spring and fall

鏡愛梨

一話完結の短編です。
相変わらずのクオリティですが、暖かい目で見てやってください。

人間は不公平です。
どんなに実直にいても理不尽なことがおきます。例えばこの人、ほら、紺のスーツ着た人。この人の肩見ててください。・・・ほらね、鳥の糞。
この人がこの道のあの場所を歩いたのは偶々。鳥が糞をしたのも偶々。あれのどこに悪意と応報があるのですか?
え?、なんでそれがわかったか、ですって。
それは、私は―
ブツン

女性の演説の途中で青い待機画面になった。僕は自分の置かれている状況を理解しようと辺りを見回した。薄暗い部屋、プロジェクターの淡い光でかろうじて見える室内。ここは・・・会議室?
「私は死神、ですもの。」
電気が着くと共に黒いスーツを身に纏って長髪、黒縁メガネをかけた女性が立っていた。手には何かの資料がある。
「朝霧咲良(あさぎりさくら)様。あなたは20xx年11月11日11時11分息を引き取りました。酒気帯び及び無免許の青年たちが運転する軽自動車にはねられて即死です。」
突然自分の死因をつらつらと述べられてはいそうですか、なんて簡単に応えられない。っていうかこの状況すら理解できない。
「・・・え?僕死んだの?」
「はい、死亡した時の状態や周囲の方の反応でもご説明しましょうか?」
車にはねられて即死の姿は絶対に見たくない。自分の姿ならなおさら―
「えぇ!死んだの!?恋人もできたこともない、会社に入ったばかりで何も成功してないのに!?」
遅れてきた動揺、しかし彼女は何当たり前のこと言ってんのって顔でこっちを見ている。そんなこと知ったことか。
なんでそんな奴らに殺されなくちゃいけないんだ、だから『不公平』なんです、なんて無意味な問いかけをすること十数分。
「・・・本題に入ってよろしいでしょうか?」
しばらく僕が騒ぎ立てた後、頃合いを見計らい彼女は僕に話しかけてきた。
「確かに朝霧様は死にました。それは事実です。しかしあなたは『ボーナスチャンス』を得たのです。その為の説明をしにわざわざ我が社に起こしいただきました。」
ボーナスチャンス・・・ははぁん、ここは夢か。僕はそう心を落ち着かせていた。


正直自分が死んだと聞かされた時に記憶を思い返して実感はしていた。
あの日俺は仕事の営業周りをしていてお得意さんの家に向かう途中、白の軽自動車がこちらに向かってきた。運転してたやつの顔は一瞬だがちゃんと覚えてる。金髪鼻ピアスのいかにもな奴だった。そこから記憶がなかったのは即死のせいだろう。
そんなことを差し出されたコーヒーを飲みながら考えていた。つまりこの状況は現実(現実と言っていいのか?)だということ、そして目の前の次のスライドの準備をしている彼女の言うことが正しいだろういうことを心の何処かで理解していた。でも天国とか地獄とかそんな感じじゃないんだよね。それにしても彼女タイプだわ〜。
「お待たせしました。」
焦っていたのか額に僅かな汗が見える。童貞の僕には刺激が強い。
「これから我が社の説明を踏まえた朝霧様の今後の動きについてご説明します。質問があればその都度お願いします。」
おねぇさん何歳ですか、彼氏いるんですか、なんてふざけてでも言えない自分が腹立たしい。いや、まぁ別にそれ程腹が立ってはいないが。
「まず、この会社は現世とあの世の中間にあります。」
わかりやすい図で現世とあの世の、そしてこの会社―『アンバランス』が描いてある。
「本来、人が亡くなるとそのままあの世の方々に身元引受がなされます。信仰していた宗教やその人の死生観などによって担当官は様々です。」
次のスライドで出てきたのはあの世の住人有名どころ、閻魔様に釈迦、鬼やスフィンクスが描かれていた。
「しかし例外的に我が社が介入するケースが2パターン存在します。」
次のスライドに移ってなおさら胡散臭くなった。
「一つは亡くなった方に『残機』がある場合、そしてもう一つが今回、朝霧様に該当する『ボーナスチャンス』です。」
「・・・ゲームかよ。」
思わず呟いてしまった。なんだよ残機って。
「はい、テレビゲームのような物だと考えていただいた方がわかりやすいです。」
あっさり肯定された。それを言われちゃ何も返す言葉がない。
「残機はある一定条件を満たせば増えます。」
ますますゲームっぽい。
「一定条件っていうのは・・・やっぱり良い行いとか?」
よくあるフィクションものにありがちな、人助けとか親切とかそういう物を考えていたが違った。
「いえ。例えばあなたが思い描いているであろうゲームで言うなら、キノコを採ったり100枚コインを集めたりと別に善行為だけではありません。」
個人によってまちまちですが、と付け加えた。
「じゃあ・・・僕のは?」
「朝霧様の場合、10年以上自分に好意を抱いている女性を身篭らせる、あるいは性交人数100人毎に1upです。」
・・・童貞の僕には善行為よりたちが悪い。
「そしてもう一つがボーナスチャンス、これは一定時間現世に舞い戻るチャンスを与えられます。発動条件は『運』、1億人に1人の確率です。」
九死に一生ならぬ、億死に一生を得た。HP1で耐えた、ということだろうか。
「うん?一定時間ってことは直ぐにまた死んじゃうってこと?」
はい、と事務的な返事。
「朝霧様は事故が起きた瞬間から24時間現世に戻っていただきます。もちろん死んでしまった事実も怪我さえもしていない状態です。ただし何があろうと24時間後には必ず死にます。」
淡々とスライドを流しながら説明を続けた。24時間でどないせぇっちー
「・・・そっか、24時間以内に機を貯めればいいのか。」
「はい、殆どの方がそう考えて現世に戻られます。」
やっぱり無理ゲーだ。


