながらに彼にはわかった。それで、終わりだった。後藤和真はたった一人になって二十五才でその生涯を閉じた。

  五

  




 ある朝、和真は目を覚ました。しかしそこはいつもどおりの自分の部屋でなかった。勿論、天国でも無い。和真は起きると、まずデジタル時計の日付を見た。4月4日と書いてある。彼はさらにカレンダーを見た。2016年とある。今日は2016年の4月4日なのである!それはすなわち彼の高校生のころなのだ。彼は、窓を開けて外を見た。やはり小降りの雨が降っている。そうしてこのままいけば彼はまたあの空き教室で理香と直樹と会う。そう和真は思い、理香のことを思った。彼女がなぜいなくなってしまったのか。そのことばかりを彼は考えていた。しかしいつまでもこの部屋に居ても仕方がない。彼は起きてリビングへと向かっていった。
 果たしてそこには両親が居た。あの朝と一緒である。彼は何もいわずに食卓に座った。すると「おはよう」と父が和真に言ってきた。
「おはよう」彼もそう返した。テレビは前とおなじように女子高生の飛び降り自殺について報道していた。
「このニュース、家(うち)のすぐ近くじゃないか。嫌なニュースだねえ」そう父があの日と同じ言葉を口にした。まったく同じままに。すると母も同じことを言った。
「若い人は色々悩みもあるんでしょう。和真、あんたはそんなことになる前にお母さんにちゃんと相談するのよ。なんでも悪いことを胸に抱えていちゃだめだからね」
「ああ、わかった」そう彼は返事をして、今起こっていることについて考えた。
 時間の遡り。それしか彼には考えられなかった。小説や漫画であることは知っていたが、現実にもあるとは!しかしそれしか和真には考えられなかった。
 彼は久しぶりに高校の制服を着て、家を出た。果たして駅に向かう途中の道で再び彼は前の犬に吠えられた。
 理香も直樹もどうしているだろう。そんなことを考えながら、和真は電車のつり革につかまって以前の高校生活について考えた。また机に向かい、受験勉強をしなければならないのか。そう思うと彼は心臓に疲れを感じるのだった。それにしても、なぜ自分はこんな目に合うのだろう。そう考えた時彼は、自分が死んだときの光景を思い出した。その時に確かに自分は死んだはずだ。それも後ろから刺されて。その相手が誰なのか、彼は気になった。これから成人してあの時まで行けば彼は再びあのナイフに刺されて死ぬのだろうか。そう考えると彼はぞっとするのだった。
 高校に着いた。彼は先に理香と直樹を探そうと考えた。しかし少し考えて止めた。この世界の理香や直樹も自分のことを知っているはずがない。あの空き教室で会うまで彼らはただの他人なのだ。そう考え和真は教室の自分の席に座った。そうして朝のホームルームが始まった。周りの生徒達は皆、座り教師が話を始めた。それは久しぶりの高校生活だった。昼になればまた以前のように和真は食堂に向かい、飯を食べた。
 そうして放課後になった。和真は前にしていたように空き教室で受験勉強を始めた。そうして彼らの来るのを待った。あの理香と直樹が来るのを待った。早く会いたかった。特に理香と。なぜ彼女が居なくなったのか和真は早く聞き出したかった。十分が経ち、二十分が経った。和真は待っていた。その時が来るのを。理香と直樹が姿を現すのを。果たして彼らはやってきた。
「こんにちは。ちょっといいですか?」そう直樹は前と同じ台詞を言った。
「一緒に勉強していいですか?」彼女もそう言った。和真は改めて、彼女を見た。以前のままの彼女だった。あの青春を共に過ごしたころの彼女だった。
「もちろん、僕の名前は後藤和真といいます。あなた達は?」
「僕は直樹です。池田直樹。そうして彼女は清水理香です」そう直樹が言い、彼女も「こんにちは」と和真に声を掛けてきた。
「よかったら、一緒に勉強しませんか?」そう和真は言った。
「ええ、いいですけど」そう彼女が言った。少し戸惑った表情だった。
 あの直樹と理香に再び会えた。和真はそんな喜びでいっぱいだった。しかし理香のことは気になった。なぜ消えてしまったのか。そのことをこの世界の理香に言いたくて、彼はたまらなかった。しかしそれは、言えなかった。この世界の理香も直樹も自分がループしたことは知らないはずだ。言ったらおかしなことになる。おかしな人と思われて、疎外されてしまうかもしれない。
 『とりあえす、情報を取ろう』そう和真は思い直樹達との勉強に参加するのだった。しかし誰から、どこから情報を取ればいい?そう思ったとき、あのレインコートや黒ずくめの人々について、和真は思った。ひょっとしたら、彼らが何かを知っているかもしれない。自分を暗殺したのは、彼らだろうか。そうだったらもっと慎重に行くべきか?そう和真は考え悩むのだった。

 六



 そうして前と同じようにある日の土曜、理香から和真にメールが来た。文面もまったく同じだった。そうして一人、自宅のベッドに寝転びながら、彼は考えるのだった。あのレインコートの男に話しかけてみようか。どうしようか。もし話してみれば、何かがわかるかもしれない。虎穴に入らずんば虎児を得ずさ。駄目だったら、また何か考えなければいけない。何か、情報を得る手段を。そう考えて和真はベッドの中で寝返りをうつのだった。
 その日が来た。やはり前と同じで晴れている日である。和真は約束の一時間以上も前にその遊園地にやって来た。そうしてその男を待った。春の陽は暖かった。そうして待ち遠しかった。和真は今、この世界に自分が居ることを強く感じていた。「僕は今、こうしてここに存在している」この世界で理香と共に幸福になりたい。彼はそれを願っていた。果たして男はやって来た。前と同じようにレインコートを着ている。和真は緊張した。ひょっとして向こうから話しかけてはくれないか。そんなことも考えたが、やはりその男はこっちをちらちら見るだけで、話し掛けようとはしてこない。意を決して、和真はその男に話し掛けることにした。
「こんにちは」
 そう言うと、その男は和真を無視した。和真はもう一度だけその男に話し掛けた。すると、「清水理香と池田直樹には、気をつけろ。千代田区×××へ来い」そう言うと男はその場から去った。千代田区×××。それをしっかりと覚えて、和真はその場所で理香を待つことにした。
理香と直樹には気をつけろ?その意味はまったくわからなかった。そうして和真は時計を見た。まだ約束の時間まで三十分以上ある。和真はその男の言った言葉を思いながら、一人、理香を待った。
そうして三十分後、彼女はやって来た。前と同じブルーのセーターに灰色のスボンである。
「観覧車に乗ろうか」自然と和真はそんなことを口にしていた。
「いいわ」そう彼女も言って、二人は観覧車に乗ることになった。
 観覧車のなかで和真は無言になった。「理香と直樹に気をつけろ」それの意味をもしかしたら、理香は知っているかもしれない。そこで彼は理香の反応を試すためこんなことを言ってみた。
「たとえばだけどさ、理香が時間を逆行して何かできるとしたら、何をしたい?」
「どうしてそんなことを聞くの?」彼女は怪訝な顔をしてそんなことを言った。
「いや、この間、そんな内容の小説を読んだんだ。それで調べてみた。勿論、現実の話じゃないけれど、ループにまつわる話って結構多いんだ。できたらいつに戻りたい?」
「そうね。もう一度、最初から・・・・やり直したいわ」そう言うと、彼女は視線を逸らして、観覧車の外の地上を見るのだった。
そんな風にしてデートは終わった。勿論和真は楽しかった。またこんな風に理香と会い話ができたら・・・そんなことを思い和真は帰宅した。
そうして彼は失われた、かつての新婚生活を思うのだった。あのまま、あの日々が続けば、幸福な家庭の幸福な人々で彼と理香があり続けたら。しかしそれは勿論過去に実現できなかったことだった。
 次の日は勿論、月曜である。和真は普段と同じ学校での日常を終え、帰宅した。そうしてそれから、レインコートを着た男の言った例の住所を訪ねてみた。そこは、特に変わり映えしない、住宅地だった。ただ一つ変わっているのは、入ってすぐのところに受付があり、受付嬢がいることだった。
「どちら様ですか?」とその受付嬢は言った。
「和真、後藤和真です」そう言うと、受付嬢は電話を掛けた。どこの誰に掛けているのだろう。それは勿論、和真には分からかった。
 そうして十分ほどの時間が過ぎた後、受付嬢はこう言った。
「エレベーターへと案内します。一緒に来てください」そう言って、彼女は歩き始めた。そこは長い廊下だった。あちこちにホテルのように、部屋があった。そうして突き当りにエレベーターがあった。どこも変わりしない普通のエレベーターである。そこに二人は乗り込むと、受付嬢は一階と六階のボタンを両方押した。
「これは覚えて下さい。これから、何度も同じことをすることになると思いますから」そう言うと、エレベーターは急に下降し始めた。

