寝返り打つのは息した後で

愉快

「いやぁ、愉快だ、実に愉快。」

赤ペンのノックをカチカチ押しながらニカッと笑い、何か揶揄する前触れを匂わせながら此方を見る友人を一瞥する。
この口調、その表情筋。まだ出会って1ヶ月も経ってないというのに。
ああ、これはロクでもないことを考えてるんだなと俺の優秀な脳内ではシナプスにガンガン危険察知神経を送り込んでいる。

勿論その餌食になるのは俺。嫌な予感しかしない。ハエがハエ取りから逃げる速さで視線を携帯画面に戻す。

「なぁなぁ、遥十(はると)もそう思わないか?」
「・・・・・・・・・」
ああそうかそうか何か楽しいことがあったんだな良かったな。
意味もなくSNSのタイムラインをスクロールする。俺のこのスマホは使われなさすぎて電池の減りが平均の3倍は遅いと思う。イマドキの高校生と比較して、だが。

「なぁなぁ」
「・・・・・・」
視界に入らなくとも膨れっ面で俺をじとっと見ているのがわかる。それだけでウザいと思わせるこいつには才能がある、と褒めているんだからあっちへ行ってくれ。

「遥十ってばぁ~~~~!愉快な話をこれからしようってのにさあ!」
「・・・・・・・・・・・・・・。はぁ。」

このまま友人を空気として扱いたいところだが・・・こいつのしつこさは嫌ってほど認識しているし、大声を出しかねない。不本意だが返事をしてやろう。

「…俺はお前の存在が不愉快だ。」

今にも始まりそうな御託を、うんざりした顔で突っ返す。

コイツは何言ってもへこたれないし、きっとドMだ。だから俺も容赦無く言い放つ。瞬時に笑みが広がるであろう眼前の顔を視界から抹消したくて、再び視線を画面に落とした。


拍子良くカチカチ鳴っていたノック音は止み、

2秒後、教室に奴のひしゃげた笑い声が響き渡る。

「いひひっ、ひーーっ!!!最高だよはるちゃん!」
チンパンジーが鳴らすシンバルのようなけたたましさで机をバシバシ叩くのは永瀬 眞生(まお)

"はるちゃん"

その呼び名は止めてほしい。思春期の男子高校生に付けていい渾名ではないだろう。そう訴えたとしても、返って捲し立てるように連呼するから、もうスルーすることにしたのは出会ってから5日後だったかという浅い記憶。

「俺が愉快だって言ったのはね、まさにそれだよそれーー!」

目尻に米粒大の涙を留めながら、聞いてもいないのに目の前の男は不躾に人を指差しながら話を続けようとする。

「椎名 遥十くん。入学当初は教室でもコソコソコソコソかっこいいって噂されてた者達の一人! しかししかし、そのドギツい性格が全て顔に出て、今は声をかける女子皆無。南無阿弥陀仏。残念なイケメンてのは、お前の事だな!はっはっは!
こんなに遥十はコメディアンなのに!
口が悪いとか何とかで、今やどちらかというと嫌われ?側にいるという事態。全くもって愉快だよぉ。あー、オカシイ!!涙出そう。クスン。」

「オラ、その汚物みたいな気色悪い笑顔と今すぐ引っ剥がしたくなる口をどーにかしろ。」

大人しく黙って聞いてれば正面から悪口とはいい度胸だ。馬鹿面で泣き真似するところも癪に障る。

・・・女子だけでなく男子からも嫌厭されクラスで浮いていることは事実。だがそれを、これほど楽しいネタは無いとばかりに金箔を散らした目で話す眞生が恨めしい。

「いやんっ!汚物だなんて!トイレットペーパーで優しく拭いてね、はるちゃん??」


ダメだコイツ。


自分の下半身の、後ろではなく何故か前を指差す目の前の変態。いや、公害物質。
少しは俺を笑わせる努力をしてほしいものだ。

取り敢えず俺は次の古文の授業に備え、机の中の教科書とノートに意識を向けて現実逃避という名の無視を決め込んだ。

おふざけ

こんなふざけたやり取りはよもや日常茶飯事なのだが、慣れてくると楽しくなってしまうのはいかがなものか。

こんなこと、逆さ吊りで炭酸飲料を胃に詰め込みながら振り回されたとしても口には出さない。コイツすぐ調子乗るし。
眞生も俺のささくれた棘が何本か折れているのは気付いてるんじゃないかと思う。


自覚はあるのだが、思ったことはストレートに、しかもほぼ無表情で言ってしまう八面玲瓏という言葉とは無縁な性格が相まってか、つるむ奴となると目の前の馬鹿男くらいしかいないのだ。

一方、色恋沙汰でもクラスの人間関係にも何でも知りたがりネタにしたがる眞生は、号外発信機とお調子者の名札を下げながらいつもクラスの中心にいる。のだが、

俺にもそうなのかは分からないが、誰からも慕われる人格ながら、どことなく周りに"あまり親しくするな"と牽制を掛けているようにも見える。
…と観察しているがそれが真実だとしても俺は一向に構わない。

そういうわけで、こんな俺等の、お互い暇なら一緒にいるという関係は楽だし居心地が良い。だから俺も深入りしようとはせずにくだらない応酬を続けている。


「はるちゃんはぁ~~
なんでそんなムスッとした顔で四六時中周りの温度を下げてるの?
あともうちっと、あと150倍ぐらい愛想よくしたらモッテモテになると思うんだけどなぁ~~~」

古文のおじいちゃん先生が教室を出ると同時にこっちにやって来ては勝手にベラベラ喋り出す眞生。俺の机にドカッと腰掛けた眞生を下から睨み、巻き添えをくらった俺のノートを尻から引っこ抜く。

「何がもうちっとだ。
俺はな、したくて冷房機能を付けてる訳じゃない。
愛想振りまくのに気力要るんだ。
人間いつでも楽に生きたいだろ?ただでさえ授業やらテストやら行事やらで肩身狭い思いしてんだ。
だから俺は、せめてプライベート時間では思うままに生きる。
ずっと愛想振り回してたら精神的に鬱になりそうなんだよ。」
正直に心の内を捲った気恥ずかしさに、意味もなくノートのまだ裏表紙5ページも満たない文字の羅列を眺める。

実は、愛想だなんだの質問はこれで4回目になる。
前までは面倒臭くて軽く流していたが、ここまでしつこいと・・・もしかしたら、いつものようなゴシップ欄に飛び付くような興味本位ではなく。俺という人間を知ろうとした故の質問かもしれないと、らしくないことを考えてしまったのだ。

だから俺も真面目に長い答案をぶつけた。
いつもと違う対応に気付いたのか、眞生がゆっくり机から降りて正面に向き直る。

思わぬ客人

案の定、眞生はその薄紅色の上唇を下から離し、少し大きめな眼はいつもより見開いていて、驚きを隠せないといった表情で。

「・・なんだよ、その反応は。」
それが居たたまれなさを助長させる。

「いや、やっと理由を言ってくれたかと思ったら・・・・・・・・・・物凄く幼稚で不器用な返答だったもので。」

「・・・・・・・・・・。」
「ありきたり過ぎてつまんなーーい!!!!つまんなすビーム!!!」
「・・・・・・っ。」

幼稚、不器用、と頭の中でカタコトに反芻する。おいおいおい!っんだよそれ!

ぷんすかと拗ねたように口を尖らせる眞生を、まさに憤慨とばかりに睨みつける。

人がせっかく相手してあげたらこうだ。
あの、あの眞生に馬鹿にされた・・・
俺はお天道様の下で "私は知能を持った人間です" と公言する資格を失ったのだ。


「はるちん、さっきの答えは聞かなかったことにしといてやるから、な?
だからもっと面白い理由をでっち上げてくれよ!」
「お前は面白ければ何でもいいのか!じゃあ聞くな!!」
不貞腐れた俺の反撃など聞いていない眞生は、片の手の平を机に置き反応を楽しむように顔を覗き込んでくる。

「なんだよ急に……反抗期か?」
「俺が急に怒ったように見えたんならお前はもう救いようがない人外だ。」
「えっ?!えっ!俺、もう人ですらないの??ええーーーっ!」

人じゃないなら何?!ゴミ屑とか言わないよね?ハウスダストはもっと嫌! と大袈裟に狼狽える馬鹿男。

あーうるさい。一々リアクションがオーバー過ぎる。
コイツの元気には際限が無い。いっそのことハウスダストに生まれ変わってみてはどうだろうか。

あまり得意ではない古文の授業で怠さが後を引く。いい加減疲れたとシカトを決め込もうと息を吐いた。そんな時。



「ふふっ」



夏のジリジリとした陽射しの中で、チリンと風情よろしく鳴いた風鈴のように、軽やかな笑い声が頭上に漏れる。
不意を突かれたように俺も眞生も声の主へと首を回した。

「あーーっ!王子じゃーーん!遥十と正反対なパーフェクト愛想王子!」
俺と眞生の間を縫って現れた人物に眞生が逸早く反応して場を譲る。

「ふ、なにそれ、八方美人だって貶してるの?褒めてるの?」
王子と呼ばれた男、仲更(なかさら) (ふみ)は目を優しく細めてくすくすと上品に微笑っていた。
パーフェクト愛想王子は、その名の通り、俺とは全く正反対の人望の厚い男である。中性的な顔立ちで中身も神父のように温厚で情緒深い。らしい。

らしい、というのも、俺は基本的に眞生以外のクラスメイトとの接触が浅く、性格は全て眞生情報である。但し、誰もが目を引く容貌があって、流石の俺も顔と名前は一致していた。

ハニーブラウンのストレートは白いうなじをふんわり覆い、長めの前髪は軽く遊ばせるように横に流している。まるで御伽噺の城から出てきたような、本物の王子。

外見を裏切ることなく、
些細な所作から、物腰が柔らかく人に好かれるタイプだろうとは踏んでいた。

程よい腰回りに引っ掛けるように僅かに下げられているスラックスも、全然下品ではなく、チャラチャラだなんて微塵も感じさせない。

そう観察したまま2人の会話を右から左へ流していた。

行動パターン

「まじで?まさかの王子様、ぼっちなのん?」
「その王子って呼び名止めてくれよ。ああ、だから一緒に食べていい?」
「俺は全然いいけど、そしたら漏れなくこの無愛想ムッツリ遥十も付いてきますが?」