説明が終わった後に書類を出されてサインと拇印をした。まぁ戻れるなら戻るに越したことはないしね。
「それではこのまま現世への案内もさせていただきます。こちらです。」
僕が座っていた後ろのドアを開けて外に出る。見たまんまただのオフィスビルだ。案内されるまま廊下を進んでも同じ感想。給湯室、喫煙ルーム、自販機、何一つ現世と変わらない。すれ違う人も皆スーツを着て仕事をしている。
「死神のイメージ壊れちゃったよ。」
黒いマント、髑髏の顔、大きな鎌。そんなイメージを描きながら少し前を歩く彼女にそう話しかける。
「死神という名は現世の方が勝手に付けた名前ですから。我々だって元々はただの人間、あの世にいる時に採用試験を受けて入社してるだけですから。」
死神の採用試験の内容がものすごく気になったが、それよりもさらに気になったのはとあるオフィスの中の様子だ。みんな電話したりパソコンで作業をしている。
「彼らは何をしているの?」
ドアの上には『死者管理課』と書いてある。
「彼らの部署は生きている方の残機計算やボーナスチャンスの確率管理、亡くなった方への説明係の派遣の指示です。」
うーん、残機計算と確率管理って、本当にただのゲームじゃないか。世界がゲームみたいだ。
「『世界がゲームみたい』なのではなく、『ゲームが世界を元に作られている』という解釈が正しいです。」
エレベーターのなかで僕の呟きに後ろを振り返りはしないがちゃんと答えてくれた。
「残機がある方はこちらで説明を受けて書類にサインをした後現世に戻りますが、その際に記憶を消させていただきます。これがいわゆる臨死体験です。恐らくその記憶消去が甘い先代職員がいて、その微かな記憶を頼りにゲームのそのようなシステムができたのではないか、というのが私たちの考えです。」
成る程と思いつつ卵が先か鶏が先かの議論な気もするが取り敢えず頷いておいた。
「ちなみにボーナスチャンスの方は記憶がなくならないものの、この状況に関することが一切他言無用になります。」
つまりやはり僕ができるのは残機を増やすしかないということらしい。
「間も無く出口ですが他にご質問はございませんか。」
エレベーターを降りたホールにはちゃんと受付嬢もいて、笑顔で挨拶してくれた。多分もうお世話になることはないだろうけど。二人で自動ドアの前に立つ。
「あぁ、そうだ。名前、教えてもらっていい?」
童貞の僕だって流石に名前ぐらいは聞ける。しかし彼女の返事に対する対応のスキルは持ち合わせていなかった。
「・・・次会う時に御教えいたします。」
これが有名なナンパの断り方か。自動ドアが開き眩しい光が差し込んだ。


「・・・おう。」
目を開けるとそこは営業周りの途中の道路、僕はさっきと変わらぬスーツにビジネスカバンを持っていた。肌寒さを服の上から感じた。急いで就職記念で両親からもらった腕時計を見る。
11時12分、戻ってきたらしい。つまり今から24時間後に僕は死ぬ。
「取り敢えず会社に連絡入れるか。」
流石に24時間の寿命を仕事に当てるのはシャクだったので、急いで部長に電話した。口実は親の危篤、まぁばれても一行に構わない。アサギリアサギリと叫んでいる部長の電話を切って携帯をしまった。
さて、どうしたものか。とぼとぼと家路につきながら考えを巡らせる。そもそも条件を聞かされてから今まで何度考えても同じ結論に至る。諦める、それ以外の選択肢は無い。
24時間で100人の女性と行為をすることも、10年間好意を抱かれていることも期待していない。だからと言って別に残りの時間でやりたいこともない。つまり、八方塞がり。
「はぁ、何するか―」
八方が塞がっているので顔を上げてみた。上を仰ぎ見るとそこにはレンタルビデオの文字が見えた。


「いやははは、まさかあんなに名作が出てるとわ。」
ここ最近仕事に慣れるのが大変で借りることも買うこともなかった名作たちが入った袋を片手に気分上々でアパートの階段を上がる。ポケットから鍵を取り出しドアのま―
「・・・。」
「ボーナスチャンスを使って残機を増やそうとする方、それを諦めてやり残したことをする方は多々いましたが。」
安アパートのため階段の先の廊下は錆びかけた柵があるだけの簡単なつくりだ。でもその柵に体を預けることなくきちんとした姿勢の
「それすらも諦めてアダルトビデオを借りてくる方は記録上初めてです。」
黒いスーツと黒眼鏡の彼女がさっきあったまんまの姿でいた。っていうかなぜアダルトだとわかった。
「そのにやけづらで誰だってわかります。」
そっぽを向いた彼女の頬が僅かに赤く見えた。ほんの僅かだけど。しかし直ぐに何か思い出して正面を向く。
「申し遅れました。私はアンバランス、死者案内課死神、『錦木楓(にしきぎかえで)』と申します。これから明日のあなたの死亡時刻まで付き添いをさせていただきます。」
・・・聞いてないよ、そんなの。
もう会わないと思っていた呆れ顔の彼女にはもう合わせる顔がないとも思った。


