BLUE-story
悲しいお話し
刻は待ってくれなかった。
けれど、進まなければ…
亜人と人間の静かな戦い。
出逢い
国の王が死んで、新たに王がうまれた。
新たな王はとても残酷で無知だった・・・
タームレイト国
緑豊かで他国との交流も賑やかであったこの国には
人間の他に、亜人という種族が暮らしていた。
亜人とは、人と動物の
両方の姿を持ち、人間よりも様々な能力に長けている
そんな種族を
前国王は、国の発展のため
タームレイトに呼び、共に歩む事を決めたのだ。
それから
みるみる国は発展していった。
人間と亜人は、助け合いながら暮らしていた。
それから
十数年・・・
国王は死に
タームレイトじゅうが哀しみに溢れた。
そんな中、国王の跡継ぎとして
従弟のアルギン王が新王として君臨した
アルギン王は
嫉妬深く
側近である銀猫の亜人を殺した…
銀猫の亜人は前国王の側近でもあり
思慮深く、剣術に長けていた。
「どこを捜しても、コイツほど頼れる友はいない」
前国王はそう話していた。
アルギン王はそんな彼を嫌った
自分より愛され
自分より強く
自分より賢い・・・
銀猫の亜人は、最期に
「どんな理由で死ぬとも、誰に殺されようとも
国王の為ならば、と思える。」
そう、言った。
国民の怒りと悲しみと反感をかった国王は
見せしめのように
亜人ばかりを殺した。
そのうち、人間は
亜人を差別し
除け者にした
タームレイト国は
亜人にとって住みにくく
人間にとって居心地の悪い国へと変わった。
アルギン王が君臨して数年後
城の音楽家であった亜人が病で亡くなった。
音楽家は、他国の貴族に大変褒められ、国へ来いとまで
話しが持ち上がっていたが
アルギン王は、それを許さず
拷問にかけ、怪我をしたと
他国の貴族に嘘をいって、話しを蹴ったのだ。
音楽家は、口もきけないほどに虐待され
やがて、病で亡くなった。
そんな時
国王は、新たな音楽家を亜人の中から捜した。
人間よりも
優れた才能をもつ亜人は
妬ましく、恨めしく、使い捨ての人形。
国王兵は、国中をくまなく捜して
やっと見つけたのだ。
星狼の亜人を。
ずっと隠れていたのだろうが
国の人間が、報酬欲しさに売ったのだ。
「亜人。来い。」
そういって強引に引きずっていった。
「くそ狼!いいか、よく聞け!てめえは城ん中じゃ一切、口を開いちゃいけねえ。
音さえ奏でてりゃあいい。分かったか?」
「おれ、行きたくなんてないです…!離してください!」
「うるせえ!!」
星狼の亜人は
恐怖と絶望で気が狂いそうだった。
城は、亜人にとって
監獄。
生きて出ることは、出来ない。
出逢い
アルギン王は星狼を見て言った
「なんだ?この犬は。
本当に音楽家なのか?」
星狼を連れてきた兵は、答える
「こいつは、星のつくもの。狼にございます。
こいつのいた宿の亭主が情報をよこしたのです。」
星狼。
亜人の中で、より学問に優れている者につく
称号が”星”である。
「そうか、星の狼・・・ならば早速
音楽を聴かせろ。もし、無能ならば・・・」
殺せ。
星狼は、いっそ死のうとも思った。
だが、実力は隠せない。
彼が奏でた音は
悲しく慈悲深く、深く心の奥底に響く音。
美しい旋律は、聴く者の涙を誘った。
アルギン王は、満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい!他国の音楽家なぞ比べ物にならないほどだ!
星の狼よ、貴様に一つ楽器を与えよう。何がいい?」
しかし、星狼は答えなかった
「なんだ?星のくせに喋れないのか?」
「いえ、実は・・・国王に無礼があってはならないと
言葉を発するなと・・・言いつけておりまして・・・」
「なんと・・・よいよい、我が許す。
今は喋れ。我が良いと言ったときは、言葉を話せ。」
「星狼。命令だ。言え。」
星狼は、うつむきながらポツリとつぶやいた。
「・・・ハーディーガーディー」
「なに、・・・ハーディーガーディー?」
「竜の髭、竜の鱗をあしらったハーディーガーディーを」
「貴様!王にむかって!亜人の分際で、催促など!」
「アルギン王が仰ったのです。楽器は、何がいいのかと。
しかし、竜のあしらいを施した楽器など・・・さすがに無理でしょうかね。」
「構わん!亜人如きの願など、容易いわ!
コケにしおって・・・
将軍!今すぐ東の竜を狩ってこい!」
「はっ・・・
しかし、王。竜を…狩れる者は今・・・」
「なにい!?」
「この国で、竜を狩れたのは
銀猫のみ・・・」
「うるさい!なんとしてでも、なんとしてでも
竜を狩ってこい!」
「はっ」
「星の狼!貴様、覚悟しておけよ。」
アルギン王は
部屋を後にした。
竜のあしらいを施した楽器は
世界最高の音を奏でる。
しかし、肝心の竜を狩るには
人間には難しい事である。
かつて、この国で唯一
竜を狩れたのは、銀猫のみ。
星狼は、それを分かっていた。
そして、今夜
竜を狩に行った将軍一行は
命を落とすことになるのも・・・
出逢い
数週間後
東の竜を狩に行った将軍等は案の定
全滅。城に届いたのは、旅人が見つけたという
将軍の折れた剣と、タームレイト国の破れた
旗の残骸。
アルギン王は、またすぐに
兵を出したが、無事戻る者はなかった。
国の戦力は壊滅的だった。
さらに、国民の大半は他国へ移ってしまった。
星狼は、これを狙っていた。
そして星狼に運命の日がやってきた。
「星狼。この音楽舞踏会で優勝せねば
ただちに殺す。貴様の望む楽器はなくとも
何とかしろ。」
「・・・はい」
「この
くそが」
音楽舞踏会では、これでもかという賞金と
勇敢な兵士、沢山の食物が
優勝国に渡される。
この音楽舞踏会に参加するのは
諸国だけではなく
それを統治している東西南北にある四つの国
東は、アリア国
西は、ヨーネフ国
南は、デモンカ国
北は、ロッコ国
四天王のような存在
星狼は、舞踏会城の庭へでた。
この国を滅ぼして、大好きだったこの国を滅ぼして
自分も死のう。
しかし、きっと勝ってしまう
負けるには、楽器を弾かなければいい。
そうだ。
例えこの国の最後を見届けられなくても・・・
するとそこへ
「・・・あら、タームレイト国の方ね?」
キレイな金髪の女性。
「ええ・・・」
「順番は、まだなのね。楽器は何?」
「父から貰ったヴァイオリンです」
「いいわね。楽しみにしているわ。
私、音楽が大好きなの。あなたもでしょう?」
「ええ・・・」
「・・・なのになぜ、そんな顔をしているの?」
「え?」
「とっても、苦しそう。」
「・・・」
「ねえ、お願いしてもいい?
私のお母様、病気で耳があまり聞こえないの。
この舞踏会に来てもね、あんまり楽しくなさそうで。
でも、お母様は昔から音楽を愛してた。
だから、お母様に聴こえる音楽を
演奏してくれないかしら?」
「・・・どういう・・・」
星狼が聞き返す前に
彼女は去ってしまった。
出逢い
ついに、星狼の番が回ってきた。
一礼をして顔を上げた先には、庭で出会った彼女がいた。
彼女が座っている席は
ヨーネフ国の位置・・・
彼女の隣には、耳の聞こえない母親。2人の前には
確かにヨーネフ国の王
レイニーボンド国王が座っている
星狼は、彼女が言った
母親に音を届けてほしいという願いを思い出した。
しかし、タームレイト国を救うことになったら・・・?
命と引き換えにでも
滅ぼしてしまいたい、大嫌いになってしまった
我が国を・・・
だが、きっと
賞品や褒美を貰ったとしても
きっと殺される。
なら
あの娘の母親を、楽しませよう。
生前、父から貰ったヴァイオリンと
父が残した言葉を胸に・・・
星狼は、ヨーネフ国の方を向き
弦を弾いた。
響き渡るヴァイオリンの音色。
誰もが聴き惚れる。
しかし、ヨーネフ国の王妃には届いていなかった。
星狼は、王妃に目をこらした
すると王妃は、ある一定の音とあるリズムの時に
微かに反応するのだ。
星狼は、それらを紬合わせた
それを、音楽として奏でるのは至難の業・・・
でも確実に王妃には届いていたのだ。
星狼が弾き終わると大歓声がおこった
ヨーネフ国の王妃が立ち上がり、王のレイニーボンドに
耳打ちをした。
「亜人よ。お前はタームレイト国の者であったな。
感謝する。我が后は、難聴で嗜んでいた音楽も歌もめっきり
歌わなくなってしまっていた。しかし、何故かお前の音は
后に届いた。后の喜ぶ顔は、久しぶりに見たよ。
ありがとう。」
ヨーネフ国だけではなく
アリア国もロッコ国もデモンカ国も
また各諸国も、星狼に
今までにないほどの拍手と歓声をあげた。
星狼は、なんともいえぬ喜びでいっぱいになったが
束の間。
タームレイト国のアルギン王を見て
ああ、今夜にでも殺されるのか・・・と
虚しくなった。
アルギン王は、星狼を見るなりこう言った
「よくやった。我が国の優勝は間違いない。
貴様には、まだまだ働いて貰う。
死ぬまでな。」
こんなにも、こんなにも
生き続ける事への絶望は感じたことはなかった。
国へ褒美が出たとしても
民へ回ることなどないし、亜人への迫害は続く。
自分の力で
タームレイト国を救うことはできないのか・・・
せめて、新たな王がつけば。
そんなとき
星狼の肩を叩く者がいた。
「貴方は?」
「タームレイト国の亜人様ですね。
私、ヨーネフ国の使いの者です。貴方を、我がヨーネフ国が
お引き取りに参りました。」
「え、引き取り?え、いや、どういう・・・」
「我が国の王、レイニーボンド国王が貴方を買ったのです。
もちろん、タームレイト国の王など、逆らえません。」
「しかし、私にはタームレイト国を離れるなど・・・
沢山の亜人が迫害を受けています・・・」
「そういうことでしたか。
そのことについて、我が国の姫君はたいそう
ご心配していました。」
「タームレイト国の亜人を救うまで、私は」
そう言いかけて
ヨーネフ国の彼女が現れた。
「私に考えがあるわ。」
出逢い
星狼は、作戦を実行した。
街中の亜人と反国王の少数の人間を集め
一揆を起こした。
街中の人間は、すぐに寝返る者が殆どだった。
城の中は、兵士不足でガラガラ。
だいたい亜人は
人間より強く賢かった。
城はすぐに落ち、アルギン王は、命乞いしていた。
そこに星狼が現れると、アルギン王は、強気になって
「貴様!何をしているのか分かっているのか!?」
「ええ。しかし私は、もう
ヨーネフ国の者。」
「ならん!そんなこと、許してないぞ!
ヨーネフ国なぞに貴様を渡すなど、承諾せん!」
「だ、そうです。レイニーボンド国王」
「な・・・」
星狼の後ろから、沢山の騎馬兵と共に
現れたのは、ヨーネフ国レイニーボンド国王。
「アルギン王、そなた、一度承諾したことを
覆すと仰る?契約に背きますな?」
「いえ!あれはこの場を逃れるための
ただのいいわけでして、」
「契約違反は・・・
我が国からの支援取り消し。」
「そんなあ!!!
お見捨てになるのですか!!!」
「黙れ。民を見捨て亜人の迫害までし
己の我欲に走った結果が、これであろう。」
レイニーボンド国王の後ろには
苦しみを受けてきた人間と
迫害され、家族を殺された亜人が
アルギン王を睨んでいた。
「わたしは、どう、すれば・・・」
「この国を出て行け。
ここは新たに我が国の領地にする。」
「そんな滅茶苦茶な!」
「ならば、戦うか?」
アルギン王は、一人
とぼとぼとタームレイト国を出て行った。
タームレイト国の人間と亜人は
レイニーボンド国王を見た。
「タームレイト国の民よ。我が命により
新たな王を立てる。また
この国が安定するまで、ヨーネフ国の支配下に置く」
レイニーボンドは、星狼をみた
「星狼よ。これで良かったか?
やり過ぎかもしれんな・・・しかし、王となってからは
このようなこともなかなかできず
つい、若き日の真似事がしたくなってな・・・」
「いえ、私のようなものが
一国の王にこのような・・・
申し訳ありません。」
「いやいや!
楽しかった!だいたい、アルギン王になってから
タームレイト国の評判は悪いのなんのと・・・
それになあ
銀猫は、良い奴だった。それも前王のおかげだ。
それに、星狼も含め
この国の亜人は、強くそしてとても優しい。
これからも力を合わせ生きていくように。」
「はい!ありがとうございます!」
「さて、タームレイト国の王は今日をもって
代々、亜人とする。いま、これより
この国の王には、
銀猫の息子よ。お前がつけ。」
呼ばれて出てきたその息子は、涙ながらに
レイニーボンド国王に膝をついた。
「レイニーボンド国王・・・!
父の・・・父の敵!!!
ありがとうございます・・・!」
「銀猫が死んだと聞いたときは、私も残念に思った。
しかし、そなたが生きていて良かった・・・
立派になったな・・・父にそっくりだ・・・」
「本当に、ありがとうございます!」
「タームレイト国の民よ!
銀猫の息子
この若く希望に溢れた新たな王に、名を授ける!
名は・・・
アーサー!!!」
こうして、あっけなくも
タームレイト国は
生まれ変わる第一歩を踏み出したのだ。
星狼は、タームレイト国を後にし
レイニーボンド国王等と共に、ヨーネフ国へ向かった。
ヨーネフ国は、自然豊かで
なにより国土が広かった。
レイニーボンド国王は、后のアリアを呼んだ。
「星狼よ。これからは、我が后に
その腕を振るってほしい。」
「はい!」
「それで、だな・・・
実は、お前を買ったのは、私ではないのだ。
だからな、つまり
私から、名をつけてはやれぬ・・・」
「そう、なのですか・・・」
少しがっかりしていた星狼。
「お前を買ったのは、我が娘の
カナリアなのだ。」
「父上!買ったなんて人聞きの悪い!
亜人を買うだの売るだの・・・
おやめください!!!」
声のする方へ向くと
そこには、あの彼女がいた
「星狼。庭で会った以来ね?私、カナリア。
素敵な音楽だったわ。ありがとう。」
「こちらこそ・・・
きっと姫君に出会っていなければ
私は今頃。」
「ああ、大変だったでしょう。もう大丈夫よ」
「カナリア、名を授けなさい。
父も母も星狼には感謝しているんだよ。」
「そうね・・・
星狼、あなたに
強さと賢さ、未来を見据える瞳のもとに
ロキ
と名を授けましょう。」
「ロキ・・・
ありがとうございます!」
「さあ、ロキ!来て、こっちよ!