名前が出て、そこで漸く俺の意識が会話に引き戻される。

「おいおい、無愛想は一万歩譲ったとして、ムッツリって何だよ。
あと、悪いけど聞いてなかった。何の話だ?」

すると眞生はやれやれと首をゆったり振る仕草をした。

「あのねぇ、この場にいるんだから会話に参加しなさい!
今ね、王子のいつものダチが委員会で昼いなくて、だから弁当一緒食べようってさ。」

「いきなりごめん、椎名だよね?俺、仲更 史。今日はお邪魔します。」
大したことではないのに本当に申し訳なさそうに眦を下げる仲更。
補欠の相手に俺達を選んだことに小さく驚きつつも、すぐにそれを飲み込んだ。

「ああ、勿論知ってるよ。人気者の史サマだろ?分かった。昼になったら弁当こっちに持って来いよ。」

ついて出た言葉はあまりにも淡々としたものだった。そして思う。やはり初対面とは遣り辛い。了承の意を伝えるのに口調はそれにそぐわない。
別に仲良くしたくないわけじゃない。これは長年染み付いてしまった癖のようなものだ。

「ああ、仲更、気にしないで。ちょっとね、はるちゃんはね、ちょっびっとだけ、重度のコミュ障なんだ。」

すかさず横から槍を入れられる。ちょっとの重度ってなんだよ・・・。
眞生はこういったふざけた表現がお気に入りらしく、しょっちゅう会話に出してくる。


――こうやって俺と眞生の会話に誰かが乱入することは初めてでは無かった。勿論それは眞生の存在あってこそ。だが、毎回毎回どうしても上手く対応しきれず、一言二言で区切りを入れてしまう。
そんな俺を庇う様に眞生が滞りなく相手をする。悪いとは思いつつもずっと頼りっぱなしにしているのが現状といったところだ。

「そうなの?
まあ、あんまり大勢の中にいるのは好きじゃないのかなぁとは思ってたけど。」

と、仲更は特に気にした風でもなく、スイと視線を投げかけた。
そんな動作も様になっていて、視線だけで女子の心を鷲掴みするという噂を思い出す。

「いや、好きとか嫌いとかじゃなくて、ただそういうのが苦手なだけだ。」

本音を言えば、俺には人と群れたいとかいう、思春期にありがちな群集心理が働かないのだ。向き不向き以前に、賑やかな空間に混ざりたいとか、孤独が堪えられないとか、そんなのこと、考えたことが今まであっただろうか。

目の前で言葉を交錯させている2人を見据える。
・・・仲更や眞生は、群れたいと脳が考える前に周りに人が集まる人種だろう。

それは果たして仕合せな事なのだろうか。
眞生は人が集まればすんなりと適材適所な振る舞いをしているが、いつも集まった人同士でワイワイし始めると、ごくごく自然に輪から抜けて俺の処に来る。

・・・やはり中心となる人物は、それを維持するのに結構な気力を費すのだろう。ぶっ壊れた眞生だって四六時中あのひょうきんなノリなわけでは決してない。

あどけない顔で柔軟にフェードアウトし俺の席の脇にしゃがむと、然も休憩室に寄ったかのように気を緩ませ(この場合、表情が消えるわけだが)、一言も発さず俺の筆箱をガサゴソと無遠慮に漁ったり、ノートの拙い文字を無心で眺め出したりする。

そういう時は、なんとなく奴の気色を察して、勝手に触らせておくのだ。
別に奴に気を遣うとかではない。というか、俺に気を遣うという選択肢は随時持ち合わせて居ない。

話し掛けてくれば応える。そうじゃないなら視界にも入れない。放置。
そんな俺の付き合い方が案外コイツとの馬を合わせているのかもしれないな。

違和感の始まり

どうやら史サマはチャイムがなるまでここに留まるようだ。席に戻る気配が無い。眞生のトーク力が絡み付いて離さないんだろう。

「もしかして、永瀬と椎名は中学同じだった?」
「違うよぉ~~。この高校で運命の出会いを果たしたのでぃす。」
「人生に翳りが差したの間違いだろ。」
「はるくん辛辣~~でもそんなツンツンもいいよぉ」
はるちゃん、はるちん、はるくん。どれかに統一したらどうなんだ。いや、遥十が一番いいに決まっているが。

唐突に自分が話題に上がったので意識を戻したのだが、にへにへする阿呆にスルーを決め込み、仲更に視線を戻す。

「まだ入学して1ヶ月だよね?それにしては随分二人とも馴染んでるからさ。」
「ノンノンノン!これは俺の努力の賜物だよ!!
最初は俺にも全然心開かなくてさぁ。2週間くらい毎日話し掛けてたら漸く会話が成立した感じだよぉ。」

いや、辛うじて会話は成り立っていただろ。コイツのいう会話ってのはコントのようなテンポある下らないやり取りのことだろう。アイツの仰々しい物言いを鵜呑みにしているのか、無垢な瞳は光を失わない。

「すごいなぁ、永瀬は。」
ぽつんと露玉のように音が床に落ちる。

どくり。その間の伸びた一言に反応し、血液が逆流するように脈打つ。

・・・何だ?今のは。
手先が急に冷たくなるような、おぼつかない感覚。

仲更はただ実直に、協調性もコミュニケーション力も皆無な俺をどうにか解そうと、引っ付きまわった眞生のしぶとさを褒めたんだ。
でも、どうしてだろう・・・それだけで片付けるには少しムラがあるような・・・考え過ぎか。

別に、眞生以外に友人といえる人間が居ないことを揶揄ってる訳ではないだろう。彼はそういう人ではない。だからこその、この人気ぶりなのだから。

「なんかさぁ、なかなか懐かない猫相手だと逆に燃えて、懐かせよう!って躍起になる感じ?

まぁ、遥十の場合はブルドッグだけどね。」

「…ブルドッグ…?」

「なるほどね…。
 ……ククッ……ブルドッグ……言い当て妙ってこのことかな?…ふふふっ……」

「おい、仲更…眞生の馬鹿さに毒されてるぞ……つか、笑うな。」

「ごめんごめん。

いや、いつもムスッてしてるからさ…ちょっと似てるかもって…ふはっ……あ、いや、ごめん。」

わざと煽る眞生ならともかく、仲更に悪気も無く笑われてしまうと、どう応えればいいのか分からない。取り敢えず、別にいいけど、と返しておいた。

眞生に怒る流れが途絶えてしまった。
さっきの違和感もすぐに消し炭となった。

昼食時間

春のむんとした暖気が廊下から教室へ流れ込んでくる昼下がり。

掴みにくいプチトマトを意味も無くツンツンつっつきながら
色んな意味で目立つ2人の会話を聞き流し…いや、聞いていた。


昨日の"勝ち取れコント王!"見たーー?  あー…後半だけ見たよ。

その髪さ、ワックス?ムース?  ワックスだよ。  
市販の?  もちろん。市販以外にあるの?  
いやー…、王子だから選りすぐりのを取り寄せてたりしてんのかなー?って。  ふふ、何それ面白い発想だね。


なんというか、大御所が二人も楽屋にやって来たみたいな一コマだ。
たまに感じる視線は、珍しい二人組みに対する興味の表れだろう。
いつも囲まれている仲更と、グループをフラフラと渡り歩く永瀬の接点は必然的に少なくなる。そんな背景が無くとも、クラスの人気者が2人集まっているのだから十分な理由になっているはずだ。

そんな見世物に肩身の狭い俺はどうしてるかというと・・・まあ平常といえば平常だ。

・・・自分から会話に参加することはほとんど無い。
口を挟むと空気が乱れるとか卑屈になるわけではないが、俺のとっつきにくい印象はクラスに浸透しているようだし、自覚もあるので、基本眞生から話を振られない限り黙っている。介入者もそれに甘んじて俺を然も空気として扱っている。

それはとても有り難い話だ。


・・しかしこの愛想王子は違った。
話題をひとつひとつ消化する手前で、俺に自然と話を振る。

椎名は?見た?  コント王は意外だったね~。  
椎名の髪は無駄にツヤツヤしてるね。椎名の髪ならムースが合いそう。

無理に会話に引き入れようとする余所余所しさは微塵も感じられない。そんな滑らかさに俺も気負いすることなく返すことができた。口調は淡々としたものだったが。

これが、王子が王子たる所以なのだろう。
皆を巻き込んで和を造る。俺には何があっても絶対に出来ない事だ。
純粋に凄いと思う。
羨望とまではいかないが、尊敬する。

普段なら第三者の介入はあんまり居心地の好いものではない。そう。普段なら、だ。

ポンポンと途切れることのない会話に時々参加。
眞生のボケを大概は無言で流すが、むくれてくると仲更も処理しきれなくなるので俺が冷淡に切り返す。それに驚きつつも笑うことを忘れない王子。俺の罵倒をおちょくるように真似する眞生。

眞生と二人だけの時と比べたら発言は少ないものだったが、箸の動きは止まっている時間が長かったように思う。

ゆっくりと弁当を平らげ、蓋をそっと閉める。

「あっ、ひどい!俺の唐揚げだったのに食べちゃったの?!」
「いつから俺の唐揚げがお前のもんになったんだよ」
カタンと小さな音も聞き逃さなかった眞生は、現場を取り押さえたような顔つきで俺を責める。

「じゃあ永瀬の唐揚げは俺のものね。」
「なにおうっ!じゃあ仲更の唐揚げは遥十のものだっ!」
「・・・しょーもねー・・・」
まるで小学生の言い合いだ。呆れた声で頬杖を着くと、楽しそうに戯れる仲更が俺を見てもっと目を細めた。


唐揚げは衣が湿っていて食感はイマイチだったけど。

今日のプチトマトは昨日よりも甘かった。

デジャヴ

「遥十のヒジョーに貴重なお友達第2号誕生かな?」
「あ?」

仲更も弁当を食べ終え、歯磨きを取ってくると席を立った後に
すかさず眞生が言い詰めてきた。

「いや、王子のコミュ力に当てられて、遥十のパーソナル壁がいくらか薄くなったかなぁと感じたわけですよ。」
「あのなぁ、英語か日本語かどっちかにしろ。壁はウォールだよ、ウォール。」
眞生は嫌いな人参を最後まで残し、やっと食べる気になったのか器用に箸で摘む。

「いや、今はそういうのはいいの!俺は、遥十が俺離れできる日が近づくんじゃないかと思って、感極まってんの!」
「じゃああちこちボケかますなよ。もうこれから回収しねーぞ。
つか、何?"俺離れ"って。日本語話せよ。」
苦々しい顔をしながら人参を咀嚼し、一気に麦茶で流し込んでプハッと吹き出す。

「んなっ!まごうことなき日本語じゃん!・・・ダメだこりゃ。俺がまた再教育しないと。」
「・・・じゃあ言い換える。脳味噌取り替えろ。あー、替えなくていい。取り出したままで。」