「・・・どうぞ。」
取り敢えず汚い部屋に上げてレンタルビデオを隠すようにカバンに詰めた後、部屋の中央のこたつに彼女を座らせて僕は久しぶりの来客用のお茶を出した。
どうも、と言いつつ口を付けずに僕の着替えが終わって脱衣所から出てくるのを待っていた。隙が無いな。
「あの〜・・・錦木さん?」
普段着に着替えて彼女の正面に座る。やはり間近で見ると整った顔立ちだ。しかもうちの部屋をバックにスーツ姿の彼女の姿を見ていると、
「なんでしょうか?」
黒縁メガネの奥から鋭い目で見られたもんだから縮み上がった。急いで邪念を捨てて質問に戻ろう。
「なんでうちの前にいたんですか?」
なんだそんなことか、とため息交じりに説明が始まった。
「ボーナスチャンスを得た方の大半は身なりを整えるなり貯金をおろすなり足を確保するなりの準備のために一度帰宅なさいます。マニュアルに則っただけです。」
まぁ、確かに残り24時間の寿命をフルに使うためには当たり前か。
「あともう一つ。死神って皆に見えるんですか?」
これもフィクションでありがちな設定の一つだ。主人公にしか見えない死神、まぁ主人公って柄でも器でもないけどね。
「はい。私の存在も朝霧様同様、24時間限定で現世に人間として存在できます。」
それは中々不便だ。知り合いに会ったらなんて説明しよう。
「まぁ仕事は簡単で朝霧様の暴走を阻止するだけですので、何もしないのであれば他人としてでも付き人としてでも扱いください。」
暴走、って日常生活で人間に対して使わないなぁ。具体的にどんなんだろう。
「例えば朝霧様が自殺することは別に構いませんが、この状況を他言したり自暴自棄になることがあればその時点でボーナスチャンス終了となります。」
そういえば他言に関しては注意を受けたな。
「寿命が明日まで、ということを知ると一部の方は『罰を受けない』『誰にも迷惑かけない』と犯罪を犯したり返す当ての無い借金をなさったりします。それらは現世の人間に大きな損害をもたらす為に禁止事項になっております。」
・・・考えもしなかった。僕の道徳心って言うより法律の力を実感した。法律作った人すごい。
「じゃあ例えば僕が事故を起こしたりとかならどうなるの?」
当然そういう疑問にもなる。
「あくまで『故意に』『大きな損害』というのが最低限のルールです。それを犯さないのであればあくまであなたの寿命は伸びただけ、その間に誰に会おうが何にお金を使おうが問題にはなりません。」
まぁどちらかと言うと「厳密なルール」よりかは「暗黙のルール」みたいな感じね。っていうかそれは向こうで話しとくべきでは?流石にそこまでの指摘は直接彼女には言わなかったけど。
「それでは失礼ながらこちらからもご質問させていただきます。」
考え事をしている自分に充分な間を開けてから彼女が投げかけてきた。どうぞ、と手で促す。
これは死神の職務から逸脱した私的な意見なのですが、と前置きをおいてから真っ直ぐな目を向けた。
「朝霧様にとって、生きる意味はなんですか?やり残したことは無いのでしょうか?」


いつからこんな性格か、と言われたら昔からとしか言いようがない。夢がないね、なんとなく生きてるねなんてもう何回言われたかわからない。それぐらいこの生き方が心に染み付いている。
ただ、一つだけあるとしたら・・・と言われたら記憶に何かが一瞬引っかかる。まぁほんの一瞬だけど。
そんな柄にもない自分の生き方を考えていると、目の前の彼女はスタッと立ち上がった。
「もういいです。私はそちらで待機しているのでお楽しみください。」
さっきまでと同じ事務的な口調―冷たい口調で廊下の方へ歩いて行く。廊下と居間をつなぐガラス戸を開らいて出て行ってしまった。黒いスーツ姿が見える。
「お楽しみくださいって・・・あっ!」
カバンの中のDVDを思い出した。なんとまぁ、男として情けない。明日までにパソコンのデータも消しておこう。
だからやり残したことなんて何もない。いや、そもそもやりたいリストが真っ白なんだ。そんな僕が何がのこ―
「あった・・・。」
やりたいリストに薄っすらと書かれていたのを発見した。急いでビジネスカバンを開けて目当てのものを取り出す。
「あの・・・さぁ、錦木さん・・・。」
ガラス戸越しに彼女が振り返るのがわかった。
「なんですか?もし音を出されるのでしたら外で待機させていただき―」
ガラガラと勢い良くガラス戸を開けて、彼女の顔をしっかりと見た。うん、やっぱりタイプだ。
「・・・こ、このあと暇?どっかご飯行かない?」
財布を片手に生まれて初めてのナンパ場所は自宅で、相手は死神だった。


