王道RPG
魔王が深い眠りから覚めて十年。人類対魔族の戦いは激化の一途を辿り、大陸は戦火に包まれていた。夥しく飛び散る両者の血は川を赤く染め、草を枯らせた。元々大陸全体に広く分布していた魔物たちも、年々濃くなる魔王の瘴気に当てられ凶暴化、強靭化し人を襲う事件も起こり始めていた。
人類の王たちは人類同士の争いを停戦とし、連合国を設立。対魔王軍への遅すぎる狼煙をあげた。
人。獣人。エルフの三国で同盟を組み、廃れ気味であった冒険者システムを再興。民間から野心家や腕自慢の荒くれを募り義勇軍を作ると声明を発した。
勇者を夢見る子供やくすぶっていた傭兵が国の訓練に志願し、人類連合軍も徐々に数を増やしていった。
各国が有していた軍と魔族が一進一退の攻防を繰り広げる日々。数は人類の方が多いが、魔族は体が頑丈で、しかも魔王は単体で子供を作ることができるという。魔王の嫡子はとりわけ強力な『貴族』であるという話も、人類の間に飛び交っている。
人々の間には時間と共に不安が蔓延し、焦るように志願兵や冒険者が増えていく。
一方で生産職をはじめとする他の職人の数は徐々に減少していった。
魔族に滅ぼされるのが先か。魔族との争いで疲弊し、衰退するのが先か。早く現れてはくれまいか。圧倒的に強く、抜群のカリスマを持ち、見事な采配をふるう、『勇者』殿が。
まだ見ぬ『誰か』にのし掛かる期待は、ひとりの人間が背負うにはあまりにも大きい。
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人と魔族の戦争が繰り広げられる大陸。広大な土地と豊かな資源、多様な生物が暮らす場所。
魔王が目覚めてから十年。大陸の四分の三ほどは人類が暮らす土地だが、残りの四分の一には魔族が跳梁跋扈している。魔性の王座に返り咲いたその偉容を見た人間はもういない。ただその恐ろしき権能の欠片を知るのみである。
その権能のひとつにして最も影響力の強いものこそ、大陸全土を覆い、人々の生活に直接被害をもたらしている「同族強化」と呼ばれるものである。
魔王は常に瘴気を発している。その瘴気は大気に混ざりながら大陸全体に浸透しているのだ。大半の生物は吸ってもなんの影響もないが、魔族にとっては至高の妙薬となる。肉体は強靭になり、気性も荒く凶暴になる。
この権能は魔王の近くにいるほど効果を増す。すなわち、それがどこであれ、魔王のいる土地こそが魔都となるのだ。
現在の魔都は大陸の西端。
海沿いの村、オケナイトはその反対側、東端に位置する。そのため大陸屈指の安全地帯でもあり、戦禍が及ぶのを恐れた大陸中心の民が住まいを移し、人工が急増。王都をこちらに移すべきだ、との声も大きい。
十年前からは想像もできないほど賑やかになった村の外れの森のなかに、その子はいた。
幼い彼は、小さな体に溢れんばかりの好奇心を持っていた。目に映る景色は日毎に魅力を増していき、ただ木々の合間を走り回るだけでたのしかった。母親が食事の調達をしている間に、普段来ないところまで足を伸ばす。普段来ないといっても同じ森のなか。植生が極端に異なるわけもないが、樹木枝振りや鮮やかな野花は、普段見ているものとは違う。いつもはいないところにいる。その事実が彼の心を踊らせていた。
いずれはこの辺境の地を出て大陸を横断し、遥かな西の魔都へ行く。両親から繰り返し聞かされた魔族と人類の戦争に参加し、偉大なる王に武勲を立て英雄となる。小さな彼の、大きな野心だった。
ガサガサ、と草むらが動いた。風ではない。彼がそちらを振り向くと、黒い体毛で二足歩行の生き物が姿を見せた。この大陸に広く棲息している生き物で、気性が荒い。群れを組んで他の生き物を襲うことも多い。今彼の前にあらわれたそれも、手のこん棒を彼に向けていた。
「出たな、モンスター」
相対するそれは、彼には理解のできない鳴き声をあげた。
彼と比べ、向こうは二倍から三倍ほども体が大きい。手にはこん棒という武器も持っている。こちらは何も持てない。出きることと言えば、体当たりくらいしかない。
自分より大きな相手。武器を持った相手。しかし彼は逃げない。いずれ王の元で戦うつもりなのだ、こんなところで逃げ隠れなどできるものか。
こん棒を構えるそれに向かって、彼は勇敢に飛び掛かった。
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「やった! スライムを倒したぞ!」
ひのきの棒を空に向かって突き上げる。のちに勇者として魔王を打ち倒す少年の、これが初陣であった。
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