愛娘がドパーン
こんな遊びを娘に教えたのがそもそもの間違いだった。
まあ今になって後悔しても遅いんだけどな。
あれは忘れもしない、愛娘、舞の四才の誕生日のこと。
盛大に祝うつもりで大量のクラッカーを打ち鳴らしてやったんだ。紙ふぶきが飛び交う中、舞はびっくりして飛び上がった。
やりすぎたかな、と思った矢先、舞はこう言った。
「もっかい! もっかいパーンってやって!」
嫁さんが紙袋に紙ふぶきを入れて、袋の口をすぼめた。そこから息を吹き込んで膨らまし、空いてる手でそいつを叩く。乾いた破裂音とともに、中の紙ふぶきが一斉に舞い上がった。
舞はきゃっきゃと声を上げて笑いながら、もう一回もう一回と何度もねだった。
俺も嫁さんも、やっぱ自分の娘には弱いもんで、はいよはいよと舞の言うままに何度も紙袋を膨らませては叩き割った。
そう。それがいけなかったんだ。
ある日曜日。会社も出かける予定もないから、たまにはゆっくり寝ていようと布団の中でごろごろしていたんだが。
ドッパーン!
「なななななんだっ? なにごとだっ?」
耳元で炸裂した破裂音に驚いて飛び起きると、俺の横で舞が笑っていた。
「あははは、起きた起きたー」
視線を下ろすと、舞の手にはやぶれたビニール袋が握られていて。どうやらこいつを膨らませて叩いて割ったらしい。いまだ早く打ち続ける心臓をなんとかおさめながら、俺は嫁さんに苦言を呈してやろうと起き上がった。
「おい、舞にビニール袋なんて渡すんじゃねーよ。心臓に悪い」
「あらあら、あなたはそんなところに着目しているの?」
「もちろんだとも。おかげですっかり目が覚めちまった。てか、他に着眼点があるってんなら教えてもらいたいものだね」
すると嫁さんはこともなくこう言った。
「並みの四才児がビニール袋を手で割れるものかしら?」
……ごもっとも。
言われてみれば、たしかにそうだった。そんな力が我が子にあるなんて、にわかには信じられない。だがこれは紛うことなき事実で。
娘のもとに戻った俺は、「ちょっと腕見せてみ」と袖をまくった。するとどうだろう。しっかり力こぶなんてものができてるじゃないか。ちょっと待て。四才だぞ?
なんとなく将来が恐ろしくなった俺は、舞に『ビニール袋パーン禁止令』を出したのだった。
それから数日後。目覚まし時計が鳴る数分前。
ズゴパーン!!
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
ミサイルが枕元に着弾したような爆発音に飛び起きると、横で舞が笑っていた。
「あははは、パパ、ふじこってなーに?」
「キーボードの配列をよく見ろ。じゃなくて、今度はなんだっ?」
視線を下ろすと、舞の手には――
「……………………」
「パパ、どうしたのー?」
思考回路とともに動きの止まった俺を心配してか、舞が呼びかける。
そのかわいいかわいい舞の手に握られていたもの。それは――
「ボール……だよな?」
「うんっ。ボールだよー」
そう。それはまさしくバスケットボールだった。破裂後の。
あわてて舞の服の袖をまくる……いや、できない。腕が太すぎてまくれないのだ。仕方がないので服を脱がせる。その下から現れたのは、某戦闘民族を思わせる、ぶっとい腕だった。さわってみるとめっちゃ硬い。てか、大人だってバスケットボールは叩き割れねーよ……。
ものすごく将来が恐ろしくなった俺は、舞に『バスケットボール……っていうか紙袋以外パーン禁止令』を出したのだった。
んで今日。俺の誕生日。ここのところおとなしくしていた舞がプレゼントをくれたんだ。んふふ、羨ましかろう? さてさて、なにをくれたのかな。
鼻歌まじりに包装紙で作った袋を開けてみると、数枚の紙切れ。どれどれ……。
「…………」
動きが止まる。冷や汗が噴き出し、笑みがひきつる。
舞がくれたもの。それは――
『かたたたきけん』
あの腕で。あの丸太のようなごっつい腕で俺の肩を叩く、いや、粉砕すると。これは殺人予告か?
ふと、開けたままのドアを見やれば、顔を半分だけ出して微笑んでいる我が愛娘。いや、こわいってば!
「あー、ちくしょうっ」
俺も男だ。やられてやろうじゃないか。
そして俺はひきつった笑みを浮かべたまま、舞を呼び寄せたのだった。
ところで俺は接骨院と整形外科、どっちの予約をとればいいんだ?
愛娘がドパーン