 七


 エレベーターを出るとそこは地下だった。天井がやけに高い。三階分くらいの高さがある。そうしてそこで彼を待ち構えていたのは、三人の人物だった。黒服の二人の男と一人の女性である。そのうちの一人の女性が彼に話し掛けた。
「よくここまで、来れたね。お兄ちゃん」
「お兄ちゃんってまさか、お前は」
「そう。樹理よ、お兄ちゃんの妹の」
 そう彼女は言った。
「とりあえず、ここで話すのもなんだから、移動しよう」そう言って、二人の黒服の男と共に樹理と和真は車に乗り、移動を始めた。
 和真は樹理と思わしき女性と話したくて仕方がなかった。疑問が次から次へと彼の心の中に湧いてきた。そうして車は駐車場と思わしき場所に止められ、四人はその施設へと入っていった。その施設はどこもかも地上の建物と違っていた。第一に壁紙がある。色々な色彩で壁は飾られており、絵もかかっている。そうして、床には赤いじゅうたんが敷かれている。そんな廊下を四人は通って行った。
しばらくして部屋へと入る時になると、黒い服の男たちは外に居て待機をすることになった。
「本当に、久しぶりだね。まずどこから話そうか」そう言って、彼女は空中に模様のようなものを描いた。するとどこからか、コーヒーらしき黒いもので満たされた、カップが二つテーブルに並んだ。
「すごい。まるで魔法みたいだ」
「だって、本当に魔法だもの。そうだよね、そんなことも知らないよね。私も初めて見たときは驚いた。でもお兄ちゃんも練習すれば同じことができるよ」そう言って彼女はコーヒーを飲み始めた。
「まず、お前は本当に樹理なのか?なんで死んだことになってるんだ?」
「それには、まずこの世界の構造から話さないといけないね。私達、人類はこの世界ですっと人生を送ってきた。でも表の歴史はほとんど、嘘っぱち・・・・戦争の歴史は勝者に都合のいいように変えてあるの。そうして人類は最近になってから、こんな地下世界で生活を始めたの。この地下世界を作ったのが、誰かは私達も知らない。とにかく人類はこうして生活をし争ってきた。そこには二つの秘密があった。それが、世界の種子と支配の力なの」そう言って、彼女は一息を入れた。
「支配の力はそのまま、人類や世界を支配する力なの。誰でも、ほんの少しは持っている。でもこの世には常に三人だけ、支配の力が、一般の人の千倍以上持つ人間が居るの。私達はその人たちを「神に選ばれし存在」と呼んでいる。今の状況を整理すると、まず私達の居る「ルージュ」そこに今、お兄ちゃんが居る。そうして紅蓮のいる「フォレスト」あと町田かけるの居る「キャメロット」その三つの組織が戦っているの。主力戦はまだ無い。いつも表での小競り合いばかり。でもいずれこの二つの組織を倒さなきゃいけない。それにはお兄ちゃんの力が必要なの。そう、そうして私達の本当のお父さんはその「神に選ばれし存在」だった。だから、お父さんは戦いに身を投じた。そうして他の二人を倒して、世界の支配者になったの。ある時代にある国で戦いが起きると、その戦いの勝者が世界を支配できる。なぜかは私達も分からない。ただ、たとえば今の日本を支配することができたら、その人は世界を支配出来るほどの支配の力に恵まれるの。勿論、お父さんは表では、普通の身分で暮らしていた。でも地下では、王様だった。そうしてそのお父さんとお母さんの間に私とお兄ちゃんが生まれたの」
「今の僕の両親がそんなことを?」
「それは違う。今のお兄ちゃんの両親は本当の両親じゃないの。お父さんとお母さんは、自分の子供たちには平穏に暮らしてもらいたかった。だから私達を養子にだしたの。でも結局はそれも無駄だった。私はほんの小さいころに今の組織に連れていかれたし、お兄ちゃんも巻き込んでしまった。そう、そうして世界の種子のことを話してなかったね。実は私も世界の種子なんだけど、世界の種子は、人々から情報を奪える存在なの。勿論その世界の種子にも個性があって、私みたいにいっぱい奪える子もいたり、少ししか奪えない子も居る。あなたに近づいてきた、清水理香もその世界の種子なの。勿論、彼女があなたに近づいたのは、情報を得る為・・・・世界の種子と支配の力、この二つが協力して、戦えばまず負けない。勿論、向こうも同じ二人組なら、どうなるかわからないけどね。そして私達のお母さんも世界の種子だった。お父さんからいっぱい情報を得て、戦いに勝利したの。支配の力には色々なことができるの。その一つが命令なの。支配の力を持つものは、自分より低い力の持ち主に命令ができるの。それを断ると相手は死んでしまう。それだけでも、支配の力には力があるんだけど、それだけじゃないの、訓練しだいによっては相手の弱点が見えたり、超能力が使えたり、魔法が使えたり物質が創れたり、色々なことができるの。だから皆血なまこになって支配の力の強い人を探すの。そうしてある程度、支配の力を持った人は、相手からその力を奪えることができる。ここまでわかった?」
「要はその支配の力と世界の種子があれば、色々できて、この世を支配できるってことだな。でもどうして、樹理は小さいころに連れ去られたんだ?」
「それは私が世界の種子だった為だけど、本当の理由はお父さんが新しく支配の力を持ったものに殺されたからなの。お父さんは世界中を支配していた。勿論、悪いこともしたけど、それは良い統治だった。でもお父さんが残りの二人を殺してから十年後に、新しく世界の力を持つものが一人現れたの。それが、町田かけるという人。その人達にお父さんは殺されたの、でも本当はそんなことになるはずは無かった。なぜなら他の二人が殺されて、一人の人物が支配できるようになったら、その支配者が死ぬまで、新しい強力な支配の力を持った人間は現れないはずなの。それに戦う国も変わるはずなの。だからお父さんは油断していた。でもその人は現れた。お父さんが勝ってから十年後に。だから、調べられて世界の種子を持つ私が、連れ去られて、支配の力を皆で与え合って、情報を得ていたの。私は結構すごいんだよ。たくさんの情報を手に入れられるの。お兄ちゃんのことも私が調べたの。戦いに負けないために」
「じゃあ、僕はどうして連れ去られなかったんだ。僕もその支配の力とやらを持っていたんだろう?」
「それは、お兄ちゃんのことを調べなかったせい。通常は「神に選ばれし存在」の元の子供に、同じような「神に選ばれし存在」は現れない。それがこの世界のルールだったの。だから今の状況はかなりおかしいの。お父さんが死んだあとに現れるはずだった、敵が十年後に現れたり、支配の力の「神に選ばれし存在」の元にまたその存在が生まれてきたり。まるで、神様が私達をもてあそんでいるように、この世界はむちゃくちゃになっているの。あとここ十年は、監視があちこちで発達したせいで、家でも外でも本当の話はできないの。私達の部下も敵の部下も皆、地下で話すか、暗号を使うの」そう言って、樹理は言葉を切った。
「このあと、僕はどうすればいい?」
「それは、お兄ちゃん次第、また表に戻って、生活をしながら、戦いつづけるか、死んだことにして、地下で生きるか・・・」
「そうか。僕は・・・・表で生きるつもりだ。だって、彼女を理香を守ると約束したからね」
「それは、やめて欲しい。言ったでしょ、手下が、清水理香と池田直樹には気をつけろって。清水理香は明らかに世界の種子なの。池田にしたって、誰かの部下に決まっている。二人とも支配の力と情報を得に、お兄ちゃんに近づいたの」
「でも、僕は理香を愛しているし、守らなければいけないんだ。実はこれは、おおっぴらには言えないけど、今、僕は二度目の人生を送っているんだ」
「二度目?」
「そう一度目の人生でも、僕は直樹や理香にあった。例のレインコートを着た男も現れたよ。でも僕は誰にも話しかけなかった。そうして殺されて僕は死んだ。だから、今回、ここに来ることができたんだ。ねえ、樹理、信じられないかもしれないけど、僕は一度、死んでいるんだ。そうして僕が目を覚ますと、また2016年の4月4日だったんだ」
「そんな、そんなことが起きるはずはないよ。時間をさかのぼるなんて。お兄ちゃんは、確かに特別な存在かもしれないけど、そんな漫画みたいなことが起きるはずがない」
「でも、だから、僕はこうしてレインコートの男に話しかけられたんだよ。それが証拠だ。普段の僕だったらそんな知らない人に突然話しかけるなんてできるわけがない」
「そうか・・・・まあその件はおいておこう。それで、どうしても清水理香にこだわるの?支配の力があれば、地下でももてるよ、十分に」
「いやそうかもしれないけど・・・」そこまで和真が言ったところで、黒い服の男が入ってきた。
「樹理様、そろそろ帰さなくては、騒ぎになるかもしれません」
「わかったよ。じゃあ、お兄ちゃんはいったん帰って」そう不機嫌そうに言って、樹理は立った。
「悪いな。樹理の気持ちに答えられなくて」
「まったくだよ。まあいい。今度は日曜の昼間に来て。そうしてこれからの対策をねらなければいけないから。それと当然だけど、今日聞いたことは内密にね」そう言って、和真はと樹理は再び、車に乗るのだった。