「あのぉ・・・朝霧さ、咲良さん・・・。」
まぁナンパと言っても成功率ほぼ100%だから自慢にもならない。なんせ他人にも付き人にも成れる女の子を捕まえて「デートに付き合う彼女になってくれ」っていってるんだから。
でもデートらしくまず二人の呼び方を『楓ちゃん』『咲良さん』にした。うん、死ぬ気になるのも意外と悪くない。
「何、か、か、楓ちゃん。」
照れがまだあるけど。
「着てみたのですが、見ていただいてもよろしいでしょうか?」
僕は取り敢えず目一杯のオシャレをしたものの、楓ちゃんはスーツだったので近くのデパートで服を新調しに来た。今試着室の前にいる。
「うん。」
試着中って暇なんだな、って改めて実感した。脳内デートでは一瞬だったのに。
試着室の白いカーテンが開くとそこには僕好みの女の子がいた。秋色のワンピースにデニム、白っぽい帽子とカバンを下げている。
「何か言ってください!」
無言で全身を見ていたもんだから恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。やばい、フォローしなくては。
あぁ、うん、まぁ、その、と場繋ぎの言葉を並べた末やっと出てきた言葉は、
「似合ってるよ。」
言ったあとの後悔が半端ない。普通に可愛いとか言えないものかと。
「・・・ありがとうございます。」
少し赤くしながらこっちを向く顔もたまらなかった。
「まぁ、素敵ですね。お会計でよろしいでしょうか。」
何処からともなく現れた店員さんの言葉に頷くと、テキパキとタブやシールを剥がしていく。
「お会計はこちらのレジでどうぞ。」
すかさず用意していた財布を取り出す。
「咲良さん、お金は私が・・・」
「初デートなんだから男に払わせてよ。」
小学生から貯金してきたお年玉や初任給も含めた貯金を一気に下ろしたので財布はパンパンだ。レジで表示された金額を見た時は一瞬たじろいだけど。
「女の子の服って意外と高いんだ。」
デパートのエスカレーターで楓ちゃんに後ろからそう呟いた。
「だから言ったじゃないですか、私が払うって。」
振り返り少し膨れながらそういった楓ちゃんはやっぱり可愛かった。言えないけど。
「このあとどうしますか?何かしたいことありますか?」
う〜んと唸りながら悩む。脳内デートではこのあとは・・・
「映画とか見に行かない?」
いいですね、と楓ちゃんは正面を向いてからそう呟いた。


映画館の薄暗さが懐かしい感じがした。多分10年ぶりとかだろう、最近はDVDかテレビでしか映画なんて見ないから。
「色々ありますね。」
ラインナップのポスター一覧の前で二人して頭を悩ましている。これも多分もデートの醍醐味だと・・・思う。
「じゃあさ、お互いにせーので見たいやつ指さそうよ。」
いいですね、ってイタズラじみた顔でこっちを見る楓ちゃん。
「「せーの」」
指差したのは同じ物だった。死神に対し運命を感じちゃった。


『茜空の奇跡』
そんなタイトルからしてリア充系の映画を選んだのは、きっと今がリア充だからなのか、それともオレンジ色が好きだからなのかはわからない。でも二人一緒に選んだ映画のチケットを買って、ポップコーンを塩とキャラメル、そしてでかい飲み物を買って薄暗い館内に入るのはとてもドキドキした。明日死ぬなんて忘れてしまうくらい。
「はじまりますよ。」
cmが終わって本編が始まる直前、楓ちゃんの顔が暗闇の中近くに来て囁いた。
でもそんなドキドキの展開よりその後の映画に目が離せなかった。
学生時代の彼女との約束を別れた後も未練たらしく覚えたまま大人になった主人公。そんな中たまたま彼女と思い出の場所で再会して、そして彼女の過去を全て受け入れて二人で人生を歩み出す、っていうベタベタ話の筈なのに涙を流していた。
『この木は何年も何十年もこの時期に色を変えていく。俺たちも喧嘩したりしたとしても、必ず二人でここに来よう』
と主人公が紅葉した木をバックに言っていたセリフがなぜが頭から離れなかった。
「・・・よかったですね。」
気づくと周りは明るくなっていた。エンディングもスタッフロール中もただただ頭の中でグルグルとセリフが回っていたので気づかなかった。目元の涙が視界に入った。
「・・・ごめん、こんなに涙もろいはずないんだけ―」
隣りを見ると彼女の顔が正面から見えた。感情がごちゃ混ぜになった顔。その顔の真意もそれを聞き出すこともはぐらかすことも生憎僕にはできなかった。
「・・・ちょっと行きたいところができたんだ。」
ん?と軽く首を傾げた顔の感情は、女性経験のない僕にもなんとなくでもわかった。多分優しさだと思う。


窓から赤くなり始めた光を浴び、電車の規則正しい心地よい音が車内に響いている。残りの寿命を半分以上使ってしまった僕は隣りの死神と一緒に実家とは正反対の方へ向かっていた。
「昔住んでたところなんよ。」
切符を買うときに一言楓ちゃんにそう言ったっきり、僕は何も話すことができなかった。幼い時の記憶を探るので、その記憶を頼りに行き先を決めるので手一杯だ。多分初デートとしては最悪だろう。でも時々隣りの楓ちゃんを見ても相変わらず優しそうな顔でこちらを見ているだけだ。やばい、惚れそう。
『赤木』という駅で僕たちは降りた。小学校に上がる前まで住んでいた土地、その当時はまだ無人駅だった・・・はずだ。
「とてもいい雰囲気のところですね。」
駅の階段から降りて見えた商店街は所々見覚えがあったりなかったり。でも当時住んでいたアパートまでの道は辛うじて覚えていた。
「父さんの仕事の都合で引っ越すまでアパートに住んでたんだ。幼稚園も入ってなかったからよくブラブラしてた。」
今のご時世だとかなり危なかったんだなぁ。でも当時は商店街のおじちゃんもおばちゃんも優しかった。
「咲良さんはお友達がいなかったのですか?」
失礼な質問だ。アパートのそばの交差点を左に曲がった。
「いたよ、仲の良かった女の子が。このアパートの隣りに―」
指差した先はただのコインパーキングだった。時の流れを感じる、なんてちょっと文学臭いけど、まぁそんな感じがした。
「・・・残念ですね。当時の面影がないのは。」
アパートのベランダが面してあった場所に楓ちゃんは立ち上を見上げた。二階の端がうちで、隣りが彼女の部屋だった。
「・・・その子の名前も顔もあんまり覚えてないんだけど・・・」
駐車場の先には木々が生い茂る河川敷がある。そっちを指差した。
「あっちの川の近くでよく遊んだんだ。」
じゃあ行ってみましょう、と僕の前を彼女が通り過ぎた。悲しそうな顔だった。