「・・・それってさ、もしかしなくても俺に死ねと言っているの?!まぁ!親に向かってなんてひどいことをッ・・・」


「ふふっ」

空気を一杯に含んだ綿菓子のような笑い声。

いつの間にか仲更は戻って来ていた。
右手に歯ブラシセットを持って。
本日2回目のデジャビュだと、このときばかりは俺と眞生は意見を合わせた。



――――――――――――――――――

それから程なくして1週間が経った。変わらず俺は眞生と二人でいる。仲更とはあれきり会話という会話はしていない。朝、挨拶を交わすようになった程度だ。

眞生が昼食時間に言っていたお友達2号だなんだという話を邪険にはできなかった俺は、親しくなる人間が増えることに淡い期待を抱いていたのかもしれない。・・・仲更のカリスマ性に触れたからではない。口が悪く顔の変化が少ない俺に臆するなく接してくれる人間は本当に稀だからだ。

中学時代も同様に、周りの目を気にしないような奔放なタイプが寄ってきては、そのままなんとなく時間を共にしていた。そうしてダチと呼べる存在は2人になった。こんな俺とずっとつるんでくれた双方には感謝している。

もしかしたら彼も…と、仲更という一人のクラスメイトに意識を向けていたわけなのだが、友達という存在にこだわる道理が見つからず3日もすればどうでも良くなってしまった。

机上に片肘着いてなんとなしに視線を彷徨わせ、休み時間に幾度と繰り返される光景に焦点を合わせる。教室の前方にできている見慣れた塊。それに埋もれるようにして席に座っているのは誰か、見えなくてもわかる。

考えてみれば、友達に不足しないどころか余り余ってる奴が俺に絡む必要性なんてこれっぽちも介在していないことなど判りきっていたというのに。

ゴシップ浮上

そのままボンヤリと眺めていると、その塊の一部を成していた眞生と目が合った。瞬間、にやりと口角を卑しく上げタタタッと効果音が聞こえそうな勢いで俺の元に来た。あぁこれは情報という名の獲物を狩り取ったカオだ。

「生きの良い情報げぇぇぇぇぇぇっつ!」
「良かったな。」

内容は催促しない。しなくても勝手に喋り出すからだ。・・・何か秘密事ができてもコイツにだけは言わないと心に誓っている。

「仲更、一昨日また告られてたらしいぜーー?昨日の時点で収穫出来てないなんて・・・!俺としたことが!!」
「お前に伝われば校内中に広まるからな。そろそろ周りも学んできたんじゃねぇの。」

ひでぇな!とケラケラ笑い、また一つ情報を落としてくる。

「んでもって、相手がさー、2組の子らしいぜ?棟が違うし、体育も合同じゃないし、いつ接触したんだろうな?王子も覚えがないって言うしよぉー。これだからモテルやつは・・・」

俺達は8組あるうちの6組だ。1~4組はA棟、5~8組はB棟と分かれ、講堂を挟むようにして向かい合って立地しているため互いの棟に足を踏み入れることはほとんど無い。それでも噂は風の如く運ばれてくるのだ。

「名前聞いても知らない子だったからよぉ~、まぁ、さすがにA棟は把握し切れないしさ。容姿だけでも聞いとこうと思ったら、"黒髪で大人しめな子"とか、すげー曖昧に説明されて全然見当つかねぇっての。

つか、告白されてるたんびに相手の情報聞いたら同じような言葉返すんだぜ?あれは多分、説明しづらいってよりかは記憶に残ってない感じだなぁ~~。まじ有り得ねぇ。普通、愛の告白受けたら多少なりとも印象に残るもんだよなぁ?」

「・・・・・。」

眞生のマシンガントークに引きつつも、ちゃんと内容は頭に入れていた。周知の通り俺に想いを抱くやつなんか居るわけがないが、もし仮に告白されたら少しばかりは相手を意識してしまうものではないのだろうか。きっと中学時代から呼び出しなんて当たり前で、そこら辺の感覚が鈍ってるのかもしれないな。

「俺がこんなん言い出したのはさぁ~、入学して1週間経った頃かな?仲更への告白現場を目撃したヤツが、女子の顔は見えなかったって噂よこしたの覚えてるか?

すぐに本人に誰だったんだって問い詰めたんだけど…あんときも仲更の反応変だったんだよ。同じく曖昧な感じで教えられてさ。
…んで数日後に情報来たと思ったら、まさかの指倉だったっていうオチ!

いくらなんでも同じクラスで清楚美人の指倉を知らなかったなんてオカシイよな。絶対、神経が。」

「・・・・いやそれは同じクラスだから言葉濁したんだろ。お前も無闇に聞き出して困らせんなよ。」

真っ当な考えに及ばないくらい眞生は平静を失っているようだ。ショートヘアだが女性らしさに欠くことはない指倉は男子からの人気が高い。らしい。俺自身はつい最近どれが指倉か偶然知ったのだが、眞生に飽きられるので当時は平然と知った振りをしていた。

「違うんだよ!言いにくいって感じじゃなかったんだ、マジで。一瞬思い出すような素振りを見せたんだ。しかも中3の時も同じクラスで・・・有り得ないよな?」

「中3・・・?中学も一緒だったのか?やっぱそれはお前の思い過ごしだろ。卒業前も同じクラスだったのに忘れるはずがねぇ。」

「ふーーーん?遥十だったら忘れるどころか認識すらしてなさそうなくせによく言うよ。お前、指倉の顔分かるか?」

「・・・・クラスの顔は覚えたよ。お前がひっきりなしに話題にするからな。」

内心ギクリとした。最近まで知らなかったこと、見抜かれていたのかもしれない…。変なとこで勘が冴えるんだコイツは。

俺の言葉を信じていないのか、検問に通すかのように黒目で捕えられる。情報収集に必死なためか、眞生の洞察力は侮れない。
もしかするとさっきの仲更のことも当たっているのか・・・?

お前はどうなんだ

「ま、指倉は見た目では注目浴びるけど大人しいし、キャラ的に存在感あるかっつったらナイしな~~。まだ納得いかないけど。それより遥十はぁ?」

・・・は?

「俺が、何?」

眞生のトークの移り変わりはいつも読めないし脈絡が無さ過ぎる。おかげで瞬き反射という反応が出遅れた。

「王子みたく実はこっそり告られてました~とか有りそう。有っても誰にも言わなさそうだしな!!特に俺に!!」
「ねぇよ、んなモン。分かんだろ?」

後半は的を得ていたが、バッサリ切り捨てる。

「やっぱりぃ~~?その性格じゃ付き合うのは無理って皆分かっちゃうのかなあ?こないだ女子が"顔だけは良いよね"って言ってたしぃぃ。」
「なんだお前、喧嘩売ってんのか?」

なんでこんなヤツと一緒に居るんだろ、俺。体をくねくねさせて浴びせるセリフは失礼極まりないが、発言内容はさして気にならない。ムカつくのは俺を虫けらにする舐めきった態度だ。

だが、ここでいつも言いたい放題な眞生に釘を刺しておきたい。何かやり返す方法はないか?
いつもの罵倒を重ねたり無視するのもコイツには効かない。むしろ喜ぶ。ああキモイ。

「なぁ。」

じゃあ、普段相手を気にかけない俺がそんな素振りを見せたら…?

「そういうお前はどうなんだよ。人のことばっかベラベラ喋りやがって。お前にも浮ついた話1つや2つ位ねーのかよ?」

「へっ?」

ほんの一時。
へらへらした面がドラマで一時停止した画面の中のキャストのそれと重なった。

でもそれはすぐに再開され動きを取り戻す。表情は一変したものだったが。
「どどど、どーーしたんだよ遥十!!外界を遮断してるお前が・・・。俺に興味を持つなんてッッ!」
「・・・・」

テンパりまくって俺の机に身を乗り出した眞生。白いカッターシャツがよれている。これは作戦成功と言っていいのだろうか?虚を突いたはいいが、結局この男を喜ばせる結果になりそうな予感がする。もっと追い詰めないと。

「そうそう。この俺が、お前の話を聞いてやるって言ってんだよ。ホラ、包み隠さず言え。」
「・・・まじか・・・。明日は校庭にバスケットボールが飛んでくるかもな・・・」
「んだよそのちゃっちぃ例えは。そこは隕石じゃねーの?」

しかもご丁寧にくだらない呟きにツッコミを入れてやったりする。

「有り得ない・・・優しいツッコミなんて・・・」
2連撃でかなりダメージ(?)を喰らったようだ。俯いて頭を抱え出している。これは面白いぞ。
・・・いや、待てよ?なんか話が逸れてるような・・・

「遥十、熱でも出たんじゃねぇの?!ナァ、そうだよな?俺、スポドリ買ってくるから待ってろ!」
「眞生!」
「何だよ?!1分1秒を争うんだ!引き止めないでくれ!」

「お前・・・。何逃げようとしてんだよ・・・?」

まだコントを続けようとする卑怯な腕をしっかり掴む。

「何言ってんだ!
俺は自販機・・・に・・・」
俺の凍てつく眼光を受け止めると咄嗟に口を噤む眞生。

「・・・」
「・・・」


「・・・ハァ。」

止まった空間に呼気を吐き出したのは俺。

もういい。このくらいにしてやるか。
なんだよもう。眞生特有のふやけた雰囲気が消えていてこっちが調子を狂わされるじゃねーか。仕返しは出来たようだし俺も満足だ。

「スポドリじゃなくて野菜ジュース買って来い。塩分よりビタミン不足なんだよ。」

そう言って腕を解放する。「おう!このパシリ隊長、眞生様に任せろ!」と安堵の表情を浮かべて教室を出た眞生の後姿をボンヤリと目で追う。

なるほどな・・・自分のことは言いたくない。短絡的だがそういうことなんだろう。人のことは散々言い散らかしといて。
まぁ、からかいたかっただけだし他人の恋愛云々は自分の管轄外だからいいんだが。
でも・・・、何もあんなあからさまにはぐらかさなくても・・・
他のやつに聞かれたらどうしてるんだ?あの墓穴の掘り方じゃあなあ・・・。

ふと、俺が折れる前の眞生の顔を思い出す。一瞬だけ表層に現れた緊張の糸。少し堅くなった頬。恋愛話を曝け出すのにそこまで思い詰めるもんなのか?