 八



 今日あったことを、信じられない思いで振り返りながら、和真は一人、帰路についていた。まず、樹理が生きていた。このことに彼は、驚いた。そうして直樹や理香が敵のことや、支配の力や世界の種子のことやらを考えながら彼は複雑な思いで帰路についていた。これからどうすればいいのだろう。直樹や理香と戦うことになるのだろうか。戦い方にしたってそうだ。もっと樹理と話をしておくべきだった。
 しかし彼はただ一つだけこころに決めていることがあった。それは「理香を守る」ということだった。それだけはなんとしても守らねば、彼はそう思った。すると、一瞬、いやな感じが和真の心臓に走った。彼は後ろを見た。すると一台のバイクが彼を引こうと接近していることに気が付き、彼は身を引いた。間一髪だった。彼はかすり傷一つ負わずにすんだ。彼は恐怖を感じた。そうして、これからの日々をこうして脅威を感じながら過ごすと思うと、どっと疲れを感じるのだった。



 直樹と理香に近づくなという、樹理たちからの言葉に反して、和真はまだ放課後の時間を理香たちと過ごすようにしていた。理香に近づくには、自然、直樹にも近づくことになる。しかし。和真には一つのアイディアがあった。いつか、理香の家に行って、何か証拠になるものを見つけよう、そうすれば何かの解決になるのではないか。そう思い和真は二度目の高校生活を送るのだった。
 そうして次の日曜の昼間が来た。和真はすぐに、千代田区の例の住宅地に向かっていった。果たしてその地下に樹理は居た。そうして、二度目の会談が始まった。
「まず自分の身を守る魔法を覚えないとね」
 例のバイクの事件を話すと樹理はそう言った。
「どうやるんだ?」
「ますは、視覚の魔法だね」そう言うと、樹理は、和真の後ろに回って空中に模様を描いた。そうして何事かを呟いた。すると驚くべきことが起こった。和真の視界が360°になったのである。
「辛いな」
「最初だけはね」そう言って、樹理は言葉をつづけた。
「じきに慣れるよ。地下の人たちはみなこれをやっているよ。敵も同じ。じゃないと外で後ろから攻撃されるからね」
「そうして次は戦いだね。通常の戦いには部下が行くの。その人たちにお兄ちゃんは、支配の力をわければいい。でも、強い敵が現れたときには、お兄ちゃんや支配の力の強くて使い方のうまい人たちが戦わなければいけない。だからお兄ちゃんには短期で強くなってもらうよ。まず支配の力の使い方だね。まず全身の肉体を意識して。そうして力の流れを感じるの。心臓を中心とした流れを感じ、それを攻撃する方の手に持っていけばいい。そうしてその右手か左手の力を相手に触れたときに開放するの。ちょっと待って」そう言って、樹理は部屋を後にした。そうしてある男を連れてきた。
「黒井明彦です。初めまして」そう男は言って頭を下げた。その明彦と言われた人は背が結構高かった。そうして昔の中国人の着るような服を着ていた。
「明彦はうちでも有数の支配の力の使い手なの。他にも何人かいるけどね。力もある程度持っているし、使い方もうまい。でもお兄ちゃんには、一週間くらいで追い抜かれちゃうかな?」
「いえ、樹理様、そんなことは」
「まあ、いいや。明彦のすることをよーく観察していて」
 明彦と言われた男は、手を構えた。そうして誰もいないところにめがけて超高速のパンチをはなった。
「どう?お兄ちゃん?」
「どうって僕にはこんなこと無理だよ」
「でもこれを覚えてもらうしかないの。拳銃とかの武器は表ではめったに使えない。警察が居るせいもあるんだけど、そういう武器を使わないのは暗黙のルールなの。表の戦闘はたいてい夜に行われる。複数人で拳や仕込の武器を使ったりして。だから格闘技とか武術は大事だよ。でも地下ではまったく関係ないけどね。地下には攻められたら私たちも相手も命がけで戦うことになる。その時はレーザーカッターやショットガンや波動兵器やなんかも使うけどね。勿論それを防御する方法もあるけどね」
「拳銃じゃ駄目なのか?」そう和真が聞くと、「それがなぜダメなのか、私達にも本当の理由はわからない。あくまでルールだから。そうしてそのルールを破ると、支配の力を失うの。だからめったにできない。もちろん地下でも同じだけど、地下ではすることもある。なんと言っても自分の命には代えられないこともあるし。そうあと、言い忘れていたけど、地下にしかない漫画とか遊びとかは結構あるよ。まあ今はそれどころじゃないね。早く戦闘の訓練を続けて」樹理にそういわれて、和真はその日、必死に訓練した。明彦にも教わり、戦闘の初歩をマスターした。また視界を広げることで、なんとか逃げることだけはできるようになった。そうしてもう一つ、和真の願いで拳銃の訓練もした。「いざというときに役立たずになりたくないから」そう言って彼は人型をした的に銃で狙いをつけて引き金を引くのだった。また和真は支配の力の分け方も学んだ。それは割合簡単だった。分けようという意思と簡単な模様を描くことでそれはできるようになった。そういう風にして、訓練は続けられた。気付くと、夕方の六時になっていた。
「そろそろだね。じゃあまた明日の放課後にも来て。訓練はすればするほどいいから。あとくれぐれも突飛な行動は控えること。一人夜、歩いたりすることもね。帰りはこれからタクシーにするから。そうあと」と言い樹理は携帯電話を出した。そう樹理は言い、
「連絡はこれでして。これなら盗聴されることも無いと思うから。何か聞きたいことがあっても電話だけは、緊急事態以外でしないこと。メールで連絡して。あと当然だけど、この携帯のことはばれないように」そう言って樹理は携帯を和真に渡した。なんの変哲もないただの黒い携帯である。
それをもらい、エレベーターに乗ると和真はタクシーで家へと帰った。