河川敷の遊歩道を歩くと次々と記憶が蘇ってきた。彼女とおままごとした公園、追いかけっこしたグラウンド、秘密基地を作った草むら。でもやっぱり彼女の名前も顔も思い出せない。
「記憶なんて残っていたってどうすることもできない事もあります。覚えているからいいとはならないと私は思います。」
河原で遊ぶ子供たちを見ながら楓ちゃんはそう呟いた。そうだった。彼女も現世で死んで、あの世で死神に就職した。だけど不躾に「現世の記憶あるの?」なんて聞けなかった。聞いても応えてくれ確証もないし。
「でも思うんです。」
遊歩道のはずれにある大きな木の前で彼女は振り返った。夕日が逆光して顔がよく見えない。でも楓ちゃんの頭上には綺麗な赤と黄色の葉が風で揺らめいていた。
「きっとその子も、咲良さんが思い出してくれて、こうやってここを訪ねてくれるだけで幸せだと思います。」
楓ちゃんと一緒に見上げると、木がまるで返事をするようにまた大きく揺れた。多分、この木をさっきの映画で思い出したんだろう。
「綺麗なも―」
「綺麗な楓ですね。」
・・・流石、自分と同じ名前の木は詳しいらしい。まぁ僕は木の種類なんて片手分ぐらいしか言えないけど。
「・・・もう遅いですし、ご飯でも買って帰りましょうか。」
楓ちゃんに手を引かれそそくさと駅に向かった。


別に昔好きだった女の子とどうこうなれる、なんて甘い考えを持っていたわけじゃない。ただ会って確かめたかったんだと思う。
「何をですか?」
僕の精一杯の吐き出しを目の前の楓ちゃんは優しく聞いてくれている。買ってきた銀色の缶ビールをコップに開けてまた飲んだ。
「うぅーん・・・わかんない。」
きっと生きる意味とか今朝から考えさせられてるから、なんとなく会ってみたくなったんだろうなぁ。
ふふっ、と口元に手を抑えながら上品に楓ちゃんは笑う。可愛い。
「何?なんか変なこと言った?」
多分顔は真っ赤だっただろう。まぁアルコールのせいもあるだろうけど。
いえ、ときちんと訂正した上で、こう続けた。
「咲良さんにもあったんですね、生きる意味が。」
馬鹿にされた、というより安心された、と理解できた。多分彼女の笑顔とか声のトーンとかからかな?
「うーん、そこがまだしっくりこないんだよね〜。」
まだモヤモヤした何かを抱えたまままた一口コップを傾けた。それに合わせるように楓ちゃんもチューハイを飲む。
「あぁ、そうそう。一個だけ思いだした。彼女の名前・・・」
傾けたコップが止まった。楓ちゃんが大きく目を見開く。
「ん?どうしたの?」
聞くが早いか遅いかでむせる楓ちゃん。大丈夫です、と手で静止しながらティッシュで口元を拭う。
「むせちゃっただけです。それで、思い出したんですか、名前?」
やけに真剣な目でこっちを見てくるので、まるで尋問されてるみたいだ。
「名前っていうか名前のヒント。昔あの子と遊んでる時に『この木、私と同じ名前なの』って言ってたんだよ、確か。」
夕日をバックに木に手を当てながらそう振り返った彼女の姿を、映画で思い出したのだろう。
「えっ、じゃあ私と同じ名前?」
ううん、と首を大きく振った。流石の僕でも、楓ちゃんと同じ名前ならとっくに気づいてる。
「だから僕の聞き間違えなのかなぁ、って。」
そんな風にはぐらかす僕の顔を見る楓ちゃんはなんだから嬉しそうに見えた。


「さぁて、明日もありますし片付けますか。」
完璧に酔ってる楓ちゃんがテーブルの上を見回しながらそう呟く。僕も大概酔ってるようだ。
「明日僕はどうしたらいいの?」
立ち上がって本棚に置いてある時計を見ると既に12時を回っていた。そういえば残りの寿命が12時間を切っている。
「今日と同じ格好で事故現場に来てください。そこでまた我が社にお送りいたします。」
まぁ流石に12時間あってもやることないから寝るしかない。意外と寿命が延びてもこんな感じなんだな。
「楓ちゃんは泊まっていくの?」
いえいえ、と片付けた皿を持ち上げて立ち上がる時に僅かによろめいた。勝手に体が動いた。
ドスン、と小さな尻餅をついた。
・・・・
沈黙。よろけた体を支えた結果、彼女がこちらに覆いかぶさって来た。否が応でも密着してしまう。いろんなところとか。そそくさとお互い立ち上がる。
「・・・・ごめん。」
向かい合ってまたやや沈黙があったけど、やっとなんのひねりもない言葉が出た。それをまた優しい顔を上げながら笑っていた。
「・・・・ありがとうございます。」
あぁやばい、やっぱり好みだわ。今にも暴走しそうな本能をなんとか理性で食い止める。
「・・・・・・」
楓ちゃんは自分のお腹の方を見た。ごめんなさい、男はわかりやすくて。
「言ったはずですよ。」
それでも顔を上げて僕を見る目は、まだ優しさを孕んでいた。
「私をどのように扱ってくれても構いません。初デートの相手としても・・・そういう対象としても・・・」
なんでそうやって顔赤らめられるかなぁ。死神の殺し文句に僕はただ従うしかなかった。