あなたの部屋と、服を用意したわ
それにね・・・!」
カナリアは、ロキの手を引いて二階へ上がっていった。
「アリア、カナリアはたいそう嬉しそうだ。
よかったなぁ・・・」
アリアは微笑んで頷いた。
仲間
ロキがカナリアの元へ来てから数週間。
耳の聞こえない母親、アリアへ毎日
音楽を奏でた。
おかげか分からないが、アリアの耳は少しずつ
良くなってきていると
医者も驚いていた。
ある日、ロキは、アリアへ訪ねた
「アリア様は、東にあるアリア国と何か由縁が
おありなのですか?」
アリアは、キョトンとした
「あ・・・いえ、気になってしまって・・・」
アリアは微笑むと、ロキを奥にある温室へ招いた。
温室に入ってすぐ左の机には、写真がいくつか並べられていた
「これは・・・アリア様?・・・と、ご家族ですか?」
アリアは頷いた。
そして、写真の奥に掲げられた旗の絵は
紛れもなく、アリア国のものであった。
「では、やはりアリア様は・・・アリア国のお方・・・
ヨーネフ国に嫁いでいらしたのですね」
写真に写るアリアは、髪の色以外はカナリアにそっくりだった
ちょうど、その時
「ロキ・・・あ!いたー
温室にいるなんて、見つからないわけね。」
「カナリア様。何か用がおありでしたか?」
ええ。と用件を言いかけて、カナリアは写真をのぞいた。
「・・・私もお母様みたいになりたかったなぁ」
アリアはクスクスと笑っている
「そんな、アリア様に似ていますよ?」
「違うの。見て、お母様もお祖母さまも、綺麗な
黒い髪でしょう?私のは、お父様に似て金なのよ?」
ロキは、ああ。と声をもらした
「ねえ、お母様?私も黒い髪だったら
アリアって名前になっていたかしら・・・?」
アリアは優しくカナリアの髪を撫でた。
「黒い髪の方は、アリアという名前になるのですか?」
「そうよ。
アリア国のお姫様は、代々黒い髪で、それが美しさの象徴なの!
お祖母さまも、お母様も国一番の黒髪だったのよ」
「そうでしたか。」
「でも、お母様
お父様と恋に落ちて、嫁いできたのよ?フフフッ」
アリアは恥ずかしそうに苦笑した
「レイニーボンド国王は、良いお方ですからね。
カナリア様の髪は、国王譲りですね」
「ん・・・でもなぁ」
「お綺麗ですよ?ねえ、アリア様」
アリアは微笑んだ。
「そうかなあ・・・私にはよく分からないわ!」
その後
アリアとカナリアはティータイムにおよんだ。
仲間
「ねえ、タームレイトには、馬の亜人はいた?」
ある雨の朝
カナリアは、ロキに訪ねた。
「いましたよ?荷馬車屋の屈強な方でした。」
「そう・・・」
寂しそうに、カナリアはため息をついた。
「カナリア様?どうしたのですか?」
「あのね、私がとっても小さな頃から一緒にいた
馬車引きの亜人がいたの。馬車と言ってもね、ほとんど
引かせたことはなかったし、お城のお手伝いがほとんどだった。
でもね、彼女・・・競売に出されたの。
小さな私には、どうすることもできなくて・・・
ちょうどね、今日みたいな日だった。」
「そうでしたか・・・」
「シャルロットていうの。
どうやら今は、ザグレアにいるらしいわ。
ロキ、それでね・・・?」
「はい?」
「今日がシャルロットの
競売日なの」
「カナリア様・・・つまりそれは、」
「・・・そうよ。」
「買い戻すと?」
「買うんじゃないわ!お父様みたいなこといわないで。
さあ、ザグレアへ行くよ!」
うまくカナリアに丸め込まれて、ロキとカナリアは
ザグレアアイランドへむかった。
ザグレアは、海に浮かぶ4つの小さな島からなる。
「シャルロットは、どういう方でした?」
「青毛で小柄な女の子。私の姉みたいな感じだったわ。」
「その、亜人の競売市があるのですか?」
「どっちかっていうと
雇用者を捜す市ね。雇用者は、雇用する亜人にたいして
雇用日数代を払って、その亜人を雇用していた人、つまり
売り手みたいなものかしら。そちらには提示された金額を払うの」
「なるほど。ちなみにシャルロットの値段は?」
「たぶん、売り手に払う額はかなり高額。
シャルロットは、素晴らしい牝馬の亜人よ。
見れば分かる!」
暫くして
ザグレアアイランドについたが・・・
どこを探しても、シャルロットは見つからず。
カナリアには、ザグレアのホテルへ戻って貰った。
ロキがしばらくザグレアの街をまわっていると
ある綺麗な亜人とぶつかった
「ああ!すみません、怪我は、怪我はありませんか?」
「大丈夫です、すみません・・・」
馬の亜人。
「あ・・・」
「・・・え?」
「あの・・・ぶつかっといて申し訳ないのですが、シャルロットという
昔名を賜った亜人を知りませんか?」
「・・・わたしです・・・あなたは?」
「ああ!おれは、ロキといいます!シャルロット!貴方を
カナリア様がお探しです!一緒に来ていただけませんか?」
「カナリア様が・・・ああ・・・私のことを覚えていた・・・
では、カナリア様にお伝えください・・・
私は明日の昼に、競売に出ます。・・・二人一組のペアで出されます。」
「かしこまりました。
かならず、いむかえに・・・」
ロキは、ホテルに戻りカナリアに伝えた。
仲間
昼の市
ここでは特に高額な取引がされる。
「きたわ。シャルロットよ」
でてきたのは、シャルロットと同じ体格、同じ青毛の
女の亜人。
値段は、破格。
誰も買い手がいないとみた売り手は
ペア別でいいとした。
「カナリア様、なぜこんなに高値が?」
「まだ若いし、美しい女よ?
それに、馬の亜人は働き者で大人しいから高いの」
カナリアの持ち金では
シャルロットを連れ戻すのが精一杯だった。
「シャルロット・・・ごめんなさい
貴方を連れ戻すのが、精一杯で・・・」
「いえ・・・」
「良かったじゃない。私の事は気にしないで。
元気でね、」
ペアだった亜人は
寂しそうに手をふった
「カナリア様、私、お金を貯めていました。
いつか、ヨーネフ国へ帰るために。」
「ああ・・・あの時私がもう少し大きければ
貴方を行かせることはしなかったのに・・・ごめんね」
「いえ、カナリア様
こうしてお迎えに来てくれるなんて・・・
とても嬉しいです」
「私もよ!
ああ、シャルロット
こちら、ロキよ。」
「狼の・・・よろしくお願いします。
あの時がなければこうして巡り会うこともありませんでしたね」
「ええ。あの時は失礼しました・・・
ところで、あの、ペアだったかたは?」
「私のよき姉のような方です。
私と彼女は、亜人ですが、馬の姿もとれるのです。
これは、稀なことでして・・・
ですからいつもペアでワゴンの馬車を引いていました。
私達にとって、馬車を引くとき
歩幅が合い、息が合うというのはとても素晴らしいことですので
こんな高額に・・・」
「本来の姿を・・・
驚きです。」
「・・・シャルロットには悪いことをしたね・・・」
こうして、シャルロットは
ヨーネフ国へもどってきた
「シャルロット!馬の姿をとってみてくださいませんか」
「ええ・・・」
「わあ・・・美しい毛並みですね、触ってもいいですか!」
「かまいませんよ」
「馬という生き物の毛は
俺たちのような狼とは違いツヤツヤすているのですね・・・」
「ロキは、オオカミになれないのです?」
「今のところは・・・
狼で在るべきか、人になるべきか・・・」
その時
カナリアが走ってきた
「シャルロット!ロキ!
来て!フフフッ・・・プレゼントよ」
言われるがままに、門口までいくと
1頭の青毛の馬がいた
「・・・カナリア様、これは?」
「もう!ロキ、分からないの?」
すると、後ろにいたシャルロットがいなないた。
それに答えるように、門口の馬も答える
「まさか、カナリア様、どうやって!?」
「フフフッ
お父様に、頼んだの!」
「カナリア様・・・ありがとうございます!」
「シャルロット、貴女とは家族よ?
なら、あなたの姉という彼女も、家族じゃない!」
「なんとお礼をもうしたら・・・」
「さて!シャルロットのお姉さん。
賢く良く働く者とし、スピリットと名を与える。」
「スピリット・・・ありがとうございます!
これからは、シャルロットと共に・・・尽くします」
「いっきに姉さんが2人もできちゃった!
よろしくね!」
「あれ、カナリア様、
泣いてます?」
「うるさい!ロキ
まったく・・・!」
庭に、笑い声が響いた。
思い出-ロキ-
ある日、ロキのもとへ手紙が届いた。
「カナリア様、お話が」
「なに?」
ロキは、手紙を見せた。
ーーー愛しき弟へーーー
お久しぶりね。元気かしら?
急な便りに驚いている貴方の顔が浮かんでくるわ。
あの頃のままでね。
それでね、相談があるのよ。ママにも、勿論パパにだって
まだ話していないのだけど・・・
私、スタンダーとして生きることに決めたの。
そんな事は、問題じゃないのよ、
問題はね、パック国の第一部隊参謀長官からね
求愛を、いただいたの。
貴方の仕えるレイニーボンドに聞けば分かるわ、彼のこと。
追伸
お休みでも貰って、里に戻ってきなさいよ
ーーー貴方の愛する姉よりーーー
「ロキのお姉さん?」
カナリアは手紙をとじながら聞いた。
「ええ・・・」
「質問してもいいかしら?」
ロキは頷いた。
「スタンダーてなに?」
「亜人は、動物の姿をとれるものをオリジナル
俺のような半人をハーフ、人型をスタンダーといいます。」
「じゃあ、お姉さんは人型なのね。」
「ええ、ちなみに俺は、ハーフでもスタンダーハーフ
という人型近い部類。ハーフは、スタンダーハーフと
オリジナルに近いオリジナルハーフに
わけられているんです。」
「ああ・・・詳しくはまた話して貰うことになるわね。
さて、参謀長官についてお父様に聞きにいきましょ!」
レイニーボンドは書斎にいた
パック国の第一部隊参謀長官
彼については、レイニーボンド自身よく知っていた。
「奴の名前は、ハンベルクシヴァ。
パック国の王は、奴に絶対の信頼を寄せている。
国の行く末を握っているのは
シヴァだろう。」
「お父様、そのハンベルクシヴァは
人としてはどうなの?」
「なんだ、カナリア
お前、まさかシヴァに気があるのか!」
「違うわ!
ロキのお姉さんが求愛を受けたのよ!」
「なに!
ロキ、本当か?」
「おそらく・・・」
「シヴァはな、容姿端麗。
現実主義者。悪いとこなどない。きっと
他の女は、お前の姉を恨むだろう。」
「凄いわ!ロキ!
お姉さん、きっと幸せになるわね」
「ええ・・・あの、レイニーボンド国王
カナリア様・・・俺に少し外出の許可を
いただけませんか?
姉に、家族にあって、話しを・・・」
「かまわないわ!
ねえ、お父様?」
「ああ
気を付けるように。」
「ありがとうございます」
こうして、ロキは古里の
αの島へ向かうことにした。
α島は、北にあるドラゴンの棲む島で
過酷な環境から、ある少数の亜人しか
生活していないが
夏に降る雪を観に、観光客も多い
思い出-ロキ-
α島にて
ロキは、懐かしき実家へ向かった。
何もかもが幼い頃のままであった。
ロキは、姉と2人姉弟。
父は有能な音楽家だった。姉弟は、赤ん坊の時から
父の奏でるヴァイオリンを聴いていた。
しかし、父は病にかかり他界
新たに迎えられた義理の父親とロキは
うまくいかなかった。
ロキは、形見のヴァイオリンを持って、独り
島を出たのだ。
身勝手に出てきてしまった自分を
今は、少し悔やんでいた。
α島の空気を吸ったのは、何年ぶりか・・・
家の前について、深呼吸をして
門をくぐった
「あら・・・坊や・・・」
「母さん・・・」
懐かしき母の姿。すっかり真っ白に染まった毛色は
時の流れを感じさせた
「姉さんの事で、ちょっと帰ってきたんだ」
「ええ、聞いてるわ。おいで、」
母はロキを中へ招いた
「お帰りなさい。お父さんなら、裏にいるよ」
「いってくるよ」
ロキは、裏庭へ出た
義理の父親は、立派な灰色の毛並みをまだそろえていた
「・・・久しぶりだね。」
優しく、声をかけた父の顔は穏やかだった。
「・・・貴方には、謝らなければいけない。
今になって、自分が馬鹿なことをしたと、反省してる。」
「男の子は、あのくらいがいいよ。
お帰り。
さあ、そろそろお姉ちゃんもくるよ」
2人は、互いに穏やかだった。
居間に行くと、すでに姉が来ていた。
「ああ!やだ!可愛い弟よ!
あんた、名を賜ったんでしょう?なんていうの?」
「そうなの?坊や、母さんにも教えて」
「・・・ヨーネフ国のレイニーボンド国王の娘、カナリア様に
ロキと名を賜った。」
「ロキ!聞いた?ママ、いい名ね!」
「そうね、母さん嬉しいわ。ねえお父さん?」
「ああ、きっと君たちの本当のお父さんも
喜んでいるよ。嬉しいことだね!」
「で、姉さん?」
ロキが姉をみた
「・・・分かってるわ・・・パパ、ママ・・・あの、ね。
私、求婚を受けたの・・・」
「パック国の第一部隊参謀長官から、だっけ」
母親と父親は驚いている。
「喜ばしい事、だけど・・・」
「相手は人間だろう・・・?」
「ママとパパの心配は分かるわ・・・でも
私、スタンダーの姿をとれるし、スタンダーとして
生きていきたいって思う・・・」
「でも、本当に信用できるの?」
「知ってると思うけど、亜人と人間で結婚した者の
末路なんて・・・」
確かに亜人と人間が結婚する例は稀で
間にできた子供は、人間サイドから忌み嫌われる・・・
「・・・母さんは、反対よ・・・」
「ママ・・・!」
「俺も・・・賛成はできないな・・・」
「パパまで!とってもいい人なのよ!」
「・・・母さん、父さん。」
ロキが口を挟んだ。
「俺のいる国の王に、参謀長官について聴いたんだ。
名前は、ハンベルクシヴァ。人望厚く、優秀な
人間だって言ってたよ。」
「でも、人間との結婚なんて・・・」
「パック国は、俺の事える国、ヨーネフ国の配下だ。
姉さんに何かあれば、俺が助ける。それは、レイニーボンド国王
の意思でもある。ヨーネフ国に亜人だからって
迫害する人間はいない。」
「弟よ・・・」
「俺は、姉さんとシヴァの結婚に賛成だ。
2人が好き合っているのに、反対するなんて
酷いよ。」
「ロキ、母さんも父さんも、心配なんだよ」
「・・・でも、姉さん・・・姉さんだって
名を賜ったんでしょう?」
ロキのその言葉に、両親は声も出なかった。
「姉さん、その名は、誰にもらったんだ?」
「・・・参謀長官・・・シヴァ様から。
ビアンカ。と」
「名までくれるんだ。
相手も亜人との結婚、覚悟していると思うよ。」
「・・・ロキ、お父さんにそっくりだね。
その言葉には、力がある。なあ、母さん。
どうだろう・・・?」
「・・・あなたが許すのなら。」
「ビアンカ・・・ロキ、血は繫がっていないが
大事な子供たちだよ。
いつの間にか立派に成長していたんだね。」
「母さんも父さんも、何かあったら
全力で守るからね。」
「良かったじゃん、姉さん」
「弟よ、ありがとう。
昔とは、立場が逆転ね!」
なんとか、結婚を認めて貰った
ビアンカだった
思い出-ロキ-
「ねえ!ロキ、愛しの弟よ!」
「それ、やめてよ」
ビアンカとロキは、思い出を語っていた。
「覚えてる?