 九


 疲労した体を抱えたまま、和真はなんとか夕飯を食べると、ベッドに横になった。両親は和真の外出について、何も聞いてこなかった。また和真も何も言わなかった。しかし、十数年一緒に暮らした両親が赤の他人とは・・・さらに今の状況である。日本で隠れた戦争があり、和真もそれに巻き込まれるということ、それに勝たなくては未来がないこと。なんとしても理香を守らなければいけないこと。そんなことを考えると和真は軽い頭痛を覚えた。
 そうして毎日の放課後、ぎりぎりまで地下で訓練した結果、一週間経つと和真は一人前に戦えるようになった。また和真は樹理に協力して情報を探った。そうして「神に選ばれし存在の一人」の情報を見つけ出したのだった。そうして初陣の時がきた。ある日曜の夜、和真達は地下に集まった。
「目的はただひとつ、「神に選ばれし存在」の一人、紅蓮の抹殺および彼の部下の抹殺。それでこの戦争の内の一つが終わる。そうして町田かける達とだけの戦争になる。地下を占領すれば、情報も兵器も手に入る。みんな心して、戦闘に集中すること」
 そう樹理が言うと、同志たちは沸いた。そこには和真がまだあったことのない人々も居た。明彦、明石雨水、伊勢司、大月九二太郎、神田如月。和真はここ一週間の内、仲間の幹部のそういった面々には会っていた。明彦をはじめとした使い手達や頭脳労働専門の幹部たちである。今、名前を挙げたのは皆、戦闘のプロフェッシェナルである。皆個性的な面子だった。その中の一人、九二太郎と和真は仲良くなった。彼はきさくな性格で指導も上手く、よく格闘の訓練に付き合ってくれた。


しかし地下にこれだけの仲間が居るとは思わなかった。五百人はいる。しかしその内、戦闘に加わるのは樹理をはじめとした、五十人ほどだった。あくまでも不自然にならないように、十人ずつその地下へと攻め寄る。そのような作戦だった。相手の地下は同じ都内のD地区にある。そうして初めての戦いに和真は緊張して、胃が苦しくなっていた。

 十


各隊は十人構成である。その行動隊長は、黒井明彦(くろいあきひこ)、明石(あかし)雨水(うすい)、伊勢司(いせつかさ)、大月(おおつき)九二(くに)太郎(たろう)、神田(かんだ)如月(きさらぎ)の五人である。そして樹理と和真は特別に最後の隊に入っていた。

その地下に行くには階段を使う必要があった。和真の支配の力と樹理の世界の種子が協力して得られた情報で紅蓮たちの居る「フォレスト」はエレベーターを使っていないことが事前に分かったのだ。四五人の隊員はそれぞれの行動隊長と共に十人ずつ、入口をこじ開け、階段を降りて行った。最初の戦闘が起こったのは階段を降りてからである。最初に突撃した黒井明彦と彼の隊員が階段を降りたところにある入り組んだ廊下で敵と戦闘になった。
 「支配の盾」と仲間たちはそれを呼んだ。和真や他の支配の力の持ち主たちから作った透明な盾である。それで相手の銃撃やレーザー砲やショットガンを浴びながらも、最初の十人は一人も死ぬことなく、目的の大広間へと入ることができた。連絡を受けて、他の十人たちも地下に入って行く。和真と樹理は最後の組だった。そうして五十人が入ったところで、部屋の拡声器から声が聞こえた。
「勇敢なるルージュの諸君、よくぞここまで来た。君たちの勇敢な行為には血と肉が代償となるだろう。君たちに与えられたものはたった一つのみだ。そう死のみだ!」その放送と共に、敵が一斉に大広間からつながっている、道から出てきた。味方は動揺した。今回の作戦が相手にばれている。しかしなぜかとは、誰も思わなかった。なぜなら、
「武器を置け、さもないと、お前たちのボスの首が飛ぶぞ」そう味方だったはずの神田如月が言い樹理の首に手をやっていたからである。彼の力も持ってすれば首の骨くらいは簡単に折れるだろう。
「ダメ!言うことを聞いては!」そう叫ぶ樹理の言葉もむなしく味方の行動隊長は皆、次々に盾を置いてしまった。その隙である。行動隊長達と和真の全員がレーザー砲を受け、倒れた。残った仲間も皆武器を置いた。
 その五人の中でかろうじて意識を保てたのは和真一人である。彼の内の支配の力が彼を復元させ、戦いに赴こうとしていた。しかし樹理が人質にとられている。
「さすがに、『神に選ばれし者』だけはあるな」そう言って現れたのは、細身の若い男だった。頬に縦の切り傷がある。
「お前が・・・」そう和真はなんとか口にした。
「そう。俺が紅蓮だ」
「お前が如月を・・・」
「そう。悪くは思うなよ。これは卑怯もくそもない戦争だ。裏切り者の一人くらい、あって当然だ。まあそれはいい」そう言って彼は言葉を切った。
「お前たち、ルージュは危険すぎる。神に選ばれし存在であるお前もそうだが、樹理。お前の世界の種子の能力は危険すぎる」そう言って彼は広間の中央にやってきた。
「チェックメイトだ。後藤和真よ。お前と樹理が死ねばなにもかも解決する。ルージュの組織の問題はな。そうしてもう片方、キャメロットとの問題に心血を注げる。樹理を殺されたくなければ抵抗するな。死ね」
 その瞬間。和真は願った。自身の内に居る支配の力に、天に、そうして彼らを見ているかもしれぬ神に。たった一度だけでいい。自分に奇跡を。わが拳に敵を砕く力を。
そうして一筋の光が和真の体から発した。それは如月を貫いた。とその途端、味方の兵士も盾を拾い、戦いに戻った。味方の一部の兵士により樹理も奪い返した。そうして和真と仲間は大広間で敵たちと戦った。相手は総勢六十名はいるだろう。さらに支配の力を持ったものも数人いる。
しかし和真と樹理たちはあきらめなかった。一人、また一人と味方が散るたびに、敵の数も減っていった。そうして和真は奥深く守られている紅蓮に勝負を挑んだ。
 紅蓮は二人の側近に守られている。しかし和真はひるまなかった。その側近の二人の実力は明彦ほどだろうか。しかし支配の力に満ち溢れている和真の敵でなかった。簡単に二人を屠ると和真は紅蓮の腹にありったけの支配の力を込めて拳骨をたたきつけた。それで彼は倒れた。
それで終わりだった。敵は紅蓮が死んだことに気付くと抵抗を止めた。和真たちが勝ったのだ!
「樹理!」そう言って、和真は彼女の元へ駆けつけた。
「大丈夫。お兄ちゃん、怪我はないよ。それより行動隊長たちをなんとか早く治療しないと」
 四人の行動隊長たちは皆胸や腹をレーザーで切り裂かれ重傷を負っていた。
「こんな怪我じゃ、もう死んでしまう」
「いや、大丈夫。私達の組織は医術も進化しているから。人口の胃や腸も作れるよ。心臓だったら無理だったけどね」そう樹理は言って、和真を励ますのだった。
「如月は?」
「逃げたみたいだね。まあ当然か。捕まったら殺されるからね。でも今はそれより、敵の地下の把握と占領をしなきゃ」そう樹理は言うのだった。
 