「・・・やば、起きなきゃ。」
目覚ましも朝日も浴びることなく目が覚めた。本棚の時計を見る。10時だ。
「・・・・そうか・・・」
布団を開いて自分がまっ裸なことに気がついた。慌てて周りを見回しても、初めての相手は既にいなかった。
『先に向かってます
お時間に送れませんように』
ボールペンで書かれた書き置きがテーブルの上にあった。うぅーん、想像と違うなぁ。
いつもと変わらずシャワーを浴びて、昨日と同じスーツ姿で家を出た。不思議だ、これから死ぬのに。
「まぁこんなもんだよな。」
念願の初デートの後でも、童貞卒業の翌朝でも、残りの寿命が1時間切ってても、いつもと変わらない。世界は回ってる。僕がいてもいなくても。
「そもそもこの状況自体がおかしいんだよ。」
なんだよボーナスチャンスって。でも別に悲しいわけでもなかった。やり残したことがないからかな。
ふと、いつも歩き慣れた道の脇に昨日と同じ楓の木が立ってるのに気がついた。葉が綺麗に黄色と赤に染まっている。
「綺麗ですなぁ。」
知らぬ間に立ち止まって見上げていたみたいだ。いつの間にか隣りにいた散歩中の爺さんの言葉で我に帰る。でも何も言うことないから、相槌だけ打っておいた。
「芭蕉も一茶もこれに目を奪われて歌を歌ったんですねぇ。」
中学校以来の名前が一瞬漢字変換できなかった。あぁ俳句か。
「春はさくら、秋はもみじ。日本に生まれてよかったとしみじみ思いますよ。」
・・・もみじ?
多分人生で一番脳細胞が活性化したんじゃないか、そんなことすらも考える前に僕は走り出していた。


息を切らしながら昨日の記憶を頼りに交差点についた。今度は引かれないよう周りに注意しながら彼女を探した。時計を見るともう11時を回っている。
「どこだよ!」
苛立ちながら声を上げる。まばらにいる通行人はこっちを見ているが知ったことか。早く彼女に会わな―
「朝霧咲良様、もうお時間です。」
後ろから聞こえた声に急いで振り返った。でもそこで記憶が・・・


目を開けると白い天井が見えた。白衣の男性と女性が見下ろしている。
「朝霧さん、僕の声がわかりますか?」
はい、といって体を起こそうとするも痛みが走った。2人が体を抑えてくれる。
「無理しないでください。あなたは車で引かれたんですから。」
多分医者であろう男がそう説明する。なんとなく覚えてる・・・かな?
「今日は何日ですか?」
たっぷりと間を空けてからやっと出た質問だ。11月13日ですよ、と看護師さんが応えてくれた。
僕の意識がはっきりしていると判断したのだろう、お医者さんが二日前の事故について話してくれた。無免許・飲酒運転のガキが僕を轢いたらしい。でもすぐに病院に運ばれて検査もしたが、命も頭も大丈夫らしい。
「一週間もしないで退院できますよ。」
何したいんですか、なんて看護師さんが世間話をしながら点滴を変えてくれている。
したいこと・・・か。
窓の外をみると綺麗なもみじが風に揺れていた。取り敢えず、初恋の相手でも探しに行くか。






世界がゲームみたい
この物語の主人公、朝霧咲良はそう言いました
でもゲームは二次元だからこそ、三次元である君達は好きな主人公を選び、好きな選択肢を選び、好きなエンディングを迎えられる
だったら世界は三次元だから、それを好きに操れるのはよじ―
ブツン
・・・おい!照明!真っ暗だぞ何も見えねぇぞ。あぁそうか、サングラス外せばいいのか。
プツン
・・・うわぁ~顔見られた~。せっかくタ◯リみたいにかっこよく決めたかったのに~。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだよその目。わかったよ、続けるよ。
ゴロン
だから早い話、君たちにも俺と同じように見せてあげようってこと。
何をって、この話の蛇足だよ、だ・そ・く。
まぁ世の中物語の続き作ってもいいことないんだけどねぇ。家に取り残された男の子の孤軍奮闘劇しかり、7つのボールを集める冒険譚しかり。
・・・え?3派?GT許せる人?ぶれるわー。
ガサゴソガサゴソ
まぁいいわ、こんなもん製作者の自己満足だから。
ほらほらこれ持って、コントローラー。続き始めるよ。

プレイヤー
 アサギリサクラ
→ニシキギモミジ






「まずはお名前と死因、志望理由をどうぞ。」
「錦木紅葉(もみじ)、享年10歳。
死因は衰弱死、生まれつき肺が弱かったんです。死神になりたい理由は、両親を残して早くに死んでしまったので、こちらの世界で由緒正しき職業に就いて死後に安心させて、親孝行したいと考えています。」
何十回も復唱した言葉を間違えずに言えた。面接官も優しく頷きながら目を見て話を聞いてくれた。その後の質問も難なくクリアして、30分の最終面接を終えて帰路に着いた。


「ただいま~。」
おかえり!と大量の声が返ってくる。その中でも一番大きな声の主、楓おばさんがドカドカと床で遊ぶ子供たちをかき分けて近づいてくる。
「・・・・・どうだった?」
「・・・・・」
今まで我慢してたにやけ顏を一気に解放した。それを察した楓おばさんもまた満面の笑みで大声をあげて喜んでくれた。
10歳の秋、私は両親に見守られながら病院で息を引き取った。気がつくと役所(人死役所の児童保護係だって高校生の時に知った)の窓口に座って漫画を読んでいた。そこで楓おばさんに初めて会った。
カエデホーム、楓おばさんが一人で回している死後児童施設。廃園した幼稚園の建物を改造したものだ。幼くして死んだ子供たちを成人まで育ててくれる。カエデホームには桜の木と楓の木があった。春は花見、秋は紅葉狩り。何回も見たその景色が見えるここを、死神に就職する私は出て行かなくちゃいけない。