かまくら事件!」
「ああ・・・根に持ってます。」
「じゃあ、夏の雪は?」
「夏の雪?」
「貴方が迷子になった、夏の雪」
ーーー数年前ーーー
ロキとビアンカは、α島名物
夏の雪を観に、2人でお祭りに来ていた。
沢山の屋台に、沢山の人間
美味しい食べ物に、輝く雪
2人は夢中だった。
「弟よ!私から離れちゃダメよ!」
「お手々、繫いでるよ?」
2人は仲良く、祭りを楽しんでいた。
しかし、途中
「姉ちゃん、疲れたよ・・・
僕、お休みでもする」
「ええ!
雪の綿アメ食べたいって言ってたじゃん?」
「食べたい・・・」
「じゃあ、まってなさい
動いちゃダメよ?
買ってきてあげる!」
そういってビアンカは人混みへ消えた。
ロキは、しばらく待っていたが
そこにフワリと、真っ赤な光が漂ってきた・・・
思わず、追いかけた
ビアンカが戻ってくると
弟の姿はなかった。
「弟よ・・・!どこに!!!」
必死に探し回るが、いない。
いったいどれ程探したのか・・・
ビアンカは、祭り囃子が遠ざかる
遠くの沼地へ来ていた。
「・・・弟よ・・・何処へいった・・・」
ビアンカは、泣きそうになった
その時
「姉ちゃん・・・!」
沼地の真ん中、枯れた大木の上にロキは
震えて、すがっていた。
ビアンカは、泥沼の中を進んで
ロキを抱きしめた
「姉ちゃんの言うことが
聞けないとは、どういうことだ!」
「赤い光についてきちゃったの」
2人は、家に帰ると
こっぴどくしかられた。
なにがあったかは、ふせた・・・
ーーーーーーー
「弟よ、いったい何を見たんだ」
「・・・今思うと、きっと
霊かなにか、なんじゃないかな」
「霊!?
それは、あれか・・・沼地で殺された
ウサギの亜人・・・」
「じゃないかな・・・
赤い瞳の白いウサギの亜人。」
「祭りの日に、人間に捕まって
沼で殺された・・・」
「・・・こわ」
「弟よ。よくいきていた・・・」
2人は、その場を後にした。
思い出-ロキ-
ロキが家を出たのは、ある夏の早朝だった。
「坊や、本当に行くの?あてはあるのですか?」
母は心配そうに声をかけるも
ロキは黙ったまま、家の門をくぐった。
「・・・坊や」
「あのひとは、どうしたって父さんじゃない。
どうしたって俺の父さんには、かなわない。
俺は、あの人を家族だなんて認めない。」
そう言い残して、島を出たのだ
島を出て最初の数年は、隣にあるロッカ国で暮らしていた。
父の形見のヴァイオリンを路上で奏でるも
聴いてくれる人間のなかには、銭を入れる訳でも
ただ立ち止まり耳を傾けてくれる訳でもなく
面白半分で、石や、生ごみを投げてくるような輩もいた。
やがてロキは、アリア国へ移動した。
やはりアリア国でも亜人のロキを
からかう連中は少なからずいた。
そんなアリア国で、友達ができた
それは、ロキが雨の中
フードをかぶり、町中を歩いていたとき。
「やあっ兄さん!ずぶ濡れじゃないか?」
唐突に声をかけてきたそれは、ロキと同じ亜人。
「これ、使っておくれよ。ほら風邪ひいちゃうよ!」
そう差し出された傘は、少しオンボロで
その亜人がさしていたものだった
ロキは、断った
その傘を受け取ったら、相手が濡れてしまう。
「ああ・・・じゃあ・・・これでいいよね!」
そういって、その亜人は傘をロキと一緒にかぶった。
「兄さん、わっちと同じ種族?」
「ああ・・・俺は狼です。あなたは?」
「狼!!いやあ、わっちは狐だよ。仲良くしてね?」
「あなたは、ここの出身ですか?」
「違うよ。ウルニカっていう島から来たの
兄さんは?てか、狼ってたらαとかα1でしょう」
「ええ。そのとおりですね。」
「いやあ。やっぱり!なな、兄さんほらいつの間にやら、」
気づけば、雨は上がっていた。
ロキはフードをとった
「兄さん、うちで働いたらトップになれる顔だねえ!
亜人でも、キレイな顔の奴は、人間からよく売れるんだよ」
「・・・そんなお店あるんですか?」
「ここだけの話し・・・
人間の女を転がすのは、悦にいる。いやあ、まあ
たまに男もくるけど!」
「ええ!?」
「そのうち来ておくれよ!
ただし、大きな雨の後、風の凪いだ夜に水たまりに入る。
それがうちの店の通り道!」
じゃあね!
そういって、狐の亜人は傘を受け取って
魔法のように木の葉と共に消えた。
ロキは一人、たたずんでいた。
思い出-ロキ-
アリア国でしばらく稼いだ時に、ある噂を耳にした
タームレイト国は、亜人の国
きっと、亜人が幸せに暮らせる国だと
ロキは、タームレイトに向かうことにしたが
その前に、以前出会った狐の亜人に会いに行くことにした。
大きな雨の後、風の凪いだ夜に、水たまりに入る。
条件が揃わなすぎる・・・
ロキは、まだ数日はこの国に居座ることになった。
ついに、六日たった昼に、嵐のような大雨がふった
明日の夜に風も雨も止めば、あの亜人に会える
そして七日目の真夜中
ロキは、深くたまった水たまりをのぞいた。
本当に、入ったら狐の亜人の店へ行くのだろうか・・・
恐る恐る
つま先から、ちゃぷりと足をつけた
不思議と、水たまりの中へ入れる。
階段をおりる感覚。
胸までつかり、少し怖くなったが
ロキは思い切って降りた。
ロキが目を開けると、目の前には大きな門に『水鏡』と書かれた
提灯が二つ、かかっていた。
蝋燭の光がやけに奇麗に輝いていた
門をくぐってすぐに、あの声がした
「いやあ!兄さん!懐かしいじゃないか」
「すいません、来ようとは思ってたんですがね」
「まあ、何かと忙しかったんでしょう?
ささ、こっちへ」
狐の亜人について、屋敷の階段を上がっていった。
なんとも、まあ
亜人と人間が仲良く、酒を交わし、歌い、踊り・・・
「ここは・・・?」
「遊郭って知ってるかい?簡単にいえばそれと一緒
ただ、嫌らしいことばかりやってる訳じゃない。
ここは、健全なお店」
「働いてるのは、亜人ですか?」
「そう!
亜人が好きな人間のためのお店!
さて、ここの部屋でくつろいでいってよ!
今からいろいろ用意させるね」
通された部屋は、広く豪華なところだった。
一人でいるには少し落ち着かない
そのうち、狐の亜人が戻ってきて
料理も酒も運ばれてきた。
「そうそう、うちの一番の娘をみせるよ!」
そういって、狐の亜人はそれを呼んだ
扉が開いたその向こうに立っていたのは、オリジナルハーフの
猫の亜人。黒猫でオッドアイのキレイな娘。
「一応ね、ここではあだ名をつけているんだ。
彼女の名前は、リリーだよ」
「ようこそ。水鏡へ。
猫のリリーです。」
「こんばんわ。リリー」
「リリー、兄さんにお酌してあげてよ!」
リリーはロキのそばへお酌をしに近づいた。
「あの、ここの亜人はみんな名前を?」
「そう!わっちが名前を主人から賜ったのに
皆にはないなんて、それこそ差別だし、働くうえで
名前は必要になるしね!」
「え、名前、もらったんですか!」
「そう!
カームリイっての!主人はしんじゃったけどね」
「カームリイ・・・俺も早く名をもらえるようになりたいです」
「いつかなれるよ、兄さんが望むなら!」
「あの、カームリイ」
「なんだい兄さん」
「俺、明日にでもタームレイト国に行くんだ
だから、これが最後に」
「ならないよ!」
「え?」
「大きな雨の後、風の凪いだ夜に、水たまりに入る。
これの条件さえみたせば、いつだってどこだって来れる!」
「そ、そうなんですか」
「そうそう。タームレイト国、噂によると
亜人にとって素晴らしい国だっていうよねえ」
「ええ。あ、そうだカームリイ!
俺のヴァイオリンを聴いてくれませんか?」
「もちろんだよ!」
ロキはヴァイオリンを取り出し優しく奏でた。
甘く切なく、どこか心弾む音
「兄さん、いい曲だよ・・・
そうだ、リリー!皆をここに呼んできてよ!」
「はい。
こんな素晴らしい曲、皆にも聴いてほしいもの」
ロキのいた部屋はいつの間にか
いっぱいになっていた。
亜人も人間も、仲良く
ロキの奏でる音色に合わせて
身体を揺らし踊り
歌をうたい手を取り合った。
「ああ!最高だよ兄さん!
わっちはこんなのを夢にみていたんだよ!」
この一夜の宴は
その場にいた者全てを
幸せで満たした。
思い出-ロキ-
カームリィ達と別れを告げ、ロキはいよいよタームレイト国へ向かった。
道中、音楽で小銭を稼ぎながら、たまには道草もして。
タームレイト国に近づくにつれて、亜人も増えてきたように思えた。
ロキが昼飯にサンドイッチを食べていた時の事
「おお、旅人さんかい」
そう声のする方へ目を向けると、恰幅のいいにんげんの男がいた
「タームレイト国へ行きたいんだろ?」
「え、あ・・・はい・・・」
人間に、こんなにも普通に話しかけられたことがなかったロキは
少したじろいだ。
「ん?・・・ああ、安心しろ!タームレイトの者は亜人だからってどうしようって事は一切ないんだから!さ、乗った乗った!」
男は、おんぼろの車に手招きした。
「俺の名前は、ラルド!ちょうど配達が終ったとこなんだ。
お前の名前は?」
ロキは車に乗り込みながら口を開いた
「名前は、まだ・・・」
そうか、いい名前を貰えるといいな。
ラルドはそういって、車を走らせた。
数十分でタームレイト国の外れまできた
「俺の仕事仲間はな、亜人なんだ。あいつのお陰でこうやって
商売が成り立ってるのさ。」
「噂は本当だったんですね」
「人間と亜人の共存。夢の中の話じゃないってことだ。」
そのうち、車は国の中央へ差し掛かった。
今までに見たことのない光景
何処を見渡しても、亜人と人間が肩を並べていた。
「王様には感謝してる。
亜人がいなきゃこんなにもこの国は栄えなかった。
人間だけじゃ、こんなにもうまくいかなかった。
それに、亜人て奴等は、いいやつばっかだ!」
ラルドは、豪快に笑った。
「わたしも、人間がこんなにも
温かく笑うとは思っていませんでした。」
「お前もたいそう苦労したんだな。
まあ、ここなら大丈夫だ!
さて、あそこの宿で降ろしてやろう。俺はまた相棒のとこへ
戻らなきゃいかんのでな。」
「宿?」
「亜人がやってる宿屋、兼呉服屋だ!良いやつらだぞ」
ラルドはそういって[水車]と看板のでた店の前でロキを降ろした。
「ありがとうございます。」
「またな!」
ロキはラルドを見送り、店へ入った。
店の中は、こざっぱりとしていて
異国の趣があった。
「あの・・・すいません。」
すると、奥から涼しげな若い男の声が聞こえた
ロキが待っていると少しして蒼を基調とした
鮮やかな和服姿の青年、といってもロキよりは歳上らしき亜人が出てきた。
「いらっしゃい。水車へようこそ。」
和服姿の青年は膝をつき、深々とお辞儀をした。
「旅の方で?」
顔をあげた彼の片目は、真っ黒であった。
思い出-ロキ-
「お客さん?」
片目に白い部分のない、一見軽くホラーな瞳をしていた彼の言葉に
ロキははっとした。
「あ・・・」
青年は微笑みながら言った。
「初見ですもんね。それに俺たちみたいな亜人は
こっちの国じゃ珍しいみたいで。」
「俺たちみたいな・・・?」
「俺ら水車の亜人は、金魚っていう種類の亜人でしてね。
ああ、すみません。旅のところお疲れでしょう。
お部屋に案内させますね。」
青年は、然も当たり前のようにロキを奥の部屋へ案内させた。
部屋で少し落ちついたころ
扉がひらいた。
「失礼します。
お客様、よろしいでしょうか。」
ロキが返事をすると、入ってきたのは小柄な少女。
「失礼します。わたし、給飯担当頭。おせん、と申します。
お客様のご飯の準備の件でお話がありまして。」
可愛らしい風貌の割りに、てきぱきとしている。
帯の大きな鈴がシャンシャンと音をたてていた。
「おまかせ、してもかまいませんか?特に嫌いなものはないので」
「かしこまりました。
・・・では。」
おせんが部屋を出る間際
ロキは呼び止めた。
あの青年は・・・
「御用がおありでしたら、呼びます。」
「たいした用ではないのですが・・・」
「では、耳に入れておきましょう。
・・・失礼します。」
さっさと出ていってしまったおせんに苦笑しながら
ロキはヴァイオリンの手入れを始めた。
あっという間に時間が過ぎて、夕飯の時刻。
ロキの元に旨そうな飯がとどいた。
タームレイトの特産だろうか?
味わったことのない旨味が舌を包んだ。
「お食事の処、すいません。」
そういって入ってきたのは、あの青年だった。
「おせんから聞きまして。なにかご用でしたか?」
「用というか。
その、水車の方たちについて興味があって。」
「ああ。金魚の亜人、とかですか?」
ロキはうなずいた。
「俺たちは見ての通り、異国の者でして。その異国にしかいないのが
金魚というものなのです。特徴としては、オリジナルの時の模様なんかが
直にスタンダーに現れることです。
なんせ、金魚ってのは色鮮やかな生き物でして。」
「だから、その目も?」
「ええ。ですから俺は
片目の黒って呼ばれてます。」
「そういえば、おせんさんも名前がありましたが
みなさん、主が?」
「いやいや!