思案に耽る入り口でチャイムが鳴り、野菜ジュースを片手にドアから俊敏に滑り込む友人を小さく笑ったところで考えるのを放棄した。

忘れた時にやってくる

「遥十ぉ~。今日の弁当の中身、唐揚げでしょ?でしょでしょ?俺のミートボールと交換しよぉ~」

ユサユサと臙脂色の風呂敷に包まれた弁当を揺らしながら俺の席に近づく眞生。

「あー…入ってるかわかんねえ。つかごめん、言うの忘れてたんだけど今日当番だった。先終わらすから勝手に食べといて。」

「当番って…保健の?え~!!マジ?寂しい~~~。
・・・あーっ、柿谷!今日そっち混ぜて!」

一つ飛ばした左隣に4人で固まってるやんちゃグループを視界に入れると眞生がすかさず声を掛ける。
バスケ部所属で180は裕に越えてる柿谷は人当たり良く「おう、来いよ」と招き入れる。
無事仲間に取り入ったのを確認すると、今日は天気もいいし中庭で食べるかな、と考えて弁当を手にして席を立つ。

「椎名、保健委員なの?」
「!」
にゅっと背後からハニーブラウンが揺蕩って前方へ回る。いきなりのことに驚いて声が出ない。

「な、仲更・・・」
「びっくりした?ごめんごめん。当番って、保健室であるの?」

まだ目を見張っている俺を他所に仲更は質問を重ねる。

「あ、ああ。」

短く答えると、そっかーと言って目線を下げる。スッと刻まれた二重の線が和らぎ、また深く線を残したと思ったらバチリと視線が交わる。

「昼休みにあるなんて大変だね。弁当…もしかしてあっちで食べるの?」
「いや、それはダメだから、中庭で食べるつもりだけど。」

なんでそんなことを聞いてくるんだろうと不思議に思いつつも律儀に答える。飲食禁止の保健室での食事を咎めに来たのか?いちいちそんなことに突っ掛かる優等生タイプには見えないが。

「中庭かぁ~!確かにあんまり人居なさそうだしね。俺も一緒にいい?仕事してる間は静かに待ってるからさ。」
「え」

フリーズ。とはこのことだ。想定外な誘いに喉が詰まる。
俺とまたご飯を?しかも今度は眞生抜きで?
わざわざ時間が削れる方法を取って、この男は何がしたいんだ。中庭で食べたことが無いのだろうか。

答えを待たずにして「弁当取ってくるから先行ってていいよ~」と暢気に声を上げて離れていく。意外と強引に人を巻き込む性格なんだな。自然と口元が緩む。別に邪険に扱う理由が無いし、また関われたことが嬉しい。俺個人に話し掛けてくるヤツなんてこの先現れないと思っていたから。



いつのまにか手を離して机におざなりに置かれた包みを再度握り締めて、錆びれたドアをくぐった。

お悩み相談

「何か手伝うことある?」

今俺達は保健室にいる。昼の当番のメインは、午前中までに保健室で手当てをした者・休んだ者・早退した者の確認を取ることである。利用者は保健室利用カードに必要なことを書き込んで、室内に入ってすぐ脇の壁に刺し留められているBOXに入れる。委員はそのカードを取り出して一冊の集計本に書き写すだけ。
まぁそれだけってわけじゃないんだが。

「じゃあ仲更、その机の上に備品リストあんだろ?それ全部棚の中にあるはずだから、無くなりそうだったり切れてるやつがあったら教えてくれ。」
「了解!」

快く受けてくれた仲更から目を離し、2枚あったカードに目を通す。貧血と腹痛か・・・。貧血とかなったことねぇな。とか考えてる内にも俺の方が作業は早く終わった。

「終わりそうか?」
仲更のすぐ傍まで寄る。
「あと一個・・・えーっと脱脂綿・・・」
キョロキョロさせる仲更を横目に右下の棚の戸を開ける。
「脱脂綿はここだ。…まだ有りそうだな。よし、終わり。サンキュ、仲更」

真顔で礼を言う俺にどういたしましてと丁寧に返す仲更。
この間の昼食からちゃんと話すのは初めてなのに、ここまでスムーズに会話が出来るとは自分でも驚きだ。事務的な内容こそすれ、気さくな仲更じゃなかったら信じられない展開である。
「ささ、中庭行こう!」
ひょいと弁当を取った仲更に続いて歩き出す。

横に並んでいると仲更が俺より少し背が高いことに気付いた。仲更とよく一緒に居る香川ってやつはそれより高かったよなあ。その錯覚からか標準の俺と同じくらいかと思っていたが実際は違ったので少し落胆した。

「あ、そういや、香川。」
「ん?」
「香川っつーやつといつも一緒にいるだろ?アイツはいいのか?」

俺が言えた義理ではないが、香川もあまり友好的な性格ではない。これも眞生情報だが。長身で濃いグレーに縁取られた眼鏡をかけており成績優秀。まさに委員長キャラっぽいらしいのだが、ひっそりと図書委員を務めてるそうで。友好的じゃないなら委員長は無理だしな。

だから仲更と香川はバランスが取れてるんだとか。俺達と一緒だねぇ~と眞生はふざけていたが案外その通りだと思った。

「香川は元々一人で居たいタイプなんだ。だから大丈夫。」
なるほど納得。

棟から出てすぐ中庭に着く。深緑を艶やかに垂れ下げている樹木や、夏に向けて陽射しを積極的に浴びようとしている花々。それらに囲まれ、日陰を考慮して配置されている山吹色のベンチに腰掛ける。

最初の頃は冒険心で外へ出る生徒も多かったが、今は俺達しか居ない。わざわざ教室から出るのが面倒に思い始めるのか。そう考えながら辺りを見渡していると再び仲更が口を開いた。

「お互い独り者同士で集まっただけだしね。椎名や永瀬みたいに決まった相手、ってのが居ないんだ。」
俺の瞼をなぞるように丸い黒玉がゆっくり追う。

「え・・・?ひとり・・?お前らダチじゃねぇの?」
仲更にしては随分と突き放した言い方で、うららかな陽気にはとても似合わない。…というか独り者ってなんだよ。お前の周りはいつも賑やかじゃねぇか。謙遜か?

「友達、っていうのはどういう対象に名付けるもの?椎名から見ると俺と香川は友達?」
「は?・・・いつも一緒に居たり、楽しく過ごせりゃ友達なんじゃねぇの。」
うわ俺さっぶ!何言わせてんだよこの天然王子。いきなり友達理論?

「よく俺の机に集まるクラスメイトも友達?」
「そこは・・・わかんねぇ。境界なんて自分で引くモンだし俺が判断できることじゃない。」
なんだコイツ、悩みでもあるのか?中2病特有のアレか?・・・こんなこと言ったらクラス皆に批難されそうだ。てかこんなこと俺にペラペラ喋っていいのかよ?悩み相談する相手間違ってる。明らかな人選ミス。ハイ誰かバトンタッチ。

何やら考え込み出した様子の仲更。うわ、ちょっと面倒臭いぞこの王子様。コイツの悩みなんて、言い寄ってくる女子のどれを彼女にしようかな~くらいだと思ってた。

「俺の場合は・・・寄ってくるやつが眞生しかいねぇから、自然とダチ…になるのは眞生だけど、仲更はそうじゃねぇだろ?だったら無理にダチは誰とか考えずにテキトーに過ごせば良いんじゃね?」
うわ、もしこれを眞生に聞かれたら俺は死ねる、確実に。"お前は友達"なんてセリフ、許されるのは小学生までだ。それにしても、気の利いたことが全然言えてない。というか思いつかない。

そう言うと、ゆっくり顔を上げ俺を見据えてはまた黙り込む。・・・空気がヘビー過ぎる。いや、仲更の周りの空気だけだけど。

「こうやってさ・・・」
「んぁ?」

この後、衝撃的な言葉が銃口からぶっ放されて俺を一貫するなんて誰が予言できようか。

俺等トモダチ

「こうやってさ、悩みを打ち明けてるってことは、椎名は俺の友達、ってこと?」

NO-------!

コイツ何言っちゃってんの?!俺のキャラまで崩壊しかねないんですけど?!
その期待を込めた眼差しヤメテ。
流石に鳥肌とまではいかないが、むず痒い。なんだこれクサイ、嗅覚的な意味ではなくてクサイ。
いや、1週間前は仲更とは仲良くなれそう…とかなんとかナヨナヨ考えてたけど、こんな流れでダチになるのはご所望でない。

「あ・・・あのな、仲更、いいか。」
「うん。」
「今までの会話は絶対誰にも言うなよ?」
「話したのは椎名が初めてだけど。どうして?」
「っ・・・どうしたもこうしたもないんだ。言うな。お前のイメージが崩れる。」

この時俺が言いたかったのは、友達ってナンダロウ?と真剣に悩んでいる天然っぷりは今までの仲更像とはかけ離れていて、聞いた者をビックリさせるだけだからやめておけ、ってことだった。他人に深く言及しない俺でも言わずには居られないほど衝撃的だったから。

だのに俺のこの言葉が仲更を刺激してしまったらしい。

俺が察するより先に白が黒に暗転。
穏やかだったはずの気流が乱れる。

「イメージ・・・俺は周りから友達豊富な人間に見えてる、ってことかな?」
堰を切ったように零れた、酷く温度を失った声。
なのにじっとりと張り付くように鼓膜を撫ぜて離れないそれは、紛れも無く品の良い口元から出たもの。

同時に彼は自嘲的な笑みを漏らし、それを惜しげも無く晒していた。

え、何??何が起きた?コイツ、仲更だよな?

それからは矢を射る速さで片隅の記憶に結びついた。この既視感。永瀬を褒めていた時に感じた違和感だ。何故そこに行き着いたのかは自分でも分からない。

俺は仲更の琴線に触れてしまったのだろうか。
両腕を捕えられたような後ろめたさに何も言えず硬直したままの俺。

「あはは、そんなに怯えないでよ。大丈夫、俺は本当はどういった人間で、周りはどういう風に捉えていて、そこにどんな食い違いがあるのか理解しているつもりだし、それをまざまざ壊すようなことはしないよ。」

声のトーンこそ戻ってはいるが、意味深に細められた眼の奥の濁りと片側だけ上げられた口角にそぐわなくて、それが更に不快感を際立たせる。

「ハッ・・・お前、キャラ変わりすぎ、ビビるっつの。二重人格?
お前の本性とかどれが良いとか悪いとかどーでも良いけどよ、隠してたんなら完璧にしろよな。
ここまで俺に着いて来てぱっくり話してさ、結局何がしてぇの?」

頭の中はまだ混乱したままだが、何とか言いたいことは搾り出した。
目の前の王子、いや、漆黒の王子は僅かに瞠目したかと思えばすぐさま満足げに微笑み、ズイッと俺らの間を埋める。

「噂通りやっぱり口が悪いね。…でも、裏を返せば正直ってことかな。
椎名にはね、ちょっと前から興味があったんだ。ここまで着いてきたのは単なる出来心ってやつかな?

