安全な部屋

とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。あるサスペンスゲームとあるアイディアを結びつけてみました。製作時間約一時間二十分。

安全な部屋

 気がつくと私はある部屋にいた。見回してみると、殺風景な部屋だったが、ひと通り必要なものはそろっていた。柔らかいベッドから身を起こすと、目の前にテレビがあることに気づいた。しかもひとりでに電源が点いた。ただ、画面は真っ暗のままだ。
 私はなぜこの部屋に来たのか、全く思い出せなかったし思い当たる節もなかったのだが、妙に落ち着いていた。特にすることもないので、そばにあった冷蔵庫を開けてみた。中に入っていたのは、どこかで見たようなブランドの缶ジュースばかりだった。とりあえず甘めのものを選んで開けてみた。なかなかにうまかった。そして一息ついたところで洗面所へと行ってみた。洗面所にはユニットバスがついていたが、今はそこまでシャワーを浴びたい気分ではなかった。ただ起きたばかりなのもあって、どうせならと歯を磨いて顔も洗った。その後ふと入り口の方を見やったが、何もなかった。のっぺりとした壁があるだけだ。なぜだかそんな感じだろう、といった予想が既についていて、驚くことも絶望することもなかった。
 しばらく玄関で立ちすくんでいると、部屋の方から何か物音が聞こえてきた。急いで戻ってみると、テレビに画面が映っているではないか。ベッドに腰掛けてテレビ画面を見つめた。
 画面はまるで監視カメラのようになっており、複数のチャンネルが同時に映っていた。それらを眺めてみると、映されているのはどこかのペンションの室内のようだった。チャンネルは大部屋や廊下、個室にまで及んでいた。ひょっとしてこれは盗撮というものではあるまいかと私は訝しんだ。
 そんな私の思いとは関係なく、画面の中は動きを見せてきた。ペンションの玄関から宿泊客がやってきたのである。ペンションのオーナー兼調理人らしき夫婦とその女中も合わせ、二桁に上る人間がこのペンションにいることが分かった。客は皆遠くからやってきた旅行者たちのようだ。広めの談話室で、互いがどこの出身地なのかでも語り合っているのだろう、とても賑やかな雰囲気が出来上がっていた。音が聞こえてこないのが残念だった。
 そこであることに気づいた。いつの間にか、宿泊客たちがオーナーと共にある部屋のドアを叩いていたのだ。何があったというのだろう。返事がないことを悟り、オーナーが合鍵でドアを開けた。オーナーと数人が部屋の中へと入っていく。
 そこで動きがあった。皆が一目散に部屋から出てしまったのだ。まるで何かから逃げるようだった。カメラの位置が悪いため、私には部屋の中に何があるのか知ることができなかった。一体彼らは何を見たのか。しばらくすると、彼らは部屋の中へと戻ってきた。そして彼らは凍りついたかのように、ある一点を見つめていた。またしばらくすると、今度はゆっくりとした足取りで全員が部屋から出て行った。
 オーナーと客たちは皆談話室へと集まった。彼らの表情の暗さから、その場の空気がチャンネル越しから伝わってきた。彼らの行動から察するに、信じがたいが、あの客は死んでしまっているのではないのだろうか。直接確かめたわけではないからなんとも言えないが。皆が深刻な表情で何やら熱心に議論していた。やはり音声は流れてこない。やきもきする。
 彼らは長い間話し合っていたが、結論は得られなかったようだった。皆が重い足取りで、割り当てられた個室へと戻っていった。そう言えば画面の中ではどこかしこも電気が点けられている。私もぼうっとテレビを見つめ続けていたためか、大きなあくびが出た。チャンネルの動きもなさそうだし、私も寝ることにした。
 私が目覚めると、チャンネルは再び活気を取り戻していた。朝から皆が慌てていた。何があったのだろうとチャンネル中を見やると、また一人減っている。今度は女中が消えていた。私は嫌な予感がし始めた。画面の中の人々は、またもや話し合ったあと、談話室から離れようとしなかった。そして誰もが誰もを見張っていた。ここで察したが、昨日、今日と消えた人物は恐らく殺されたのだ。しかも当然だが犯人はわかっていない。犯人をいぶり出すために、彼らは一部屋に集まったのだ。人の目がある中で犯行には及べないためだ。
 だがその思惑もそううまくはいかなかった。残念なことに彼らはそのうちにしびれを切らし、犯人をいぶり出す前に、誰々が犯人だと決め付けるようになってしまった。最初はまだ落ち着いていたものだったが、言い合いはなかなか終わらず、最終的には大声で怒鳴り合うまでになってしまった。結局、皆が喧嘩別れをして個室に戻ってしまった。個室に戻った人々は皆が思い思いに過ごしていた。どれも落ち着かないものだった。
 ここでチャンネルが全て真っ暗になった。一体何事かと思ったが、テレビを叩いてみてもなんの反応もない。あの宿泊客たちがどうなったのかを確かめることはできなくなってしまった。ここまで見させておいて、いいところで消してしまうとは……。これでまたすることもなくなったので、風呂に入り歯を磨いて再びベッドで眠りについた。
 再度目覚めると、またもテレビが明るくなっていた。勿論今度も動きがあった。なんと客たちのうちさらに三人が消えていたのだ。こうなってしまっては皆が冷静でいられなくなるのは当然だ。客たちそれぞれがそれぞれの武器を用意して、武装していた。他の客と出会うものならその場で殺し合いが始まりそうな勢いだった。皆が個室の入り口にバリケードを組んでいた。一体これからどうなってしまうのか。犯人も未だに不明だ。こうして眺めている私にもわからない。恐らく画面が消えている際に、犯人は凶行に出ているはずだ。この中の誰が犯人なのだろうと考え始めたと同時に、画面は再び暗転した。
 そしてまた画面がついた。早速残りの生存者を確かめたが、もう二人しか残っていなかった。このどちらかが犯人なのだろう。片方が落ち着いた動きでもう一人の部屋へと向かった。そいつが犯人だと確信した。まもなく取っ組み合いが始まったが、すぐに決着がついた。こうして残ったのは一人だけになった。ここで画面は消えた。しばらく待ってみたが、再びテレビが明るくなることはなかった。
 また風呂に入り、一息ついてから考えてみた。一体あのテレビは何を伝えたかったのだろう。一体どういう番組だったのだろう。あの犯人はなんのために人を殺したのだろう。そしてあのあと、犯人はどうするつもりなのだろう。もやもやとした感情だけが最後に残った。しかしテレビがうんともすんとも言わなくなった今、私にはどうしようもなかった。ベッドで横になり、忘れることに努めた。
 突然ドアが叩かれる音がした。ドアなんてなかったはずだが。玄関の方を見やると、そこにはいつの間にかドアが用意されていた。とにかくそれが叩かれていた。私の名前を呼ぶ声までした。そう言えばこの部屋の間取りだがあのチャンネルで見たものと一緒だ。ということはあのチャンネルはこの部屋を映していたのだろうか。いやあの画面の中に当然だが私の姿はなかった。
 とにかく私が呼ばれているのでドアを開けに向かった。鍵を開け、ドアを開けるやいなや、私は自身の身体が凍りついてゆく感覚を覚えた。目の前にはあの生き残りがいた。手には手頃な食事用ナイフが握られていた。
 そういや画面が点いている間、私はベッドの上にいた。チャンネルはベッドを映していなかった。

安全な部屋

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安全な部屋

あるサスペンスゲームで、安全な部屋があったらどうなるか。そんな妄想を形にしたサスペンス・ショートショートです。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-24

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