あだ名です!」
「そうだったんですね。」
「そういえば、お客様は何をなされているのですか?」
「いえ、タームレイトに来るのが旅の目的だったので。
次はどこか働き手を見つけようかと。」
「お!なら、お客様!
ちょうど人手がほしかったんです。うちの呉服屋でもどうですか?」
「いいんですか?」
黒はロキの手をにぎって喜んだ。
「早速明日の朝、呉服屋の仕入れやってもらいたいので
朝食をすましたら下に降りてきて下さい」
「仕入れですか?だ、大丈夫でしょうか」
「一人でやれなんていいませんから!大丈夫。
ああ、さて俺は戻らなきゃ。
明日、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ」
少し不安を抱えながら
ロキは再び箸を進めた。
思い出-ロキ-
朝食をすませ、ロキは下まで降りていった。
そこにはゴーグルをかけた男。
ロキを目にして笑顔で話しかけた
「兄さんが、黒さんが言っていたお手伝いさんだね?
俺のことは、でんでんってよんでくれ!」
「でんでん・・・さん。よろしくお願いいたします。
俺、服のことなんか無知なんですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫!
さあ今日はなんとも忙しい日でな。
もうじき、おきぬが頼んでた生地を持ってきてくれる」
「おきぬ?」
「ああ、ほら来たぞ!」
現れたのは、しとやかな女であった。
「おや、新人さん?」
「黒さんのご好意で、暫くの間、お手伝いさせていただきます」
「そうなんだ。頑張って下さいね。
私、おきぬっていいます。よろしくね」
そういっておきぬは、調達してきた生地をでんでんに渡した。
「よし、これを仕立て屋に持っていくぞ。」
ロキはでんでんの後を追った。
仕立て屋はすぐそこであった。
生地を頼んだら、前回頼んであった出来上がった呉服を受けとるのだが
全てにOKが出るわけではなかった。
でんでんが見定めて、仕立て直しのものや受けとるにあたっての金銭のやり取り
発注書まで、様々あるのだ。
数十分後、ようやく話がついた。
「すごいですね」
「呉服を扱うのは家とあの仕立て屋だけだからな。
全部やらなきゃいけないんだよ」
「俺、ちゃんと手伝えてます?」
「ここまでは、何となく流れが分かればいい!
次が本番!」
「本番って、本番てなんです?」
「城へ行く!
んで好きな商品を買ってもらうんだが、兄さんには
購入してもらったやつの記入と服の整理をしてもらいながら
要らなくなった服の回収とその服の品番を書いて
終わったら確認書を城の担当にわたす!」
「不安しかないのですが・・・」
「さて、いくぞ!」
ロキはでんでんと城へ入った。
亜人がすんなり許可を得てはいれるなんて…
早速、慌ただしく仕事が始まった。
さすがに量が多い。
しかしいい素材の服ばかりで、素人目にも分かるほど。
ロキとでんでんが数時間にも及んで仕事を終えた後だった。
「蒼の羽。」
後ろから誰かが呼んだ
そちらをみれば、オリジナルハーフの猫の亜人。
黒く輝く毛に、黄色く光る目。強さと品が漂っていた
「銀猫の旦那。お疲れ様です」
でんでんは頭をさげた。
に、してもロキは驚いた。
銀のつく亜人を目にするのは初めてだったからだ。
亜人は、戦術などにより優れ類い稀な能力を者に、銀の称号が与えられる。
「茶だ。少し休んでから帰れと王からの差し入れだ。」
銀猫は紅茶をさしだした
「そっちは?新人か?」
「ええ。今日から少し手伝ってもらうことになって。」
「はじめまして。銀のつく方に会えて光栄です」
「ありがたい。
さて、俺は戻るよ。気をつけてな」
そしてロキとでんでんは城をでた。
「でんでんさんは、蒼の羽という名前なんですか?」
「ああ、俺はオリジナルになると真っ黒なんだが
その泳いでる時の尾びれやらが羽のようだと言うことでな。」
「なるほど。
では、なぜでんでんに?」
「愛着あるだろう?そのほうが!」
「まあ、ですかね」
「納得してないな!
まあいい。帰るぞ!途中でなんか食ってくか」
そうして二人は仕事を終えた。
思い出-ロキ
ある朝。ロキはヴァイオリンをとりだし
久しぶりにそれを弾いた。
静かな旋律・・・
水車の者達を思い浮かべながら
異国とはどういう処なのだろうか?
美しい絹織物・・・
鮮やかな色彩
素材のよい食べ物
深みのあるお茶・・・
金魚という生き物・・・
小さく美しく
儚い・・・
異国とは?
美しい国であろう。
ロキがふと気づくと、部屋の扉は開かれ
そこには、宿に泊まっていた人間やら亜人やらが
こちらを眺めている。そこには
クロとおきぬの姿もあった。
ロキは、朝から弾いた事で
迷惑をかけたと思い、ヴァイオリンをおいて
謝った。
しかし
「構わない。もう一度弾いてくれ。」
「皆、あなたの楽器の音色に聞き惚れて集まってきたのよ。」
クロとおきぬがそう言うと
まわりにいた者達は、うんうんと頷いた。
「あぁ・・・ありがとうございます・・・」
ロキは再び弾いた。
恥ずかしさと嬉しさと
人間が、自分の音楽を・・・。
ひとしきり時がたち、皆散々になった
「うまいんだね。綺麗な音色だったよ。」
「ありがとうございます。
父に教わって・・・あとは独学だけど」
「・・・凄いなぁ。独学で・・・。」
「父に言われたのです。
言葉が通じなくても、心を通わせ。と。
誰か一人だけでも救えるならば
それは万人の幸せに通じる」
「素晴らしい親父さんだ。」
クロは静かにロキの話を聞いていた。
そして、少し沈黙があった後
クロは言った。
「もっと、知りたくないかい?
音楽というものを。
いい人がいるんだ・・・彼も音楽家でね」
紹介されたのは
ナルダ・ジャックという老人
チェロ、トランペットに優れた音楽家。
「早速、昼にでも向かうといいよ。
話はしておくから。」
「ありがとうございます!」
ロキは少しワクワクした。
ナルダは、穏やかで亜人にも優しい
父以外の者に音楽を教えてもらう。
それも、人間に・・・
クロが紹介してくれたほどの人間だ。
何も心配はなかった。
昼をまわり
ロキはさっそくナルダのもとへむかった。
ガラス戸はあいていた。
「お邪魔します・・・ナルダ・ジャックさん・・・?いますかー」
返事がないのでもう一度言おうとした時
「あぁ、えっと、水車の・・・
あー・・・えー・・・狼の!」
ナルダ・ジャックは優しい顔をして
微笑んだ。
「ささ!早速何か弾いてくれ。
あぁ、こっちにきて」
ナルダに手招きされ、奥の部屋へとうつった。
ロキがヴァイオリンを弾く間
ナルダは目を閉じて聞いていた。
「・・・ありがとうございました」
「いやいや!素晴らしいね!
父親に教わって、後は独学とは・・・」
「もっと、うまくなりたいんです。」
「うん。きみなら大丈夫だよ。
そのヴァイオリンは、木樹とドラゴンだね」
「素材?」
「木樹は、強度があってまろやかな・・・
深みのある音色が特徴だよ。
ドラゴンは音色に強さと音階が広がり、長持ちする。それに、馴染みやすく意思をもつという。」
「これは、父のかたみで・・・
何も知りませんでした」
「そうか・・・
きっと君の父親は、君のためにこのヴァイオリンを作ったんだと思うよ。
ドラゴンなんて、そうそう手に入らないし
・・・このヴァイオリンにはもうちゃんと意志があるからね。」
ロキとナルダは日が暮れるまで話した。
あっという間の時間。
「さぁ、また明日おいで。
素材の話はまだまだつきない。」
「ありがとうございます!
ぜひ、音階域の話も聞きたいですし・・・
紡ぎかたにも興味が!」
「もちろん、話すよ。
さぁ、おかえり」
ロキはナルダのもとを後にして
水車へ戻った。
思い出-ロキ
「元気だねぇ・・・」
「良いのですか。手伝いもさせずに。」
「まぁまぁ、黒さんが決めた事だし!」
「おせんは真面目だからねぇ」
「おきぬさんとでんでんが頑張っているのに。
・・・まぁ、もともと客ですから」
「確かに。狼ってのはみんなあんなんかね。
犬とはまた違って一興」
「に、しても何故あの狼を・・・」
三人の話していた部屋にタイミングよく
クロが入ってきた。
そして。聞いていたのだろう
クロは答えた
「・・・銀のつくもの。他に
星のつくもの、灰のつくものがある。」
おせんは首をかしげた
「確かに。武術なんかに長けてる者につく称号・・・あの銀猫だってそうだねぇ。
星は・・・学問・・・灰は・・・?」
「銀は武術
星は学問。灰は諜報。灰はもういないと噂されているようだがね。」
クロはひといきついて、また話し出した
「・・・分からない。確証もない。
だけど、あの狼の兄さんには、星がつく。」
「黒さん、それは・・・」
「・・・あの狼に、星?」
「なぜ?・・・あの子に?」
「・・・確証はない。なんとなく・・・」
そこで話は終わった。
その時ロキは
ナルダのもとで、学んでいた。
「素材には、植物を元にしたものと
動物をもとにしたものがある。
特に素晴らしいとされているのは」
ナルダが言いかけてロキが答える
「不死の花!ドラゴンの木!
動物の素材では、ドラゴンと呪皮ですよね!」
「あぁ。そうだ。
それぞれに特徴がある。基本植物には
悲壮や相愛、希望、慰めなど・・・
動物には、憎しみ恐怖、虚無・・・
音域も変わるし、強度も違う。
まぁ。弾いてみないと分からないがな。こればかりは!」
「強度は、動物素材のが高い?」
「いや。
短期間にバカみたいに使うなら動物素材。
長期間に少しずつ使うなら植物素材。
おまえの父親みたいに、誰かに受け渡すのであれば、植物素材をベースに動物素材を使い、強度をあげつつ、意思を持たせなければ、楽器は自然と朽ちる。動物素材は長く使うことで、意思を持つ。良くも悪くも。奏者次第で。」
それからナルダはチェロをとりだし
演奏しながら説明した。
人間に聞こえやすく心地よい音域。
亜人に聞こえやすく心地よい音域。
綺麗な音の紡ぎかた・・・
空気抵抗の話もした。水中での波音。
「絶対に、音は溢れてる。それを
形にして伝えるのが奏者だ。」
話はつきないまま、日が暮れた。
ロキは水車へ帰る。
水車の前に、でんでんがいた。
「お疲れ様!」
「あ、ありがとうございます。
でんでんさんもお疲れ様です」
「どうだい?ナルダの稽古は!」
「とても親切で、楽しいです」
「良かったな!
ところで、明日また城へ行かなきゃならない。
少し手伝ってくれないか?」
「はい!
明日はナルダさんも、留守にするらしいので」
「そうか!
じゃあ、寝坊しないよーに!」
そして、でんでんは奥へ消えた。
思い出-ロキ-
翌朝、でんでんと共に城へ向かった。
何時ものように手際よく進めるでんでんと城の者に
置いていかれないよう、ロキもそれに集中して取りかかった。
仕事が終わる頃には、日もくれてみんなクタクタだった。
それでも、ロキはキチンと宿の仕事もこなしていったし
音楽の勉強も、ナルダから教えてもらって上達した。
ちょうど2年の月日が流れた頃
ナルダの体調が悪くなり
もう助からないと医者に言われたのだ。
水車の者もロキも
皆心配して、代わる代わる見舞いに行った。
「黒さん、人間ていうのはこんなにも脆いんですね」
ロキが悲しそうに言った
黒はただ黙ってロキの背中を叩いた。
「医者の言ったこと。命とはそういうものだろう?
今、自分に出来ることをしてあげよう。
ナルダさんが一番苦しいんだ。」
今、自分が何をしてあげれる?
周りの世話は、息子のジムアがやっている
自分には・・・
ロキはナルダの耳元で言った
「貴方へ贈るのは、俺の今の全てです。
貴方は最後まで、俺の師匠です」
ロキは静かにヴァイオリンをとりだし
奏でた。
その音色は、ナルダの家を、優しく包み込むように
人生の思い出を、滑らかに滑っていく
ナルダはその、虚ろな瞳から
涙を溢した。
その場にいた、息子のジムアも声にならない声で涙した。
ナルダの愛する妻ユーナとの思い出の曲
ユーナは歌がうまかった。ナルダはそれにあわせ奏でた
この曲にタイトルはない。楽譜もない。
ロキは、たびたびナルダが口ずさむこの歌を
今、初めて奏でた。
家の外にまで漂った音は、当時を知っていた
黒とおせんの耳に届いた。
「ユーナが戻ってきたみたい」
「・・・ああ。二人の幸せそうな影が思い浮かぶ」
その曲が終わる頃
ナルダはロキへ手を伸ばし、耳元で呟いた。
「・・・死んでも、お前の・・・師であることを、誇りに思う。」
それから二週間もしないうちに
ナルダは息を引き取った。
そして、これを機に
ロキは星のつくものへと成長した。
暫くして、息子のジムアはここに店を開いた。
ロキは共に働くことになった。
宿屋兼喫茶店
水車の者たちとも仲良くやっていた。
どちらも繁盛した
あっという間に数年が過ぎた
その頃
タームレイトの王が代わり、悪夢が始まった。
初めに、銀猫が殺された。
でんでんはひどく悲しんだ。国中の者も怒りと悲しみで溢れた。
銀猫には家族もいた。
幼い息子は、まだ事の重大さを知らない。
そして、王宮の音楽家が
殺された。
才能のある音楽家だった。
王は、才能あるものが憎いという。
タームレイトは、たちまち亜人にとって地獄となる。
王は、新たな音楽家を探したのだ。
水車の者たちはどうしているだろう?
ロキは、ジムアにかくまってもらいながら、無闇に外にも出れず
隠れていた。
噂によれば、水車は店をたたんだという。
ロキも早くここをでようと、ジムアへ話をした。
「ダメだ・・・親父の形見だ。俺は行けない。・・・金もない」
「また、一緒にやればいいじゃないか」
ジムアは断固拒否をした。
王は、亜人の音楽家を見つけ、差し出したものに褒美を出すと言った
ロキは身の危険を感じたが、ジムアの言葉を信じた。
が。
その日、店のドアは蹴破られ何人かの兵隊が
荒声をあげながら、ロキのいる部屋に押し入ってきた。
ジムアは
金ほしさに、売ったのだ。
大金を手にして口許が緩むそれをロキは見た。
「ジムア・・・!」
雨
休暇を貰ったロキがヨーネフ国に戻って、数週間後。
再び、姉ビアンカから手紙が届いた。
早速シヴァとの結婚パーティーがあるという。
可愛い弟へ。
元気かしら?まあ、会ったばかりでこんな挨拶もどうかと思ったけれど。
貴方のお陰で、シヴァ様との婚約も決まって・・・ありがとう
早速、パーティーを開くことになったの。
シヴァ様の計らいでね。
貴方と、レイニーボンド国王、ならびに王妃とお姫様も。
是非来てね?