 十一



 それから、殲滅戦が始まった。降伏したものと殺されたものを含めると千人以上になった。それから何よりも重要なのは情報である。色々な情報が手に入った。味方に潜伏していた如月のようなスパイの情報も手に入り、それらの者はその日の内に殺された。何より重要だったのはクローン技術である。樹理たちの組織、ルージュの持っているのより、はるかに上回るクローンの情報が手に入った。それを使えば、和真もクローンを置いて自由に外と地下を行き来できる。和真はそんな樹理の勧めにしたがった。それから一週間ほど、彼は表にクローンを置いて、地下でひたすら修行と支配の力の行使の仕方と情報を手に入れることをやり続けた。そうして、キャメロットの情報がある程度、入ったその日だった。
 和真は樹理の言葉に逆らって、表のキャメロットの構成員と思わしき、理香と直樹に会いに学校に行った。朝のホームルームを終え、放課後になると、例の勉強会がある。和真のクローンのしたことの情報は手に入っていたから、和真はすんなりといつもの日常に戻ることができた。
 それは、いつもどおりの放課後だった。理香と直樹に情報はもう、もれないように、なっている。そのせいか、理香も直樹もどことなくよそよそしかった。もうとっくに、和真は理香達の敵とわかっているのに違いなかった。しかし、和真は理香が惜しかった。前の人生で幸福に暮らすことができた理香との結婚生活が惜しかった。そこで和真は理香と二人きりで話をしたいと思い、ある土曜の昼間、理香に連絡をした。
「どうしても話したいことがあるんだ」そう電話ごしに理香に言っても、彼女は用事があるからと言ってそれを断った。それで、和真はその日の午後に強引に彼女の家へと訪ねていった。
 玄関のチャイムを和真は押した。返事があった。理香の家族らしかった。果たして理香は家に居た。そうして和真は理香の家へとあがることができた。
「どうして、訪ねてきたの?」そう理香は口にした。
「それはどうしても、話したいことがあったからだ。単刀直入に言う。キャメロットを止めて、僕達のルージュに来ないか?」そう和真が言うと、理香は目を伏せた。そうして次の言葉を口にした。
「キャメロットとかルージュとか私にはわからない。なんのことなの?」
「演技は止めてくれ。僕は色々なことを知っているんだ。僕自身の支配の力も世界の種子も「神に選ばれた存在」のことも。理香は世界の種子で僕から情報を得に来たんだろう?直樹だってキャメロットの部下なんだろう?だから誤魔化さずに話してほしい」そう彼は言った。しかし相変わらず彼女の答えは冷たかった。
「だから、世界の種子とか支配の力とかは私にはわからないよ。私はただの高校生なの。そんな裏の事情はわからない」
「裏の事情って知っているんだね」
「いや、適当に言っただけよ。裏かどうかもわからない」
「わかった、でもこれだけは信じてくれ。僕は必ず君を救ってみせる。僕の好きな君を世界がたとえ終わっても救ってみせる」そう和真は口にした。
「直樹は?」
「直樹のことも救ってやりたいと思うよ。でも今は君のことで手一杯だから。でも直樹のことも僕は友達と思っているよ」
「あなたの話だと、私も直樹も情報を得にあなたに近づいたんでしょう?それでも助けてくれるの?」
「ああ、必ず助ける。そう誓うよ」そう和真は口にした。時間だった。和真は「じゃあこれで」と言い、その家をあとにした。そうして自分の家ではなく、ルージュの地下へと帰って行った。道中、和真は複雑な思いを抱えていた。いっそ、樹理に頼んで、二人を拉致してもらおうか?おそらく樹理はうんと言わないだろう。それでも和真は理香が惜しかった。彼女はもう二度と自分の手には入らないかもしれない。そんな不吉な直感が和真の心に浮かんだ。しかし、彼はそれを振り払い、地下へと帰っていった。