「あなたは私にそっくりだからねぇ。」
私の就職祝いもおひらきにして子供たちを部屋で寝かした後、楓おばちゃんと二人で晩酌。ダイニングテーブルからは自分も遊んだリビングと、窓の向こうには桜と楓の木が見えている。
「何回も聞いたよ。『楓と紅葉は同じ木』だって。」
正確には楓の俗称が紅葉、とここに来た時から何回も教えてくれた。それでもこんなやり取りをお酒を飲みながら言う時の楓おばちゃんはいつもニコニコしている。
「・・・明日にはもう社宅に行っちゃうんだね。」
人手がモノを言う死神は採用したら直ぐに入社、研修期間が始まる。私も来週には仕事が始まるから、明日には荷造りしてホームを出て行く。
そだねぇ、としみじみと返した。いろんな記憶が蘇る。そして小さい頃のことを思い出すと、いつも彼の顔を思い出している。
そんな私の顔を見て、姿勢を正す楓おばさん。何か大事なことを言う時の癖なので、私も合わせて姿勢を正した。
じゃあこれが最後に私が教えられること、と前置きをして楓おばさんが私の目を見る。涙で目尻が潤んいた。
「これから先、人死をかけた大きな決断をすると思います。」
きっと楓おばさんは気づいてるんだ。私がなんで死神を、現世との繋がりが強い仕事を選んだか。
「決断とはつまり、何かを得るために何かを失う選択をするかどうかを決める、ということでしょう。」
滅多に見たことがないおばさんの涙、そんな顔をホームの景色をバックにされたら私だって・・・
「そんな時のために私から最後のアドバイスです。」
涙顔のおばさんの顔が歪んだ。だけどしっかりこの言葉は受け取りたかった。
「その一瞬でもいい。失う覚悟があるなら、どんなに小さな可能性だとしても、得られる方を選びない。」
両親の記憶は曖昧。だからおばさんが、ううん、お母さんが育ててくれたから私は・・・
「大丈夫、あなたは私と同じよ。だからきっと、あなたの人死はうまくいくようにできているわ。」
お母さん、となんとかひねり出した言葉も、二人の泣き声でかき消されてしまった。


入社したての私を迎えたのは、無精髭でヘビースモーカーの男性だった。
「お前さんの教育係の日向(ひゅうが)だ。よろしく。」
日向先輩はボサボサ頭を掻きながらそう面倒くさそうに言った。
「錦木紅葉です!よろしくお願いします。」
勢いよく頭を下げたが、ダルそうに事務作業を教えてくれた。変な人に当たってしまった、とその時から薄々気づいていた。
先輩はよく仕事のルールを無視する。書類の提出期限なんて守ったことないし、現世での立ち振る舞いにクレームが殺到したり、説明不足のせいで私が現世に赴いたことなんてしょっちゅう。歳なんか私より三周りも違うのだが、相変わらず現場仕事。早い話がだ周りからは邪魔者扱いだった。
「はぁ?なんでルールを守らねぇかって?」
カウンターに並んだ先輩が面倒くさそうに私の質問を復唱した。鬼蘇り(おにがえり)のロックを飲んでから赤い顔をこちらに向ける。
「そりゃあおめぇ、めんどくさいからだよ。」
はぁ。聞いた私が馬鹿だった。そんな私の溜息姿を先輩はニヤニヤ顏で見ている。
なぁニシキ、と前置きを入れる。あぁ、日向先輩は私をニシキと呼ぶ(錦木は言いにくくて面倒くさいとか)。
「ルールを守ることは大切だ。だけどルールを守ることを目的にしちゃいけない。」
また詭弁だ。でも私はこの詭弁が大好きだった。
「俺は俺が一番めんどくさくないように動いてるだけだ。ルールなんてその為に利用してるだけだ。」
なんとも傍迷惑な理屈だ。でも日向先輩を楓おばさんと同じくらい尊敬もしていた。そんな居酒屋での飲みの次の日だった。私たちの元に回ってきた書類、その名前の欄にずっと想い続けていた人の名前が書いてあった。


「おかえり、『錦木楓』さん。」
タバコを口に咥えたまま24時間の現世帰りの私に日向先輩はそう言いながら迎えてくれた。
「・・・嫌味たらしいですね。」
先輩のデスクの前に立ったまま、彼の書類を提出した。デスクのみんなが私を見ている。
まぁ言わんでもわかると思うけど、一応上司だから、と頭を掻きながら私の顔を見た。
「お前さんは死条第・・・第うん条、『期間限定帰還者に対する現世復帰条件の不可侵』を破った。よって即日、株式会社『アンバランス』を解雇、だそうだ。」
はい、と私は静かにうなずいた。わかってる、自分が何をしたかなんて。
「あとの手続きは俺がやる。第4会議室だよな?ニシキは私物の整理でもしとけ。」
そういって先輩は立ち上がり、好奇の目の間を縫って部屋を出た。重苦しい空気の中、私は無言で自分のデスクを片し始めた。