貴方の優しい姉より
「行きたいわ!」
カナリアは即答した
「残念だが、その日はアリアと用事に行かなくてはならない
祝辞と祝い品を用意するから、カナリアと行ってくれないか?」
「はい。ありがとうございます。」
パーティーには、カナリアとロキのみ参加になった。
「ロキ!パーティーへ行く準備をするわ!」
「準備と、いうと?」
「パーティー用のドレスとか、いろいろよ?」
「女性の服のことはよく・・・シャルロットやスピリットと
行かれた方が?」
「あら、もちろんよ。でも、貴方の服も用意しなきゃいけないもの。
さあ!行くわよ!」
四人で街まで出掛けて丸一日かけて買い物をすませた。
「女性の買い物は・・・いつまでたっても苦手だ」
「・・・聞こえてるわよ。狼さん」
後ろにはスピリットがいた。
「ああ、いや、嫌いとかじゃ・・・」
「馬は、耳がいいのよ?」
「え?」
「今日、貴方がアクセサリーショップで言ってた・・・」
「あ!ちょっと待って下さい!それ以上は!」
スピリットは焦るロキを笑いながら置き去りに走っていった
「ロキ?」
「は、はい」
「どうしたの?」
「いえ・・・カナリア様、そろそろ中に戻りましょう。国王が
心配します」
「そうね。
ああ、楽しみだわ!明後日のパーティー」
「ありがとうございます。ビアンカも楽しみにしていると。」
次の日も出掛けた四人は
しっかり準備を終えて結婚パーティー当日を迎えた。
「おはようございます。レイニーボンド国王、アリア様」
「おはよう。我らは明日の昼には帰ってくる。
お姉さんの結婚、心から祝福する。おめでとう。」
「ありがとうございます。
いってらっしゃいませ。」
レイニーボンドとアリアを見送ったロキは
カナリアの元へ向かった。
カナリアは、部屋で女中に髪をとかしてもらっていた。
「ねえ、どんな髪型がいいかな?」
「はい、伝統的な形でいけば、此方に。」
女中は、本を開きながら話した
「ほかは?」
「はい、こちらです。
・・・でも、カナリア様には此方がお似合いかと。」
「かわいい!
できる?私、お利口にしてるから!」
「はい。大丈夫ですよ。
カナリア様は、いつも良くなさっていますから。
今日くらいは、お利口にしなくても」
「だめよ!貴女は使用人だけど、どんな使用人にでも
ちゃんとした気遣いを向けなさいとお父様が言っていたわ。
私が、やってもらう代わりに、やりやすいように
大人しく、お利口にしていなければならないわ。」
「私は良い主人を持ちました。ありがとうございます。」
「カナリア様、失礼します」
ロキはドアをノックした。
「ロキ!見て!可愛いでしょう?」
「これは、とても」
「彼女がやってくれたのよ」
「素晴らしいですね。」
「いえ、カナリア様のためですから。
では、私はこれで。」
「ありがとう!」
「カナリア様、今日の午後三時に開始なので
お昼過ぎには向かいましょう。」
「分かったわ。
シャルロットとスピリットの準備をしなきゃね。
彼女たちに馬車をひかせるわ」
カナリアとロキは馬車の準備をすませ
ランチを食べたあと、少ししてシヴァとビアンカのいる
パック国へ向かった
雨
馬車にゆられ数時間。
パック国入り直ぐに聳える城が見えた。
「大きなお城・・・」
「ヨーネフ国の城とは、また違った姿ですね」
パック国の王、ビデル・トヨールは派手好きで、戦では己の肉体のみで
戦う、所謂・・・肉体派である
そのためか、城の外装も凝っており
なかなか鮮やかである。
城についてすぐ、出迎えがあった。
中に通されると、そこにはチラホラ亜人の姿もある。
「ようこそ。我が披露宴へ。」
カナリアの目の前に現れたのは、ハンベルク・シヴァ。
「君が・・・ビアンカの弟さんだね。」
「シヴァ様、おめでとうございます。
私、ヨーネフ国から参りました。カナリアと言います。
父、レイニーボンドはこの度此方に来ることができませんでしたので
祝い品を、預かってきました。」
「ああ、それはなんとありがたい。」
「こちらは、ビアンカ様の弟君
ロキといいます。」
「一目見て、分かったよ。
ビアンカと同じ髪のいろだからね。
さあ、楽しんでいってくれ!」
シヴァは、カナリアとロキに会釈をし、他の参加者にも
挨拶をしまわった。
暫くして、メインの式が始まった。
正装したシヴァと美しくめかしこんだビアンカが
並んで契りを交わす
パック国独特のしきたりでは
蝋燭を灯し、二人でそれを持ちながら神父の言葉を暗唱し
祭壇にその蝋燭を飾る。その炎は丸一日灯し続ける。
「お集まりいただきました、皆様。
この度はありがとうございます。
パック国の第一参謀長官として、これからもこの国を
守り、愛する者のためにもさらに、精進いたします。」
シヴァがそう話した後、ビアンカは微笑みながら
恥ずかしそうに下をむいた。
「それでは、我が国の王。ビデル様からの御言葉です。」
ビデルと王妃のクシナ、そしてその息子がグラスをとった。
「私の大事な右腕に・・・美しい亜人の女性を迎えられたのは、とても
喜ばしい。人間と、亜人。種族は違えど・・・こうして愛し合える。
美しいことだ。国民は、これを機により良い考えを持ち
争いのない国を、皆で造っていけるような、そんな切っ掛けに
なったのではないかと思う。
我が息子、ヨジャクにもこの結婚の、大いなる意味を
これからの、長い人生で理解できたらと、思う。
最後に・・・我が国の要。ハンベルクシヴァと未来への希望。ビアンカに
乾杯!」
パーティーはさらに活気溢れ、国を忘れるほどみな幸せに満ちた
「ロキ、あなたのお姉さん、とても綺麗ね!」
「ありがとうございます。」
カナリアとロキが話していると
「ロキ!」
ビアンカがきた。
スタンダーとして生きることを決めたビアンカの姿は
凛々しく、美しかった。
「カナリア様。今日はありがとうございます。
ふつつか者の弟ですが、よろしくお願いいたします。」
「いえいえ!
ロキがいてくれて、私も楽しいの。
ビアンカお姉さん、と呼ばせてもらってもいいかしら?」
「もちろん!
それで、あの、ロキを借りてもいいですか?
・・・音楽を一曲お願いしたいの」
「ええ、もちろん
ロキが、よければ!」
「せっかくですから。是非。
一曲弾かせてもらいます」
ロキは一礼をし、壇上にあがった。
あれが、ビアンカ様の弟か・・・
星がつくものらしい・・・
希望と喜びに満ちた曲。
心弾むなかで、どこか小さな不安と薄く曇ったものがみえる。
それでも、前へ進む力と愛という見えないなにかで
包まれていく。
心地よさ、暖かさ。
奏でた曲は
強弱やアップテンポを巧みに構成したものだった。
華やかで、この場に相応しい音
「ビアンカ、君の弟は素晴らしいね。」
「ありがとう。私の大事な弟です。」
会場は、拍手喝采
パック国、国王も満面の笑みだ。
ロキがカナリアの元へ戻ると、数人の亜人がいた。
「ロキ、お疲れ様
シヴァ様の計らいでね、亜人を招待していたみたい」
「ども。ウサギのヘムです。
いやあ、星の演奏者は初めて聴いたけど、凄い心地よかったよ」
最初に声をかけてきたのはウサギの亜人
オリジナルハーフだ。毛の長い種類なのか、方目がその
フワフワした毛で覆われていた。
「僕はルー。犬だ」
次は犬の亜人。ロキと同じスタンダーハーフ。
カナリアに一目惚れしたらしい。
「はじめまして。ロキといいます。
よろしくお願いいたします。」
「相変わらずお堅いわね、ロキ。
そう、それと、あっち・・・庭にいる彼。」
「ああ、カルマっていうんだ。」
ヘムが説明した
「珍しいシャチの亜人だね。
話してみたけど、けっこう静かな奴だったよ」
「そう、ですか。」
外は雨が降っていた。
雨
パーティーも終盤
すっかりみな、うちとけた。
初め、亜人を怖がっていたクシナ王妃も
ウサギの亜人により、随分慣れた様子だった。
「ウフフっ・・・ねぇ、ロキ聞いて」
カナリアが葡萄ジュースを片手にロキへ話しかける。
「ルーったら、面白いのよ。」
犬の亜人、ルーは人を笑わせるのが好きらしい。
に、してもカナリアに一目惚れしたからと言って少し近づきすぎである
「あぁ、ロキ、カナリア姫は楽しいお方だね!羨ましいよ、こんな方を主にもつなんて!」
「貴方の主も、たいそうりっぱな方でしょう。」
そうかなぁ。ルーはそう言いながらカナリアへ、小さなケーキを差し出した。
「可愛らしい姫ぎみ、甘いスイーツを」
「ありがとう、ルー。面白い亜人ね。」
ルーは、尾をふりながらカナリアの手を握った
その瞬間、ロキはルーの手を払った
「・・・馴れ馴れしい。我が主はヨーネフ国の姫。あまり、近づくのはどうかと思うが。」
「・・・嫉妬かい?仕方ないだろう?俺はカナリア姫を気に入ったんだ。」
「口を慎んで下さい。どうも、躾のなってない」
「おい、今、なんてった。」
二人の間にピリピリとした空気が流れ、カナリアは焦る。
そこへ、ヘムが戻ってきた。
カナリアは、困った顔でヘムを見やる。
「ちょ、なになに!こんなおめでたい席でどうしたってのさ!」
「この、狼が、ちょっとお堅いんだよ。」
「・・・口も悪くていらっしゃる。」
「お前・・・」
「タンマ!タンマ!落ち着いて!!」
ヘムは必死に二人を落ち着かせる。
「ロキ、喧嘩なんてみっともないわよ・・・」
カナリアも止めに入るが
二人は睨みあったまま、一歩も退かない
「・・・これだから肉食動物は。
ほら、二人とも!いい加減に!」
「・・・はぁ・・・失礼しました。」
最初に折れたのはロキであった。
「少し、雨にあたって頭冷やしてきます。」
ロキは庭へ出た。
雨は相変わらずシトシトと静かにばらまかれていた。ふと、横を見るとカルマがいた。
つまらなそうにしている
「・・・はじめまして。」
ロキが声をかけると、カルマは軽く会釈した。
「ヘムさんから聞きました。・・・シャチの亜人だとか・・・何故。外へ?」
「・・・海から、仲間の声がするんだ。」
「・・・なるほど。」
「そろそろ帰らないといけない。」
「呼ばれているのですね」
「・・・母は、心配性なんだ。」
「私の母もですよ。
以前、金魚という異国の亜人と会ったのですが、やはり水の生き物は、珍しいのですか?」
「・・・そうだな。俺ら水生物は、スタンダーハーフにもオリジナルハーフにもなれないから・・・」
「スタンダーか、オリジナルか・・・どちらかのみしか選べないと。」
「ああ。その代わり、このスタンダーの姿をしていても、能力的には、オリジナルのままを使える。」
「・・・エコーロケーション?でしたか?今も、それを使い、海の仲間とお話を」
「流石、星のつくものだな。その通りだ。」
そろそろ帰るよ。そういって、カルマは庭を後にした。
帰り際、ロキにシャチの骨で作られたオカリナを渡して。
「ロキ!風邪ひいちゃうから、中へきて」
「星狼さん!ほらほら、主を心配させちゃダメだろう?」
苦笑いを浮かべ、ロキは中へ入った。
パーティーは、夜の11時頃終りを迎えた
ロキとカナリアは皆に挨拶をして、馬車に乗り込んだ。
シャルロットとスピリットが、話しかける
「どうでした??パーティーは」
「とても楽しそうな音楽が聞こえましたよ。」
「ええ、とても楽しかったわ!シャルロットとスピリットに見せてあげれなくてごめんなさいね」
「いいえ!私たちも、なかなか楽しかったですよ。ねぇ?シャルロット」
「そうね、カナリア様、スピリットったら隣に繋がれていた馬車馬に声かけられたの」
「うそ!どんなかんじのお馬さん?」
「違うんです、本当は、私じゃなくて、シャルロットに声かけたかったみたいなんですけど、恥ずかしくて、私にいろいろと聞いてきて・・・」
「あら・・・意気地無しねぇ。」
「カナリア様、それで、ひとつ謝らないと・・・」
「なぁに??」
「スピリットったら、イライラしたみたいで
その・・・その馬の馬車の繋ぎ蹴り飛ばして」
「・・・壊してしまいました。」
「・・・」
「ご、ごめんなさい!カナリア様、もっと早く言うべきだったのですが」
「カナリア様??あの、怒ってますよね」
焦る二頭は、黙りのカナリアの返事をまつが、一向になにも聞こえない。
代わりに、ロキが答えた
「ふふっお二人とも、カナリア様、寝てしまいました。今のお話、聞いてなかったと思いますよ」
「え、え、そうなの?」
「帰ったらお話ししますか??
俺は、ここだけの秘密としておいても良いかと」
「・・・そうね!そうしましょう」
「スピリット!だめよ!」
「もー。シャルロットは真面目ねぇ。」
「シャルロット、心配しなくても大丈夫ですよ。
何かあれば、俺がなんとかするから。」
「・・・二人ともー・・・」
「クスクスっさぁ、早く帰らなきゃね!
シャルロット、急ぎましょ」
そして、みな、仲良くヨーネフへ帰り
ロキは、カナリアを抱き上げ、部屋のベッドへ寝かした。
「・・・この笛、オカリナといったな」
ポケットから取り出した、カルマに貰ったオカリナ。
白く、硬い・・・だが、とても軽い。
口をつけ、息をふきこむ
ロキが知っているオカリナとは、また違った音色がうまれた。耳を通して聞こえているというよりは、頭の中に、響いて反響しているような・・・
不思議な感覚
ロキは構わず吹き続けた・・・
すると、カナリアの部屋の下、ちょうど外へ出ていたシャルロットが、ロキを見つけ、手を振った
「ロキ・・・それ、どこで手にいれたの」
ロキはオカリナを口からはなし、答えた
「シャチの亜人にもらった。不思議な音がする。シャルロットもそう思う?」
「ロキ、それはシャチの骨で作られたもの?」
「そうみたいだ・・・どうかした?」
「シャチの骨で作られた笛の音色は、亜人にしか聞こえない。その笛を使えば、シャチとお話しができるって」
「・・・どういう」
「エコーロケーションよ。」
「・・・そんなことが」
「だって、カナリア様、起きないでしょう?