まぁ、それは置いといて・・・。何がしたいかだよね?
そうだなぁ、俺は椎名と友達になりたい。」

今度は俺が驚く番だった。さっきも驚きの連続だったから、ここは驚きのターンが戻ってきたというべきか。
「なんだ、化けの皮剥がして晒す相手作って、日頃の鬱憤晴らしまショウってやつか?」
「ふふっ、やっぱ面白いね」
「ああ?」
「確かに猫を被ってる面もあるけどさ、それは俺がしたくてしてることだから。そうじゃなくて、椎名なら、クラスメイトっていう真っ平らな土俵からさ、もう一段越えてくれるんじゃないかって、ピンときたんだ。」
「??? お前も眞生みたいだな。日本語話せよ意味分かんねえよ。」
解説を求めるが、仲更は笑みを深める一方で応じようとしない。

「それはもうちょっとしたら話すよ、もっと仲良しになれたら、ね?」
「うわっ、気持ち悪ぃ!眞生とはまた違った気持ち悪さだよ、勘弁してくれ。」
「まずはお弁当のおかず交換かな?」
「勝手に進めるな!あ、やべ、時間ねぇじゃん!さっさと食うぞ!」

確かにさっきの仲更は不気味で掴みどころがなかったが、まあ、好奇心が勝ったってことだ。多分俺は、いや仲更本人以外はコイツの本当の姿を知らない。
ズカズカ俺のテリトリーに入ってくる奴は嫌いじゃない。むしろ正面突き破って来てくれるなら、それを受け止めるだけだし楽でいい。

こうして俺達は行き当たりばったりな感じで、おトモダチとなったのだった。

変化

「なあ、椎名君。」

中庭ランチした後の放課後、帰宅部の俺は当然のようにせっせと帰り支度をする。眞生も帰宅部なのに今日はまだ帰る気配を見せずに俺の前で仁王立ちをしている。それは多分、俺に話があるからだろう。用件は大体予想がつく。何かしこまって苗字呼びなんだよ、気持ち悪い。

「何」
今日化学の課題出てたっけ?いや、出た記憶は無い、置き勉しよう。そう考えて"化学の世界"と明朝体で書かれた新しい教科書を机の中に押し戻す。

「お母さんに何の報告も無いの?!」
「はっ?」
いきなり大声を出す眞生に素っ頓狂な声を上げる。

「俺以外に友達できたなんて一大事を母さんに黙ってるなんて・・・っ!」
「いつ母さんになったんだよ」
「貴方を生んだ時から母さんは母さんなのよ!」
「いや、根本から違えよ・・・」

怒った口調なのにニヤニヤ顔を隠しきれていない。

中庭から帰る道すがらも飄々とした態度で俺に話しかけ続けていた仲更。それをうっとおしげに交わしながらも横に並んで教室へと戻った俺。
教室に入った途端ポカンとした眞生と目が合ったが、すぐに顔を綻ばせていたので今日中に話を吹っかけてくるだろうなとは思っていたが。

その後すぐ迎えた掃除の時間では掃除場所が違うし、5限後の休み時間は仲更が自分の周りに人だかりが出来る前に俺の席に来たので、眞生と二人で話す機会はずるずると放課後まで引き延ばされ今に至る。

「遥十から話しかけたとは考えられないし、仲更が歩み寄ったのかぁ。いつも集まる奴らを相手にしてて、受身って感じだったからなあ・・・結構意外だった。」
「・・・ああ。」

意外どころじゃねぇんだよ皆知らないだろうけどアイツはどっかネジが外れてていい子ちゃんの振りをしてるただの二重人格者なんだよ!とは言えずに心の中で行き場も無く泥を投げつける。

「遥十がただの仏頂面じゃなくて、実はなかなか面白い奴だって気付いたんだな!」
「なんで上から目線なんだよムカつく」
「そうそう言葉は些か横暴だけど、鋭いツッコミだと思えば面白いよね」
「「!?」」

またしても俺達の会話に乱入してきたのは、
ふふふと表の顔で優雅に笑う、神出鬼没の仲更だった。

「えっ、王子、さっき出て行かなかったー?戻ってきたのん??」

俺は確認していなかったが、眞生の言い分によると、仲更は部活に出るため鞄を持ってさっさと教室から出たみたいだ。

「うん。退部届け出しに行ってそのまま帰ろうかなと思ったんだけど、2人がまだ残ってるの見つけてさ。」

「えっ!」
「退部?」

サラッとなんでも無い風に問題発言をする仲更に目を見張る俺等。
だが俺より眞生の方が反応は大きかった。

そもそも俺は仲更が何の部活に所属しているか知らないし(眞生が以前教えてくれたような気もするが)、新入生の肩書きが外れていない時期であるが故に、部活に入って想像と違ったなどといった理由で早々辞退する連中も少なくないからだ。まあこれも眞生情報で、だからその眞生が必要以上に驚いていることが不思議でもある。

「うん、顧問とは一悶着あったけどね。辞めたよ。」
「え・・・でも中学ん時からやってたんだろ?大会でも活躍してたって聞いたし・・・」
なるほど、部活で重宝される人材だったというわけか。

「そんなことないよ。進学校だし学業に重きを、って思い直したんだ。」

そう言って爽やかに微笑んで目を細めるが、いかんせん俺には笑顔が胡散臭く見えて適わない。
それが本音なのかどうかは定かでは無いが、一瞬だけ黒目が此方へ動いた時、フ、と笑みの種類が変わった気がしたのだ。含みのある、意思を強めたような眼差し。彼の意図を探ろうとしたが、彼がまた口を開いたことで遮られた。

「ま、そういうことだからさ。丁度いいし、途中まで一緒に帰らない?」
「勿論そのつもりだったぜい~~~!遥十と仲更のトモダチ記念日だもんなっ!」
「は・・・ハァ?!何こっぱずかしいこと言ってんだよ。」
「全然恥ずかしいことじゃないよ、祝うべきことだよ。」

眞生へのノリ方を学んだのか、適応力の高い王子が追い討ちをかける。

「つかさ・・・仲更、何の部活に入ってたんだ?」
「ああ、弓道だよ。」
「遥十、こないだ俺教えたよね?」
「弓道か・・・似合うな。」
「どういたしまして。」
「はるちゃん!無視しないで!」
「仲更、眞生を引き取ってくれるんなら仲良くしてやらんでもないぞ。」
「ふふ、素直じゃないなぁ」
「うるせえ」
「仲更も何気に無視してるよね?!ちょっとひどいよ2人ともー!」

色々と容赦ない仲更に今更かしこまる意味もない。
なんとなく俺は、根拠も無くコイツらと過ごす時間が増えていくんじゃないかと想像できた。
すっかりほだされ、気を許して、これから少しずつ変わって往きそうな日常に、沈み込む柔らかく眩い陽だまりを溶かし込んでいった。

帰り道

と綺麗に締めくくられる・・・はずだった。

実は俺と仲更の家は近いことが判明し、いじり倒され不貞腐れた眞生とは二つに別れた。

「さっきの退部のことだけど。」
「んあ?なんだ?」

ハニーブラウンが河岸の向こうから覗く夕陽に照らされて、ヒラヒラと風に乗った金糸に変わる。歩く振動で光との折り合いにより濃淡を付け、赤みがかったり黄身がかったり忙しない。

「学業のためとか嘘だから。」
「・・・へぇ」
「反応薄いなぁ」
「別に・・・」
あの笑顔が嘘くさくて裏がありそうと思ったことは言わないでおく。

「気にならない?俺、弓道は結構強い方だよ。」
「さっき謙遜してたくせに。」
「そりゃあ、するでしょ。」
「・・・」
さっきからなんなんだコイツ、にやにやしやがって。中性美人には似つかわしくない。


「椎名と一緒に帰るためだよ。」

自然と2人の歩みが止まる。しかし動きを止めたことも自分で分かっていないまま、ただただ静かに仲更を見返した。

帰る?帰宅部の俺と放課後一緒に帰るため?そんな小さい理由で?あり得ない。
にやにやしていたのは俺をおちょくって楽しんでたんだ。

「はいはい、そんなに俺と帰りたかったんだな。帰宅部へようこそ。」
「あ、信じてないね?」
「信じるも何もねーだろーが。」
「本当だよ?椎名と仲良くなるために必死なんだから。」
「そりゃどーも」
「信じてよー」

これじゃあイタチごっこだ。収拾がつかない。俺個人のために部活捨てるとか馬鹿げてる。もっとマシな嘘つけよ。

「信じたくないならそれでいいけどさぁ。取り敢えずこれからは一緒に帰ろうね?」
「週一でな。」
「何言ってるの、部活辞めた意味無いでしょう、毎日だよ毎日。」
「まだ言うか。」
「だってホントのことだから。」

このやり取りを是非ともクラス、いや、学校の皆さんに聞かせてやりたい。

王子の称号を手にし多くの人に囲まれ慕われているこの男の本当の姿は、打算的で、冷静に自身を晦まし、かと思えば無邪気に人を振り回すマイペース男なのである。

「お前は、友達が欲しいんだろ?上っ面でなく表面出して接するような相手が。」
「うん」
「他のヤツじゃ駄目なのか?なんでよりにもよって俺なんだ。」
「うーーん…特に理由は無いんだけど。なに、俺と一緒に居るのが嫌?」
「そういうわけじゃねぇよ。
…よく一緒にいるやつ、香川とか適任だと思うけどな。」
「…香川も…その他大勢と一緒だよ。確かに2人でいる時間は多いかもしれないけど…俺には皆同じなんだ。」
「…クラスメイトの1人っていう認識?」
「そう。」

昼の時もだけど、あんまりな表現だなと思った。香川のことは何にも知らないし俺が口出しできることではないけれど、一緒にいれば自然と情が湧いてくるものじゃないんだろうか。

そう強く出たくなったが、短い返事を吐き出した仲更の目が翳っていて、いつも真っ直ぐ射る視線が弱っているのが見えて、それ以上俺は何も言えなかった。

…だけど。だからこそ。
「俺は、その他大勢ではないってことか?」

自分でも恥ずかしいことを聞いているのは百も承知だ。自意識過剰な質問でしかないが、仲更はいつも一緒にいる香川ではなく、取り巻いてるクラスメイトではなく、2日しか話したことがない俺に友達になりたいだなんてほざいている。こんな結論に達してしまうのも無理はない。