 十二



 地下では作戦会議をやっていた。最初に和真に気付き声をかけたのは、九二太郎である。
「よお、しけた面してんな。今回の戦いがおそらく最後になるんだ。本当に頼むぜ、大将」
「僕だけの力じゃ限度があるよ。皆の力を借りないと」
「そうか。ところで、この前の戦闘のときのあの光。あれはどうやったんだ?」
「わからない。無我夢中だったから」
「そうだよ」と樹理も会話に参加してきた。
「この前にお兄ちゃんがやった光の魔法、あれもう一度できるかな?今、試してみてよ」
「わかった。じゃあ稽古場に移ろう」そう言って三人は稽古場に移った。
 和真はあの時のことを思い、同じことをやろうと試みた。しかし無駄だった。あの時は確かにこの身から、光が走り、如月を攻撃したはずだった。しかしその再現はできなかった。
「ダメか。あれが自由に使えたら。結構役にたつと思うんだがな。あれはレーザー砲やショットガンより効き目がありそうだったし」そう九二太郎が言うと、
「まったくだ」そう和真も口にするのだった。
 そんな風にして和真達は修行や情報集めに奔走しながら、その一週間を過ごした。味方のスパイのこともちゃんと調べた。そうしてキャメロットへの攻め込む日が極秘裏に決められた。
「五月の十五日」そう樹理は幹部たちと和真の前で口にした。
「その日、私達はキャメロットに攻め込み勝利する。これが最後の戦いになると思う。味方は総勢百人は居る。防衛用に二十人ほど置いて、あとは攻め込む。明彦、地図を」
「はい」
「そう私たちは三つのグループに別れる。キャメロットの地下は結構広い。手下もいっぱいいると思う。とりあえずその地下に入るのに五つ以上のルートがあるから。その内の三つで入り攻め込む。お兄ちゃんもいい?たとえ清水理香や池田直樹が出てきてもひるんじゃ駄目。殺さないと」
「なんとか捕虜にする方向ではダメか?」
「ダメ。殺さないと。作戦決行は五月十五日の深夜一時。繰り返すけど、これが最後の戦闘になるから・・・・・よし各自解散」そう樹理が結んで幹部たちは別れた。反応はそれぞれ色々あった。喜んで「これが最後になるな」と言う九二太郎、「油断はできぬ」と言う雨水。
明彦と司もそれぞれ違う態度だった。そんな中、和真だけが今も思い悩んでいた。理香や直樹と戦いになる。その意味を考えると彼は暗い気持ちになるのだった。
 彼は一人、戦闘に備えて自分の部屋に帰っていった。彼は理香のことが今も大事だった。確かに一周目と違い仲間もできた。樹理という大切な存在も得た。しかし和真は相変わらず、理香のことを愛していたのである。たとえ、理香が誰かの恋人や手下でもその気持ちは変わらなかった。それを思い、和真は、一つの懸けに出ようとしていた。幸い、今日は土曜日だ。理香はまだ表にいるはず。今から理香の家へ行って彼女を連れて来られたら。しかしそんな行動が仲間に迷惑をかけることは目に見えている。彼は悩んだ。そんな時、和真は自分の本当の両親について考えた。二人とも天国で自分を見守っているのだろうか。彼はどうすべきかを父に相談したいと思った。するとどうだろう、眼の前でいきなり、光が現れ、男の像が現れた。そうして和真に言葉をかけてきた。
「苦労をかけてすまない」そうその存在は口にした。
「あなたは誰ですか?」
「私は確かに時谷譲二だ。お前の父だ。お前と樹理には本当に苦労をかけるな」そうその人物は口にした。
「今は本当に大変な時代になっている。お前の好きな清水理香や池田直樹も悪い存在に操られているのだ。幸い、今はこうして私が話すことも許されている。だから私はお前にこうして話す。私は確かに時谷譲二だ。そうして私の住む場所には、妻の葵もいる。私達は地上を卒業したのだ。しかし私の話せることは限られている。いいか、和真、お前はお前の敵である池田直樹や敵のことを許せ。お前は常に大きな存在に守られている。お前が負けることは絶対にない。確かにこれからも大きな困難にであうだろう。樹理や仲間たちも倒れていくことだろう。しかしお前は最後の一人になっても決して死ぬことは無い。お前には誰にもない力が眠っている。それは「神に選ばれし存在」であるというだけでは無いのだ。お前にはこの世界に居る誰にもない力が眠っているのだ。その存在にお前も気付いているはずだ。そうしていいか、お前の居るルージュの支配にしか本当の平和は訪れない。キャメロットは悪い者の部下なのだ。私の話すことは以上だ」
「まって、父さん、僕は今、悩んでいるんだ。理香を取り返すことができないかって。それは僕にはできるの?」
「すべてお前が考えろ。自分で考え自分で決断を下すんだ。それがお前の人生だ。私はもう消える。樹理にも会いたかったが、それはできなかった。いいか和真、お前だけが頼りなんだ。さらばだ、このことはお前一人の胸にしまっておけ」そう言い残して目の前のビジョンは消えた。和真はまだ驚いたままだった。自分は本当に父と話したのだろうか?しかしこのことは言わずにおこう。彼はそう考えた。樹理やみんなに言っても信じてもらえないだろうし、父も自分の胸にしまっていろと言ったではないか。そうして和真は例の理香を取り戻す作戦をあきらめた。時間ももう作戦の結構まで、三十分ほどしかない。もうそろそろ集まる時刻だ。そう思って、彼は仲間達の居る大広間に向かった。


 皆は口ぐちにお互いを励まし合っていた。これが最後の戦いになる。そうしてもう勝ったかのように、笑っている顔もちろほら見られた。しかし、行動隊長や樹理は別だった。さすがに戦闘に備えて、厳しい表情をしている。和真は樹理に話し掛けた。
「この戦争が終わったらもっと、話ができるな。いずれ二人っきりで、話でもしよう。そうあと僕の両親の名前を聞いてなかったね。なんて言うんだ?」
「時谷譲二と葵って言うんだよ。どうしてそんなことを今、聞くの?」
「いや、特に理由は無いよ。それよりこれが最後の戦いになるんだよな。お互い頑張ろう」
「そうだね」と樹理は言った。和真はさっきの人物が言ったことを考えた。樹理も倒れる、そう父は言った。しかし和真は絶対に樹理を守ろうと思った。自分の命に代えても守ると。
 そうしてその時が来た。作戦決行の時である。五月十四日の深夜一時である。仲間達はそれぞれ三つのグループに分かれた。九二太郎の班、明彦の班そうして雨水と司と樹理と和真達の班である。そうして同時に三つのルートから階段を降りた。三つの班は常に連絡を取り合っていた。降り始めて数分までには、なにも起こらなかった。
しかしその数分の後には樹理たちの班は他の班と連絡が取れなくなっていた。実は、樹理と和真達の班以外はトラップに引っかかっていて、損害を受けていたのだ。敵が侵入すると、炎の出るルートや落とし穴等があり、樹理たちの班以外は壊滅的な被害をこうむっていたのだ。しかし、通信からでは、そこまではっきりしたことは、分からず、樹理と和真は不安を抱えながら、それとは違うルートを通って行った。やがて道は迷路のように複雑になっていった。しかしその度に、樹理と和真は力を合わせて、正しい道を選んで進んだ。敵とも遭遇した。しかしせいぜい二、三人ほどだった。遭遇するたびに和真や雨水、司の働きで、相手を撃退した。
やがて迷路も終わり、大きな広間へと和真達の班、二十二名は着いた。そうしてそこで激しい戦闘が始まった。味方は少なかった。それに反して敵は総勢百人はいる。手練れも居るようだった。当然かもしれない。敵にとっても、これが最後の戦いになるのだ。それは味方にとって絶望的な戦いになった。和真や雨水のように力のある者はまだいい。しかし歩兵はどんどんとその数を減らしていった。和真達がいくら戦ってもその差は埋めがたかった。しかし、数十分すると、明彦達の生き残りが広間に入ってきた。そうして戦いは拮抗した。和真も力を尽くした。明彦も雨水も司も。そうして敵の一部が退却を始めると、後は総崩れになった。その時、和真は知った顔を見つけた。直樹である。和真は彼に向かって、「直樹、もう降伏しろ」と叫んだ。すると、
「俺は直樹じゃない。町田かけるだ」そう直樹は言うのだった。そのことに和真はショックを受けた。しかしその分、腹も決まった。
「だったら仕方が無い。ここで死んでもらう」そう言い、和真は彼の方に向かっていった。直樹は手ごわかった。和真の拳は何度も空を切った、そうして相手の反撃があった。しかし、和真には通じなかった。これまでの戦闘経験と修行が彼を強くしていたのだ。そうして、ついに和真は直樹の腹を殴り、倒すことに成功した。しかし彼はこう言った。
「俺を殺したって、戦いは終わらないぞ。俺たちは所詮ゲームの駒なんだよ。俺もお前も理香も樹理も皆・・・俺を倒したところで別の敵が現れるだけだ」そうして彼は息も絶え絶えにこう言った。
「誰だって創造者には勝てないんだ」そう言って直樹は息を引き取った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」そう樹理は言って和真のそばに来た。
「ああ」と言って、和真が近寄ろうとしたときだった。樹理の後ろから一筋の光が走ると、樹理を貫いたのだ。それは、息も絶え絶えな敵の一人の最後の力だった。樹理は倒れた。
「樹理!」そう言って、和真は樹理を抱き上げた。
「大丈夫だよな。これでは死なないんだろう?」しかし樹理の返答は無かった。
「樹理様!」
そう言って司が近寄ってきた。
「樹理は大丈夫だよな。助かるだろ?」
「いや、心臓が焼切られている。この傷では」
そう司は言った。
「なんだよ。せっかく勝ったっていうのに。お前ともっと話をするはずだったのに」
そう言うと和真は泣いた。涙が彼の頬を伝わり、落ちた。

