うれしそうめん、しあわせさくらんぼ

爽やかな風に煽られて、綺麗な空気に晒されて、
自分自身を鍛錬し、自分自身を熟成し、待ちに待った外界へ船出。
長旅を経て、パッと開けた新世界。
両手で包まれ、意外なほどの扱いに、ちょっといい気になっていた。
そんなときに現れた、立派な箱に収まって、テーブルの上で涼しげに、丸い顔した真っ赤なあの子。
播磨、三輪、島原、半田、熟年の味と熟練の技も、
あの子の前では何の意味も持ち得なかった。
あの子の姿を見た途端、熱い釜へと突き落とされる。
ぐらぐら煮立って揺れたって、それ以上に自分が熱い。
ちらりとあの子を気にしても、こちらに全く目もくれず、そんな姿が愛くるしい。
数分後、全身はふにゃふにゃ、心もふにゃふにゃ。
どれだけ両手で揉まれても、どれだけ流水かけられても、火照った身体は鎮まらず。
それでも卓越した技で、コシだけは残してる。
気になるあの子と共になる、そんな予感は消えてなかった。

山形しか知らなかった。
大事に大事に育ててられ、真っ赤な色へと変わった私。
台風の日は、風除け雨よけ夜通し張って、日照り続けば、水桶抱えて右往左往。
ようやくこの日を迎えた朝は、朝露の中にまぎれて落ちる一粒の涙。
純真無垢の木の箱に、柔らかく白い綿に包まれて、
一粒一粒丁寧に、一箱一箱心がこもる。
ほんのり焼けた健康肌に、ちょっぴり入った顔の彫り、その彫り一層深めながら、
満面笑顔にほっかむり、そんな姿の両親が、今でも脳裏に残ってる。
長旅の先で新たな空気。
知らない顔が沢山並び、仮面と見分けもつかない私。
外界の空気になれた頃、好奇の視線は薄らいで、ようやく胸を撫で下ろす。
そんな時、ちょっと違った視線を感じ、横目で見かけた白髪青年。
自信と誇りを振りまきながら、周囲から浮いたその姿。
こんな日が来るなんて、その時に誰が想像したかしら。

ガラスの器に水を張り、氷をそっと浮かべてみる。
夏の熱気と裏腹に、凛とした空気の器の中。
テーブルの上が見えそうで、結露で曇る器裏。
鷲掴みにした麺を入れ、長旅の疲れ癒えたのか、器の中で程よい間隔。
丸く色づく赤色に、長く伸びた髪の枝。
熱のない中で熱っぽく、その色だけを携えて、色気のない器の中に、最後にそっと乗せてみる。
白く細いそうめんが、色めきだってざわめきだって、嬉しそうに見えてくる。
しっかり包まれさくらんぼ、赤いほっぺをますます赤く、幸せそうに見えてくる。
二人で食べるそうめんは、さくらんぼが欠かせない。

うれしそうめん、しあわせさくらんぼ

うれしそうめん、しあわせさくらんぼ

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-22

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