ロキ、笛の他にイヤリングはもらってないの?」
「いや、このオカリナだけだよ」
「・・・そっか。じゃあ、シャチの言葉は分からないわね・・・」
「シャルロット、どういう」
言いかけて、シャルロットはスピリットに呼ばれ、戻ってしまった。
「・・・亜人にしか聞こえない・・・か」
カルマがどんな事を思い、これを渡したのか
ロキは頭を巡らせながら、部屋に戻った。
正体
「ロキ、ちょっと」
ある晴れた昼時、カナリアは、庭にいるロキへ声をかけた。
その手にはメモが握られている。
「ごめんなさいね、本当は別の人に行ってもらう約束だったのだけど・・・」
「はい・・・?」
渡された紙には、ロッコ国への地図。
「ロッコ国へ頼んでいた荷物が、届かなくて・・・いろいろあって、此方から取りに行くことになったの。」
カナリアは、地図を指差しながら、続けた。
「・・・ここに、音楽家達が集まるハウスがあるわ。名前は・・・これ、ウェルディ。」
「音楽家達・・・」
「そうよ。 そこへ行って、ハーディーガーディーをとってきて。」
「え・・・?」
「あなた、欲しがっていたでしょう??
でも、ごめんなさい、竜の素材ではないの。でもね、とても質の良いものよ。・・・行ってくれるわね?ロキ。」
「なんと、カナリア様・・・なんと礼を申し上げたら良いか・・・」
「構わないわ!お父様がね、たまにはゆっくり観光でもしてこいって!」
カナリアは、あの屈託のない笑顔で微笑んだ。
ロキは、少しドキドキしながら、休暇もといお使いの準備を始めた。
出発は、明日の朝。
「・・・お優しい方達に恵まれたものだ。
楽器を手にしたら、一番にカナリア様と、国王、アリア様にふるおう!」
次の日、ロキは皆に見送られ、ロッコ国へ向かった。
ロキが、ヨーネフの端にある橋で馬車を待っていた時。小雨が降りだした。
フと雨が・・・やんだ?
「やぁ、兄さん」
ロキの隣にいたのは、狐の亜人。
「カームリィ!」
やぁ。と目を細めた彼は、傘をロキへ差し出していた。おかげで、雨はあたらなかった。
「久方ぶりじゃないかぇ??何処へ??」
「カナリア様のお使いに・・・まぁ、自分のお使いでもあるけど・・・」
「ほう・・・なぁ、兄さん」
カームリィは、少し間を置いて、言った。
「お使いの途中・・・申し訳ないんだけど。
頼まれてくれないかい?」
「らしくないですね・・・どうしたのです?」
カームリィは苦笑いをしながら、困った顔をした。
「兄さん、ちょと、わっちの店へきてくれないかい?」
普段、ケラケラ笑っているカームリィが、いない。分が悪い様にして、落ち込んでいるようにも見えた。
カームリィの店、水鏡の奥の間へ通された。
「・・・カームリィ?どうしたのです?」
「あぁ・・・いやね、その・・・兄さんのヴァイオリンを聞かせたい子がいてね。」
「そんな事ですか?渋らずとも、いつでも奏でますよ」
「いやぁ、それがね・・・その子、笑わないの。だから、笑顔を戻してほしいの」
カームリィが言うには、数ヵ月前に拾った鳥の亜人の娘。スタンダーハーフ。
座敷に出て、ある日の事・・・何があったかは分からないが、笑わなくなってしまったという。
「リリーと仲がィィからね、頼んでみたんだけど、リリーも忙しいし、実際、その子何も言わないんだってさ。」
「・・・名前は?」
「メイだよ。メイ・フォール。もともと、主がいたみたいだ。」
カームリィとロキは、メイのいる部屋へ向かった。
「メイ・・・?」
カームリィが声をかけると、かすかに返事がした。
「聞いてほしいんだ。音楽、好きだろう?」
「・・・音楽?」
「あぁ。わっちの友人なんだ。・・・入るよ」
中へ入ると、一人の娘。
透けるようなグレーの髪に琥珀の瞳。
奥のテーブルに飾られたツツジを撫でている。
「・・・メイ。友人のロキだよ。素晴らしい音楽家なんだ。」
「はじめまして。」
メイは、ふたりを見やると、軽く会釈をした。
「・・・えっと・・・どんな音楽を聞きたいですか??」
「音楽・・・そうね、勇気がほしいの。」
「勇気・・・?」
「私達、鳥は、愛した人を忘れないの。
でも、私は、唄を紡げない・・・」
ロキは、ヴァイオリンをとりだし
奏でた。
大空を思わせる、壮大な音色
強く、しなやかな翼
真実を見る、瞳
春に唄う喜びの音色
冬に唄う悲しみの音色
丁寧に紡ぎ、彼女へ届けと・・・
メイの瞳から、涙が溢れた。
と、同時に唄を・・・
カームリィは、目を開いた。
なんて、美しい・・・
ロキの演奏が終わる頃、メイは涙を拭った。
「ありがとう。とても、素敵な音楽。」
「メイ、唄うまいねぇ!」
「主様が、教えてくれました。
いつか、大切な人へ、贈る唄だと。」
ロキは、ヴァイオリンをしまいながら聞いた
「・・・悩みでも?」
メイは困った顔をした。
「兄さん、野暮な質問だよー。若い娘に悩みの一つや二つあるさ!」
「・・・失礼しました」
「ささ、メイ、少し気は楽になったかぃ??
わっちは何もしてあげれないからなぁ」
「ありがとうございます・・・」
「さて、カームリィ・・・明日にはここを出て、ロッコ国のウェルディというハウスに向かわなければなりません。」
「ウェルディ・・・」
「音楽家達が集まるハウスです。
まぁ、急いでもいませんし、メイが少しでも元気になるまで、いてもいいのですが」
その時、メイはロキへ掴みかかった。
「ロキ・・・さん!」
「は、はい・・・?」
「その、ウェルディに・・・私も」
「え・・・?」
「カームリィさん・・・お願いします・・・
ロキさんと、一緒に・・・ウェルディに行かせてください・・・」
「まってまって、メイ。
わっちには訳が分からないよ。」
「・・・会いたいひとが・・・います。」
「・・・それは本当?メイ。
君は、ロッコの出ではないよねぇ?何故、ウェルディに??」
「・・・本当は、いるかは分からないのです・・・でも・・・もしかしたら。・・・」
カームリィは、訝しげにしている。
ロキが、ゆっくり話しかけた。
「メイ・・・ちゃんと、話してくれないと、俺もカームリィも分からないし・・・事によっては連れていくなんてできない。」
「・・・黙っていました。」
そして、メイは、話し始めた。
主のもとで、暮らしていた時、流れ音楽家の五人組が屋敷の広場に来ていた。
メイは、主のもとから離れる事はなかった。
だから、最初はその音楽家など、どうでも良かった。
ある日、メイは遊びに出ていた。
噴水の、ある木陰で唄を歌っていた。
主が喜んでくれるから、メイは練習していた。
気づけば、日はとうに暮れて、真っ暗だった。
鳥は、夜目が効かない。スタンダーハーフであっても、それはかわりがなかった。
メイは、仕方なく、そこで夜明けを待つことにした。
しばしして、音が聞こえた。
弦楽器の音。
聞き惚れていると・・・声をかけられた。
「・・・起きてるの?」
それが、出合いだった。
「寝てると思ってたー。唄、上手いよね。
歌ってよ!」
暗くて、顔はよくわからなかったけど、その声音は剽軽で、人懐っこい感じがした。
「ボクの弾く音に合わせて?」
「・・・え」
「いくよ・・・?」
~~~♪~~~♪
二人は、知らぬまに打ち解けていた。
「うまい!」
「いえ、そんなこと・・・」
「あれ、君は鳥の亜人??名前は??」
「メイ・フォール・・・ガッドマイン屋敷の主につけてもらいました。」
「主がいるんだね!ガッドマインって・・・俺たちがよく演奏している広場の近くか。」
「・・・広場・・・?」
「そう。見たことないかな・・・あ、俺はナイン。」
「ナインさん・・・も、主が??」
「んー・・・まぁ、そんな感じ!」
そう笑った彼に、ちょうど月明かりが照らした。
ギターを片手に、メイを見つめていた。
「その、楽器は・・・私の主も昔嗜んでいました。 」
「ギターっていうんだよ。」
「ナインさんは・・・あの、異国の方・・・ですか?・・・あまりお見かけしない様な。」
「やっぱり?分かる?
俺も、メンバーも異国の出なんだよねー。
暗くて見えないかもしれないけど・・・この服も異国のもので・・・クールでしょ??」
「今度は、陽の光のもとで、あなたを見てみますね。」
「ありがとう!いやー嬉しいな!!!
そろそろ行かなきゃね・・・そうだ!ガッドマインまで、送ってあげるよ!」
「いえ、そんな・・・」
「えー?行こうよ!ほら。」
ナインに手をひかれ、メイはガッドマイン屋敷まで一緒に帰った。
去り際、ナインの姿がハッキリ見えた。
マスクで鼻口を覆い、異国の服を纏っていた。
その瞳は、エメラルド。
メイは、初めてたった数分のうちに恋に落ちていたのだ。
後日、広場で彼等を遠目から見ていたが
メイの主が病に伏し、メイも、屋敷の者達も慌ただしく数ヵ月を過ごし、そのうち、主は亡くなった。
広場にも、彼の姿はなかった。
それで、とメイは続けた。
懐から、一枚の紙をカームリィとロキに見せた。
「あのあと、噴水のある外れへ行ったんです。」
紙には、少し雑な字で
~唄い鳥
儚き瞳は
我のために~
「・・・わっちの国の言葉だねぇ」
「なんという意味ですか??」
「んー・・・意味というか・・・」
「唄い鳥は、おそらく私の事・・・
儚き瞳は、情や慕う事」
「そうそう・・・で、我のためにってのは、兄さん分かるだろう??」
「つまり、えっと・・・メイさんの心は・・・?ナインさんのために・・・?とか?ですか??・・・すいません。その辺に疎いもので。」
「あー・・・兄さん、うぶなんだねぇ?
まぁ、つまり、そんなとこだよ。」
「私、だから、会いたいのです・・・
これが本当なら・・・嘘でも・・・会いたいのです。きっと、彼らはウェルディにいます。」
「あぁ・・・メイ、君が笑わず、唄も辞めてしまったのは、その、ナイン君のためなんだねぇ・・・」
「確かにウェルディは、音楽家が集う処。
しかし・・・ナインに会って、どうするのです?」
「・・・自己満足です・・・唄を届けたい」
「・・・カームリィ、どうします??
俺は、この面白い旅に少し興味がわいてきました。」
「可愛いうちの娘を、悲しませたままここに置いとけないよ!色恋沙汰なら、尚更ね!」
「では、ィィのですか・・・!」
「うん!大丈夫!兄さんと一緒なら!」
そして、後日、ロキとメイは
水鏡を出発した。
正体
「ところで、メイの主様はどのような方だったのですか??」
ロッコ国の途中、出店で買った焼き菓子を頬張りながら、メイへ尋ねた。
メイは、焼き菓子を飲み込み、一つ間を置いて答えた。
「ガッドマイン屋敷の主。マイン・ルワンダ様。
ガッドマイン家の14代目当主でした。
・・・ご子息様は、主様に似て、お優しく聡明な方でした。」
「ご子息様がいらしたのですか。」
「えぇ。マイン・ヴィエリ様といいます。
お二人はとても仲が良く、私の事も家族のようにしてくれました。」
「・・・メイは、ガッドマイン屋敷に行くまで、どうしていたのですか??」
「私は、今はスタンダーハーフですが、主様に迎えられる前は、オリジナルだったのです。
・・・ある日、私は渡り鳥として旅を終え、休んでいたときです。お母様もお父様も、家族はみんな、近くに群れと共にいましたから、私も安心しきっていたのです。・・・一人の絵描きが、土手を降りてきました。それが、主様でした。」
「メイは渡り鳥でしたか。
・・・疑問なのですが、ご家族や、群れの仲間にも、亜人はいたのですか??」
「私達家族の祖先は、亜人として生きていたと聞いています。群れの中にも、数羽ばかり、その血をひいているものもいました。
・・・しかし、今となっては、空を駆ける喜びの方が、亜人となるよりもとても素晴らしいものだと、私達、渡り鳥は考えるようになりました。
それに、一度、亜人としての道を選べば、それは家族と群れとの永遠のお別れなのです。」
「・・・なるほど。
もう、二度と合うことはないと・・・。」
「ええ。・・・家族が、何度も空を渡るのを見ました。けれど、それだけなのです。声をかけることも、禁じられています。」
「渡り鳥の生きる道なのですね。
それで、その、主は??」
「あぁ、絵描きの主様は、私達がいる間中、ずっと私達を描いておられました。
私は、安心していたのと、何も害はないことに注意散漫になってしまっていました・・・。
罠に掛かってしまったのです。叫んでも、家族はどうすることもできず、悲しく鳴くだけ。
私も、脚の一本持っていかれることは、覚悟していました。しかし、その夜、痛みのあまり、泣き叫ぶ私の声を聞いて、絵描きの主様がとんできて、罠をそっと外してくれたのです。鳥として、そこは逃げるべきでしたが、疲労していた私は、倒れこみ、主様に抱かれ、屋敷へ連れていかれました。」
「ご家族は?」
「父親は、最初、主様を追い払おうとしましたが、主様が、助けてくれると分かると、こうげきをやめました。」
「脚は、良くなったのですね。」
「えぇ。そのうち、人の言葉を覚え始め、人の心を持ち始めました。数年のうち、私は、すっかり主様なくては生きられなくなり、自らの意思で、スタンダーハーフとして生きることを決意しました。」
「では、さぞ、悲しかったでしょう・・・
病に伏してしまったのは・・・」
「えぇ。生きる道を、無くしたと同等の悲しみが沸き上がり、私は、翼を広げ、あてもなく飛びました。・・・そのうち、力尽き、カームリィ様に拾っていただけたのです。」
「・・・分かりますよ。俺も、今の主になんとか、尽くしたいと、思っていますから。」
二人は、そのうち、馬車に乗り、ロッコ国へ揺られた。
ロッコ国へ着いたのは、夕暮れ。
「まずは、宿をとりましょうか。」
「何から何まで、すみません。」
「ィィんですよ。大丈夫。」
二人は、ちょうど開いていた宿へ泊まった。
夜、メイは、こっそり宿を抜け出し、河原へむかった。家族の声が、聞こえたのだ。
ただ、見ることしかできない・・・そこに、いるのに。・・・あぁ、行ってしまう。・・・空を渡って・・・行ってしまう。
「・・・お嬢さん、大丈夫?」
後ろから、声をかけられた。
振り向くと、そこには、あの人。
「・・・あ、れ・・・?メイちゃん???」
マスク越しの彼は、驚いた様な表情をした。
「え、ちょ、泣いてる!?え、え、大丈夫??」
メイは、もう
何故泣いているのか、分からなかった。
「・・・ナインさん・・・・なぜ・・・」
「流れ音楽家だからね、たまたまだよ!