 十三


 樹理を失った悲しみの中で和真は仲間達と共に、キャメロットの地下で情報集めに徹していた。理香の姿は無かった。しかしそのことにたいして関心を持たずに和真は味方の他の世界の種子と共に情報集めに徹した。直樹が最後に言った言葉、「創造主には勝てない」という言葉が気になり、和真は情報を得ようとした。しかし、味方の世界の種子の力が弱いためもあるだろうか、創造主の情報は得られなかった。しかしさまざまな資料はキャメロットの地下に会った。理香の隠れているであろう場所も書いてあった。和真はとりあえず仲間達と共にそこに行くことにした。ついて来るのは明彦とその部下たちだけである。
 長かった一晩が終わり、次の日になった。樹理を失った悲しみは和真の胸にまだ残っていた。しかしやるべきことをやらねばならない。和真はキャメロットの隠れ場所の一つで理香の隠れているであろう地下の隠れ場所を訪れてみた。地下へのエレベーターを伝い、その場所に行くと、果たして理香とその仲間が居た。キャメロットの敗北の情報は伝わっていたのか、たいした抵抗も無かった。和真は理香に話し掛けた。
「久しぶり。キャメロットの敗北は知っているだろう。良かったら理香、君たちはルージュに入らないか?こっちは情報も欲しいし」
「もうそうするしかないのかもね」そう理香はさびしく笑っていうのだった。
「まず一つ聞きたい。創造主っていうのは誰のことなんだ?それは敵なのか?」
「それは私達には分からない。直樹がよく言っていたけど、その意味を彼は教えてくれなかったからね。だけど、まだ敵が居るのは分かるの。この日本に」
「敵はどこだ?どういう奴らなんだ?」
「それには私が直接答えてよう」
 そう突然、その場に声が聞こえてきた。皆いぶかった。そうしてその声の主が現れた。
「私のことが知りたいか?私はお前が知りたがっていた相手だ。創造主だよ」それは痩せて黒髪の長い長身の男であった。
「よくこの戦争に勝ったな。なかなか面白い見ものだったよ。特に樹理が死んだところなんか最高だ。本当におもしろかった」
「なんだと!」そう和真は言い、仲間達もその人物に攻撃をしかけようとした。しかしその攻撃はことごとく空ぶった。おそらくこの場に肉体が無いのだろう。どんな攻撃もその人物にダメージを与えることができなかった。
「直樹が言っていたろう。これはゲームなんだと。その通りさ。お前たちは所詮ゲームの駒なんだ。また何年かしたら、私は「神に選ばれし存在」を作る。そうして再び争いが起きるのだ。ここはひとまず、私と和真、お前と私とで最後の戦いにしようじゃないか。理香は預かる。ここに来い。もちろん一人でだ。大人数で来ても無駄だぞ。「神に選ばれし存在」以外の人間は私には簡単に殺せるのだ。たとえばこんな風にな」
 そう言うと、突然、明彦とその仲間達が倒れた。そうしてその人物が「生き返れ」と言っただけで明彦達は生き返った。しかしその場に倒れたまま、言い知れぬ恐怖におびえていた。
「この通りだ。来るなら早い方がいい。この女はもらっていくぞ」
 そういうと、理香の姿が突然消え、地図らしきものがその場に現れた。ここに来いということらしい。
「危険だ」そう明彦が言った。
「しかし、こいつをなんとかしなければ、永遠に戦いは終わらない。それに僕にとって大事な人が人質に取られた。行くしかない」そう和真は口にした。
「それに奴の力を見ただろう。死ねと思うだけで、「神に選ばれし存在」以外の人は簡単に死んでしまう。僕が行くしかない」そう和真は口にしてその場を後にし、仲間達と共にルージュの元居た地下に戻った。これからどうするのか。理香をさらったその創造主と戦うしか無い。和真はそう主張した。他の仲間にとって、理香の命のことはどうでもいいことだった。しかし、その創造主と戦わなければいけないことには、皆、意見が一致した。そうして、皆の反対を押し切って、和真は一人でその場所に向かうことにした。
 地下の奥深くのその場所には、当然道も無い。しかしキャメロットの地下にはテレポートマシンがあった。それを使えば、その場所に一瞬で行ける。
「本当に一人でいいのか?」そう九二太郎が言った。
「ああ、いい。他の「神に選ばれし存在」は
もう居ないし。奴に対抗できるのは、多分、僕だけだ。他の人が来ても無駄死にするだけだよ」そう言って和真は仲間達を説得した。そうしてその日の夜に彼はその場所に行くことになった。