仲更はピンときたとか言っていたが、その時は全くもって意味不明だったが、つまりはフィーリングで、俺はその他大勢では無いと、単なるクラスメイトではないと、そう判断したということなのだろうか。

「まあまあ言ったじゃん、それはおいおい話すってさ。やだなぁ、俺のこと知りたくて堪らない?」

コロリとダイスを振り直すように空気を切り替えた仲更は、通常運転に戻っていた。

「アホか。お前がそもそも友達が何とかとか話持ちかけて来たくせによ。」
「うんうん、そうだよね、ごめんごめん」

・・・コイツ・・・。

まじで別人だよな、ほんと食えないヤツ。

これ以上仲更は話す気は無さそうだし、丁度分かれ道まで流れ着いたので、話は断ち切られてそれぞれ帰路に着いた。

気がかり

3人の力関係。立ち回りが上手い仲更が一番上なのは明らかである。それがどうも気に食わない。

「ゴールデンウィークだね!!親睦会開こう!」
「・・・」
自然と3人で弁当を突き合せるようになった俺たち。大好物の唐揚げを意気揚々と箸で掴んだ眞生が、これまた脈絡もなく頭の弱さを披露する。

「俺と椎名の記念日の次は連休かあ。これは運命に身を任せるしかないね。」
「・・・」
さも当たり前とOKを出す仲更に不安を隠せない俺。

「どこ行く?!パーティーなら誰かの家かな!」
「そうだね、出掛けるのでもいいけど家の中でワイワイするのも楽しそうだね。」
「俺は1人でゆっくりしたい。」
「記念日のお祝いも兼ねるんだから、主役がいなくちゃ意味ないでしょ!!ちょっとはその堅い頭で考えなよ!!」
「…んだとコラ」
「確かにもうちょっと脳をほぐした方がいいかもね、頭マッサージしようか?」
「遠慮しとく。連休に1人で寛げばきっとほぐれるから。」
「そうだ、記念日のお祝いにマッサージ券を発行しよう!!そうしよう!!」
「・・・・・・・・・もう勝手にしてくれ。」

幾度となく引き合いに出される記念日という言葉にコメカミが轢くつく。癖になると痙攣しそうなレベルだ。俺の反論は空中を漂うばかりで、言い返す気力を2人によって木っ端微塵に破り捨てられ、机に突っ伏したい衝動に駆られるのも無理はない。

今までは眞生がふざけて俺が鼻であしらうという構図が成り立って、そして根を深くしていったはずだ。
なのに今では仲更が悪魔の顔をちらつかせながら便乗し、どさくさに紛れて眞生が俺を侮辱している。

これは酷い。たまに俺と仲更で眞生をいじることもあるのだが、俺と眞生で仲更を追い詰めた事は一度もない。そんな隙が無い。これが人徳の差か?ああ、周りから見ての、な。仲更に人の血が流れているなんて俺は認めない絶対に。

ああ、悪夢のゴールデンウィークまでもう少し。それまでにこの力関係をどうにかしたい。そう考えながらもきっと無理なんだろうなと半分諦めている。



放課後。日直である仲更は俺達に先に帰ってて、と告げ職員室へ向かった。

「仲更さ、俺たちとずっと連むつもりかな?」
仲更が廊下へ消えると、ずっと話したくて仕方なかったという風に俺に切り出す。

「さぁ。とりあえずゴールデンウィークまでは取り憑くみたいだな。」
「仲更がコッチ来るとさ、必然的にクラスメイトとの接触が減ってるけど…仲更はそれでいいのかな?」
「アイツの意思で此処に居るんだから俺達がとやかく言うことではないだろ。」

口ではこう言っているが、実際俺もそれは気がかりではある。100%俺が原因で誰も俺ら3人に寄り付かない。だが、それでもアイツが此処に来るのなら、俺達はそれを受け入れるまでだ。

くそ、俺が他人の心配するなんて柄じゃない。振り回されてばっかりなはずなのに、どこか憎めないし、周りを見回すなんて、以前の俺が知ったら頭を強く打ったのかと頬を叩いて意識確認してしまいそうだ。・・・これも仲更の術なのか。

「まぁ、連中はひとまずおいといて。一番俺が気になっちゃうのは香川クンなんだよね…」
「香川は…元々1人が好きだって言って…」
「遥十もそっちのタイプでしょ?それでも俺や仲更と決別したいだなんて思うの??!!」
鼻息を荒くし距離を詰める姿は散歩に連れて行けと急かす小型の犬みたいだ。

決別って…大袈裟な。でも、眞生の言う通り最初は1人で構わないと思っていたはずなのに…今では3人でいる空間が心地よいと感じている。それを知ってから1人になるのは嫌かもしれない。

「俺は好きでお前らと一緒にいる。」
少し気恥ずかしいから、視線を逸らしてぶっきらぼうに言い放つ。
「はるちゃんツンデレ萌えです。」
「お前な…」
今にも抱き着きそうな眞生を手で制し、本題に戻す。

「眞生の言う通り、今まで一緒だった仲更が居なくなって、何も思わないはずはない…か。」
「だよね?!香川もなかなかのポーカーフェイスでねぇ〜本心はまるでわからない。でも、1人で居たいなんてきっと強がりだよ。」
「じゃあ…どうするんだ?」

鏡合わせの香川くん

「図書館に行こう!!」
「図書館…?」
そう言って眞生はせっせと鞄を肩にからう。

「確か今週は放課後の図書委員の当番だったと思う!」
「香川の?」
「もっちろん!」
流石情報通の眞生…にしても詳しすぎないか。もはやストーカー…と友人を白い目で見ていると、通じたのか偶然なのか情報源を教えてくれた。

「俺の一個上の先輩がさ、"今週はお前のクラスの超無口なノッポと同じ当番だ" って言ってた!」
「確実に香川だな。」
「だよね!だから図書館言って鬼絡みしてみようよ!!」
「楽しそうだな…。てかお前、帰宅部なのに年上に知り合いいんの?」
「ああ…中学の部活が一緒でさ、色々とお世話になったんだ〜」
「サッカー部か。」

眞生はなんでも、サッカー部で才能が開花されなくて高校で続けるのは諦めたらしい。

初対面で、しかも自分から滅多に人に話し掛けない俺だが、眞生がいれば問題ないだろう。俺は横に突っ立っとけばいい。
「遥十と香川、どっちが勝つかなーーー?」
「何の勝負だよ」
「遥十は無愛想で香川はクール。どっこいどっこいだと思うんだけどな〜」
「だから何がだよ」
「いやだからさ、どっちが無口で相手に痺れを切らせるかな、ってことだよ!」

お前な…ほんっと下らないこと考えるよな。

「そんな意味もねえ勝負すっかよ。お前が壊れたラジオみたいにペラペラ喋っときゃいいんだよ。」
「壊れ〜かけの〜…」
「…」
「ノリ悪いはるちゃん!とりあえず2人には期待してるからさ!お、着いた」
俺らのいるB棟から校庭へ延びる廊下を突き進んで一旦建物から出ると、右手にレッドを基調とした色取り取りの煉瓦が埋め込まれた若干メルヘンチックな図書館がそびえ立っている。一歩前に出た眞生が先陣切る武将のように気合を込めて銀色の取っ手に指を掛け、

ガラガラガラッ!!!

「静かに開けろよバカ!」
眞生のマシュマロ並の脳味噌を詰め込んだ頭を叩いて窘める。

頭ぺちゃんこになっちゃうーと幼児のように喚くしょうもない男を無視してドアの溝を跨ぐ。入ってすぐのカウンターには知らない顔があった。ということは、あの人が眞生の先輩か。ちょっとチャラそう・・・というのがパッと見の印象。アッシュブラウンの頭髪の毛先はあちこちを向いてウェーブを織り成し、重力に逆らっている。淡いブルーのシャツの襟はよれよれで、胸元には黒のタンクトップが弧を描いている。そのまま視線を下げると、本来の用途を無視するようにゆったりとベルトが一周し、ただの装飾品と化していた。

「あ、眞生じゃん、何しに来たの?」
「何しにって…図書館なんだから本を読みに決まってるじゃないですかぁ!全くお茶目さんなんだから〜」

先輩Aは全く仕事をしている様子が見えず、退屈してましたと言わんばかりに眞生に絡み出す。眞生もいつものテンションで、俺に叩かれた後頭部をさすりながら相手をしている。2人を放置するか会話が終わるまで待っているか首に手を当てて迷っていると、
「あれ、そちらさんは?」
カウンターを挟んで軽く俺を見下ろしてくる先輩A。
「あ、ご紹介に遅れました。このイケメン無愛想男はね〜俺のクラスメイトの椎名遥十くん!」
「…ども。」

バチッと目が合ったので紹介を促してくると構えていたのに、眞生の常套句に呆れてこんな言葉しか出てこなかった。

「あはは、無愛想だホントだウケる〜」
「…」
前言撤回しよう、周りに星を散らすAは、チャラ男じゃなくギャル男だ。

「俺は成田 誠司。君らの一個上だけど、セイちゃんって呼んでくれて構わないからね〜〜」
「いや、成田先輩で。」
「じゃあ、俺が代わりにセイちゃんって呼ぶぅ〜」
「眞生はダメ〜。そのままタメ口になりそうだから〜。」
「先輩のケチケチャップ〜〜」

帰っていいだろうか。

この2人、間伸びした口調も締まりない表情も似ているが故にセットになると2倍ウザい。

目上と言えど敬えそうに無いので2人を放置することに決め、時間潰しにゆったりと本棚を回る。特に読みたい本があるわけでもないので、取り敢えずとっつきやすい文庫本のコーナーへ行こうと奥へ進む。進行方向と垂直に並んでいる本棚の側面に、"文庫・エッセイ"と書かれたプレートを目にし、回りこむようにして左に入っていった。

「・・・」
「・・・」

すぐに視界に入った人物に、かくれんぼ中に鬼に見つかった時のように心臓が不自然に動く。そうだ。本来の俺たちの、というより眞生個人の目的が頭から抜け落ちていた。

標的にされているとも知らずに、香川は本を整理している途中だったのか、俺をチラリと一瞥すると作業を再開し出す。
なるほど…。
彼のクールさを体感した俺は妙に納得した面持ちでじっと見据えていた。これはなかなか手強そうだぞ、眞生。お前でも一苦労しそうだ。などと筋違いなことをツラツラと脳内報告していた。

いざ勝負!