メイちゃんは、なんで??」
「わたしも、たまたま、です。」
「あ、ねぇ」
ナインは、さっきよりも落ち着いた様子で、メイに問うた。
「・・・紙は・・・その・・・噴水の木陰で・・・覚えてる・・・かなって・・・」
「・・・・。」
「あ、いや、ィィんだ!なんでもない!」
「唄い鳥・・・儚き・・・瞳は」
『我のために』
二人は、手を取り合っていた。
「覚えています。・・・もちろん。覚えています。」
「あぁ、良かった。あの後、僕・・・」
言いかけて、ナインを呼ぶ声がした。
「おーい!そこにいたのか!行くぞー!」
「あ、ごめん、メンバーだ・・・
そろそろ帰らなきゃ。・・・また!」
「あ・・・」
ナインは、すっと、闇にとけてしまった。
「・・・会えてしまった・・・」
メイは、ぼーっとしながら、遠ざかる渡り鳥の声を背に、空を仰いだ。
「・・・お母様、ね。
そう・・・きっと、大丈夫ね。」
静かに、宿へ帰った。
早朝、メイはロキの部屋へ赴いた。
「ロキさん!ロキさん!」
寝ぼけながら、ロキはドアを開けた。
「おはようございます・・・どうしたんです?
朝から・・・なにかィィ事でも??」
「昨日の夜!彼に会ってしまいました!」
「え?」
「本当に、偶然なんです・・・・!
わたし、嬉しくて・・・」
「要件はすんだのですか?」
「いえ、それが、途中でお別れしてしまい・・・でも、今日、もし、ウェルディにいれば・・・!」
「わかりました。焦らないでください。
ウェルディは、11時オープンですよ。
まずは、朝食にしましょう?」
ロキとメイは、食堂へ行き、朝食をとった。
「彼、ナインも・・・亜人ですか?」
「・・・いえ、それがわからないのです。
なんせ、夜にしか会ったことなくて・・・」
「なるほど・・・まぁ、今日会えれば、分かりますかね。」
二人は、食事を終え、部屋に戻った。
宿を出たのは10時頃
ウェルディまでは、そう遠くない。
二人は、途中寄り道しながら、むかった。
それでも、メイは、心から笑顔で微笑むことはなかった。
「ナイン・・・?どうした?」
「ん・・・あ、いや!なんでもない!」
「・・・なんだ、カップル見てたの??」
「やっぱ、あれ、カップル??」
「・・・じゃない?知り合い?」
「いや、ほら、うらやましーなーと!」
「あぁ・・・ほら、おいてくぞー。」
「まってまって!」
正体
「ここ・・・ですね!」
ウェルディについたロキとメイ。
「立派な音楽ハウス・・・」
「ですねぇ・・・さて・・・楽器は誰に言えばいただけるのか・・・」
「なんと言う楽器なのですか?」
「ハーディーガーディーといって、面白い音の楽器なのです。もとは、民族楽器ですよ。」
「ハーディーガーディー・・・是非、音色を聞いてみたいわ。」
「もちろん。さぁ、中へ行きましょう。」
ウェルディの中は木造で、入り口のすぐ右側に受付があり、左側には長い廊下が続いていた。
受付をすませ、廊下を進む。
「メイ、先にナインを探しましょう。」
「大丈夫なの??」
「どうやら、私の用事を頼みたい方はまだみえてない様だったので・・・それに、あなたの用事の方を優先した方が、安心ですから。」
「ありがとうございます・・・」
「音楽家達の本番は、夕方の様ですね。
リハーサルは覗けませんが、展示室などは見て廻れるようです。・・・俺は楽器のある部屋へ見学に行ってきます。」
ロキとメイは、そこで別れ
ウェルディの中を別々に行動した。
しかし、ナインは見当たらず・・・
リハーサル中の舞台から、厚い扉隔てて、メイの耳に音が聞こえた。
「・・・これは・・・?」
耳をすませば、それは、聞き覚えのある弦楽器の音。
「・・・ナイン?・・・きっとナインよ・・・」
メイは、扉の前で目を閉じ、耳をすましていた。
「あぁ・・・そう。あの時に聞いた、音楽だわ」
隣のドアが、開いた。
メイは、気づかず音の方へ意識を向けていた。
「・・・おい。」
メイは、ビクッとした。
「なにしてんだ?・・・お前。」
ドアを開けたその男は、訝しげにメイを見た。
「・・・何か俺たちに用か?」
アメジストの様な綺麗な瞳に、鋭い目付き。
「いえ・・・あ、いや・・・」
メイは、その男の雰囲気におされ、たじたじとなってしまった。
「・・・?なんだお前・・・?変なやつ。」
すると、ドアの奥から声がした。
「おーい!ディープ、ドアしめろやー」
「あー!悪い!なんか、変なやつ見つけて」
「関係者かなんかー?いまいくー!」
どうやら、仲間が一人、此方へ来るようだ。
メイはもう涙目である。
悪いことはしていないのに、まるで、悪戯していたところを見つかった様な・・・。
ドアから、顔を出した、仲間は
紅の瞳の、少しヤンチャそうな男。
「誰??え、ディープの彼女?」
「ちげーよ(笑)」
「え、じゃあ、君も音楽する人?」
紅の瞳の男は首をかしげた。
「あ、いえ。私は・・・しないです・・・」
「じゃあ。お前、ドアの前で何してたの?
まさか、音のハッキングとか、なんかそっち系の輩とかじゃないだろうな?」
「い、いえ!違います!」
「とりあえず、もどろーぜ。ディープ、はよトイレ済ませてリハやるぞ。」
「・・・ミッド、一応ナインに報告しといて。」
ディープは、そのまま立ち去ってしまった。
「・・・今、あの人・・・」
メイは、唐突な事で、彼をひき止めるのさえ忘れていた。なら、彼等は、ナインの仲間・・・。
「いるんだ・・・!いる!!ロキさんに言わなきゃ!」
メイは、楽器のある部屋へ向かった。
その頃、ロキは楽器部屋の中で、様々な楽器について調べていた。
「・・・やはり、ドラゴンの素材が・・・」
ドラゴン素材の弦楽器が、そこにいつくか並べられていた。
「・・・あれ、これ・・・」
ひとつだけ、ケースに入っていない。
「・・・受付の人に報告した方がィィのかな・・・でも、誰かが置いているだけかもしれないし・・・
」
白を基調に、少し派手目な装飾がされている。
「それ、カッコいいでしょ??」
後ろから声がした。
「俺のなんだ。ドラゴンの素材使ってる。」
そして、ギターを手に取った。
「君も音楽家??」
ロキに声をかけた、その男は
「・・・ナイン・・・?」
「・・・え。」
「・・・あ、」
「うん、・・・え?うん。そうだけど」
「あ・・・ですよね・・・え。」
『!?!?!?』
二人は、互いに驚いた。
「あれ・・・君・・・メイの」
「え??俺のこと知ってるんですか?」
「・・・街でちょっとみかけて・・・一緒にいたから・・・」
「メイは、貴方を探しにここまで来ました。」
「え?」
「貴方に、唄をとどけたいと。」
「・・・え?」
「・・・え?」
「・・・君、え、メイの・・・え?(笑)
彼氏じゃないの?(笑)」
「・・・違いますよ?(笑)」
「えええええ(笑)そーなの!?(笑)
なんだよー!もー!(笑)」
「とりあえず、すみません、もし、良かったら、本番が終わった夜・・・ウェルディの舞台で待っていてくれませんか??・・・だめなら、そういうことだったと、メイにも分からせます。」
「・・・じゃあ、夜のお楽しみって事で。
ごめん!もう行くね!
あ、君の名前は?」
「・・・ロキといいます。」
ナインは慌ただしく、楽器のある部屋を出ていった。
数分後、メイがロキのもとへついた。
「あぁ、メイ。」
「ロキさん!ナインの仲間と会いました!」
「・・・あぁ、そうだったのですね。」
「だから、やっぱり、ナインはいます!」
「えぇ。いますよ。俺も先程お会いしました。」
「・・・え」
「それで、すいません。勝手ながら話をつけてしまいました。
・・・今日の夜、舞台に行きましょう。
彼が来るか来ないかは・・・分かりません。」
「夜・・・。」
「貴方の唄を、届けましょう。」
「・・・ナインが、来なかったら・・・?」
「・・・彼は、旅人です。
そして、メイ。貴方は渡り鳥。
悲しい事ですが、相容れない運命もあります。」
「・・・そんな」
「厳しい事を言いますが、彼の故郷の事は知っているのですか?彼が人なのか亜人なのか、知っているのですか?・・・メイ、貴方は彼の音しか知らないでしょう・・・。彼の紡ぐ、声と言葉と・・・暗闇で聞いた音しか・・・。」
「・・・。」
「それでも、唄をとどけたいと、願う気持ちは、美しい。ただ、主を失い、唄を忘れた貴方が、彼のおかげで、再び唄を紡ごうと思えた事は、素晴らしい事です。・・・しかし、メイ。俺は、また君が傷ついて、今度は渡り鳥の、貴方の声を失ってしまことになりはしないかと、心配なのです。」
「そんな、・・・まるで、ナインは来ないみたいに・・・」
「もしもの事を考えておきなさいと、言いたいのです。貴方は若い。必死になるあまり、大切なものを失った時の事を忘れている・・・。」
「・・・わかってます・・・わかっている、つもりです。・・・でも、貴方は・・・狼だから鳥の気持ちは分からないのよ!!私は、彼のために唄を紡ぐわ。紡がず枯れるより、紡いで、萎れた方が本望です・・・」
「・・・恋は盲目と申しますね・・・」
「・・・ごめんなさい。」
「まぁ、犬と間違われるよりは、マシですかね。
メイ、そこまで言う気持ちは、正直分かりません。家族や、仲間以外に、そこまで力を尽くす理由は、狼には、理解しかねます。
・・・しかし、それ以外の誰かを、お慕いする気持ちは、納得できます。」
「・・・。」
「・・・彼がきて、無事唄を紡げたら、貴方を心配しているカームリィにも良い報告ができますね。
ただ、もしダメだったら、貴方は、またカームリィに今以上の心配をかけてはなりませんよ?」
「はい・・・。なにがあっても、笑顔で帰ります。今度は、水鏡のみんなのために・・・カームリィさんにも、リリーお姉さまにも、もう心配はかけません。・・・私が、選んだ事・・・わざわざ、ここまで連れてきてくださった、ロキさんにも、悪いですから。」
ロキは苦笑して、メイの頭を撫でた。
「その思いを聞きたかった。
せっかく彼に会えたのに、唄を紡げぬまま帰って、また病まれてしまったら、俺がカームリィに合わせる顔がありません。
・・・なんて。
メイ、大切なものは、形が聡明であればあるほど、温もりがあればあるほど、壊れやすいものです。
貴方は、脆い。
それが心配なのです・・・」
メイは、涙を堪えながら
ありがとう、とつぶやいた。
正体
ロキは暫し頭をめぐらせた。
ナインと出会った時の、初めての感覚・・・
同種では、ない。
完全なスタンダー・・・しかし、何かが違う
亜人特有の特徴もあまり見当たらなかった。
スタンダーだから・・・?いや・・・
どちらかと言えば、人間・・・。
かといって、人間の匂いはしなかった。
人の皮を被った、何か。
ナインについて、一つ分かったのは、彼は、蛇であると言うこと。
蛇の何なのか・・・
亜人でもなく、人間でもなく・・・
「メイに会わせて大丈夫だろうか・・・」
何かあれば、守らなければならないが
どうやらナインには数人仲間がいるらしい。
他の仲間の特徴も、よく分かっていない。
メイから聞いた話では
鋭い目付きの男と、紅い瞳の男・・・
彼らがドアから出て来て尚、中からは音が聞こえていた・・・つまり、少なくてもナインの仲間は五人程か・・・
「・・・どうしたものか。」
ロキがため息をついた時、メイがお手洗いから戻ってきた。
「ロキさん、大丈夫ですか?
顔色が悪いような・・・」
「大丈夫ですよ。
さて、後数分もすれば本番も終わりましょう。」
「あれ、そういえば、ロキさんの楽器は?」
「あぁ、終わったら取りに行きます。
先程、話しはつけてきましたから。」
音楽ハウスは、人やら亜人やらであふれかえっていたが、終わる頃にはだいぶ静まり返っていた。
「・・・亜人の音楽を、人間が聞くのですかね」
「2つに別れているみたいですよ。
奥が亜人、手前が人間・・・」
「やはり、相容れないのですね・・・
人間と俺たちは。」
「喧嘩になるより、こーやって分けてもらっていたほうがィィですよ・・・」
「それもそうですね・・・
さて、そろそろ舞台に行きましょう。メイ。
念のため、俺も近くに待機していますね。」
音楽家達も、みな帰った頃
メイは裏館と呼ばれる小さな舞台で、ナインを待った。
裏館は、いつでも解放されている。
どれくらい時間がたったであろう・・・
ロキは、そろそろ潮時かと考えていた。
すると、舞台から唄が聞こえた
「・・・メイ・・・」
ロキは、その美しい声に耳をすませた。
それは、まるでメイが過去、仲間と供に空を渡った調。
危険な旅。仲間との死別。
風と笑い合った、喜び。
海と語り合った、慈しみ。
そして、亜人として生きるため、家族と永遠の別れを誓った、涙の唄。
メイの、今までの記憶が、その唄に、こめられていた。
ハープの様なしっかりとした声
笛の様な透き通る声
メイの目から涙が溢れていた・・・
そして、唄は終わった。
ロキはすぐにはメイの元へ行けなかった。
メイは、声を出して涙した。
すると・・・
「・・・お前、上手いんだな。」
「・・・え・・・」
ふりむくと、そこには、あのアメジストの瞳の男。
名前はディープと言ったか。
「俺も、歌をうたう。」
メイは、目を赤くさせながら、彼の言葉を聞いていた。
「・・・あー・・・いや、昼間は悪かったな。」
ディープが少し俯いて謝った
「別に謝りに来た訳じゃないんだけど・・・
実はさ、ほら・・・ナイン!いつまで隠れてんだよ笑」
ディープの少し後ろから、ナインがでてきた。
「・・・ナイン・・・」
「・・・メイ・・・はははっ
いや、まいったね、これはボーカル変更かな?笑」
「お、まじ?したら、ナインが俺のこと養ってくれよ?」
「えー(笑ダメダメ(笑」
「いやいや、ほら、ナイン。
メイちゃんになんとか言ってやれよ。」
ナインは、メイに静かに歩み寄った。
メイの瞳から、また涙が止めどなく溢れた。
「ナイン・・・」
「聞いたよ。唄。ちゃんと、聞いた。」
「よかった・・・ナイン・・・来ないと・・・思っていたから・・・」
「くるよー!そりゃあ!ありがとうな。」
「唄は、貴方のためなの・・・
私の、自己満だけど・・・聞いてくれたなら・・・私、もう大丈夫・・・」
「うん。ありがとう。メイ。
あのな?僕からも、プレゼントあるんだ。」
そして、ナインは懐から綺麗な鱗を取り出した。
「メイ、これは、龍鱗ていうんだ。
大切な人にしか、あげないやつ。」
「大切な・・・」
「知ってるんだよ?
