8、ボウイが絆?

8、静けさは遠い記憶を連れてきます

  8、静けさは遠い記憶を連れてきます
 
 いつも感じることだが家というのはそこに住む人のエネルギーを反映するらしい。活力のある人の住む家は建物までが息つく。
父と母が結婚し、子供が生まれいつしか五人家族になった。おそらくその頃は子育ての秩序のない忙しい熱気に絶え間なく誰かの声がしていただろう。そして騒がしくにぎやかだった時が過ぎ、穏やかで静かな生活へと移っていく。ましてそれぞれが人生のピークをすぎた者ばかりの静けさは少しばかり悲しい。ただこうしてふたりでとる昼食も母には幸せのひとこまらしい。だからこそ母には理沙の揺れる心が見える。



「理沙はいつまでこうして食事の支度をしてもらう生活をするのかしらね。――別に嫌味じゃないわよ。女だって今はいろんな生き方を選べる時代ですもの。私なんて考えてみたら人生の半分以上今日の夕飯はとか、明日のお弁当はとかそんな事に振り回されていたみたい。あなたがうらやましい。ああ――不満じゃないのよ、本当に。」
理沙は苦笑いをうかべるしかない気がした。
「有難いと思ってます。」



「そう。ところで今日はどうだったの?」

「何が?」

「仕事よ。順調?」

「いつも通りよ。まあひとりすっぽかされたけど。」

「あら。いったいどういうつもりなのかしらね。」
母には約束を破る人の心が不満だった。

「時々あるわよ。できれば行きたくないものよ、医者なんて。」

「そりゃそうだけど。だからって――予約までしておいて。」

「だけどお母さんは本当に同じ事ばかり聞くわね。出かけて帰って来るとどうだったって。小さい時からずっとね。変わった事なんてめったに起きないのに。」

「そんな事わかってます。でもある日突然何かあったりするものよ。それを見逃さないようにしないと。それにね毎日顔みてるとついわかってる気がしてだんだん会話がなくなるものなの。そこが怖いところ。夫婦も、親子も、家族もね。」
とにかくここまで家族を守り通した母にそう言われて返す言葉はなかった。


 食事が終わるとようやくのんびりした空気が理沙を包む。新聞をひろげたものの読むでもなくパラパラとめくってはふとぼんやりする。
「お父さんが戻ったら一緒に出かけるけど。瑠衣の好きなものでも何かね。理沙はどうする?」

「そうね――今日はゆっくりしてる。」
理沙は晴れた空に目をやるとポツリと言った。

「その方がいいわね。疲れた顔してるもの。」
母は心配そうに理沙を見た。
正直このところ以前の活気がない理沙が気になっている。母の目はごまかせない。母は幼い理沙を思い出したかの様に温かいまなざしをしていた。
 

 平日の昼下がり。穏やかな静けさの中に理沙はひとりいる。誰にも気を使う必要のない気ままな時間。暖かいべッドにもぐりこむ。それなのにどういうわけか幸せがもれて行く。ひとりという言葉が心に絡みつく。理沙は窓から見える雲を追いかけた。
(なんか、これって懐かしい感覚。)


理沙は子供の頃、風邪で学校を休むとこうして雲の形が変わっていくのを眺めていた事を思い出した。流れる白い雲が理沙の若い日をふわっと包み込みどこかへ消えて行った。
 (私、どうして研二と別れたんだっけ。別れたかったわけじゃない。成り行き?――ただ仕事を選んだだけ。もし子供がいたらどうしていたかしら――なんでこんな事考えているんだろう、まったく意味のない事してる。どうであろうと今の私はひとり。いつか父も母もいなくなっておばあさんの私が残るのよ。ああ――もう考えない事だわ。)


理沙は激しく頭を振った。これ以上こんな思いにつかってしまったら抜け出られない渦に巻き込まれる。理沙は患者に話す様に自分にささやいた。
「過去に埋もれて後悔の中で生きるなんてばかげてる。疲れるだけ。」
そう言うと心の中の溜息を聞きながらゆっくりと眠りに落ちていった。

8、ボウイが絆?

8、ボウイが絆?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-25

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