一通り荷物の私物の整理を終える頃、いつの間にかオフィス中の私に対する興味は他のものへと移っていた。
「日向さんが朝霧咲良ともめている」そう耳に入った瞬間、私は第四会議室に向かって走っていた。背中の方にとめる同僚の声が聞こえたがかまわない。ただ一心不乱にたどり着いた会議室の開かれたドアの前では人だかりができていたが、それを掻き分けて中を見た。
「じゃあ彼女はどうなるんですか!?自分の命が助かって『はいそうですか』で終れるわけないでしょう!!!」
「・・・これが規則だ。『現世における残機計算を一番最優先に行なうべし』、それが俺たち『アンバランス』のルールだ。」
あのひょろっとした朝霧咲良が、大柄な日向先輩につかみかかっている。・・・だめだ、泣きそう・・・。
「ルールルールって、あんたそれでも上司か!?」
たぶんこの人だかりのほとんどの死神が違和感を感じていただろう。あの日向先輩が、ルールを破り、問題を力でねじ伏せることで有名な日向先輩が無抵抗に『ルールだ』と言い続けている。
・・・いや、私にはわかる。もう先輩も限界だ。そう思うか早いか、つかみかかっていた朝霧咲良が大きな音と共に床にたたきつけられた。
「・・・うるせぇ!」
しゃがみこんで頭を押さえつける先輩と、うつぶせになりながらにらみあげる朝霧咲良。周りに緊張が走った。
「黙って聞いてればビービー馬鹿みたいに声張り上げやがって!!!男がごちゃごちゃ女々しいぞ!!!」
朝霧咲良は押し黙っているが、その目には依然釈然としない気持ちが渦巻いていた。
「・・・あの馬鹿はなぁ、俺の下についてるやつの中でもすこぶる頭がいい部下なんだ。」
決して私に聞かせようとした言葉ではない、乱暴だけど優しい言葉が会議室に響いた。
「そんな奴が、自分のこれまでの人死も人望もすべて投げ打って、お前の人生を助けた。その重みが、その大きさがお前にわかるのか!?」
私のために、私なんかのために、二人の男性が泣いていた。上に乗る大男は目じりに涙をわずかに溜めながら。下に寝そべる小柄な男性は片腕で顔を半分覆いながら。私はなんて罪深い女なんだろう。


「・・・さぁ、時間だ。早くしないと窓口が閉まっちまう。」
手を差し伸べて朝霧咲良を立ち上がらせると、こちらに向かって二人で歩き始めた。野次馬たちは道を明ける。私は少し離れた喫煙ルームの陰に隠れた。廊下を曲がり、窓口がある正面玄関の方に向かい始める。目の前を通り過ぎようとする二人をただただ見つめていた。
「俺はいい上司だから、部下の思いをくんでやらなぁならない。」
苦笑いをしながら朝霧咲良の背中を押して歩く。不意に、私の手が引かれた。
「ヤニが切れた。5分だけタバコすってくらぁ。」
目の前の朝霧咲良も、たぶん私も、ただただ目を丸くして向かい合っていたことだろう。


「・・・朝霧咲良様、残機獲得おめでとうございます。」
習慣と言うものはこういうときに役に立つ。セリフは何とか出た。でも声は上ずっていた。
「・・・もみじちゃ-
「『楓』」
朝霧咲良の声にわざと被せる。
「もうお忘れですか?私の名前は、既に申し上げたように、『錦木楓』です。」
そう、私は今回の任務が来た瞬間から「錦木楓」。目の前にいるのは朝霧咲良、ただの・・・ただの元顧客だ。


「・・・だったら、『楓ちゃん』。」
まっすぐ私を見る朝霧咲良の目は、初めてあったときとはまったく違う目をしていた。
「僕はさぁ、楓ちゃんが言った通り人生を生きる意味を失ってたんだ、きっと。」
懐かしい目だった。外から「遊ぼ!」と私を見上げる目。河原で転んだときに手を差し出くれたときの目。
「でもだからといって死んでやろう、なんてこともできなかった。」
私はそらすことなく、彼の顔を見つめていた。卑屈っぽく口角を上げた。
「要するに生にすがるのも死に逃げるのも怖くてできなかったんよ。ホント、情けない男だよ。」
咲ちゃんは天井の蛍光灯を見上げた。ううん、そんなことない。だってあなたは思い出してくれたもの。こんな私のことを。
「でも・・・」
一旦顔を下げて、そしてまっすぐに私の顔を見た。綺麗な笑顔だった。
「でも、楓ちゃんとのデートで改めて気づかされた。まだまだだな、って。」
女性ものの服の値段も知らない、安っぽい映画でも不覚にも泣いてしまう、お酒にも簡単に呑まれるし、女心を理解することも女の人の扱い方もまだまだだ。
そう、指折り数えていく。
「結局のところ、やっぱり僕は未熟者で、でもまだまだ知る機会が現世の世界にあふれているんだなって。だから、もう少し―」
折った指の隙間に涙が染み込んだ。そんな彼の姿がぼやける。
「もう少しだけ、世界をプレイしてみようって。そして死んだときに、今度こそ紅葉ちゃんに認めてもらおうって。」
咲ちゃんは泣いていた。私も泣いていた。でも、私たちは笑顔だった。
「ありがとう、紅葉ちゃん。死ぬ意味をくれて。やっぱり君は、正真正銘『死神』だったね。」
目の間にいる咲ちゃんは、生きるのにふさわしい笑顔だった。

spring and fall

今回は『ゲーム×死神』をテーマに書いてみました。
いかがだったでしょうか。

今後もいろいろな題材を書いていきたいと思います。
一人でも多くの人に楽しみにしていただけるとありがたいです。

spring and fall

与えられた時間は24時間 付き添いは死神 やりのこしたことは何?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-27

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