「どうした、本を探しているのか?」
俺の呆然とした視線に気付いたのか、首は動かさずに視線も本の背表紙に釘付けなまま香川は声を漏らした。

抑揚のない声色に・・・俺はとても親近感が湧いた。

「ああ、香川 由牡(かがわ よしほ)っていう作者の本探してたんだ。」

あ。こっち向いた。笑いそうになるのを堪え、反応を窺う。
レンズを跨いだ先の双眼には変化は無いが、向けられた視線はさっきより好奇が混じっている。

「…椎名…だよな?驚いた。そんな冗談言えるなんて。」
驚いたという割には淡々としている香川に思わず苦笑が零れる。

勝負だとか何とか眞生が口走っていたが、張り合う気なんてサラサラないけども・・・これは完敗だ。
どっからどう見ても、俺より感情の起伏がなだらかであるし、コミュニケーションが上手く取れない俺と根本的に違う。多分この男は、誰とでも同じように接することができる。その代わり、それ以上も以下も無く、会話は機械的な作業だと、細胞レベルで私有の摂理を立てているに違いない。

全くもって完敗だ。勝負前から試合を放棄して構ってみたくなるくらい、俺の五感は目の前の男に集中し、頭の中ではどうやってコイツから色を引き出そうかと模索しているのだから。そうして同時に、こんなことを考える自分に大きく驚いた。自分からけしかけ、ほぼ初対面と言えるクラスメイトに冗談を飛ばしているのだから。ほんと最近は、らしくない事ばかり考えている気がする・・・心境の変化ってヤツか?

「お前ほんと表情少ねぇのな。」
「・・・椎名も似たようなものだろう。というか、椎名には言われたくないな。」
「いや、お前よりはマシだわ。ちゃんと驚いた顔を作ってから物を言え。」
「分かった。」
「ぷっ・・・真面目に言ってんの?じゃあ、今やってみろよ。」
「椎名・・・笑えるんだな。ほら、今まさに驚いているぞ。」
「やべぇなお前・・・ははっ!」

類は友を呼ぶ・・・・・今まで類が居なかった分、神妙にその諺が馴染んでいく。まさに驚いているらしい真顔の香川に、俺は滅多に使わない表情筋を駆使していた。



「それでぇ~~~またお友達3号が誕生したのね。」
あの後姿を消した俺を探して室内を巡っていた眞生が俺達を見つけ、まだ仕事があるという香川と別れて2人で帰路に着いている。

「いや、俺が一方的に絡んだだけだ。」


絶句。

そんな単語が当てはまるような面したマシュマロ男、はきっと面倒臭いことを言い始める。
そうだな、"遥十が他人に興味を示すなんて有り得「ななななななっ!うえぇえぇ?!はるちゃん?!うほげぇぇろぇぇ?!」ない"とか言うんだろうな。ほらみろ。

「いやちょっと待ってそれはどんな呪いが呪縛が催眠術が遥十の身に振りかかって振りかかって・・・・・・え?まじ?何が?ああ、振りかけご飯美味しいよね・・・俺鮭フレークが一番好き。」

スタスタスタ・・・

「混乱したお前とは初歩的な会話も出来なさそうだから離れて歩け。」
言い残して、魂を吸い取られた抜け殻とどんどん距離を離していった。
アイツには"遠慮"ってもんがないのか。ほとほと呆れる。





「その親睦会ってやつさ、香川も呼ぼうぜ。」
もう見慣れつつある、俺の机の周りを陣取る2人。

仲更が衝動を押さえ込むような堅い表情で俺ではなく眞生に視線を移す。

「昨日、遥十と香川が図書館で話して意気投合したらしいよ。」
それだけで仲更が弁明を求めていることを掬い取ってポンと事情を説明する。
そんな眞生自身も未だに信じられないのか、いつもよりトーンが低く、左腕の袖をいじくる手は落ち着きが無い。なんだコイツらまとめて焼き討ちにしてやろうか。

「・・・つまり、椎名は香川を気に入った、と。」
「んだよ、わりぃかよ。」
そのまま向き合う俺達。
眞生のように失礼なリアクションを繰り出すかと身構えていた手前、少し拍子抜けした。網膜を直接刺激するような精強かつ鋭利な眼差しは・・・気のせいか?いやいや、なんか冷や汗掻いてきたし。なんとなく逃げたくなって、形無き制圧の外で捉えた人物に、半ば反射的に呼びかけた。

「香川!はよ。」
長身眼鏡は相も変わらず背筋を伸ばして、自分の席に着くことをだけを考えて机と机の間を縫って歩いていた。
「ああ・・・おはよう。」
クールなだけで人を邪険に扱ったりしない香川は、1ヶ月経っていきなり教室で声を掛けたクラスメイトを怪訝な顔一つ見せずに挨拶で流す。

元はと言えば、ぼっちになってしまった香川と近付こうと眞生が企てたんだ。俺がやっていることはなんらおかしくないし、目を真ん丸くしている眞生はお門違いだ。
「はるちゃんが爽やかに挨拶してる・・・爽やかに挨拶・・・」
「ナァ、今度こそ殴っていいか?」
「そうやってチンピラ風の椎名が一番君らしいよ。」
「よし、お前は言語両断。お望み通り道端でサンドバッグにしてやるよ。」
「「その調子その調子」」
「お前ら表出ろや。」

マジでムカつく。昼は絶対香川を呼んでやろうと一人意気込んだ。いや、いっそチンピラ扱いする二人を放って、香川と二人で食べようか。
「決めた。俺香川と二人で食べるからさ。お前ら息合ってるし仲良く弁当突っ突き合えよ。」
バン!と乱雑に数学Ⅰの教科書を机上に落とす。態度を変えた俺に眞生がおろおろし出す。
「あああ、ごめんねごめんねはるちゃん拗ねないで「駄目。」

あ?

感情を払拭した、表に見せちゃいけないオーラを纏って仲更は割り込んできた。きっぱり言葉を紡いだ唇は固く横に引き結び、瞳には惨憺を孕んでいる。

「二人きりは駄目。4人で食べよう。」
言を待たないといったふうに真面目腐った顔で仲更が縫い止める。

そんな身勝手で傲慢な物言いにフラストレーションは急上昇。噛み合わせた奥歯が悲鳴を上げる。
「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんないわけ?俺が誰と飯食おうが関係ねーだろ。」

ざわざわしてたクラスメイトが不穏な雰囲気を感じ取り静まり返るが苛立っている俺は何も気付かない。
「椎名は俺の友達なんだから一緒に食べなきゃ駄目なの。」
怯むことなく、親が子をしつけるような口ぶりで仲更がふんぞり返る。
「いやだから、それが勝手だっつってんの。」
「もっと仲良くなりたいって言ったじゃん。とにかく皆で食べるよ。」
荒々しい俺に、尚も食い下がる仲更。
何なんだよ一体。何が皆で食べるよ、だよ。お前何様だよ。
しかしここで感情的になるべきではないと、グツグツした黒い物体を胃の底に押し下げる。

「・・・・・はぁ、こんなことで言い合うのも馬鹿らしいし、思いつきで言っただけだから別いいけどさァ、その命令口調止めろよ胸糞悪ぃ。」

剣呑なトーンが教室に反響する。

しまった、 と思う時には遅かった。

まるで俺と仲更しかいないような空間。呼吸するのも憚られる薄暗い空気。
聴衆と成り果てたクラスメイトは、壇上に立つ俺の吐き捨てた異物をしっかり寄せ集め両耳に押し込んでいる。

ああ、またやってしまった。
クラスの王子サマに「胸糞悪ぃ」とは、今まで誰も言いのけた奴は居ないんじゃないか?誰か言おうもんなら全員体制で守備に付きそうだもんな。ああ、いい例がここにあるぜ。澱んだ空気に付いて行けず戸惑う顔もポツポツ見えるが、大体は俺に対する非難の目。

背水の陣。四面楚歌。今の舞台にこれほど似合う言葉はないだろうな。

自業自得な自身を、だんだん冷えていく頭の中で嘲笑した。

回想

次、数学か。1コマ抜けるだけで遅れを取るのは大変そうだが構うもんか。
「はるちゃん・・・」
弱弱しい眞生の言葉に鞭打たれるように教室を飛び出した。
勿論俺は知る由も無い。去り際に仲更が卑しく嗤っていたことなんて。


授業がもうすぐ始まるのに教室から出て来た俺を、戻る途中の生徒達が不審そうに見てくる。モヤモヤしている俺は横目を流しジロジロ見んなと心の中で悪態を吐く。

屋上って入れんのかな。無理だったら旧校舎の階段でもいい。とにかくフケりたい。
そんな願いが通じたのか、無心で昇った先、屋上へのドアはすんなり開いた。
これ幸いと、真っ白なコンクリートのど真ん中にどっかり座る。
徐に見上げた空は俺の腹の中とは対照的に綺麗な青を広げている。コンクリートを区分するように出来た光と影は、俺と俺以外を皮肉にも顕しているようだった。

頭の中がグルグルしていて、何も考えたくないけど、でも考えずにはいられない。


俺が一番嫌いなこと。行動を管理されること。制限されること。子供っぽいことは嫌ってほど自負しているが、忌み嫌う感情はどうにも抑えられない。社会で生きていく上で、必要な制限または催促は我慢が出来る。だからその分プライベートでは自由きままに過ごしたい。

こんな性格が顔、雰囲気、感情、声に全て出るから周りから避けられる結果になってる。
今に始まったことではないし、自分の中では踏ん切りが付いた方だ。
他人とはフィルムで間を遮るくらいの関係を築いていけばいい、と。

改めて思う。眞生との距離はとても心地良かった。誰よりもしつこく俺に付きまとっていたけれど、俺の行動にとやかく言うことはないし、行く先々へも着いてくるだけで、あっちに行けこっちに行けとは言わなかった。どこでも溶け込める眞生は、俺が気乗りしないのを感じ取るとすぐ離れていくし、2週間経った頃には逆に一緒に居ないと違和感を持つようになるまでに隣を許していた。

何より眞生自身が、他人に踏み込むのを嫌がっていた。詮索とは違った意味で垣根を越えることは無かった・・・所詮眞生が情報収集していることは、実は味の薄い皮のところだけで、熟れた果肉の核たる種に近付くことは一切無かったのに。
そんな本質さえも見抜けなかった当初は、にこにこ引っ付く眞生を軽くあしらっていた。