十四



 その場所は地下の奥深く、誰も行ったことのない場所にあった。テレポートしてまず、着いたのが、天井の高い廊下である。床には緑の絨毯がしいてある。そうしてその廊下は先が見えないくらいずっと続いていた。
 最初、和真はその廊下を通りながら、創造主の居る場所を探そうと思った。しかしそれは必要なかった。廊下の壁には矢印が書いてある。おそらくこの先に創造主が居るに違いなかった。
 そうして廊下の先を行くと大きなホールがあった。ピアノが置いてありどうやら演奏用らしい。そうしてそこに例の創造主が居た。
理香も壁に手錠でつながれ拘束されてある。
「ようこそ」そう言って、創造主は笑った。
「理香を離せ。こうしてここに来たからにはもう捕まえておく意味がないだろう」
「いいだろう」そう言って創造主はパチンと指を鳴らした。そうして理香を縛っていた拘束が解け、手錠も無くなった。
「この戦争にお前はどれくらいかかわっているんだ」そう和真が言うと、
「どれくらいも何もこの戦争に限らずすべての戦争を演出したのは私だ。そう、それと私を呼ぶときはアマテラスと呼んでくれ。私の名前の一つだ」
「演出だと?」
「そうだ。演出だ。二十世紀の前半までは、主に表の戦争を演出した。ナポレオンの戦争もそうだ。アレキサンダーもハンニバル対ローマもジャンヌ。ダルクもな。表の戦争はなかなか面白い。しかし文明が進むとどうしても戦争も無くなりがちになる。兵器が進むせいもあるがな。そこで私が編み出したのがスポーツだ」
「スポーツ?」
「そう、国家間の戦争の代わりに名誉を懸ける戦争であるスポーツだ。といってもこれも使い古された手でね。もう何度もスポーツのある世紀を私は知っている。そうしてこの世界はまたループする。また、古代に戻るのだ。そうしてまた剣と弓矢だけの戦争から始めるのだ。まあこれから死にゆくお前に言っても意味がないがな」
「お前はそうやって人類を戦争にさせて・・・・どれだけの人が死んだと思う?どれだけの人がその死を悲しんだと思う。そうしてなぜスポーツがあるのに、地下の戦争があるんだ?」
「それを聞いて欲しかったよ。実はこれは新しい工夫でね。地下世界というのを私は作ってみたのだよ。そうして新しい技術も開発して戦争を起こさせるようにしむけたのだ。それが世界の種子であり、『神に選ばれし存在』だ。そうしてその戦争を私は見て、非常な満足を覚えた。お前をループさせたのも私だ。そうそう私は色々な秘密も知っているぞ。たとえば樹理がお前のことを異性として好きだったことなんかもな」
「そんなはずは無い。樹理は僕の妹なんだぞ」
「兄弟だから、付き合ってはいけないというのはただのルールだ。実際のところ、付き合ってなんの支障がある?樹理はお前のことが本当に好きだった。それは事実だ。私にはすべての情報が手に入る。なんでもだ。お前がどれほど理香を大事に思っているかも調べた。だから、この女は最後まで取っておいたのだ。お前をおびき寄せるには格好のエサになるからな」
「もう何も言う必要はない。お前は死ね。そうして平和になった時代をこれからの人類は生きる」
 そう言うと和真は相手に向かって突進した。右手にありったけの支配の力を込める。そうして間合いに入ると彼はその拳を突き出した。それは完璧にヒットした。アマテラスの上体に。しかし彼は何もなかったかのように平然としている。
(なぜ僕の力が効かないんだ)和真はそう思った。すると返答が来た。
「理由は単純だ。私には支配の力は効かない。お前の思っていることも全てわかるぞ。だが少しは効かないとゲームは面白くないな。よしこうしよう。お前の拳を私に効くようにしてやろう。次に私に拳が届いたなら、特別にお前と理香の生存を三日延ばしてやろう。そう私を憎め、もっと憎め。あるいは私を倒すこともできるかもしれんぞ」
 和真は絶望的な気持ちになった。そうしてその時、あの日、父が言っていたことを思い出した。「お前には誰にもない力がある」それはどういう意味だったのだろう。
 しかし今はそんな意味を考えているわけにはいかない。幸いアマテラスは余裕を持って自分の拳を強化してくれた。今はこれに懸けるしかない。
 和真はさっきよりも力を込めてアマテラスに殴りかかった。しかし簡単に躱されてしまう。そうして今度はアマテラスからの反撃があった。激しい力の突きを繰り出され、和真はダメージを負った。そうして彼は間合いを外して荒い呼吸をした。どうすればいい?拳は躱されるし、仮に当たったとしても倒せるとも限らない。そんな時和真はあの時、神に祈って、光が自分からほとばしり如月を貫いたのを思い出した。あれがもう一度できれば。
「ああ、例の光か」そうアマテラスは言った。
「あればかりは私も分からなくてね。お前がなぜ光を扱えるのかを。おそらく、別の神がお前に味方したのに違いないのだが。まあ確かにあれなら、私にもダメージはあるだろう。しかし無駄だぞ。私はどんな傷でも癒すことができる」
 心が読まれている。そうして敵には力が効かない。そんなどうしようもない状況でも彼は、なんとか勝機を見出そうとしていた。ふと心に声がした。
(この会話は読まれぬ。ここが勝負の時だ。和真よ。お前は今、記憶を呼び戻せ。お前がなんだったかを。お前は昔、その創造主が創ったある存在なのだ。そうしてお前だけがその創造主を倒す鍵なのだ。心の盗聴を抑えてやる。そうして適当な心の声を相手に聞かせてやる。今だ、思い出せ)その声が言ったときだった。和真は少しずつすべてを思い出した。ああ、そうだった。自分は昔アマテラスが創った皆を守る存在。それが、別の神々によって人間に転生し後藤和真になったのだった。そうして自分には確かに敵を倒す力がある。
 和真はすべてを思い出した。そうして取るべき行動も決まった。彼は目を瞑ると、自分の本当の力をすべて心臓に集中した。そうしてアマテラスに向かって、突進した。余裕綽綽で構えていたアマテラスの懐に入り、彼に抱きついた。そうしてありったけの力をアマテラスの心臓に集中した。高い声でアマテラスは叫んだ。
「こんな馬鹿な。この私が、この私が滅びるわけがない」
「忘れたか、僕は昔、お前が創った『皆を守る存在』それが転生して後藤和真になった。僕達はお前を倒す。そうして馬鹿げたゲームを終わらせる」
 そうしてアマテラスはその体ごと消えた。和真は激しい疲労と苦しみを感じていた。立てない。力を使い過ぎた。駄目だ。天井が崩れてくる。死ぬのか。「大丈夫!しっかりして!」そう彼を呼ぶものがあった。それは勿論その場に居合わせた理香である。
「ああ、なんとか。でもこれで僕の使命も終わりだ。このまま死なせてくれ」
「馬鹿なこと言わないで。私のことを守るって言ったでしょう!」そう言って理香は彼の肩を持って立ち上がらせた。

 十五


 地下は完全に崩壊間近だった。理香に肩を借りた和真はすぐに仲間に連絡を取った。そうして廊下まで来ると休んだ。
「今、仲間に連絡を取った。座標を合わせてテレポートしてもらうはずだ」
「そう。助かるのね」
「ああ」
「どうしてあいつを倒すことができたの?」
「それは、僕があいつによって創られた『皆を守る存在』だったからだ。あと他の神が僕に力を貸してくれたからだ」
「そうなの。でも良かった。表に出たらまず何をしたい?」
「そうだな。君の膝枕で眠りたいかな」
そう言うと、理香は笑った。ほどなくして味方の力により和真と理香は地上の真上にテレポートした。空は晴れていた。風はないが、暖かい陽が輝いていて、二人を祝福するかのようだった。
「理香、僕が大人になったら、一緒になって欲しい。もう一度僕は君との生活をやり直したいんだ」
「いいわ。それじゃあまず、ルージュの仲間に私のことを紹介してよ」
「ああ、そのつもりだ」
 そうして二人は自然に笑った。こうして長い戦いは終わった。人類はこれから、何事もない平和を享受するだろう。彼らの物語も終わりに近づいている。やがて、新しい平和な物語がそれに代わるだろう。


 完

結ばれた世界

結ばれた世界

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-28

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