渡り鳥の、唄は愛しき者への花束だって。
・・・あ、これはディープから聞いたんだけどね(笑)」
「・・・ありがとう。ナイン。」
「でな?だから、ほら・・・えっと・・・」
ナインが口ごもっていると、
ディープが続けた
「ナインが、お前と一緒にいたいって。」
「お、おま!言うなや!(笑)」
「恥ずかしがってるから(笑)」
「いや、ちょ、まって(笑)
俺が言う!(笑)
えっと、メイ。・・・ずっと一緒にいてくれる?」
メイは、顔をあからめて、優しい笑顔で返事をした。
「ナイン。大好き」
「あーあーあーあー。あっついあっつい。」
「ディープ。悔しいんだろ?」
「俺は、そーゆーのは興味ないんで!」
「あぁ、ところで、ロキさん・・・?
でてきてよ」
ナインは、隠れていたロキを呼んだ。
「やはり、バレましたか。
すいません・・・心配性なもので。」
「僕達が、メイをとってくうとか?」
「まぁ、そんなところですかね。
俺は、メイの唄が届いてホッとしていますよ。」
「バッチリ届いたよ!」
「恋というのは、難しいですね。
さて、メイは一度戻らねばなりません。」
「だよね・・・メイ、いつでも会いに行くよ。」
そして、ナインとディープは、去った。
「ロキさん、・・・わたし、ちゃんと笑えてましたか?」
「ええ!それはそれは!
しかし、よかったですね。メイ。」
「はい!この龍鱗。大事にします。」
「そうですね・・・
さぁ、俺も楽器を受け取ったら宿に帰りましょう。出立はあすの朝です。」
その後、ロキはハーディーガーディーを受けとり、メイと供に宿に向かった。
部屋につき、ロキはナインについて考えた。
が、答えなど見つかるはずもなく・・・
正体
その頃、水鏡では、カームリィがソワソワしていた。
「兄さんとメイ・・・大丈夫かな」
あれから、音沙汰もなく・・・
カームリィは心配で仕方なかった。
無理いって、ロキに付き合わせてしまったこと。
何かあれば、ヨーネフ国のレイニーボンドに謝りに行かねばなるまい。
メイだって、ロキと喧嘩でもしてはぐれてしまっていないだろうか??
ナインという男に会えなかったら??
今まで以上に塞ぎ混んでしまったら・・・
「あぁ・・・わっちが行けば良かったぁ・・・」
頭を抱え、しゃがみこむカームリィ。
それを見た、水鏡一番の踊り手、リリーが呆れたように声をかけた。
「大丈夫ですよ。カームリィさん。」
「リリー・・・」
「メイは、案外しっかりものです。
それに、あのロキさんが、メイみたいな年下のあおい娘に怒ったりなんて・・・ありえません。」
「・・・それもそうだねぇ」
「じき、帰ってきます。
宴の準備だけでもしておきましょう?」
リリーは、カームリィを宥めた。
そんなこんなで、水鏡では、帰宅祝いの準備が進められていた。
ロッコ国を出る頃、ロキから伝書鳩が来るはずだ。
そして、明くる日。
伝書鳩が届いたのだ。
「みんな!帰ってくるよ!
どうやら、うまいこと行ったみたいだねぇ!」
カームリィが嬉々として、水鏡の者たちに伝えた。
到着は、夕方か。
一方、ロキとメイは・・・
馬車に揺られ、ヨーネフまで向かっていた。
「・・・こう天気もよくては、すぐに水鏡に行くこともできませんね。」
「カームリィさんがいれば、すぐいけるのですがね。でも、ロキさん」
「はい?」
「こんなに晴れた空は、久しぶりの様な気がしますよ。・・・気のせいでしょうか」
「あぁ、メイ。
きっと、気のせいではありません。」
空を見上げながら、メイは微笑んでいた。
「ロキさん。その、ハーディーガーディーの音を是非、聞かせてください。」
「えぇ。構いませんが・・・」
ロキは楽器をとりだし、奏でた。
手動でハンドルをまわす、昔ながらの楽器。
独特のいくつもの音が重なりあった様な深い音色。
「これが、ハーディーガーディー。
はじめて聞くものです・・・」
「なかなか、こんなにも忙しい楽器はありませんね。俺には、夢があるのです。」
「夢?」
「いくつかある夢の一つです。
この、ハーディーガーディーを竜の素材で仕上げて、どこかにいるという楽器の職人。星のつく方らしいのですが・・・その方に不死の花を織り込んでもらうのです。」
「・・・素材は、大切と聞きますが・・・
なにかあるのですか??」
「ハーディーガーディーにしか、できないことなのです。・・・竜に不死の花を。永久に生き続ける音となれ。・・・これは、成し遂げれない言葉と思っていましたが、どうやら、ある一定の楽器は、この2つの重く加工が困難な素材を組み込めるらしいのです。」
「なるほど・・・」
「それに、ハーディーガーディーの音は残しつつ、デザインも俺向きにしたいですしね。
それには、腕の良い職人を探さねばなりません。」
「ロキさんは、見ただけで素材が分かるのですか??」
「ある程度は・・・
ナインのギターは、竜の素材と、おそらく質の良い石をつかっているでしょう。
あれは、なかなか手の込んだ素晴らしい楽器でしたよ。」
ロキは、ハーディーガーディーをしまい
外をみた。
「今ごろ、カームリィは宴の準備でもしているでしょうね。」
「宴ですか?」
「えぇ。楽しみですね。」
そして、ロキとメイは
馬車に揺られながら、少し眠り
夕暮れ、ヨーネフについたのだった。
馬車をおりると、カームリィが待っていた。
「やぁ。兄さん、おかえり。」
悪戯に笑うカームリィの笑顔になぜか懐かしさをかんじつつ、水鏡へ向かった。
「なぜ、カームリィはなにもせずとも水鏡へいけるのですか??」
「兄さん、わっちの魔法だよ。」
「・・・左様ですか。」
「あ、ほら!みんな待ってるよ!
おかえり。水鏡へ。」
水鏡の提灯の下で、みな総出で出迎えた。
「そんな、数日いなかっただけで笑
カームリィも大げさですね。」
「いやいやいや!
寂しかったんだよ!いやだなぁ兄さん。
ちぃっとも分かっちゃいない。」
通された奥の大広間では、豪華な料理が並べられていた。
「さてさて・・・で、?」
カームリィがさっそく尋ねた。
メイは恥ずかしそうに事を話始めた。
「・・・ナインさんが、そう言ってくださって。
とても、嬉しかったです。
なかなか会えることもありませんが・・・これからは、今まで以上に、この水鏡に笑顔を振る舞いたいと思います。」
「良かったねぇ!メイ!
うんうん、君なら立派な踊り手になれるよ。」
「リリーお姉さまに習って・・・いつか、リリーお姉さまの様になりたいです。」
リリーも、それを、聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「メイ。笑顔と、いうのはね。」
カームリィが話始めた。
「笑顔というのは、魔法みたいなものだよ。
目をあわせて、ちょっと笑い合うだけで、不思議と人間と亜人さえ、心を通わすことができる。
外の世界でいがみ合っていても、この水鏡にくれば、みな、家族みたいなものさ。」
「・・・家族」
「大袈裟かねぇ?
まぁ、でもね、ほら、リリーの舞いは静かに心に平穏をもたらす魔法があると、わっちは思ってるけど・・・メイ、君はね、その笑顔で心に喜びを授けるような、躍りをしてほしい」
「できるでしょうか・・・?
わたし、まだまだ舞いは下手くそですし」
「舞いと踊りは別物さぁ。
君がするのは、踊り。羽をふるわせ、声高く空に叫ぶ・・・喜びの踊り。」
「カームリィさん。」
リリーがくちをはさんだ。
「舞とは、身体のこと。
踊とは、心のこと・・・メイもそのうち分かりましょう。」
カームリィは、口元を扇子で隠しながらケラケラと笑った。
「そうだねぇリリー・・・。
メイ、リリーにいろいろ教わるといいよ!
君には、唄もあるんだ。
さぁ・・・!飲もう!」
カームリィが、乾杯の音頭をあげた。
宴はしばし続いた・・・
ある程度みな、気分が良くなってきたころ、カームリィがロキに尋ねた。
「どういう事だい?兄さん。」
「・・・?」
「メイの持っている、あの、龍鱗。」
「・・・知っているのですか??」
「あれはねぇ・・・異国に伝わる神の落とし物さぁ」
「分かりかねます。」
「・・・ナインは、どんなやつだったの?」
「亜人でも・・・人間でもなく・・・
蛇の血をひいている事しか・・・」
そうか。と呟き、カームリィは少し考え込んだ。
「兄さん、わっちの国には、神となり生きる獣がいる。彼らは、獣神というんだ・・・。」
「それが、ナイン?」
「・・・多分。メイも凄いやつに恋したものだねぇ・・・」
「なにか、・・・その、悪いことでも・・・ 」
「彼らの土地に、悪さしない限り、大丈夫さぁ。
けどね、龍鱗を与えたって事は、メイは神の嫁になるって事なんだよ・・・それを、彼女は知らないだろうから・・・」
「・・・神の嫁ですか」
「ナインは、蛇か・・・」
「おそらく。」
「蛇神・・・また、格の高い・・・。
あぁ、兄さん、わっちは心配になってきたよ。」
「そんな・・・カームリィ・・・
嫁ぐのに、なにか必要なのですか?
それとも、なにか、悪いことが??」
「格が高い獣神に嫁ぐ・・・格が高ければ高いほど、条件も高くなる。
ましてや、本人からしかと、龍鱗をもらったのだから・・・見初められたということ・・・
下手をすれば、メイは、死ぬことになる。」
「な、なにを・・・死ぬなんて」
「・・・昔、わっちの先祖様で、狐神がいた。
狐神は、見初めた女に勾玉をあたえる。そして、その女の一族と、その100年後までの末裔に一生の無病を約束した。・・・かわりに・・・その女は、目をくり貫かれた。」
「・・・目を」
「・・・神とは、そういうものだよ。」
「その神によって、代償はまちまちだけどねぇ。」
「・・・」
「あぁ、ちなみにね、目をくり貫かれたその嫁は痛みのあまり身を投じてしまった。
なにも見えない、痛みは100年続くというものだからね。もちろん、勾玉は、狐神へ戻り、一族への恩賞は無しさ。おろかな女の一族は、女をうらみ、身体を切り刻み、魚の餌にした。・・・とさ。」
「そういうことですか・・・
カームリィ、俺まで不安になってきましたよ。」
なにも知らぬメイは、宴を楽しんでいた。
カームリィは、目を細め
酒を一気にあおった。
悪者
ロキが、水鏡を出て、城へ着いたのは
おおよそ月も眠る頃であった。
レイニーボンドへ、帰城報告をしに奥へ進んだ。
部屋には明かりがついている。
警備兵に通してもらい、レイニーボンドをしばし待ったいた。
「おお。おかえり。ロキ」
「夜分に申し訳ありません。無事戻りました。
今回の長期的な外出、ありがとうございます。」
「随分、カナリアが世話になっているからな。
楽器は、手にしたか?」
「はい。明日、よければ、国王とならびに王妃、カナリア様に、ふるわせていただけませんでしょうか?」
「そうだな。だが・・・明日は用事があってな。
明後日なら、城にこもっているでな。」
「ありがとうございます。」
「良いのだ。さぁ、ロキゆっくり休めよ。」
レイニーボンドは、部屋に戻り
ロキも見送ったあと、部屋へ戻った。
カナリアは寝たようだ。
ロキは、部屋の窓から外をみた。
明日はカナリアへ土産話でもしようかと考えていた時、庭から、シャルロットとスピリットが手をふっていた。
ロキは、窓を開け、耳をすませた。
どうやら、話があるようだ。
急いで庭へ向かう・・・
「ロキ!きて!」
シャルロットとスピリットに手をひかれ、裏庭の納屋まで連れてこられた。
「・・・どうしたんです?」
「貴方がちょうどロッコ国へ向かった頃、私達馬車馬の間で、変な噂があってね。」
「なんでも、人間に悪質な悪戯をする者がいるらしくて・・・亜人じゃないかって・・・証拠はないから、なんともいえない状況なんだけど・・・」
シャルロットとスピリットは
心配そうな顔で話した。
「・・・なるほど。」
「で、ね?」
シャルロットが、一房の毛束を出した。
「仲間の馬車馬のとこに、出たらしくて、勇敢にも、主を守るため戦って、撃退したそうだ。
その時の戦利品だと。」
「・・・っ」
ロキは、噎せた。
「・・・これは・・・死んだ獣の臭い。」
「やはり・・・」
「どういうことですか?
屍が動いて人間を襲っている??」
「・・・わからないの・・・。でも、狙われているのは、人間で・・・襲っているのは、確かに亜人の格好をしているそうよ。」
「・・・亜人が人間を・・・?
しかし・・・この毛束からは・・・」
「国王は、それについて、明日会議に出るみたいよ。」
ヨーネフ国で、噂になっている
人間への襲撃・・・
タームレイトとヨーネフは、人間と亜人が手を取り合い歩むと、決めた。
それを覆すものが・・・?
その後、ロキと二人は別れて
自室に戻った。
「・・・動く屍・・・
なぜ人間を襲う?・・・迫害された亜人の・・・復讐か?・・・いや・・・だとしたら、」
亜人と人間・・・
静かな戦いが・・・始まろうとしていた。
ロキは、床につき眠りについた。
翌朝、国王を見送ったあと、シャルロットとスピリットと供に、街へ繰り出した。
カナリアは最初、行きたがっていたが、講師との勉強があったため、残った。
「ねぇ、ロキ」
シャルロットが問う
「本来の姿へ戻る気はないの??」
「え?・・・あぁ、と、いうよりまだ、自分がどちらであるべきか・・・分からないのです。」
「そう。」
「お二人が羨ましいです。
本来の姿も、スタンダーハーフの姿もとれるのですから。」
「仕事上ね。その方が、価値があると分かったから。でも、苦労もするわ。」
シャルロットとスピリットは目を合わせた。
「・・・人間は、私達を物のようにあつかったんです。もちろん、とても良い人間もいたわ。でも、見せ物や慰み物として扱われるのは、当たり前だったから。」
「かといって、本来の姿でいれば、重くて私達じゃあ無理な荷物をあるたけ積んで、鞭打たれるし。時には早く走れと、トゲのついた銀の金具で蹴られることもある。」
「・・・そうだったのですか。」
「それでも、頑張れたのは、名を授けてくれた、カナリア様に会いたい一心。」
「そうそう。スピリットからその話を聞いたときは嘘かと思っていたけど。」
「カナリア様は良い方ですからね。
・・・今、問題の屍の悪人の手が、カナリア様や国王に及ばないと良いのですが。」
「まずは情報収集ね。」
「あの、角をまがった屋敷に、例の知り合いがいるわ。」
「・・・行きましょう」
三人は、少し早足で向かった。
BLUE-story