高校生活を始めて2日間、俺は誰とも馴れ合わずに自分の椅子と仲良くしていた。
「椎名だよね?どうして一人でいるの~?」
俺の前の席に後ろ向きでどっかりと座り込み、物怖じせずズバリと疑問をぶつけてきた男。
答えは簡単だ。"一人になりたくて一人でいるわけではないし、かといって輪に入りたいわけでもない。結果的にこうなったまでだ。"
模範解答は出来上がっているが、初めて顔を突き合わす輩に長ったらしく教える謂れもない。
半目で見返して無言を貫いても、眞生は全く気にせずにひたすらヘラヘラ笑っていた。

それからアイツは毎日俺に話しかけてきた。ほとんどが自分で集めた周囲の情報だった。「椎名は友達いないからぁ、誰にも言わないでしょ?」と抜かし、聞いてもいないのにアレコレ吹聴してきた。いつのまにか"椎名"から"遥十"に変わり、俺も"眞生"と呼ばされた、そんな頃。

「ねね、遥十。今からボーリング行かない?中学でサッカー部だった奴らも一緒なんだけど~」
帰りのHRが終わるとすぐに駆け寄って楽しそうに誘ってくる眞生。しかし後半の言葉に反応した俺は
「行かない。」と断った。

「皆いい奴らだよ?ちょっとうるさいけどね。遥十のこと絶対気に入ると思うよ!行こう!」
いつもここで断念する眞生が今日は踏ん張っていた。
「行かないったら行かない。お前らで楽しんで来いよ。」
「遥十はいつもそう言う~~遠慮しなくていいんだよ?」
「そういうんじゃねぇって。」
「じゃあ何?たまには大勢ではしゃぐのも青春ぽくていいぞ~~?」
「別いらないから。とにかく俺はいい。」
だんだんと声が低くなる。眞生と近しくしてたのは間違いだったか。

「どうしてそんなに頑固さんなの!いいから来るだけ来てみなよ!ホラ、帰る準備して!」
勝手に鞄に教科書を詰め込みだした眞生に俺はとうとう痺れを切らした。

「行かねぇっつてんだろ。しつけぇよほっとけ!」
鞄の口を広げた眞生の手を乱暴に退ける。肩を縮こめ傷ついたような顔をする唯一の友人をまともに見れずに鞄ごとひったくった。一気に視線が集まるのを全身で感じ取る。

「うわ、永瀬かわいそ~~」
「言いすぎだろ何ムキなってんだよ」
「椎名こわっ」
教室に残っていた野次馬が次々に俺を責め出し、今更引き下がれなくなって「先帰る。」とボソッと告げ玄関へ向かった。
今まで無理矢理集団に引き入れようとはしなかったくせに。今度こそ眞生もキレた俺に愛想尽かして離れていくだろう。クラスメイトの俺の印象も最悪だ。たまに話しかけて来た奴らも、もう近付いては来ないだろう。

早々に後悔し始めた自分が無様に思えてくる。
また一人か・・・

晴れにも関わらず傘が数本立てられた傘立てを通り過ぎ、自分のクラスの靴箱へ向かう。
比較的上の段にある小洒落た革靴に血気の無い手を伸ばそうとした。

「はるちゃん!!」

ビクッと肩が震える。反射的に振り向いた先には、あの時と同じように切なげに叫んだ眞生の姿があった。

あの時と違うのは、校内を走り回ったからだろうか、階段を駆け上がったからだろうか。酸素を求め小刻みに呼吸を繰り返していた。ああ、あと、はるちゃんじゃなくて「遥十!!」って叫んでいたな。

眞生。俺はお前に頼って、甘えてばっかだ。
あの時も自分が悪いような顔をしていた。持ち上げていた右腕を取り、先に謝って、「もうこれからは無理強いしない」と敢然と言ってきた。
その後クラスメイトは俺達の噂を流し更に深い溝が出来たが、アイツは変わらず傍に居てくれた。

きっとお前と最初に出会っていなかったら、仲更をもっと邪険に扱ってただろうし、香川に自分から心を開くなんて絶対に有り得なかったよ。


おずおずと足を進める眞生に笑いかける。
「お前まで授業サボっていいのかよ。数学苦手なくせに。」
一瞬泣きそうな顔をした眞生だが、すぐに俺に調子を合わせた。
「へへ。初サボりだよどうしよう~~」
いつものヘラヘラ顔にこんなに救われるとは思ってなかった。

「ばーか」と罵って眞生の頭を小突く。
頭上は突き抜けていて小さな音は振り返ることなく遠くへ消えていった。

思い、集う

「ちょっとちょっと。妬けちゃうな~ほんとに。」
のんびりした第三者の声。和らいだ空間に合いの手が入る。
眞生の頭を通り越して前方に焦点を当てると、開いたままのドアに仲更が寄りかかって漫然と傍観していた。
「仲更・・・」
眞生に付いて来てたのか。
数十分前のことはサッパリ忘れたように朗らかな表情をしている。

でも無かったことにしてはいけない。
「仲更・・・さっきは悪かった。言い過ぎた。」
ドアまで移動し少し落としていた視線を上げると、随分見慣れた顔に自然と言葉はこぼれた。
「気にしてないよ。口が悪いのは元々でしょ?」
人が真剣なのに本当に可笑しそうにコロンと声を転がすものだから少しムッとなったけれど、ああこれが仲更なんだと思い直す。変調した声を眞生に聞こえないようすぼめた仲更は本当に器用な男だ。
「ハッキリ言うな。」
ムッとなって言い返すも抗議の意はさらりと交わされる。

「でもさ・・・何が気に障ったのかイマイチ分からないんだけど。命令されるのがイヤ?」
今度は眞生にも聞こえるようにボリュームを戻していた。
「や・・・そうじゃねぇけど。行動を決め付けられるのがイヤっつうか・・・そんな感じ。」
「はるちゃんは野良猫だもんねぇ~~」
身を捩って揶揄う眞生は生き生きとしている。
「なるほど合点。これからは気を付けるよ。」
そう言って少し背筋を伸ばす仲更に眞生も倣うように垂直になる。
ついでに眞生は敬礼までしちゃって、何がしてぇんだ。

「いや・・・俺が考えを改める。いつまでもこんままじゃ駄目だよな。
たまにはお前らの我侭にもついていかねぇと。」
極力声を柔らかくして目を合わせる。
また珍獣でも見たかのような顔2つに、自然と眉間に皺が寄る。
「何か言いたげだな・・・? 怒らねぇから言ってみろ。」

慌てたのは1人だけ。仲更は安っぽい笑顔を平たく伸ばしている。
「は・・はるちゃん!!」
「おお何だ、遠慮なく言えよ。」


「寝転がろう!!」

「・・・え?」
「・・・は?」
声が重なってしまうのも無理は無い。この男の脳天気さは天を突き抜けている。
滅多に動揺を見せない仲更も、さすがに参ったようだ。

「俺の夢!!屋上に寝転がること!!俺の我侭にも付き合ってくれるんだよね?」
ちっせぇ夢だな・・と考える間もなく、ダークブラウンの瞳を目一杯開いてぐいぐい迫る眞生にバランスを崩され、掃除が行き届いていないコンクリートに尻もちを着いた。
「はぁ~」

何やってんだか。
10秒後には、ニヤニヤしながら右に寝転がる仲更と、左に下手くそな鼻歌を奏でる眞生。
温度差を感じつつも少し心の浮遊感を自覚しながら、俺は清らかな群青を見上げていた。


「教室大丈夫かなぁ~~?」
よっ、よっ、と二段飛ばしに階段を翔け降りた眞生は踊り場で俺らを見上げる。
「大丈夫って?何が?」
俺の一段下にいる仲更が応える。
会話は基本この二人で成り立っている。俺は眞生だけ背中の砂埃を払ってないのに気付いて、絶対に教えてやるもんかと1人意気込んでいた。

「3人とも授業さぼっちゃったし、しかもこの王子サマがさ!!
騒然としてそうだよね~」
「ふふ、俺だってサボりたくなる時もあるよ」
まあるい低音が響いたが、こちらから伺えない笑顔の下に得体の知れない感情を敷いているのだろう。
「それにさ・・・」
すこし言いにくそうに眞生がしょぼしょぼと声を出す。なんだ、こっからが本題か?
「今日の6限、緑浴の班決めだよね?」
「あぁ…」
こぼれ出した源は俺の口だった。なんとなく、眞生が言わんとしていることが分かってしまったからだ。緑浴。GW明けに設ける意図は全く読めないが、いわゆるクラスの"雰囲気作り"のための恒例行事で、隣町の自然豊かな雑木林で遠足紛いなことをするらしい。詳しい事はLHRで担任から説明を受けるだろう。こういった行事に班行動は付きもの…俺が最も苦手とするオプションだ。そして、眞生が気にかけてることは。
「仲更、何人か声掛けられてるでしょ??澤口とか南城とか!」

踊り場で眞生に追い付いた仲更と俺。そして眞生と視線を合わせているはずの仲更はどこか神妙で、別のモノを見ているような気がした。
「澤口…南城…ああ、あの人達ね。そう言えば、うん。一緒の班になろうとか誘われてた気がする。」
なんだ?その曖昧な回答は。んで何で俺がモヤっとしなきゃならないんだ。頭の回転が早い仲更は、人を振り回すとき以外はいつだって白黒ハッキリしていて、先回りして相手に選択肢を増やしてやるような気の利いたところもある。だからそんな男にいきなりぼやっとされると、違和感が胃の中で這いずり回って気持ち悪い。

「それがどうかしたの?もしかして、先の一件で班決めが滞っちゃう、とか?」
その物言いは、思案の一つというよりどこか確信を含んだものだった。
先の一件というのは勿論、俺が引き起こした教室の不穏と三人のサボりのことだ。つまり、仲更の取り巻きみたいな澤口と南城が以前誘っていたが、今回のことで俺らはクラスから孤立しそうな流れになってる、とまぁそんな所を気にかけているんだろう。
「うん・・・。もし仲更が澤口達と組むなら、」
「組まないよ。」
そして遮るように割り込んだ言葉は、数式を導いたような、更に鮮明なものだった。

寝返り打つのは息した後で

寝返り打つのは息した後で

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-25

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 愉快
  2. おふざけ
  3. 思わぬ客人
  4. 行動パターン
  5. 違和感の始まり
  6. 昼食時間
  7. デジャヴ
  8. ゴシップ浮上
  9. お前はどうなんだ
  10. 忘れた時にやってくる
  11. お悩み相談
  12. 俺等トモダチ
  13. 変化
  14. 帰り道
  15. 気がかり
  16. 鏡合わせの香川くん
  17. いざ勝負!
  18. 回想
  19. 思い、集う